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2011年3月26日 (土)

原発事故の影響

被災した福島第一原子力発電所からの放射能漏れの脅威は、東京の水道水にまで及んでいました。東京都葛飾区にある金町浄水場で、水道水から放射性物質が検出されました。放射性ヨウ素131の乳児向けの暫定規制値は1kg当たり100ベクレルですが、210ベクレルという数値まで上昇していました。金町浄水場の配水地域は、東京23区や武蔵野市、町田市など多摩地区の一部となっています。乳児に対しては水道水の摂取を控えるように呼びかけられたため、ミネラルウォーターの品切れが続出していました。

その後、千葉や茨城県内の浄水場からも規制値を超える放射性ヨウ素が検出されていました。一方で、金町浄水場における最新の採取結果は79ベクレルまで下がり、東京都は乳児に対する摂取制限を解除していました。一般の規制値は300ベクレルであり、「成人にはほとんど影響ない」と言われています。「検出されたヨウ素はごくわずかで、乳児にも危険は少ない。数値は注視すべきだが、過剰に不安になる必要はない」という専門家のコメントもありました。

とは言え、「乳幼児は放射性ヨウ素の影響を受けやすいので、安全面を優先して摂取制限の措置を取った」という説明も加えられる中で、「ミネラルウォーターが足りない」「1歳になったばかりなのに大丈夫なの?」というような戸惑いや心配も広がっていたようです。原発事故の問題では様々な情報や見方が流れていますが、第一義的には政府からの発信を信じ、無用な混乱を起こさないようにしなければなりません。

信頼関係を繋ぎとめる前提として、正確で迅速な情報発信が政府側に求められています。これまで政府は適宜、水道水や野菜などに対する放射能汚染の実態を数値として明らかにしてきました。その数値が今後、どのような影響を及ぼしていくのか、不安が簡単に拭えないことも確かですが、やはり現行の規制値との絡みや専門家の言葉を信じていくしかありません。万が一にもパニックを防ぐため、あえて重大な情報が隠匿されているような現状ではないことを祈るのみです。

一部の農産物に対し、政府は「食べても健康に害が出ない」と訴える一方で、出荷制限を加える情報発信のチグハグさが非難されがちです。少しでも汚染されている場合、食べないほうが好ましいため、そのような表現になってしまうことも一定理解しなければならないのかも知れません。それでも汚染の恐れのない農産物までも取引されなくなる風評被害に繋がり、結局、そのような被害に関しても政府は原子力損害賠償法に基づき補償の対象とする方針を固めていました。

前回前々回記事の中でも、放射能漏れについて触れてきました。もともと原子力や放射能に関して詳しい知識がある訳ではありませんので、今回の事故がスリーマイル島やチェルノブイリの事故に比べ、どのような類似点や差異があるのか、適確な論評を行なう力は持ち得ていません。そのため、せめて基本的な事柄だけは自分自身の頭の中を整理しようと考え、ネット上を中心に少しだけ調べてみました。

まず放射能と放射線の違いですが、放射線は放出されるエネルギーを指し、放射線を出す能力が放射能であり、放射線を出す物が放射性物質と呼ぶそうです。調べた先のサイトでは、次のような例えが示されていました。放射性物質がホタル、放射線がホタルの光、放射能が光を出す能力に例えられています。さらに放射線漏れはホタルの光が虫カゴから漏れること、放射能漏れはホタルが虫カゴから逃げ出すことに例えられていました。

最近、よく耳にするベクレルという単位は放射能の強さを表しています。1秒間に崩壊する原子の数を指し、毎秒1個の崩壊数を1ベクレルと呼びます。 放射線の量は、放射線のエネルギーがどれだけ物質に吸収されたか(吸収線量)をグレイ、人体への影響がどの程度なのか(線量当量)をシーベルトと呼ぶそうです。

放射能には時間の経過とともに減っていく特徴があります。放射能の強さが元の半分になるまでの時間を半減期と言います。今回、水道水から検出されたヨウ素131の半減期は8日間でした。しかしながらウラン238の半減期は45億年という途方もない時間を必要としています。なお、一度に6~7シーベルト以上の放射線を全身に浴びると、急性障害によって99%以上の人が死亡すると言われています。直接被曝していない場合でも、一定水準以上に汚染された水や農産物を摂取することで健康被害の恐れが生じます

このような放射能汚染を防ぐため、福島第一原発の現地では日夜、冷却放水や外部電力との接続、コントロール回復などをめざし、決死の作業を続けている方々が大勢いらっしゃいます。残念なことに先日、電気ケーブルの接続作業に当たっていた二人の方が年間被曝限度に近い放射線を浴び、ベータ線熱症を起こす可能性があるため、福島県立医大病院に搬送されていました。このように文字通り命懸けの作業を続けている方々に改めて感謝しながら、全員のご無事を心から祈願しています。

先週水曜日には連合三多摩の会議があり、冒頭、東京電力労組の組合役員から出席していた私たちに対して謝罪の言葉が示されました。福島原発の事故と計画停電に際し、「たいへん迷惑をおかけし、申し訳ありません」と述べられ、いったん「会社がつぶれるまで…」と発した後に「会社がつぶれても頑張ります」と言い直されていたことが印象深い一瞬でした。東電の関係者全員が肩身を狭くし、復旧へ向けて必死に努力している様子もヒシヒシと伝わってきました。

最後に、巨大地震に襲われてから2週間が過ぎ、新聞や週刊誌、ネット上からいろいろな話が耳に入ってきます。誰彼を責めるような論調も目立ち始めていますが、被災された方々のためには様々な枠組みを超え、一人ひとりが発揮できる最大限の力を合わせていくことこそ、最も重要な局面だろうと思っています。また、国内の多くの善意はもちろん、国際社会の中での日本に対する善意の大きさにも感銘している昨今でした。

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コメント

海外の公務員すら身を切って支援をしてくれるのに
>http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110325/plc11032522060053-n1.htm

日本の公務員は市民の行為すら踏みにじる
>http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20110325-OYT1T00251.htm
しかも震災に付け込んだ卑劣な詐欺窃盗なのにクビにすらならない。
こんな大あまな裁定では処分にすらなっていない。なんなんだろうこの国は!

そのうえ我々にできることと大層なリンクを張って
すべて持ち出しのボランティアを民間に求めておきながら
(民間では当たり前で、言われるまでもない)

自分ら職員が事務支援や後方支援で派遣される際には
旅費だけでも非常識なのに、なんと残業手当までしっかりと請求している体たらく。
記事にはなっていないけど、複数の役所ですでに支給されているのを確認した。

こんなくだらないことをする奴らなんてこの国には要らない。
逮捕してでも強制労働でも何でもさせるべきだ。

ほんと自治労を解体して役員どもを残らず捕縛するとこから
日本の再生を始めるべきだとつくづく思う。
犯罪者の集団にも劣るぞ!

投稿: ゆるせない | 2011年3月28日 (月) 12時28分

ゆるせないさん、コメントありがとうございます。

支援物資のスニーカーを持ち帰った公務員が一人でもいたことは非常に残念であり、そのことで公務員全体が批判されるのも悩ましい現実です。モンゴルの話も含め、国際的に広がっている善意の輪は本当に心強く、たいへん有難いことだと思っています。

また、すべて自費によるポランティアの皆さんの働きには、どのような場面でも心から敬意を表しています。一方で官民問わず、その職務として担っている災害の復旧や被災地の支援活動が「労働」の範疇となることについて、ご指摘のような感情的な思いが生じがちな点も確かに否めません。それでも命懸けの原発事故への対応など、ポランティアでは決して担えない領域があることも言うまでもありません。

なお、「逮捕してでも強制労働」や「犯罪者の集団にも劣るぞ!」という言葉まで付け加えられてしまうと、建設的な問題提起だったとしても説得力が薄まっていくように感じています。ゆるせないさんの憤りに対し、適確なレスとなっていないかも知れませんが、自分なりの思いを一言添えさせていただきました。

投稿: OTSU | 2011年3月28日 (月) 22時44分

ゆるせないさん、のコメントを見て。

大震災を利用しての自治労攻撃がしたかっただけ・・・
あなたはどれだけの支援(ボランティア)をしているのでようか?
相当身を切っているのでしょうね(毒)

被災地に派遣された公務員に手当てや給料を出しているのだから
ボランティアにも支給しろって言いたいのかな?(違うか)
公務員なんだから、無給で奉仕しろって言いたいのかな?

そもそもボランティアの意味を知っているのでしょうか。
自治体が行う支援はボランティアではないでしょう。

こんなこと言い出したら、自衛隊やレスキュー(消防)、警察など
全員ボランティアしろってことですよね。
で、ケガをしても労災はダメよってね。

旅費から何からすべて自費で参加しているボランティアって
どれくらいいるのでしょうか?
企業でボランティアを募って、参加している人も多くいると
思いますが、中には、企業の車を使ったりしていないのかな?
その間はもちろん賃金カットですよね。

ゆるせないさんの言うボランティアだけ残して、それ以外の人
を引き上げたら、どのくらいの人が残るのでしょう?
(有給のボランティア休暇の人も引き上げで)

自治体の職員の中にも、ボランティアとして参加している人
もいますよね。
自治労としてのボランティアの場合も、自治体から給料等が
出ているのでしょうか?(出るわけないか)

仮に、自治労から旅費が出たとしても、公費ではないのだから
問題ないでしょう。
どちらかといえば、自治労が旅費を出してでもボランティアを
募った方が、被災者の役に立つのではないでしょうか。

今は少しでも被災者の方々の支援をどのようにすれば有効かを
考えるべきであり、少しでも危険を冒して、被災者支援をして
いる企業・団体を批判するのはどうかと思います。

被災者支援をしている人が、何らかの形で金銭を受け取った
場合、逮捕されたり、犯罪者にされない世の中でありますように。

PS.スニーカーを持って帰った公務員を擁護するつもりはありません。
&被災地で窃盗を行う人も擁護するつもりもありません。

投稿: くろしろきいろ | 2011年3月29日 (火) 00時34分

普段から公務員に批判的な私ですが、震災を悪用する
のは民間も公務員も関係ありません。

実際には公務員の方々のほうが、たくさんの労苦を
払ってるのではないでしょうか。

火事場泥棒には通常より厳しい処罰を希望したい。

投稿: nagi | 2011年3月29日 (火) 11時00分

くろしろきいろさん、nagiさん、コメントありがとうございました。

いつも感謝していることですが、このコメント欄は幅広い視点からのご意見を頂戴でき、一つの方向だけに偏らない場となっています。また、私からのレスは言葉や表現の仕方に気を遣いすぎて、回りくどい、よく分かりづらいという感想を受けがちです。そのような意味合いからも、様々な立場の方々から歯切れの良いコメントをいただけることは非常に有難いことでした。ぜひ、これからもお時間が許される際、ご投稿いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2011年3月29日 (火) 22時21分

うちの地区の連合の会議でも東電労組の役員は平身低頭で謝罪しているのを見ていて辛いものを感じました。

投稿: どーもです。 | 2011年3月31日 (木) 19時02分

どーもです。さん、コメントありがとうございます。

その会議の数日前、東電労組の知り合いの方に駅の階段でバッタリ会いました。すると「迷惑かけてすみません」と挨拶と同時に言われ、四六時中、事故対応等に追われている様子を垣間見ていました。このような姿に触れていくと、やはり記事本文の最後に記したとおり「誰彼責めるよりも」という思いを強めていました。

投稿: OTSU | 2011年3月31日 (木) 21時41分

少し厳しい事を書きましょう。未曾有で想定以上の地震と津波だったのは確かだ。しかし結果責任は免れ得ない。
一致協力も善意も感謝も大事だ。そして同じ位責任追及と批判は大事だ。批判を軽視すべきではない。
体調不良で入院したとされる東電社長など、如何なる理由があったとしても断罪すべきだ。

結果責任を問われない社会は屁理屈と言い訳の社会だ。

皆さんがよく指摘する「具体的で客観的な批判をすべきだ」との意見にも同調しない。これは「具体的で客観的な人だけ選挙権を持つべきだ」という選民主義に繋がるからだ。

様々な意見や批判を全て集めて、その中のどの意見や批判が妥当かを判断する能力が我々日本人に問われている。今はその力が低い。だから無様な程の借金をつくった。
再度繰り返すが、批判なき社会ほど怖いものは無い。

投稿: あまのじゃく | 2011年4月 2日 (土) 10時24分

あまのじゃくさん、コメントありがとうございます。

私の書き方に言葉が不足していたかも知れません。将来に向けた再発防止や教訓化のため、しかるべき時期にしっかりとした総括が必要だろうと思っています。その際、反省すべき組織や人物に対して、厳しい批判が加えられることも避けられないはずです。その意味で「批判なき社会ほど怖いものは無い」というご意見は、まったくその通りです。

しかしながら今、そのような批判を強めることが妥当なのかどうか、その点に対する問題意識を示していたつもりでした。要するに火災が発生し、まだ必死に消火している最中なのに「誰が悪い、彼の責任だ」という言い合いは、消火活動に対して何の役に立たないものと考えているからでした。

特に菅首相の被災地への視察に関しては、「行くべきではない」という批判がある一方、「3週間もたって…首相視察に冷ややか」という見出しを付けている新聞もありました。確かに直後の視察も含め、賛否が分かれる話かも知れません。それでも福島第一原発から約20キロの位置にある自衛隊や消防隊などの拠点を訪れ、感謝と激励の言葉を投げかけられた行為は素直に評価すべきものと思っています。

投稿: OTSU | 2011年4月 2日 (土) 21時34分

OTSUさんが言葉足らずだった訳でも、私の理解が不足していた訳でもありません。
議論が様々な方向から物事に光を当てる作業なら、批判も同様です。批判の無い社会ほど怖い物は無いし、批判の種類を限定する事も同様です。
愚劣な批判は意味があるのです。なんだ正しかったんだ・・と確認する意味が。
1つの行為が「評価」か「非難」かのどちらかに分類されるものでも無い。まあ総論の話です。

投稿: あまのじゃく | 2011年4月 2日 (土) 23時21分

あまのじゃくさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

総論という意味合いも含めて、ご指摘について了解しました。その上で、新規記事で綴ろうと考えている内容が「自粛」の話でした。「今、批判するのは望ましくない」という主張も「自粛」の一つととらえた場合、どこかでギアを切り替える必要性があることも確かです。そのことで、より迅速に問題解決や復興に向かっていけるのであれば、建設的な批判はカンフル剤となり得るのだろうと思い始めています。

投稿: OTSU | 2011年4月 3日 (日) 07時28分

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