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2011年3月 6日 (日)

連合の3.5中央集会

給与構造改革とも呼ばれる賃金水準の自治体独自の見直し協議を進めていましたが、その決着期限は先週金曜日でした。それまで連日のように夜遅くまで団体交渉や執行委員会を重ねていました。他団体に比べて高いと見られている自治体における賃金引き下げ交渉であり、たいへん苦しい判断を下さざるを得ませんでした。

ちょうど春闘の真っ最中で、民間の労働組合は少しでも賃金を引き上げようと頑張っている時期です。それに対し、私どもをはじめ、地方公務員の組合の多くは、いかに下げ幅を少なくできるかどうかという交渉を強いられています。このブログを閲覧されている皆さんの中には「もともと高いのだから下げられて当たり前」という感想を持たれる方も多いはずです。

そのような見られ方もある中、他の団体並と言われる水準まで下げざるを得ない点について、ある程度認めなければなりませんでした。しかし、月額給料が大幅に下げられる組合員一人ひとりの思いを想像すると非常に切なく、ものすごく大きな責任を痛感しています。なお、組合員の皆さんへの正式な報告は週明けとなりますので、これ以上の内容について触れることは控えなければなりません。

いずれにしても非常に残念な労使合意に至り、どんよりとした気持ちを引きずっています。加えて、昨日の土曜は連合の2011春季生活闘争・政策制度要求実現3.5中央集会に参加し、今日は納税課の休日訪問で朝から夕方まで出勤していました。心身ともに疲れ、時間的にも余裕のない週末となってしまい、今回の記事は「省力化」に努めながら昨日参加した連合の中央集会の話題を中心に取り上げさせていただきます。

連合は5日午前、春闘のヤマ場に向けた中央集会を東京・明治公園で開いた。約1万5千人が参加。賃金水準の向上や、非正社員を含めた働く人の処遇改善を訴えた。集会後には会場周辺をデモ行進した。

春闘は今月16日に、自動車や電機など大手の集中回答日を迎える。古賀伸明会長は「人件費をコストとしてしかみない経営側の壁を、是が非でも突破していかねばならない」と述べ、デフレ脱却のためには、家計への「適正配分」で個人消費を刺激することが不可欠だと訴えた。

また、迷走する国会情勢には「予算関連法案が成立しなければ国民生活に重大な影響を与える。このような事態は避けなければならない」と述べ、法案の早期成立を訴えた。出席した民主党の岡田克也幹事長は「(法案成立に向けて)野党の皆さんとも胸襟を開いて真剣に語っていきたい」と応じた。【asahi.com2011年3月5日】

以上の内容は、連合の中央集会の模様を伝えたマスコミの記事でした。最近、岡田幹事長に対しては身内である民主党の会議の中で、よく野次を飛ばされている姿が映し出されていました。この集会では、参加者からの野次や批判する声は聞こえてきませんでした。大きな会場でしたので、まったくなかったのかどうかは断言できませんが、淡々と岡田幹事長の挨拶は終わり、一足早く次の予定に向かわれていたようでした。

岡田幹事長の挨拶の中で「子ども手当法案が通らなければ、所得制限のある児童手当5千円となり、中学生には支給されなくなる。特例公債法案が通らなければ、国債の格付が下がり、金利が上昇し、景気にも悪影響を与える」という話がありました。野党の皆さんに協力を求めていくという論調でしたが、予算が通らなかった場合の責任は野党にあるというニュアンスも伝わってきていました。

私のうがった見方だったのかも知れませんが、例えば労使交渉において「合意できなかったのは組合側の責任だ」という使用者側の発言を時々耳にしますが、そのような無責任な発言に相通じるものを感じてしまいました。野党にも責任があることは確かですが、予算を執行できない状態を招いた場合、やはり最も重い責任は政権与党にあるのだろうと考えています。

「省力化」に努めると言いながら、長々と書き進めるのが染み付いた習性となっているようです。本来であれば「働くことを軸とする安心社会」をめざしている連合の提言などについても、その集会参加を通して感じたことを掘り下げていければ、興味深い提起につながるものと思っています。たいへん恐縮ながら自分なりの感想や意見などは機会があれば、また後日触れさせていただくつもりです。

今回の記事では、連合のホームページに掲げられていた考え方の一端を紹介し、3.5中央集会の中で古賀会長らが訴えていた趣旨の報告に代えさせていただきます。最後に集会そのものは午前10時から11時まででしたが、自治労都本部の隊列が明治公園を離れたのは正午、デモ行進の解散地点である新宿中央公園に到着したのは午後1時30分でした。青い空のもと、なかなかの日差しに恵まれていたため、疲れとともに顔まで日焼けした一日となっていました。

連合はすべての働くものの拠りどころとして、その力を結集し、「働くことを軸とする安心社会」を築くために全力をあげる。すべての労働者とは、正規、非正規、あるいは組合員、非組合員を問わないすべての現役の労働者であるが、労働の第一線から退いた退職者、これから労働の世界に入ろうとする子どもたち、そして労働者の家族も含めば、日本の国民のなかの圧倒的多数派である。

安心社会とは、ディーセントな雇用が保障され、病気、失業、子育て、老後など、人生のすべての段階におけるあらゆるリスクに対応できる制度が確立され、積極的に生きていこうとする人びとへの支援が提供され、人と人との良好な絆が培われている社会である。連合は、みずからの活動の質と量を向上させ、傘下の労働組合の合意を得つつ、かつ志を同じくする労働者福祉事業やNPOなど多くの団体や個人とネットワーク型の連携をつくり上げて、「働くことを軸とする安心社会」の確立をめざす。

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コメント

こんにちは。今年の初めころ1度だけコメントしたことがあります。たぶん、2度とお邪魔することはないだろうと思っていましたが、どうも気になるところがあり、その後も何度かROMだけしていました。そのときの自分は「通りすがり」で、『1970-80年代初め、極左派と言える立場で三多摩で政治活動していた』が、約30年過ぎて現在は『180°変わり…政治的には保守、経済的には新自由主義』としていました。私は15年ほど左翼をやった元筋金入りでした^^)。

折に触れ、少しコメントさせていただきます。といっても、OTSU様を何としても説得しようとかではなく、ふだんコメントで、あまり触れられていない点を指摘したいだけですが。

昨日のエントリーで、連合の「わが国が目指すべき社会像の提言」の一部が引用されています。

>安心社会とは、ディーセントな雇用が保障され、病気、失業、子育て、老後など、人生のすべての段階におけるあらゆるリスクに対応できる制度が確立され、積極的に生きていこうとする人びとへの支援が提供され、人と人との良好な絆が培われている社会である。

ここで謳われているのは、人の心を打つとても美しい社会です。そして、これは今日の典型的な社会主義思想そのものです。もっともOTSU様なら「社会民主主義」だと仰るかもしれませんが。同時に、これこそ現在、日本が落ち込んでいる『日本病(Japan Disease)』の1つの背景をなすものです。本工・正社員にはディーセントな雇用があり(わずか5%弱の失業率!)、国民皆保険と介護保険と年金で病気と老後に対応し(←ここは怪しくなっていますが)、子育てには育児休業や鷹揚な子ども手当も支給されています。逆説的ですが、日本はこうした制度が整備されるとともに、社会全体がリスク忌避傾向を強めました。(子ども手当を除いて必要な制度です。誤解のなきよう。子ども手当も財政が健全だったらいいでしょうが。)

『日本病』の主な症状は3つ、(1)少子高齢化、(2)規制とリスク忌避、(3)私的資本の創造的破壊の欠如、です。この3つによって、20年に渡る日本経済の長期停滞と財政危機が引き起こされた、と私は考えています。

(1)少子高齢化については言わずもがなでしょう。(子ども手当は少子化解決に効果は薄いと考えていますが、今日はこれ以上触れません。)

(2)私は、規制がリスク忌避の大きな原因だと考えています。必要なのは徹底した規制緩和です。例えば、トヨタや日産といった既成メーカーは反対するでしょうが、電気自動車への改造ビジネスです。改造電気自動車の車検を簡素化したり、次の検査を電池交換に合わせて5年後にしたり、税金を格安にしたり、改造ビジネス会社の法人税を10年無税にしたり、などすれば、リスクを取って多くの業者が参入するでしょう。もしかすると、数年で数千億円産業になるかもしれません。当然、雇用も生まれます。こうした規制緩和のアイディアは山ほどあるはずです。正規雇用も流動化しやすくするべきです。ここはOTSU様は反対なさるでしょうが、正規雇用をもっと解雇しやすくすれば、上のような起業時に資本がリスクを取って、非正規でなく正社員を採用しやすくなるのです。

長いので2分割します^^)。

投稿: 元極左 | 2011年3月 7日 (月) 19時25分

続きです。
(3)創造的破壊の欠如とは、日本の製造業偏重の産業構造が10年1日の如く硬直していることです。民主党政権と霞が関官僚と多くの国民が決定的に間違えているところは、経済成長は民間と政府が協力しておこなうと考えていることです。経産省がよく使う「オールジャパンでインフラ輸出」というフレーズはその象徴です。これは完全な的外れです。政治家や官僚に「次はどんなビジネスが有望か」なんてことを見定める能力はありません。経済成長は私的資本の革新(イノベーション)と優勝劣敗の競争を経てのみ達成されるのです。

OTSU様は、小泉竹中路線を全く否定しておられます。私の考えでは、小泉竹中路線は不十分だったのです。左寄りの人は弱者(労働者でも企業でも)は保護すべきというのが脊髄反射になっています。私は全く逆の立場です。規制緩和などで、労働者も企業も競争と逆風にさらされてこそ、そこで初めて生き残りのために死に物狂いになるのです。日本が『安心社会』の中で失ったものがこうしたアニマルスピリットに他なりません。

OTSU様はまた、アメリカ社会について貧富の格差などでかなりネガティヴな意見をお持ちのことでしょう。私も、それは否定しませんが、アメリカには日本にない進んだ優れた企業がそれはもう数えきれないくらいあります。Google、Amazon、シスコシステムズ、Apple、オラクル、インテル、Facebook、GROUPONなどなど。これらの多くが1980年代以降に製造業を破壊・衰退させ、その代わりに生まれてきたIT企業です。アメリカにあって日本に欠けているのがこの私的資本の創造的破壊です。

日本には成熟した自動車メーカーや家電メーカーが多すぎます。小泉竹中路線で間違っていたところは、当時、外為市場で巨額の円売りドル買い介入をして円安バブルにしたことです。円安で日本の輸出企業は自己改革を怠りました。まあ、この辺は私でなくても他の人も言っていることですので…。

おそらくOTSU様には、こうした新自由主義路線は受け入れがたいものでしょう。でも、少し考えてみてください。経済成長のカギは革新的な私企業なのです。民主党が(インフラ輸出とかで)やっているのは例えて言えば、テニスで峠を越した30代の世界ランキング50位とか60位の選手を強化しているようなものなのです。強化すべきはランキングは100位とか低くても10代の若い選手のはずです。ここでも必要なのは規制緩和です。

春闘でお忙しいことと存じます。ずいぶんな長文コメントで失礼しました。

投稿: 元 | 2011年3月 7日 (月) 19時27分

元極左さん、コメントありがとうございました。

このブログで主張している軸がぶれないという肯定的な見られ方と合わせ、まったく変わらないという頑迷さとして批判される場合も少なくありませんでした。それでも多様な意見に接する中で、常に自問自答、試行錯誤していることも確かです。

実生活の中でも知識が偏らないよう幅広い視点での書籍を手にしています。最近では『競争と公平感 市場経済の本当のメリット』を購入し、読み進めているところです。そのような意味合いからも、元極左さんのようなコメント内容に触れられることは本当に貴重だと思っています。内容面での具体的なレスとなりませんが、一言だけ添えさせていただきました。

投稿: OTSU | 2011年3月 7日 (月) 21時45分

元極左さんのコメントはなかなか興味深く、同意できる点も多々あります。

(2)で上げている規制緩和はよくマスコミ・天下り批判に見られるような
「既得権益」保護批判といったステレオタイプとはちょっと違いますね。
指摘されているようなことは「安全性」の基準をどこまで規制に求めるのかでしょうから、
本来は「仕分け」などで問題提起をした上で、国民判断に任せるべきものかと思います。
一方で、本来の「規制緩和」は「必要でないからやめる」ではなく、「必要だけれども、
コストの問題もあるので行政がやるのではなく、民が自主的にやるのに任せます」
ということですよね。
つまり、違反をした会社に市場撤退を含む厳しい罰則を適用することが必要なはずです
(現状では必ずしも対にはなっていませんが)。
例えば「腐ったおせちを出した会社」や「半額の価値もないクーポンを販売した業者」は、
規制緩和をした例でいうならば、それが故意の場合市場撤退させるべきです。
電気自動車改造ならば、死亡事故などあれば「市場撤退および巨額の賠償」という
条件が付くかも知れません。ただ、それでもなお「自分達できちんとリスクを取って
飛び込む、その分利益を取る」そういう「自分できちんとやる」という動機付けが
出来るなら、いいと思うのです。

アメリカには世界的企業は確かに多いですが、その企業の雇用数はアメリカを支えきれるような
ものではありませんし、一方でホワイトカラーの流動性は日本より高いとは言え、不安定な部分
相当あります。知的水準がインドの一定以上の層と大差が無くなれば、「アメリカで高い賃金を
払うべきか」という問題(シリコンバレーの停滞・没落)、そして一旦病気にかかると数百万円
の支払いが家計を直撃する問題、メキシコなどから人材が流入しさらに仕事が減る、そういう負
の部分も大きいですね。最初に言いましたように、同意できる部分は多々ありますので、細かい
指摘は無しにしておきます。

投稿: とーる | 2011年3月 7日 (月) 22時24分

>>OTSU様へ。元極左です。

>このブログで主張している軸がぶれないという肯定的な見られ方と合わせ、まったく変わらないという頑迷さとして批判される場合も少なくありませんでした。
・・・いろんな評価があることはコメントを見て分かります。でも私は、市職組委員長というお立場を考えると、OTSU様の反応は妥当なものと考えます。実は昨日はなぜか分かりませんが、連合の引用にばかり目がいき、春闘の「賃下げで妥結」の方は頭から消えていました。私は、公務員にも労働組合は必要という立場ですが(でも非組も一定の割合でいた方がいい)、現在の公務員賃金は地域の水準に合わせて少しずつ下がっていくべきだと思っています。それでも、そういう交渉をしてそれを受け入れ、そして組合員に説明しなくてはならない、というのは「しんどいことだろうなー」と思います。

少しだけ元気が出るかもしれない(?)話を書きます。コメントの少ないときでないと、こんな内容はこのブログのトピックと合わないのでKYですからね^^;)。今は実は『経済的に見て素晴らしい時代』なのです。アジアだけで少なくとも3億人、いやもしかすると5~7億人の中産階級が生まれつつあるのですから。私がそのことを実感するのは、マレーシア・シンガポール・フィリピンなどの若い世代(おおむね私の子どもの世代です^^)のブログ(←英語で書いているもの)を読むときです。

例えば、シンガポールの幼稚園で英語を教えている20代シンガポール人女性は、年に2回は日本に観光旅行に来て、服や雑貨・化粧品などをたくさん買い込んでいます。マレーシア人で会計事務所勤めのやはり20代は、昨年は北海道に新婚旅行で来て、今年は夫婦で韓国旅行です。あるインドネシア人は、小学生の子が日本の中学受験算数のような方式で教える塾に通いだしていることをつづり、自分の子ども時代よりすることが多くかわいそうだがこの子のためなのだろう、といったことを書いています(この日本の中学受験算数的方式は今、アジア各地に広まっています。これ賛否両論でしょう^^)。

これは一部上流階級の動向ではありません。彼らはごく普通の中流家庭出身者です。将来への希望にあふれた彼らのブログを読んでいると、日本人の20代と同じかそれより豊かになっていることが分かります。IMFの数値ですが、購買力平価ベースでは、シンガポール人1人当たりGDPは57000ドル、一方日本人は34000ドルです。

日本人の9割以上はこうした世界の動向が分かっていません。従って、当面数年間の日本についての私の見立ては、昨日のコメントのような『社会主義的方向でなく規制緩和方向へ進むべき』とはならず、『日本病』疾患はさらに深まるだろうというものです。最後は結局悲観論になりました^^;)。

投稿: 元極左 | 2011年3月 8日 (火) 16時05分

>>とーる様

ご指摘の諸点おおむね同意致します^^)。規制緩和との関連で2点だけ付け加えます。

(1)システムや仕組みが変わるとき、しばしば参照点や参照値が変わってしまう場合がありますが、それは避けるべきです。例えば、ふつうのガソリン車1台が何らかのメカニック由来の暴走死傷事故を起こしても、それで車検内容をもっと厳しくなどという声は上がりません。でも、改造電気自動車1台で同じようなことが起きた場合、仰るようにそれだけでもう「市場撤退および巨額の賠償」に直面する可能性があります。さらにまた一部マスメディアは必ず、『なぜ、改造電気自動車にこんな規制緩和なんかしたんだ!もう止めろ』というキャンペーンを張るでしょう。そんな事態になっても、持ちこたえる適切な制度設計ができるかどうかです。

(2)Amazon.comの英語サイトと、日本のAmazonサイトのカスタマーレビューを比べると、質量ともにAmazon.comの英語サイトの方が(人口比の違い以上に)圧倒しています。私は、これを次とのアナロジーで理解しています。日本人は電車やバスの乗降時にきちんと整列します。そうしないで横入りしたりすると、かえっていつか自分の身に不利益が及ぶかもしれないと分かっているからです。英米人がAmazon.comで日本人以上に一生懸命レビューを書くのは、そうすることが結局回り回って自分の利益になり得ると感じているからだと思います。ここに私は、「(品質にバラツキが多く、規制の緩い英米では)自分の身は自分で守る。でもそのために、レビューを書いて(自分を守ってくれる可能性のある)コミュニティー作りに貢献する」という英米人の文化を見ます。日本での規制緩和は、こういう文化的変容をも要請するのだろうと私は考えています。

投稿: 元極左 | 2011年3月 8日 (火) 16時10分

私は基本的なスタンスとして自由な競争を歓迎しています。それに疑いを持つことは無いし、現在まで一貫して主張してきた事です。そして恐らくこれからも変わる事は無いと思っています。
ただ反対に、規制を緩和し競争をさせるほどに生産は高効率となり、社会に必要な物とサービスを少人数で提供できてしまうという強いジレンマも持っています。以前にも書いた気がしますが、100人が必要とする物とサービスを10人で提供できてしまえば、単純な競争ならば90人は職を失うことになります。

その解法を考える過程で「無駄に生産する」という知恵を貰いました。この無駄とは、拘りの強い(例えば日本人特有の美意識に拘った)物とサービスの生産だと理解していますが、この生産と消費をどう実現させるのか、自分の手の届く範囲内で常に考えるテーマになっています。
しかし実際には、世界中で拘りの強い製品を作っていた老舗メーカーが破綻に追い込まれています。これを競争の結果と言い切って良いのかと考えると、私には拘りの強い製品とそれを製造する企業が持続する為に何が必要なのかも、社会は真剣に考える必要があると感じます。そして、その一つの有り様が規制なのではないのかなと思うのです。

なぜなら、この10年で物とサービスの価格は急激に下がりましたが、同時に(人と物の)質も相当に下がっています。そして、少しの質を求めて多少高い対価を出そうとしても、既に選択肢が(特に食料品で)無くなっている事を身近で感じるからです。私には、これが競争の結果として望ましい状況とはどうしても思えません。


その点で「元極左」氏がコメントした「徹底した規制緩和」には多くの部分で同意するのですが、現代では反面それがルール無用のバトルロイヤル的な競争に繋がっている部分もあり全てに同意しきれません。
むしろ必要なのは「徹底した規制緩和」ではなく「規制の取捨選択」ではないかと感じています。従って、今の流れの中ではある面で規制強化も同時に行うことが必要だと考えます。飽くまでも個人的な意見ですが、(発言に責任を持たせるという意味で)言論の自由にも、今後は規制が必要ではないのかと(特に報道のあり方などで)感じることすらあります。

もちろん競争は常に歓迎しています。しかし、そこには厳然としたルールと審判が必要であって、競争とは競技でなければなりません。つまり人間が生きる世界であれば、競争といえども楽しめる範疇である必要があり、競争=ルール無用の殺し合いでは駄目です。それは人間の世界ではありません。ですから、人間の世界である為に、もう一歩踏み込んで競技者への道徳指導もあるべきと思います。

しかし現実をみれば、需要に基づかない(需要をはるかに超えた)価格の誘導などが常に行われており、ルールと審判が機能していないのではと思う事例が数多くあります。
また、競争の結果として現状を変えすぎてしまった場合でも、ルールと審判が機能していれば適正な位置に戻ると信じるのですが、これもまた機能していないのではと思う事例が数多くある訳です。

公的組織に「次はどんなビジネスが有望か」を見定める能力は確かにありません。そんな能力は、私はむしろ必要無いと考えており、公的組織にはルールの策定と審判の機能を果たすことのみを求めたいと思い続けています。
甘えを排するために、今の日本では「元極左」氏のコメントのとおり、競争の中で生き残りのために死に物狂いになることは是が非でも必要でしょう。しかし、どの程度までそれを求めるのか、殺し合いに至らせない為のルールと審判もまた必要と思います。

それなのに、私の目に写る現状の公的組織の有り様は、個々の能力は十分あると思えるのに、公正中立という面で非常に不満なものであり、安心してルールの策定と審判を任せることが出来ない状態だと感じています。だからこそ、もっと高度に自らを律して安心して任せられると誰もが思えるようになって欲しいと願っています。
このとき「多大な強制力を持つ審判者へは公私を超えて思想や行動に制限があっても構わない」と「その積み重ねのみが信頼の拠り所になる」と考えており、この2つが、私が公務員の政治活動や反核平和運動を特に激しく嫌悪する要因となっています。


小泉竹中路線は不十分だったとの評価はその通りだと思います。ただ革新的な私企業のみが経済成長のカギと決めつけることは避けた方が良いと感じます。確かに小泉竹中路線は中途半端に途切れてしまったため、既存企業の自己改革は不十分だったのかも知れません。それでも、せっかく成熟した企業が存在するのに、それを使わないのは余りに勿体ない話だと思うのです。
また、私はこの成熟企業の使いこなしこそが、競争と雇用を両立させるカギになると思っています。

もちろんコメントで取り上げられた米国企業は高い収益を上げており、世界における成功例だと思います。しかし、その成功例に続くべきかといえば疑問があります。
自分の拙い経験で見ればGoogleとAmazonは素晴らしいサービスを提供する企業ですが、この両者の存在は域内の雇用と両立していませんし、これからも両立は無理でしょう。
また、シスコシステムズとインテルは、端的にいうと導入時から物作りの手法は(革新的ではあったが)非道いものであって、製品の質も必要最低限をギリギリクリアという程度に酷いものでした。これらが成功したのは製品自体よりも、誰よりも先んじたという要因が大きいと思いますし、既に規制(と同類の制限)で守られる側になってしまっています。
ですから、これらに続こうとしてもなかなか日本人の文化には合わないと思うのです。

さらには大統領が替わってからの政策で作られたというバッテリー工場などを見る機会がありましたが、自分達の首を絞めていて「これは駄目だ」と直感するものでした。経営側に競争に勝つという視点のみが残り、自分らの製品を誰が買うとか、誰が使うとかいう視点が抜けきっているように感じました。


だから、もし新たな物事を創造するのならば、もっと今までと違う日本的な感覚に頼ったものを考えるべきと思います。世界的にも現在の経済システムは行き詰まっており、既存の成功例を推し進めた先に回答があるとも思えません。もっと日本的な感覚を突き詰めた先に、また別の答えがあると信じています。
上手に表現出来ないのが辛いですけど、日本的な様式美というかバランス感覚というか・・少なくとも古い日本の価値観をもっと大切にするべきと思っています。
加えて、インドネシアの若者のコメントなどをみれば、まだまだ日本人が羨まれており、海外から見た日本はそれほど捨てたものではないと思うことが多くあるので、それを大事にすべきと思います。

おそらくは「元極左」氏のコメントには、こういう部分への対応も含まれていただろうと思いますし、「とーる」氏のコメントを上書いてしまったようにも思えるのですが、最近(意図的に)混同されている自然法の思想と新自由主義やリバタリアニズムは似て非なるものと思いましたので、自分の目と耳のみを頼りとする頭の悪い直観主義でこれから目指す先をコメントさせてもらいました。


追記、

自分の愛用する製品に「東プレ」というメーカーのキーボードがあります。これが一般的な他社製品の5~10倍もするのですけれども、私には手放せません。そして、これを海外に持って行き、価格を教えると狂人扱いをされることになります。でも、使うとやはり手放せなくなる。どうも、この違いを感じて拘りの製品を作れるのは日本人だけらしいのです。こういう物を作り続けられるようなものは残すことが望ましいと思います。

また、海外の知人などは世界で一番、日本のビールが旨いと断言します。しかし日本の酒造メーカーは安い第3のビールの開発に血眼になっており、せっかくの製品が生かされていません。ならば、この原因となる酒税の差は即時になくすべきものと思います、

何が言いたいのかというと、日本人が日本人である美意識とか拘りなどを敢えて捨てる必要は無く、日本人としての昔ながらの価値感や道徳を保持するように規制を取捨選択すれば良いのはないかということです。


私が属する業界では既に競争相手は海外勢となっており、能力はしっかり有るのに時給100円~300円程度で文字通り24時間働く者が相手です。単純な競争のみであるなら開発と製造をさっさと海外に持って行った方が正解であったけれども、意地でもそうは思いたくないから限界まで足掻くし暴れることになります。
そして、この状況下ではルールと審判がしっかり機能してくれなければ、競技者はどうしてもやりすぎてしまうので、公的組織にはしっかりして欲しいという願望があるのです。

投稿: mobileSE | 2011年3月 8日 (火) 18時39分

「OTSU」氏

上のコメントでは、例によって長くなって申し訳ないです。


記事を読んでみて「他の団体並」と言われるものが、具体的にどの団体を指すのか非常に興味深く思います。また「月額給料が大幅に下げられる」と言われるものが、具体的にどの程度を指すのかも非常に興味深いと思っています。

それらが民間に属するものから見て「あの団体並になるのなら」「その程度下がるのなら」と素直に共感できるものであって欲しいと感じています。でも、この感覚を共感できないほどに感覚が違うから、いつまでも職員組合への批判の声が少なくならないのだろうと思います。


さて、「働くことを軸とする安心社会」とは何かといえば、私は「望めば何時でも労働力を(適価で)売れる社会」だと考えています。これは提供する労働の質に対して適価ということでなければならないと信じます。
記事中に出てくるディーセントという言葉は「まともな」「適正な」という意味です。これに対して、現在の職員組合が主張する同一労働同一賃金の定義は、とても「まともな」「適正な」要求と感じることは出来ません。むしろ、それは上手に誤魔化して生きることを推奨するように聞こえてなりません。

この点で「元極左」氏の言う正規雇用をもっと解雇しやすくするという意見はその通りだと思います。
また、もっと柔軟な働き方、つまり昔の日本的な価値観を引き出すために丁稚奉公のような労働形態も見直されても良いとも思っています。


個人的に公務員へ期待していることと期待したいことは山のようにあります。しかし、現在の職員組合の活動は個々の公務員の質を下げているとしか思えません。だから許容することも出来ないのですが・・。まぁ、余計なお世話なのは理解しています。

でも、せめてコメントで「充分踏まえる」と言ったのならば、些細な事でも良いから何かしら変わってあげて欲しいとは思います。私なんかの所に若手の相談が聞こえてくる現状では、余りに話になりませんので・・。


言いたいことは以上です。あとは、いつもの通り読む方の解釈にお任せします。

投稿: mobileSE | 2011年3月 8日 (火) 18時46分

とーるさん、元極左さん、mobileSEさん、コメントありがとうございました。

幅広い情報やご意見に触れられる点が、このブログを続けている醍醐味だと考えています。また、それぞれ非常にレベルの高いコメント内容であり、時間的な余力があるかどうかという問題よりも、私自身の能力的な問題を省みながら生半可なレスは控えるつもりです。

今週も多忙な日が続くため、このように具体的なコメントは少なくなりそうですが、ご容赦ください。ただ言うまでもありませんが、皆さんから寄せられたコメントは必ずじっくり読ませていただいています。ぜひ、これからもお時間が許せる時、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年3月 8日 (火) 21時57分

元極左さんの意見にほぼ同意しますが、ちょっとだけコメントを。

>日本病は「少子高齢化」「過剰規制」「資本の創造的破壊の欠如」であり、これが経済の長期停滞と財政危機を生み出した。

と、元極左さんは書いています。

先ず第一点は、私は少子(高齢)化は病気とは考えていません。
近代において人口爆発が起こります。それは技術革新が人口爆発を許したからでしょう。作物の品種改良、居住地域の拡大、病気の制圧などなど。
しかし、流石に「地球」の容量を超えてきていると人類は感じ始めたのではないかと思います。
だから技術革新の恩恵に浴した先進国ほど、少子化の傾向が強い。今後、後進国にも同様の現象が起きるでしょう。

私は少子化こそ、地球を元に戻す為の活動と見ています。尤も、少子高齢化が財政危機の原因の「1つ」である事には異論がありません。
従って(私には)少子化は「治療すべきもの」ではなく「受け入れるべきもの」です。

次いで第二点は「過剰規制」と「資本の創造的破壊の欠如」は同じものだと(私が)考えている事です。
過剰な規制さえ緩和すれば、不適当な資本は必ず破壊されるでしょう。
「規制」に対して様々な意見が投稿されているので、この場合「規制の適正化」としておきましょう。
まあ、「規制の不適正化」を唱える人は居ないでしょうから、この書き方は「卑怯」なんですが・・(笑)。

実は真意を図りかねている文章があります。

>日本での規制緩和は、こういう文化的変容をも要請するだろう

この文章を、そのまま読めば・・
『日本人は今後、世界のルールとレギュレーションに対して主導的な活動を行うだろう』・・こんな感じの意味ですね。

若し私の解釈が正しいのなら、もう少し「先」が聞きたい。

投稿: あまのじゃく | 2011年3月 9日 (水) 09時50分

あのね。よく公務員の人が民間もこうじゃないかとか、他と比べてもこうだとか、言いますけどね。
何を言っても決定的に民間と公務員との決定的な違いがあるわけですよ。
それはね。「皆がおさめた税金で食べている」ということなのですよ。
民間は自己責任の経済活動で稼いだお金で活動し、食べているわけです。
だから会社が立ちいかなければ明日にでも失業ということがあるわけです。
ところがね。公務員は基本的に国民に養われているわけですよ。
その上赤字でもつぶれないわけです。基本的にはね。
お金をもらって生活している人が開きなおっているように見えるわけですよ。
お金をあげている人が、自分のお金が少ないから、もらっているあなた方も我慢してください。
というと「いやいや、権利がどうこう・・・」とか「決まりがどうとか・・・」
とか何とか言って自分の貰いぶちを必死になって守っているとしか感じられないというのが国民の大部分の感覚なわけです。
それをわからないなら最低だし、わかって居直っているならなお最悪ですよ。
これだけ世の中が縮小してきて、税収が足りないのに自分たちの身は削らないですまそうと・・・・
そんで増税ですか??
そんなこと国民が許すはずがないでしょう?まだ自助努力がみられて、自治労も自ら給与の削減でも言い出すのならまだ救いようがあるわけです。
でも世の中の厳しさを伝聞することはあっても実感していないのに、わかったような口をきき、屁理屈をこね、自らの既得権を守ろうとしているわけですね。
ほんとに優秀な企業や個人は海外にどんどん出ていきます。ばかばかしいからですよ。
これ以上居直り強盗にお金を取られたくないので自己防衛ですよ。
まあそのうち公務員は苦労しますよ。既得権にしがみついて、荒波を泳ぐ訓練をしていない人間が荒れた海に投げ込まれたらどうなるのか?
せいぜい見させていただきますよ。

投稿: 高額納税者 | 2011年3月 9日 (水) 12時49分

すばらしい。
どのくらい高額に納税していらっしゃるのか分かりませんが、
公務員を養うために税金を払っていらっしゃるとは、頭が下がります。

小学校や中学校の社会科の勉強レベル。
公共サービス(公共事業とか福祉とか教育、警察)のために税金は集められ、
その行政コストとして公務員人件費があるのだと思っていましたが、
そうではないんですね。
社会全体で見て、
集められた税金以上に公共サービスが機能していないから、
もっとしっかりやるべきだ、
あるいは、このままのサービス内容ならコスト削減すべきだ
という批判や
今の行政サービスに不満があるとか、
いやいや、全て自己責任にして
税金なんて止めるべきだ(例えば、泥棒にあっても自力解決する)
という意見は聞いていて理解できましたが、
税金って公務員を養うために支払われていたんですね。


投稿: Ta | 2011年3月 9日 (水) 17時28分

高額納税者さん

あなたが儲けられる社会制度の維持もあなたが受けた教育もあなたが吸う空気もあなたが安全に暮らせる権利も全部血税によるものです。
人に税金で食わせてる云々言う前にまずあなたが税金(公共サービス)を元に金を稼ぐのを辞めてはいかがですか?できるものなら。

投稿: 凡人労働者 | 2011年3月 9日 (水) 21時25分

あまのじゃくさん、高額納税者さん、Taさん、凡人労働者さん、コメントありがとうございました。

匿名によるコメント投稿の利点は、ストレートな意見が伺えることだと思っています。その意味で、高額納税者さんのような発想の意見があることも直接知り得る機会となっています。一方で、そのような声のみに偏らず、幅広いコメントも寄せられていることに対し、いつも管理人の立場からは本当に有難く、心から感謝しています。

この点について改めて一言述べさせていただきました。その上で、一つ一つのコメント内容を閲覧されている皆さん一人ひとりが、どのように受けとめるのか、投稿される方々の「腕の見せ所」だろうと考えています。

投稿: OTSU | 2011年3月 9日 (水) 23時58分

自分に不利なコメントにはヒステリックに反応して攻撃する。なるほど、これが高額納税者さんの言う「いやいや、権利がどうこう・・・」とか「決まりがどうとか・・・」
とか何とか言って自分の貰いぶちを必死になって守っていると」の実例ですな。よく分かりました。見事に釣られたTaさん、凡人労働者さん、残念でした。
さすがにOTSUさんは批判されなれているだけあってうまいもんですね。
だいたい人間図星のことを言われると過剰に反論しますが、私も国民が公務員を養っているとの意見には賛成です。
税金が給料の原資である以上、いくらへ理屈をこねてもこれは変わらない事実です。公共サービスを削る前に、なぜ公務員は身を削る話をしないのでしょう?これが一番の疑問ですね。
疑問というか、まあ自らの身を守るためにはしかたないのでしょうが、赤字の自治体の従業員の給料は下がって当たり前と思うのはおかしいでしょうか?
こんな甘えた世の中が持たないということも同意です。その辺には反論しないんですね。なるほど都合の悪い部分はだんまり・・・・役人だ。

投稿: 閲覧者 | 2011年3月10日 (木) 08時52分

元極左さん
(1)の件はわかります。免責に必要な努力義務目標を開示することが必要かなと。

mobileSEさん
上書きなどとんでもないです。私が書ききれなかったことを見事に表現してくれて、我が意を得た思いです。
あ、むしろmobileSEさんが書いてくれてるので十分で、私の意見なんていらんかったんや・・orz

高額納税者さん、閲覧者さん
お二人の意見は、「赤字なんだから給与下げて当然」ということですが、逆に言えば「黒字なら」上げていいん
ですかね。でも、税金バンバン上げて、公共事業削りまくって財政黒字(ただし住民負担は重い)になったから、
公務員の給料は上げるよと言われたって納得できないでしょう?納得できないなら、それはダブルスタンダード、
屁理屈の世界です。彼らの心には大して響かないし、くだらない批判されたね、としか映りません。

公共サービスが赤字というのは、つまり「コスト」に対して「費用」がきちんと支払われていないということの
裏返しであって、誰が「得」をしているか、というと、本来コストに見合った負担をしていない「国民」になる
のです。

というか、公務員給与がたとえ「ゼロ」になったとして、それで赤字が黒字になるかというと、なんないですよ。
今ちょっとググっただけでも、例えば国家公務員の人件費は子供手当などコミコミで5兆円ちょっと、国債発行額
は44兆円。明らかに他の経費がかかってるんです。

継続的な役務提供を求めるためには、コスト見合いの経費は必要だ、それは必ずしも人件費のせいではないけど、
収支バランス改善にはやっぱり給与水準はどうしても抑えてもらわないといけないよって話じゃないと、いくら
批判してもしょうがないんじゃないですかね。

投稿: | 2011年3月10日 (木) 12時59分

お名前わかりませんが、
>税金バンバン上げて、公共事業削りまくって財政黒字(ただし住民負担は重い)になったから、公務員の給料は上げるよと言われたって納得できないでしょう?納得できないなら、それはダブルスタンダード、屁理屈の世界

これこそダブルスタンダードの極み、詭弁そのものだと思いますがいかがでしょうか?

公共サービスが赤字=国民は得してる
そんなバカなこと言ってるあなたは公務員の中の悪の権化に見えてしまいます。
そもそもあなたのようなお考えの方が多いから公務員の給与は別な意味の公共事業や地方への景気対策なんて理論がまかり通ってきたのでしょう。
企業では人件費という固定費は少ない方がいいに決まっていることはお判りでしょうが、国という単位で見ても人件費という固定費は小さいに越したことはないです。その分他の予算への振り分けができるわけですから。
国家公務員の人件費で国が負担するものは5兆、地方公務員は22兆ですが、これ以外に天下り先への予算など見えない人件費を含めて税金を使うことが国民へのサービスというお考えなのでしょうか?
公僕とは最小資本で最大のサービスが基本というのが前提のはずで、赤字になってサービスするのが当然というならあなたの資産で実家の裏山の山道を何度も掘り返して電線地中化でもしてください。

>税金バンバン上げて、公共事業削りまくって財政黒字(ただし住民負担は重い)になったから、公務員の給料は上げるよ

公共団体の予算で黒字化をめざしている時点で論理のすり替えですよ。w私は釣られているのでしょうか?
最小資本で最大のサービス=(労務負担に対しては少ない報酬)+(仕事に対しての満足感や自負心)
かもしれませんね。

投稿: 青二才 | 2011年3月10日 (木) 22時33分

閲覧者さん、2011年3月10日(木)12時59分に投稿された方、青二才さん、コメントありがとうございました。

2011年3月10日(木)12時59分に投稿された方は、mobileSEさんに対して「上書きなどとんでもないです」と述べられていましたので、とーるさんだと見込んでいます。なお、公務員への批判の仕方を批判される方々は、すべて公務員だと思い込まれがちですが、必ずしもそうではないのが当コメント欄の特徴です。ただ仮に公務員ではないように装っていたとしても、このような場では確かめることができません。そのことが念頭にあり、前回のコメントでは次のように記しました。

>一つ一つのコメント内容を閲覧されている皆さん一人ひとりが、どのように受けとめるのか、投稿される方々の「腕の見せ所」だろうと考えています。

つまり公務員であっても、民間の方であっても、そこに書かれた文章の内容を閲覧者個々人が判断し、評価するだけだと思っています。そのような意味合いから、ぜひ、それぞれのコメント内容に対し、先入観を持たずに読んでいただければ、また違った見方につながるのではないでしょうか。特に誰あての要望ではありませんが、少しだけ気になった点を書かせていただきました。

投稿: OTSU | 2011年3月11日 (金) 02時31分

すみません。記名してませんでしたね。上の無記名は私です。
OTSUさん、その他の皆さん大丈夫でしょうか。地震で被災された方がいらっしゃらないことを願います。
残念ながら被災された方にはお悔やみ申し上げます。私も津波が来た大洗町のそば、那珂川の河口から数キロのところに
住んでいたので、本当に心配しています。うちの兄は父の跡を継いで現役自衛官で京都在住ですが、今朝、所属部隊を
率いて東北に出発したようです(忙しいのはわかっているので、私からは連絡をしていませんが父から連絡ありました)。
神戸の時は災害復旧支援で半年ほど現地でテント生活していたので、おそらくその程度の規模にはなるのだろうと思います。
彼らは、温々とした中で働く訳ではなく、生活する場を現地で設営し、そこで寝泊まりすることになります。よければ、
現場で働く自衛官を見ましたら、温かい言葉をかけてやってください。うちの兄もそこにいます。


青二才さん

1.「赤字だから給料下げるのは当たり前、なら黒字なら給料上げるのも当たり前」という論理はダブルスタンダード
 ではないです。民間会社で、黒字なら報酬・ボーナスが上がり、株主に還元されるのはある意味当然です。
 

2.「公共サービスが赤字=国民が得をしている」は、「現在必要なコストを現世代が負担していないこと」の言い方を
 変えたに過ぎません。結局、つけ回しは将来の国民が負担せねばならないのです。子供世代は「自分たちが受けるサー
 ビス」のコストだけでなく、前の世代が受けたサービスのコストまで払わなければならない。 
 いわば勝手に二世帯住宅を親が作るようなものです。子供は望みもしない借金を抱え、「おまえも使えるんだから
 いいじゃないか」と言われたらどうですか。自分が使う頃には、もう老朽化が進み、メンテナンスや、場合によっ
 ては立て直しが必要なのに、借金まで抱えているのです。しかも国の場合相続放棄も出来ないのですから。

 混同して欲しくないのは、原価1000円の品物を売ったのに、800円しか回収できなければ赤字、買った方は得、
 という話の中には、
  ・800円で買った側にお得感があるかどうか、(税負担感の問題。隣でも800円で売ってる品物など。)
  ・原価はいくらが適切か(コスト管理の問題。他では原価は600円、など。)
  ・そもそも800円の価値があるか(事業として必要か)、
 は、別途に問題だ、ということです。現在負担可能なコストと、必要なコスト・サービスが見合わないなら縮小か
 撤退すべきです。ただ、今回の地震で「不要な公共工事って基準は本当は何だろうな」と考えさせられました。。

3.公務員の給与は公共事業の一環という理屈はナンセンスです。民間でもこの理屈はありますが、物価が上がること、
  コストを反映した国内生産品の価格競争力が落ちます。そういう面を完全に無視した理屈(国内サービスしか提供
  しないからこそ成り立つ)です。

4.公僕という言葉は、税金泥棒と同じようなニュアンスがあり好きではないです。親が自衛官のため、つい昔の記
  憶がよみがえって変な反応をしてしまいます。以前書いたことですが沖縄にいたこともあり、小中学生の頃に
  「戦争反対」「税金泥棒」といった罵声を直接受けたこともあります。親の扶養を受けた22年間、高額納税者
  さんが言われたような「税金のおこぼれ」をいただいて育ってきた私も当然あなたたち批判の対象になっていると
  理解しています。

5.「公共サービスの黒字化を目指している時点で論理のすり替え」と言いますが、橋下知事は、財政再建の実績と
  して、収支バランスの黒字化をPRしています。基本的には、2.で言ったとおり、長期間にわたって使う社会
  資本以外については、収支は均衡であるべきものです。

6.最後に最小コストで最大効果を上げることを目指すべきは公的機関も変わらないのではないでしょうか。
  性質が違う以上、民間に比べれば不得手分野であることも確かでしょうから、常にいい方法を検討すべきでしょう。
  ただ、民間で言えばコストのすべてが人件費という訳でもないし、むしろコストを最小にすることと、それによる
  逸失利益を含めて最大の利益を想定するのが普通だと思います。また、人件費は安いにこしたことは無いと考えつつも、
  最低賃金にしている訳ではないです。会社にとって給与以上に利益を上げてくれることを望んではいますが、給
  与がいくら安くても、会社に損失をもたらすような人間には来てもらいたくない訳です。
  公務員批判の場合、人件費を下げるには「高い給与を下げる」という単価を下げる判断ばかりが先行しますが、
  「不要な規制の緩和、あるいは民間分野の自主努力に委ね行政は関与しない」というやり方で「人数」を削減する、
  という方も(既に進んでいるでしょうが)一層進めていく必要があると思います。現業分野・規制や監査分野も
  その「民間に任せるべき」分野の一つですね(民間監査部門の、監査をしていく必要はある訳ですが)。


投稿: とーる | 2011年3月12日 (土) 11時01分

とーるさん、コメントありがとうございました。

全国的には甚大な災害となっている中、幸いにも私の住む地域には大きな被害が見られていません。今のところ昨夜中に帰宅できなかった話を聞く程度に済んでいます。

被災された方々に対しては心からお見舞い申し上げます。今後、私たちも出来る限りの支援に努めていければと考えています。それまでは、とーるさんのお兄さんらの活躍と安全を祈念させていただきます。

投稿: OTSU | 2011年3月12日 (土) 19時37分

公務員が十分に働いていないから、給料が多すぎると言われるんでしょう。
私の父親は中卒で地方公務員になり近年定年退職しましたが、退職する時には部長でした。こういっては何ですが、中卒が部長になれる会社が今どれだけあるのでしょうか? それに、毎日夕方6時には家に帰ってきておりました。部長が毎日6時に帰宅ですよ? こういう人を身近に見ていましたので、どうも公務員の方が忙しいといっても信じる気になりません。

ちなみに、うちの親父は「公務員なんてつまらない仕事だ。お前はせっかくいい大学を出たんだから、もっとマシなところに就職しろよ」と常々言っておりました。親父の言っていることが100%間違いとは言いませんけど、やっぱり世間の厳しさを全然知らない人だったんだなあと思います。

なお、うちの親父は課長になるまでは自治労の組合員やってました。家では組合の話は一切聞きませんでしたが、「社会新報」を購読していましたからそれなりに熱心な組合員だったんだろうと思います。

投稿: 氷河期 | 2011年3月17日 (木) 21時15分

氷河期さん、コメントありがとうございます。

「公務員が十分に働いていないから、給料が多すぎる」というような意見は、このブログを続けている中で繰り返し聞かされてきました。一方で、そのような短絡的な発想や批判の仕方は問題であるという意見も、公務員ではない大勢の皆さんから寄せられています。ちょうど今回のコメント欄も、そのような展開になっていました。ぜひ、お時間が許される場合、もう一度、読み直してみていただければ幸いです。

また、余計なことかも知れませんが、学歴に関係なく部長になられたお父様は、きっと立派な方であり、人知れず努力もされてきたのではないでしょうか。さらに通勤の時間も短かったものと思いますが、夜遅くまで働いていなければ駄目だという言い方にも少し違和感があるところです。

投稿: OTSU | 2011年3月17日 (木) 22時28分

うちの親父を見ていると、ずいぶん狭い世界で生きている人だなあ、と思います。通勤時間わずか10分、家と役所を往復するだけの人生を中学卒業(15歳)から定年退職(60歳)まで実に45年もやっていたのですから仕方がないことでしょうけれども。県庁とか政令市だとまた違うのでしょうけど、うちの親父は小さな市の市役所だったので・・・。民間のビジネスの世界も知らず、世の中の動きも知らず、世界の政治や文化も知らずに、ひたすら小さな小さな世界に引きこもって単調な仕事をする人生だったと思います。親父自身、それは自覚していて、だからこそ息子の私に「公務員はつまらない仕事、お前は公務員にはなるなよ」といつも言っていました。
公務員の給料が、世間の人たちが思っているほど高くはないことは良く知っていますが、それでも「この仕事でこんなにもらえるのかよ」とは思いますね。
うちの親父なりに努力はしていたのかもしれませんが、やはり、親が大企業に勤めていて頻繁に海外出張に行くような家庭と比べると、家庭の文化水準というかなんというか、そういうものの圧倒的な差を感じるんですよ、子供でも。子供は親を選べないわけですが、もうちょっとましな家に生まれてればなあ、と思いますよ。この国では、生まれが悪いと一生損しますからね。ついでに言えば私の母も元公務員(職場結婚・結婚退職)なので、父以上に世界が狭い。

投稿: 氷河期 | 2011年3月18日 (金) 00時31分

氷河期さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

個別の事象を見て、全体を決め付けることの不適切さなどは度々訴えさせていただいていました。ただ常に「対岸の火事」としない意識は持ち続けています。その上での感想となりますが、「公務員はつまらない仕事」という見方は、人それぞれの一つの見方に過ぎず、決して「つまらない仕事」だとは考えていません。

加えて、お父様たちや家庭環境に不満をお持ちであることは分かりますが、大学まで出させてもらったことなどは、もっと感謝すべきではないでしょうか。そして、あくまでも親は親の生き方があり、成人してからの自分の人生は自分自身が「どう受けとめていくのか」だと思っています。

失礼な言葉を投げかけてしまい、たいへん申し訳ありません。ハンドルネームから察し、就職活動にもご苦労されているのかも知れません。そのような時であれば、ますます公務員に対する視線が厳しくなることも覚悟しています。これからも批判的なご意見も真摯に受けとめていくつもりですので、お時間が許せる際、気軽にコメントくださるようお願いします。

投稿: OTSU | 2011年3月18日 (金) 06時07分

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