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2011年2月27日 (日)

公務員の人件費

東京の最高気温は金曜日に20度を超え、一転して土曜日は10度前後となり、10度ほどの差がありました。三寒四温という言葉もありますが、真冬だと思っていたら、いつのまにか春の訪れを感じている季節も間近なのかも知れません。ちなみに労働組合の世界では、年明け早々から春の闘い、春闘の季節を迎えています。

以前、「季節は春闘、多忙な日々」という記事を投稿していましたが、今年も同じように忙しい日が続いています。新年度に向けた職員配置数の問題、給与構造改革とも呼ばれる賃金水準の独自な見直しなど、労使交渉の課題は多岐にわたり、それぞれ非常に重要な内容でした。例示した二つの課題は言うまでもありませんが、私どもの自治体の人件費総額に直結するものでした。

このように人件費は、職員数と個々の給与総額によって変動します。給与の中味は、月額給料の他に扶養手当や住居手当等の諸手当、時間外勤務手当、期末勤勉手当(賞与)、退職手当などを含んだものです。加えて、年金や健康保険料等への事業主負担分も人件費の中に含めて考えられています。このような人件費のとらえ方や事業主負担分の考え方は公務員に限らず、概ね民間企業の場合も同じ扱いとなっています。

政権交代以降、民主党のマニフェストに掲げられた国家公務員の総人件費2割削減の問題が注目を集め続けています。その際、国家公務員一人ひとりの給与水準を2割減らすような見られ方が強まっていますが、正確には「地方分権に伴う地方移管、国家公務員の手当・退職金などの水準、定員の見直しなどにより、国家公務員の総人件費を2割削減する」と衆院選に向けたマニフェストには記されていました。

このマニフェスト策定にあたっては、民主党の政策担当者と連合との間でも議論が交わされていました。その場では、地域主権改革がマニフェストの大きな柱であったため、権限と財源の地方移管に伴う人件費削減が主な手法となる説明だったと聞いていました。残念ながら菅首相らが、そのような点を強調した場面を見ることができていません。意図的なのかどうか分かりませんが、「守れないマニフェスト」の一つとして数えられがちであり、ますます自らの首を絞めているように思えてなりません。

さて、以上の話は事実は事実として触れましたが、このブログを閲覧されている皆さんの中には憤りを覚える方もいらっしゃるのだろうと見ています。「もともと公務員の給与は高いのだから2割削減でも手ぬるいと思っていたのに」「ますます詐欺のようなマニフェストだ」「やはり民主党は労働組合に操られていた」という意見などが示されるのかも知れません。さらに公務員を批判的に見ている方々から反発を招くような話を冒頭に持ってきた私への批判が示されることも覚悟しています。

前回の記事「公務員の職務と責任」に対しても、たくさんのコメントをお寄せいただきました。やはり公務員の働き方や待遇を批判するコメントも少なくありませんが、そのような批判の仕方に疑問を投げかけられる方々も増えていました。また、その方々が必ずしも公務員ではないため、たいへん心強く感じていることも確かでした。1週間のアクセス数は約1万件、訪問者数はその半分弱という狭い中ですが、幅広い立場の方々に閲覧いただいているブログであることも間違いありません。

そのため、このブログに寄せられる意見は、実生活の中で物事を判断する際の一つの参考資料にもなっていました。これまでも記してきたことですが、私自身の主張の大半が常に四面楚歌、批判の集中砲火を浴びるようであれば、組合役員を続けていくこと自体が大きな悩みとなっていたはずです。厳しい批判の声がある一方、幸いにも自分自身の考え方も間違っていないという勇気付けられるコメントも数多く頂戴してきました。

このような経緯や背景を踏まえ、前回記事のコメント欄を読みながら感じた自分なりの感想や意見を述べさせていただきます。若手??経営者さんから「OTSUさんは必死に既得権益を守ろうとする尖兵にしか見えませんね」という指摘を受けました。私自身、自治労に所属している職員労働組合の執行委員長という立場を明らかにしていますので、そのような見られ方も致し方ないものと思っています。

この点については以前の記事(「襟を正す」記載の難しさ)でも記しましたが、労働組合の役割は組合員一人ひとりの現行の生活水準を守ることが第一だと考えているからでした。とは言え、公務員に対する厳しい逆風も痛感しているため、長期的な視点で判断すべき責任の重さも受けとめなければならず、その肌感覚を当ブログなどを通して磨いているとも言えます。つまり時代の変化や情勢認識を見誤らないためには、多種多様な情報を適確に把握していく必要性を強く認識しています。

私どもの市における前述した賃金水準の独自な見直し、要するに削減提案は最大で月額3万円近くに及ぶ内容でした。新年度に向けた大きな労使課題となっていますが、組合の立場としては「はい、分かりました」と簡単に受け入れられるものではありません。それでは、どのような解決への道筋が妥当なのか、内外からの見られ方を充分意識しながら決着点を探る責務が組合役員には求められているものと思っています。

今年度の予算ベースにおける公務員人件費は財務省主計局の資料で、国が5.2兆円(56.4万人)、地方が21.7兆円(235.2万人)でした。先日の『TVタックル』で使われていた平均年収は時間外勤務手当を除く2009年分として、国家公務員635万円、地方公務員611万円に対し、民間406万円という比較の数字が使われていました。それぞれの額は人事院、総務省、国税庁の資料から示されていました。

民間の数字は日払いなどの雇用者を除いていますが、派遣やパートなどの非正規雇用も含む額となっています。これまで収入と所得の違いを踏まえず、乳幼児なども含む全人口で割った数字を市民の年収200万円とし、役所職員の年収が3倍以上と批判していたケースもありました。『TVタックル』で使われた数字は、そのように誤った比較ではありませんでしたが、コメンテーターの理解不足や意図的なミスリードが所々で目立っていました。

一例として、民間406万円の中に派遣やパートの年収が含まれていないような印象を与えていました。学校給食の話で「調理師は公務員でなければいけない」という福岡政行さんの言葉は栄養士の誤りであり、全体を通して本当に熟知した上で解説しているのかどうか疑問に思う内容でした。なお、このような統計資料に基づく比較の話は、前回記事のコメント欄で皆さんから詳しく説明いただいていました。

いつものことながら突っ込み所満載の番組でしたが、もう一つだけ、たいへん気になった出演者の発言がありました。公務員の給与が民間より高い点について「民間が上がるように努力すべき」と自治労幹部が発言していたという話題に対し、勝谷誠彦さんが「自治労を呼びましょう、今の発言をテレビの前でできるのか、この野郎」と激高していました。話の流れそのものが自治労幹部の発言を揶揄していたため、自治労はとんでもない傲慢な組織だという印象がかもし出されていました。

しかし、もともと公務員の給与は民間相場の反映です。労働基本権の代償である第三者機関の人事院が同種同等の原則のもと、毎年、50人以上の規模の事業所を標本抽出して格差を是正する勧告を行なっています。その50人以上の是非に対する評価があることも承知していますが、制度的には公務員給与は民間と同水準に位置付けられています。その上で、取り上げられた民間406万円というように低くなりがちな背景は、非正規雇用の増大が影響していることを指摘しなければなりません。

経営の厳しさや国際競争力を高める目的が喧伝され、財界の意向をくんだ労働法制の規制緩和などが繰り返される中、労働力のダンピングが進みました。加えて、リストラや就職氷河期を経て、本来自立した生活給が必要な労働者までも「家計補助的賃金」水準に余儀なくされる事態に至っています。したがって、このような背景を考えれば、自治労幹部が「民間を上げるべき」と発言したことは、労働組合の役員の立場として当然であり、何ら批判される言葉ではないものと思っていました。

さらに以前の記事「定期昇給の話」でも綴ったとおり成果主義の導入などによって、民間では年功給の体系が薄まっていました。それに対し、公務員側は年功給の色彩が強く残る中、職員数削減という行革によって新規採用の手控えが続いていました。結果的に職員の平均年齢が上がり、そのまま平均年収も上がる構図をたどっていました。

今回の記事も長くなりましたが、あくまでも事実関係を中心に述べてきたに過ぎません。公務員給与が高いことの言い訳に聞こえる方もいらっしゃるかも知れませんが、言い訳であることを特に否定するつもりはありません。一般庶民さんから「冷静な議論に必要なのは、客観的な事実に基づく議論であって、感情論や印象論に終始することは避けたい」というコメントをいただきましたが、私自身も心からそのように願っているからでした。

最後に、公務員制度改革の一環として、人事院勧告制度は廃止される方向となっています。2013年からは新たな制度のもとで、自律的な労使関係によって公務員の給与が決められていく見通しです。その際、現行の水準を維持できるのかどうか、ますます住民の皆さんからの理解が重視されていくものと受けとめています。同時に公務員の人件費の問題は財政健全化のためにも避けて通れない難題であり、その水準の妥当性についての情報発信力や判断力を日々磨いていこうと考えています。

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2011年2月20日 (日)

公務員の職務と責任

前々回記事「年収3000万円が安い?」へのコメントは投稿してから1週間近くゼロが続き、1件目が寄せられたのは金曜日になってからでした。これまで内容や題材によって、コメントの数は大きく異なっていましたので、この記事もそのまま少ない部類になるのだろうと見ていました。ところが、新しい記事「ブログ記事を投稿する際の心構え」を投稿した翌日の日曜夕方、ひとつの意見さんからの次のコメントが切っかけとなり、公務員の働き方やその報酬のあり方を巡り、たいへん多くの意見が寄せられていきました。

公務員の採用情報を見ていれば人が溢れて倍率は軽く10倍を超えている。つまり報酬と待遇が極端に高いという証拠でしょう。従って、なり手が居なくなる直前のレベルまで報酬と待遇を下げるのは、今の市場の中では当たり前の行為ということでしょうね。今の公務員の報酬は3倍は高いということが通説らしいので、つまりは、それに見合う程度まで下げろってことなのでしょう。今の程度の職員レベルでは余りにも法外な報酬以外のなにものでもないとのことなので、そうなることを希望します。

この意見に対し、私自身も3倍高いという根拠や今の程度の職員レベルという指摘など、いろいろ返すべき言葉が思い浮かびましたが、その時点で具体的なレスは控えていました。中途半端に書き込むよりも、新規記事で改めて自分なりの思いをまとめることをお伝えしてきました。先週1週間、そのように考えながら皆さんのご意見をじっくり読ませていただきました。ただ恐縮ながら、すべて網羅した内容の記事に至るのかどうかは、私自身の力量の問題も含めて確約できない点についてはご容赦ください。

決して「論点ずらし」や難しい議論を避ける意図はありませんので、不充分な点はコメント欄で指摘いただきながら、さらに次回以降の記事などを通して補っていければと考えています。このような話を前置きとしながら、まず前々回記事のコメント欄での議論の交わされ方について、自分自身の感想を述べさせていただきます。全体を通し、非常に幅広い視点や立場から貴重なご意見が寄せられているものと受けとめています。

それぞれ冷静で、穏かな議論を交わしていただけている点についても、管理人の立場からたいへん感謝していました。ちなみに対立的な議論となっていましたが、必ずしも公務員対非公務員という立場からの図式ではなく、民間企業に勤めている方々からも公務員批判のあり方などについての疑義が示されていました。また、それぞれの視点から発せられる言葉そのものは論理的で、説得力があることも確かでした。

しかし、やはり公務員の現状を厳しく見る方々に対しては、木を見て、森全体を判断し、別の木まで批判されているような印象が否めませんでした。このような悩ましさについては以前の記事「言葉にすることの大切さ Part2」の中で、自分なりの問題意識を綴っていました。これまで報酬の問題に関しては「公務員賃金の決められ方」という記事があり、さらに公務員批判への「答え」は?という内容も投稿してきました。

基本的な考え方は大きく変わっていないため、参考までに以前の記事を紹介させていただきました。ただ論点となっている公務員の働き方などに関し、適確な「答え」につながっていないものと思っています。したがって、それらの記事を焼き直したような内容を綴ろうとは考えていません。今回の記事では別な角度から違った言葉で、公務員の職務のあり方や責任などについて掘り下げてみるつもりです。

民間企業が営利を目的とした組織である一方、国や自治体は採算を度外視して公共サービスを提供しなければなりません。このような構図の中で、公務員は公共サービスの担い手に過ぎず、その出発点を押さえなければ「公益」や「利益」という言葉が空回りした議論につながりかねない懸念もありました。言うまでもありませんが、民間でも公務でも非効率な無駄は省き、一人ひとりの労働者が最高のパフォーマンスを発揮していける組織こそ、理想的な姿だろうと思っています。

厳しい財政状況をはじめ、貴重な税金が給与の原資となっている公務員に対して、その実践が強く求められていることも充分自覚しています。懸命に働かなくても一定の待遇が保障されているため、必死に働いていない公務員が多いという指摘についても、そのような見られ方がある現状を意識しています。なお、このような見られ方は比較するモノサシによって、評価が変動するため、及第点がどのレベルなのか、常に探り続ける必要性があるものと認識しています。

抽象的な話を進めてきましたが、ここで具体的な事例を通して少し考えてみます。公務員の職務遂行を考える上で、ぜひ、取り上げたい題材が心に留まっていました。一昨年来、ずっと注目しているブログの記事の中で最近、紹介されていた話でした。議論が拡散する可能性もありますので、そのブログの主が誰かは横に置いた上で、今回記事の論点の一つとしてお読みいただければと思っています。

私が市長をしている時、窓口に住民票を取りに行った。書類に名前などを書いて出した時、職員から「運転免許証など身分を証明するものをお持ちでしょうか」と聞かれた。私は、思わず「泣かすぞ!」と言ってしまった。すると他の職員がその職員に対して「住民票出して」と言ったので私はそれ以上言わなかった。小役人は自分の親に対しても真顔で「身分証をお見せください」とやるのだ。公務員は人間性も正義感も無いロボット、血も涙もない。

住民基本台帳法の一部改正により、3年前から証明書の交付申請や異動届出の際に窓口で本人確認が必要となっていました。そのため、最初に対応した職員が投げかけた言葉は決して間違っていませんでした。杓子定規という批判の声も示されるのかも知れませんが、私的な申請のために訪れた市長に対し、ルール通りに免許証の提示を求めたことは原則的な対応であり、罵倒されるような行為だったとは思えません。

このケースは些細な問題かも知れませんが、市長、議員、職員、家族であろうと例外は認めない姿勢を貫くほうが癒着や縁故的な利便性を一切断ち切るというアピールにつながっていくものと見ています。以上のような職員の行為は決して効率的ではありません。それでも法律や規則を厳守するという点が公務員に求められている第一義であり、公平な行政運営という面から考えても「人間性も正義感も無い」とまで批判されるのは理不尽な話だと言わざるを得ませんでした。

いずれにしても公務員の職務の中で、法律や条例規則、その運用面を熟知していることが強く求められています。その上で、窓口に訪れた住民の皆さんの納得や満足を得られる仕事ぶりが欠かせないものと考えています。住民票の申請の件を例に考えれば、なぜ、本人確認が必要なのか適確に説明でき、免許証などを持たない来庁者にも交付できる運用面の手順を丁寧に示していく応接が求められています。

この一連の流れの中で齟齬があった場合、「本人が来ているのに、なぜ、出せないんだ!」という怒りを買いかねません。職員各自がスキルを上げていくことはもちろん、どのような場面でも相手の立場を斟酌しながら、心を込めて接遇することが最も大事なポイントだろうと思っています。とにかく公務員一人ひとりが自分の職務の目的や責任をしっかり認識し、最高のパフォーマンスを発揮していくため、前例踏襲にとどまらない仕事の進め方などを常に探り続ける姿勢が欠かせません。

長々と書いてきましたが、ひとつの意見さんらの疑念に対し、充分答え切れていないのだろうと思います。あくまでも今回の記事の中で綴っている言葉は個人的な決意や呼びかけに過ぎず、実際はどうなのかと問われれば、やはり身近に接する公務員の姿や働きぶりが評価の対象になっていくことになります。職務と責任に対して、報酬や待遇が見合っているのかどうかも働きぶりの評価によって左右されていくはずであり、その程度のレベルと言われないよう一人ひとりが日々努力していかなければならないものと考えています。

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2011年2月12日 (土)

ブログ記事を投稿する際の心構え

不特定多数の方々が自由に閲覧できるインターネット上に自分の文章を掲げることについて、このブログを開設した当初から心がけている点が数多くあります。重要性の度合いに濃淡があるのかも知れませんが、まず誤字脱字などを極力避けるように努めています。投稿する前に推敲を重ね、文章としておかしな箇所なども必ずチェックしています。と話しながら、今回の記事の中にも誤字などがありましたら赤面ものですが…coldsweats01、極力という趣旨でご理解ご容赦ください。

もともとブログを始める方は日頃から文章を書くことが好きなタイプなのでしょうから、このような心構えは当たり前な点であり、誤字脱字の目立つケースのほうが少ないように思っています。それでも時折り、普段から文章作りが得意ではないような方が、市議会議員だからという理由で始めている場合があり、読みながら痛々しさを感じるブログもありました。「書き終えてから一度読み返せば、見つかる間違いなのに」という余計なお節介が頭に浮かぶほどでした。

続いて、誰に読まれても必ず自分なりに責任を持てる内容を綴っています。業務上知り得た秘密や個人情報の問題に注意することは言うまでもありませんが、ブログで取り扱う内容すべてに対し、ネット上に掲げて良いのかどうかを吟味しながら投稿しています。さらに個人攻撃や誹謗中傷の類いに見られるような言葉は慎んでいます。なお、政治家に対する批判や辛口な論評は少なくないのかも知れませんが、仮に本人を前にしても同じように告げられるつもりの言葉遣いには注意してきました。

他にも様々な留意点がありますが、何よりも事実関係は正確に記述するよう最大限努力してきました。思い込みや曖昧な知識のまま、聞きかじった話を安易に投稿しないよう心がけています。新聞記事や書籍、ネット上の関連サイトで改めて内容や数字などを確認した後、このブログに書き込んでいます。事実誤認が目立つブログであった場合、そこに綴っている主張そのものの説得力が薄れるものと思っているからでした。

このように意識していても、時々、誤った内容を投稿している場合がありました。自分自身の注意が不足していた時や、確認した先の資料が必ずしも正しくなかったケースなどもありました。実は前回記事「年収3000万円が安い?」の中で、「官僚の最上位である事務次官の年収は3000万円前後」と記していました。しかしながらコメント欄で、元官僚さんから「事務次官の年収は、現在は2276万円弱」という指摘を受け、その記述の誤りに気付きました。

今回の場合、Googleで「事務次官の年収は」と検索したところ「年収ラボ」というサイトがトップに掲げられていました。私自身も事務次官であれば、3千万円前後は支給されているという思い込みもあり、「年収ラボ」に示されていた数字をそのまま引用してしまいました。700万円の差は資料が最新かどうかだけの問題ではないはずであり、元官僚さんから紹介いただいたように平成22年人事院勧告の資料まで、しっかり確認すべきだったものと反省しています。たいへん失礼致しました。

結果として、さらに民間企業の役員と官僚トップとの差が際立つ現状を認識することになりました。民間企業の役員には株主代表訴訟のリスクと報酬との見合いが語られる場合もありますが、前回記事の結びに記したような思いが残ることも確かです。これからも厳しい社会経済情勢が続く中、民間企業の役員報酬に対しても「高すぎる」という声が強まる時も訪れるのでしょうか。それでも税金を基本的な原資とする公務員賃金や議員報酬とは、あくまでも一線を画した見方が続く見通しも強いように思っています。

いずれにしても明らかな誤りがコメント欄を通して修正できる機会を得られることは、相互交流がはかれるブログの利点であり、元官僚さんの指摘には本当に感謝していました。そのコメントがなければ、ずっと事務次官の年収は3000万円前後だと信じ、閲覧者の皆さんに対しても誤った情報を発信したままとなっていたはずです。おかげ様で、このように様々なコメントを頂戴することで、いつも拙い記事本文が補っていただけているものと受けとめています。

ここまで当ブログの記事を投稿する際の心構えを述べてきました。念のため、事務次官の現在の年収に対する「正解」は一つです。したがって、その「正解」という事実は誤らないように努めている点を記してきたつもりです。一方で、その数字を高いと見るのかどうかなどは主観が入り、「答え」は各人各様となるはずです。そのような意味合いからすれば、このブログで訴えている意見や主張などは、数多い「答え」がある中の一つに過ぎないものと考えています。

自分自身としては、より「正解」に近い「答え」を探り、その「答え」に対する共感が広がることを願いながら文章を綴っています。しかしながら私の「答え」が、まったく受け入れなれないような場合、発する言葉や内容そのものを不愉快に思われる方がいらっしゃることも覚悟しています。例えば、私は「公務員にも労働組合は必要」という「答え」を持っています。しかし、「いらない」という「答え」をお持ちの方々が少なくないことも、このブログを続けていく中で実感してきました。

いつも申し上げていることですが、幅広い視点や立場からの「答え」に接する機会は非常に貴重なことだと思っています。自分の「答え」を検証し、同時に異なる「答え」が多い現状を知ることで、より「正解」に近い「答え」を探っていけるものと受けとめています。今回、取りとめのない話となってしまいましたが、当初は公務員の人件費の問題を掘り下げる予定でした。またしても書き出しの話題が膨らみ過ぎたため、途中で記事タイトルも変更していました。その問題は次回以降、改めて取り上げてみようと考えていますので、よろしくお願いします。

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2011年2月 5日 (土)

年収3000万円が安い?

1月も終わる月曜日の夕方、車のラジオから流れてきたニュースで、小沢民主党元代表が在宅起訴されたことを知りました。資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、検察官役の指定弁護士が検察審査会の起訴議決に基づき、収支報告書の虚偽記入の問題を法廷の場で争うよう求めました。マスコミは大きなニュースとして取り上げていましたが、検察審査会が2度目の起訴相当を議決していた段階で、この日が訪れることは既定の話だったはずです。

そのため、ことさら「強制起訴」という大きな見出しなどは、小沢元代表の悪役ぶりを改めて高めようとしている意図が感じ取れてしまいがちでした。例えば、指定弁護士の発言として「有罪判決を得られるよう努力したい」というコメントだけが切り取られ、夕方に聴いたラジオのニュースから流されていました。夜のテレビから映し出される画像でも同様な切り取られ方でした。

しかしながら指定弁護士の記者会見での詳しい一問一答では、このような言葉も発せられていました。「私たちの職務というのは、必ずしも有罪だと確信したから起訴するのではなくて、起訴するのが法令で決まっており、その中で起訴しない条件はなかった」というものであり、「抽象的な言い方をすれば、私自身は、小沢氏を起訴することが法曹としての良心に恥じない、というふうには思っています。その程度で勘弁してください」という心情も吐露されていました。

3人の指定弁護士の間に温度差があるようですが、以上のような質疑の内容から私自身は「職務上、仕方なく」という葛藤を読み取っていました。それが面白いことに読売新聞の記事では「法曹の良心に恥じるとは思わない」の後に、記者の感想として「有罪立証への手応えものぞかせた」という文章がつなげられていました。なぜ、これほど間逆な受けとめ方ができるのか、不思議に思っています。

最近、ようやく検察が自ら描いたシナリオにそって、強引な取り調べを行なうことが問題視されるようになっています。その検察や警察のリークに踊らされるなど、これまでマスコミは事実を見誤った報道を数多く重ね、反省の弁も繰り返していました。それでも相変わらず、一つの流れに乗った報道に終始しているように思えます。つまり今回、国民の大多数が「クロ」だと見ている小沢元代表に対しては、やはり「クロ」だという印象を与えるシナリオがあるように感じています。

したがって、小沢元代表が無実を主張し、通常の検察による起訴と性格が異なることなどを訴えても、逆に「往生際の悪さ」がかもし出されているような構図となっています。検察審査会の制度面についても、いろいろ見直すべき点もあるのかも知れません。とは言え、定められたルールには粛々と従うだけであり、今後、事件の真相などは裁判の場で明らかになっていくはずです。そのため、今回の記事で事件の中味を問うつもりは一切ありません。

あくまでもマスコミの問題点や特性(参考記事「卵が先か、鶏が先か」)について、小沢元代表起訴の報道を例示しながら前置き的な内容を掲げたつもりでした。いつものことながら、その前置きが思ったよりも長くなってしまい、たいへん恐縮です。今回の記事は、月曜夜の『TVタックル』の番組内容があまりにも「何だかなぁ」という話だったため、公務員賃金の水準問題を取り上げようと考えていました。その日の番組は、官僚から末端の公務員までを出演者がこぞって批判し、揶揄し、民間に比べて賃金水準が「こんなにも高い」と語られ、ある意味では定番の内容でした。

2009年度の統計で、平均年収が国家公務員は636万円、非正規雇用も含めた民間は406万円という資料が紹介されていました。確かにその差は歴然としていますが、一方で「同種同等」という官民比較の原則(参考記事「公務員賃金の決められ方」)などがあることも現状の制度設計となっていました。出演していた官僚出身の評論家からもそのような注釈はなく、逆に現行の人事院勧告制度まで批判の対象とされる展開でした。

ちょうど小沢元代表の起訴を巡る報道のあり方について、前述したような問題意識を感じていたため、公務員に対するマスコミの姿勢の共通性を改めて認識する機会となっていました。国民の多くが公務員に対して不満や憤りを抱いているため、マスコミは叩きやすい、叩くことによって視聴率なども伸びる、そのような報道の多さが、ますます公務員への不信感を高めていくという構図は、小沢元代表のケースと似通っているものと思っています。

このブログを閲覧されている皆さんの中には、不信感を高めるような公務員側の責任があり、制度そのものを問題視される方も少なくないのかも知れません。それに対し、様々な見方があって当たり前だと考え、より「正解」に近い「答え」を見つけるために当ブログを続け、幅広いご意見を伺う貴重な機会としていました。ここで、若干強引なつなげ方となりそうですが、非常に興味深い話が書かれていた新聞記事を紹介します。

NHKの福地茂雄会長が3年の任期を満了して退き、JR東海副会長から転じた松本正之新会長体制が発足した。トップ探しをめぐって、生え抜き幹部の登用を望むNHKプロパー陣営と総務省の間で暗闘が展開されたと伝えられるが、人選が難航した理由には報酬問題もあったようだ。NHKトップの年収は3000万円台前半とみられる。高水準ではあるが、この金額だと年収が目減りする財界著名人も珍しくない。その上、NHK会長はかなりの激務でもあり、就任を固辞した財界人がいても不思議ではない。

日銀審議委員が、責任の重さや在任中のハードな職務の割に民間金融機関役員より報酬が少ないため、なり手が少ないのと同じ構図といえそうだ。このため、「松本氏はJR東海の葛西敬之会長に拝み倒された」との観測が出ている。また、福地氏がアサヒビール相談役に復帰する予定であることから、「松本氏の退任後の処遇まで決まっている」との憶測も。【ZAKZAK2011年1月28日】

財界人にとって3000万円台の年収が見劣りするという話は薄々予想していましたが、このように改まって報道されると様々な思いが頭の中を駆け巡りました。春闘が本格化する時期ですが、経営側は「円高やデフレなどの不安要素が多い」とし、連合の給与総額1%増の要求に真正面から応えようとしていません。その一方で、自分たちの年収の実態は上記の記事にあるとおりであり、非正規雇用が増大している問題なども含め、「何だかなぁ」という思いが巡りました。

また、官僚の最上位である事務次官の年収は3000万円前後です。今後、ますます公務員の賃金水準や待遇が下方に向かっていく中、人材が民間企業に流れて行きがちな課題を示唆した記事内容だったと言えます。年収だけを基準に公務員を志望する方ばかりではないのでしょうが、民間に流れる傾向が強まる点だけは否めないはずです。前回の記事「チュニジアの政変」に続き、唐突な話題を素材としましたが、NHK会長人事に絡むエピソードから私なりの思いを綴らせていただきました。

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