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2011年1月30日 (日)

チュニジアの政変

少し前の記事「リーダーシップのあり方は?」や前回の記事「市長選後の阿久根市」のコメント欄で、民主主義に対する様々な意見が示されていました。それらのコメントに接する中で、人によって、それぞれ思い入れや描いている姿が違っていることに気付く機会となりました。それはそれで興味深い話でしたが、自分自身のおさらいのためにも改めてウィキペディアで調べてみたところ、民主主義に関しては次のように記されていました。

民主主義または民主制または民主政は、いずれもデモクラシー(democracy)の日本語訳で、ある集団で構成員の全員または全体が権力者であり、集団全体の意思決定は構成員間の合意により行なうという思想・原則・政治体制である。歴史的に多様な意味で使用されており、それぞれの意味に応じて対比語は寡頭制、君主制、貴族制、独裁、専制、権威主義などである。

やはり私自身も民主主義の対比として、独裁政治が真っ先に思い浮かんでいました。ちなみに外部から見れば独裁政治が明白でありながら、「自分の国は独裁制だ」と言い切る国は少ないはずです。言うまでもありませんが、国民の多くが独裁だと思っていても、口に出せないのが独裁政治の特徴となっています。中には民主主義を国名の一部に標榜していながら、権力を世襲するような論外な独裁国家も存在しています。

独裁の度合いは国によって異なり、そもそも軍事クーデターなど力ずくで権力を握る事例がある一方、民主的な選挙によって生み出された独裁者も少なくありません。国家元首に位置付けられる大統領などに就任した後、徐々に独裁色を強め、最高権力者の座を私物化してきたケースも多く見られていました。憲法で任期が定められていながら、自分自身の独裁的な権力を手放したくないため、都合よくルールを変えていく事例も決して珍しくありませんでした。

初めのうちは民主主義で選んだリーダーであるものと信頼していたとしても、途中から国民がおかしいと感じ始めた頃には、言論統制、情報操作、秘密警察による国民監視など、恐怖政治によって簡単に後戻りできない社会に変容している場合があります。また、「国民の生活は二の次」となる独裁国家では理不尽なデノミはよくある話で、国内における債務の踏み倒しなどもお手の物と言えるのではないでしょうか。

先ほど「外部から見れば独裁政治が明白」と記しましたが、最近の政変で注目を集めた北アフリカのチュニジアは、少し様相が異なっていました。首都チュニスの町並みは西欧的な美しさがあり、人々の生活ぶりは西欧と変わらない自由闊達な空気が満ちていたように見られていました。観光立国であり、年間800万人もの観光客が訪れているほどでした。さらにチュニジアはイスラム諸国の中では穏健で、経済状態も良好な国であるものと位置付けられていました。

しかしながらチュニジアの場合、23年間に及ぶベンアリ前大統領の長期政権のもとで、外部からは見通し切れない国民の不満や憤りが蓄積していたことも確かだったようです。年間8万人以上の大卒者のうち2万人から3万人が就職できないという高い失業率の中、免許なしで野菜などを販売していた青年が逮捕されました。その青年は逮捕に抗議し、焼身自殺をはかりました。この事件が引き金となり、食品物価の高騰、大統領一族の腐敗、政治的抑圧などに反発心を抱いていた国民の怒りが一気に爆発しました。

言論の自由がない独裁社会の中で、運動の組織化や宣伝にはインターネット、特にフェイスブックが大きな力となり、反政府デモのうねりが高まっていきました。ベンアリ前大統領は、次の大統領選に立候補しないことを表明しましたが、とても国民の怒りは収まる状態ではなく、亡命せざるを得なくなったようです。1月14日、サウジアラビアに亡命し、23年間にわたった独裁体制が崩壊しました。後日、前大統領が国外脱出に追い込まれた理由として、次のような出来事も知り得ることになりました。

反政府デモが全土に拡大する中、チュニジアのベンアリ前大統領が政権の維持をあきらめ、国外に脱出したのは、陸軍トップが引導を渡したためだったとの見方が広がっている。駐チュニジア大使も務めた元仏軍幹部が、仏紙パリジャンに政変の内幕を明かした。「あなたはもう終わりだ」 デモの激化に危機感を募らせたベンアリ氏が陸軍のラシド・アマル参謀長にデモ参加者への発砲を命じたところ、参謀長は拒否し、こう告げたという。

これで、情勢挽回への頼みの綱を失ったと判断し亡命に踏み切ったようだ。デモ弾圧を続けた警察とは対照的に、国民の間にも「軍が見限ったおかげで政権が崩壊した」と軍の判断をたたえる声が多い。治安維持のため首都の各地点に配備された戦車には感謝の意を示す花束が置かれている。【読売新聞2011年1月21日

唐突な話題転換と見られてしまう今回のような内容を綴ろうと思った切っかけは、実は上記の新聞記事に目が留まっていたからでした。独裁政治と民主主義社会は比べるまでもなく、普遍的な評価は定まっています。したがって、今回の記事で今さら独裁制の問題点を強調しようと考えた訳ではありません。大統領の命令を拒否した参謀長の判断に対し、少し自問自答しながら自分なりの思いを巡らしてみます。

軍隊において上官の命令に絶対服従することは国の政治体制にかかわらない共通のルールとなっています。また、定められたルールを守っていくことが民主主義の基本であることも間違いありません。その意味で言えば、参謀長はルールを破りました。しかし、流血の事態を回避させ、圧倒多数の国民から称賛される行為であり、もちろん私自身もその判断に深く敬意を払っています。

それでは目的や結果が良ければ、個々人の判断で勝手にルールを破って良いのかと問われれば、基本的には「否」と答えることとなります。やはり原則はルールを守り合うことであり、参謀長が置かれたような緊迫した局面だった場合のみ、例外的に破ることが認められていく話だと考えています。もともと法律の中でも緊急避難という概念があります。緊急避難とは違法行為であっても、一定の条件のもとに違法性を阻却され処罰されないというものです。

そもそも普段からトップに対して「駄目なものは駄目」と言えるのが民主主義社会の素晴らしさであり、独裁を阻止していく様々な仕掛けが築かれ、国民の一票一票によって政権交代も実現できるのが現在の日本です。チュニジアの政変の火種は周辺の国に広がりつつあり、エジプトのムバラク政権を大きく揺るがしています。はるか遠く離れたこの日本を振り返った時、政権に対する国民からの不満が高まっていることも確かです。それでも「革命」的な発想で、現政権を力ずくで倒そうと考えている国民は極めて少数ではないでしょうか。

さらに公務員や官僚が倒すべき対象なのか、ことさら敵対視される存在なのか、当事者が訴えても説得力が乏しいのでしょうが、私自身はそのように考えていません。職業選択の自由が保障されている中、固定化された身分制度という見方も当てはまらず、賃金水準など現行制度に問題点が認められるのであれば、定められたルールの中で改めていけば良いはずです。チュニジアの話題から強引な展開だったかも知れませんが、最後の一言として、このような思いにつなげさせていただきました。

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2011年1月23日 (日)

市長選後の阿久根市

大接戦だった阿久根市長選、先週日曜の夜、ネットでその動向を探っていました。すると意外なほど早く朝日新聞のサイトが竹原前市長に挑んだ西平候補の当確を報道していました。最終的な結果は、西平候補が8509票、竹原候補が7645票であり、わずか864票差でした。リコールが成立した時の票差398よりも広がったとは言え、竹原前市長への根強い支持があったことは明らかでした。

ちなみに当日の有権者数は1万9715人、投票率は82.39%で、一昨年5月の82.59%とほぼ同じ水準です。もともと投票率が高い地域だろうと思いますが、この選挙戦に対する住民の皆さんの関心の高さがうかがえる驚異的な数字でした。あれから1週間、毎日、阿久根市に絡む話題がマスコミやインターネットを通して伝わってきていました。今回の記事では、そのマスコミ報道の内容を紹介しながら、自分なりの感想や意見を添えていこうと考えています。

この日の朝、投票をすませた後、淡々とした表情で「私はそういうの(選挙結果)を考えない人間。起こったことを受け入れる」と語っていた竹原さん。しかし午後8時以降は、同市赤瀬川の事務所のカーテンを閉め切り、中にこもった状態に。落選が決まって約20分後の午後10時過ぎ、ようやく外に出てくると、市職員労働組合やマスコミへの批判を始めた。

まず、市職員人件費の貼り紙をはがした係長を懲戒免職にした問題などで対立を続けてきた市職員組合について、「西平氏にではなく、市職員組合に負けた。今回の選挙は竹原対市職員組合。彼らの力が大きかった」とまくしたてた。さらに「報道が選挙結果に影響した」と繰り返し主張。議会を開かず、職員ボーナス半減や議員報酬を日当制にするなどの専決処分を繰り返してきたことが、敗れた原因ではないと強調した。【読売新聞2011年1月17日

「市職員組合に負けた」という竹原前市長の発言は、同じ自治労に属する市職員組合役員の一人として非常に違和感がある言葉でした。実際、阿久根市職労や自治労鹿児島県本部が全力を注いだものと思いますが、自治労だけの力で首長選の結果を左右できる現況ではないものと受けとめています。特に市職員の待遇が問題視されている中、あまり前面に出ないよう極力自重していたはずです。

加えて「報道が選挙に影響した」という見方も含めて、西平市長に1票を投じた市民の皆さんに対して失礼な言葉だと指摘せざるを得ません。8509人の投票行動が阿久根市職労やマスコミ報道の影響によるもので、その程度の民意だったと竹原前市長は本当に信じ込んでいるようでした。なぜ、選挙戦に敗れたのか、まず自分自身の力不足や不徳を反省することが常識的な発言ですが、そのような良識や客観視できる能力に欠けた一端がうかがえる敗者の弁だったものと感じていました。

鹿児島県阿久根市の西平良将市長(37)は17日、竹原信一・前市長(51)の専決処分で副市長に選任した仙波敏郎氏(61)を解任。同じく専決処分で半減された市職員ボーナスを元に戻す方針を示した。就任会見で西平市長は、解任の理由を「(専決処分による選任は)違法性がある」と説明。副市長と認めないのに解任する矛盾について報道陣から「事実上市政を担ったからか」と問われ「そうです」と答えた。後任は「行政をしっかり理解している方にお願いしようと検討中」という。

また、職員ボーナス半減は「考え直さないといけない。半額はあまりに行き過ぎ」とした。ただし既に支払われた今年度分について「さかのぼって(残り半額を)払うことはしない」と述べた。一方、竹原前市長が張り出した、職員数と人件費総額を記した各課の張り紙は「仕事の中身も含めて市民に分かりやすい形にしたい」と述べ、形式を変えて継承する方針。【毎日新聞2011年1月18日

もともと法的な正当性のない副市長でしたので、解任の対象となるのか疑問視する声もありました。それでも西平市長は「個人的には副市長の専決処分を認めているわけではないが、これまで阿久根のために尽力していただいたことに敬意を払いたい」と話し、事実上の副市長として遇した上で辞令を交付しました。ちなみに仙波氏も市長就任式前、報道陣に「新市長が就任したので、私が残るのは理に合わない。私の仕事は本日まで」と辞意を示していたようでした。

職員の賞与半減問題は年末に投稿した「年明けに阿久根市長選 Part2」で記していましたが、西平市長も遡及して支給しない判断を下されています。議員報酬の日当1万円の問題は「市議会が決めること」という基本的な立場を表明されているようです。仮に竹原市政が続いた場合、これらの問題をはじめ、専決処分の違法性に対して阿久根市は立て続けに訴訟を起こされるリスクを抱えていました。したがって、西平市長の当選は、阿久根市に対する訴訟リスクを減少させる結果につなげられたものと見ています。

鹿児島県阿久根市の出直し市長選で落選した竹原信一前市長(51)の支持者ら約60人が18日夕、市役所で集会を開いた。竹原氏も出席し、1階のロビーを「占拠」して西平良将市長(37)を批判した。今後、毎日開く予定という。集会は「副市長」を17日に解任された仙波敏郎氏が呼びかけ、竹原派市議や竹原氏が採用した市幹部も出席した。仙波氏は「対話などまったくない」と新市政を批判。竹原氏は報道陣に「西平氏は公約を実現できない普通の市長」と語った。集会について西平市長は「意見交換会があるとは聞いていたが、集会とは想像していなかった」と語った。【毎日新聞2011年1月19日

市長選は終わりましたが、市議会解散の是非を問う直接請求(リコール)の住民投票を2月20日に控え、まだまだ竹原派と反竹原派の対立が続く様相です。しかしながら一つの民意が示された直後、西平新市長を批判する集会が市役所のロビーで連日のように開かれるというニュースに接した時、たいへん驚きました。さらに仙波氏は「対話を重んじる市長が問答無用で私を解職し、総務課長も更迭した。報復人事だ」と発言されたようです。

阿久根市に限らず、前市長に仕えてきた特別職である副市長は新市長に辞表を預けるのが通例です。そもそも仙波氏自らも辞意を示していたはずであり、それを「批判のための批判」を行なうようではご自身の評価を大きく失墜させる行為だと言わざるを得ません。また、竹原前市長が選考で採用していた現職の課長数名も、この集会に参加していたようです。政治的な立場性の問題や市長に忠誠を尽くさないことが非難されていましたが、その課長らはどのように考えながら顔を出されていたのか甚だ疑問です。

その他にも、防波堤や消防署の壁面にミッキーマウスやピカチュウを描いたアート事業の著作権問題が浮上していました。このアート事業に関しては、なかなか興味深い試みだと個人的には思っていました。特に著作権の問題などが問われない限り、そのまま残したほうが良いのではないかと考えていました。感情的な面が先行し、前市長の施策を全否定していくことのほうが軋轢を大きくしていくように感じています。いずれにしても西平新市長の頭を悩ます問題が山積していることは否めないようでした。

市長選後の阿久根市の1週間をたどるだけで、ここまで長くなりました。阿久根市のケースが発端となり、法令違反と見られる事務処理を行なった自治体を国が提訴できる法改正の話も浮上していました。このように阿久根市長選後の話題を広げていくと、まだまだ尽きることがありません。そろそろ今回の記事には一区切りつけようと思いますが、前々回記事「リーダーシップのあり方は?」のコメント欄で「阿久根市長選の結果を振り返る新規記事の中で、私なりの感想や意見を述べてみるつもりです」と答えていました。

もったいぶった言い方をしてしまいましたが、それほど仰々しい考え方がある訳ではありません。コメント欄に寄せられた皆さんからの説明のほうが分かりやすいはずですので、お時間がある場合、そちらも合わせて参照いただければ幸いです。言うまでもありませんが、首長らは民主主義の象徴である選挙で当選し、その任に当たります。選挙で信任されたリーダーが様々な課題に対して決断し、政策を実行することが民主主義の基本であることは確かです。

しかし、そのリーダーにオールマイティーな権限が与えられている訳ではありません。幅広い行政の執行権や裁量があることも間違いありませんが、当然、法律や条例の枠内での権限であり、議会からのチェックも受けます。法律を犯せば、司法の場で問われるのも当たり前であり、住民からの選挙が唯一首長の行動を縛るという考え方は極論だろうと思っています。つまりリーダーの「暴走」を複層的に牽制できる仕組み、それを定めた社会的なルールも民主主義の一つの形であるものと私自身は理解しています。

以上のような基本的な考え方があったため、竹原前市長の言動には強い抵抗感が付きまといがちでした。このような見方は、私が公務員であるかどうか、総論なのか各論なのかという問題ではなく、暗黙知として認め合っていくものだと思っています。今回、阿久根市長選後の話題を絡めながら、いろいろ書き連ねてきました。言葉が不足している記述も多いかも知れませんが、阿久根市の話は今後も取り上げていくつもりですので、ご容赦いただけるようよろしくお願いします。

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2011年1月16日 (日)

政治資金パーティー

日本列島が厳しい寒さに襲われていた1週間、鹿児島県阿久根市では熱い戦いが繰り広げられていました。リコールの成立によって竹原信一前市長が失職したため、出直し市長選挙に突入し、本日、投票日を迎えていました。昨年末に綴った記事「年明けに阿久根市長選」のとおり3選をめざす竹原前市長に対し、市民団体「市長リコール委員会」の監事だった西平良将さんが挑むという一騎打ちの構図でした。

これまで当ブログでは阿久根市の話題を数多く取り上げてきました。したがって、今回の市長選の結果に重大な関心を持っています。告示直後のマスコミ調査では「西平氏、わずかに先行」という報道が示されていました。しかしながら投票日を迎えた本日時点で「大接戦」という様相であり、即日開票とは言え、当落の判明は深夜から未明までずれ込む場合もあり得ます。

そのため、阿久根市長選に絡むブログ記事は結果を見届けた上で、来週末に投稿する予定としています。そして今回、取り上げる話題はタイトルのとおり政治資金パーティーに関する内容です。火中の栗を拾うような難しい問題かも知れませんが、個人的なこだわりとしては避けて通らず、あえて現状認識などを提起しながらその是非を明らかにすべきものと考えていました。

さて、この問題を扱うことになった発端は、3連休明けの火曜の朝、読売新聞の記事にありました。1面トップに“自治労・傘下団体、パーティー券で「脱法献金」”という大きな見出しが目に入りました。さらに社会面でも記事を載せ、一大スクープという扱いでした。今回、なるべく新聞記事の内容などをそのまま引用し、淡々と書き進めていこうと考えています。

地方公務員らの労働組合「自治労」出身の民主党参院議員・江崎(えさき)孝氏(比例選)が、2009年に資金管理団体主催の政治資金パーティーを開いた際、約300人収容の会場に対し、約2000枚ものパーティー券(1枚1万円)を自治労やその傘下団体などが購入していたことがわかった。

枚数の割り当ては自治労本部が決めていた。政治資金規正法は、資金管理団体が労組などの団体から献金を受けることを禁じている。出席した300人分以外は、パーティー券購入を装った献金と取られかねず、識者は「政治資金の透明性を害する脱法行為」と指摘する。

自治労や江崎氏によると、江崎氏の資金管理団体「えさきたかし後援会」は09年8月25日、自治労の定期大会が開かれた熊本県益城町の展示ホールで、「後援会設立記念パーティー」を開催した。その際、自治労が各県本部や関連企業などにパーティー券を計約2000枚売却したという。

えさきたかし後援会の09年分の収支報告書にも、92の団体・個人がパーティー券を購入、計1978万円余りの収入を得たと記載されている。読売新聞の取材で、団体・企業から少なくとも計約1800万円を得たことが確認され、個人が購入したケースはほとんどなかった。

しかし、会場となった展示ホールの2階会議室の収容人員は約300人。取材に対し、自治労本部も「来場者は延べ約300人だった」としている。さらに、同本部はパーティー券購入を傘下団体に要請したことを認めたうえで、「こうした手法は『グレーゾーン』と指摘されれば、その通りだが法には触れていない。まとまった政治資金を作るためにはパーティーに頼らざるを得ない」としている。【読売新聞2011年1月11日

その日の夜、前回記事「リーダーシップのあり方は?」のコメント欄に全労連系組合員さんから「法に触れなければ問題なし。ですか。これはまさに政治とカネに関わる問題であり、労働組合の価値を自らおとしめる行為だと思いませんか?」というご意見が寄せられました。このお尋ねに対し、昼間、組合事務所に届いていた自治労本部の見解を踏まえ、私から次のようにお答えしていました。

政治資金パーティー券の購入に際し、読売新聞の報道のような扱いが指摘されるとは考えていませんでした。「グレーゾーン」だとも見ていませんでした。自治労都本部を経て自治労本部の見解がFAXで送られてきました。その中でも改めて政治資金規正法に詳しい弁護士に確認したところ、「合法的かつ適切な処理である」との法的判断を確認したとの報告がありました。したがって、なぜ、読売新聞があのように1面トップと社会面まで使い、自治労のみを「悪者」に仕立てた報道を行なったのか不思議に思っています。とは言え、この報道によって労働組合の価値をおとしめるような事態にならないよう非常に心配しています。

このレスに対し、組合嫌いの管理職さんから「この様なグレーな法解釈に対して自治労の中からは誰からも反対する声は出なかったのかという疑問がどうしても心に引っかかるのです。確かに、記事にもあるように”法には触れていない”との反論があるかも知れません。しかし立法の趣旨を尊重すべき立場の者が語れる理論とはどうしても思えないし、そう考えるならば公務に携わる適正を欠いていると思うのです」というような反論も示されていました。

組合嫌いの管理職さんが自治労組合員だった頃、自治労の立場や運動を真っ向から否定されていました。その一つとして、組合活動の中に選挙への取り組みがあることに強い反発を示され、このブログへも様々なご指摘をお寄せいただいていました。そのような際、私からは「法的にも認められた範囲内で、組合活動の範疇として取り組むべきもの」とお答えしていました。その答えも組合嫌いの管理職さんにとっては残念ながら「グレー」だったのだろうと思います。

しかしながらパーティー券の問題と同様、違法性の高い認識があった場合、そのような答えは行なえません。制限速度40キロの道路を45キロで走行した場合、摘発されないかも知れませんが明らかに「違法」です。一方で、パーティー券を団体が購入することは弁護士の見解のとおり「合法」とされています。それが突然「違法」と言われ、正直なところ戸惑いが先に立っていました。

自治労の熊本の例も、自治労大会が開催された時のパーティーだったものです。実際の購入数と会場規模のミスマッチに非難の声が上がっていますが、「熊本県で開催されるパーティー券を全国の単組が購入した」という批判は少し外れていました。購入者それぞれが出席できるチャンスはあった開催場所だったと言えます。確かに購入者の大半が会場に足を運んだ場合、大混乱していたという指摘は否めないところですが…。

その上で、「政治資金規正法が、資金管理団体が労組などの団体から献金を受けることを禁じているという趣旨」のご指摘に対しては、改めて率直に考えなくてはならないものと受けとめていました。法律論や運用面から見直す課題だろうとも思いますが、自治労が率先して「今後、やめます」という判断もあり得る話かも知れません。あくまでも個人的な見解ですが、ここまでの内容は前回記事のコメント欄でも記していたものでした。

ここから先は少し話が広がってしまいますが、「なぜ、この時期に読売新聞が?」という疑念を掘り下げてみるつもりでした。とは言え、やはり憶測で書き込むことになってしまいそうですので、コメント欄の焼き直しのような内容にとどめることとしました。最後に、同じ日の夕刊に掲載された読売新聞の追加記事を紹介しますが、仙谷前官房長官は自治労協力国会議員団の団長を務められていました。残念ながら最近は、自治労本部の徳永委員長が携帯に電話しても、出られない時が多いという話も耳にしているところでした。

地方公務員らの労働組合「自治労」や傘下団体などが、江崎孝・民主党参院議員の政治資金パーティー券を会場の収容人員の6倍も購入していた問題を受け、仙谷官房長官は11日の閣議後記者会見で、「党として調査する必要がある」と見解を示した。他の閣僚からは、「中身が不十分」などと現行法に対する意見もあがった。仙谷氏は「問題にされている事実があるかどうかを含めて党で調べ、実質的な献金ではないかという懸念があるとすれば見解を作らないといけない」と述べた。

岡崎国家公安委員長は「政治資金規正法の中身がまだまだ不十分な点があることは承知している。法改正など、党の方向性についてはこれからの議論を待ちたい」と語り、鹿野農相も「民主党として企業・団体献金についての対応を決める時に、パーティーやパーティー券をどうするかについても一緒に考えていく筋のものではないか」と話した。

一方、蓮舫行政刷新相は「合法ではあるが、有権者からどのように受け止められるかという観点から、議員ご本人が説明した方がよい」と語り、片山総務相は「法律上の規定がない以上、常識の問題として、モラルと照らし合わせて有権者がご判断すべき問題」と話すなど、議員のモラルを問題視する閣僚もいた。【読売新聞2011年1月11日

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2011年1月 9日 (日)

リーダーシップのあり方は? 

金曜の夜、自治労都本部の旗開きに参加しました。自治労本部委員長、連合東京会長、国会議員や自治体首長ら来賓挨拶が多数あり、乾杯まで1時間近くかかります。立ったまま耳を傾けている訳ですが、それぞれ興味深い話が披露されるため、それほど苦痛とは思わない時間でした。挨拶に出てくる話題の中では、やはり菅政権に対する辛口な注文が示されがちでした。

その中で、菅政権への直接的な批判ではありませんでしたが、田中良杉並区長の言葉が最も印象に残りました。田中区長は昨年、民主党の都議会議員から杉並区長に転進された方で、区政を進めるにあたっての心構えが示されました。要約すると、部下が一人でも反対する施策であれば、立ち止まって考え、全員から納得を得られるように努めているというお話でした。さらに「下意上達」を歓迎していると述べられ、職員一人ひとりを大事にした組織運営の丁寧さが伝わってきました。

だからと言って、杉並区政が停滞しているような話は耳にしません。トップの独断で物事を即決していくほうがスピード感ある行政運営であり、そのことが選挙を通して得た住民からの負託に応えていく政治主導という見方が成り立ちます。しかし、政策判断する際、必ず多面的な検証が欠かせず、肯定的な評価と表裏一体のマイナス面の有無についても見極めなければなりません。

そもそも多種多様な行政における様々な情報や問題点を首長一人で、すべて適確に把握できる能力は持ち得ないはずです。中にはオールマイティーな知識や識見を兼ね備えたスーパーマンのような首長もいらっしゃるのかも知れませんが、得意分野がある一方、門外漢だった領域もあるほうが一般的な姿だろうと思っています。したがって、田中区長のように部下の言葉を謙虚に受けとめていく姿勢は、首長に求められている大事な資質の一つであるものと感じています。

また、トップダウンで決められた事案よりも、部下の意見も踏まえて意思決定された事案のほうが結果的に素早く実施できるケースもあり得ます。瑕疵や否定的な側面が残った条例案だった場合、議会で否決や修正を求められるからです。万が一、そのチェック機能が充分果たされず、問題点をはらませたまま政策が実行された時、迷惑を被るのは住民の皆さんとなります。

そのため、一つの案をまとめる際、幅広い視点から問題点の有無を検証できる意思決定の過程が非常に重要であることは間違いありません。さらに上司の顔色をうかがうことなく、部下が「非は非」であることを率直に指摘できる組織のほうが健全で、自治体の執行機関に限らず、あらゆる組織に求められている運営のあり方だと考えています。私自身、市職員労働組合という組織の責任者として、そのような心構えを常々意識しているため、田中区長の言葉が印象深く刻まれたようです。

この心構えと間逆に位置付けられる筆頭として、阿久根市の竹原前市長を多くの方が思い浮かべるのではないでしょうか。実は最近、菅首相に対してもリーダーシップの発揮の仕方が誤っているように強く感じ始めています。正直なところ最近と言うよりも、総理大臣になってから徐々に芽生えている残念な思いと歯がゆさの主因であるように見ています。菅政権が発足した直後、このブログでは期待を託した内容(“強い財政への雑感”や“もう少し「第三の道」の話”)を綴っていました。

前回記事「2011年、兎年に思うこと」のコメント欄で、高田さんから現政権は「理念なき集団」という厳しい意見などが寄せられました。それに対し、私からは「第三の道」や雇用政策の重視など基本的な方向性を一定評価しながらも、「理念がないように見られがちであり、つぎはぎな面が多々あることは否めず、たいへん歯がゆさを感じています」とお答えしていました。加えて、言葉足らずの点などは次回以降の記事で掘り下げることも記していました。

そのような位置付けを想定しながらも、田中区長の挨拶からリーダーシップのあり方について話を続けてきました。したがって、今回の記事では民主党の理念や政策面の評価まで手を広げず、菅首相のリーダーシップ発揮の仕方について、個人的な感想や要望を書き添える内容に絞ることとしました。なお、一国の総理大臣に対し、このような話をネット上に掲げることは僭越で、非礼なことだろうと思います。それでも菅首相に期待している一支持者の声として、ご本人にも届くことを願いながら綴らせていただきます。

前述した内容の繰り返しとなりますが、トップ一人の価値感で物事を決める場合の危うさを謙虚に受けとめるべきものと思っています。最終的にトップの決断が尊重されなければならない局面もあるはずですが、最低限、自分の足元である民主党内での意思一致を果たしてから外部へ発信して欲しいものと願っています。消費税やTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の問題などが顕著な例としてあげられます。

小沢元代表の「政治とカネ」の問題は、それこそ党内で見方が二分されています。小沢元代表を擁護する声にもしっかり耳を傾けた場合、今のような「小沢切り」の強硬な姿勢には立てないはずです。もちろん、明確な「悪」を擁護することは論外です。しかしながら検察の意図的なリークなどで、マスコミがかもし出してきた「何となく悪いことをしてそうだ」という雰囲気に流されることは明らかに問題です。いずれにしても「小沢切り」が支持率回復の切り札だと考えているとしたら残念な話です。

自治体の首長とは比べられないほどの責任を持つ領域の広さが総理大臣には背負わされています。財政、外交、防衛、社会保障など多岐にわたる課題に対し、待ったなしの判断が求められていきます。だからこそ、専門分野に長けた官僚や有識者、各層の当事者からの声を日常的に吸い上げられるような仕組みを築いて欲しいものと願っています。「情報が入らない」とぼやきが出るような首相では、たいへん心もとない話だと言わざるを得ません。

「総理は最近、吹っ切ったようであり、これからは自分のやりたいようにやる覚悟を決めている」という話が伝わってきました。「ぶれている」「何をやりたいのか見えない」「実行力がない」などという批判の声を意識し、そのような決意を固めたものと見ています。しかし、現在の菅首相に対しては上記のような懸念点があるため、その覚悟はもっと混乱に拍車をかけるように思えてなりません。ぜひ、自分一人で決めることが強いリーダーシップの発揮だと考えないよう謙虚に幅広い意見に耳を傾けながら、丁寧な党運営に努めて欲しいものと心から願っています。

今回の記事も長くなりましたが、最後に一言。丁寧な党運営に努めることは、多岐にわたる課題の意思決定ができず、結果的に国政が停滞するという批判も示されるのかも知れません。しかし、民主党国会議員の背には多数の国民の声があることも押さえなければなりません。そのように考えれば、民主党内での合意形成がはかれないような法案などは、やはりどこか大きな問題点があるものと見るべきなのではないでしょうか。同時に菅首相の発する言葉が、常に党内から批判されるような構図こそ、冷ややかに見られがちな現況であることも指摘しなければなりません。

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2011年1月 1日 (土)

2011年、兎年に思うこと

Usagi_2 あけましておめでとうございます。 

今年もよろしくお願いします。 

毎年、元旦に年賀状バージョンの記事を投稿しています。いつも文字ばかりの地味なレイアウトであるため、せめてお正月ぐらいはイラストなどを入れ、少しだけカラフルになるように努めています。2005年8月に「公務員のためいき」を開設してから374タイトル目となりますが、必ず毎週土曜又は日曜に更新し、昨年1年間で52点の記事を投稿していました。

このブログへのアクセスの累計は現時点で110万件に迫っています。昨年元旦までの数が77万件近くでしたので、1年間で約33万件のアクセスがあったことになります。あまり意識しないまま100万件という大台を超えていた訳ですが、一昨年6月に阿久根市の話題を取り上げてから日々のアクセス数は一回り増えていました。Yahoo!のトップページに掲げられた際は、アクセス数10510件、訪問者数7192人と1日あたりの記録を一気に更新していました。

普段は1000件前後で推移していますが、阿久根市の竹原前市長が注目を浴びると、その関連する検索ワードから訪れる人たちが増える傾向をたどっていました。ことさらアクセスアップにこだわっている訳ではありませんが、やはり多くの人たちにご訪問いただけることは正直嬉しいものです。特に当ブログは不特定多数の方々に公務員側の言い分を発信する必要性を意識し、個人の判断と責任でインターネット上に開設してきました。したがって、より多くの人たちに閲覧いただき、たくさんのコメントを頂戴できることは本望なことでした。

更新が週1回にもかかわらず、毎日、たくさんの方々にご訪問いただき、ブログを続けていく大きな励みとなっています。中には記事本文よりもコメント欄に寄せられるご意見を楽しみにされている方もいらっしゃるようです。私自身もコメント投稿者同士のハイレベルな議論に接した時、一閲覧者となって興味深く見守らせていただくことも少なくありませんでした。ちなみにコメント数の累計は5000件を超えていました。改めて当ブログをご注目くださっている皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。

このブログの目的や位置付けは、「2009年末、改めて当ブログについて」で詳しくお伝えしていました。とりまく経済情勢の厳しさが増す中、公務員への風当たりが強まっています。公務員やその組合に対する厳しい声を謙虚に受けとめながらも、主張すべきことは主張する目的を掲げながら続けています。寄せられたコメントに対しては一つ一つお答えするように心がけていますが、必ずしも「ご指摘はその通りであり、すみやかに改めます」というレスに至らない場面が多いことも確かでした。

そのため、いくら訴え続けても私自身の姿勢が「変わらない」という批判を受ける場合もありました。そもそも当ブログを運営するにあたり、多様な考え方があることを大前提としています。つまり私自身が正しいと思う内容を訴えているつもりですが、ブログを閲覧されている人たち全員から共感を得られるようなケースこそ稀だろうと見ています。あくまでも当ブログの記事内容やコメント欄での議論に接した人たちが、どう受けとめるのかが重要であり、そのような関係性を皆さんからご理解いただけるよう常々お願いしてきました。

このように述べながらもコメント欄を通し、様々な立場や視点からのご意見を伺えることも貴重な目的としていました。厳しい批判意見があることを受けとめ、日常的な活動を進められる大切さを強く認識していました。そのような本音の声を把握できないまま、公務や組合活動を担うのは、街路灯のない夜道を歩くようなものだと考えていました。特に組合活動の中で様々な判断を下す際、ブログのコメント欄を通して得てきた「実感」は非常に価値ある蓄積だったものと受けとめています。

今年は兎年(卯年)ですが、インターネットで兎にちなんだ諺を調べてみました。知らなかった言葉が多い中、「兎の逆立ち」が目に留まりました。兎が逆立ちすると、長い耳が地面に擦れて痛いため、そのことから「耳が痛い」「嫌味に聞こえてつらい」という意味で、江戸時代によく使われた洒落だったそうです。その兎年にあたり、改めて「兎の逆立ち」となる辛口のコメントも歓迎する立場で、このブログに向き合っていくつもりです。

毎年、個人的に出す年賀状の中にも、十二支にちなんだ言葉を添えてきました。今年の年賀状を仕上げる際、真っ先に思い浮かんだ言葉は「二兎を追う者は一兎をも得ず」でした。「同時に二つのことをしようとすると、どちらの成功も得られないという戒めでした。とは言え、私自身の置かれた立場上、しっかり二兎を追わなければならないものと思っています」と記していました。職員組合の委員長という責任を負っていますが、組合専従ではない限り、職務にも全力を注ぐ決意を託していました。

2011年は、民主党を中心とした政権が国民からの信頼を取り戻せるのかどうか、難しい正念場を迎えていきます。年頭の通常国会から厳しい局面となり、都知事選をはじめとした4月の統一自治体選挙が大きな試金石となる見通しです。この夏には私どもの市の首長選挙も予定されています。1月16日の阿久根市長選も含め、強い関心を示さざるを得ない自治体選挙が目白押しの年だと言えます。このような話題を書き進めていくと際限なく広がっていきそうですので、このあたりにとどめ、また別な機会に触れさせていただきます。

今年も二兎を追い続けるためには、いっそう集中力を高め、充実した1年だったと振り返れるよう頑張っていこうと考えています。合わせて、実生活に過度な負担をかけないよう留意しながら、このブログは引き続き週1回更新していくつもりですので、これからもよろしくお願いします。それでは末筆ながら当ブログへご訪問いただいた皆さんのご健康とご多幸をお祈り申し上げ、新年早々の記事の結びとさせていただきます。

        ☆新春特別付録☆ 「2010年ブログ記事回想記」 

年賀状バージョンの恒例となっていますが、今回も2010年に投稿した記事をインデックス代わりに12点ほど並べてみました。改めて皆さんへ紹介したい内容を中心に選び、いわゆる「ベスト」ではありません。したがって、12点の並びも投稿日順となっています。それぞれ紹介した記事本文へのリンクをはってありますので、のんびりご覧いただければ幸いです。

  1. 2010年、虎穴に入らずんば ⇒ 今回と同じ年賀状バージョンで、リスクを恐れずにチャレンジする気持ちを大事にしていく決意を綴っていました。やはり特別付録として「2009年ブログ記事回想記」も掲げました。
  2. 沈み行く太陽、日航の倒産 ⇒ ナショナル・フラッグ・キャリアを誇った日本航空の事実上の倒産、山崎豊子さんが著した『沈まぬ太陽』を読み終えた感想なども含めてJALの抱えていた問題点を取り上げました。
  3. 職務に対する心構え ⇒ 二兎のうちの一つが徴税吏員としての職務です。仕事に対する自分自身の率直な思いを綴っています。それまで投稿した関連記事の一覧も本文の中で紹介していました。
  4. 普天間基地の移設問題 ⇒ 鳩山政権の致命傷となった普天間基地の問題について、沖縄の歴史から現状などを自分なりの視点でまとめてみました。
  5. 沖縄に揚がる自治労の旗 ⇒ 平和や安全保障の問題に対しては賛否両論、激しい議論がコメント欄で交わされがちでした。その議論内容を踏まえ、私自身と自治労との距離感などを綴った記事でした。 
  6. なるほど、国の借金問題 ⇒ 細野真宏さんの『最新の経済と政治のニュースが世界一わかる本!』を読み、その内容の紹介を中心にまとめていました。 
  7. 国債問題に対する私見 ⇒ 参院選の前後から集中的に日本の経済や財政に関する書籍に目を通し、ブログでも取り上げていました。その一つの仕上げとして、素人なりの見解を記していました。
  8. 減収に苦しむ公営競技事業 ⇒ 私どもの市財政に寄与してきた収益事業、さらに自治労の仲間である競輪労働組合の皆さんとの関係性から、あたためていた問題意識などを綴っていました。 
  9. 混迷を深める阿久根市の夏 ⇒ 阿久根市の話題は、いつもコメント欄に多くのご意見が寄せられていました。その中でも、この記事に対するコメント数は156件、これまでの記録を間違いなく塗り替えていました。
  10. 非正規公務員の課題 Part2  ⇒ 直前の記事で、朝日新聞の編集委員兼論説委員である竹信三恵子さんの講演を取り上げていました。その続きとして、同じ自治体で働く非正規公務員の待遇改善に向けた課題を綴っていました。    
  11. 新しい公共 ⇒ 鳩山政権以降、「新しい公共」という言葉が注目を集め、菅首相は雇用の創出と結びつけていました。ただ一定の責任と役割を背負った担い手に対しては、ボランティアだから低賃金という構図には懸念を示した記事でした。
  12. 登録ヘルパーの組合 ⇒ ボランティアを想定した登録ヘルパー制度の不安定な処遇の改善に向け、労働組合を立ち上げ、その解散までを見届けた経験を綴っていました。

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