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2010年12月 5日 (日)

登録ヘルパーの組合

もう10年以上前の話となりますが、一つの労働組合の立ち上げから解散までを見届けた経験がありました。組合での役職が書記次長だった頃、福祉部健康課という職場に所属していました。福祉部の中にはホームヘルパー業務を担当している課があり、同じ部であるため、私もその職場の組合担当に位置付けられていました。

数年後に介護保険の導入を控え、在宅介護が重きを置かれるようになっていた時代でした。その当時は多くの自治体が直接ヘルパー業務も担っていました。私どもの市では常勤職員のヘルパーが10名ほどであり、年々高まってきた需要に応えるため、担い手の大幅増員が求められていました。しかし、すでに常勤職員の数を減らすことが行革の大きな柱となっていたため、市側が常勤ヘルパーを増やすという選択肢は持ち得ませんでした。

そのような中、地域の人材活用という福祉計画を立て、主婦らを中心としたボランティアを想定した登録ヘルパー制度が創設されていました。30名単位で登録ヘルパーとなる人材を増やし、制度が設けられて3年目には90名に及ぶ規模となっていました。そのため、利用者宅でのハンドサービスは登録ヘルパーが主体となり、市職員である常勤ヘルパーの役割は派遣先の調整などコーディネート業務が中心となっていきました。

このような関係性から登録ヘルパー制度の問題は、組合員である常勤ヘルパーの働き方に直結し、必然的に組合の重要な職場課題の一つとなっていました。福祉計画の狙い通り、ヘルパーの資格を取得し、地域に貢献したいという思いを持って、主婦の皆さんが中心になって登録数は増えていきました。その一方で、一定の収入確保を目的として、通常のパート賃金に比べれば格段に高い時間単価に魅力を感じ、登録ヘルパーとなった方々が多数いらっしゃったことも確かでした。

しかしながら登録ヘルパーは、社会保険や労働保険の加入の道がなく、利用者の入院や死亡などによって突然仕事がなくなり、収入が激減するなど非常に不安定な身分でした。そのため、働く意欲がありながらも、配偶者の扶養の枠内から出ることができない方々も少なくありませんでした。登録ヘルパーと日常的に接する常勤ヘルパーは、悩みや要望を直接聞く機会が多く、切実な声が私どもの組合に寄せられていました。当時、常勤ヘルパーの一人も執行委員を担っていたため、登録ヘルパーの問題は私どもの組合の労使交渉の場面で頻繁に訴えていました。

それに対し、市側は「登録ヘルパー制度は有償ボランティアに近く雇用ではない」「公的介護保険の動きを見定めたい」などと述べ、この問題を真剣に解決する姿勢を見せていませんでした。このような膠着状態の打開に向け、私どもの組合と登録ヘルパーの皆さんらと直接懇談する機会を増やし、いっそう連携を強めていきました。その懇談の一つとして、自治体関連労働者の組織化を担当する自治労都本部役員から助言を受ける場がありました。その際、「市長と登録ヘルパーとの雇用関係は明らかであり、要求を具体的に実現するために組合をつくったらどうか」というアドバイスを受けました。

「目からウロコが落ちる」という言葉を使ったことを覚えていますが、雇用関係があるかどうかでためらっていましたが、発想を転換する助言に勇気付けられ、一気に組合づくりへ向かうことになりました。過半数の組織化が最低限の目標でしたが、登録ヘルパー86名中80名もの皆さんが加入し、夜間にもかかわらず結成大会の会場は満杯となりました。この結果は、待遇面などで問題意識を持たれていた方々が多かった表われだと受けとめました。

私と常勤ヘルパーの二人も特別執行委員として加わり、その後の運営などに協力していきました。登録ヘルパーの組合役員の皆さんは、私より年上の方が大半でしたが、そのパワフルさに圧倒された思い出が数多く残っています。本当に元気で、明るい船出でした。ちなみに結成した直後の要求内容は、安定した雇用、通勤手当の支給、有給休暇の取得、社会保険等への加入であり、すべて労働者としてはあって当たり前なものでした。

登録ヘルパーの組合が結成されたことは市側に対して、大きなインパクトを与えたことは間違いありませんでした。ただ残念ながら、こちらの意気込みが高まっていても、様々な課題が劇的に解決していけるかどうかは別物でした。当事者が市側と直接話し合える場ができたことは確かですが、雇用関係を認めるかどうか、労使交渉であるのかどうかなどを巡って、入口の議論で時間も費やされていきました。

さらに介護保険施行が目前となり、私どもの自治体に限らない話でしたが、ハンドサービスを直接提供する事業所とはならない政策的な判断が下されていきました。登録ヘルパーの皆さんにとって、働き先がなくなるかどうかの深刻な問題でした。このような動きに対しても、組合が一致結束しながら市側と交渉し、事業所となる予定の社会福祉協議会へ登録ヘルパー一人ひとりが移れるような道筋を切り開きました。

2000年4月、介護保険のスタートを節目に登録ヘルパーの組合は解散しました。このタイミングで、東京全体の介護労働者の組織化をめざした東京ケアユニオンが発足したため、独立した組合としての役割は終える判断を下していました。3年半という短い期間でしたが、登録ヘルパーの皆さんと一緒に頑張れたことは自分自身にとって、たいへん貴重な経験だったと言えます。

最後に、前回の記事は「新しい公共」でした。公共サービスの様々な事業提供がボランティアという個々人の「善意」で行なえれば素晴らしいことです。その行為自体が「生きがい」となって、温かみのある社会が築け、地域の絆が強まるようであれば本当に理想的なことです。一方で、今回の記事で綴ったような実体験から、プロ意識を持って安定したサービスを提供していく担い手に対しては、それを裏打ちするような待遇も重視していくべきものと思っています。

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コメント

すばらしいご経験だと思います。
私も某県本部で組織拡大担当してたことがありましたが、組合ができた時の感動は一言では語りつくせません。自治労は本工主義だと言われて久しいですが、登録ヘルパーさんとか社会福祉協議会だとか消防だとか非常勤・臨時職員だとか、そういう問題意識をきちんと持っていてくれるところが救いだと思ってます。
ただ、今のままでは相変わらず「恐竜の道」ですね(苦笑)

投稿: 元公務員 | 2010年12月 7日 (火) 21時36分

元公務員さん、コメントありがとうございました。

今の自治労は「本工主義」から脱却しつつあるものと見ています。私自身、9月5日に投稿した記事「自治労委員長の問題提起」のとおりの思いを持っていますが、徳永委員長の発言に対して様々な異論が示されるのも自治労の等身大の姿でした。いずれにしても「恐竜の道」を辿ることのないよう現職の踏ん張り所だろうと受けとめています。

投稿: OTSU | 2010年12月 7日 (火) 22時46分

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