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2010年12月19日 (日)

年明けに阿久根市長選 Part2

最近、コメントの数が減っていました。もともとローカルな話題の時は少なくなる傾向をたどっていましたが、前回の記事は「年明けに阿久根市長選」でした。鹿児島県にある一自治体のローカルな話と言えばその通りですが、竹原市長の誕生以降、阿久根市は全国的に注目されるようになっていました。このような解説さえ無用なほど、阿久根市の動きは頻繁にマスコミの紙面や映像でも取り上げられていました。

これまで当ブログにおいて、阿久根市の話題を直接取り上げた記事だけでも12回を数えていました。それらの記事のコメント欄には、ほぼ間違いなく竹原前市長の言動に対する評価を巡って、たいへん多くのご意見が寄せられていました。ちなみに最近、アクセス数そのものが減っている訳ではありません。逆に阿久根市絡みのニュースが全国ネットで流れた日など、このブログのアクセス数は急増していました。

アクセス数は普段1日千件前後で推移していますが、阿久根市で何かあった日などは簡単に倍増し、過去には1万件を超える日が出るほどでした。GoogleやYahooなどの検索サイトから「阿久根市」「竹原市長」という阿久根市関連のワード検索した際、この「公務員のためいき」の記事を上位で見つけることができます。そのため、阿久根市が全国的に注目を集めると、それに連動して当ブログのアクセス数が増える関係性となっていました。

したがって、先週も決してアクセス数が減っていた訳ではなかったため、結果的にコメントしづらい記事内容だった、もしくは阿久根市に関しては様々な意味で「もう言葉がない」という現況なのでしょうか。このように書き進めていくと、皆さんからの積極的なコメント投稿を懇願しているように受けとめられるのかも知れません。確かに幅広い立場や視点からのご意見は非常に貴重なことですので、そのような思いを否定するつもりはありません。

ただブログを続ける上で、こちらからの主張の発信が「主」であり、コメントをいただけることは付加価値的な「従」であるものと考えています。アクセス数の話を紹介しましたが、毎日、このブログへ多くの方々が訪れてくださっていることをココログのアクセス解析機能から把握できています。つまりコメント投稿の有無にかかわらず、「支持率1%でも」の言葉ではありませんが、一人でも閲覧されている方がいらっしゃる限り、そのことを励みにブログは続けていくつもりです。

今回も前置き的な話が長くなりました。たいへん恐縮ながら自分自身、書きたいことを書くのが長続きの秘訣だと思っています。そもそも常連の方でも、このような前置きや興味のない文章は読み飛ばしているはずです。「日記」をカテゴリーとしたブログでは異例の長文であることが一部で不評を買っているようですが、このスタイルを今のところ変える気はありません。ぜひ、このような性格のブログであることをご理解いただき、お付き合いくださるよう改めてよろしくお願いします。

さて、前回の記事タイトルに安直な「Part2」を付けさせていただきました。やはり私自身の中で年明けの阿久根市長選に向け、もう少し書き連ねたい言葉が残っていたからでした。前回の記事では市職員や市議の年収を切り下げ、手数料の引き下げや減税が歓迎されるのは当たり前であり、竹原前市長を支持する方々が多いことは決して「意外ではない」と綴っていました。その上で、来年1月の阿久根市長選では、竹原前市長の勝ち抜く確率が高いことを危惧していました。

要するに3回目の当選を果たすことで、目的を実現するためであれば手段は選ばないという竹原前市長の手法が許され、全国に波及していくような事態は絶対避けたいものと考えていました。このような見方などを書き込み、今回の記事に至っています。それでは対立候補に名乗りをあげている西平良将さんが勝機を見出すためには、どうすべきなのか、個人的な願望を中心に書き進めてみようと思っています。

市長リコール委員会の監事だった西平さんは「対立だけでは何も生まれない」と訴えていますが、本当にその通りです。一方で、竹原前市長の残した結果から恩恵のみを感じている阿久根市民の皆さんが大勢いらっしゃることも確かです。その方々からすれば、「対立しても何を残してくれるのかどうか」が肝心だと述べられるはずです。したがって、「対話の中から何を生み出すのか」という具体的なメッセージを西平さんらの陣営が打ち出せるのかどうか、その点が非常に重要なポイントになっていくものと見ています。

この「何を」に関しては、当事者ではなく、住民でもない者がアレコレ並べ立てるのは適切ではありません。そのため、竹原前市長の手法に疑念を抱いている一人としては、次の2点を強調して欲しいものと願っています。まず竹原前市長は今のところ「何も残していない」という点が一つです。職員らの賞与半減や議員報酬の大幅引き下げの専決処分など、すべて違法性が問われているため、訴訟を起こされれば修復されていく案件であることが明らかです。

対立の中から強行した多くの施策も同様であり、元に戻った後の混乱やリスクは結局、阿久根市民の皆さん一人ひとりが負うことになりかねません。先ほど具体的な「何を」は並べないと記しましたが、西平さんが当選できた際は「これまでの軋轢は白紙にして出直そう」という訴えも欠かせないものと感じています。スタート地点に戻すことを基本としながらも、それまでに強いられた不利益は放棄するという支援する側の覚悟を前面に出すことも選択肢の一つなのかも知れません。

その上で、正当な労使交渉を通して改めて職員の賃金水準などを見直していく、議会での議論を通して議員報酬のあり方などを決めていく、さらに財源の見通しが立つのであれば手数料の値下げなども継続する、このような「白紙」は住民の皆さんにとっても歓迎されるのではないでしょうか。一方で、竹原市政が続くようであれば、違法なものは違法であるため、訴訟リスクがつきまとい、その意味合いから「何も残していない、何も決めていない」という点を強調すべきだろうと考えています。

次に望む点ですが、「政策のバーゲン」や「行革のダンピング」は避けて欲しいものと願っています。今回の阿久根市長選に限った話ではありませんが、有権者向けに口当たりの良い政策が羅列される傾向を憂慮しています。普通に考えれば、誰もが税金など安ければ安いに越したことなく、「低負担・高福祉」が実現できれば申し分ありません。そのように簡単な社会ではないため、優先順位を付けていくのが政治の責任だと理解しています。

しかしながら政策のバーゲンセールとなる傾向が否めず、財源捻出の手段である行革の柱として公務員人件費などがダンピング競争にさらされがちでした。複数の中から一人だけ選ばれる首長選挙、当落がすべての面でオールorナッシングとなります。そのため、高収入を目的に首長をめざす候補者は稀でしょうから、自らの報酬や退職金の減額が公約に掲げられがちです。

悩ましいのは、その延長線上で首長候補から職員の賃金水準などが語られてしまう点でした。したがって、西平さんには竹原前市長と同じ土俵では争わないように強く願っています。1点目の訴訟リスクの面から「竹原前市長は何も実現できていない」という見方を強調しながら、歪んでいた「竹原色」を「白紙」に戻し、対立から対話に舵を切った新たなスタートラインに立つことを強調して欲しいものと考えています。

最後に、このような主張に対し、「今まで対話だけでは大胆な改革ができなかったのだから、竹原前市長が敗れれば昔と変わらなくなる」という声も示されるのかも知れません。しかしながら阿久根市職労も、市議会も「改革」そのものを否定していないものと信じています。一方的で理不尽な手法には毅然と対抗せざるを得ない局面の数々だったものと見ています。来年の1月16日以降、明るい希望が灯された阿久根市の再出発が果たせるのであれば、2年半に及んだ竹原市政にも一定の意義を見出せるのかも知れません。

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コメント

軋轢は白紙にしても成果を白紙にと宣言したら終わりです。確実に竹原さんは
再選してくるでしょうね。

この頃読ませて貰っている他のブログで見た意見なのですが、今回の選挙戦で
重要なのは西平陣営は市職員と反市長派の議員に踏絵を踏ませる事でしょうね。
すなわち市職員には「賞与半減」を議員には「日当制」を当面そのまま受け入
れる条件を付けて応援を依頼するべきでしょう。そうすれば財源問題など発生
せずに手数料の値下げなども継続できます。阿久根の正常化を考えれば、先ず
ここをスタート点にするべきです。

この条件を拒否することは大変難しいはずです。なぜなら、この踏絵を踏まな
ければ法令順守と綺麗事を言ってみたところで所詮は自身の保身が目的と市民
から見られることになり、今度こそ立ち直れないくらいに市職員と反市長派議
員は居場所を失います。それも徹底的に。
今までの市長リコールと市議会リコールの署名状況を見れば手法が問題視され
ているだけで、報酬削減という名の改革には少数を除いて皆賛成なのは明らか
なのですからね。

この条件を受け入れさせた後に、今度こそ正当な交渉を公開で行い阿久根とい
う地域では職員と議員の待遇はどの程度が適切なのか決めて行けばいいのだと
思いますよ。
そもそも疲弊し切った地方の小さな街で国家公務員に準拠した報酬が正当な労
使交渉の結果だと言い切る感覚が最初から無理なのです。今の水準から報酬が
3割程度削減されたとしても、阿久根ではダンピングだとは誰も受け取りませ
んよ。これは、実際に訪れたときに強く感じた事です。

だから西平陣営は、市職員と反市長派議員に対して「協力しないならば市政を
いつでも竹原さんへ突っ返す」と交渉(脅し)て、彼らが法令順守と法令無視、
または秩序か混沌のどちらを選ぶのか、その選択をさせて結果を市民に知らせ
るべきでしょうね。
聞いた話では、今なら職員へは「本給の10%程度の追加削減」と反市長派議
員には「定数減」を上乗せして要求しても交渉になる程度には追い込まれてい
るはずだそうです。

そして、そのブログで見たまとめの言葉は「踏絵は使える時には存分に使え」
だそうです。私も強くそう思います。そこまで支持を失った職員達の自業自得
というと可哀そうでもありますが、地域のこれからを考えれば是非とも市職員
と反市長派議員にはそれくらいの気概を見せて欲しいと思います。


出来ればずっと書き込みは遠慮して居たかったのですが、事がここに及んでも
未だに地方にとっては受け入れがたい事を仰っておられましたので思わず筆を
取りました。そして書き方で誰だか判るでしょうから紹介は省略します。ハン
ドル名のとおりです。

投稿: 組合嫌いの管理職 | 2010年12月19日 (日) 21時51分

組合嫌いの管理職さん、コメントありがとうございます。

西平さんらが幅広い支持を得るためにも、「踏み絵」を踏ませる、踏ませないという発想は避けるべきものと思います。そのような高圧的な手法では、前市長と五十歩百歩だと言えます。協力し合える人たちが信頼関係を軸に一枚岩にまとまらない限り、強力な前市長を破ることは非常に難しいのではないでしょうか。

その上で、私の述べている話と組合嫌いの管理職さんの提案内容に大きな差がなく、住民の皆さんへの支持も訴えていけるものと考えています。不利益の遡及した回復は求めず、現状を回復した後に新たな水準の議論などに着手するという流れであり、単に職員や議員の「既得権」のための選挙戦の構図にはならないものと思っています。

ただ私自身の思いは以上のとおりですが、このような提起では「事がここに及んでも未だに地方にとっては受け入れがたい事」と批判されてしまうようでは、来年1月の市長選は本当に厳しい情勢であるものと受けとめています。

投稿: OTSU | 2010年12月19日 (日) 22時32分

始めて書き込みします。

管理人さん、今市職員や市議会の方たちが竹原さんを市長でなくしたいのであれば50歩より100歩のほうが良いのでは。

西原さんが1000歩の事を言っても、誰も投票しなければ竹原さんが再選されると思うのですが? 100歩は50歩の倍ですもんね。

投稿: ドラミ | 2010年12月19日 (日) 23時06分

> 「踏み絵」を踏ませる、踏ませないという発想は避けるべきものと思います
今の阿久根では是が非でも必要な発想ですよ。

> 信頼関係を軸に一枚岩に・・・・
これをやった時点で既得権層の保身と判断されることは確実ですよね。

> 現状を回復した後に新たな水準の議論などに着手
現状を回復すると言った時点で勝ちは恐らくなくなります。そしてまだそれを
理解できないOTSUさんのような存在が大問題な訳です。もう既に夢の中の
時間は終わりましたので、そろそろ現実に戻りませんか・・という地方の声が
OTSUさんの耳には届きませんか?

もし、そういう声が阿久根の市職労にすら届かないならば
> 来年1月の市長選は本当に厳しい情勢であるものと受けとめています。
上の不安が現実のものになるでしょうね。

そして似非改革派が今以上に勢いづいて、根拠も何もない気分だけの改革が全
国各地に飛び火する可能性が高くなります。組織も何もかもバラバラに壊され
た上に「職員が協力しない」とか「嘘をついた」などと、結果責任だけ押し付
けられるかも知れませんよ(これは現実に起こっていることですけど)。


今この時間にも公務員に対する嘘八百を書いて悦に入ってる人達は増えていく
一方だということを認識して欲しいですね。↑に危機感はありませんか?

先ずは勝つことです。そして真実の数字を基にした根拠の有る議論が出来る環
境を整える事が一番大切ですね。まぁ、今まで無茶な権利要求ばかりして認め
させて来た職員組合ですから、一度は自分から負け札を取る所からのスタート
で丁度よいと思っています。

投稿: 組合嫌いの管理職 | 2010年12月20日 (月) 00時11分

ドラミさん、組合嫌いの管理職さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

「竹原さんを市長でなくしたいのであれば」「先ずは勝つことです」というお二人のご指摘、充分理解できているつもりです。その一方で、市議の1万円の日当制など到底固定化できそうもない内容の継続を約束し、頃合いを見て改めるという方針だった場合、それはそれで住民の皆さんに対して不誠実であるような気がしています。確かにアピールの仕方一つで印象が大きく変わる微妙な問題であることもその通りでした。これもお二人からコメントをいただいたことで、改めて考えを巡らす機会となっています。

投稿: OTSU | 2010年12月20日 (月) 07時06分

>今度こそ正当な交渉を公開で行い、阿久根という地域ではどの程度の待遇が適切かを決めれば良い。

正に「御意」だ。
そして今まで、こんな当たり前の事をやろうとも、議論しようとも、問題視しようともしなかったんだ。

だから竹原氏が「王様は裸だ」と訴えた。
そしたら、どう見ても「凡庸」な手合いが出てきて「王様は薄着だがパンツは履いている!!」と言い始めた。当選したいが為だけに。
この「凡庸な手合い」は昨日まで「王様の服は立派だ」と言ってたんだ。

似非改革派とは、こんな手合いの事です。改革の意味を理解できていないだろうし、やる気も無いだろう。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月20日 (月) 10時32分

管理人さん、先日の竹原さんのブログに市職員OBの阿久根市議会議員さんが「市役所OBの皆さんで候補者の西平さんを応援しましょう」ってチラシが出ていたんですが、本当にそのような呼びかけをしていらっしゃるんでしょうか?

この前の選挙に国土交通省OBの方が対立候補で出たり、竹原さんに対抗していらっしゃる方達は、現状の認識、自らが置かれている状況の認識は出来ていらっしゃるのでしょうか?

管理人さんのブログを拝見すると阿久根市職員、市議会議員の方達は、竹原さん以外の新市長が誕生した暁には、話し合いで素晴らしい阿久根市を作れると仰っていますが、選挙が始まる前からこれでは、竹原さんが好きじゃない方まで竹原さんに投票するしか無くなりそうな雰囲気だと思うのですが。

同じ組織でお知り合いもいらっしゃる事と思いますのでお教え下さい。

投稿: ドラミ | 2010年12月20日 (月) 14時18分

OTSUさんへ

結局、何が起こっても平時の考え方から抜けられないということなのですね。

しかし、例えば来年の選挙で竹原市長が再選され、その後の議会リコール投票
が成立した瞬間から、今度は合法の専決処分が可能になるのですが、これらが
起こり得る事が予想されていても、まだ平時だと思われますか?

自分の関わる地域に許容できない不利益が想定される状況下で、自身の収入の
3割程度も差し出せない市職員や、自己の全ての権益を差し出せない議員には、
私は存在価値を見出すことは出来ませんね。

阿久根の多数の市民は、どのように見るのでしょうね。


追記

あと似非改革派について抽象的で掴みどころのない意見がちらほら・・。こち
らは具体的に一つだけ例示しておきます。

市営から引き継がれた保育園の建て替えに伴う補助交付の決済を拒否*1してい
た事案で、その拒否理由をもっともらしく広報*2で市民に説明しておりました。
ここまでは良いでしょう。しかし園側から市長個人も被告とする訴訟が起こさ
れると失職前に駆け込みで決済*3しています。
デマ(社)のインタビューなどで言っていた事と実際にやっている事が、随分と
違いませんかね。訴訟の結果が出る前に体を躱すのではく、しっかり責任を取
り切って頂きたいものです。

上記は一つの例でしかありませんが、人に要求する事と自分が果たす事に著し
い矛盾を内包する者を似非改革者といい、それを疑いものなく支持する者の集
団を似非改革派と呼ぶのですよ。


*1 読売新聞8月1日記事「個人的恨み?阿久根市長、保育園補助金決済を拒否」
  (対立候補を応援した園長に対し、市政を妨害すると補助交付決済を拒否)

*2 広報あくね11月号の市長コラム「「折多保育園」について」
  (補助決済を拒否する理由を羅列も、契約書等の例示はなく真為判断不能)

*3 読売新聞12月7日記事 「阿久根市長、住民投票直前に補助金を一転決済」
  (訴訟により個人賠償の可能性が浮上すると失職前に駆け込みで交付決済)


正義を貫く勇気と副市長をコラムで称えていたのも空しく響きますね。

投稿: 組合嫌いの管理職 | 2010年12月20日 (月) 19時50分

好き嫌いについて口を挟むつもりは無いが、言葉は正確に使いましょう。
「改革」の意味が分かれば「似非改革」の意味もはっきりする。

社会的矛盾や社会状況の悪化が継続して起こると、それを「良くしよう」とする動きが起こる。
統治体制を変更して問題を解決しようとする事を「革命」、基本制度に言及して解決しようとする事を「改革」、方法論や人事で解決する事を「改善」。

似非改革の意味を捏造しないように。立ちションベンをしても「似非改革者」とは呼ばないよ(笑)。

誰かさんが指摘する「他人に要求する事と、自分が果たす事に著しい矛盾を内包する者」は敢えて言えば「ご都合主義者」だな。
そして、これは「竹原氏以前の政治屋に見られた」顕著な傾向だ。西平という男はその流れを汲んでいる・・という事だ。
だからこそ「竹原氏以前の政治屋」が支持してる。泥棒は警察官を支持せんよ(笑)。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月20日 (月) 22時43分

あまのじゃくさん、ドラミさん、組合嫌いの管理職さん、コメントありがとうございました。

年明けの阿久根市長選に向け、私自身の基本的な考え方や立場は記事本文で綴ったとおりです。踏み込んだ記述は避けなければと思いながらも、それなりに踏み込んでしまったように感じていました。しかし、そのような内容に対しても「何が起こっても平時の考え方から抜けられない」という指摘を受けました。確かに竹原前市長の残した「成果」を丸飲みすることが、最も広く支持を得られやすい戦術なのだろうと思います。

ただ決して答えることを逃げている訳ではありませんが、そのような戦術を取るのかどうかは当該の皆さんの判断であるものと考えています。一方で、前市長と同じ土俵では争わないで欲しいという願望があり、その土俵を拒むこと自体が「正しさ」をアピールできる道筋であるようにも感じています。

ドラミさんからのお尋ねですが、職員OBの市議が退職者に呼びかけたことは事実であるようです。しかし、そのことがドラミさんのような見方で、マイナスに働きがちな現状を残念に思っています。まったく問題視すべき動きではなく、それこそ自治労も阿久根市職労も全力で選挙戦に臨むべきだろうと考えています。とは言え、そのような動きが大きくマイナスに働くようであれば、細心の注意を払わなければならないのかも知れません。

きっと、このようなレスは、ドラミさんにとって予想外だったのではないでしょうか。今回のコメントでは言葉が不足したまま終わる形となりそうですが、機会があれば補足させていただくつもりです。なお、お時間が許すようであれば、今年6月頃の記事をご覧いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2010年12月20日 (月) 23時30分

久しぶりにコメントします。

たまに聞く言葉で「お役所仕事」なんて言い方があります。
もちろん良い意味ではありません。
また、役所に行くとこんな回答をもらう時があります。

「貴重なご意見をいただきました。」
「可能な限り早急に善処します。」
「現在、慎重に対応を協議中です。」

最後はこっちが根負けする。

管理人さんが、最近のコメント数の減少を言われて
いますが、同じ気持ちではないのでしょうか。
良かれ悪しかれ管理人さんは変化されない。
やがてどんなコメントしても無駄に思えるのかも
しれない。
管理人さんの立場では、当然の行動なのかもしれません。
丁寧に情報を発信するのもわかります。
しかし一年以上このプログを見続けても、自治労に対する
疑念は全く晴れない私はどこか壊れてるのでしょうか?

私個人の疑念は別にして、これからもお体を大切にして
プログを続けて下さい。

投稿: nagi | 2010年12月21日 (火) 10時18分

正直に言うと、皆から集めた税金を誰にどれ位分配するかについて、それ程の興味がある訳ではない。
知恵があり、努力をし、成果を出した者に多くを分配する事に異論がある訳ではないし、何もぜずに金よこせと騒いでいる者などに金をくれてやる必要も無い。知恵が仮に悪知恵だとしても、私の論調は変わらない。
金が余っているのなら、タヌキしか通らない道路を幾つ造っても、皮算用に喜ぶ者がいるのなら、それで良い。

金が余っているのなら、議員と名のうつけ者が議会と言う名の演芸会で猿芝居を見せてくれるのなら、高額の「おひねり」を出しても構わない。
金が余っているのなら、宮使いの苦しさに耐えている公務員の皆さんに沢山の給料を出す事に異論はない。

しかし、そこには破ってはならない最低のルールがある。
『入るを計って出を制す』・・つまり収入以上を支出してはならない。
これを破る事は「御法度」だ。何故なら子孫の名で借金するからだ。

まだ生まれていない日本人が黙っているのを良い事に、詭弁を弄して借金を繰り返す者は成敗するしかない。
私は、まだ生まれていない日本人の代弁者だ。だから一切の屁理屈・詭弁・お涙頂戴は通用しない。今から生まれる日本人が「良し」と言わない限り、私がYesと言う事は無い。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月21日 (火) 11時46分

管理人さん、すみません自分は管理人さんのように公務員の方のお役所の言葉に詳しくなく、賢くもないので理解しがたい事があります。管理人さんのお考えとしては

竹原さんは、今まで通りの事を公約とするでしょう(多分

対立候補の西平さんは、これまでの阿久根市の対立をなくす為に、市役所職員の夏季にカットしたボーナスを元に戻す、使わせないことになった事務所を市庁舎内に戻す、新しく認めた浄化槽清掃業者の認可を取り消す、市議会議員の日当制を止める、その削減によって行なっている事業は停止。

こんな感じの公約で西平さんは市長選挙をするべきだと仰っているのでしょうか?

投稿: ドラミ | 2010年12月21日 (火) 18時32分

nagiさん、あまのじゃくさん、ドラミさん、コメントありがとうございます。

書き始めると、いろいろ長々と書き連ねてしまう習性があります。今回記事の冒頭では、阿久根市の話題でもコメントが意外に少なかったという素朴な感想を書き込んだところでした。確かにコメントが少なくなっていることについて、nagiさんのような見方があることを否定しません。ただ私自身が変わる、変わらないの指摘が今までも示されていましたが、そのことに対する見解は以前の記事で綴っていました。端的に言えば、ご指摘のとおり「労働組合は必要」という軸がぶれることはありませんが、ブログで得られている多様な意見や情報が日常活動の中で非常に貴重な判断材料になっているものと考えています。

その上で、このコメント欄は「私に対して」よりも「閲覧されている不特定多数の皆さんへ」の発信を中心に考えられている方も少なくないものと理解しています。あまのじゃくさんは、その代表的な方だと受けとめ、私自身も閲覧者の一人となって自分自身の思いを巡らす機会としています。そして、これまで時機を見定めながら記事本文を通し、あまのじゃくさんの提起に対して自分なりの見解を示してきました。例えば「なるほど、国の借金問題」などがありました。
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2010/07/post-a965.html

ドラミさんから単刀直入なお尋ねがありました。右か、左か、結論的に書き込まない文章が多く、分かりづらくしているようであり、たいへん申し訳ありません。別に「お役所の言葉」という訳ではありませんが、阿久根市長選に向けた当事者の方々が目を通していただいても失礼に当たらない一線などは常に意識しています。つまり、ここまでは部外者の立場からでも主張する、ここから先は当事者の皆さんが決めることという思いがあるため、あえて結論的な言い回しは避けています。

また前置きが多くなり、分かりづらくしているかも知れません。改めてドラミさんの質問に端的に答えていけば、これまでの不利益は受け入れた上で、新たなスタートラインをどうするかは地元の皆さんが判断すべきというものです。その結果、前市長の決めたことを全面的に踏襲する判断もあり得るのかも知れません。このような答えも分かりづらいかも知れませんが、ご容赦くださるようお願いします。

投稿: OTSU | 2010年12月21日 (火) 22時48分

管理人さんの仰りたい事が少し理解出来たような気がします。

今回の選挙はあくまで地元である阿久根市の方が決めることであって部外者である自分が全ての事に意見を表明するのは適当ではない、しかしながら今までそれぞれで話し合って来た経緯を無視する事無く色々な事は、それぞれの方達と選挙後に十分話し合って決めよう。

このような感じの公約(思い)で西平さんは選挙しましょうって事でしょうか?

投稿: ドラミ | 2010年12月22日 (水) 09時02分

しばらく見てませんでしたが、久々に書き込みます。今は阿久根市の話題なんですね。
阿久根市の住民が「職員の給与は高すぎる」と公言する竹原市長に投票するのはわかります。
市民平均の所得が低すぎるから、行政職員との差が大きすぎるから、という理屈が受け入れられるのもわかります。

ここで一つ思うのは、「同一サービス同一料金」だとしても、「同じサービスを提供する従業員の給与も同じで
良いのではないか」という発想であり、そもそもそんな所得の少ない自治体で、他と同等のサービスを受けることは
公平なのか、ということ。そんな少ないコスト負担力で、そもそも「阿久根市」という市を存続させる必要はあるの
でしょうか。

実現性のほぼ無いアイデアだが、現在の阿久根市職員は特別措置で他の自治体に転籍を認めることにしてはどうでしょう。
但し、転籍は一定期間のみ認めることとし、転籍する職員は転籍先の給与体系に準じる。阿久根市に残留を希望する職員は、
新しい給与体系とする。その上で、その給与体系で維持できるか、やってみればいい。維持できるならそれでいいし、
維持できなければ、他の自治体に吸収してもらえばいいのです。嫌だと断られれば、出来る範囲でがんばってね、と。

投稿: とーる | 2010年12月22日 (水) 12時16分

100名の職場で昼飯を各人が自由に注文すると、うどん・カレー・ソバ・ピザ・おにぎり・飯抜き・・。注文は煩雑で非効率。
これを皆が少しづつ我慢して、今日は全員「うどん」とか、明日は全員「牛丼」と注文すれば効率も良く、何より「注文を受ける店」が助かる。
まさに、これこそ日本が歩んできた「中央集権国家」のモデルだ。この総決算をした男が田中角栄。
得た物は巨大だ。戦後の焼け野原が数十年で世界第二位の経済大国。流通通信インフラが全国津々浦々に行き渡り、各地に「ご当地銀座」が出現した。キーワードは「効率」と「拡大」と「均一」。

東京にある物は博多にあり、博多にある物は阿久根にある。違いは「規模」だけ。
尤も、私の大好きなオカマ(ショー)バーだけは例外になって・・悔しい・・・。
因みにホモには(多分)もてますが、私にホモっけはありません。variantを見ると何故か嬉しいのです(笑)。画一的な物はどうも好きになれない(苦笑)。若しかして「向こう様」も同じような目で私を見ているのかも(笑)。

話が飛んだで戻します。何を言いたいかと言うと、前述に「実現性のほぼ無いアイデア」とどなたかが書き込んでいますが、それどころか、これが「地方分権」のモデルでしょう。
欧米から東京経由でありがたく頂戴する事が夢だった時代から、逆に末端から発信する事が正義の時代。
価値観や情報の走行ベクトルが「逆」になった時代の到来。

時代が変化する時に先ず「芸術家」が嗅ぎ取り、次いで「会社経営者」が走り出し、次いで市民が歩き、政治家が追いすがり、殿(しんがり)が役人・・と言われる。
時代は「芸術家」→「経営者」→「市民」→「政治家」→「役人」の順で動き始める。
独裁者が芸術家を弾圧するのは、これが理由です。

今、議員と公務員の評判が良くない理由は、もうお分かりですね。給料が高いからではありません。分不相応に守られているからでもありません。
偉そうにしているからでもありません。
市民の過半が時代の変化を感じ取って、変わろうとしているのに、両者が踏みとどまろうとしているからです。
価値観に乖離が起こっているからです。そして、この流れは、決して逆行しない。

聡明な皆さんはお分かりですね。公務員の皆さんが、貴方達から見た「variant」・・つまり「オカマ」を理解する事です。
そうしないとオカマの襲撃を受けるでしょう。オカマ程、怖い物はありません(笑)。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月22日 (水) 16時58分

管理人さんへ、投稿者同士でやり取りする事をお許し下さい。

あまのじゃくさんへ、すっごく良く分かります、来年田中さんの悲願とも言うべき新幹線が九州から青森まで繋がります。そのような時期に阿久根の事が事が出てきました、もしかしたら阿久根で起きてる事が皆さんの町でも起きるかもしれませんね。友達の地方公務員は自分とこに竹原さんみたいな人が出てこない事を真剣に心配してました。

投稿: ドラミ | 2010年12月22日 (水) 18時07分

久しぶりなメンバーが揃ってきて、阿久根市の話題はやはり集客力が凄いというか。


「組合嫌いの管理職」氏(書き方から恐らくあの方と思っています)

元々は私が「似非」と指摘したように記憶してますが、竹原氏の人となりは貴方の書いた程度のものだろうと思うし、その程度の人物が語るものを真に受けるほどお人好しではないですね。だから私も、彼は「似非」だと思っていますよ。ただ、この手の人物の語り口には部分的に真が含まれているので見抜けない人も多いという事でしょう。(古今東西、詐欺師の常套手段なのですけど・・)

またリアルでもネットでも、阿久根市の騒動になると必ず興味深い現象が見られます。それは「扇動する演者」と「解説する話者」と「撹乱する道化」が登場するという事ですけれども、観衆に対し「演者」が思慮を失わせ「話者」が理解した気にさせ「道化」が冷静になることを許さない様子が見られますね。これは舞台の上を見ているだけでは、なかなか見抜くのは難しいのです。ちなみに「演者」「話者」「道化」に加えて、意に沿わぬ者にレッテルを貼り排除する「衛士」も加われば、100年近く前に流行したものの再現になるのですが。

そして、考えすぎかも知れませんけど、来年の出直し選でも役者が揃いそうな気配で・・。


「nagi」氏

貴方の指摘されるとおり「OTSU」氏は良い意味でも(それの10倍くらいの)悪い意味でも変わりません。不自然なくらいに揺らぎがないと言った方が良いのかも知れません。その事は何度となく私も指摘してきたところですし、確かに貴方のいうように根負けを誘うという意味があるのかも知れませんね。

ただ今回の記事に沿ったレスをすると、竹原氏とその支援者の方々も決して変わらないし、意を唱える話を聞き入れることも無いでしょう。それこそ50歩100歩というか、本質は同じ種類の人たちという事なのかも知れません。そして、たぶんどちらの中にも真は有りませんよ。

彼らには面白い特徴があって「OTSU」氏を始めとする組織側の人間は異を唱える者に対して「独善的」とか「独裁」という定義付けしてきます。対して竹原氏と支持者の方々などは異を唱えられるとそれを「嘘」と定義し、都合の悪い事例は「捏造」と言ってきます。よく観察してみてください。面白いほど当てはまるから。

だから組織側から「独善的」と言われ、竹原氏と支持者側からは「捏造」と言われる人が居れば、実は舞台を含めた周囲を一番よく見れている人なのかも知れません。


「とーる」氏

貴方は「実現性のほぼ無いアイデア」と言いますが、すごく面白いと思いますよ。ただ私ならば阿久根市を親竹原町と反竹原町の2つの町に分割することを提案したいですね。どのみち市を名乗るもの難しい規模に衰退してしまった街だし、ちょうど支持者の数も半分に割れそうですしね。そして、どちらの町がより活性化されるのか壮大な社会実験として試してみれば良いと思います。その結果には凄く興味があります。

でも、問題は親竹原町の職員になり手が集まるかどうかですけどw

そして貴方の言うとおりに、どのみち近い将来に、少ないコスト負担力でどの程度までサービスを支えるのが適正なのか判断するための実験をする必要があるので、この機会に是非やって欲しいと思います。
それがされない限り、今日の新聞記事のような「10%減税の決議に住民サービス水準維持の付帯決議が付く」という愛知県大治町のような無茶な決議がまかり通るのですから。


あくまでも個人的な見解と前置きして「掴みどころのない意見」について

コメントを次から次へと書く「あまのじゃく」氏ですけれども、彼は論者ではなく「知恵袋」なのだと、私は受け止めています。そう考えれば、何かしらの問題を前にして「さてどうしたものか」と思案しているときに、彼の言葉はそれを解くヒントになり有難いものです。
だから「あまのじゃく」氏のコメントには本当の事など一つもないし、逆に言うと全てが本当の事ともいえる。あくまでも知恵袋なのだから、それは使う者の使い方次第ということです。真に受けて腹を立てては駄目です。腹を立てるくらいなら先日の私のように、しばらく距離を置くことですね。

でも、朝に昼に晩にと頻繁に書き込まれる自由人の知恵を眺めるにつけ、この知恵袋の口を締めるゴムが緩んでしまって、空いたままになっているようでもあり・・不注意に手を突っ込むと手ひどく噛まれることもあるから、知恵袋ではなくミミックの類かも知れないなと思うのだけれどもw


そして「OTSU」氏

先日の書き込みの後に、それまで使っていた個人用の通信環境を試験用にしてしまったので、そちらからの見え方が変わっております。念のため。

投稿: mobileSE | 2010年12月22日 (水) 20時08分

ドラミさん、とーるさん、あまのじゃくさん、mobileSEさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

忘年会のシーズンで、その夜のうちにレスできない場合があることをご容赦ください。今回の記事本文で書いたとおり訪問者数などはアクセス解析で即座に把握できています。一方で、リモートホストやユーザーエージェントなどが分かる機能も備わっていますが、どなたが訪問されているのかという点は一切把握していません。

したがって、コメントが寄せられない限り、どのような方々に閲覧いただいているのか分からない現況です。私も組合嫌いの管理職さんの以前のハンドルネームが推測できていました。久しぶりにコメントを投稿されたmobileSEさんと合わせ、厳しいご意見が中心だったコメンテーターの皆さんが継続的に訪れていただいていることを改めて知り得ました。背筋が伸びながらも、有難く思う気持ちが正直なところです。

火曜の夜に記したとおり皆さんから寄せられるコメントが、必ずしも管理人である私への問いかけではない点が当ブログのコメント欄の特色です。ある意味でBBS(掲示板)のような使われ方であり、そのことを私自身も歓迎しています。多様なご意見が伺える貴重な機会だと受けとめているからでした。そのような場ですので、ドラミさん、遠慮なく投稿者同士でも意見交換をなさってください。

その中で、取り急ぎレスすべきドラミさんからのお尋ねがありました。「それぞれの方達と選挙後に十分話し合って決めよう」という点について、ご指摘のとおり私が要望している主旨でした。その手法として、リセットしたスタートラインから改めて何をどこまで見直すのか、すべて踏襲した上で戻すべき点を当選後に話し合っていくのか、考え方は2通りあるものと思っています。仮に前市長が敗れながらも、すべて永続的に踏襲する結論となった場合、「選挙戦で敗れはしたが、私の政策そのものは勝利している」というような言葉が示されるのかも知れません。

投稿: OTSU | 2010年12月23日 (木) 08時48分

mobileSEさん、久しぶりですね。以前あなたが私に竹原氏批判を投げかけていました。私自身はこの場での議論を好まないとお断りしたのですが、それでも執拗に投げかけてきましたので、少し議論をしようと問いかけを行ったら、mobileSEさんから会話を遮断しましたね。今日理由が分かりました「腹を立てて、距離を置いていた」・・ですね。独り相撲も甚だしいですよ(笑)。

『掴みどころのない意見』について
こう前置きして私の話が書かれている。(私の話を)理解できないのなら、正直にそう言いなさい。昔は未熟な自分を恥じて未知の事に挑戦したものだ。それが欧米を夢見て経済大国になった原動力であった。
米英が日本に嫉妬して「日本はウサギ小屋」と言っている間に、日本人は彼らの優秀さに憧れ、認め、努力をして今の地位を築いた。
今は理解できない事を自分の恥と認めず、他人に転化する傾向がみられる。愚かな事だ。

『似非改革者』について
自分で「似非改革者」と書いていながら、理解を間違えている。改革者とは、社会の悪化や悪循環を断ち切って、良い方向に向けようとする人だ。
「似非」だから、一見「そう」見えるが、実際は売名行為や私利私欲の場合などに「似非改革者」を使う。
竹原氏の目的が改革にある事は間違いがない。しかし方法については、本人も迷っている様子が見て取れる。時々、方針の変更があるのは確かだ。
しかし、それは本分とは何の関係もない。嫌いだからといって「似非」の汚名は卑怯だな。

『私は論者では無く知恵者』について
私ほど論陣がはっきりした者は少ない。先ず「結論」を明確に述べている。「日本の借金を無くすべきだ」・・と。
当然、借金を増やしている慣習・制度・価値観・理屈を分析して、それを変えなければ借金は減らない。お百度参りをしても借金は減らないよ(笑)。
私はそれを分析して、その(分析)結果を書き込んでいる。それらを変えていくことで、その延長線上に借金ゼロがある。
私の頭の中では、これらが整合性をもって纏まっている。だから、どのような質問に対しても、ナイフで切って、その断面を見せているんだ。

その断面・断片を単なる「知恵」としか認識していないのなら、残念ながら視野と想像力が欠けている。私を分析する前に勉強しなさい。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月23日 (木) 11時24分

OTSUさんが竹原氏に「目的が正しくても方法に問題がある」と感じる事は官吏らしいと思います。
私も改革の意思を持って、様々な方法を考えている人達が複数いれば、竹原氏以外を選択する事もあるでしょう。
しかし残念ながら、私の目には(改革者など)皆無です。

OTSUさんの関心と愛着が「公務員」・・取り分け「自治労」にある事は明白ですね。私の関心と愛着は「未来の日本人」にあるのです。

そしと両者の関心と愛着が「一致」する事があるのか?・・あります。

戦後の焼け野原で「行政」と「国民」の関心は「経済復興」で「一致」していたのです。
もうすぐ、第二の敗戦・・それも自滅・・という形で顕れるでしょう。不幸にもその時です。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月23日 (木) 11時56分

久々に参加させて頂きます。
正直言って、竹原前市長への解職反対があれほど多いとは想定外でした。良かれ悪かれ、彼の市政を支持する人間が住民投票によって、今回投票者の半分程度はいると言うことがはっきりした。一方議会解散を希望する市民も結構いる。

竹原支持者に伺いたいのですが、仮に市長選で竹原が再選されたとします。その後、市議会選挙が行われ、反支持者が再度過半数を占める状態(別に根拠はないが両方かなり濃厚な気がする)で、議会は開かず、竹原独断の専決で市政が行われることになると思われるが、それを容認されるのでしょうか。前回は市議選が先に行われ、その後竹原市長が誕生した、「だから俺の言うことをきくべき」が竹原の思い。

今回は先に市長が誕生し、その後、議会選挙になり反市長派がまたしても過半数をしめる可能性が高いのだが、それでも改革なのか。改善ではダメなのか、私はこのような事態で有れば、取り合えず改善しかないと思うのですが。政治は市民全体の事を考えて行うべきと考えているのですが。

投稿: 昔公務員 | 2010年12月23日 (木) 20時01分

あまのじゃくさん、いつもコメントありがとうございます。

立場を明らかにし、公務員やその組合の言い分の発信という目的から、関心がそのあたりに集中しているブログであることは否めません。ただ「組合員だけ良ければ」という発想かと問われれば、その点も否定しなければなりません。A市の市長が「A市民のため」と言ったとしても、他の自治体の住民がどのようになっても構わないと考えない関係性と同様です。

さらに「第二の敗戦・・それも自滅」という結果を招かないようにする思いにも、大きな違いはないものと感じています。その上で、あまのじゃくさんと私自身は、現状へのとらえ方や今後の進むべき道筋が枝分かれしていることも確かであるようです。竹原前市長への評価が180度異なることは言うまでもありませんが、日本の借金問題についても見解は分かれがちでした。ちなみに私自身の見方は、以前の記事「国債問題に対する私見」などで綴らせていただいていました。
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2010/08/post-aacf.html

投稿: OTSU | 2010年12月23日 (木) 20時03分

昔公務員さん、コメントありがとうございます。

直前のコメントを投稿した後、コメントを読ませていただきました。前市長を支持されている方々へのお尋ねのようですので、私からのレスは控えながら、他の方からどのようなコメントがあるのかどうか見守らせていただきます。

投稿: OTSU | 2010年12月23日 (木) 20時09分

OTSUさんへ

立場上超えられない線があるのか、それともOTSUさん個人がそうさせるの
か、すごく限界を感じます。しかし、外部からも内部からも自治労は不要との
評価が固定されつつある現状ですから、(無理だと思いますけれど)いつかは
一歩を踏み出して欲しいと期待しております。今回はこれ以上言いません。


mobileSEさんへ 

お久しぶりです。春過ぎから書き込みは遠慮しておりましたが、定期的に見て
いました。もちろん秋口の騒動も読んでおりましたが、確かにmobileSEさんが
言われるような役者が揃っていたと感じます。
また、阿久根の騒動も今までの新聞等を読む限りは当てはまる気がしますし、
触れられているとおりに、来年の選挙も道化までしっかり揃いそう・・とは、
考えすぎかも知れませんが、少し立ち位置を下げて会場全体を見る事が必要で
しょうね。

しかしミミックって・・・・いいセンスだな~。いつもは滅多に笑わないので
すが今回はかなり笑わせて頂きました。はまり過ぎですよ。
ただ知恵袋とは思えないですね。どのコメントを読んでみても何か大きく欠け
ているというか違和感が残るというか・・。内容からして頭が大きい学者様の
ご意見にも見えるけど、それにしては幼い部分が多くあって学者様の卵の意見
のようにも見える。どちらにしても私の中には入らない意見ですから、やはり
掴みどころのない意見というのが感想です。


それにしても阿久根に関しては、竹原市長といい支持者の方といい、現場でも
ネットでも似たようなタイプの方が多いと思いますね。そういえば竹原市長も
前市長から大人になりなさいと言われたんでしたね。
現場を変えようとしている人間から見ても歓迎できない存在です。

投稿: 組合嫌いの管理職 | 2010年12月23日 (木) 22時34分

組合嫌いの管理職さん、コメントありがとうございます。

私も一点のみ、指摘させていただきます。「外部からも内部からも自治労は不要との評価が固定されつつある現状」という見方があることを否定しません。しかし、そのことは組合嫌いの管理職さんらの主観である側面もあり、決め付けた言い方は極めて不適切であるものと考えています。これまでも繰り返してきたような話ですが、ぜひ、この指摘の意味を理解いただけるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2010年12月23日 (木) 22時55分

OTSUさんへ

> しかし、そのことは組合嫌いの管理職さんらの主観である側面もあり、決め
> 付けた言い方は極めて不適切であるものと考えています。

確かにご指摘のとおりですので、お詫びした上で

「外部からも内部からも自治労は不要との評価が固定されつつある現状」とい
う記述を、「私の周りでは外部からも内部からも自治労は不要との意見が圧倒
的に多く寄せられる現状」と変更したいと思います。

最後と言いながら、最後にならずにすみません。

投稿: 組合嫌いの管理職 | 2010年12月24日 (金) 00時17分

組合嫌いの管理職さん、おはようございます。

さっそく訂正いただき恐縮です。最後と言わず、これからもお時間が許す際、私とは視点の異なる貴重なコメントをいただければ幸いです。遅くなりましたが、管理職への昇任、おめでとうございます。それではお体に気を付けて今後も頑張ってください。

投稿: OTSU | 2010年12月24日 (金) 07時43分

自分の理解が及ばない物、自分の能力を超えた問題に対して「無かった事」にして取り繕う人がいる。否、取り繕う事だけに長けた人がいる。
これを正確には「意気地なし」と呼ぶのだけれど、本人たちはそれを認めず「大人」と言い張る。

「裸の王様」では、こんな人間を皮肉り、笑い飛ばしている。

「捉えどころがない」どころか「大当たり!」って雰囲気が出てきたね(笑)。

昔公務員さんへ
何故「平穏に治める」事だけに拘るのでしょうか。竹原氏が当選すれば、(自分のやり方で)粛々と改革を行えばいい。改善でも結構。問題は社会を良くする事です。
議員も自らの信念で反対したら宜しい。
条例は否決され、予算も通らないと市民は「何故だ」と疑い始める。当然市長も議員も理由を説明しなければならないだろう。

これらの問答を繰り返すと、段々「本当の事」が分かってくるのです。本当の事が市民の過半になれば収束します。
社会は良くなって行くでしょう。問題は「間に合うか」ですが・・。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月24日 (金) 09時05分

昔公務員さんへ

支持者の皆さんへというお言葉ですので、「しょうがないな~」って思いです。本当であれば市会議員の方が譲って戴ければ嬉しいのですが・・・無理ですかね? 昔公務員さんにお聞きしたいのはそこです何故無理なんでしょう?

私は市民ではありませんが他の方よりは、近くに居て阿久根市の方のお話も聞いているんですが、阿久根市の方の見ている風景は、私は勿論皆さんとは違う風景を見ていらっしゃる感じですよ。例えば、色々な公共サービスの手数料が下がるなんて自分も経験ないですし皆さんも無いと思います、上手に説明出来ないのですがいろいろな事を自分達の手で変えられる事を実感していらっしゃる感じです。


組合嫌いの管理人さんへ、

>それにしても阿久根に関しては、竹原市長といい支持者の方といい、現場でも
ネットでも似たようなタイプの方が多いと思いますね。そういえば竹原市長も
前市長から大人になりなさいと言われたんでしたね。
現場を変えようとしている人間から見ても歓迎できない存在です。

前市長がおっしゃるように大人になって色々な方と上手に話し合う事が今まで通りが良い方たちにとっては、ハッピーなのだと思いますが、駅前の商店街を見ると大人の対応って良いのかな~って思えるんですよ。勿論今の阿久根市の状態が全て前市長の責任な訳ではないですが、前回の選挙で国土交通省のOBの方を応援するセンスを見ると同感する意見は余り無いですね。

投稿: ドラミ | 2010年12月24日 (金) 12時13分

あまのじゃくさん、ドラミさん、ご返事有り難うございます。

あまのじゃくさんへ

>何故「平穏に治める」事だけに拘るのでしょうか。竹原氏が当選すれば、(自分のやり方で)粛々と改革を行えばいい。改善でも結構。問題は社会を良くする事です。

平穏に治めることだけを考えているわけではありません。今の現状で、彼の思いが一気になし得るのかが疑問、少々の時間は必要でしょう(議会が賛成する状態にならなければ)。彼は当初2年で・・・・と、言う様な発言もあったかと思います、時間が無いと。勿論、社会を良くする事に異論はありません。あと、あまのじゃくさんが、改善でも良いと言われたのには以外でした。

ドラミさんへ

>本当であれば市会議員の方が譲って戴ければ嬉しいのですが・・・無理ですかね? 昔公務員さんにお聞きしたいのはそこです何故無理なんでしょう?

私も、阿久根には居住していませんが(割と近場)、阿久根出身という事もありまして、月2~3回は出向いています。私自身、今の議会の姿を全て容認している訳ではありませんが、議員は議員で「俺たちも民意を得ているのに何で市長が一方的に」の思いでしょう。今後、竹原市長が再選され、そして市長支持者の議員が過半数を占めたら、市長の思いを思う存分発揮されても良いと思いますが、前のように、ねじれの事態になった場合、前のようなやり方には賛成できません。

投稿: 昔公務員 | 2010年12月24日 (金) 21時02分

あまのじゃくさん、ドラミさん、昔公務員さん、おはようございます。

年明けの阿久根市長選、大きな区切りとなるのか、通過点の一つなのか、いろいろな意味で引き続き注目していくこととなります。なお、新規記事のテーマは今のところ白紙です。阿久根市の話題から転換した場合は、今回の記事を通して阿久根市絡みのご意見が伺えることを歓迎しています。ぜひ、これからもよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2010年12月25日 (土) 09時13分

昔公務員さん、私の願いは1000兆円の借金を返す事で、革命や改革や改善を起こす事ではありません。借金の原因の根本に日本人の「性根」の問題があると見ていますから時間がかかるでしょう。しかしだからこそ早く「舵を切る」事が重要です。改善で借金が返せるなら、それが一番穏和な方法だと以前申し上げた通りです。

人間は「自分の知識と経験」で現状を分析し、将来を予想します。しかし生きて行く内に、自分の経験と知識だけでは説明出来ない事に遭遇します。その時に(概ね)2つに分かれます。
A:自分の世界以外にも別の世界があるらしいと考え、未知なる世界に挑戦する人
B:自分の世界以外を認めず、(不測の事態の存在を)拒絶する人

平時(昨日と明日の間に変化が無い時代)では両者に違いはありませんが、乱世になると違いが顕わになる。それも「習い性」になっているから、中々修正がきかない。時代が変わろうとしているのに、それを受け入れないのだから始末が悪い。
AとBの間に知的水準の違いは恐らく無いでしょう。勇気のあるなしと、環境が(人間を)2つに分けているのではないかと思います。
竹原氏は「王様は裸だ」と言った「A」ですね。OTSUさんも「A」かもしれません(笑)。

歴史に名を残しているのは大概は「A」ですが、同時に「狂気」を持っていますから通常は「variant」と扱われる事が少なくありません。
アインシュタインなんかは典型的な「A」でしょうね。

「B」の人達が中核をなし、周囲に弱い人たちと私利私欲が集まって「裸の王様」を形成しているのが今の日本であり、これが借金の原因の真の犯人だと私は考えています。
私は「集団B」を「丸裸」にしようとしているのです。だから(私から)逃げて行く者は「B」です。逃げる理由は「様々」(笑)。

昔公務員さんは繰り返し挑戦するから「A」でしょうね(笑)。還暦を迎えた方に失礼の段、ご容赦ください。「集団B」を丸裸にする作業に(昔公務員さんが)入って来られたので、ああするしかなかったのです。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月25日 (土) 09時57分

補足します。私から逃げる者は「B」と書きましたが、特定の人を指している訳ではありません。
私と意見が異なる人の中に「点観測」を得意にしている人がいる。情報や現状を「点」で捉える人です。

本当は「線観測」→「面観測」→「3D観測」→「3D+時間観測」が大事です。その部分で若干見方が違うのは確かでしょう。この人たちを「B」としている訳ではありません。(かえって分かりにくくなりました?)

投稿: あまのじゃく | 2010年12月25日 (土) 11時53分

あまのじゃくさん、いつもコメントありがとうございます。

新規記事は阿久根市から外れる予定ですが、今後も機会があれば、貴重なご提起をよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2010年12月25日 (土) 17時06分

「組合嫌いの管理職」氏

>ただ知恵袋とは思えないですね。どのコメントを読んでみても何か大きく欠けているというか違和感が残るというか・・。

貴方のコメントを読んで考えましたが、欠けているものは「人に使われる経験と人を使う経験」だと感じています。折角の知識も机上のみで得たものの様であり、人との関わりが薄い閉じた世界しか経験がないのでしょう。
また、違和感は議論の前提が都合良くすり替わる部分から感じるのではないでしょうか。これは以前にも指摘した事ですけど、例えば彼は「どのような質問に対しても、ナイフで切って、その断面を見せているんだ」と言っている。しかし実際にはナイフを入れて断面を見せる際にあらぬ方向に手首を返して違う断面とすり替えていますね。だから彼のコメントは常に都合良く帰結する。これが貴方の持つ違和感の正体だと思います。当人は絶対に認めないでしょうけれども。

でも、自分の言いたい方向に帰結させるために都合良く前提を変えるものだから、彼のコメントは自分に跳ね返ってしまっている事がすごく多い。つまり人を否定しているつもりで自分自身の言っている事を否定してしまっているのです。確かこの部分は他の方からも同様な指摘がされていたと思いますし、読み返せば貴方も感じる事が出来るでしょう。
少し引いた場所から全体を感じられる者ならば、彼のコメントに誰も納得はしていない。ただ繰り返される言葉に、結局は呆れて去っているだけでしょうね。

だから実社会の中では、彼のコメントではまず人を動かせないし付いてくる者も現れてはくれないでしょう。人を動かせない論は知識の断片に過ぎない。これが彼のことをせいぜい知恵袋だという理由ですね。

最後に、貴方は過去に一度だけ彼を感情的にさせています。それは「口だけで実がない」という類の言葉だったと記憶していますが、人は本質を指摘されたときに感情を出すものですよ。彼の視点の鋭さは勿体ないと思いますが、聞き入れる耳のついてない知恵袋ですから変わることはないでしょう。

いくら言葉を並べてもPCの電源を落とし振り返ったところに誰が居てくれるのか、彼の言葉が論なのか知恵でしかないのか、それが答えになっているのだろうと思います。


「OTSU」氏

すでに「組合嫌いの管理職」氏が訂正済みのようですので、これは貴方への意見ではなく感想の一つとして聞いて貰いたいのですが、「組合嫌いの管理職」氏の最初のコメントは、私の目から見ても同様の評価がすごく多いと感じます。それに対して「極めて不適切」と言い切る感覚もどうかと思いました。もちろんこれも主観ですけれども。

でもこの感覚のズレが、誇張とすり替えと嘘、すなわちペテンに付け込まれる隙になっているのだろうと思います。貴方たちの言動は確かに好きではありませんが、ペテンがまかり通るのはもっと嫌いです。一度考えてみて欲しいと思います。


さて年末のこの時期は、さすがに何度も時間を避けませんので、いつもの通り後は読み手にお任せをして、私もここまでにしたいと思います。

投稿: mobileSE | 2010年12月25日 (土) 18時11分

mobileSEさん、なぜ貴方は「人との会話」の形でしか「私の分析と批評」が出来ないのですか?なぜ、私に正面から向き合おうとしないのですか?

私のコメントを見て違和感を覚える理由?それは貴方達が自分だけの経験と知識だけで、コメントを見ているからです。
だから竹原氏の言動や行動も「同様に」理解できないんでしょ?竹原氏に市民の半分が賛同している現実も理解できないんですよね?
違和感を覚えたり理解出来ない事なぞ「山」ほどあるじゃないですか(笑)。第一OTSUさんにも違和感があるのでしょ?
一見冷静に分析しているように振舞っているが、この様に反論すると直ぐバレテしまう。

普通なら半分も支持するなら何かある・・と感じる筈ですが、(嫌いという感情で)一部の行動を理由に「似非改革者」と断罪している。私が「その言葉はおかしいよ」と指摘しても、自分の都合良い解釈を訂正もしないし、考え直そうともしていない。「都合が良い」のは「私」ではなく「あなた」では?

>他の方から同様な指摘されていた。>あなたも感じる事が出来る。>あまのじゃくのコメントに誰も納得していない。>あまのじゃくのコメントでは誰も付いてこない。>人を動かせない論は知識の断片だ。

これは今しがたmobileSEさんが発信した書き込みです。これがあなたの特徴です。
他人に賛同して貰えないと不安で仕方が無い。他人に支持して貰えないと自信が持てない。必ず、あなたが「敵と味方」を選別する癖があるのは、この為です。
最後の「人を動かせない論は知識の断片でしかない」・・を読んでみても「論」の意味を理解していない事が分かる。人を動かすのは「情念」であり「論」ではない。
論とは元々、そのような物ではない。全員が賛成しようが反対しようが「論」は「論」でしかない。

あなたが「人との関り」を説いていますが、まさに貴方が「人との情念の世界」で生きている証拠です。別に生き方を批判するつもりはありませんが「情」と「論」を混同してはいけません。

私が感情的になった事など数限りなくあります。第一、私の大前提である「借金を早く返せ」は私の「大感情」なのですよ(笑)。知ってましたか?

まあ、余りの見当違いのコメントに「ミミック」のように噛みついた私ですが(笑)、あなたの能力は高いと思います。
徒手空拳で地位を成した「自負心」が言葉の端々に見て取れます。私に(どんどん)反論して貰って結構。それが「切磋琢磨」ですから。
但し、正面からお願いします。他の方も「罵倒」「批判」「悪口」なんでも結構ですが、正面からね。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月25日 (土) 19時31分

あまのじゃさん、再三のご指摘有り難うございます。

>人間は「自分の知識と経験」で現状を分析し、将来を予想します。しかし生きて行く内に、自分の経験と知識だけでは説明出来ない事に遭遇します。その時に(概ね)2つに分かれます。
A:自分の世界以外にも別の世界があるらしいと考え、未知なる世界に挑戦する人
B:自分の世界以外を認めず、(不測の事態の存在を)拒絶する人

私はA・Bの中間にいるような人間であると思っています。つまり未知なる世界に自ら挑戦はしない。しかし、自分の世界以外を認めず拒絶する人間でもない。このような人間もこの世に多数いるのではないでしょうか。ですから、単純に世の中の人間を2つに分けることはいかがなものかと。ただAの考えの方を否定する事は全然考えてはいません、やるなら合法的にやりなさいと言いたいのです。つまり合法的にやるには改善しかないと。合法的に改革ができれば其れに超したことは無いのですがそれは無理でしょう。

投稿: 昔公務員 | 2010年12月25日 (土) 20時34分

mobileSEさん、あまのじゃくさん、昔公務員さん、コメントありがとうございます。

枝葉の話で恐縮ですが、組合嫌いの管理職さんの発言の中で私が「決め付けた言い方は極めて不適切」と指摘したことについて、mobileSEさんから違和感が示されました。「外部からも内部からも自治労は不要との評価が固定されつつある現状」ではなく、「不要と評価する声が多い」又は組合嫌いの管理職さんが訂正されたように「私の周りでは外部からも内部からも自治労は不要との意見が圧倒的に多く寄せられる現状」という言われ方だった場合、このような指摘はしていません。

余計なことかも知れませんが、組合嫌いの管理職さんのためにも、あえて指摘させていただいた思いもありました。決して嫌味ではなく、管理職になっているようでしたら、ますます一言一言の重みを感じて欲しいという勝手な願いを込めていました。なお、このような話も不愉快にさせてしまうようでしたら申し訳ありませんでした。

投稿: OTSU | 2010年12月25日 (土) 21時48分

私宛ですから返事を。
>合法的なら改善しかない。合法的に改革は無理。
意味不明です。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月26日 (日) 16時56分

>>合法的にやるには改善しかないと。合法的に改革ができれば其れに超したことは無いのですがそれは無理でしょう。

自分で読み返しても意味不明でした。

改善なら、現法(制度等)の範囲内できるのではないかと。・・・悪いところを良くする。

改革は、現法(制度等)を改めないと、できないのではないかと。・・・制度等を改めて良くする。

竹原氏の手法は、手続き等を踏まないで、勝手に条例等を変えたりとか、独善的なところが多く、これは、改革ではないのではないかと思っています。

投稿: 昔公務員 | 2010年12月27日 (月) 17時24分

どうも私宛(?)ですから返事を
>自分で読み直しても意味不明
としながら、話を続けているが、引き続き意味不明。
更に話を継続するなら、「改革」「改善」「独善」「合法」の日本語を正しく整理してからにしてください。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月27日 (月) 20時46分

あまのじゃくさんへ

「改革」
従来の制度などを改めてよりよいものにすること

「改善」
悪いところを改めてよくすること

「独善」
1 他人に関与せず、自分の身だけを正しく修めること。
2 自分だけが正しいと考えること。ひとりよがり。

「合法」
法規にかなっていること。また、そのさま。

以上辞書より、

話は継続しなくて結構です。

投稿: 昔公務員 | 2010年12月28日 (火) 05時06分

mobileSEさん

内容については納得できましたし、ほぼ同意できるものと思っています。コメ
ントありがとう御座いました。

実はOTSUさんへ言いたい事を言ってしまっていた事と、mobileSEさんのコ
メントを読んで完結してしまい。返信するのを失念しておりました。この辺が
自分の足りない部分だと感じています。

投稿: 組合嫌いの管理職 | 2010年12月28日 (火) 23時20分

今年も最後の日。来年は「流石は日本人!」と自画自賛できる事を願っている。

「借金が子孫を苦しめる」「子孫に借金を付け回す生き方は恥ずかしい」と思っている人が何人いるのだろうか。

「仲間はずれは嫌だ」「上司に嫌われたくない」「隣人に苦情を言われたくない」「対立すると自分に類が及んで困る」「年金は幾ら貰えるのだろうか」
この程度の事で頭が一杯になっていると、借金の話を聞いても「聞かなかった事」にするのが一番だ。

借金返しは茨(いばら)の道だ。頭一杯の煩悩が全て現実の物となるからだ。
だから私の話など、どこか絵空事。気づかなかった事、見なかった事にして「王様の服は立派だ」と言っていれば一時は苦しさから逃げられる。

人間は本当に弱くて狡い。竹原氏が「切ない」と言う理由が分かりますか?人間の弱さと狡さを見ると切なく感じるのです。私も感じる。特にそれを誤魔化そうとする姿勢を見ると切なさも倍増する。
だから「私を選んだ以上、君たちが責任を取れ」と言ったのだよ。
私に絡んでくる人達は早く、自分の弱さと狡さを自覚し、それに立ち向かう事だ。誰でも弱くて狡いのだから。
自分の愚かさ、弱さ、狡さを自覚し、そこから這い出そうと一人一人が前向きに歩き出せば「冒頭の言葉」を発する事が出来るだろう。

最後に、「論」は人を動かす道具ではなく、正しい道を探す道具だ。人を動かすのは「情念」だ。人を動かそうとして論を変える・・つまり迎合する程危険な事は無い。正しい道が見つからなくなるからだ。迎合している事を自覚しているのなら多少は救われるが、今の政治屋にその度量は無い。反竹原の政治屋を良く見ると「大衆迎合屋」だろ?
それを大規模かつ全体主義的に行った者が「ヒトラー」だよ。おっと、又都合良い結論を出してしまったね(笑)。お得意の「見なかった事」にしといてね(笑)。

投稿: あまのじゃく | 2010年12月31日 (金) 18時16分

あまのじゃくさん、昔公務員さん、組合嫌いの管理職さん、いつもご訪問いただき、ありがとうございました。

管理人あての直接的な問いかけではないため、具体的なレスとなりませんが、これからもお時間が許される時、貴重なご意見をよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2010年12月31日 (金) 19時11分

管理人様、皆様、昨年は文章力の無さ故しばしお騒がせし、申し訳ございませんでした。
定期的にこちらを拝見させていただいておりましたが、細やかに行き届いた管理人様のメンテのおかげで楽しく拝見させていただいております。ありがとうございます。

相変わらずmobileSEさんは一件綺麗に見える言葉を並べて実は他人を卑下するだけで面と向かって立たない回答ですね。
新聞の誘導記事に思えてくるのは私が公務員という社会の中にいないからでしょうか?

改革・改善・独善・合法、どれもそれぞれに対する立場によって受け止め方が違うのではないでしょうか?
「合法」については人が作る「法」ですから完全無欠な制度ではありませんし、そこには道理や正義が重要になってくる場面もあるでしょう。

「独善」も見方を変えれば場合によってはリーダーシップと捉えるケースもあるでしょう。

「改革」「改善」についてはそれをする人の立場とされる人の立場で180度違うのではないでしょうか?
一方が「改革だ」「改善だ」と言っても他方は「改悪だ」となるでしょう。
それらが成された後はされた立場の人も良かったと思えることでも成される前は抵抗すべきものと捉えるのではないでしょうか?
それは通常は組織においては個人の意思と違い、より一層抵抗すべき考えと理解するでしょう。

昨年一度書いた記憶があるのですが、「負けるが勝ち」と「改革・改善」される立場の人は捉えるべき時が今来たのではないかと思っております。
法人という組織で永遠のものはありません。もちろん個人も永遠の命はありません。
公務員という組織も何一つ変わらず永遠に残ることはないでしょう。だからこそ将来の子孫のことを考えるべきはずなのに、今が大事で負けたくない。
官僚のためにハローワークなんかじゃなくて専用人材バンクを作り、新規採用を減らして臨時職員で人件費削減。
今を勝ってしまって、結果的に国家破綻でもやむを得ない、それまではJALと同じで表面上の「改革・改善」を進めていくのでしょうか?

いよいよ本日日本の今後の方向性を決める重大な日となるような気がしております。

投稿: 青二才 | 2011年1月16日 (日) 03時30分

青二才さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

「いよいよ本日日本の今後の方向性を決める重大な日」という見方は、私もその通りであるものと感じています。阿久根市民の皆さんに託している願いは、個々人で大きく異なるのでしょうが、私自身の思いは過去の記事で綴ってきたとおりです。ちなみに来週の記事は、阿久根市長選の結果を見届けた内容を考えています。ぜひ、これからもお気軽にコメントくださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年1月16日 (日) 08時20分

竹原落選だそうで。

投稿: h | 2011年1月17日 (月) 01時55分

hさん、おはようございます。

上記のとおり来週の記事は、阿久根市長選の結果を見届けた内容を考えています。ぜひ、これからもお気軽にコメントくださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年1月17日 (月) 07時08分

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