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2010年4月 4日 (日)

顔を上げれば満開の桜

ゴールデンウイーク明けには新庁舎での勤務となります。これまでの庁舎へ通うのも1か月を切りました。第1庁舎は1958年に建てられ、三多摩地区では最も古い庁舎となっていました。新館と呼んでいた第2庁舎も1970年の竣工であり、「旧館」「新館」と識別することが意味をなさない年月をそれぞれ刻んだ建物となっていました。

隣接する病院の敷地をはじめ、庁舎の周囲には何本もの桜の木が植えられていました。そのことを意識するのは1年間を通し、本当にわずかな時期となります。今年もその時期を迎えていながら金曜の朝、いろいろ考え事をしながら歩いていたため、おのずから視線は低くなっていました。市役所に近付き、何気なく顔を上げれば桜の花が満開になっていることに改めて気付きました。

昨夜の強風にも耐えて、きれいに咲き誇っていました。そう言えば、ニュース番組で「咲いたばかりの桜は散りにくい」という話を耳にしていました。「受粉の営みを終えるまで散れない」という生存本能が働くためだそうです。正確な言い回しは覚えていませんが、そのような趣旨の説明があり、桜の花に対する新しい見方が加わっていたところでした。

ところでゴルフ場でも大叩きのホールが続いていると、周りの景色を見渡す余裕がなくなります。それでもフッと顔を上げた際、ようやく素晴らしい風景に気が付きます。するとスコアメイクに四苦八苦していても、このような青空と緑の中でプレイできていることを楽しもうという気持ちに切り替えられる場合があります。ただ残念ながら地力がないため、その後、劇的にスコアがまとまるかどうかは何とも言えないところですが…。

満開の桜に迎えられたその日の朝は、下向きがちだった気持ちが少し癒され、強風に耐えて咲き続ける桜に励まされたような気分にもなっていました。3月31日、退職者の皆さんへ「長い間、お世話になりました」と挨拶させていただき、翌日の4月1日には新入職員の皆さんを迎えています。合わせて人事異動が発令される日であり、ここ数年、同世代の職員の課長昇任が続いています。

その中には一緒に組合役員を担った人たちも多く、組合活動で苦楽を共にしたメンバーが管理職に登用されていくことを非常に心強く思っています。一方で、組合活動への「良き理解者」であった組合員が一人ずつ減ることでもあり、一抹の寂しさも伴っていました。また、それぞれの選択した道の違いによって、役所における立場の枝分かれが顕著になっていくことの感慨も覚えていました。

金曜日は新入職員研修の2日目、昼休みに組合として挨拶に伺うのが恒例となっていました。委員長挨拶の後、書記長が組合の簡単な説明を加え、早期の組合加入を呼びかける場でした。以前は組合がお弁当を用意し、それなりの時間をかけていました。もともと組合への加入後、別な日に本格的な説明会兼歓迎会を催していたため、数年前からその日の挨拶や説明はきわめて簡潔なものに切り替えていました。したがって、組合を代表した私からの挨拶も毎年、同じような内容で簡単な一言にとどめていました。

労働組合に対してネガティブな印象をお持ちの方が多いと思います。しかし、組合は絶対必要なものであり、公務員にも団結権が認められ、様々な労働条件の問題を協議しています。必要な部署に必要な人員を配置し、職員が健康でいきいきと働き続けられる職場を確保することで、住民サービスの向上につながるものと考えています。

お配りした資料をご覧になった際、このような活動も行なっているのかと感じられる方もいらっしゃるかも知れません。それぞれ大切な活動であり、私自身、組合は必要であるという考えを強めていたため、これまで長く組合役員を続けてきました。ぜひ、組合は絶対必要だという点にご理解いただき、早期に組合へ加入されることを願っています。

以上が新入職員の皆さんへの歓迎の言葉に添えた私自身の思いの一端でした。原稿を用意した訳ではありませんので、言い回しが少し違うかも知れませんが、「組合は必要」という趣旨を強調させていただきました。ただ毎年「組合に対してネガティブな印象をお持ちかも知れませんが」という言葉を投げかけていることは、何とも悩ましい現状だと受けとめています。さらに改めて「組合は必要」と訴えている姿も、長く組合役員を続けている自分自身へ言い聞かせているような思いも交錯していました。

最後に一言。前回記事「司、司の責任」のコメント欄では、久しぶりに黙考人さんにも参加いただき、たいへんハイレベルな議論が交わされていました。今回の記事はその流れに沿ったものではなく恐縮ですが、決して国債残高の問題などの議論に水を差すつもりはありません。引き続き、前回記事のコメント欄などを通し、貴重なご意見に触れられることを歓迎しています。そして、自分なりの識見を高められた後、記事本文を通してそのような議論にも本格的に参加できればと考えています。

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コメント

いつもと勝手が違うので、皆さん、ひいてますよ、きっと( ^ω^ )

ともあれ、春。
そちらの桜は満開でしょうか。こちらは、まだ“つぼみふくらむ”です。
今年度もよろしくお願いします。

投稿: BIBI | 2010年4月 7日 (水) 22時13分

BIBIさん、コメントありがとうございます。

こちらの桜は、まだきれいに咲いています。BIBIさんの所は“つぼみふくらむ”ですか。日本列島の長さを感じる報告ですね。

これまでも時々、このような雰囲気の記事も投稿してきました。確かに前回までの記事内容とのつながりが薄く、本文の最後にも記しましたが、話題の転換を意識的にはかろうと考えている訳ではありません。

今後、また「公務員」について真正面から議論提起する記事を重ねていくつもりです。ぜひ、その時はBIBIさんの経験に裏打ちされた鋭いコメントを楽しみにしていますので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2010年4月 7日 (水) 22時57分

 私も公務員組合の役員をやっていまして、「組合は絶対必要なもの」という考え方に100%同感です。当局の施策の中には「経費削減」のみを位置したものが多々あり、それでも住民サービスを低下させないためには個々の努力のみを求めるという姿勢が見受けられます。多くは、我々のやっている業務内容や効果をほとんど知らずに、風聞や党の上層部からの指示で、叩けば自分の票につながると思って発言している議員の顔色を窺ってのことと感じています。そういう姿勢に一定の歯止めをかけるのは組合しかないと思います。事実、そうやって権利を獲得し、後退に歯止めをかけてきました。

>労働組合に対してネガティブな印象をお持ちの方が多いと思います。
 近年、労働組合に加入しない人が増えてきました。その多くはイデオロギーの違いとか、組合のやり方に賛同できない、とかではなくて、組合に入っていてもメリットがない、組合費がもったいない、という理由によるものです。私たち役員の力不足だとは思いますが、情けなく思います。
 その風潮に拍車をかけているのが、この「ネガティブな印象」というやつです。最近、組合活動をしていて、上部団体(産別)からの指示で、自分自身疑問視してしまうのが、一定程度政治色があるものに対してです。労働組合の組合活動が歴史的に政治と結びついてきたことはよく分かっていますし、上記のような議会状況に対抗するには必要なのかもしれませんが、一部、あまりにもそれに特化している人がいて、むしろ、労働条件等の活動よりもそちらに時間を割かれるような気がするときさえあります。北海道教職員組合の例を出すまでもなく、この政治活動が「ネガティブな印象」につながっているようで・・・。
 ここでも前に普天間の話題が出ていましたが、組合員であるというだけで、積極的に口を出すべき問題なのかな?労働組合員=沖縄県外移設の立場なのかな? とか考えてしまいます。
 すみません。とりとめがなくなってしまいました。年度末・年度初めの状況で、心が病んできているかも・・・。

投稿: Na | 2010年4月 8日 (木) 09時45分

労働者が組合を意識しない事は、大変良い事です。
政治の最高峰を指した言葉で「鼓腹撃壌」があります。

ある王様が「自分の政治は正しいのだろうか?」という疑問を持って、市中をお忍びします。
最初に子供が王様を讃える歌を歌っています。どうも怪しい!と感じた王様は更に歩を進めます。

次に出会った老人が「王様の名前?はて何だったか?」と答えます。

その時初めて王様は確信します。王様の名前さえ知らないのは民が(政治に)満足している証拠だ・・と。
私の政治は間違っていない・・と。

逆にどこかに「将軍様!」と全員が「チビ・ハゲ・デブ」を褒め称える国があるそうな・・・。
組合が強力な組織に明日はありません。

投稿: あまのじゃく | 2010年4月 8日 (木) 12時07分

Naさん、あまのじゃくさん、コメントありがとうございました。

もともと職場にあった労働組合は「空気」に例えられる場合があります。存在感が薄いという意味と合わせ、あって当たり前、組合があるからこそ、その労働条件が確保されている有難みを実感できないという例えでした。

一方で、組合がない職場では組合を結成しようとする動きがあります。昨年末、キャバクラで働く女性たちが労働組合を結成しました。賃金未払いやセクハラなどが深刻な問題になっていたため、待遇改善を求めて立ち上がったようです。

既存の組合にとっても、労使が紛争状態になっている場合、組合員から見て否が応でも組合を意識せざるを得ません。やはり組合は「空気」のように静かな存在感で、かつ組合員から「あることの貴重さ」を感じてもらえることが望ましい姿だろうと思っています。

お二人のコメントに対して直接的なレスとなっていませんが、取りとめのない連想した話を書かせていただきました。失礼致しました。

投稿: OTSU | 2010年4月 8日 (木) 21時57分

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