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2010年4月24日 (土)

本題に入る前の長話

前回の記事「久しぶりに時事雑感」は、そのタイトル通り単なる「ぼやき」や「ためいき」に過ぎないものでした。個人の責任で運営しているブログという性格上、そのような内容の記事が時々投稿されることをお許しください。それでも自治労に加入している一組合の委員長という立場を明らかにしているため、可能な限り記事の内容や表現方法などについて注意を払っています。

もともと不特定多数の方々が閲覧できるインターネットを通した場ですので、私の考え方に近しい方、まったく相反する考えをお持ちの方など、多様な視線が注がれていることを意識しているからでした。とは言え、単に心証を良くするための「八方美人」的な文章を並べるつもりもありません。主張すべきことは主張するという点にこだわりながら、幅広い立場の方々から率直なご意見をいただけるブログであり続けたいものと思っています。

当然、私の綴る内容を冷ややかに読まれる方、不愉快に思われる方がいらっしゃるはずです。ただ最低限、具体的な事例に対する評価やとらえ方の差異から発生する「意見の対立」にとどめたいものと願っています。つまり持論と間逆に位置する考え方などに対しても頭から否定せず、多様な価値観があることを踏まえた提起の仕方に留意しています。したがって、「ネトウヨ」「ブサヨ」などという侮蔑した言葉遣いは論外であり、さらに言動などを強く批判してきた政治家の方々にも敬称を欠かしたことはありませんでした。

極端な例えとして、竹原信一市長にも当ブログをご覧になって欲しいものと考えながら、これまで阿久根市絡みの記事を投稿してきました。竹原市長の言動の数々に対しては真っ向から批判してきましたが、阿久根市の皆さんが選んだ首長への敬意を忘れず、非礼な言葉は慎むように心がけていました。なお、可能な限り記事の内容や表現方法などについて注意を払うという点で、政治的な話題を取り上げる際は慎重を期するという心構えもその一つでした。

現在、前回記事の最後でも触れた普天間基地の問題が世間の耳目を集めています。自治労に所属している私どもの組合も「普天間基地はいらない、辺野古・新基地建設は許さない」と訴えた集会などへ参加しています。そのような集会に際し、あくまでも緩やかな呼びかけですが、組合員の皆さんの参加も募っていました。一方で、このブログのコメント欄にも寄せられる声として、自治労が平和運動に取り組むことを非難する意見があります。

そのような問いかけに対し、以前の記事「もう少し自治労の話」の中では「自分たちの職場だけ働きやすくても、社会全体が平和で豊かでなければ暮らしやすい生活とは言えません。企業内の交渉だけでは到底解決できない社会的・政治的な問題に対し、多くの組合が集まって政府などへ大きな声を上げていくことも重要な活動の一つです。このことは官民問わず、様々な労働組合が心がけている方針だと言えます」という端的なお答えを示してきました。

このような発想にも賛否が分かれるのかも知れませんが、いずれにしても普天間基地の問題などに関わっている限りは、どのような立場や考え方で取り組んでいるのか、丁寧に説明していくべきものと思っています。そのため、たいへん難しいテーマですが、普天間基地の問題は記事本文で一度取り上げてみようと考えていました。言うまでもありませんが、この問題を素人の一人が大上段から「こうあるべきだ」と論じることの無謀さなどはわきまえているつもりです。

あくまでも「どのような問題なのか、何が問題なのか?」、まず自分自身の勉強のつもりで、いくつかの資料やサイトを探ってみました。宜野湾市職員労働組合がまとめた「普天間基地問題」は分かりやすく、経過や現状などが体系的に示されています。右サイドバーの用語解説リンクにある平和フォーラムが関連資料を一覧とした「普天間基地はいらない」というサイトも参考になりました。

また、別な記事に興味があって購入していた『文藝春秋』5月号も、多様な視点からの情報を得るためには貴重な資料となっていました。特に橋本内閣の沖縄担当首相補佐官だった外交評論家の岡本行夫さんが寄稿した「ねじれた方程式“普天間返還”をすべて解く」は、この問題の難しさなどが説得力ある文章で綴られていました。このような資料を参考に自分自身の頭の中を整理するためにも、ブログにまとめる意義深さがありました。生半可な理解のまま、ネット上に拙文を掲げることは避けなければならないため、一言一句を読み込むことになるからでした。

実は以上のような前置きの後、一気に普天間基地の移設問題を今回の記事に書き込むつもりでした。しかし、どうしても書き進めているうちに話が広がってしまう傾向があり、今回もその典型的なパターンをたどっていました。土曜の夜、ここまで書き終えた時、私どもの組合の書記次長から「委員長のブログ、長すぎるので3回に分けて書いたら、どうですか」と言われていたことを思い出していました。

加えて、明日は一日、休日訪問の仕事が入っていました。さらに新庁舎への移転準備や他にも取りかからなければならない雑務にも追われていました。もともと実生活に過度な負担をかけず、このブログを続けていくように心がけています。したがって、「普天間基地の移設問題」だった記事タイトルは途中で付け替えることになりました。要するに早く眠りたいため、予定していた本論となる内容は次回へ送らせていただきました。このような身勝手な展開についても、ぜひ、ご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

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2010年4月18日 (日)

久しぶりに時事雑感

3月末に投稿した記事「司、司の責任」の冒頭で、「今後一切、このブログで政治的な話題を取り上げない訳ではありません。そのようなテーマに切り込む場合は、記事タイトルに掲げながら正面から扱っていく予定です」と書き込んでいました。今回、久しぶりに時事の話題を中心に書き進めてみるつもりです。とは言え、「正面から」というような気負ったものではなく、このブログのサブタイトルに掲げている「雑談放談」の類いとなることをご容赦ください。

さて、このところテレビや新聞などの報道から入ってくる情報は、鳩山首相や民主党の支持率を押し下げる内容ばかりです。マスコミ各社による最新の世論調査の数字も示され始めていますが、内閣支持率は危険水域と言われる30%を下回っていく現状です。政権発足当初の雰囲気が一転し、以前の記事「卵が先か、鶏が先か?」で心配したとおり世論の潮目が変わり、一気に鳩山政権は苦境に立たされています。

マスコミが世論を作るのか、世論がマスコミの論調を決めるのかという意味合いをこめた記事でしたが、まさに鳩山政権を批判する報道のみが目立つようになってきました。確かに批判されるような閣僚からの軽率な発言や政策面での迷走ぶりが続いています。それでもネガティブな評価のみが大半を占めていますが、中にはポジティブに見るべきケースもあるのではないかとも感じていました。

そのように思っていた時、ブックマークしている「永田町異聞」というブログの記事を通し、『週刊朝日』が「民主党チェンジ、ジワリ進んでいる」という見出しを掲げた特集を組んでいたことを知りました。「迷走イメージが強い民主党政権だが、予算を早期成立させ、自民党政権下では実現できなかった新政策をかたちにするなど、政権交代による“チェンジ”の波は深く静かに浸透してきている」と評価していました。

そもそも小沢幹事長の強烈なリーダーシップが「独裁」と非難され、自由に意見が言えない政党であるとの批判があります。一方で、個々の閣僚が自由闊達に意見を発することを「学級崩壊」と揶揄する声があります。どちらも度合いの問題であるのかも知れませんが、それぞれ否定的な面とともに肯定的にとらえられる側面もあるはずです。

党や内閣で正式に決まってない案件や意思統一されていない内容について、個人的な意見を先走ってマスコミに発してしまうことは問題であり、組織内が混乱している印象を与えがちです。その意味で、各人がバラバラな意見を述べることを慎む組織は、統制が取れているという評価も与えられるはずです。なお、その組織内の会議の場でも自由に意見が述べられないとしたら、それはそれで健全な組織とは言えないことも付記しなければなりませんが…。

逆に個々人が自由な見解を外部に対して述べている場合、前述したとおりの難点があります。しかし、政策決定のプロセスをオープンにしているという一面については評価できるのではないでしょうか。テレビ番組の中で、閣僚同士が激論する姿は決して歓迎できるものではありませんが、最終的に一つの結論を導き出した後、閣内がまとまっていくのであれぱ許容範囲と言えるのかも知れません。

ここまでお読みいただき、「民主党に肩入れしている記事を書いている」と思われる方々も少なくないはずです。客観的な見方を綴っているつもりですが、内閣支持率の傾向からすれば今回の記事内容が偏っているという批判を受けることも覚悟しています。民主党政権に期待(参考記事「新政権への期待と要望」)していた一人ですが、初めから弱点なども飲み込んでいたため、「まだ8か月」という忍耐強さが保てるのだろうと考えています。

ただ残念ながら普天間基地移設の問題では、あまりにも鳩山首相の「軽さ」が気になってきました。決着期限とした5月末に向けて、大多数の人たちが納得でき、あっと驚く「腹案」でまとめていただければ本当に幸いなことです。しかし、そのような値千金の「隠し球」がある訳ではなく、決意だけ先行した言葉が連発されているとしたら、結果責任とともに改めてトップリーダーとしての資質も厳しく問われていくことになります。ぜひ、そのような局面に至らないことを願いながら、久しぶりに時事の話題についての雑感を綴らせていただきました。

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2010年4月11日 (日)

職務に対する心構え

現在の職場は納税課で、徴税吏員として滞納整理を担当しています。これまで当ブログの中で、自分の仕事に引き付けた話題を何回か書き込んできました。直接的な題材として取り上げた記事は次のとおりでした。以前に書いたテーマ別の内容を自分自身が探しやすくするためにも、インデックス代わりに時々、このように並べてみることがありました。今回の記事を閲覧されている皆さんに際しても、お時間が許す場合、それぞれクリックいただければ幸いです。

初めに、おさらいのような話にお付き合いください。日本国民の3大義務は「教育」「勤労」「納税」です。ちなみに「教育」と「勤労」は義務とともに権利についても併記されていますが、「納税」は憲法第30条で「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」とされ、義務のみが定められています。好んで納税しようとする人は稀でしょうから、当たり前なことかも知れません。さらに蛇足ですが、「教育」は子どもたちが負っている義務ではなく、国や保護者らに負わせている「受けさせる義務」となっています。

憲法第84条で「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又法律の定める条件によることを必要とする。」と定め、様々な税に関する法律が国会での審議を通して制定あるいは改廃されています。私自身の職務は、主に地方税法と国税徴収法を根拠法令としています。「なぜ、地方税なのに国税徴収法なのか」という疑問が示されますが、地方税法の条文に「地方団体の徴収金の滞納処分については、国税徴収法に規定する滞納処分の例による。」と記され、国税と地方税は一元的な徴収方法のもとに同列な位置付けとなっていました。

徴税吏員の具体的な職務の内容は、滞納者の自宅へ催告書を郵送し、電話をかけ、場合によって直接訪ねて行き、自主的な納付を求めることです。粘り強く催告や交渉を重ねながらも自主納付に至らなかった場合、預金口座や不動産の差押などの滞納処分を執行することになります。国や自治体財政の基礎となる税収の安定的な確保に向け、徴税吏員には質問調査権や裁判所を通さずに差押できる自力執行権など、他の職員よりも強い職務権限が与えられています。

同時に地方公務員一般の守秘義務違反より、重い罰則が地方税法によって課せられていることなども押さえなくてはなりません。また、私ども徴税吏員の仕事の目的は、本来徴収すべき市の債権を少しでも多く回収し、厳しい財政状況に寄与することが一つです。そして、もう一つは圧倒多数である納税者の皆さんとの公平性を保つため、例え千円の滞納だったとしても、納付している人たちとの公平性の観点から未納は認めないという姿勢で臨むことでした。

スピード違反で摘発された人が「なぜ、自分だけなのか。他にも大勢、違反しているじゃないか」という理屈を訴えるケースもあります。徴税の業務にも言えることですが、滞納者全員に差押処分を執行できている訳ではありません。そのため、差押を受けた人から「なぜ、自分だけなのか」という苦言が訴えられる時も少なくありません。その際、「法律に基づき、皆さんに対して同じように取り組んでいます」とお答えしています。

とは言え、必ずしも差押できる財産などが見つからず、決め手がないまま時効の迫る事例も決して珍しくありません。やはり交通違反の取締りと同様、「捕まるかも知れない」「差押されるかも知れない」という心理的な抑止力を与えることによって、ルールの遵守を期待する制度的な側面があることを徴税吏員の職務の中にも見出しています。確かに徴収率100%は非現実的な目標となりますが、より100%に近付けるため、私たち徴税吏員は日常的に努力しています。

催告や調査していく過程に関しては、滞納者全員に対して一律の働きかけ、つまり公平公正さを担保できるはずです。このような思いのもと、昨年度は万遍なく滞納繰越者のリストと向き合うことを重視しました。とにかく催告や調査などのアクションを起こさない限り、まず納めてもらえない対象者のリストであり、できることを淡々とこなしていきました。徴税吏員一人あたりの担当件数は600前後で、近隣他市に比べて少ないようですが、一通り催告書を出すだけでも結構な労力と時間が必要でした。一方で、費やした努力の結果がすぐ見えるという励みのある仕事だと言えます。

ここまで一般論や実務における心構えなどを述べてきました。続いて、個人的な思いを少し付け加えさせていただきます。法的には「差押ができる」ではなく、徴税吏員らに対して「差押しなければならない」と規定されています。さらに滞納者と接する際も、滞納している自己責任を問うため、本人が「どのように考えているのか、どのように納付していくのか」という働きかけが基本とされています。

このような基本的な関係性があるため、滞納者と接する徴税吏員が高圧的な立場を前面に出す場合も少なくありません。基本は基本として踏まえなければなりませんが、やはり現在事情があって滞納されている方々に対して、「過去の納税者であり、未来の納税者」という敬意を払って接するべきものと思っています。特に私たち公務員に対して厳しい視線が向けられがちな現状の中、納税交渉という場面においても極力「上から目線」の態度は慎むことが適切だろうと考えています。

また、差押は手段であって、目的ではありません。あくまでも未収金が徴収できるかどうかが、この職務のシンプルな目的となります。したがって、催告書を送って自主的に納付いただけることが理想的な姿です。ただ長年納付に至らない案件が催告書一つで解決に向かうことは滅多にありません。きめ細かい調査を経て、いかに数多くの差押を執行できるかどうかが滞納繰越の収納率に直結していきます。

私の場合、つい立場や性格上なのか、仕事に対しても自分なりの問題意識を率直に発してしまう時があります。一方で、「手を抜くための綺麗事」や「組合役員だから仕事が半端」というような見られ方は絶対避けたいものと思っています。そのため、言うまでもなく、差押処分も日常的な職務の一つとして向き合っています。ただ最低限、差押予告通知書は必ず発送するように心がけています。徴税吏員によっては、財産発見、即差押という手順につなげる場合も少なくありません。

私のように予告した結果、差押が空振りとなる時もあり得ます。それでも予告したことで納付や相談につながる場合も多く、前述したとおり「差押が目的ではない」という考えにそったこだわりでした。3月31日に差押できる滞納企業の売掛金を見つけた際、予告通知にも反応がなく、年度末に資金の流れを停める重大さが非常に気になっていました。結局、こちらから電話をかけたところ納付に至り、差押は見送ることができました。

滞納整理の基本的な手順として、この手法は非難されるケースかも知れません。支払日が決められた売掛金とは言え、場合によって事前に支払いを受け、差押が失敗するリスクも伴いました。滞納整理の研修で講師から「自らの滞納処分によって会社が倒産してしまうのではないかと心配する必要はありません。差押を受けて倒産するような会社は、遅かれ早かれ潰れてしまうものです。顧客として評価できる会社であれば、銀行が簡単に潰しません」という話が出るようなシビアなものでした。

もう少し短い記事にまとめるつもりでしたが、長々と綴ってしまいました。書き始めると取りとめもなく、まだまだ続きそうでした。実は新卒の新入職員が研修を終え、月曜日から私の机の隣に座ります。そのようなタイミングもあり、改めて自分自身の職務に対する心構えなどについて掘り下げてみました。そのため、前回に続き今回の記事もコメントしづらい地味(?)な内容であり、たいへん恐縮です。

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2010年4月 4日 (日)

顔を上げれば満開の桜

ゴールデンウイーク明けには新庁舎での勤務となります。これまでの庁舎へ通うのも1か月を切りました。第1庁舎は1958年に建てられ、三多摩地区では最も古い庁舎となっていました。新館と呼んでいた第2庁舎も1970年の竣工であり、「旧館」「新館」と識別することが意味をなさない年月をそれぞれ刻んだ建物となっていました。

隣接する病院の敷地をはじめ、庁舎の周囲には何本もの桜の木が植えられていました。そのことを意識するのは1年間を通し、本当にわずかな時期となります。今年もその時期を迎えていながら金曜の朝、いろいろ考え事をしながら歩いていたため、おのずから視線は低くなっていました。市役所に近付き、何気なく顔を上げれば桜の花が満開になっていることに改めて気付きました。

昨夜の強風にも耐えて、きれいに咲き誇っていました。そう言えば、ニュース番組で「咲いたばかりの桜は散りにくい」という話を耳にしていました。「受粉の営みを終えるまで散れない」という生存本能が働くためだそうです。正確な言い回しは覚えていませんが、そのような趣旨の説明があり、桜の花に対する新しい見方が加わっていたところでした。

ところでゴルフ場でも大叩きのホールが続いていると、周りの景色を見渡す余裕がなくなります。それでもフッと顔を上げた際、ようやく素晴らしい風景に気が付きます。するとスコアメイクに四苦八苦していても、このような青空と緑の中でプレイできていることを楽しもうという気持ちに切り替えられる場合があります。ただ残念ながら地力がないため、その後、劇的にスコアがまとまるかどうかは何とも言えないところですが…。

満開の桜に迎えられたその日の朝は、下向きがちだった気持ちが少し癒され、強風に耐えて咲き続ける桜に励まされたような気分にもなっていました。3月31日、退職者の皆さんへ「長い間、お世話になりました」と挨拶させていただき、翌日の4月1日には新入職員の皆さんを迎えています。合わせて人事異動が発令される日であり、ここ数年、同世代の職員の課長昇任が続いています。

その中には一緒に組合役員を担った人たちも多く、組合活動で苦楽を共にしたメンバーが管理職に登用されていくことを非常に心強く思っています。一方で、組合活動への「良き理解者」であった組合員が一人ずつ減ることでもあり、一抹の寂しさも伴っていました。また、それぞれの選択した道の違いによって、役所における立場の枝分かれが顕著になっていくことの感慨も覚えていました。

金曜日は新入職員研修の2日目、昼休みに組合として挨拶に伺うのが恒例となっていました。委員長挨拶の後、書記長が組合の簡単な説明を加え、早期の組合加入を呼びかける場でした。以前は組合がお弁当を用意し、それなりの時間をかけていました。もともと組合への加入後、別な日に本格的な説明会兼歓迎会を催していたため、数年前からその日の挨拶や説明はきわめて簡潔なものに切り替えていました。したがって、組合を代表した私からの挨拶も毎年、同じような内容で簡単な一言にとどめていました。

労働組合に対してネガティブな印象をお持ちの方が多いと思います。しかし、組合は絶対必要なものであり、公務員にも団結権が認められ、様々な労働条件の問題を協議しています。必要な部署に必要な人員を配置し、職員が健康でいきいきと働き続けられる職場を確保することで、住民サービスの向上につながるものと考えています。

お配りした資料をご覧になった際、このような活動も行なっているのかと感じられる方もいらっしゃるかも知れません。それぞれ大切な活動であり、私自身、組合は必要であるという考えを強めていたため、これまで長く組合役員を続けてきました。ぜひ、組合は絶対必要だという点にご理解いただき、早期に組合へ加入されることを願っています。

以上が新入職員の皆さんへの歓迎の言葉に添えた私自身の思いの一端でした。原稿を用意した訳ではありませんので、言い回しが少し違うかも知れませんが、「組合は必要」という趣旨を強調させていただきました。ただ毎年「組合に対してネガティブな印象をお持ちかも知れませんが」という言葉を投げかけていることは、何とも悩ましい現状だと受けとめています。さらに改めて「組合は必要」と訴えている姿も、長く組合役員を続けている自分自身へ言い聞かせているような思いも交錯していました。

最後に一言。前回記事「司、司の責任」のコメント欄では、久しぶりに黙考人さんにも参加いただき、たいへんハイレベルな議論が交わされていました。今回の記事はその流れに沿ったものではなく恐縮ですが、決して国債残高の問題などの議論に水を差すつもりはありません。引き続き、前回記事のコメント欄などを通し、貴重なご意見に触れられることを歓迎しています。そして、自分なりの識見を高められた後、記事本文を通してそのような議論にも本格的に参加できればと考えています。

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