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2010年3月21日 (日)

それでも支持される竹原市長

記事の内容によって、コメントの投稿数は大きく変わります。当たり前な話ですが、私どもの組合や役所に関するローカルな話題の時は、寄せられるコメントの数が少なくなっていました。前回の記事は「再び、阿久根市のその後」という一地方の話題ですが、ご存知のとおり全国的に注目を集めている竹原市長を取り上げた内容でした。

これまでの傾向からすれば、竹原市長の言動に対して賛否それぞれのコメントが数多く寄せられるものと思っていました。それが意外にも新規投稿した当日の夜、あっしまった!さんからお寄せいただいた後、しばらくコメント投稿がパタッと止まっていました。一方で、アクセス数は普段千件前後のところ週の初めは2千件を超え、決して訪問者数が減った訳ではありませんでした。

したがって、竹原市長の言動を冷ややかに見られている方々からすれば、「もう今さら語る言葉はない」という心境に至っているのだろうと受けとめていました。また、竹原市長を支持されている方々に関しては議会出席のボイコットなど、ここまで常軌を逸した姿を見せられると正面から擁護しにくいのだろうと思っていました。このような賛否それぞれの側の見方ができ、結果的にコメントの投稿数が減っているのだろうと想像していました。

それでも市長派と言われる阿久根市議会議員の皆さんのブログの記事からは、次のとおり竹原市長を支持する声も聞こえていました。

市長派の議員は4人ですが、ブログを開設されているのは上記の皆さんでした。微妙な個々のとらえ方の違いも垣間見れていますが、基本的にはマスコミの排除を求めた市長の申し出を拒んでいる「議会側が悪い」という論調でした。特に「議会が審議拒否」という記事タイトルを付けている山田議員の発想は、竹原市長自身の独善的な視点と共通するものでした。

竹原市長の支持を訴えて当選してきた議員の皆さんは、ある意味で「運命共同体」であり、理屈以前に擁護しなければならない立場であろうと思います。しかし、そのようなしがらみがない皆さんの中でも、議会ボイコットという信じられない行為も含めて根強く支持する声が少なくありませんでした。このブログでも何回か紹介したことがある「竹原信一という男」を通し、そのような意見に接することができます。

そのブログの管理人、そうるふれんどさんは3月5日の記事(議会拒否)で「このままでは残念でならない」と竹原市長の行動へ苦言を呈されていました。それが3月11日の記事(道理を通すと「駆け引き」になる)では「単純すぎた。いや、浅はかだった」と反省しながら、「日本中の市民が、その騒動の本質をどれほど読めるかにかかっている。そうでないと、自分を捨ててまで改革に乗り出している竹原信一という男の志と覚悟はうかばれないだろう」という内容に変わっていました。

そうるふれんどさんは、百花繚乱もしくは玉石混淆となりがちなBBSの管理に際しても非常に公正な運営に努められ、ご自身が綴られる文章からも落ち着いた雰囲気を感じられる方でした。そのような方でも、問題が多い議会改革のために体を張っている竹原市長というような見方を強め、一連の議会軽視の姿勢を肯定されていくことに大きな違和感を抱かざるを得ませんでした。

よく取り沙汰される話ですが、改革が必要な現状を打破するためには、これまでの発想や手法では限界があり、竹原市長のような常識を超えた実行力が求められがちでした。重要な目的の達成のためには、法律を守らないことも許される、どのような手段を取っても正当化される、そのように考える方々が決して多いとは思っていません。それでも竹原市長を支持されている皆さんの心の奥底にはその思いがあるため、裁判所の命令拒否や議会ボイコットなど非常識な行為まで許容してしまうのではないでしょうか。

最新号の『AERA』(2010年3月22日号)の中で、気になる記事がありました。“「高い給料」と自治労”という見出しが付けられ、各課の窓口に人件費総額を記した阿久根市役所の張り紙の話からその記事は始まっていました。「行政コストの現実を、市民と職員に知ってもらうため」と説明する竹原市長の言葉につなげ、その政治手法に批判は多くても「市職員と市議が、成果にみあわない高い給料を搾取している」という問題意識を評価する論調で記事はまとめられていました。

そして、見出しにあるとおり「高給を死守する」自治労と竹原市長との対決という構図が強調され、その関係性においては竹原市長が絶対的に正しく、自治労は「市民の敵」という意図を強く感じる記事内容でした。政治評論家の福岡政行さんのコメントも掲げられていましたが、竹原市長の政治手法などには問題があるとするものの「人件費の明細を公開し、官民格差の現状を知らしめた意義は大きい。税金を納めている市民よりも税金を給与にしている公務員の方が給料がはるかに高いのは、不自然で道理に反する」というものでした。

それに対し、自治労側のコメントも紹介されていましたが、「民間との格差は理論上はないはずだし、仮にあるとしても、我々がそれを議論して決めているわけではない」という短い内容のものにとどまり、労働基本権制限を逆手に取った釈明のような記事の流れとしていました。他にも随所に自治労に対してネガティブな印象を与える記述の多さが気になりました。

このような論調がそのまま受けとめられ、広く支持されていった場合、これからも竹原市長のような言動が一定許容されていくことを懸念しています。やはり一面的な情報で、私たち公務員やその組合が批判されてしまうほど残念な話はありません。多面的な情報や考え方を適確に発信し、その上で「厚遇なのか、厚遇だった場合、どのように改めるべきか」の議論が大事だろうと思っています。そのためにも手前味噌で恐縮ですが、このブログを通して公務員側の言い分などを主張していく意義があるものと考えています。

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コメント

阿久根市のことはウォッチングはしていますが、多少なりとも良識や法律の常識のある人にとっては、竹原氏の行動のおかしさが明らかになってしまいましたので、今さら語ることが無いんですよね。

地方分権や地方自治体の改革を期待する人達にとっても、有害なだけの存在になりつつありますしねえ。ああいう暴走を見たら、誰でも、首長の権限や地方自治体の権限強化に伴う危険性を認識せざるを得ませんから。

もはや、信者レベルの人を除けば、彼の「改革」に期待している人も皆無でしょうし、信者レベルの人とは議論も会話も成立しませんから。

AERA記事は、あの雑誌らしいKYぶりですね。
まともな人だと、その手の記事を読むと、レベルの低さに失望して、購読そのものを止めそうな気もします。私も、かつては、気楽に読めるので購読していたこともあったのですが、あまりにも安っぽい俗情を煽る記事が続いたので、うんざりして止めた口です。

投稿: Thor | 2010年3月22日 (月) 06時27分

Thorさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

なぜ、この時期に『AERA』が竹原市長を後押しするような記事を取り上げたのか、私も不思議に思っていました。それでも今回の記事本文で書いたような点について、留意していかなければならないものと考えています。

投稿: OTSU | 2010年3月22日 (月) 08時25分

どうにも阿久根市の市長は正しさを違っているように思います。以前からこのブログ等で関連する記事を見てきましたが擁護する側の記事に違和感を感じてきたのですが、これは私の住む地域的なものもあるでしょう。非常な赤字を抱える自治体で当然賃金引き下げや行政改革が行われています。
以前は、諸手当てなど公務員は非常に優遇されていると思っていましたが、知事側と自治労側の長期に渡る交渉で住民の不公平感を拭いつつあります。
他の幾つかの改革もそうですが、自分の意思を掲げるのは悪いことではないと考えますが、その達成には十分議論が成されるべきで、強権的に押し付けるものではないでしょう。民主的とはそういうものだと思うのです。
一市民としての意見ですが。いきなり失礼しました。

投稿: Nort | 2010年3月22日 (月) 08時27分

Nortさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

一市民の方から、そのようなご意見を伺えるとホッとします。遠回りのように見られがちですが、ご指摘のとおり民主的に物事を変えていくためには粘り強い話し合いが重要であるものと考えています。ちなみに少し前の記事「約束を踏まえた先に広がる可能性」は、竹原市長の強引な手法も意識しながら投稿していました。


投稿: OTSU | 2010年3月22日 (月) 09時02分

公務員の厚遇の視点からすると、市長としては、給与に続き、その身分保障について、いささか戯画的な形でアピールし、国家権力が、市役所の財産から強制的に職員の給与を徴収する“絵”を全国に配信する戦略?
…戦術が稚拙でしたか。

どちらかというと、今の地方自治制度の、解けない応用問題という印象を受けました。

投稿: BIBI | 2010年3月22日 (月) 18時13分

>BIBIさん

稚拙というレベルではなく、単なる違法行為ですから。特に、給与の不払いの方は、罰金刑とは言え、刑事罰もある犯罪です。

そもそも、民間なら、逆にこんな無茶な解雇は出来ません。従業員が数百人も居るそれなりの企業で、こんな無茶な解雇はしません。
そんなことするのは、それこそブラック企業とかそういう所だけですよ。

そういう意味では、今回の事件は、公務員の身分保障が世間で言われるほど確固としたものではないということを示しているとさえ言えると思います。
定昇のストップとかも、首長の一存で勝手にやっている訳ですしね。

投稿: Thor | 2010年3月22日 (月) 20時45分

BIBIさん、Thorさん、コメントありがとうございます。

議会ボイコットなども含め、ネット上からは竹原市長の緻密な戦略であると称える意見も目にしています。なぜ、そこまで竹原市長の言動を支持できるのか、支持される人が少なくないのか、その事実は事実として重く受けとめていかなければなりません。その上で、公務員に関する諸問題についても語っていく必要があるのだろうと考えているところです。

投稿: OTSU | 2010年3月22日 (月) 21時20分

この時期は仕事が忙しくなかなか見に来られません。
仕事が落ち着くまではコメントも途切れ途切れになると思いますがご容赦ください。

で、上のリンクを多少たどってみて思ったこと

・本人がどういう人なのかはわからないけれど、少なくとも文章の表現が非常に稚拙すぎて
正直「頭悪そう」としか思えない人がいる。地方議会というものは縁遠いのですが、
議員というのはこのレベルなんですか?
いや文章力の問題ならまあ多少は許せるにしても、それならそれでせめて何回か推敲しないと、
ブログ書いてることがかえってマイナスになるんじゃないのかと気になったり。

・2つほど納得できる意見があったのは、
1.オープンな審議をするなら委員会などの録音録画を許可せよ
2.夜議会に変えて働く若い市民が傍聴できる環境を作れ

この2点については検討の余地はあるんじゃないかと。まあ公開ですべきもの、
クローズドが望ましいものはあって当然なので、そこの切り分けも必要なのですけど。

・マスコミの横暴というか態度の悪さはややわからないでもなく、人に寄って相当程度差があるが、
 一般的な社会人としての常識に欠ける人は(その他の業界と比較すると)多い気がする。

・事実関係でお互いの言い分が一致していないように思われる面があるので、事実関係が確認できるまでは
評価は留保する必要も感じる(「市長が出席したのだから、このまま何時までかかっても良いから総括質疑
を続けよう」と主張したが、多数派に押し切られて流会にされた※さるさる日記より引用)

投稿: とーる | 2010年3月22日 (月) 22時52分

もう、皆「俺には関係ないし、好きにやって」って感じなんでしょうね。
マスコミも拒絶されて躍起にはなっているけど、そろそろ全国ニュースのネタじゃないとか思い始めてるんじゃないでしょうか。

こういうことをいうと危険思想とかいわれるかもしれないけど、常軌を逸した地方公共団体の首長は、上位の地方公共団体や国がなんとかできる制度を設けなければいけないのかもしれません。
かりそめにも選挙で選ばれた首長にそんなことをしなければいけないなんて、考えたくもありませんが・・・。

地方分権では、金も、そしておそらく人も、地方に移譲されます。責任も重くなるわけで、住民ももう少しまじめに考えなければいけないのでしょうね。

投稿: 流浪人 | 2010年3月22日 (月) 23時00分

過去のエントリで、言いたいことは投稿してしまったので、若干脱線しますけど、一連の騒動を見ていて思うことを少し。

仮定の話として、『現職の職員が全員離職するような事態を生じさせる事が出来たとして、当該地方公共団体はどう変るのか?』とか『職業公務員のもつ専門知・経験知を完全に排除して(断絶させて)、なおかつ行政機能を維持・向上させていくには、何を為すべきか?』とかいう命題に、確固たる成案(若しくは漠とした腹案・目算)がないのであれば、一時的に溜飲を下げるための不満の矛先以上の成果は見込みにくいと思うんです。
つまり、『”目先の敵役が退治された後(完全に消滅したとすれば、その後)に、どうするのか?”という視点はあるのかしら?』と思っているのです。そういう認識を前提として、市長擁護派の各位におかれましては、現職の公務従事者を排撃し尽くした後の当該地方公共団体の姿について、如何なる想像をなされているのか?という点について、非常に興味を抱きます。

ところで、『市』と『町村』の間には担うべき責務(執行すべき事務)の範囲が異なるものが結構あるわけです。そこで、『市であるための要件を満たさなくなってしまった市を町村に戻す。つまり、市への昇格?の逆パターンです。』というものが、地方自治法制上の選択肢としてあれば、人口規模・財政力相応の自治体経営を行う為の一つの方法論のようにも思えるのですけど。

例えば、話題の地方公共団体の状況(人口規模など)では、市制を維持する事が体力的に厳しいのではないか?と思いまして。勿論”市から町村への降格というのは、いろいろな意味で劇薬”ですので、外形的に画一かつ強制的に行うのではなく、”民意次第の選択肢の一つ”としてですよ。(これは強調しておきたいです。)

そうすると、その分都道府県の負荷が増えるのですけど、分権の流れにも逆行するのですけど、広域であるが故に負担が平準化されるという理屈もあるわけですし。(悪名高き後期高齢者医療制度の実施主体が、都道府県単位の広域連合に落ち着いた理由の一つでもありますから。)

都市部に居住していると、目に映る都市部の視点で考えてしまいがちですけど、第一次産業が主体となるような地域では、別の視点で考える事も必要な状況なんじゃないかな?と思うわけです。要するに、財政力と担うべき事務(負うべき責務)の範囲のバランスの問題として、『3割自治の問題』ではなく『3倍自治の問題』としての検討が為されても宜しいのではないかと、そういう話なのですけど。

投稿: あっしまった! | 2010年3月22日 (月) 23時11分

いつも読ませていただいています。

竹原市長の言動には否定的な立場ですし、元自治労の役員も経験していますから、管理人さんの立場にはシンパシーを感じているものですが、ふと労働組合の成りたちから考えると「労働者を守るためなら、法律に反してストライキを打つことも容認される」という発想と、竹原市長の思想とは実はそんなに違和感がないのではなかろうか、と思ってしまいました。
あらゆる運動体は、その目的のためなら裁判闘争して負けても「不当判決!」とかいうし、法律の網の目をくぐってあらゆる手段を取ろうとするじゃないですか。それとどこが違うんだろう、と思いませんか?

浅はかですかね(笑)?

投稿: 元公務員の組合役員経験者 | 2010年3月23日 (火) 09時04分

とーるさん、流浪人さん、あっしまった!さん、元公務員の組合役員経験者さん、コメントありがとうございます。

やはり幅広い視点から様々なご意見や感想を伺えることが当ブログのセールスポイントだと思っています。と言いながら、貴重な提起に対して個別に論評できない力不足については、いつものことながらご容赦ください。

その中で元公務員の組合役員経験者さんからストライキについて問いかけがありました。確かに悩ましい点であり、個人的には今後のあり方について改まった議論の必要性も感じているところです。しかし、その問題と竹原市長の発想を同一視できるのかどうか、簡単に言い切れないのではないでしょうか。

投稿: OTSU | 2010年3月23日 (火) 21時46分

先週から妙なのに絡まれており、気にはしていませんけど面倒なので、しばら
くROMしていようかと思いましたが、今回の件について少しだけ・・。

阿久根市長の行動については、民間の価値観でみても公務員の価値観でみても、
到底理解できるものでは無いと思いますので何も言いませんが、何故市民から
支持され首長になり得たのか、その原因をキチンと分析しておく事が必要だろ
うと思います。

そして公務員側に目を転じると、世間から厳しい疑問の目を向けられているの
に相も変わらず妙な価値観で頓珍漢な発言をしている例や、激しい批判の目を
向けられているのに脇の甘い行動が毎日のようにメディアの各紙面を賑わせて
おり、自分の所属組織に関係ない事案とか、他の職員の事で自分には非が無い
と思っているのかも知れませんが、あまりにも個々の危機感が足りないと思わ
ざるを得ません。

確かにこれら問題のある言動は大多数の中の極一部のものなのですが、それで
も公務員にも自浄能力があるところをキチンと示し続けないと、阿久根市長の
例の様に有権者の拒否反応的な選択でトンデモ首長が次々に誕生するという事
にもなりかねません。

でもやはり田舎の地方自治体になると職員の危機感は薄く業務は問題山積みに
なっているのが現状で、この様な状況下では私の様な価値観の人間もまだまだ
この組織にとって必要だと自覚しています。

有権者の拒否反応的な選択の例は、さすがに市長レベルでは阿久根市以外では
まだ見かけませんが、町村レベルでは幾つか例がある様です。例えば、公務員
の収入が高いと批判する際に、年収と所得を比較するミスリードは常套手段な
のですが、高知県東洋町の町長さんは自分の所得からローンや生活費を引いた
可処分所得と職員の総支給額を比較して、職員の給与は高いと非難しています。

ttp://sawayama.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-62e4.html

こんな首長が次々選良として出てくるような事態にだけはなって欲しくないと
思います。それでも、それが市民の望みなのならば身から出た錆として受け入
れるしかないのですけど。

勿論、さらにその先になれば今度は選んだ市民自身が逆に身から出た錆を受け
る事になるので、出来ることならばそんな事は起きて欲しくない訳です。

投稿: むかし民間、今・・ | 2010年3月23日 (火) 21時52分

OTSUさんの、「それでも支持される…」は、
まさに、そのタイトルどおりの疑問を、
私も抱いているところです。

支持されているんですもんね。
#ちょっと、理解できないなぁ…。

市長の姿勢は、まぁいまさら言うまでもないですが、
議会の答弁で、各課長が「市長の指示だから答弁しない」ということが、
これほどまでに、まかり通ってしまうのかぁ、と、
正直がっかりしてしまいます。

それほどまでに、市長の命令、というものは、絶対的なものですが、
道理が通っている市長命令と、
道理が通っていない市長命令と、
どこがどう違うのかは、結局のところ職員の抱く感情でしかすぎず、とするならば、

如何に行政職員が無力であるかを、露呈されてしまっているわけでして。
(ブレーキの役割を果たす者は、誰一人としていない)
うちのところのトップは、
幸いにも、それほど変なことは言っていない様子ですので、
なんとかお仕えしたいものだと、常々思っていますが、

選挙により、どんな方が首長に来られるかわかりませんので、
そういった危険性を常に抱えるんだなぁ、と、
反面教師として見させてもらっています。
いつ、自分の団体に、同様の事態が降りかかるやもしれない、という点で。

あんまり、こういうことは、考えたくないですね。
なんとも、生産的でない。
と、ここまで書くと、
阿久根市職員の方々の、心中お察し申し上げます、とお伝えしたいです。

投稿: イール | 2010年3月23日 (火) 21時59分

#連投ですみません。

ちょっと別の視点から。

自分の業務で、諸手当を引き下げることがありまして、
給与が下がることですから、
当然、組合としても「よし」とは言わない状況ですが、
それでも、まぁ致し方ない、という所で落ち着き、

議会等で、それに関する審議をお願いしているところ、
「給与水準を下げて、大丈夫なのか?」
という発言があり、ちょっと意外だったことを思い出しました。

というのも、
意欲が低下したり、
その、悪い評判が広がり、人材が来なくなってしまう、
ということを心配されていたようです。

そのようなご指摘をうけ、
現在は「地域間格差」があり、
この「地域間格差」について、優位に立つことによって、

もうちょっと具体的言えば、
都市に魅力がある(名勝旧跡・文化施設・娯楽施設がある)、とか、
先進的な施策を打っている(国際化が進む・子育てに優しい・バリアフリーが進む)とか、
職員の給料水準が、多少は良い、とか、
まぁ、いろいろな観点があるわけですが、

他の団体よりも優位であるからこそ、
「うちの団体でお仕事してみませんか?」と積極的に働きかけ、
優秀な人材確保を行っている、という状況になってきていることを、
思い出させていただきました。

行政は、現在の法の仕切では、
行政指導は日本国籍を有するものしか就けない、とされるので、
今後、少子化が進み、ますます日本国籍の人口が減少し、
人材確保がより難しくなってくるわけで、

今のうちに、如何に優位を保ち、
良い人材を確保し続けていくか、
長期的には、その視野が必要不可欠であるなぁ、と。
(決して、純血主義というか、
 多国籍人を排斥しようとしているものではなくてですね、
 法の枠組みが変わらない限り、
 日本国籍人しか、行政指導業務や管理職員にはなり得ない、
 という事実からくるものである、と捉えてください)

「より良い人材を確保するには、
 給与水準を下げ続けることが必ずしも良いとは限らない」

という発言が、1人ではなく、複数
(といっても、少数派ですが)いらっしゃることから、

住民に理解をしていただきならが、
なおかつ、都市間競争についても、そこそこの優位を保って行くことについて、
どうしていくことが、望ましい姿なのか、
考えてみても考えつかないなぁ、と思っています。

投稿: イール | 2010年3月23日 (火) 22時33分

むかし民間、今・・さん、イールさん、コメントありがとうございます。

西日本新聞による最新の調査で、まだ3割の阿久根市民は竹原市長の続投を望んでいることが分かりました。ご指摘のとおり様々な論点が潜んでいる機会であるものと受けとめています。

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/160263

>竹原信一市長の議会出席拒否や判決無視などで混迷する鹿児島県阿久根市政について、西日本新聞は22日、有権者の市民100人(男性52人、女性48人)へのアンケート結果をまとめた。「市長は交代すべきか」の問いに、過半数の51人は「はい」とし「いいえ」33人と「どちらでもない」16人を上回った。支持者も含めて議会の出席拒否に反対意見が多かった一方、市長の「市職員高給」批判への賛同は過半数を占めた。

投稿: OTSU | 2010年3月23日 (火) 22時37分

そもそも、公務員になろうと考える人たちは、安定、確実な職業として採用試験に合格し、市職になり、それなりの業務遂行を
行っているのでは、ないかと思われます。そして公務員給与水準が高いとよく耳にしますが、何と比較しているのでしょうか。
営利企業、と比較しているのか、それともすべての業種か、よくわかりませんが。ただ、今、就学中の子供を持つ親は、少しでもよい所に就職を望んでいるのではないのではないでしょうか。公務員の給与水準を下げれば優秀な職員を得るのは難しくなると思います。事実として景気の良い時は、一流企業の人気が高まり、公務員の人気は下がり、結果何年ごろ採用した公務員は試験を受けた人間が定員に満たなかったとも聞いたこともあります。たぶん阿久根市の公務員もそれほど高給ではないかと思います。それだけ公務員がうらやましいのなら、受験資格のある方たちは受けてみてはどうでしょうか。
それから市長の議会出席拒否、各課長の答弁禁止の方が、係長が張り紙を、はがして懲戒免職になったことよりはるかに無責任で横暴な行為だと思います。こんな人が防衛大を卒業し幹部になっていたら何か大きな問題を起こしたのでは無いかと思います。

投稿: クレイター | 2010年3月24日 (水) 01時31分

クレイターさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

地方公務員も国家公務員の賃金水準を土台としているため、とりわけ地方の場合、その差が強調されがちでした。この間、地域給制度の導入など一定の見直しがはかられていますが、まだまだ竹原市長のような言い分が評価される現状です。一方で、クレイターさんが述べられているような視点も踏まえ、公務員の賃金制度などは検証していくべきものと思っています。

投稿: OTSU | 2010年3月24日 (水) 08時20分

転勤先のBBSが登録制になった為に「玉」の出席率が激減し、退屈しのぎに出張です。(笑)
今までの会話を通じて感じるのは公務員の方々は次のように考えているのではありませんか?

『(たかが)選挙に選ばれた人達によって、公務員の身分や待遇が(極端に)左右されるのは理不尽だ』

確かに一理あります。公僕の皆さんは「市民を規制する」という仕事の性質上、反感を買いやすい立場にあり「公務員叩き」という(首長や議員の)人気取りを心配する事は理解できますし、その程度の人物が(首長や議員に)選ばれてきたのも(限りなく)事実に近いでしょう。
OTSUさんを始め多くの公務員が自らの立場を表明する事に何の異論もありません。

しかし、もう片方に目を向けてみましょう。
民間人の身分や待遇は、どのようにして決まるのでしょうか?
多くの装飾物を取り去ってみると、それは「市場原理」です。市場原理が民間人の身分や待遇を決めます。
では「市場原理」とは何でしょう?

それは「あんたの作った物は、何か気に食わないんだよね」の一言で切り捨てられる(一見理不尽な)世界です。

もう聡明なOTSUさんならお分かりですね。
元々人間は(ある意味)理不尽な世界に生きているんです。それは「人間の存在自体が相反する」事に起因する。
「あんたが居たんじゃ、俺の取り分が減るんだよ。さっさと消えな」という言い分は「言われた方」には理不尽なものです。

そして多くの人が言っている事は「公務員だけ非情で理不尽な世界から逃げられるのか?それは許さんよ」なんです。
官と民の整合性が取れていないからです。だから以前から「ためいき」の中に、この部分を入れて直視した方がいいですよ・・と言っているのです。
これを単に「ヤッカミ」や「嫉妬」などと軽視している限り、公務員叩きの嵐は強くなるだけでしょう。

投稿: あまのじゃく | 2010年3月24日 (水) 11時05分

前の投稿の最後の部分「官と民の整合性が取れていない」を少し補足しておきましょう。

民間人には大金持ちの成功者がいます。しかし彼らに文句は言いません。何故でしょう?それは「成功」の陰に、その数十倍数百倍の失敗者・一家離散者・自殺者があり、整合性が取れているんです。ハイリスク・ハイリターンの整合性が。

従って、この場合の整合性とは「同じ結果」を意味する物ではありません。

投稿: あまのじゃく | 2010年3月24日 (水) 11時37分

ここまで、世情・政情が悪化してしまった今となっては、手遅れのようにも思うのですが。それで、民間の側が公務の側の待遇を引きずり下ろすことに必死になるのも判らなくもないです。。ついでに、為政者として公務の側を人身御供的に扱う動機があるというのも、判らなくも無いのですけど。。。

公務従事者を民間の待遇に引きずり下ろしても、民間の待遇が良くなるとも思えないし。誰も幸せにならないという気がする。
民間の側も、公務の側の待遇を劣化させることより、民間の側の待遇を向上させる方向を向いて、声をあげるという政治勢力は無いのかしら?この国には。他国であれば、公務の側の待遇が安定していることを自明として、民間の側の待遇を向上させるために、「増税してでも社会保障を厚くせよ。」という主張を有する政治的勢力があったりもするのに。で、一時的分配の結果として生じた高位の所得層(恵まれた境遇にある層)から租税公課として回収して、再分配としての社会保障政策を充実して、結果的に全体としての幸福を向上させ、社会(人心)の安定が経済に好影響を与えるという方向を指向するという立場があったりもするし。

#この国の多数派は、「小さな政府路線を徹底的に追求・実現すれば、結果として大きな政府ができあがる」という(理屈に合わない無茶を)唱えているとしか思えない政治勢力に投票してしまうし、う~ん。。。この国で一般的な「小さな政府」「大きな政府」の定義が、通例とは異なる独特なものなのかな。(ぼそっ

投稿: あっしまった! | 2010年3月24日 (水) 18時08分

「むかし民間、今・・」氏

先日の私のコメントから訳の判らない批判が貴方に飛び火したため、申し訳ない思いもあり自重していましたが、気にしていないとの事なので、お言葉に甘えてコメントを再開したいと思います。
しかしまぁ、その妙な批判にしても、無意識なのか故意なのか(おそらく後者だと思いますが)引用符と改行の使い方でお里が知れているような気もしますが・・私も気にしないことにしましょう。


「OTSU」氏

阿久根市長についてはリコールが可能となる6月には何らかの動きが有るものと思っており、以前もコメントしましたが私の中では既に過去の人となっています。そして、この市長が今さら何をしたところでパフォーマンス以外の効果は無く、あとは時間切れを待つだけと思っています。

ただ、他の方のコメントでも指摘されていましたが「何がこの様な事態を招いたのか」その原因の分析と「公務員としても反省を示す」事は最低限必要だろうと思います。それに対し我々に非はないとし自らの処遇を改めないのであれば、今後も拒否反応的な選択が繰り返され、この様な市民にも職員にもどちらの利にもならない首長が次々に誕生する事態にもなるでしょう。

ですから何度も同じ事を言って恐縮ですが「市職員と市議が、成果にみあわない高い給料を搾取している」という言葉を真摯に受け止めて、周りがちゃんと納得できる処遇に自ら改められることを期待したいと思います(これには待遇を下げる事の他に、今の待遇が適正ならばそれを説明し納得を得る事も含まれます)。
※これからの時代、地方公務員であってもあらゆる意味で能力の底上げが求められており、自らに批判的な目に対しても説明し納得を得られるだけの能力が無ければ、その待遇は下がって当然です。


「あっしまった!」氏

上記の「OTSU」氏宛のコメントの様に、公務員に対して相当厳しいことを言う私であっても、現状の市民の状況を見ると貴方が指摘する

>仮定の話として、『現職の職員が全員離職するような事態を生じさせる事が
>出来たとして、当該地方公共団体はどう変るのか?』(中略)
>一時的に溜飲を下げるための不満の矛先以上の成果は見込みにくいと思うんです

との思いには強く同調します。なんと言いますか想像力が欠如した安易な言動ばかりが目に付く世情であって、批判した相手を潰した先に何が起きるのか、恐らく何も考えて居ないのだろうなと思うばかりです。その意味では、やはり他の方が指摘されていましたが住民のレベルが上がらないと地方分権は進まない(進められない)のだろうと思ってしまいます。


「あまのじゃく」氏 引用が中途半端ですがご勘弁を。

>民間人の身分や待遇は、どのようにして決まるのでしょうか?
>多くの装飾物を取り去ってみると、それは「市場原理」です。(中略)
>それは「あんたの作った物は、何か気に食わないんだよね」の一言で
>切り捨てられる(一見理不尽な)世界です。

確かに私どもの業界では決して公平でない(ある意味理不尽な)競争の中で、日々の糧を得るために必死で足掻いており、その状況の者から公務員を見るとぬるま湯の中で不当に保証された待遇を受けているように見えます。その事実が氏の

>そして多くの人が言っている事は「公務員だけ非情で理不尽な
>世界から逃げられるのか?それは許さんよ」なんです。

という言葉に繋がるのだろうと思います。そして私も、地方公務員の世界にも職員間に競争原理を持ち込み、それに敗れた者は職場を追われる程度の事はあっても良いと思っています(現状でも国家公務員キャリアの世界ではしっかり競争原理が働いている様です)。

しかしながら、下記のコメントの様な状況下であっても

>「あんたが居たんじゃ、俺の取り分が減るんだよ。さっさと消えな」という
>言い分は「言われた方」には理不尽なものです。

その「あんた」の排除の為に、どのような行為をしても許されるかと問えば、民間の世界でも法律等により取り得る手段は厳しく制限されています。ですから、氏の考えと「OTSU」氏の記事中の

>重要な目的の達成のためには、法律を守らないことも許される、
>どのような手段を取っても正当化される(中略)
>それでも竹原市長を支持されている皆さんの心の奥底にはその思いがあるため、
>裁判所の命令拒否や議会ボイコットなど非常識な行為まで
>許容してしまうのではないでしょうか。

との疑問の提示は矛盾しないものと思います。つまり民間の世界であっても法等を尊重しない言動や手段は、決して許容されるものではないと考えますが如何でしょうか。
※市場の中であってもコンプライアンスに違反する企業は、有無を言わさず顧客から退場を命じられますよね。

私は阿久根市の実情は知りませんが、身近な公務員を見ていても厳しく改革をしなければならないし、現状では職員の考え方も動き方もレベルが低く、まったく話にならないとは思います。しかし、この国が民主主義に基づく法治国家である以上は、改革は法に沿った形で進められなければならないとも考えています(法を無視すれば、いずれは自己否定になってしまうのですから)。

>これを単に「ヤッカミ」や「嫉妬」などと軽視している限り、
>公務員叩きの嵐は強くなるだけでしょう。

よって、この言葉面は否定しませんが法令遵守を求める姿を、その様に見る目線には強い違和感を持っています(批判はしっかり受け止めて欲しいと思いますけど・・)。
※などと言いつつ、特定の労組を見ていると自分の都合の良いように法を解釈する姿が散見されるので、別な方向から徹底的に批判することになるのですが・・。


「追記」 ここからは蛇足ですが幾つか言いたい事もあるので・・(気にしないと言いつつ気にしていることもありますから)。

民主党が政権を取り、やはり一部の者から「市場原理主義の失敗」とか「新自由主義の敗北」とか言われるのですが、だからといって意欲や能力の欠けた人罪を一律に救済しようとする動きには嫌悪感を抱きます。少なくない人間がこの様に感じているなかで、個々の成果にそぐわない「格差是正」の声が強まれば強まるほど、結局は揺り戻しが起こり政権は民主党を離れて収まるべき所に収まるのだろうと思っています。

また市場原理主義は基本的に人間に共通する欲というものの上に成り立っており、その考え方がシンプルで判りやすい故に結局はここに戻ることになるとも考えています。そして今は色々な意味で行きすぎた事例が修正される過渡期であり、一挙手一投足に騒ぎ立てるのではなく、腰を落ち着けて世間を観察する時期なのだろうと感じているところです。
※ただし少数の者に余剰資金が集中する事で、本来の需要から離れた価値のコントロールが行われており、これは早急に是正されなければならない格差だと思います。その是正の為の声はしっかり発していく必要があると思っています。

投稿: mobileSE | 2010年3月24日 (水) 20時46分

あまのじゃくさん、あっしまった!さん、mobileSEさん、コメントありがとうございます。

それぞれ重みのあるご意見やご指摘をいただきました。あまのじゃくさんの提起に対し、あっしまった!さんとmobileSEさんからお答えがあり、じっくり読みながら自分なりの思考を巡らす機会となっています。その中で、お二人の次の言葉が私にとっても大きくうなづけるものでした。

>公務従事者を民間の待遇に引きずり下ろしても、民間の待遇が良くなるとも思えないし。誰も幸せにならないという気がする。
>地方公務員であってもあらゆる意味で能力の底上げが求められており、自らに批判的な目に対しても説明し納得を得られるだけの能力が無ければ、その待遇は下がって当然です。

あまのじゃくさんの提起について、さらに自分自身の言葉で深く掘り下げていく場合、過去の記事本文の焼き直しのような文章を並べることになりがちです。それでも今回、言葉足らずとなるかも知れませんが、自分なりの端的な考えをお答えさせていただきます。

選挙という民意を託された首長の判断は重く、強力な権限が与えられているものと思っています。しかし、繰り返し述べていることですが、ルールを自分勝手な解釈でねじ曲げることは許されていません。定められたルールの中で強いリーダーシップを発揮すべきものと考えています。もしくは意に沿わないルールは、まず変えるためのルールに沿って変える努力を尽くすべきだろうと思います。

公務員の待遇や働きぶりの評価に関しては、mobileSEさんの問題意識と大きな隔たりはありません。加えて、あっしまった!さんの上記のような見方も否めないはずです。あまのじゃくさんとしては天体望遠鏡で見た「市場原理」について語られている中、論点がずれるのかも知れませんが、私自身は官民問わず労働力自体を市場主義でとらえることの危うさを感じています。ちなみに2007年3月11日に「労働ダンピング」という記事を投稿していました。
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2007/03/post_beab.html

書き始めると長々と続きそうですが、あまのじゃくさんからの次の言葉は本当に肝に銘じ、これからも様々な苦言を真摯に、謙虚に受けとめていくつもりです。
>これを単に「ヤッカミ」や「嫉妬」などと軽視している限り、公務員叩きの嵐は強くなるだけでしょう。

投稿: OTSU | 2010年3月24日 (水) 22時21分

なんだか、いつも同じコメントをしているようで気が引けるのですが。

1 公務の性格(競争原理になじまない)に鑑み、制度的に公務員の身分保障をしている。
2 それに惹かれて、公務員になる者がいる。
3 民間は、そうではない。
4 公務、非公務の性格の区別を別にして、公務員の待遇を見ると、民間に比べて羨むべき点が多々ある。
5 それを批判する気持ちは自然ともいえる。

結局、公務の性格に着目した法律による制度設計であり、公務について別の考え方があれば、また別の制度設計になるだけだと。
公務も大変だ、民間と比べてその待遇がいいとは言えない、と力説してもしかたがないような気がするんですね。

投稿: BIBI | 2010年3月24日 (水) 22時38分

BIBIさん、コメントありがとうございます。

ご指摘の通りだと思います。ただ「公務も大変だ、民間と比べてその待遇がいいとは言えない」と力説しようと考えている訳ではありませんが、公務員が難しい視線を浴びていることも間違いありません。それに対して、どのように答えれば良いのか悩んでいますが、確かにBIBIさんのようなシンプルな見方に立ち返ることも大切なのかも知れません。

投稿: OTSU | 2010年3月24日 (水) 23時03分

「官」に「善」の市場原理を持ち込みたい方もいらっしゃるようですが、全ての「民」の市場原理が「善」では機能しているとは言えません。
「官」の全てを「悪」と見なしたいようでしょうが、「リーマン・ブラザーズ」や「山一證券」、「円天市場」や「豊田商事」、その他の倒産及び摘発された会社、廃業に追い込まれた会社を含めて、「民」の市場原理も「悪」があると思われますが、いかがでしょうか?
また「公共性」と「市場原理」を同居させることは難しくはないでしょうか?
海外では、公共性のあるべき「水」(水道インフラの整備や給排水、水処理など)を民間企業が、民営化の名のもと「市場原理」で金に変えて、水道料金の大幅な値上げや、送水圧の故意の減少、また、水道料金を支払えない者への給水停止、そして不採算と見るやいなや勝手に撤退し、損害賠償請求の訴訟まで起こすといったことが起こっています。
上記のように、官が民化することに不安を感じ得ない事実もありますし、そこで働く人間が利益重視で住民サービスを無視することのないように、ある程度の保障が必要なので、全てがそうとは良いませんが、「公務員だけ非情で理不尽な世界から逃げられる」ことがあっても良いのではないでしょうか?

「市場原理」や「民営化」などは甘美な言葉に聞こえるが、中身を精査しなければ、それは現状よりもより厳しいものになることもあります。

投稿: 捨てハン | 2010年3月24日 (水) 23時39分

国の機関に努める者です。公務員の世界にも「市場原理」を持ち込むとの話がありましたたが、それは少し違うのではないかと思い投稿しました。そのそも公務という業務は職員個人や
団体独自で完結できるものは少ないため職員間の競争原理を働かせることで単純に何かプラスになるとは思えません。逆にそれを徹底すれば利用者からは縦割りだと非難されることもあるのではない
でしょうか。確かにキャリアの世界では競争原理は働いているとは思いますが、正直、国民にとって何かプラスに働いてるとは思えません。公務の世界で本当に優秀と思える方は単純な競争では
なく、もっと高い意識で仕事に取り組んでいるからです。
私はそういったことよりも、①公務員の職務の中身をもっと明確にし、職務と職位が連動したものとし、高位の職位の方に高い意識を持たせるようにすること。(例えば主任という者の職務をもう
少し明確にする必要あり。責任を負う者と責任が及ばない者の待遇は明確に差をつけること。)②その上で、①で明確にした職務を全うしていない者には降格や昇給停止、減給等の厳しい処分を行う
こと。③民間では一般的ではない労働条件、雇用慣行は改めること。というようなことをやれば良いのではないかと思います。
特に厳しい指摘があるレベルの低い職員にはきちんと職務を全うしているかを管理者が点検し、ふさわしくない職員には②のような措置を取らなければならないと考えます。
結局、公務の世界にそういった仕組みがないことが一番問題なのではないでしょうか。刑事事件を起こした場合には厳しい処分がなされても、職務怠慢のような場合は処分されないのが問題なのでは
ないでしょうか。

投稿: takutaku | 2010年3月25日 (木) 01時14分

公務員には、民間と異なり、“公務”の適正・公平と担保するために、
“刑罰”の担保付きで、守秘義務と収賄罪処罰が課されています。
一定の思想に基づく、公務員制度全体の制度設計で見ていかないと、
民間との比較は不十分なものになるでしょう。
ごく普通のAくんが、公務員になれば公務員の、民間企業に入れば民間企業人の
行動原理を身に着けるだろうとの推測は成り立ちます。
仮に、見直す必要があるとすれば、国のかたちとしての公務の意味の根本からでしょう。
先に話題の市場化テストはその試みの一部でしたね。

投稿: BIBI | 2010年3月25日 (木) 06時59分

捨てハンさん、takutakuさん、BIBIさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

確かに「民」と「官」の役割などが異なりますので、そこに働く人たちの性格も異なる理屈が成り立ちます。その大前提を踏まえながらも、あまのじゃくさんの投げかけは公務員の「特権」の問題提起だと受けとめ、昨夜のようなお答えをさせていただいていました。

公務員試験が受かるまで努力していたとしても、合格した後、頑張っても頑張らなくても安定した処遇が生涯保障されている点について、あまのじゃくさんから見た「特権」だと解釈しています。このような端的な見方に対しても議論があるものと思いますが、労働力そのものが「ダンピング」されるような市場主義にさらされるのは、官民問わず好ましくないものと書かせていただいたところです。

この基本線を押さえながらも、処遇に見合った働きぶり、そのことの説明責任の大事さはmobileSEさんの問題意識と重なることも付け加えていたつもりです。さらに分かりづらくする補足となっているかも知れませんが、今後のコメント欄での意見交換などを通し、もう少し洗練した言葉を見つけていければと考えています。

投稿: OTSU | 2010年3月25日 (木) 08時13分

ここは「公務員のためいき」というタイトルですから、公務員について主に書きました。
しかし私が言った「特権」や「既得権益」は全てに及びます。「特権を持てるのは」公務員だけの「特権」ではありません。(笑)
高齢者だけ医療費が1割なんて立派な特権ですから。あまり小さな範囲に議論を押し込めてしまうと出口が見つからなくなります。
私が求めているのは「出口」であって、「非難」ではありませんから。

何人かが言及している「法治」についても若干の違いがありますが長くなるので割愛します。

私の主張を2点だけ補足。
1:全ての人で全ての分野で「原因・過程・結果」において「整合性」を付けましょう・・と私は主張しているのです。
官民を問いません。何故なら同じ人間だからです。

2:私が不用意に使った「市場原理」とは次の様な原理の事です。
問題を「より」解決出来る者に、「より」権力が集中する為の仕組み。
若しその仕組みを公務員の組織が持たない・・となると・・・。

この原理は当然「問題を解決出来ない者を、衣食住足りて礼節を知らない」レベルに貶める危険性を絶えず孕んでいます。
原理自体を「善」や「悪」といった捉え方は寧ろ危険です。若しそんな原理があったなら、8000年前に人類は見つけているでしょう。
所詮は道具、有益にするのも有害にするのも「人間の知恵」でござる。

投稿: あまのじゃく | 2010年3月25日 (木) 09時35分

「公」に競争原理は馴染まない・という趣旨の書き込みが散見されます。
決してそんな事はありません。利益と公益に紐解いてみましょう。

民間の競争原理(市場原理)は利益(お金)を基準に判定します。これは「より多くの需要に応える」という意味で合理的です。
「魅力的な商品だから買いたい」と思わせた者が権力を持つ仕組みです。

反面、当然「公」の競争原理は「公益」を基準に判断すべきです。そして「より多くの公益に寄与した者」を評価して権力を与える仕組みを持つべきでしょうし、そのような競争原理があって然るべきでしょう。
「利益と公益」を混同しては「公私混同」の誹りを受けかねません。

そしてこの2つの競争原理において(最低でも)「今の状況や、あんたの能力じゃ、衣食住足りる所までの権力を与えられないな~」という者をどう処遇するかについては官民問わず「整合性を保つべき」である。

しかし私が最も懸念しているのは「公」と「私」の中間に位置する「微妙で且つ肥大化した分野」です。
それが「特別会計」です。他にも「NPO」とか「NGO」とか言われる組織もあります。
特に後の2つの「N」は「non」の略で「私は○○じゃない」・・おいおいIdentity無しかよ。(笑)

何故、一般会計と区別して「特別会計」を作っているかというと、「お金」・・つまり「利益」を基準に考えた方が馴染む・・からですね。
受益と負担の相関関係で(一般会計と特別会計を)区別していると言っても構わない。しかし諸般の事情で「公」が運営している。

本来民間の「無い袖は振れない」に対して「入るを計って出を制す」という財政の基本さえ守ろうとしていない。
実はこの部分が1000兆円の借金の元凶と見ています。

投稿: あまのじゃく | 2010年3月25日 (木) 12時11分

「公=官」という固定観念は、”官”の側のみならず”民”の側にも根強いんだなぁと感じますた。”官は公の一部であって、全部ではない”のですけどね、本来。
NPOとかNGOは、”公であって官の領域でないもの。しかし、利潤を求める民の領域とも異なるもの。”の担い手である事を期待されてるわけで、従来の”所謂公益法人(社団法人&財団法人)”とは趣が異なるものとして、想定されていたのですのん(実態は別として。

まぁ、特殊法人の中にも株式会社は存在する(JT・NTT・JR三島会社・貨物会社)事を思えば、特殊法人や所謂公益法人とNPO・NGOの境界線って何だろう?と思わなくも無いのですけど。NPO・NGOのidentity は、本来”NPO・NGOであること、そのもの”であった筈なんですよね。

ところで、特別会計の目的は、”特定の歳入を以て特定の歳出に充て一般の歳入歳出と区分して経理する”であって、”利益を規準とする”訳ではありません。利益の有無にかかわらず設置を要する特別会計も結構あります。本来、「特定の目的のため。といって政府が集めたお金は、他の財布と別の財布で管理して、”法定された特定の目的のため”以外に使われないようにする”」というのが、出発点ですから。自分が自由に使えるお金と、特定の使途を前提にした預かり金とを別の財布で管理する。というのは、日常でも普通に行われる事ですし。
”年福”・”労福”・”簡福”等々の各種施設費(ここで言う”施設”とは、動詞であって、名詞ではありません。今では殆ど名詞として使われますけど。)であっても、”法律上の根拠”はあったわけで、官の抵抗は当然として、そうした抵抗を突破して法規定を改める事ができなかった政治(と、そうした政治家しか選出できなかった有権者集団)の責めも、十分にあるんだし。この国の政治体制の下では、残念ながらそのように帰結してしまう。少なくとも”有効な法律の規定に従って行われた。”というのは否定できないから。

1000兆円の借金のうち、630兆円は、政治家(自民党・社民党・さきがけ)の責めに負う部分が大きいですよ。私の記憶が正しければ、日米構造協議のからみで、与党の実力者が勝手に相手国に約束しちゃいましたから。
役所の側は、これだけ多額の国債発行による内需拡大策には、当初反対の立場だったです、密かに。勿論実施が決定された後は、喜んだでしょうけどね。先に金額ありきで与党側が決めちゃったから、要不要・是非を問わず、何でもありで630兆円分公共投資を行う義務を負っちゃいました(政治的正当性という大義名分を得ました)からね。
残り300兆円も殆どはバブル崩壊後の景気対策として、政治主導で金額が決められたものです。勿論、個別の支出は役所が決めたのですが、”総額の部分は政治家が主導した”のでした。一端国会で決まったら、役所は”政治家が決めた額を使い切る”という選択肢しかないわけで。当時の大蔵官僚も、国債発行による景気対策について、警告は継続して発していたのでした。今になって色々言われますけど、当時は国債増発への慎重論は、”狼少年状態”で、不当にも”政治家からも世論という空気からも抹殺されてました”し。
この点は有権者の責めに負う部分が大きくて、世論調査で政治に期待することを問われると、”公共事業”が1位・2位を占めていた時期に膨らんだ借金です。
そう言う意味では、当時の有権者が率先して”将来に借金を背負わせる事を承知の上で、今の生活水準の維持を望んだ”と言われても、否定するのは難しいのでしょう。”使途の是非”より”使ったお金の総額”を優先して考える方向に政治を導いたのは、当時の与党政治家(及びその背後の有権者集団)の”世論という空気”であったのは否定できないですからねぇ。

投稿: あっしまった! | 2010年3月25日 (木) 14時57分

私が言いたいこと又は言うべき事は、先のコメント内で「OTSU」氏が説明されていますので、大部分を割愛させて頂いて個々に気になった点のみ書かせて頂きます(「OTSU」氏のコメントが無ければ例によって口汚くなるところでした。感謝します)。


「捨てハン」氏

>全ての「民」の市場原理が「善」では機能しているとは言えません。
>倒産及び摘発された会社、廃業に追い込まれた会社を含めて、
>「民」の市場原理も「悪」があると思われますが、いかがでしょうか?

しかし「官」であっても普通に「悪」は存在しますよね(不正や腐敗それに未完事業の撤退まで例を挙げれば切りがなく、最近では「官」の「悪」を耳にしない日は無いほどです)。よって「善」だ「悪」だというのは携わる人間の質の問題であって、制度や原理の問題では無いと考えますが如何でしょうか。

>海外では、公共性のあるべき「水」を民間企業が「市場原理」で金に変えて(中略)
>不採算と見るやいなや勝手に撤退し、(以下略)

日本国内で基礎インフラを地域独占している民間企業は実際に存在しますよね。電力会社や一部のガス会社、そして地方に行けばNTT等の特殊会社もこの例に入ると思うのですが、そこで市民の生活を破壊するような大幅な値上げや意図的な品質の低下、そして勝手な撤退などが起きていますでしょうか(もちろん「ユニバーサルサービス料」を始めとする「効率性」「公正性」等の考え方は否定しませんけどね)。

>「公務員だけ非情で理不尽な世界から逃げられる」ことがあっても良いのでは

従って海外の極端な例を持ち出されてこの様な事を言われても、その話に納得する人は現状では皆無に近いのでは無いでしょうか。先日のコメントでも指摘しましたが、もっと説明力を高めることが必要ではないかと思います。
それに万が一にも先の例の様な事態が起こったとしても、他に1000以上の自治体があるのですから、他に移れば済むだけの話です。自治体自体も地域間競争になるのですから。

それらを踏まえた上で、私は以前のコメントで
「市場化テストの様な考え方は、何でも民間へシフトすれば良いという風潮の中、事業に必要な質的側面を将来に渡り担保出来るのかという命題の検証にこそ使われるべきです。世界中で小さな政府という考え方そのものが破綻している例もあるのですから。」
としており、公務員の働き方の好ましい着地点を探す手法として「市場原理」や「競争原理」、あるいは「民営化」など試せることは全部試せば良いと考えています。
※それを「勝った」「負けた」だのの単純な物差しとして囃し立てる質の低い方がいるからなかなか話が前に進まないのですが・・。


「takutaku」氏

>特に厳しい指摘があるレベルの低い職員にはきちんと職務を全うしているかを
>管理者が点検し、ふさわしくない職員には②のような措置を(以下略)

まぁ確かにその通りでして、本当に貴方が言うような制度が有って目的通りに機能するならば言うべき事は何も無くなるのですけど、では貴方が所属する組織または貴方が居住する自治体で、その様な理想的制度を導入し機能させてみて下さい。しかも早急に・・。果たして貴方にそれが出来ますか・・出来ないでしょ。
外圧が無ければ何も変わらないし変えられないと何度も指摘しているとおり、口では理想論を唱えますが実際に導入された事例はありません。ですから公務員諸氏の話は時間稼ぎと受け取られ、外部から非難されて変わる事を強要される事態になっています。それが行きすぎると阿久根市長の様な人物が登場するのですけど・・。

そして変わる事を強要するツールの一つが「競争原理」なのですね。加えて貴方の個別の問いに部分的に答えれば、

>逆にそれを徹底すれば利用者からは縦割りだと非難されることもあるのではないでしょうか。
A:利用者から非難される事がないように縦横に目を配り配慮して見せることも競争の一部です。
>公務の世界で本当に優秀と思える方は単純な競争ではなく、
>もっと高い意識で仕事に取り組んでいるからです。
A:それ位に質の高い方ならば、単純な競争においても当然力を発揮されて高い評価を得られる筈です。民間であっても一芸に秀でた者は別の道でも能力を十二分に発揮するものですからね。

という事になります。


以前もコメントしましたが、国家間の競争の結果として「小さな政府」となることは、日本が資本主義の中で生きる以上は変える事の出来ないことなのだろうと思いますので、使える手段は全部使って試す、行きすぎたなら戻せば良いくらいの覚悟は「官」も「民」もなく全ての人に必要な考え方なのだろうと思っています。

まぁ結局、成果主義一つを取っても「官」の世界ではあれこれ理由を付けて導入を拒む内に周回遅れとなり、「民」も見直しの機運が高まって来たことも相まって、今や先頭走っているなどと揶揄される状況では話しにならない訳ですよ。


※労働力の「ダンピング」については、いっぱい書きたい事が有るのですが長くなりすぎるので別の機会に・・・・。

投稿: mobileSE | 2010年3月25日 (木) 20時42分

あまのじゃくさん、あっしまった!さん、mobileSEさん、いつもコメントありがとうございます。

論点が広がり、私にとって難解なレベルになりつつあります。何とか熟読しながら提起いただいている内容等を理解できるように努めています。それでも今回、直接的な問いかけはなかったものと思いますので、中途半端な論評は控え、閲覧者の一人となることをご容赦ください。

投稿: OTSU | 2010年3月25日 (木) 22時03分

>mobileSEさま

>>特に厳しい指摘があるレベルの低い職員にはきちんと職務を全うしているかを
>>管理者が点検し、ふさわしくない職員には②のような措置を(以下略)

>まぁ確かにその通りでして、本当に貴方が言うような制度が有って目的通りに機能するならば言うべき事は何も無くなるのですけど、
>では貴方が所属する組織または貴方が居住する自治体で、その様な理想的制度を導入し機能させてみて下さい。しかも早急に・・。
>果たして貴方にそれが出来ますか・・出来ないでしょ。

たしかに、行政職員に対する、点検制度は、
どの団体でも手をこまねいているのが実情です。どこもそうですが。

また、そのような点検の末、昇給を停止することは、
職員の処遇を左右するような、
分限処分行為の類似行為ですから、
「規則」で規定をするとか、
局長・部長級の、かなり偉い人たちの判断で、
運用方針を決めるなどしないといけないでしょうね。
いずれにしても一担当レベルでは、いかんともし難いレベルです。

一部、教育職員には、明確な制度が出来ましたので、
参考までにお知らせします。

教育公務員特例法が、平成20年4月1日から、改正施行されており、
いわゆる「指導力不足教員」について、
法では、2年を限って、研修させることとしています。

なお、この「指導改善研修」と称しますが、
2年間の限定ですので、
この2年間を超えて研修させることができず、
2年経ったところで、復職か、免職か、教員以外の職への変更か、
を迫られることとなります。
(教育公務員特例法 第25条の2、及び 第25条の3)
ご参考まで。

投稿: イール | 2010年3月25日 (木) 23時44分

mobileSE 様

>しかし「官」であっても普通に「悪」は存在しますよね、(以下略)

当然ですが、「官」にも「民」にも「善」もあれば「悪」もあります。
この文章自体は あまのじゃく 様の意見への対論として記入したものでした。
通常、「官」と「民」の各々の不祥事が報道された場合、どうしても「官」の不祥事の方が衝撃的に受け取られてしまい、官民双方の不祥事自体に対して、公平な印象を受けないことは事実だと思います。
あまのじゃく 様の文中から読み取れた内容では、どうしても「官=悪、民=善」を引き出すようにリードされていると思えたからです。
あえて対論としての例を挙げてみましたが、mobileSE 様の記入の通り、官にも悪があるのは十分理解しています。
そういったことによる意見でしたので、「官」「民」関係なく、内部の人員の「性善」「性悪」の問題という意見に賛同します。


>日本国内で基礎インフラを地域独占している(以下略)

国内においては、あまりにも極端な値上げや品質の劣化は見受けません。
これは、日本人の性善的な性質に起因すると感じます。
ですが、離島や半島への船舶便や過疎地域の郵便局等は、「不採算」を理由に半ば勝手とも取れる撤退があることは事実です。


>従って海外の極端な例を持ち出されて(以下略)

この話に納得は出来ないでしょう。
ですが、上記のような交通や郵便を止められた自治体や地域はどうすればいいのでしょう?
説得力が低い文章なのは申し訳ないですが、ここは不採算でも存続が保障できるように、逆に「官営化」に頼るところではないでしょうか?


>それに万が一にも先の例の様な事態が(以下略)

どこにでも住めて、どこに行っても仕事に不自由しない方や、その土地にいる理由のない人は、地域間競争に基づいて移り住むことはできるでしょう。
しかし、離島や過疎地域等の不自由と思われる土地に住む人には、先祖代々の土地、田畑、その地域の一次産業、墓守り等のそれぞれの事情やしがらみがあり、「そういうものを捨てて、簡単に他に移り住めるのであれば何の苦労もありません」というのが事実です。


mobileSE 様の様に理路整然と書き込めていませんが、誤解無く読めますでしょうか?
文章力が無くて申し訳ありません。

投稿: 捨てハン | 2010年3月25日 (木) 23時46分

出張も終わり、帰宅の予定でしたが、私の名前が出たので・・・。

大変厳しい事を書きます。私の書き込みを「官=悪、民=善」を引きだす意図がある・・と感じている内は、どのような議論も無意味で、どのような声も届かない。その結果何が起こるのか?「口で言って分からないなら、叩き潰すしかない」という世論だ。

倒産=悪と考えてはいけません。クビ=悪ではありません。
競争原理では寧ろ「成果」です。何故ならこの原理は「有能な者により多くの権力を、有効な分野により多くの資金」を分配する事を目的にしているからだ。それによって全体のレベルを上げ、方向性をはっきりさせる事を目的にしているからだ。

倒産、クビ、落ちこぼれが出るから競争原理は美しいのです。

逆に倒産やクビが無い間は、競争原理が正常に機能していないのです。

問題は落ちこぼれた人達をどの程度どの様な施策で救うのか・・・だ。これは競争原理とペアーで考えておくべき事です。
そして「落ちこぼれのレベル」と「救済方法」において「全ての人で整合性を保て」と私は言っているのです。

投稿: あまのじゃく | 2010年3月26日 (金) 09時32分

今日も市長様の活躍をネットの新聞で見る。色々と悲しすぎると思う。

こうなる前、阿久根市職労はいつまでも平穏な今が続くと思っていたのか、そ
れとも市民に不満は無いとでも本気で思っていたのか、いずれにしても自分た
ちが存在し得る拠り所への観察と配慮を忘れて居たのだろう。今流行の言葉で
言うと「市民目線で無い」というとこか。

一つ一つは小さくても、それが溜まりに溜まれば大きなエネルギーになる。そ
して市民の不満は爆発し、おそらく上等の煽り文句に踊らされた一時の感情で
自己の不満を代弁してくる人物を選択した。その結果が今の現状であり、事が
ここに及んでも市職員への恨みは根深く未だに3割の人間が支持を続けている
という。その姿は職員さえ不幸になれば後は何も要らないとでも言いたげだ。

実際日々の対応の中でも、そう考えて居るのではというクレーマーは年々増え
続けてもいる。(これは別の自治体の出来事ではあるけど)

結局、今のところ阿久根市にもたらされたのは市民同士の激しい対立と嫌悪と
相互に拒否する感情のみと言う事か・・・。しかしこれも市長に言わせれば超
えなければならない過程ということだろう。この人の頭は排除の理論のみしか
無いようだ。唯でさえ少ない人口の阿久根市で、いったい何人排除すれば市長
の望む姿になるのだろうかと思う。
市長派と反市長派どちらが生き残るにしても(もう互いに残る事は無理だろう)
これは相当に後を引く結果になると思う。おそらく市長が変わっても阿久根市
のコミュニティーは元には戻らないと思う。結局どちらが勝っても互いに相容
れないものを排除する泥試合はしばらくは続くのだろう。

もう互いの言葉は耳に入らない。その障壁は馬鹿の壁どころでは無いと思う。
見ていて余りにも痛々しい。

この状況をもたらした原因は色々と考えられるが、やはり一番先に批判される
べきは市民の感情と不満を読めなかった今までの市長と市議、そして自らの待
遇を地域に合わす事の出来なかった職員だろうと強く思う。理事者も市職労も
市民は何も判っていないと、あまりにも安易に判断していた様に思う。
確かに職員も市民の一部ではあるが、それ以前に自分の属するコミュニティー
から糧を得ていることを軽視している。いつの時代であっても自らを支える人
間たちが許容できない待遇を得ていては支持は長くは続かない。自分たちの存
在出来る拠り所を考えなさ過ぎた結果だ。もちろん以前の理事者も市職労にも
あまり悪気は無かったのだろうが、招いた結果は重大すぎる。何が足りなかっ
たのか真剣に考えるべきだ。

人は不満が溜まれば盲目になる。通常なら疑問に思う言葉のマジックに気が付
かずに、甘美な言葉に後先を考えずに身を任せる事もある。しかし選択の結果
は尊重されなければならない。
それが判っていても、2年連続で降格された元課長は何を思うのだろう。見て
いてあまりにも悲しい。それほど悪い人材なのか。私には私怨の様に見えてな
らない。

近いうちに阿久根の実の姿を見に行きたいと思う。市民の持つ価値観を理解せ
ずに、自らの閉鎖的な価値観のみに固執した結果がもたらしたものを、自分の
事と受け止めて来たいと思う。(職を休む事になるが、今年に入って1日欠か
さず勤めている身だから多少は許されると思う。)


別の事例ではあるが夕張をこの目で見て来た(勿論費用は自分持ちで市の負担
にはしていない)。2日滞在して市民の悲しみと職員に対する恨みと怒り、そ
して少しの同情はあったが、とうとう職員への感謝とか住民自らの反省は聞く
ことは出来なかった。でもこれが普通の市民感情だと思うし、受け入れなけれ
ばならない事実とも感じた(そういえば休みを取るのはこれ以来か)。
その後少しして東京都の副知事という方が夕張に来ているのをテレビで拝聴し
たところ、本人を目の前にして夕張職員をこき下ろしていた。あまりに惨めな
姿だった。東京の様に有り余る資金はすべてに勝る正義で、破綻は許されない
罪なのだという思いを心に強く刻み込んだ。

まだまだ破綻する心配は無いが、当市に対する市民の目線も厳しい。そして恨
みと怒りの声は何もしなくても毎日耳に入ってくる。奉職して4年弱、声は日
増しに強くなり耳が痛い。正常でない首長が選択される危険性をひしひしと感
じている。

せめて身内にどんなに恨まれても、自分の所属する自治体は破綻させない。そ
の為に職員の半分を首にする事になってもいい。落ちこぼれの事に気を回す余
裕など何処にも残されていない。今すぐ破綻の心配はないと言ってみても、そ
れが当市の財政と市民感情の現状。間違えば直ぐにでも転ぶ危険性はある。
なぜここまで放置していたのか、出来ることなら今年来年と大量に退職する老
人の退職金を全て取り上げたいくらいだ。そう思うくらいに彼らの中に優秀な
人間は少なすぎる。しかし今の制度では悔しいけどそれは出来ない。

破綻することは勿論だが、正常でない首長が選ばれてくるのも多くは職員の罪
なのだと私は自覚する。だからまた明日から自分の組織に相対して行こうと思
う。微力だけど・・組合よ覚悟しろと・・。

(年度末で追い詰めら精神状態が普通でないので、しばらくROMになります
 113時間連続勤務中・・途中休憩はあり(笑))

投稿: むかし民間、今・・(今日は詩人ぉぃ) | 2010年3月26日 (金) 23時37分

イールさん、捨てハンさん、あまのじゃくさん、むかし民間、今・・(今日は詩人ぉぃ)さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

いつも皆さんのご意見を伺いながら、いろいろ考えを巡らしています。論点が広がっていますので、直接的な答えにつながるのかどうか分かりませんが、早ければ新規記事を今日中に投稿するつもりです。ぜひ、またご訪問いただければ幸いです。

むかし民間、今・・さんのコメント、細かくレスすべき内容が多く含まれていますが、一言だけ添えさせていただきます。休暇を取らない、もしくは取れない、113時間連続勤務中、そのような実情、まずは健康を害さないようご注意ください。

しかし、決して好ましい状況ではないことをご認識ください。そのような話は言われるまでもない、というお考えだろうと思いますが、放置している労使の責任は免れず、同時に自己責任の問題も問われるはずです。フルスロットルで走り続けるだけではなく、時にはエンジンを切って心身ともにリフレッシュすることも大切です。

阿久根市への訪問も、ぜひ、観光を中心としながら「ついでに」程度の気持ちで肩の力を抜く機会とされるように努めてください。むかし民間、今・・さんの難しい提起を横に置きながら、余計なお世話かも知れない「一言」で、たいへん申し訳ありません。むかし民間、今・・さんの問題意識は、いつもヒシヒシと伝わっていましたが、このような心配も感じていましたので、長々とした「一言」を添えさせていただきました。

投稿: OTSU | 2010年3月27日 (土) 09時09分

日本列島、上空100kmから眺めて見ると、色々な風景が見えます。

1:年金は払った以上に受け取りたい・・という大胆で横着な人。
2:若者が3割払っている医療費を1割にして当然と我がままな人。
3:公共事業が無ければ、食っていけない!と絡みつく人。
4:銀行は生活のエンジンだから潰せないだろ!とふんぞり返っている人。
5:今まで頑張ったから、天下って第二第三の人生を謳歌したいと浮かれている人。
6:今では殆ど意味があるとは思えない財政投融資にしがみ付こうと頑張っている人。
7:勉強しているとは思えないが、議決権という立派な勲章を貰って喜んでいる人。
8:何となく気分がすぐれない・・という理由で生活保護を受けている人。
9:自分は面倒を見たくないが、安いお金で両親を施設に預けようとする不届きな人。
10:義務教育だから給食費は払わない・・と勘違いしている者。
11:障害を持っているから優しくして貰うのは当然だと考えている者。
12:自分が不幸なのはきっと誰かのせいだ・・と常に文句を言う者。

これらが積り積って1000兆円。
皆さん!せめて自分の言い分を1/3にしましょう!そうすれば500兆円位は返せるかもしれません。
・・で?公務員さんは、どの程度頑張ってくれるのですか?・・と私は聞いているのです。
「私たちだけは例外です」と言っていると、トンデモナイ事になりますよ・・という話です。それだけ。
これにて帰宅します。

投稿: あまのじゃく | 2010年3月27日 (土) 11時25分

あまのじゃくさん、出張ありがとうございました。

いつも難しい問いかけをいただき、いろいろ考えを巡らす機会となっています。確かにパイは有限であるため、笑う人が出れば、泣く人が出るという構図はその通りだと思っています。一方で、公務員に限らず、誰も「私たちだけは例外です」とも考えていないはずです。

広い視野で物事をとらえていくことの重要さも理解しているつもりですが、大半の人は1千兆円の負債を日常的に意識していないことも間違いありません。その問題が深刻であることは言うまでもありませんが、すべてが1千兆円の問題に帰結していく発想もいかがでしょうか。やはり司、司の役割の中で、一つ一つの問題を解決していくことが一般人の務めであり、身の丈にあった判断だろうと考えています。

まだまだ自分自身の明解な言葉は見つかりませんが、引き続き暗中模索しているところです。なお、あまのじゃくさんの昨夜のコメントで、次の言葉がありましたが、この点は強く共感できるものでした。

>問題は落ちこぼれた人達をどの程度どの様な施策で救うのか・・・だ。これは競争原理とペアーで考えておくべき事です。

投稿: OTSU | 2010年3月27日 (土) 22時27分

はじめて書き込みします。某国家機関で公務員をしています。
OTSUさんの非常にバランスのとれた記述に好感と信頼が持てました。
さて,阿久根市長の件ですが,私は,この人は政治家として失格だと思います。
単に市民の支持をバックに好き放題をしているだけです。
それは,市長を支持している市議も同じであり,議員として無能といってよいと思
います。その理由は,河村たかし・名古屋市長と対比することが最も分かりやすい
と思います。名古屋市長は,市議会の改革をはじめとする自らの政策を,具体的に
条例案として議会に提示しました。議会は否決しましたが,名古屋市長側は再議の
手続きを行うなど,現実の政策実現に向け,行動を起こしています。
そして,それらの過程は,あらゆるマスコミが取り上げ,全国に発信されており,
この過程が明らかになることで,実は窮地に立たされるのは名古屋市議会側である
ことは誰にでも分かるでしょう。こういった現実の政策実施の手続を実行し,その
過程で市民に説明を果たしていくこと,これこそが,市民の立場にたった政治ない
し地方自治ということであると思います。
「マスコミがいるから議会に出ない」「手の内は明かせない」などと阿久根市長が
うそぶく間に,名古屋市長は上記の行動を起こしています。
いずれが「市長」と呼ばれるにふさわしいか答えは明らかだと思います。
では,このへんで。OTSUさん,これからもがんばってください。

投稿: けろよん | 2010年3月31日 (水) 00時44分

けろよんさん、はじめまして。コメントありがとうございました。

竹原市長のような極端な発想を持つ首長が緻密かつ理詰めで攻めてきた場合、それはそれで組合にとって非常に手強い存在だったと思います。それでも正当な土俵の上での対立であれば、押し切られてしまっても潔くその結果を受け入れるしかないものと考えています。そのような意味合いで見ると河村市長のような首長との距離感を今後、議会や職員組合がはかっていくのか、たいへん重要なポイントになっていくものと感じているところです。

投稿: OTSU | 2010年3月31日 (水) 08時12分

はじめまして。
私は、竹原さんはよくやってると断言する。
公務員は給料減らされたくらい、文句言えないはず。自分らは議会の立法能力のなさを見透かされてすき放題たらしこまれてるわけだし、景気悪いんだ、そのくらいやってもいい。公務員だって悪い事しまくってるんだ、汚職の現場突き止めて、俺はそいつをタカリまくってるんだ、ミンナ汚職しまくってるんだ。
一番いいのは、竹原さんよりもっと過激な、ファシズム版スターリンみたいな奴が出てきて、そいつらに適当に罪かぶせて、処刑させるべきなのに、公務員みたいな連中は自分の事になると、やれ正義だ、法の番人だのやたらうるさい。だから俺は、やつ等のキンタマ握ってる訳。やつ等もイッパシの学生に頭上がらないんだ、という事は、弱み握られなければすき放題かますわけ。一回でも汚職したら公開処刑が当たり前なんだ。
死が全てを解決する。生きていなければ問題は起きないのだから。とはよく言ったもんだ。
日本人も暑いお灸すえれば、少しは目が覚めるだろう。
大体、公務員なんてコネ入社なんだ。俺だって、某省庁の一次通ったらあとは楽勝、面接でふざけた事言ったって通ったんだから。
まっ行くの止めて大学院行ったのは今でも正解だと思う。
理詰めなら竹原さんも馬鹿じゃないから、負けないだろう。俺だって、最高学府の奴を理詰めでトコトン泣かしたし。
公務員は人相が悪いな。外務省の薮中さんと斉木さん、内閣府の俺の友人以外は悪相丸出しだ。
市長が暴走してるって言うなら、公務員のほうがもっと酷いで。
俺が公務員辞めたのも、出世争い(これは別に何でもないが)、収賄とかが一番怖いから止めたんだ。まぁ大学院も受かるって括ってたし。
贈収賄の収賄は、絶対くらむ。しかも付き合ってる女が5人いて、手なづけて貢いでもらってたから、公務員になったら地位利用すること見え見えだった。それで人生棒に振りたくないからやめた。

投稿: やまさん | 2010年5月29日 (土) 21時03分

やまさん、はじめまして。

要するに竹原市長を支持されているというご意見だと受けとめていますが、もう少し論点を分かりやすく記していただけると幸いです。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2010年5月29日 (土) 22時21分

裏金やら官官接待やら空出張やら居酒屋タクシーやら散々なめた真似してきた公務員がてめえの給料の話しになると法律を持ち出すわけだ。一度腐りきった脳ミソかき回した方がいいんじゃねえか?

投稿: 公務員 | 2010年6月28日 (月) 17時33分

公務員さん、ご訪問ありがとうございます。

せっかくですので、もう少し説得力のあるコメントをいただけないでしょうか。さらに同じような趣旨で結構ですので、最新記事のコメント欄に参戦いただければ誠に幸いです。

投稿: OTSU | 2010年6月28日 (月) 22時22分

竹原市長は
がんばっていると思います!
マスコミは、揶揄して伝えていると思う。
普通に考えて
税収20億円のうち17億3000万円が市の人件費だなんて馬鹿げています!
それなのになぜ?
マスコミは
竹原市長を悪いイメージでとられる報道をするのか不思議ですsign01
マスコミは何のしがらみにも囚われず
裁判官でいてほしいのに

竹原市長!
副市長に
あの警察を内部告発した
正義の味方
あの方を迎えるとは
さっすが
竹原市長!
遠い地から
応援してます!
絶対負けないで!

投稿: 飛鳥 | 2010年7月27日 (火) 21時53分

飛鳥さん、ご訪問ありがとうございます。

飛鳥さんのような理解の方々が決して少なくないものと受けとめています。そのような問題意識から竹原市長に絡んだ記事を多数投稿しています。ぜひ、お時間がありましたら、他の記事もご覧いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2010年7月27日 (火) 22時02分

その副市長氏自身が、
「今の市長の手法には反対する。
独自解釈による”専決”の是正を直接具申する。」と
就任前から公言する形で仰ってるのですよね。

が、その結果、市長と副市長との関係がギクシャクしたら、
それはそれで余計にシンドイ話でしょうね。

投稿: あっしまった! | 2010年7月29日 (木) 14時24分

あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

仙波新副市長は「行政改革に取り組む市長の熱意に心を打たれたが、専決処分を繰り返すやり方には無理がある。私の役割は市民と職員の声を聞き、行政運営を健全化することだ。議会を招集するよう市長に働きかけたい」と述べています。ご自身の副市長就任自体が、その問題視している専決処分ですが、どのように整合性を付けていくのか注目しているところです。

投稿: OTSU | 2010年7月29日 (木) 21時06分

> 管理人様

ご指摘の点、そこまで考えが及びませんでしたが、確かにそうですよね。
「自身が無理があると言っている、(独自理論による)専決。その結果として、副市長の地位に就く」のですもんね。

いろいろな意味で、ど~なるんでしょね。

投稿: あっしまった! | 2010年7月31日 (土) 17時08分

あっしまった!さん、いつもご訪問いただき、ありがとうございます。

仙波副市長が捨て身で、竹原市長と刺し違える覚悟があることを期待しています。そうではない場合、警察組織の中で内部告発に踏み切った時の「正義感」も少し色あせてしまうのではないでしょうか。

投稿: OTSU | 2010年7月31日 (土) 21時15分

阿久根市民です。

よそ様には本当の阿久根市の実情が何一つ正確に伝わっておりません。
それどころか、竹原氏を「奇人・変人」扱いしたまま一方的な論理を展開し続けるメディア各社。
本来1期4年の市長職のはずが、2期目を終え3期目の選挙に至る現在においても3年にも満たないという恐るべき現実。

管理人様もそうでしょうが、市行政の役員、職員組合、市議会、地元有力者、ブローカー、それらが一体となりがっちりスクラムを組んで抵抗しているのですから、竹原氏としては大変どころの騒ぎではありません。

何につけても「法」を盾に御託を並べてくる行政職員には憤慨するばかり。

年収200万円が妥当なこの阿久根市において平均700万円もの高給をむさぼる職員は「法」が許せばすべて許されると考えているのでしょうか。

たとえ1割削減されたとしても600万円以上の収入はあるのにも拘らず、それすらにも応じない殿様体質。

市の税収を市職員の給料が遥かに超えている現実を「法」で許してもいいのでしょうか。
市長自ら報酬を半分に、副市長などは報酬0で職務にあたっています。

トップがそこまでしている中、従業員でもある職員が何もしないとは驕りも甚だしい。

役所の職員が高い給料をもらっているから騒いでいるのではなく、多すぎる職員数と、職務に見合わない報酬を受けている現状に対して市民が怒っているのです。

他県・他地方でこのような議論の場を設けていただくのは大変有意義なことではありますが、設けた以上は責任を持って情報の発信をしてください。
地元新聞。地元TVなどのメディアは、はっきり言って公正な記事は発信しません。
そこには「金」が動いているからです。

公共的なメディアですらこんな状況なのに、私的なサイトでありもしない事実を騒ぎ立て、関係者の不安や怒りを煽るのだけはどうかつつしんでいただきたいと思います。

投稿: だんごむし | 2011年1月14日 (金) 22時16分

だんごむしさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

ご指摘のとおり思い込みや感情が先走った批判は慎むものと思っています。その意味合いから可能な限り入手できる情報を踏まえ、竹原前市長に絡むブログ記事を綴っています。例えば、だんごむしさんの述べられている職員の平均年収700万円と阿久根市民の年収200万円の比較方法は明らかに事実誤認です。

それでも地方都市の住民の平均所得と市職員の所得の差が大きいことも承知しています。しかしながら、正しい事実認識のもとに物事を判断しなければなりません。したがって、そのようなあたりから前市長の資質等に疑問を呈していました。ぜひ、お時間が許せるようでしたら、他の記事やコメント欄もご覧いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2011年1月15日 (土) 08時42分

いよいよ今日が市長選の投開票日ですね。

>職員の平均年収700万円と阿久根市民の年収200万円の比較方法は明らかに事実誤認です。

この点について具体的に「明らかに事実誤認」である事をご存知の範囲で教えて頂けませんでしょうか。

投稿: kat | 2011年1月16日 (日) 14時09分

katさん、ご訪問ありがとうございます。

初めの頃、前市長は「収入」と「所得」の違いを峻別しない比較方法で200万円という数字を述べていました。「所得」とは様々な控除を引いた額となり、乳幼児も含む全市民の統計数字を使っていたようです。昨年4月の広報の中では、民間200万円という強調は避け始めていますが、市職員の年収の高さを際立たせる手法を使っています。つまりアルバイトや扶養枠内で働く非正規雇用の人たち(年間給与10万円以上)の収入を合算した数字との比較でした。さらに市役所で働く臨時職員は民間等に組み入れていました。

http://www.city.akune.kagoshima.jp/osirase/koho/h22_4/2204.pdf

誤解がないよう申し添えさせていただきます。非正規雇用で低賃金を強いられている方々が多数いらっしゃるだろうと思います。役所内での正規と非正規の賃金格差の問題意識も強く持っています。また、市職員の年収が阿久根市内で非常に高い位置にあることも承知しています。一方で、退職不補充が続き、若い職員の少なさによる平均年収の押し上げという側面もあるようです。いずれにしても情報を都合良く操作した手法は遺憾であり、正しい事実認識のもとで物事を判断して欲しいものと願っていました。なお、参考までに次のような以前の記事を紹介させていただきます。

2009年7月5日(日) 公務員批判への「答え」は?
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2009/07/post-9fbe.html

投稿: OTSU | 2011年1月16日 (日) 15時22分

to 管理人様

>「所得」とは様々な控除を引いた額となり、乳幼児も含む全市民の統計数字を使っていたようです。
>昨年4月の広報の中では、民間200万円という強調は避け始めていますが、市職員の年収の高さを際立たせる手法を使っています。

民間200万円とは所得ではありません、収入です。
市役所をはじめ、そういったところで公開されるデータはすべて平均値です。

ですから当然200万円以上の人もいますし、それ以下の人もいます。
しかし、その中間層が極めて少ないのです。
高いか低いかの両極端。

高いといっても、平均で200万円ですから、たかが知れていますが。

>市職員の年収が阿久根市内で非常に高い位置にあることも承知しています。

昨年、女性職員が過去最高退職金を手にしました。
約3800万円です。信じられますか?

もはや高い安いの騒ぎではありません。異常事態です。

>いずれにしても情報を都合良く操作した手法は遺憾であり

都合よくではなく事実です。
若者を採用するのではなく、今の人材でスリム化を図るべきです。

新規採用はその後でも遅くはありません。
職員の数が多すぎるのです。

市税収入を職員の人件費だけで遥かに上回るこの事態はどう正当化できるのですか?
若者の新規採用とか体裁のいい対策をしている場合ではないのです。

とにかく、職員数があまりにも多すぎます。

管理人様は阿久根市に来られたことはありますか?
もし来たこともなく、メディアの情報だけでそう思われているのでしたら残念です。

今回の選挙でどれほどの損失を被ってしまったか、ほとんどの人が気付いていないのです。
あまりに馬鹿げたお金をドブに捨てすぎです。

>正しい事実認識のもとで物事を判断して欲しいものと願っていました

市長も副市長も報酬0でいいと言っているのに、議会が認めないだけです。
こんな方々がいますか?

自分の会社まで潰して、市民のためのボランティアを買ってでるその姿に、どうして唾を吐きかけられるでしょうか。
トップ自ら身を削り姿勢を示しているのが伝わりませんか?

確かに仙波氏が副市長に就任するまでは、多少行き過ぎた部分もあるのも事実です。
しかし、いつまでそれを引っ張り出して邪魔をすれば気が済むのでしょうか?

他人様のサイトで申し訳ありませんが、声を大にして言いたい。

一度市の現状を見てください!と。
そうすれば本当にすべきことが分かってもらえるはずです。

投稿: だんごむし | 2011年1月18日 (火) 17時06分

だんごむしさん、コメントありがとうございます。

比較の仕方の問題性は前回のコメントで記したとおりですが、そのことが本質的な話ではないものと理解しています。その際、合わせて紹介した一昨年7月の記事の中で「地域の実情などを踏まえ、賃金の引き下げを行なう場合は使用者側の目線だけで決めるのはフェアではないため、当該の労働組合と協議を尽くすべきものと考えています」と記していました。

また、確かに阿久根市を実際に訪れたことはありません。しかし、竹原前市長を熱烈に支持している方々のブログなども、ずっと閲覧しています。阿久根市が発信した市民懇談会などの動画も見ています。偏った情報や主張のみで決して判断していません。同時に当ブログでは、そのようなサイトも随時紹介しながら、多様なご意見をコメント欄で頂戴してきました。

その上で、目的実現のためであれば、法律も無視するという手法などについて、絶対誤りであることを訴えてきました。その他にも様々な点で、前市長の危うさを感じていました。なお、私自身は、これからも阿久根市の動きを注目していきます。一方で、ぜひ、お時間が許せるようでしたら、他の阿久根市絡みの記事やコメント欄もご覧いただければ誠に幸いです。

http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2010/12/post-e1ef.html

投稿: OTSU | 2011年1月18日 (火) 23時13分

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