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2010年1月23日 (土)

岐路に立つ民主党

土曜の午後、民主党の小沢幹事長が東京地検特捜部の任意による事情聴取を受けました。資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反事件に関し、小沢幹事長は改めて不正を働いていないことを語ったようです。その内容は事情聴取の後、記者会見を開き、「陸山会への貸付等に関する経緯の説明」という文書も公表されました。小沢幹事長は4億円の流れを説明し、建設会社からの裏金提供の疑惑をきっぱりと否定しています。

昨年3月には西松建設のダミーとされた政治団体からの献金問題で、小沢幹事長の第1秘書である大久保容疑者が逮捕されました。やはり今回と同様、マスコミからは「関係者によると」という枕詞がついた報道が目立っていました。その逮捕の直後、民主党の一支援者の立場から「小沢代表の秘書逮捕」という記事を投稿していました。改めて読み返してみたところ、その記事の中で願ったとおり総選挙戦の前に小沢代表が辞任の決断を下したことによって、民主党の歴史的な勝利につながっていました。

いずれにしても「なぜ、この時期に?」「なぜ、この容疑で逮捕?」「なぜ、自分の秘書だけ?」等々、小沢代表や民主党執行部の言い分も理解できない訳ではありません。しかしながら過去に公設秘書の給与問題などで、少し前までは「永田町の常識」だった解釈も法律違反に問われることとなり、実刑判決に至った事件もありました。今回の容疑が起訴に向かうのか、裁判で争う事件となり、有罪となるのか無罪となるのか簡単には見通せません。

それでも自分の第1秘書が法律違反の嫌疑をかけられた段階で、その事実は真摯に受けとめるべきものと思っていました。金曜日あたりから小沢代表も落ち着いた様子を取り戻し、検察批判のトーンは弱めていたようでした。今後、代表を辞任するのかどうかは、ご自身や民主党として判断すべき問題ですが、まったくの濡れ衣だと考えている以上、すみやかに受け入れられるものではないはずです。

とは言え、今後の世論調査の結果は、小沢代表や民主党にとって決して歓迎すべき数字とはならないような風向きです。かつて年金未納期間があった点を重く受けとめ、いったん引き受けていた民主党代表の座を辞退したのも小沢代表でした。たいへん不本意なことでしょうが、政権交代を悲願としている小沢代表だからこそ、今回も大胆で潔い身の処し方をアピールして欲しいものと願っています。

上記は、その時に書いた結びの3段落です。前段の文章では、「関係者によると」が検察からのリークなのかどうか決め付けられないにしても、いったん報道されてしまえば後から「そのような事実はない」と打ち消されても「大久保容疑者クロ」の印象が先行する問題点を指摘していました。一方で、民主党側が「国策捜査の雰囲気」などと検察批判を強めていた姿勢に対し、個人的には違和感を示していました。

つまり被疑者に連なる小沢幹事長や民主党の側から感情が先走った検察への反論は、決して好ましいことではないものと見ていました。民主党政権樹立後の急激な変化に抵抗感を持った検察官僚の思惑などを周囲の者が取り上げても、政治家や政党は「公正な捜査の行方を見守りたい」と謙虚な姿勢を強調すべきだろうと考えていました。そのような見方は、今回の事件でも同様でした。

特に今回の動きは、3月に控えた検察内の人事に手を入れられる前に「小沢潰し」を企図した権力闘争の一環であるような見方もささやかれています。また、はるか昔の田中元首相の逮捕から始まる検察と小沢幹事長との因縁の対決という構図が取り沙汰されていました。昨年の西松建設の事件から続く執拗な検察側の意地が感じられ、それに対する小沢幹事長の強い反骨精神も明らかでした。

しかし、昨年と大きく異なる点は、民主党が政権の座に着き、とりわけ鳩山首相にとって検察庁は指揮下に置く組織となっています。このような状況の変化も踏まえれば、よりいっそう小沢幹事長や鳩山首相らの発言は慎重を期すべきだったものと思います。「不正は一切働いていない」「検察の横暴だ」という小沢幹事長の憤りについて、事実がその通りだった場合、痛いほど気持ちは理解できます。

それでも繰り返しになりますが、疑いをかけられている当事者の立場としては、常に冷静な態度を貫いて欲しいものと願っていました。閣僚らから発せられるマスコミに対する挑発的な発言も、結果的に民主党へマイナスに働く印象を受けています。そもそもマスコミが世論を作るのか、世論がマスコミの論調を作るのか、少しの前の記事「卵が先か、鶏が先か?」で綴ったとおりの認識を持っています。したがって、そのような関係性を重視し、小沢幹事長らはマスコミとの適切な距離感を探るべきだろうと考えていました。

また、民主党自身が声高に叫ばなくても、検察の進め方などを批判する意見も数多く示され始めていました。例えば自民党の河野太郎衆院議員は、ご自身のブログの記事「副大臣がやり残したこと」の中で「日本の司法制度では、有罪が確定するまでは無罪である。被疑者の段階で、あたかも被疑者が悪人であるというような世論を作らんが為のリークを検察がするのは間違っている」と痛烈に批判しています。

さらに足利事件の再審公判を通し、冤罪で服役を強いられた菅谷利和さんを取り調べた時の録音テープの内容が公表されています。そのような事実の一つ一つを知ることによって、国民の間に検察が絶対的な「正義」ではなく、時には誤りを犯す、もしくは意図的な捜査を行なうという見方も広まりつつあるようです。このような動きがある中、小沢幹事長が淡々と誰もが理解できる言葉で、潔白を説明できれば一気に風向きが変わる可能性も秘めています。

この記事の冒頭に示しましたが、昨年の総選挙戦の前は潔い身の処し方を願っていました。しかし、ここまで拳を振り上げた今回の事態に至っては、事実関係が曖昧なまま幹事長職を辞しても民主党のダメージは簡単に回復しないものと見ています。裁判に入った場合、白黒の結論は長い時間を要するのでしょうが、今後も記者会見などを通し、国民の皆さんへ分かりやすく誠実に説明を重ねていく小沢幹事長の真摯さや努力が非常に重要です。

そのような努力の積み重ねによって、国民の皆さんから「小沢幹事長の言葉を信じてみよう」という流れが強まるのかどうか、民主党にとっても大きな岐路に立たされているものと思っています。その上で万が一、小沢幹事長の説明の中に明らかな偽りなどが発覚した場合、即時に議員バッジまで外す覚悟を持って欲しいものと願っています。確かに党全体で小沢幹事長を信頼していくリスクも否めませんが、この逆境から抜け出せた時、大きく足並を乱さなかった結束力は民主党にとって一つの財産となり得るのではないでしょうか。

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コメント

 お仕事お疲れ様です。
 今回の一連の流れにつきましては、非常にいかがわしいと感じる者の一人です。
 我が国は表面上「先進民主主義国家」の形態をなしておりますが、第二次大戦以降、今日まで実際は、「開発独裁国家」であり韓国の朴(パク)政権やフィリピンのマルコス政権と同一のものであったのではないかと思います。なぜならば、戦後、疑獄事件で逮捕された人々は大半が田中派=経世会人脈であり、岸信介一派には、その嫌疑がかけられても、殆ど検察はスルーすることが常となっていました。
 自民党(および巨大マスコミ)には、戦後米国から多額の資金援助があり、半独立国家として日本を保つ必要があったようです。沖縄基地問題などで、彼らが反撃しない筈はありません。
 今回の政権交代は、そのような戦後の総決算としての意味も持っており、既得権益を失いたくない官僚組織やマスコミなどのアンシャンレジュームの膿を徹底的に出してもらいたいと考えます。

投稿: 民社系労組員 | 2010年1月24日 (日) 10時08分

国政は、大統領制を採用する地方政治とは異なって、議院内閣制を採用してる。
”議員と職員(公務員)”という2つの立場で考えるとすると、内閣総理大臣は”就任の絶対条件として、議員という立場である事を要求される特殊な『職員(公務員)』”としての側面を有するように思っています。内閣総理大臣以下内閣を構成する大臣は、全員が”特別職『公務員』”ですから。国会議員を特別職国家公務員に含めるかどうかは、現行法体系の下で争いがあるけれど、内閣総理大臣や国務大臣・副大臣・大臣政務官は明示された特別職の国家公務員だから。
今の内閣を構成する大臣は全員が国会議員として選ばれた人たちなので、”立法府の構成員”という立場が基盤になるのは、これは仕方がない。しかし、内閣総理大臣以下国務大臣に就任した瞬間から、”行政権の主体の構成員”という役を演じなければならない。行政機構に必要以上に取り込まれる必要はない。けれど、行政権の一部(行政組織の一員)という自身の役どころは、やはり弁えておかないと。副大臣や大臣政務官だって同じく。
立法と行政の境界の曖昧さは、議院内閣制が本質的に内包する側面であるし、行政は立法の下にあるのは当然であるけれど、行政には行政としての責めがある。とりわけ内閣総理大臣の一連の発言は、”純粋な立法の構成員ではなく、行政の構成員(しかも最終責任者)”という思考様式でなくて、”純粋な立法の構成員”としての思考様式から抜けてない気がする。勿論党首としての立場もあるので、党の集会での発言については若干”立法の構成員としての色”が強く出るのもやむを得ないかも知れない。けれど、内閣総理大臣としての言動が期待される場面では、それだけでは非常に拙い。受け手は、立法の構成員(党首)ではなく、行政の最終責任者(内閣総理大臣)の意思表明を期待してる訳で、その際には内閣総理大臣が議員であると言うことは取りあえず脇に置かれるんだから。
行政職員だって、議員の発言でなく行政の最終責任者の発言として受け止めるのが職責なんだし。「あれは党首(議員)としての発言だった」で済む間は良いけど。行政組織が、”首相の指示として真剣・深刻に受け止めて行動すると危うい(どうせ直ぐに撤回されたり釈明されたりする)発言を続けた結果、首相の言葉が軽すぎて指示として真剣・深刻に受け止めないという事態が常態化するのも危うい”。
この点を、もう少し、深く真剣に考えて欲しい。

私が、この騒動を受けて最も懸念するのは、内閣総理大臣以下政務三役が、”行政権の主体を構成する”・”行政について責任を負う”という事がどういう事なのか?という事をどう考えておられるのかについて。
政務三役・とりわけ内閣総理大臣以下の国務大臣は、単に立法機関から送り込まれた監視・問責担当者という役回り”だけ”が決して全てではないのだけど、その点について何か不安を覚えるんですよ。杞憂ならそれで宜しいのですけど。この件に限らず施策の遂行(事務執行)に必要なヒト・モノ・カネ・時間を適切に見積もって、実現可能な人的・物的体制を整えられるような、十分な時間軸を設定した執行命令を出すのも、管理監督者の非常に重要な役目なのに。適正な応答時間や労力(人的・物的資源の量)の見積抜きに、無責任な言動が目立つ気がして、”判ってるんかいな?”と危惧を感じる訳です。地方公共団体の現場も(子ども手当のみならず)これから大変だと思いますよ。

ついでに言えば、与党になったら、野党の時に与党に対して自らが行ってきたような言動・世間や報道組織からの言動が、同じように自身に向かってくるのは、当たり前だ。報道組織に問題がないとは決して言わない・思わない。でも、そんな報道組織の言動に乗っかって与党を責めてきたのが、他ならぬ今の与党なのも間違いないから。

投稿: あっしまった! | 2010年1月24日 (日) 11時44分

今回の記事ですが、あまりに酷い内容で閉口しました。こちらの管理人氏は、もう少し世間に近い感覚の持ち主と思っておりましたが、私の考え違いだったようです。
どこをどう考えれば、今回の記事のようなことを書けるのか理解に苦しみます。扇動を狙って意図的に書いているならまだしも、あまりにも考えが極端であり稚拙と言うべきですね。
これほどハッキリとした悪を容認できる感覚の人間が行政に居ると思うと寒気がします。私たち市民は全力で、このような職員を辞めさせるように活動しなければならないと知りました。
いつも話題の阿久根市長ほどでは無いにしても、市職員に当たり前の感覚を取り戻させる市長の登場を、心から待ちたいと思います。

こちらを見るようになって阿久根市の事を知り、竹原信一後援会というサイトを見て、そのあまりの極端さに笑っておりましたが、こちらも負けず劣らず極端だと言うことを強く認識しました。
多分、本来あるべき姿の感覚とは、ここと後援会サイトの意見の中間くらいにあるのだと思います。

今回の記事で、こちらの市職員は市民の敵を明確に知ることが出来ました。感謝します。

投稿: | 2010年1月24日 (日) 20時42分

民社系労組員さん、あっしまった!さん、2010年1月24日(日)20時42分に投稿された方、コメントありがとうございました。

この問題を通し、いろいろな切り口から個々人の考え方やとらえ方があり得るものと思っています。そのことを踏まえ、私は「小沢代表の言葉を信じてみよう」であり、一方で、その弁明が破綻するようであれば、議員辞職も判断すべきだろうと考えています。

同時に検察捜査の問題点、民主党の対応の拙さなども提起したところでした。当然、今回の記事をお読みになった方、それぞれの印象や感想も異なるのだろうと受けとめています。しかし、2010年1月24日(日)20時42分に投稿された方が次のように批判されるのであれば、具体的に「何が不適切なのか」を指摘いただかなければ釈然としません。

>これほどハッキリとした悪を容認できる感覚の人間が行政に居ると思うと寒気がします。私たち市民は全力で、このような職員を辞めさせるように活動しなければならないと知りました。

さらに「市民の敵」とまで書かれるのでしたら、ぜひ、納得できる解説をお願いします。その説明に納得できた場合、全面的に記事の訂正や謝罪を行なう覚悟もあります。なお、意見交換をスムースに行なうためには、名前欄はご記入くださるようお願いします。

投稿: OTSU | 2010年1月24日 (日) 21時26分

別に小沢さんの肩を持つわけではありませんが、定期を担保に融資を受けることなんてだれもがやっていることです。(わたしの通帳マイナスばっかり…)
集金が済む前に、支払期限が来そうだからとりあえずポケットマネーで立て替えるなんていうことも、別に珍しいことでも何でもない。
今回の事件って、小沢氏が悪いやつだという意識がなければ、だれにどんな迷惑をかけたのかわかりにくいニュースです。
今回小沢さんが、すぐに会見を開いたのは、検察リークと偏向報道を封じ込めたいからでしょう。実際、今日の報道には、「関係者によると」という記事がほとんどない。説明の内容がそのままテレビに映ることで、有罪を誘導する報道を封じ込めることに成功しているように思えます。
推定無罪という言葉は、中学校社会科で誰しも教わる基本的な言葉です。
しかし、日本の報道や司直はどうでしょう。推定無罪ではなく、推定有罪です。

小沢さんがどんな悪い人なのか知りません。
しかし、日本が少しでも変わるかもしれないと思わせてくれた功労者であることは間違いないと思います。
その政治的な功労者を政治的に抹殺しなければならない理由があるのなら、わたしはそちらの方を知りたいと思います

投稿: Q | 2010年1月24日 (日) 22時19分

Qさん、コメントありがとうございます。

前回の私のレスは少し感情面が先走っていました。それに対し、Qさんのような冷静なご意見によって、私自身の言葉不足などの拙さを補っていただいているものと思っています。ありがとうございました。

投稿: OTSU | 2010年1月24日 (日) 22時41分

岐路に立つ民主党、現在の状況はまさにそのとおりですね。雇用問題がクローズアップされているなか「公設派遣村」での一連の騒動、これは石原知事の「もうやらない」との決断をまねくことに。地方の調整も行わず行った「ワンストップ・サービスデー」(私が住んでいる県では知事が派遣を断り、市も同様の措置をおこないました。)は地方自治体が困惑している状態です。
経済状況は外需頼み、沖縄の基地問題は暗礁に乗り上げており、小沢幹事長の件は、捜査の結果を冷静に待つとしても、今が正念場であることに変わりはありません。
あっしまった!指摘される点については日々の業務で感じることが多く、日本をどうするかといった「グランドデザイン」がないまま物事がすすんでいるようにも感じます。(落ち着いた議論を党内ですることも必用かも知れません。)

投稿: ためいきばかり | 2010年1月24日 (日) 22時57分

ためいきばかりさん、コメントありがとうございます。

記事タイトルの付け方に苦慮することの多さを記したことがありますが、今回もピタッと当てはまっていなかったかも知れません。小沢幹事長の政治資金問題を中心に取り上げましたが、ご指摘のように現在の民主党は様々な難問を抱えています。その意味で、まさしく難しい岐路に立たされているものと思っています。

なお、たいへん恐縮ですが、敬称もれにはご注意くださるようよろしくお願いします。


投稿: OTSU | 2010年1月24日 (日) 23時18分

仕事が忙しゅうて、テレビ新聞から離れとったら、えらいことになってるやんか。床屋に行ったら、オヤジ同士の会話はもう小沢はんのことばっかりやった。そらそうやわな。

まぁあんな顔してるしな、世間での旗色は極めて悪いで。「あー、やっぱり」、みたいなな。オレはなんかそういう雰囲気が豪腕と結びついて魅力になってたと思てるんやけど、ホンマに捕まったらあかんわな。いやまだ捕まってへんけどやな、テレビで速報入るたびに(新展開か?)て思いながら画面見てたもん。実際は東北の地震と名護市の選挙やったんやけどな(もっとも今国会の最中やから、すぐに捕まることは無いんやったな)。さらに捕まっても裁判の結果が出るまでは、確かに推定無罪ではあるんやけど、民主党としてはもう大打撃やろ。だって、えん罪の数よりそうでない数の方が圧倒的に多いんやから。

せやから
>潔白を説明できれば一気に風向きが変わる可能性
は、ほとんど望みはないんちゃうかな。記者会見でもさんざん説明してるらしいしな。ただ、元秘書も含めて「不起訴」になったら、話は別かもよ。いや、オレ個人は小沢はん好きやで。

それより、まさに民主党が岐路に立っているこの大チャンスに、自民党は何をしてるんやろか。ずいぶん寂しいやんか。

投稿: K | 2010年1月25日 (月) 00時37分

Kさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

世論調査で内閣不支持率が支持率を上回る結果が出ています。確かに小沢幹事長に対する世間の風当たりは弱まる気配がありません。そのような情勢も覚悟した上で、現時点での私の考えは記事本文で記したとおりです。

なお、説明責任が充分果たされているという前提ではなく、今後、その努力を重ねるべきとの要望を柱としています。さらに小沢幹事長の「不正はない」という言葉を信じ、それが偽りだった場合は、すみやかに議員辞職すべきというものでした。

また、今回の問題を考える上で、サンデープロジェクトの中での議論が興味深く、多方面からの識者の意見に接することができています。明らかに他の番組とは一線を画したパランス感覚が感じ取れました。

投稿: OTSU | 2010年1月25日 (月) 06時51分

あっしまった!さん、管理人様、失礼しました。

投稿: ためいきばかり | 2010年1月25日 (月) 07時15分

ためいきばかり様の呼称の件については、誰にでもタイプミスはある話なので、ノープロブレムっす。と私は思います。(^o^)
とゆ~か、私も時折敬称を忘れたり、HNをタイプミスしたり、他人様のことをアレコレ言えなかったり。(-_-;;)

で、エントリのタイトルからは脱線しすぎなんですけど、民主党様の行政運営に思うところとして。
公共職業安定所でのワンスットプについては、”厚生労働省のやる気のなさ”に帰する意見もあるのですが、私はそんなことは全く思って無くて、「国が自治体に命令することはできない。」とした厚生労働省の見解に賛意を覚えます。生活保護の実務は法定受託事務とはいえ、”自治体の事務として法定されている以上、中央官庁は、協力を命令することは出来ない。要請することしか出来ない。”という基本的な国と自治体の関係を前提にすると、特に年末年始の対応について政治の側が指示を出すのが遅きに失したと見えますので。
それでも、公共職業安定所の年末年始の業務取扱いが何とか実現出来たのも、国の直接執行事務であって組織上も指揮命令系統が厚生労働大臣に直結していたという一点に帰着する部分があるわけですし。それも、内部的には行政機関休日法や一般職勤務時間法との兼ね合いを調整する必要があった筈で。

そもそも、国の直接執行事務である職業安定所の運営と、自治体の法定受託事務をワンストップで行うという事が、平成12年の地方分権改革後の現行法体系の下でどれほどのハードルがあるのかを、「地方分権の一層の推進を主張する立場の方であっても」、十分には理解されてないのではないか?と感じますから。平静において分権の一層の推進を掲げつつ、(不十分といわれる)現行の地方と国の関係を遵守しようとする中央官庁に、超法規的対応を求めて問責するのは、二律背反としか思えないので。

分権を推進するのは宜しいのですが、為政者も国民も、分権推進に伴うデメリットも承知しておかないと。民主党の中の人も、現実の法制度や手続法に則った行政運営を行わないと(法令を改正するにも手続法に則った手続きを踏まないと)拙いんじゃないかな。折々の都合よく、分権の推進(或いは現行の国と地方の関係の遵守)と集権的行政執行を、いいとこ取りで使い分けたらアカンと思うし。

投稿: あっしまった! | 2010年1月25日 (月) 18時53分

直近拙投稿の第2段落2行目冒頭中「公共職業安定所のワンスットプ」とあるのは、「公共職業安定所のワンストップ」の誤りです。お詫びして訂正致します。m(__)m

投稿: あっしまった! | 2010年1月25日 (月) 18時58分

ためいきばかりさん、あっしまった!さん、いつもご訪問ありがとうございます。

幅広い視点から様々なお話を伺えることについて、たいへん貴重な機会だと思っていますので、私からも子ども手当に関して一言。児童手当をそのまま残して、新たな制度を重ねる案に対し、現場の実務担当者は青くなっています。もう少し自治体の声が適確に届くようにならなければ、「地方主権」確立のマニフェストが色あせてしまうことを心配しています。

投稿: OTSU | 2010年1月25日 (月) 22時35分

今回の記事について、私も問題があると感じています。

こちらにもリンクがありますが、私の好きなサイトに「地方公務員拾遣物語」
というのがあり、その中で我々公務員に与えられた権力は絶大で、時には助け
る命、見捨てる命の選択すら行う時があると記されています。すべての者が常
にその様な立場に立つ訳ではありませんが、その意識の持ち方といいますが、
立ち位置の調整には最大限の注意が必要と感じております。

その点、今回の件では「検察の判断を静かに見守る」べきであり、「小沢代表
の言葉を信じてみよう」というOTSUさんの言葉は安易で軽率と思います。
今日の新聞ではさらに5000万の裏金が行方不明だそうですし、国民の大多
数が未だ疑惑の目で見ている件なのですから。
我々に課せられた「中立」という命題を、自分に厳しい視点で、もう一度見直
す事が必要ではないでしょうか。

そして今回の記事についてですが、間違いがあれば謝罪ですむ問題でも無いよ
うな気がしています。

投稿: むかし民間、今・・ | 2010年1月26日 (火) 08時07分

名無しさんのような決めつけは論外ですが、推定有罪と考えている人は多いと思います。
仮に違法なことをしていても、ある面で完全犯罪が最も成功しやすい分野であること、彼が師事してきた人物にそういう傾向があるからです。まあ検察が本質は政治資金規制法ではなく、収賄の金を隠していたかどうかが関心事項ではないでしょうか。ともかく、推定無罪は働くとしてもそれは刑事事件としての問題で、検察任意の事情聴取に応じたから済む訳ではなく、選挙で選んでもらった国民に説明責任があると思います。彼は疑われていますから当然ですが、これはほかの議員も同じで、監督責任とは、自分が知らなかったとして免れられるのか、梨下に冠を正さずという言葉の意味をもう一度よく考えて欲しいです。
但し、この議論は議論として、予算審議だけは並行してやって欲しいですね。

投稿: とおる | 2010年1月26日 (火) 12時47分

まあ何というか証拠も無いのに決めつけはよくないけど、信用第一の商売で疑われるようなことするな、疑われたならキチンと説明しなさい、という事です。

投稿: とおる | 2010年1月26日 (火) 12時52分

むかし民間、今・・さん、とおるさん、コメントありがとうございました。

私が発した内容に対し、賛否両論、と言うよりも世論調査の動向から見れば、厳しい批判を受けることも覚悟していました。しかし、公務員という立場を明らかにしている者が、今回の記事のような発言をすること自体に「市民の敵」という非難の言葉を浴びるとは想像していませんでした。加えて、むかし民間、今・・さんから寄せられた今朝のコメントに関しても、正直なところ簡単にうなづけるものではありません。

私自身、市役所職員とともに自治労に所属する組合の役員であることを明らかにした上で、このブログを運営していますので、今さら単なる一個人の意見であるような言い方をするつもりはありません。確かに地方公務員法第36条で、私たちは政治的に中立であることが定められています。しかし、この規定は公務員のまま立候補できない、地位利用による選挙運動の制限などを示したものです。

当然、職務の中で政治的に偏った言動を行なうようであれば弁明の余地のない、厳しく指弾される愚かな行為となります。しかし、その職務を離れた私的な時間や場で、個人的な思いを発することが批判の対象となることには強い違和感を拭えません。それこそ憲法第21条の表現の自由、言論の自由を侵す話につながりかねないものと思っています。

一方で、発言内容の中味が信用失墜行為と見られていた場合、そのような心証を与えないように細心の注意を払わなければなりません。したがって、結果的に「市民の敵」のような批判を受けたことは、その事実の重さは率直に受けとめているところです。そのため、小沢幹事長絡みの問題について当ブログを通し、もう少し掘り下げてみる必要性を痛感しています。

まず「ハッキリとした悪を容認できる感覚」という批判を受けました。現行犯逮捕の明確な容疑者を擁護していた場合、そのような批判が当てはまります。確かに圧倒的な世論の声として、小沢幹事長「クロ」という構図となっています。誤解がないように繰り返しますが、今回の記事本文で、決して無条件に小沢幹事長の続投を支持している訳ではありません。

丁寧な説明責任を果たすことを求め、さらに万が一、明らかな不正が発覚した場合など即時に議員辞職すべきものと考えています。わざわざ昨年の記事を紹介したのは、シロクロが曖昧なままでの幹事長辞職で今回の事態は収束できない根深い問題を感じているからでした。つまり検察の捜査やマスコミ報道のあり方について、しっかり浮き彫りにする貴重な機会であるように感じています。コメント欄としては、かなり長くなっていますので、いったんここで終わらせていただきます。この続きは改めて書き込む予定です。

投稿: OTSU | 2010年1月26日 (火) 22時14分

子ども手当と児童手当について言いたいことはあるのですが、取り敢えず脇において、
エントリ本文の主題については、自力で直接見聞できる話ではないですし、
いろいろと微妙な論点を含むと思われるので、直接の投稿は控えてきたのですが、少しだけ。

以下は、何の権能も学識も立場もない人間の、脊髄反射的私見ですけど、、、、。

今回の事案では、確かに党や(狭義の)内閣の側の言動も、首をひねる部分もあるように思います。
一方で、検察側の対応にも”いろいろな意味での危うさや際どさ”を感じる部分があるように思います。
同じく、報道機関の対応にも、問題が皆無とは言えないとも思えます。
攻守どちらの立場に立脚しても、「ある種の異様な雰囲気がある」という感じ。
幹事長氏については、法的問題とは別の次元での問題設定が可能なようにも思いますし。

ところで、地方公務員でいらっしゃる管理人様が公務外で発信されるという前提において、
このエントリは政治的行為の禁止について定めた地方公務員法第36条に、
「直ちに抵触するとは断言し難い」と感じます。(根拠レス直感で感じるだけです。)
地方公務員法第36条は、国家公務員法(の委任による人事院規則)のそれと比して、若干緩いですし。

これが、現職国家公務員の方の執筆されたブログエントリであるとすれば、
法律上の問題とは別の観点から、検討すべき点があるように思いますけど。

もちろんモノの見え方感じ方は人それぞれですし、ブログでの取扱いについて慎重であるべきテーマだとは思います。

投稿: あっしまった! | 2010年1月26日 (火) 22時50分

私自身はOTSUさんと方向性は異なる(家族構成の関係もあり、どうしても旧社会党系が受け入れられないというか、どちらかというとKさんに近いかも・・)と思っていますが、言われている内容自体は納得できるものですし、何よりもこれらはOTSUさんの個人的な意見表明にすぎまない訳で、それは思想信条の自由として保障されていることだと思います。

>今回の記事のような発言をすること自体に「市民の敵」という非難の言葉を浴びるとは
私の父は自衛隊で幹部をしていました(もう10数年前に退官しています)。それで全国あちこちに行ったものですが、沖縄に2年半ほど住んだこともあります。かなりひどい扱いを受けました。
何かあるとクラスの友人からでも「ナイチャー(内地人:本州から来た人間)は沖縄から出て行け」「戦争反対」「自衛隊は憲法違反」ということを言われたものです(教師にはあからさまな人はさすがに少なかったですが、親から見るとかなり・・だったそうです)。特にショックだったのは、当時自衛隊の家族が住んでいた家が放火され、ボヤで済んだものの新聞での扱いは「放火は良くないが、沖縄県民の気持ちを考えるとやむを得ない面もある(琉球新報)」というものでした。

例えが変かもしれませんが、おそらく、今のOTSUさんの気持ちは、当時の私の気持ちに近いものがあるのではないかと思います。
(旅行するには沖縄は良いところなのですがねぇ、、。)

投稿: とおる | 2010年1月26日 (火) 23時02分

ここまで長くなるコメントであれば記事本文で、まとめてみようかどうか迷いました。結局、週一の投稿間隔を優先したところでした。実は記事本文には下書き機能があり、書いている途中で保存することができます。コメント欄にはその機能がなく、長々と書いた文章が一瞬の操作ミスで、すべて消してしまう心配がありました。そのため、今回のように2回にまたがることをご容赦ください。

さて、昨日の読売新聞夕刊に「石川議員、手帳にホテル名 面会裏付けか」と大きな見出しが躍りました。やはり「関係者によると…」という枕詞があり、水谷建設側が供述した5千万円を渡した2004年10月15日、石川容疑者から押収した手帳のその日の欄に渡した場所とされているホテル名が書かれていたと報道されました。石川容疑者が水谷建設側と面会した証拠の一つとして重視されているとし、水谷建設側と一切会ったことがないという石川容疑者の供述の偽りを示すような論調でした。

しかし、今朝の読売新聞に小さく訂正という欄があり、小見出しもなく、その手帳は2005年のものであり、ホテル名が記載されていた時期も10月ではなく、4月だったと記されていました。「記事と見出しの当該部分を取り消します」と本当に目立たないように書かれていました。

今回の問題の中で、報告書の記載に関して確かに不適切な箇所があったのは間違いないのかも知れません。また、政治資金で不動産購入の問題が取り沙汰されていますが、すべて小沢幹事長のケースは法改正以前の話であり、誰もが知っていた事実でした。いずれにしても、まだまだ分かりづらい点が多いため、小沢幹事長側も適確に情報を発信していくことが欠かせません。

とにかく昨日の読売新聞の報道のように不正確なものでは非常に問題です。そのような意味合いから幸いにもネット上では多様な情報や考え方に接することができます。その一つとして、元社会部記者のブログ「永田町異聞」の記事が、たいへん興味深いものがありました。URLを紹介しますので、ぜひ、一度ご覧になっていただければ「なるほど」と感じるところがあるのではないでしょうか。

http://ameblo.jp/aratakyo/

投稿: OTSU | 2010年1月26日 (火) 23時03分

とおるさん、コメントありがとうございます。

そのようなご苦労と今回の私への批判など、とても比べられないものと受けとめています。「放火は良くないが、沖縄県民の気持ちを考えるとやむを得ない面もある」という新聞の言い分も驚きでした。

投稿: OTSU | 2010年1月26日 (火) 23時12分

あっしまった!さん、コメントありがとうございます。

いつも補足となるご意見や解説に感謝しています。ただ「ブログでの取扱いについて慎重であるべきテーマだとは思います」というアドバイスをいただきましたが、実は火中の栗を拾う思いを強めているところです。

投稿: OTSU | 2010年1月26日 (火) 23時18分

蒸し返すようで申し訳有りませんが一言だけ。

> 確かに地方公務員法第36条で、私たちは政治的に中立であることが定めら
> れています。しかし、この規定は公務員のまま立候補できない、地位利用に
> よる選挙運動の制限などを示したものです。

法律の解釈がどうであれ、判例がどうであれ、大多数の市民は上の様な感覚を
持っていないと思います。それは理屈ではなく感覚なんだと思います。そこを
理解されないから、色々な部分で今のような反発を招いていると思うのです。

自分の感覚で市民目線を理解し、自身の立ち位置を調整する必要があると思っ
ています。理屈をこねても理解はされませんので。

投稿: むかし民間、今・・ | 2010年1月27日 (水) 07時32分

えーっと・・・・

私は、単純に「検察と『戦う』のは『悪人』だけ」だと思ってしまいます。

子どもには、警察は悪い人を捕まえる正義の味方と教えてますし。
世の中はそんなきれい事だけじゃすまないって理屈でもいいですけど、日本の一番偉いよーな人たちが、「警察が間違ってて自分たちが正しい。だから『戦う』」ってのはどーも納得いきません。

検察に説明し、自分の潔白をはらすために、なぜ『戦う』というのか。
悪い人は共感するかもですけど・・・・
国民みんなが、「警察のいうことなんかきかなくていい。だって一番偉い人だって自分の理屈でうごいてるでしょ?」って考え出したらと思うと心配です。

投稿: kirisima | 2010年1月27日 (水) 20時57分

検察側が意図的な捜査を行えば話は別ですが、民主党の反応は首をかしげたくなるものも多く、発言には注意していただきたいものです。
むかし民間、今・・・さんの「理屈ではなく感覚」にも若干違和感があります。「長いものにまかれる」これでは法律があってもなきに等しいものになると感じています。
小沢幹事長の(今回の件以外の)さまざまな(特に昨年末)発言に私個人はおかしいと感じていますが、今回の件では法的な判断を見ていきたいと思っています。それと同時に野党時代、事務所費等のミス(悪質なものを除く)まで執拗に追及していたのですから当然、同様のことが起これば批判および進退については、同じ基準で判断されるものであるとも思っています。

投稿: ためいきばかり | 2010年1月27日 (水) 22時58分

むかし民間、今・・さん、kirisimaさん、ためいきばかりさん、コメントありがとうございました。

それぞれのご意見に対し、私なりの思いがあります。繰り返しのような話となりそうでもあり、まとめて次回記事で自分自身の問題意識などを綴らせていただこうと考えています。さらにその記事がどこまで具体的なレスにつながるのかどうか分かりませんが、ご理解賜れますようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2010年1月27日 (水) 23時50分

民主党、まさに岐路ですね。
沖縄米軍基地問題は、二転三転、紆余曲折。

沖縄の歴史・環境は、独特なものがありますから、
その背景を、少しでも吸収してから、いろいろ考えてみる、
という努力をすれば、これほど酩酊することがなかったように思っています。

私も、元々は、沖縄とは全く無縁な土地柄ですので、
沖縄の背景など、全くなかったと言っても言い過ぎではないくらい無知でした。

たまたま、妻が沖縄出身で、
帰省に同行したり、身内の話を聞くにつれ、
徐々に、沖縄の独特な環境を知ることとなりました。

今回の、普天間基地の移設についても、
「辺野古でいいんじゃん」という発想は、
まさに、やまとんちゅ(本土人)の考え方であって、
名護市民にとっては、妥協の末の妥協案として、
かろうじて合意が取れているにすぎなかった、
今回の市長選で、その民意が変わったのは、
ある意味、当然だったかもしれません。

うちの妻の話に戻りますが、
終戦直後に、米兵に強姦され、生まれた子供が妻のおじさんである、とか、
戦時中に、上空の飛行機から銃を撃たれ、
サトウキビ畑に逃げ込み、何とか一命を取り留めたのが妻のお父さん、とか、
そんな話を聞くと、

とおるさんが書かれているような、沖縄での仕打ちや、
琉球新報の記事も、わからなくもないなぁ、と思ってしまいます。
それほどまでに、特殊事情が、あの地域にはあるなぁ、そうだよなぁ、と感じます。

強引に話を戻しますと、
民主党の方々は、もうちょっと事前調査して、
官僚から情報を聞き出すなど、上手いこと使って、
その後で発言すれば、混乱は少しは防げるんじゃないかと、
素人ながらに思います。

投稿: イール | 2010年1月28日 (木) 00時50分

イールさん
被害者が加害者に抱く感情、なら理解できるんです(是非はともかく)。
無関係の第三者が、無関係の第三者に対して行った犯罪を、公器(と世間が認めるかどうかは別として)と自認するマスコミが
「仕方がない」なんて書くことが「理解できない」んですよ。
中国の「愛国無罪(国のためにやったことならなんでも許される)」韓国の「反日(韓国から日本にミサイル打ち込む絵を子供が描いてそれを地下鉄の構内にいくつもならべて展示する)」
と同じような違和感を感じるのです。

OTSUさんは検察の捜査に疑問を感じていらっしゃると思いますが
・河野太郎氏は、「マスコミが検察にリークした証拠をもっている」と思いますか。
・マスコミのいう関係者=検察と思いますか(≒でなく)
・永田町異聞に書かれている検察官の発言は、佐藤優氏の著作物に書かれただけでなく、検察官が公式に認めたものだと思いますか。
・永田町異聞の論拠は、佐藤優氏の著作物での検察官の発言を是としたところから始まっていますが、その引用部分の真偽について
 きちんと確認されたり、裏を取ったりしていると思いますか。
 「元」がつくとは言え、マスコミ関係者の発言として、裏を取っていない思い込みの発言でも、信用するに足ると思いますか。

ちなみに私は、たまたま読んだ本に影響されて思いつきで書いたんだろうなーと思いました(「検察の暴走」とか「検察が怖くて
物が言えない政治家やジャーナリスト、識者」とか、うさんくさいキーワードが並んでいるなぁ・・と)。

投稿: とおる | 2010年1月28日 (木) 07時24分

イールさん、とおるさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

私も沖縄を何回か訪れ、沖縄戦の歴史や基地の現状などに触れる機会があり、イールさんの述べられていることが分かります。その意味で、今回の普天間基地の問題を通し、幅広い人たちが沖縄のことを考える機会にすべきだろうと感じています。

とおるさんからの問いかけですが、いずれも断定できる内容は少ないようです。そのことを前提として、どのように受け止めていくべきかを悩んでいます。詳しくは改めて述べさせていただきます。

投稿: OTSU | 2010年1月28日 (木) 08時27分

「情理を兼ね備える」と言うのが理想でしょうし、そう言ってしまうのは簡単ですし、耳障りもいいですけど。

近代の統治体制の公務の世界(公務執行の世界)というのは、”情”or”理”となれば、ギリギリの局面で”理”を優先しないといけない世界なのも事実。諸々の強制執行なんかはその一例でしょ。
この場合の”理”というのは法令であって、法令制定過程において”情”を折り込み、利害を調整してバランスをとるのは立法の仕事。それ故に、立法機関の構成員は普通選挙で選ばれるという政治的正当性を有するんだから。”行政の言いなり”という批判もあるだろうけど、”言いなりになるような議員しか選べない責任”は有権者が負わないといけない。

個別事案で、”情”を無視してよいものでは決してないけれど、”理”を唱える努力を放棄するのも同じくらい拙いと思う。”情”だけが強くなりすぎると、近代の統治体制は機能しないばかりか、時として国全体の途を誤りかねない。この国でも、戦前にそういう事態が起こったという歴史があるんだし。軍部の暴走を抑止できなかったことの端緒は、”情=民意・世論という空気や報道の論調”の前に、”理=法令・条理”を曲げてしまったことに帰結する部分があるから。(5・15事件の事後処理のこと)

そう言う意味では、”理”を唱えるという立場で発信する人が居ないと拙いし、唱えられる”理”が”理”として正しければ、”情”にそぐわないからといって、”理”の発信者の口を塞ぐのは危ういだろうと思う。

投稿: あっしまった! | 2010年1月28日 (木) 08時34分

ちょっと、追記。m(__)m
ただ、現行の”理=法令”そのものに問題があるなら、正当な政治的手続によって、”理=法令”を変えるべき。
でも、それはこちらの管理人様の仕事ではないのだから、管理人様の仰る”理”が、現行の”理=法令”に合致するのなら、それはそれで是としないと拙いよね。「今の法制度はこうなっています」という説明には聞く耳を持たないとさ。法制度に文句を言うなら、管理人様に言うのは筋違いなんだから。

投稿: あっしまった! | 2010年1月28日 (木) 08時40分

OTSUさん、こんにちは。
私は、小沢氏に疑問を置く方も、OTSUさんの提示されたブログを書かれている方も、
どこに信を置くかによって結果的に立場が異なるだけで、確たる証拠もなし(ある種のストーリーと、
それと合致する状況による推定のみ)に決めつけているという点では結局は同じだと思います。

要は、「状況証拠と動機があればOK」ならその筋を通した反対意見も受け入れなければいけませんし、
「確たる証拠が必要」なら自分の側の意見にもその証拠を求めなれば「ダブルスタンダード」ということです。

私が思うに「政治家」とは(法律に触れない範囲であればもちろん、触れていたとしても)選挙で勝ちさえすれば許される世界です。
選挙が裁判なのだとすれば、当選こそが判決なのですから、陪審員裁判で裁判員の心証を良くすることが必要なのは確実ですが、
そうでなくても(鈴木宗男議員のように疑惑としてもたれ続けても)問題ないのは間違いない。

そうは言っても、やはり政治家にはクリーンではあってもらいたい。
「秘書がやりました私は知りません」が事実かどうかなんて本人でしかわからないこと言われてもって感じです。
一方で、「知らなかった証拠」というのは、出しようがないのも確か。

だからこそ、李下に冠を正さず(すいません前回「梨下」と書きましたお詫びして訂正します)であるべきだと思うのです。
そして疑われる行為は厳に慎み、場合によっては職を辞する。それくらいの心意気はもって欲しい(でも「クリーンなだけ」の人間はいりません)。

投稿: とおる | 2010年1月28日 (木) 18時26分

あっしまった!さんの言葉の定義をそのまま使わせて貰います。

> 現行の"理=法令"そのものに問題があるなら、正当な政治的手続によって、
> "理=法令"を変えるべき。
> でも、それはこちらの管理人様の仕事ではないのだから、管理人様の仰る
> "理"が、現行の"理=法令"に合致するのなら、それはそれで是としないと

まったくその通りなのかも知れませんが、この考え方で公務員を批判的な目で
見る人(例えば1/24に書き込んだ無名さん)と、相互に理解出来るのかと
問えば、私は相互理解は無理だと思います。この考えでは、あの人は論外だか
らと拒絶するのがせいぜいで、そこに残るのは相互拒絶になると思います。

また、OTSUさんの考え方すべてを否定はしていませんが、それで過去から
今までの長い時間の中で、相互理解が少しでも進んでいるのかと問えば、やは
りこちらの答えも否になるかと思います。私が奉職してからの短い間でも、相
互拒絶は確実に増えており、この様な方が増え続ければ今後どうなるのかと思
います。そして、やり方は異なりますが、私はまだ相互理解を諦めてはいませ
ん。ただ既存のやり方ではまったく効果がないと認めています。

> 公務の世界(公務執行の世界)というのは、"情"or"理"となれば、ギリギリ
> の局面で"理"を優先しないといけない世界なのも事実。諸々の強制執行なん
> かはその一例でしょ。

公務執行の世界では確かに"情"が入り込む余地はありません。しかし幾ら"理"
を説明しても納得されない人が多いのは事実です。「お前らが勝手に作った法
律だろ」とは収納を担当した者ならば一度は必ず言われるセリフで、それでも
強制執行を実行し、それを完璧に正当化する為には"理"超えた"情"で自分自身
を縛っておくことが必要と私は考えています。

相手と同等に自分を縛っている程度では、決して相手から見て公平と判断され
る事はありません。相手に対しては"理"で接しますが、自分に対しては"理"を
超えた"情"です。
どの程度が公平と見られるか、量的な事で例えると「相手と対等に話したけれ
ば倍動け」「人を使いたければ3倍動け」とは、私が新人時代に当時の上司に
叩き込まれた事ですが、実際に今までの経験上でも間違いなかったと思ってい
ます。
相手の理解を得るには、この程度の差はどうしても必要になるものです。

その点で公務員に望まれる政治的中立を考えれば、私は一切の政治的な主張や
活動は自粛すべきだろうと、さらに進めて公務員に選挙権は無くても良いかも
知れないとも考えています(もっとも現状では当然選挙には行きます)。
それくらすれば、流石に「お前らが勝手に作った法律だろ」と言われる事は無
くなると思いますし・・。その本音は強制執行を完璧に正当化する為ですが。


私はどうも極端に自分を縛りますが、それを自分で苦痛と感じる能力が無いよ
うですので、これが正しいと言い切れません。ただ、今まで主張が立派すぎた
公務員と組合ですから「しばらくは敗北主義で良いのではないですか」と思っ
ているところであり、組合には職員を縛る方向の活動もして欲しいと強く強く
思っています。そうでもしないと公務員の不祥事って減らないですから。

投稿: むかし民間、今・・ | 2010年1月28日 (木) 21時34分

>とおるさま
たしかに、新聞がコメントするような表現ではないですね。それは同感です。

ま、ただ、「琉球新報」ってところが、ある意味ミソかな、とも思いました。
「あんた、まぁ、そうは思っててもねぇ~。
 新聞屋が、そう書いちゃぁいけねぇよっ。」
という程度のリアクションで、どうでしょうか。

#これが、全国紙レベルでは、ちょっとどうかと思います。
#うちんところの地元紙でも、いい加減なことを書きますので、
#呆れて購読やめちゃったこともありますが、
#地方紙だと、そういうところが少なからずあるんじゃないでしょうか。

#…だから、なんでも書いて良い、ということでは、当然ないんですけど。

>むかし民間、今…さま
三倍働けってのは、わかりますねぇ。
でも、いざ、三倍働こうとしても、疲れちゃいますしねぇ。

#今週、月曜日に22:30まで仕事したら、
#もう週半ばでへとへとです。
#なかなか、三倍までの道のりは、長いです…。

投稿: イール | 2010年1月28日 (木) 21時56分

私の心情を独白すると、
確かに、”理をといて得心してくれる人、得心できなくても立場や依拠するコトワリ(理)の違いを理解してくれる人”が多数派なら、公務の現場がここまで疲弊したり、中の人が追い詰められることも無いと思う。残念ながら。

だから、現実はもはや理の通じる状況ではないという、理に安住していられる事態ではないという、
そうした切迫した心情というのは、そうした心情の持ち主が自ら体得・得心された真実だろうと思うので、
私は、そうした考え方を否定したり、宗旨替えを求めるつもりは無かったりするのです。

一方で、情だけの世界に危惧を覚えたり、理を唱える努力を放棄するのは危ういとか、
公務の側にも依拠するコトワリ(理)があるということ、それが如何なるものであるかということ、
そうしたことを伝えていこうとする心情もまた、その心情の持ち主が自ら体得・得心された真実だろうと思うので、
私は、そうした考え方を否定したり、宗旨替えを求めるつもりは無かったりするのです。

おそらくこちらの管理人様は、後者の立場だろうと推察しているのですが、
私には、「そうした管理人様の努力や姿勢を否定する意図は無い。」ということです。
そうした姿勢が、事態の好転に寄与するのか、悪化を促進するのか、それは正直判らないですけれど。
それでも、理を訴える姿勢を全否定することは出来ないというのが、私の心情なんですよね。

投稿: あっしまった! | 2010年1月28日 (木) 22時24分

追記:”筆の運び方”とか”語彙の選び方”とか、そういう観点からの検討は有意義だと思います。
必要以上に状況を悪化させることも、避ける必要があるとも思いますから。

投稿: あっしまった! | 2010年1月28日 (木) 22時26分

イールさん

いやまあ、思っててもクチに出さないのが大人ってもんですよね。
所詮マスコミなんて、といっちゃってもいいんですが、そういう
新聞しかないと、常識と感じる感覚がおかしくなっちゃうのが問題かなと。

それと、そういう発言をする人間は別にして、個人的な関係で言えば、
特にで悪感情を抱いてるわけではありませんのでご心配なく。
あまりにも理不尽なな「悪意ないし敵意」の表明に愕然としてしまう感覚の例として
私の経験を示したものに過ぎません。

ただ、白タクがごろごろしてたり、自転車泥棒が多くて中学校が自転車通学禁止だったり
(那覇市内です。毎日4.5km歩きました)ナンバーをスプレーで白くして
はっきり見えないようにしてる車がやたらといたり、結構他の土地とはいろんな面で違うなと思いました。
(上の例は悪い例ですが、私の知る範囲では良くも悪くもルーズというか遵法意識はあまりない感じでした)
すみません、この話は本題と関係がなくなってしまうのでこの辺で。

投稿: | 2010年1月28日 (木) 22時40分

このネタに関しては、当方とあまりに考えが違うため、冷静にコメントする事が出来ないと思いましてスルーしていましたが、やはりどうしても言いたい事があり書き込むことにします。ちょっと辛辣になりますが仕様ですのでご勘弁ください。

先日「イール」氏との議論の中でも取り上げましたが、今回の件では公務員に求められる中立性を保てていない、さらに進んで逸脱しているという点で「OTSU」氏に対し、大きな疑問があります。その部分「むかし民間、今・・」氏もおそらく同様の思いでコメントしていますね。

いつもの書き込みからは、かなり温和な性格に見受けられますが「OTSU」氏も職務中に強制執行の一つや二つはするでしょう。つまり他人に対して強力な強制力を持つ立場に居ますよね。

そして、ここからは例え話になるのですけどね。
あるところに裁判官がいたとして、かなり残忍な殺人事件を担当する事になったとします。前提としてこの方は非常に優秀で、職務の中では非の打ち所のない人です。ただ職務を離れた私的な時間でブログを開設しており「私はA党を支持しています」などと言って、その党のB大臣が死刑廃止論者だった場合、さて審理に望む被害者の遺族はどう思うのでしょうね。
この例と今回の例は違うと思うのならば、貴方は行政に係わる場から去った方が良いと思います。そして、どうぞ公務員の立場から離れた上で好きなだけ政治活動をして下さいとしか言いようがありません。

強制力を持ちえる立場にあるというのは、それだけ厳密に中立性が要求されるのです。そこにはですね、
>当然、職務の中で政治的に偏った言動を行なうようであれば弁明の余地のない、
>厳しく指弾される愚かな行為となります。しかし、その職務を離れた
>私的な時間や場で、個人的な思いを発することが批判の対象となることには
>強い違和感を拭えません。それこそ憲法第21条の表現の自由、言論の自由を
>侵す話につながりかねないものと思っています。
などと言ってみても正論とは受け取られません。おそらく詭弁としか写りませんよ。その部分で貴方には足りない感覚が多すぎると思いますので、少々考え方の方向性を修正願いたいと思う状況です。

強制力を受ける立場の者は、それだけ繊細に相手の様子を読み取りますということです。

投稿: mobileSE | 2010年1月28日 (木) 22時59分

皆さん、貴重な提起となるコメントありがとうございます。

先ほど帰宅し、それぞれのコメントを読ませていただきました。今、逐次にレスできず、お時間をいただくことをご容赦ください。なお、その時間の中で、改めて自分自身の考え方を整理してみようと考えています。

投稿: OTSU | 2010年1月28日 (木) 23時40分

「李下に冠を正さず」のところで書こうかと思いつつ書かなかったことですが、
裁判官・警察官・検察官については特にその中立性が求められていると思います。
一般の行政職員でも、選挙管理委員会など特定の業務については同様と考えます。
その立場にある人間は、政治的中立に対しては特に厳正さを求められている(感覚論ですが)と
思いますので、こういうブログですら問題に発展しかねないと思います。

mobileSEさんの例もそうかもしれませんが、例えば石川議員が起訴されたとして、その裁判官が
「私は民主党を応援しています」なんて書いてあったとしたら、大変なことになると思うのです。
(逆も同じです)言うまでもありませんが「手心を加えるのではないか」という疑いが起こるから、です。

逆に、そういうポストにたっていない人、利害関係の立場にない人の思想信条の表明まで
認められない、と言うのはちょっと縛りすぎかな?と私は思います。

mobileSEさんの言いたいことは理解できますが禁止事項にもないことを「やめてから言え」と言っても仕方がなく、
決まり事のないことを自粛以外で強制するなら、きちんと議論を重ねた上で市の条例、あるいは法律で
決めるという手間暇と労力をかけるべきもので、それが独裁を認めないがゆえにややこしく手間のかかる法治国家という制度なのだろうと思います。

投稿: とおる | 2010年1月29日 (金) 00時17分

とおるさん、おはようございます。問題視されている点について、分かりやすく整理いただいたコメントありがとうございました。

すでにお伝えしてありますが、この間の論点について私なりの考え方をまとめ、新規記事に綴ってみるつもりです。ぜひ、またその際、ご意見等をいただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2010年1月29日 (金) 08時14分

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