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2009年12月12日 (土)

阿久根市長の常識、世間の驚き

瞬間風速的に1日のアクセス件数が1万を超えた時もありましたが、普段は千件に届くかどうかで推移しています。その中で、いつもより極端にアクセス数が増えた日は、必ず何か理由がありました。最近、そのように感じた時、「阿久根市」という検索ワードから訪れる人たちが増えていました。これまで5回ほど次のような阿久根市に絡んだ記事を投稿していました。

現在、Googleで「阿久根市」と検索すると当ブログの記事が1ページ目に並んでいます。したがって、阿久根市が注目を浴びると検索エンジン経由で、このブログを訪れる人たちが増えるようになります。やはり阿久根市と言えば、竹原市長が全国的な知名度を上げていました。その竹原市長の言動が、またしても大きな注目を集めるニュースの発信源となっていたようです。

「高度医療が障害者生き残らす」阿久根市長ブログに波紋

鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)が自身のブログ(日記形式のホームページ)に「高度医療が障害者を生き残らせている」などと、障害者の出生を否定するような独自の主張を展開している。障害者団体は反発、市議会でも追及の動きが出るなど波紋が広がっている。

ブログは11月8日付。深刻化する医師不足への対応策として、勤務医の給料を引き上げるべきだとの議論に対し、「医者業界の金持ちが増えるだけのこと。医者を大量生産してしまえば問題は解決する。全ての医者に最高度の技術を求める必要はない」と批判。そして、「高度な医療技術のおかげ」で機能障害を持ち、昔の医療環境であれば生存が難しい障害児を「生き残らせている」などと述べ、「『生まれる事は喜びで、死は忌むべき事』というのは間違いだ」と主張している。

知的障害者の家族でつくる「全日本手をつなぐ育成会」(本部・東京、約30万人)の大久保常明・常務理事は「人類繁栄のため、優れた子孫だけを残そうとするかつての優生思想そのもの。命の重さを踏みにじり、公人の意見とは思えない」と批判。阿久根市身体障害者協会(約1050人)の桑原祐示会長も「差別意識も甚だしい」と反発、役員会で対応を協議し始めた。

同市議会の木下孝行市議も市長に説明と謝罪を求め、14日から始まる市議会一般質問で追及する。竹原市長は取材に対し、「養護学校に勤めている人から聞いた情報をそのまま書いた。事実と思う。障害者を死なせろとかいう話ではない」と説明している。読売新聞2009年12月3日

問題となった竹原市長のブログ「住民至上主義」の記事は、先月8日に「医師不足の原因は医師会」というタイトルで書かれていました。この記事の内容に対し、複数の障害者団体から「福祉政策を預かる首長としての資質に疑問と失望の念を禁じ得ない」「障害者の家族の心を土足で踏みつけにした」という抗議が相次いでいます。しかしながら市長は庁内にいながら「用がある」とし、それぞれの団体との面会には一切応じていません。

つまり竹原市長にとって謝罪も撤回も選択肢にはないほど、確信した発言だったようです。阿久根市役所などに寄せられる電話やメールも、批判的な内容が圧倒的に多い中、自分のブログには賛同した意見を掲げ続けていました。ネット上の掲示板などの意見も圧倒的に竹原市長の発言を批判する内容が多い中、それでも市長を支持する根強い声があることも確かでした。

そもそも「市長の発言は障害者を差別したものではない」と擁護される声も少なくありません。特に竹原市長を熱烈に支持されている皆さんが多数訪問している「竹原信一という男」のBBSにおいては、賛否が真っ二つに分かれ、たいへん激しい議論が交わされています。確かに新聞などの引用は一部を切り取ったものとなりますので、真意が充分伝わらない場合もあります。このブログを読まれている皆さんからフェアな判断をいただくためにも、問題となった文章のほぼ全文を紹介します。

勤務医師不足を解消する為に勤務医の給料を現在の1500万円程度から開業医(2500万円程度)に近づけるべきなどとの議論が出てきている。しかしこんな事では問題は解決しない。医者業界の金持ちが増えるだけのこと。

医者を大量生産してしまえば問題は解決する。全ての医者に最高度の技術を求める必要はない。できてもいない。例えば昔、出産は産婆の仕事。高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている。結果 擁護施設に行く子供が増えてしまった。

「生まれる事は喜びで、死は忌むべき事」というのは間違いだ。個人的な欲でデタラメをするのはもっての外だが、センチメンタリズムで社会を作る責任を果たすことはできない。社会は志を掲げ、意志を持って悲しみを引き受けなければならない。未来を作るために。

レイアウト上、改行だけは当ブログのスタイルに揃えましたが、誤字などは原文のままとしています。さらに投稿直後に寄せられた批判メールに対し、11月9日の記事の中で「慎重さを欠く見解に見えたかもしれない」としながらも、「先ずは健康な人々が多く居なければ心を支える社会作りもできはしない。社会作りは人工的に意図的にしなければならない」と竹原市長は答えていました。

前述したとおり竹原市長独特の世界観による本心を表明したものであり、単なる失言の類いではないことが分かります。だからこそ、障害者団体らの抗議に対して、決して頭を下げようとしない竹原市長の姿勢が浮き彫りになっていきます。この一般的な常識では考えられない竹原市長の型破りさが熱狂的な支持者を獲得していることも否めません。私自身の思いは、これまで5回にわたる記事で訴えてきました。

やはり竹原市長の常識には到底ついて行けません。自治労と対立している市長だから非難するものではありません。これほど世間を驚かせ、批判を浴びるような発想や規格外の常識さを持った人物であるため、自治労阿久根市職労や市議会との対立が続くものと思っています。竹原市長を支持されている皆さんにとって、不愉快に感じられるかも知れませんが、ぜひ、このように考える人が多いはずであることをご理解ください。

「阿久根市のその後」のその後を綴る記事となっていますので、最後に、もう一つだけ竹原市長絡みのニュースを紹介します。張り紙をはがして懲戒免職となった職員との裁判での争いは、予想通り竹原市長が負け続けています。しかし、ここでも竹原市長は独特の常識さを発揮し、裁判所の命令を拒み続けているようです。

職員免職効力停止、阿久根市側の即時抗告棄却

竹原市長が、庁舎内で職員人件費の張り紙をはがした元係長の男性(45)を懲戒免職処分にした問題で、福岡高裁宮崎支部(横山秀憲裁判長)は、処分の効力を停止した鹿児島地裁の決定を不服とする同市の即時抗告について、棄却する決定をした。決定は4日付。

決定によると、市の懲戒免職の基準は長期欠勤や贈収賄、横領などで、「張り紙をはがしたことでの懲戒免職処分にした例は過去にない」と指摘。「処分は不適法の可能性がある」とした鹿児島地裁の判断を支持。市側が「市長の指示に従わない職員を職場復帰させれば、民主主義システムが崩れる」とした主張についても、「認めるに足りる証拠はない」として退けた。

市側は、鹿児島地裁の決定以降も男性の復職を認めていない。自治労鹿児島県本部の高橋誠書記次長は「市側は棄却という結果を受け止め、復職など必要な対応を早急に行うべきだ」と話している。【読売新聞2009年12月8日

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コメント

最近新聞記事にもなってたしな、オレも注目しとった。
彼の価値観は、相当に曖昧あるいは眉唾ものの情報を元に形成されとるんやな。オカルトものや都市伝説にキャーキャーいうガキとかわらんやんか。もう少し科学的、論理的に物事をとらえ、考える力が要るな。そんなレベルで構成された価値観を披露してるさかい、今回みたいな失態をやらかすんや。一般の大人でもこれは失笑もんやんか。市政以前の問題や。
彼を支持した連中はどうやろな、手品のネタをバラされた時みたいに幻滅したか、未だに信じ支えるつもりなんか・・・。
まあ人並みに謝罪と訂正ができるんなら、今までのそれとは別の意味で、感心できるんやけど。

投稿: K | 2009年12月13日 (日) 17時20分

ナチスの「民族衛生学」やハンセン病患者に対する断種政策を思い起こさせるような不適切な発言ですね。しかも抗議に対する応対は職員にさせるなど市長として発言に責任をもっていただきたいものです。
先日、ヒトラー伝説(コスミック)を書店で購入(ナチス党大会を記録した記録映画「意志の勝利」のDVDが付属していたため)しましたが、「不要とされた人々」の項にぞっとしてしまいました。(ナチスが人々がもっていた偏見と憎悪を煽ったことによる悲劇は周知のとおりです。)
OTSUさんやKさんが指摘されるように竹原市長の規格はずれぶりにはおどろくばかりです。(市政に混乱をきたしていることは市長もよく受け止めたほうがよいのではと思うのですが、「裁判所の命令を拒み続けている」ようでは期待薄ですね。)

投稿: ためいきばかり | 2009年12月13日 (日) 22時01分

Kさん、ためいきばかりさん、コメントありがとうございました。

竹原市長の日記などを読むと市長自身、自分が人と違う価値観を持っていることを誇示されています。したがって、私たちの発する批判意見は、まったく受け入れられそうにありません。残念ながら「失言でした」と反省する人ならば、これほど世間を騒がせないのだろうと見ています。

投稿: OTSU | 2009年12月14日 (月) 08時13分

あんたら国語力がホントに無いんだな? あの文書みて「弱者切り捨て」なんて読みとれねーぞ!
頭悪すぎ! あんたら、要はぬくぬくしたいだけじゃん! 寄生虫だよ!

投稿: よっちゃん | 2009年12月15日 (火) 13時03分

よっちゃんさん、はじめまして。

問題となった日記とその翌日の言葉を素直に理解すれば、「弱者を切り捨てないと良い社会はできない」と読み取れてしまいます。この考え方は竹原市長の確信的なものであり、かたくなに謝罪を拒む姿勢につながっているようです。

つまり失言ではない分だけ、もっと危うい発想だと受けとめています。逆によっちゃんさんのように「弱者切り捨て」と読み取らない人たちが少なくないことに驚いています。私たちのように理解する者が全員国語力不足なのでしょうか。

ちなみに竹原市長の言動を批判的に見る人たちは、すべて公務員と決め付けていませんか。特に当ブログにコメントされる方々の多くは公務員ではありませんので、誤解されないようにお願いします。最後に「寄生虫だよ!」などという言葉は、貴重な問題提起を低劣なものとしますのでご注意ください。

投稿: OTSU | 2009年12月15日 (火) 21時30分

公人は、己の言葉に責任を持たなあかん。裁判官、教師、政治家あたりは特にそうか。他にも、例えば医師なんかは公務員でなくとも重大な責任があるはずや。自身の価値観を単に述べたまでであったとしても、相手に対してはそうやないことがある。オレは昔、障害を持つ人やその家族と関わりがあった。育成会なんかは身近な存在やった。故に市長の一言が、彼らにどう聞こえたか、想像に難うない。
確かに「あの文書みて「弱者切り捨て」なんて読みとれねー」人もおるやろ。しかしそうでないモンもおるんや。
重要なんは国語力やない。相手の気持ちを考えられるんかどうなんか、想像力の問題なんや。
彼が一般人であれば、先に書いたように、失笑を買うだけで済んだやろ。せやけど市長の発言としては問題や。

んなこと新聞には書いてへん。
せやけど新聞読める年齢の人間なら当然踏まえて考えているであろう、話の前提となるところやで。 >よっちゃんはん

投稿: K | 2009年12月15日 (火) 22時48分

議会で追及を受けても、竹原市長は謝罪を拒みましたね。
先日、『炭鉱(ヤマ)最後の田川市長坂田九十百(つくも)という男』を読みましたが、全国の炭鉱が相次いで閉山が始まり、財政危機のなか就任した坂田市長は、職員の人員削減、給与削減(一号俸ダウン、昇給停止など)を断行しました。しかし、このことは彼の脳裏から離れることはありませんでした。(引退時に市職員、OBらが主催した式典での返礼のあいさつのなかで、「胸に疼くものがあるのは」と口をついて出たのは、市長が初当選早々に手をつけた職員の削減のことでした。)
退職金はすべて「財団法人坂田育英基金」にあて、返済の義務のない奨学金として今日も運営されています。
(坂田市長のように規格はずれの市長はなかなか出にくいでしょうが・・・)

投稿: ためいきばかり | 2009年12月15日 (火) 23時24分

”夜の霧”が、為政者のこうした思想と、それを支持した国民の”無自覚な悪意”に起因するのなら、現下の世情や政情は危ういのではないかなぁ。
一歩間違えば、「民族の清浄を維持する」という思想に繋がりかねないという危惧を感じなくもない。

医療費の問題とすれば、「尊厳死の問題・死生観の問題」として提起すれば、少しは印象も違うと思うけれど、印象が違っても思想が一緒なら、やはり危ういかなぁと。

投稿: あっしまった! | 2009年12月16日 (水) 09時43分

Kさん、ためいきばかりさん、あっしまった!さん、いつもコメントありがとうございます。

冒頭に記したとおり普段より多くの人たちが当ブログを訪れてくださっています。そのような中で、よっちゃんさんのようなご意見のコメントが続かないのは、さすがに今回の竹原市長の言動には疑問を持たれる人たちが多い証しなのだろうと思っています。

それでも市長を支持されている阿久根市議の皆さんのブログなどを拝見すると、とらえ方や評価の下し方が大きく異なっています。参考までにそれぞれのURLを紹介させていただきますが、このような違いが生じる不思議さを感じています。

http://www5.diary.ne.jp/user/525778/
http://d.hatena.ne.jp/shigespiral/
http://t-kouenkai.potika.net/

投稿: OTSU | 2009年12月16日 (水) 21時54分

OTSUさんが珍しく言葉の断片を捉えて論じているのは、やはりフラストレーションが溜っておいでだからでしょうか。
私が竹原市長を見て感じるのは「特権にあぐらをかいている者」への嫌悪感があるという事です。
それは同時に「既得権益の陰に隠れて犠牲になっている者」へのせつなさを伴っている・・という事です。

しかし特権や既得権益など、何時でも何処でもある。
しかし「俺の(貧弱な)才能と努力ではこの結果は止む無し」とか「努力の賜物として誰にも文句は言わせない」といった、
人間として許容できる範囲を超えてしまった「特権や既得権益」が現在存在するのではと思います。

何故こんなに努力しても報われないのか。あんな奴が何故あれほどの評価を受けているのか。・・・が許容を超えているという意味です。

そして、更に重要なのは「不当に報われない者」の生活基盤が破壊されている点です。
日蔭者でも食っていければ「愚痴」で収まるでしょう。しかし、それさえも超えている。

ためいきの中に、この部分を直視し、メスを入れない場合、何が起こるか。恐らく恵まれた者への限度を超えた、ヒステリックな、場合によっては暴力を伴う騒乱でしょう。そうなっては止める手立てはない。

投稿: あまのじゃく | 2009年12月17日 (木) 15時39分

これはこれは、「竹原信一という男」BBSの有名人の「あまのじゃく」さんご本人の登場ですか。
特権や既得権益についてですが、「職員を小一時間も恫喝し続け」たり、「市長室で懇意にしている女性と密会」したりできるのも「市長という名の特権」があるからではないでしょうか。
退職勧奨や職員採用は市長の縁故者しか認めていないというのは、既得権益以外の何と言うのでしょう?
市長は以前より「めくら」や「びっこ」などの発言を公的な場で行っており、指摘を受ける度に「比喩の一つ」とか「言葉狩り」などの言い訳に終始し、謝罪したことはありません。
「何故こんなに努力しても報われないのか。あんな奴が何故あれほどの評価を受けているのか。」と申しますが、その人の努力の方向は報われる方向に向いていますか?また、評価を受けている人は、どうやってその評価を得たかを解読できませんか?ヒットメーカーのシンガーソングライターがリサーチを用いて「売れ筋」の歌を作る事は諸悪の行動ということですか?「現状の自分の立場は自分が作ったもの」ではなくて、「正当評価しない他人が悪い」というのでは逃げ込む行先は「陰謀論」しかないですね(笑)。
他人の言動を「フラストレーション」呼ばわりするより前に、現在の阿久根市が「現市長の命令を遂行できない者は厳罰に処するという」状況が正常であるかを考えていただきたい。
せっかくの「あまのじゃく」さんの知識を、もっと有意義に使って欲しいと思います。

投稿: 捨てハン | 2009年12月17日 (木) 21時20分

あまのじゃくさん、捨てハンさん、コメントありがとうございます。

阿久根市についての記事を書き始めてから、ずっと【竹原信一という男】BBSの議論を拝見しています。その中で、あまのじゃくさんのご意見は、いつもハイレベルで私の読解力では正直なところ難しすぎるようです。なお、最近の「虫眼鏡」と「望遠鏡」の例えは、よく分かりました。

確かに「虫眼鏡」で山の紅葉は見れません。その意味で、「虫眼鏡」と「望遠鏡」を持たれている人たちは、私のようなレベルの者が見れない、もしくは気付くことができない風景を見渡しているのだろうと思います。

竹原市長を支持されている皆さんは、竹原市長がその卓越した一人だと受けとめていらっしゃるのかも知れません。しかし、そのような真意や本質などを「虫眼鏡」しか持たない人たちにも適確に伝えられなければ、軋轢や混乱を引き起こすだけではないでしょうか。

小学校の先生が小学生相手に大学の授業内容を教えても仕方ありません。「虫眼鏡」しか持っていない私たちが問題だと言われれば、それまでですが、もう少し付け加えさせていただきます。今回の竹原市長の言葉で傷ついた人がいることは事実です。

「勝手に誤解して批判されるのは冗談ではない」という言い分もあるようですが、それならそれで、抗議している人たちが理解できるような説明や釈明を竹原市長は行なうべきではないでしょうか。「どうせ説明しても無駄だ」と切り返されていくのでしたら、このような提起も余計なお世話でしかありませんが…。

投稿: OTSU | 2009年12月17日 (木) 22時10分

わ・わ・私有名人だったのですか?書き込み控えよう。それと私の知識は貧弱です。
人様のコメント欄で細かいお答はできませんが、捨てハンさんは故意に挑発調ですが、品と知性が垣間見えてますから本来は立派な論客なんでしょう。
私の抽象的な話を具体的に変換した時の「歪み」の指摘をされているようです。
バカは落第だ!・・に40点以下でも進級させて良いじゃないか・・という反論は無意味です。「バカ」が抽象概念だからです。

OTSUさん。傷ついたから謝罪せよ。うらを返すと人を傷つけずに生きていける。或いは傷つかずに生きていける。
しかしそれは無理です。何故なら人間の存在自体が矛盾しているからです。
私が目の前のリンゴを食べたら、あなたはリンゴを食べられないのですから。
これを突き詰めると「なぜ差別してはいけないのか?」・・どうです変ですか?
私はいたずらに挑発しているのではありません。
ここまで一旦ひも解いて議論しないと、実は「障害者」が既得権益になりかねないのです。
それは多くの人を不幸にする。

但し、全ての特権と既得権益を解放しようとしているのではありません。
「ベクトルが反対向きの特権」や「人間の許容を超える既得権益」は開放すべきだと思う。
「ベクトルが反対」とは、人は「志は高く」を望む。低い所に特権を設ける事です。
私・・説明下手ですね。

投稿: あまのじゃく | 2009年12月17日 (木) 23時05分

あまのじゃくさん、おはようございます。

正確に理解できているのかどうか自信はありませんが、あまのじゃくさんのご指摘の趣旨は伝わってきます。ただそのことと納得できたかどうかは別な話となりますが、貴重な提起をいただいているものと受けとめています。

たいへん申し訳ありませんが、いずれにしても限られた朝の時間に踏み込んだレスはできそうにありません。さらに今夜、忘年会が予定されているため、私自身の考え方などは明日以降に示させていただきます。その点について、ご理解ご容赦ください。

投稿: OTSU | 2009年12月18日 (金) 07時14分

以前から度々訪れていましたが,はじめてコメントします。
勝手に想いをコメントさせていただきます。


私の身近な方が阿久根市役所に勤めています。
今度の月曜日に右翼団体が市長に抗議に来るそうです。
しかし,市長は休みを取るとの情報です。
弱い職員には強く,恐い右翼からは逃げるそうです。

そもそも,竹原市長が当選したのは,「人間の欲」のコントロールでしかありません。
・給食費無料化
・高齢者及び医療費の無料化
以上のことを公約に掲げ,その財源は市職員の給料をカットして行うことにしたのです。
これを助言・指導したのが影の支配者:Y議員とのことです。

市政や国政に興味がない市民は,自分に少しでもプラスになる公約に転ぶものです。
しかし,これだけ市長の言動が問題になれば,無関心だった市民がこれではいけないと感じるようになりました。
私もその一人です。

市の職員は,一生懸命働いています。
最近興味を持ったせいか,非常に目につきます。
市長が言うような「無能」な職員はいないと思います。(過去はいたかもしれません)
今後も風当りが強いかもしれませんが,是非市政発展に頑張ってもらいたいと思います。
市民も必ず良い方向に変わると思います。

トップを変え,恥ずかしい阿久根市から,誇れる阿久根市に変換しましょう!
私たち市民も職員と手を取り合って将来の阿久根市を考えて行きたいと思います。

長々とすみません。

投稿: ままのじゃく | 2009年12月18日 (金) 23時15分

阿久根市長を支持する人にとって、市長の主張は「弱者を切り捨てないと良い
社会はできない」では無く、「自然淘汰を中途半端に阻害してはならない」だ
と思われます。
そして先のコメント内の「新たな既得権益」の部分については、あまのじゃく
さんのコメントに譲りますが、市長の主張の中には別な部分の考えもあるのだ
ろうと思います。

さて、治療に携わる医者は(当たり前の事ですが)患者を助ける事が使命です
から、あらゆる手段を使って患者の命を繋ぐ事に全力を尽くします。ですが、
繋がった命の「その後」に責任を負うのは本人とご家族であって、治療をする
医者ではありません。
命は繋がったが、周りの者も含めて人生は壊れてしまったという例も見たこと
があり、一概に高度医療で命を繋ぐ事の全てが「善」なのかというと疑問です。

本来的には社会全体で、本人とご家族のサポートをするのが理想ですが、財源
となる「打ち出の小槌」が無い以上は、今回のような件の論議も必要になると
いうことでしょう。理想論のみを掲げて、論議自体を否定するべきではありま
せん。携わる全ての人が、それぞれの立場で「その後」を考えて行動する事も
必要なことのはずです。

と、たぶん支持者の方は言いたいのでしょうが・・・・。地方自治体の首長の
立場での発言としては不適切であって、この手の問題で特定の考えに傾倒する
ことは公人には許されないだろうと個人的には思います。


それでは、どこで論議すれば良いのかですが・・。
あらゆる意味で弱者を救済することは非常に重要な事です。しかし「その後」
を考えない救済が、本人や周りの者に対しさらなる負担となっている場合もあ
る現状をみると論議すべき大きな課題なのは間違いないと思います。
市政改革のいざこざに利用されるのではなく、公人以外からこういう論議が起
きることを期待します。

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年12月18日 (金) 23時37分

相当の改革派を自認する私でも、件の阿久根市長を支持したことはありません
し、逆に似たような市長が複製されることを何よりも恐れていることは以前の
コメントで記したとおりです。
そして、公人として特大のOBを打ってしまった阿久根市長ですが、近日中に
退場処分になることは避けられないと個人的には考えています。

ただ、この方は単に罪ばかりを残した訳ではなく、市政改革に対して結構重要
なヒントを残してくれました。例えば、市長独断で
・行動OK
1 職員個人個人の給与情報の公開
2 組合費の給与天引きの差し止め
3 市長判断で民間人を管理職に採用
・おそらく行動OK
4 文書通知のない降格人事(今のところ覆される様子なし)
5 組合事務所の庁舎外への退去(急がずに契約を更新しなければOK)
6 議会同意人事等の無視(兼務で対応可)
・たぶん行動NG
7 (些細な)命令違反を理由とした懲戒免職
  ※今後は賞罰審査委員会の結果を踏まえて懲戒免職にしたと言うつもりな
   のでしょうが・・。

特に給与天引きの差し止めは組織率を下げさせるのに十分効果的でしょうし、
管理職の民間人採用も職員に対する圧力として有効に機能するものと思います。
(いくら頑張ってもプロパーは管理職にはなれないという負の面でも、十分ダ
 メージになるかと思います)。
次の(どこかの)改革派市長は、これらを参考にすれば随分改革が(良い方向
へも悪い方向へも)楽に進められるかも知れません。

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年12月18日 (金) 23時40分

 通りすがりの公務員です。
 組織経営の点から問題がある書き込みを見かけたので書き込みます。

>ただ、この方は単に罪ばかりを残した訳ではなく、市政改革に対して結構重要
>なヒントを残してくれました。例えば、市長独断で
>・行動OK
>1 職員個人個人の給与情報の公開

 これは個人情報保護の観点から問題です。
 個人情報保護については、顧客に関しては広く知られていますが、同じように従業員の個人情報を守ることが求められています。個人名を消しても、ほかの情報とひも付けして個人が特定できるのであれば、それは個人情報の漏洩になります。
給与水準については、毎年、実績額を広報などで公開している自治体が多いです。
 それ以上のデータを公開するのは意味がありません。

>3 市長判断で民間人を管理職に採用

 客観的で公明正大な選考を経ないのであれば、いわゆるコネ採用で問題です。
 だいたい市長が替わったから幹部職員を入れ替えるというのは、猟官制です。
 猟官制は行政の中立性・継続性を守るために日本では否定されています。
 社会保険庁の勤務態度が問題になっていましたけど、キャリアが天下りしてきてプロパーが組織内で昇進できないことが原因の一つにあげられました。
 一般的に生え抜きの従業員が、その組織内で昇進できないような組織では、モラル低下が起きやすいとされています。

>・おそらく行動OK
>4 文書通知のない降格人事(今のところ覆される様子なし)

 これは法令違反らしいですね。
 文書できちんと理由を示す必要があります。

>5 組合事務所の庁舎外への退去(急がずに契約を更新しなければOK)

 これは行政財産の使用許可を公平に行っていれば問題は無いと思いますが、組合事務所だけNGといったことにたいして、正当な理由付けができるのか疑問ですね。

>6 議会同意人事等の無視(兼務で対応可)

 日本の地方自治制度の否定だと思いますよ。
 日本の地方自治制度では、首長と議会が相互牽制しておかしなことをしないようになっています。
 首長が「どうしても実現しなければならない」という政策などがあるなら、きちんと議会に説明して議会の同意を得る必要があります。
 それをしなくてもいいというのであれば、地方自治制度を否定するしかないですね。

投稿: 通りすがりの公務員 | 2009年12月19日 (土) 08時35分

ままのじゃくさん、むかし民間、今・・さん、通りすがりの公務員さん、おはようございます。

それぞれ興味深い内容のコメントをお寄せいただき、ありがとうございます。この場で直接的な論評につなげられませんが、あまのじゃくさんのコメントに対するレスを意識しながら新たな記事をまとめてみるつもりです。その中で、今回の問題を踏まえ、個人的な考え方を掘り下げてみます。ぜひ、またご訪問いただけますようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2009年12月19日 (土) 09時08分

私も暫くは書き込み(閲覧も)出来ないので、補足をしておきます。

「権利」という考えは大変危険です。恐らくフランス革命辺りから台頭したのでしょう。
何故危険かというと、人の存在自体が矛盾し対立する性質を持っているからです。
つまりAさんへの権利の保証は「必ず」Bさんの権利を侵害するのです。

私が以前「一部の特権や既得権益は開放すべきだ」と書きました。
しかし本当は「権利の概念」を開放すべきなのです。しかしここまで要求するには制度が不充分でしょうし、現実的ではありません。
フランス人が「権利」という言葉を考え付いたのは、余りにも酷い弾圧から人を救う為でしょう。それはそれで合理的ではあった。
しかし、状況が許せば「権利の概念」は開放すべきでしょうし、その方向であるべきと考えます。
何故なら、これが新たな不平等不公平の火種になりつつある・・というより既になっているからです(私にはそう見える)

そう書くときっと「じゃあそうすればいいんだ」と思うでしょう。
皆さんは公務員ですね。では「公」って何ですか?Public servantと言うけどCitizen servantとは言いませんね。
人類はかって言葉を生みだし、交流し、そして「社会」を生みだした。「秩序」を生みだしたと言い換えてもいい。
「道徳」を生みだしたでも、「宗教」を生みだしたでもいい。
要は「獣には無いもの」を生みだした。それが「公」です。
理由は分からない。種の保存を願ったか、自分だけは助かりたいというエゴのなれの果てかもしれない。

考えるべきは「公」を維持するにはどうするのか?・・です。
そして「公」の維持に尽力するのが公務員の仕事でござる。
但し、もう野獣に還って殴り合いと殺し合いで全ての勝負を決めよう・・・も1つの案ではある。(笑)

投稿: あまのじゃく | 2009年12月19日 (土) 10時49分

スミマセン・・追加します。
どなたかの書き込みに「地方自治体の首長の立場で、特定の考えに傾倒することは公人として許されない」とあります。

これは流石に無理な主張でござる。
首長が市民全員の召使いではなく、「公」の召使いだからです。
当然市長の考えや発言が万人受けする必要は全くありません。その行動・考え・発言が「公」の実現に反しないならば、(特定の考えに)傾倒しているか否かは問われません。

投稿: あまのじゃく | 2009年12月19日 (土) 11時28分

あまのじゃくさん、こんにちは。
近代的な権利の概念は、絶対王政時代に王の権力を制限するために
貴族に権利を認めた(説明が下手ですみません)のが始まりだったと思います。
つまり、無限の権力を制限するのが権利というわけです。
逆説的な感じもしますが、権利を認める・認めないという約束(明文的・暗黙的
いずれの場合もありますが)が社会的秩序(あまのじゃくさんの言うところの
公ですね)と密接なものであることは、認識していただけると思います。
確かに、今般「権利」というと当事者の願望・欲求を主張する口実のような
印象を受けますが、本来は人対人の願望・欲求を調整するために権利というものは
あるのです。
ちょっと、言葉遊びのようになってしまいましたが、お許しを。

あと、あまのじゃくさんの言うところの「権利の概念」の開放の意味が、
私にはピンと来ません。興味があるので書き込みできるときで結構ですから、
解説していただけるとありがたいですね。

また、特権や既得権益と言うものも社会の秩序(公)によって認められているものです。
公務員の給料が高いのも、20歳以上の日本国民に選挙権があるのも、見様によっては
既得権益になるわけです。もし、学校給食を無料化すれば、そこに新たな特権・
既得権益が生まれるわけです。
ちょっとくどくなりましたが、私が言いたいのは権利というものはネガティブに
捕らえても仕方ないもので、権利を誰にどのように配分するかが問題だということです。
「公」を維持するにはどうするのか?より先に、「公」がどうあるべきかを考えなければ
なりません。
例えばですと、市長の懲戒権と公務員の労働者としての権利。いずれか一方だけを
認めると言うことがあったとすると、私の感覚からすると理不尽に感じます。
張り紙はがしでクビというのも理不尽ですし、同じような働きをして公務員だけ給料が
高いというのも理不尽です。これは個人的な感覚ですが。
じゃあ、どうやって折り合いをつける?そこから「公」がどうあるべきか考えることが
先だと思います。
そしてその先に、どうやって「公」を維持するかが課題になるのかなというのが私の考えです。
この課題解決方法に絶対市長政、公務員貴族政のいずれも選びたくないですけどね。

投稿: くだん | 2009年12月19日 (土) 11時47分

主義主張発言は自由。
しかし、自分の発言に対して障害者団体などが抗議にきたら肝心の本人が隠れてしまうのはいかがなものか。

情けない市長ですね。

投稿: 悪根市民 | 2009年12月19日 (土) 12時40分

> 通りすがりの公務員さん

言いたいことは「何の観点から問題がある行動」であっても「モラル的に問題
がある行動」であっても、強制力をもってその行動を止められる根拠がないの
であれば、行動は止められないということです。
大抵の場合、首長は問題があると思われる行動はしないという前提で、法律や
条例が組まれていますので、あえてそれを無視されればこういう行動は出来で
しまいます。

もし、その行動が問題だとか意味が無いというなら強制力をもって止めてみれ
ば宜しいと思いますが(というか是非止めてみて下さい)、実際の条例や規則
上の首長の権限は絶大ですので止めれないでしょうし、そういう首長が当選す
る環境ならば、職員は何を言っても否定しかされないでしょう。

ですから「良い方向へも悪い方向へも」進めれると書いています。行動できる
と書いていますが、問題が無いとは思っていません。


> あまのじゃくさん

> どなたかの書き込みに「地方自治体の首長の立場で、特定の考えに傾倒する
> ことは公人として許されない」とあります。

はい。その通り建前で書いています。
しかし、これだけ微妙なテーマを、しかもブログの様な軽い場で地方自治体の
首長が語るのは余りにも場違いで、どうしても言いたいのならば、自身が国政
レベルの政治家になった後に仰れば良いとも思っています。

そして、「公」の召使だからこそ、自分を支持した大多数の意見の代表であっ
て欲しいと思うのは贅沢なんでしょうかね。もちろん言われるとおり発言が万
人受けする必要は全くありませんが、最近の行動を見ていると支持者の考えか
らも相当乖離しているように見えています。

まだ支持層は健在なのかすごく興味があります。ただ、メディア上で見たり聞
いたり出来る情報にはどうにも偏りが加えられており、近いうちに自分の目で
現場を見に行きたいと希望しています。


この件ですが、国全体での論議が必要な重要なテーマだと思うだけに、市政改
革のいざこざに使われるのは残念な事でした

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年12月19日 (土) 13時53分

あまのじゃくさん、くだんさん、悪根市民さん、むかし民間、今・・さん、コメントありがとうございました。

個別のレスに至らず恐縮ですが、今夜、これから「竹原市長の問題点」という記事を投稿します。ぜひ、またご訪問いただければ幸いです。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2009年12月19日 (土) 23時24分

最近竹原市長に関する事柄をじっくり見出したばかりで、未だその思想に賛同する者
では無く、批判する者でも有りませんが。彼自身の文章を見るに付け思いつく事は,

①文章自体が稚拙で短絡的、本人が真に伝えたい事が伝え切れない文章の如き。
②時が経過するにつけ感情的になって居て冷静な視点で書けていない。
③首長としての立場でブログを通じて市民や国民に考えを発信出来る技量が欠如。

下に問題になった御本人の文章をちょっといじってみました。人間十人十色、これに
も賛否両論は有ろうかと思いますが、こんな文章で有ったらばここまでマスコミや
メディアの矢面になられあそばされなかったかも知れませんね。
---------------------------------------
【以下、問題発言を私なりに修正】
---------------------------------------
勤務医師不足を解消する為に勤務医の給料を現在の1500万円程度から開業医
(2500万円程度)に近づけるべきなどとの議論が出てきている。

しかしこんな事では問題は解決しない。医者業界の金持ち"息子”が増えるだけの事。

医者を大量生産しても問題は解決する事は無い。全ての医者は持ち得る限りの最高度
の技術を発揮しなければならないのは当然、報酬が上がったら医者が増えると云う
発想自体がそもそもかつては聖職とも云われた医者を志す人間にとってはタブーで
有るべきだ。

例えば昔、出産は産婆の仕事で有ったが、高度医療のおかげで以前は自然に淘汰
された機能障害を持った”社会的弱者”とも呼ばれる彼らを高度医療で”本人や親が
好むと好まざるに関わらず無理やり”生き永らえさせているケ-スも多々有るのが現状だ。

他にも自然淘汰の原則破りの例として、あまたの病院では茶話会もどきで老人が集い、
帰りには大量の薬をあたかもキャラメル代わりに受け取り、その量を自慢するかの姿は
日常茶飯になって居るし、SF映画もどきにチュ-ブを寝たきり老人や遷延性意識障害
(俗に言われる植物人間)の身体に突っ込み、無理やり延命させる治療は嘱託殺人の
問題を増加させるばかりだ。

間違った方向で無駄に医者を大量生産しても、医者は正当に飯を喰っていけない。
高度医療が進歩する事に正比例してこの弊害も増え続けるだろう。

その結果、擁護施設や特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)に”行かざるを得ない”
悲しい子供や老人が増え続ける結果ともなろう。生命の自然淘汰の是非論は有るにしても
ここは大事なポイントだ。

「生まれる事は喜びで、死は忌むべき事」というのは間違いだ。消えるべくして消える命は
尊ぶべきで有って忌むべきでは無いと云う事で有ろう。

個人的な欲でデタラメをするのはもっての外だが、センチメンタリズムで社会を作る責任を
果たすことはできない。社会は志を掲げ、意志を持って悲しみを引き受けなければならない。

”少子高齢化が間も無くやって来るで有ろう未来を作るために。!”

投稿: Taroubou | 2010年3月 9日 (火) 09時17分

Taroubouさん、コメントありがとうございました。

一晩遅れのレスとなって恐縮です。①②③については、私も同様な印象を持っています。修正した発言は非常に理性的に書かれているものと思いますが、やはり根幹的な問題提起の箇所は賛否が分かれるのではないでしょうか。

投稿: OTSU | 2010年3月10日 (水) 23時47分

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