2009年末、改めて当ブログについて
最近、ある執行委員から「いつも記事本文しか読んでなくて、久しぶりにコメント欄にも目を通したんですが、たいへんですね」と声をかけられました。確かに先週は普段より労力と気力を使った1週間だったかも知れません。また、その執行委員の言葉にもありましたが、定期的に当ブログを訪れてくださっている人たちが必ずしもコメント欄までご覧になっていないようです。
そのため、時々、コメント欄で交わされていた内容を改めて紹介しながら、最新記事を綴ることがありました。前回の記事「竹原市長の問題点」の中でも、あまのじゃくさんのご意見を数多く引用させていただきました。前々回記事「阿久根市長の常識、世間の驚き」のコメント欄で、あまのじゃくさんから「市長は特権や既得権益を開放しているように見えるから、権利の議論をすべきである。まずその議論を行なわなければ、市長の言動が理解できない」という趣旨の投げかけがありました。
この提起に対し、私から「あまのじゃくさんのコメントに対するレスを意識しながら新たな記事をまとめてみるつもりです」と答えていました。その経緯を踏まえた上で、私は「権利」問題の議論は横に置かせていただきました。この判断は結果として、あまのじゃくさんを怒らせ、意図的な「論点ずらし」を行なっているように見られてしまいました。私としては、前回の記事でも記したとおり以前の記事(公務員批判への「答え」は? Part2)などの議論を通し、あまのじゃくさんへ公務員の「権利」問題に対する自分なりの考え方を示していたつもりだったからでした。
前回記事のコメント欄で、あまのじゃくさんから「特権の是非を保留するのなら、私の問題提起と異質な話と見做すしかありません」と指摘を受けました。それに対し、私からは「権利」問題の終着点が正しいものだったとしても、その目的を達成するために「何を行なっても許される」という発想や手法を強く批判していることを改めて説明させていただきました。さらに余計な一言として、「竹原市長の手法の是非が土俵であり、相撲を取ろうと思っている相手にボクシングを挑まないようご協力ください」と付け加えていました。
この私からのレスは、あまのじゃくさんを「多様な意見を期待すると言っておきながら、突然ここは相撲場だ、ボクシングなんて認めんとは不愉快極まりない。これにて失礼する」と憤らせ、「自分の都合の悪い話に耳を傾けない者は誰なのか?」という残念な誤解を与えてしまったようです。このような別れ方は非常に不本意なものであり、私からは次のようなお詫びと釈明を加えさせていただきました。なお、引用を多く使うと、いっそう長い記事となりそうですが、ご容赦ください。前回記事のコメント欄からの転載部分は赤字で示していますので、一度、ご覧になった方は、読み飛ばしてください。
初めに誤解を与えた点などは謝らなければなりません。あまのじゃくさんの前回記事へのコメントに対し、「権利」問題を中心にしたレスを行なうような印象を与えた点はお詫びします。合わせて、その内容の議論を横に置くと言いながら今回の記事で、あまのじゃくさんのコメントを多数引用していた点も適切ではなかったかも知れません。
また、「多様な意見を認め合った議論ができることを願っています」と書きながら、あまのじゃくさんのコメント内容に対して「土俵上でのボクシング」と表現した点は非常に不適切なものでした。不愉快な思いを与えてしまい、たいへん申し訳ありませんでした。
なお、繰り返しのような話となりますが、公務員の「権利」問題など是正すべきものは是正すべきというのが私の考え方です。その上で、使用者の視点のみで労働条件の問題などが一方的に改められる手法には反対の立場です。このような基本的な立場は、今回の記事本文でも紹介した以前の記事(公務員批判への「答え」は? Part2)などで述べてきたものです。
阿久根市職員の賃金水準が地場の相場との乖離があり、見直しが必要な場合、大きく二通りの方向性が考えられます。一つは公務員制度全般の改革です。もう一つは、独自な労使交渉を尽くした上での労使双方が合意できる決着点を探ることです。その際、当然、労使それぞれが阿久根市民の皆さんの声を重く受けとめた中で判断していくことになるものと思っています。
そして、ここから先が論点の枝分かれになっていくのだろうと見ています。このような方法では、大胆な削減はできないと思われる方々がいらっしゃるはずです。同時に以上のような主張が結果的に自分たちの既得権を守るための方便だと言われるかも知れません。
しかし、社会全体の雇用が劣化した中、本来「平均」と見なしてきた公務員賃金を下へ引っ張る力が強まっていけば、先ほどの述べた手法でも大胆な見直しがあり得るものと考えています。ちなみに私自身の思いとしては、社会全体の賃金水準が底上げされていく方向性を理想視しています。
公務員賃金の問題に対する個人的な見解を改めて述べさせていただきました。このような面からも竹原市長の職員組合を敵視する姿勢は不当だと思っています。職員組合を本当に敵だと見ている皆さんにとって、竹原市長の破壊的な手法は喝采の対象となっているようですが、たいへん残念な構図だと感じています。
長々と書きながら、かえって分かりづらくしているのかも知れませんが、私自身の中では前回と今回の記事も一貫した主張を展開しているつもりです。めざしているゴールが本当に正しいものだったとしても、竹原市長の手法は大きな問題であるものと考えています。特権の是非を留保と述べたのは、そのゴールが正しくても間違っていても、手法が誤りという論点は同じだからでした。
そのように考えている中で、あまのじゃくさんのご意見は「めざすべきゴールが正しいのだから、手法の誤りは許される、些細な問題だ」というように聞こえ、「だからゴールの正しさを認識し合うべきだ」と指摘されているように受けとめていました。つまり論点をずらそうとしているのは、あまのじゃくさんだと感じてしまい、いろいろ失礼なレスにつながってしまいました。日頃から言葉遣いは注意しているつもりですが、不愉快な表現などがあった点は冒頭申し上げたとおり反省しています。
残念ながらその後、あまのじゃくさんからコメントは寄せられていません。ただ【竹原信一という男】BBSでの書き込みを拝見していると、引き続き当ブログを訪れてくださっているのかも知れません。今回の記事でも、あまのじゃくさんとのやり取りを大きく取り上げさせていただきましたが、たいへん重要な論点だったため、私なりの判断でまとめています。ぜひ、ご理解ご容赦ください。
なお、あまのじゃくさんから「私に異論のある方は件のBBSに書き込んでください」と言われていましたが、私自身、週1回の記事更新とコメント欄での対応が手一杯という現状です。このブログの話題が取り上げられているのを目にし、そのBBSに初参加しようかどうか少し迷いましたが、前述したような事情から見送っていました。言うまでもありませんが、BBSで議論されている方々が当ブログを訪れてくださることは心から歓迎する立場です。
前回記事のコメント欄には、他にも多くの皆さんから貴重なご意見やご指摘が寄せられました。その中で、mobileSEさんからのコメントには大きなショックを受けました。これまで当ブログの記事内容を読まずに先入観で批判される方々も少なくありませんでした。それに対し、mobileSEさんは「このブログの全ての記事を2回ずつ目を通しています。一度目はコメントも含めて時間をかけて読みました。二度目は本文のみ最初から最後まで一気に読んでいます」とのことでした。
そして、熟読された結論として、mobileSEさんは「これだけの長い期間、多種多様な意見を目にしているのに、主張にぶれがまったく現れない。たしかに見事ですが、これが何を意味していると思いますか?」と述べられ、「自分の考えが絶対で異論を受け付けていないのはどちらの方なのか」という厳しい口調で問われていました。この問いかけは当ブログの基本的な土台にかかわるものであり、私から次のようにお答えさせていただきました。
mobileSEさん、そこまで当ブログをお読みいただいたことについて、本当に有難く思っています。この気持ちは正直なものです。
ただmobileSEさんが抱かれた印象に対しては、とても残念な思いは昨夜述べたとおりです。これまでブログのコメント欄を通し、また、実際の場面でも、そのような見られ方をされたことはありませんでした。内容面での批判は数え切れず、私のレスの歯切れの悪さを非難されたこともありましたが、全体を通して「自分の考えが絶対で異論を受け付けていない」という指摘は初めてでした。
確かに私自身の考えは、基本的に一貫しています。公務員も含めて労働組合の必要性について、この点に関してはぶれていません。そこに疑念を抱くようでしたら、組合役員を続けていません。その上で、私自身は「このように考えていますが、皆さんはどう考えますか」という基調で常に記事を綴っています。つまり結論を押し付けるような物言いを意識的に避けています。
私の文章を読まれた方々が、少しでもその主張に対して理解いただければ幸いだと願いながら続けています。自分の主張が絶対正しく、そのことを理解できない方々が問題あるというような押し付けもしていません。あくまでも読み手の皆さんにどう判断いただくかという点を重視してきました。
このような基本的な考え方があり、「多様な意見を認め合った議論ができることを願っています」という言葉につながっています。このスタイルが「議論を期待しない」となるのかどうか私自身には理解できません。この場合も、あくまでも「私はこのように考えている」であって、mobileSEさんがそのように感じたことを否定するものではありません。
「言葉が綺麗」かどうかも分かりませんが、インターネット上で匿名での意見交換となりますので、できる限り言葉遣いには注意してきました。重ねて残念に思うのは、開設当初からの記事を熟読いただいたmobileSEさんから、このブログの文章から「先入観を持たずに考えてみてもらえないでしょうか」という言葉が投げかけられてしまう点でした。何か欺瞞に満ちた文章のような言われ方ですが、私自身は立場の異なる人たちにも少しでも届くような言葉を重ねてきたつもりでした。
そして、mobileSEさんは私自身が変わっていないことに最も憤られているようですが、なぜ、そのように断定されるのでしょうか。mobileSEさんが描いている公務員像と離れたままであるという点が大きいのでしょうが、もしかしたら確かにその価値観とは一致できないのかも知れません。
その上で、確実に私どもの市役所は変わり続けています。以前の記事に書いたとおり10年前、20年前と比べての話となりますが、そのことを体感しています。20年前が「ぬるま湯」すぎたという強い批判を受けるかも知れませんが、現状のまま立ち止まっていないことは確かです。
また、このブログを通し、厳しい率直な意見に数多く触れる機会があることで、公務員組合の置かれた立場などを以前より客観視できるようになっていました。ブログの記事からは伝わらないのかも知れませんが、そのことが非常に重要な判断材料になっています。いずれにしても、まったく私自身に変化がないように決め付けられることにも大きな違和感がありました。
市内の方だと伺いましたが、実際に私どもの役所の日常をご覧になって批判されているとしたら、まだまだ至らない点が多いことを猛省しなければなりません。長々と「泣き言」のようなことを書いてきましたが、やはりインターネットを介して伝え切れない思いも残ります。
mobileSEさんがよろしければ、いつでも直接お会いしたいものと思っています。誤解を解ける場となるのか、私自身の不充分さを改めて認識する機会となるのか、たいへん興味深いものがあります。この問いかけがネット上での議論におけるルール違反のように感じられたら申し訳ありません。黙殺してくださって結構ですので、失礼致しました。
私からのお願いを「ルール違反」と受けとめられずに安堵したところでしたが、時間を置いた上で機会があればお会いすることとしています。この二人のやり取りについて、kさんらから温かい言葉のコメントもいただきました。常に賛否が交わされるコメント欄であるからこそ、ここまで心が折れることもなく、このブログを続けられてきたものと思っています。なお、あくまでも私の判断で各コメントの一部分を切り取った紹介となっていますので、ぜひ、お時間が許される方は当該のコメント欄を一読いただければ幸いです。
さて、2009年も数日を残すのみです。今年最後の記事となる予定ですが、いつものことながら、たいへん長くなって恐縮です。さらに続けますが、上記に示した2点のコメント内容の中に私なりの様々な問題意識を詰めていました。そのため、若干繰り返しのような話も含まれていますが、改めて当ブログの目的や位置付けなどについて次のとおり整理してみました。
- 公務員やその組合の言い分をインターネット上に発信し、不特定多数の皆さんに少しでも理解いただけることを願いながら続けています。その際、多様な考え方があることを前提としているため、意識的に断定調の表現は避けています。私自身が正しいと思っている内容を訴えていますが、ブログを閲覧された人たち全員から賛同を得られることは稀だろうと見ています。あくまでも当ブログの記事内容やコメント欄での議論に接した人たちが、どう受けとめるのかであって、全員が納得できるような結論を出すことを目的としていません。
- コメント欄を通し、様々な立場や視点からのご意見を伺えることを貴重な目的としています。厳しい批判意見があることを受けとめ、日常的な活動を進められる意義を大きなものと認識しています。そのような本音の声を把握できないまま、公務や組合活動を担うのは、街路灯のない夜道を歩くようなものだと考えています。
- 相反する意見の対立は平行線をたどりがちです。上記1で述べたとおりコメント欄で結論を出すことを目的としていませんので、「多様な意見を認め合った議論」をお願いしてきました。自分自身の考えが絶対正しいと思い込み、他者の意見に耳を傾けないような姿勢だった場合、相手を論破することが目的となりがちです。その結果、感情的な非難の応酬となり、殺伐した議論につながる懸念があり、一般論として常に申し上げてきた点でした。ちなみに一つの結論を必ず出さなければならない実生活の場でも極力、このように心がけるべきだと考えています。
- 匿名で率直な意見を交わせることは利点だと前向きにとらえています。一方で、匿名で発信できるということは、立場などの成りすましや都合良く情報を操作することも可能となります。それはそれでモラルの問題となりますが、このようなネット上の私的な場では特段何か問われるものではありません。したがって、誰がどのような立場で書いたかは、それほど大きな問題ではなく、その人が書き込んでいる言葉、つまり内容がどのように他の閲覧者の皆さんの共感を呼ぶのか、真偽が判断されていくのかどうかだと考えています。
- 私どもの組合員の皆さんに対しては、組合活動を身近に感じてもらえるような目的も持って続けています。そのため、組合の機関紙などで当ブログについて時々PRしてきました。あくまでも個人の責任による運営ですが、私どもの組合員の皆さんから見れば、匿名での発信とはなっていません。一つ一つの主張を言い放しとできず、一つ一つの言葉に責任を持って発信しています。そのような側面があるため、歯切れの悪いレスだと感じられる場合もあるかも知れませんが、自分の思いと離れた内容を記したことは一度もないことを強調させていただきます。
先ほど述べたとおり今回が2009年の最後の記事となります。コメント欄での議論は続くものと思いますが、この1年間、多くの皆さんにご訪問いただきました。本当にありがとうございました。どうぞ来年もよろしくお願いします。ちなみに次回の更新は、例年通り元旦を予定しています。ぜひ、早々にご覧いただければ誠に幸いです。それでは良いお年をお迎えください。
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