労使交渉への思い
このブログ「公務員のためいき」は不特定多数の方々への発信と合わせ、私どもの組合員の皆さんに組合を身近に感じてもらえる一助となることを願いながら続けています。そのため、時々、組合の機関紙などで当ブログについて紹介してきました。ただ自宅ではインターネットに触れないという人をはじめ、このブログを「一度も見たことがない」と話される組合員の方は少なくありません。
そのような点は当たり前な現状であり、言うまでもなく組合員の皆さんへ情報を伝達する公式媒体は組合ニュースや『市職労報』と称する機関紙でした。したがって、その『市職労報』の紙面を使い、これまで「情勢や諸課題に対する認識の共有化に向けて」というテーマなどの記名原稿を数多く掲げてきました。情宣担当者から字数制限のない依頼を受けた昨年の春闘期の記事は、写真や図解などが入ったレイアウトとは言え、21ページに及ぶ分量となっていました。
基本的には組合の抱えている課題や取り組む方針などの説明が中心でしたが、随所にブログで訴えているような自分なりの思いも盛り込んでいました。特に「はじめに」の項では、最も伝えたい内容を自分自身の言葉で語ってきました。今回のブログ記事で労使交渉について取り上げようと考えた時、書記長時代に『市職労報』へ寄せた『ペナントレースの優勝をめざして~「春闘期の課題と方針」より』という記事の中の一文を思い出していました。
情勢の厳しさに萎縮して要求することを諦め、当局の減員提案即合意するような物分かりの良すぎる労働組合ではその存在意義が疑われてしまいます。とは言え、オールorナッシングのたたかいでは交渉とならず、何も成果が上げられない情勢認識も押さえる必要があります。組合側が聞く耳を持っているからこそ「労働条件の変更は必ず労使事前協議、労使合意なく一方的実施はできない」の原則が実効あるものとなり得ます。
例えると勝ち残りトーナメントの甲子園大会ではなく、ペナントレースの優勝をめざすようなトータルな組合の役割が重要な時代だと考えています。できれば組合執行部も職場組合員も全勝が好ましいのは当然です。したがって、重大な決断を下す際は執行部と組合員との情勢や問題意識の共有化が欠かせず、日頃から目線を一致していけるような取り組みが必要だと考えています。
以上のような問題意識があるため、『市職労報』の紙面を通し、さらに4年前の夏には個人の責任によるブログを開設し、いろいろな切り口から組合活動の意義などを訴えてきました。ちなみに個別の職場課題においても「2勝1敗」がやむを得ないという意味合いも否めなかったため、「1敗が私の職場の問題になるのは嫌だな」との率直な言われ方もされました。一方で、職場委員会の中で好意的な見方の発言が示されるなど、心強く感じたことも覚えています。
労使交渉に限らず、それぞれ考え方や立場の異なる者同士が話し合って一つの結論を出す際、難航する場合が多くなります。利害関係の対立はもちろん、お互い自分たちの言い分が正しいものと確信しているため、簡単に歩み寄れず、議論が平行線をたどりがちとなります。両者の力関係が極端に偏っていた場合、相手側の反論は無視され、結論が押し付けられがちとなるはずです。しかし、そのようなケースは命令と服従という従属的な関係に過ぎず、対等な交渉とは呼べなくなります。
ブログを開設した当初、「なぜ、労使対等なのか?」という記事を投稿していました。団体交渉の場で、組合役員と市長らとの力関係を対等なものに位置付けないとフェアな労使協議となりません。切実な組合員の声を背にした要求を実現するためには、市長側と真っ向から対立する意見も毅然とぶつける必要があります。つまり職務上の上下関係を交渉の場に持ち込まれるのは論外な話となります。その一方で、労使関係を離れた場面では、組合役員側が常識的なメリハリを強く意識すべきものと考えています。
ところで、鳩山内閣はマニフェストの実現に向け、普天間基地移転や八ッ場ダム建設中止の問題など多くの難問を抱えています。とりわけ普天間基地の移転に関してはアメリカを相手にした外交の課題であり、たいへん厳しい局面を迎えています。加えて一度、両国間で合意した現実があり、白紙からの交渉ではない大きな悩ましさがあります。しかし、政権交代という過去のしがらみを断つことのできる絶好の機会であり、沖縄の苦しさを少しでも緩和するためにも民主党の踏ん張りを期待しているところです。
話が横道にそれたように思われたかも知れませんが、交渉というテーブルの上で労使関係にも当てはまることが多いものと受けとめています。あまりにもスケールが違いすぎて恐縮ですが、組合としては「こう考える」という内容をどのようにして市や教育委員会当局側に受け入れてもらえるのか、簡単ではないことの共通さを実感しています。行革の課題などで、相手側が「なるほど」と組合側の主張に納得し、提案内容を改めていくようであれば苦労はありません。
しかし、お互いが正当性を強調し合う場面が多く、簡単には決着点を見出せない交渉が増えています。組合が交渉で優位に立つためには、当局よりも現場を熟知した職員の声を適確に訴え、住民の皆さんからも支持を得られる内容であることなどが欠かせません。交渉を重ねた結果、労使双方が歩み寄って、足して2で割るような解決をはかることもあります。それはそれで一定の修正を加えられた点など、組合として前向きに総括できることも少なくありません。
解決の糸口が見えない場合、状況に応じて戦術配置などもあり得ますが、あくまでも当局側に決断を促す手段だととらえています。交渉が決裂し、重大な覚悟を持って行使する場面も想定しなければなりませんが、その先も見据えた冷静な判断が組合執行部には求められています。戦術を打ち抜くことで展望が開けるのであれば、リスクを厭うつもりはありません。ただし、その後も交渉が膠着し、泥沼化するような事態につながる恐れが大きい場合、適切な判断だったとは言えなくなります。
長々と書いてきましたが、相手があるからこそ交渉です。自分たちの言い分が100%通るような交渉は滅多にありません。相手を納得させる、もしくはお互いが合意できる内容に歩み寄れる場合は問題ありません。合意できず、結論を持ち越せる時間がある場合、継続交渉となり得ます。しかし、決着の期限が迫り、組合側の主張がどうしても通らない場合、非常に厳しく悩ましい局面となります。
少しでも可能性がある時点では、組合員とともに当局側を攻め、突破口を広げるための交渉に全力で臨めます。ただ組合員と比べれば組合執行部には情勢面などの情報の入り方が早く、同時にベストが見出せない場合、ベターな判断を下さなければならない責任があります。ある課題に対して組合員との温度差や時間差が生じ、その差を埋めなくてはならない時が組合役員を続けていて最も苦しい場面でした。
このような差が大きいままだった場合、組合執行部と組合員との信頼関係を損ねる要因となりかねません。そのため、日頃から情勢や諸課題に対する認識を組合全体で共有化していくことが欠かせないものと思っています。実は先週の木曜夜、長年交渉を重ねてきた新学校給食共同調理場の問題が労使合意に至りました。調理業務の直営を求めて当該職場の組合員の皆さんと連携を強めてきましたが、PFI化の提案を受け入れざるを得ない苦汁の判断を下しました。
これまで数年越しに交渉を重ねながら常に平行線をたどっていたため、現場組合員から進め方などに対する苛立ちの声が頻繁に寄せられていました。決着に至った夜も、大詰めの交渉に現場から多数の組合員が参加していました。いつものように交渉を終えてから組合執行部と参加した組合員で、厳しい情勢などについて議論を交わしました。断続的に事務折衝も入れながら決着点を模索し、率直な議論を尽くした結果、たいへん残念ながら不本意な提案の受け入れを参加者全体で判断しました。
現場の思いとの落差が大きい結果を強いられ、労使合意する際、当該職場の組合員の皆さんから厳しい声が続くことを覚悟していました。しかしながらその夜、帰途につく組合員の皆さんの大半から「お疲れ様でした。お先に失礼します」という労いの気持ちのこもった言葉をかけられ、本当に安堵したところでした。結果については、まったく満足できるものではありませんが、その結果にたどりつくまでの透明性の大事さを改めて感じた夜でした。
日程の巡り合わせから木曜の夜は、賃金一時金交渉も基本合意に至っていました。東京都人事委員会勧告の改定内容(月例給△0.35%、年間一時金△0.35月分)を基本に決着しました。金曜の朝、それぞれの交渉結果を登庁する組合員の皆さんに伝えるため、組合ニュースを手渡す行動に取り組みました。配布を始めてから指摘があり、びっくり! 「年間一時金は△3.5月」と記していました。今まで4.5月でしたので、年間で1月分となる誤りでした。たいへん失礼致しました。
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コメント
交渉お疲れさまでした。厳しい状況を少しでも改善していくためにも「情勢や諸課題に対する認識を組合全体で共有化していく」ことは本当に重要ですね。
少し前の記事になりますが、10月30日付読売新聞に民主イズム(「官」との軋み)のなかで気になることが書かれていました。
国家Ⅱ種の採用で内閣府の人事担当者は「今年は完敗」だったとのことです。内定者が内定を辞退して地方自治体に流れたためとのことです。私もどちらを選択すればよいかと聞かれれば、「国の出先機関廃止」を明言されているので「地方自治体」と迷わず答えるかもしれません(情けない話ですが・・・)記事の結びには「優秀な人材を集められないようでは、日本の将来は危うい。」と警告を発しています。民主党政権がスタートしてまだ100日もたっていない時期で、もう少し長い目で見ていきたいとも考えていますが、人材確保の点はぜひ検討をしていただきたいと痛切に願っています。
最後に少し明るい話題として私の所属する単組も取り組んでいる国会請願の紹介議員に民主党の方の賛同が得られたことなど状況が厳しいなかでも以前とは変わってきていることをかなり感じています。
投稿: ためいきばかり | 2009年11月25日 (水) 23時06分
ためいきばかりさん、おはようございます。コメントありがとうございました。
せっかく政権が変わったのですから、多面的な見方から行政のあり方について検証すべきものと思っています。その中で、やはり雇用や職員の士気の問題などに関しても改めてスポットを当てていく必要性を感じています。
また、事業仕分けの中で特に反発の強い科学技術の分野など、採算が合わないからこそ「公」の関与を必要としているものが多数あるはずです。もちろん明らかな「無駄」を削ることは当たり前ですが、その「無駄」の判定に際しても多様な視点が欠かせないものと見ています。
投稿: OTSU | 2009年11月26日 (木) 08時01分
OTSUさんがブログにパワハラ(「投資」となるパワハラ対策)を取り上げていましたが、大臣にもパワハラではないかと感じる方もいますね。長妻大臣がその代表のように感じます。たしかに緊張感をもたせ改革の方向に向かせる叱咤激励は必要でしょうが、「書類に不備がある」と幹部に始末書を書かせる、ミスをした職員には「オレが批判されるのが楽しいんだろう」と言い放つなど、時に強権的な色彩を帯びる。など(毎日新聞11・22付け 強権「一匹オオカミ」より)こんな姿勢では人の心が離れてしまうばかりなのではと感じています。さらに同記事で気になることは「当初は頻繁に開かれていた、副厚労相、政務官との政務三役会もめっきり減っている」とのことでこれでは先行きが思いやられるばかりです。(連合とも彼は疎遠のようですね・・・)
投稿: ためいきばかり | 2009年11月27日 (金) 21時24分
ためいきばかりさん、コメントありがとうございます。
長妻大臣、マスコミを中心とした情報から役職の重さとのミスマッチに苦しんでいる様子が伺えていました。そのようなパワハラについては詳しく知りませんでしたが、だいたい場面を想像できることが残念な話です。
投稿: OTSU | 2009年11月27日 (金) 23時28分
お久しぶりです。
組合の役員を退いて1年、一組合員として今年の単組の秋季闘争を見守ってきました。
結果はほぼ人勧どおりの確認となりましたが、住居手当等で独自の水準を維持することができたようで、真摯な協議に基づく労使関係が維持できていることに安心している今日です。
さて、社会保険庁の分限免職問題など公務職場への風当たりは相変わらずのようですが、私の勤める自治体では昨日採用試験の最終合格発表が行われました。
合格された若者たちは、意欲に満ち溢れ、希望を胸に4月よりそれぞれの職場に配置となりますが、この若者たちが生涯仕事に対して誇りと遣り甲斐が持てるようにするためには、労働組合の存在、責任が重要になります。
現役の役員はより困難な局面での取り組みとなるでしょうが、役員のみに交渉を委ねるのではなく、職員個々人が日ごろの業務の中から業務の改善や問題点の指摘など積極的な取り組みを行っていくことが大切だと考えます。
日常業務に忙殺されがちな日々を反省しつつ、久しぶりに訪問させていただきました。
投稿: shima | 2009年11月28日 (土) 10時01分
shimaさん、お久しぶりです。コメントありがとうございました。
まだ周辺のいくつかの市では、賃金闘争が決着できていません。勧告内容とは別の水準引き下げ提案などが示されているためです。私どもの市では昨年度、大きな判断を下しました。あまり評価できる内容ではありませんが、当初提案を一定押し返した決着点でした。
いずれにしても、ご指摘のような真摯な協議に基づく労使関係が維持できるかどうか、以前にも増して重要になっているものと受けとめています。今回、そのような思いを記事に綴ってみました。ぜひ、これからもお時間が許される時、shimaさんの視点からのコメントをいただければ幸いです。
投稿: OTSU | 2009年11月28日 (土) 10時36分