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2009年11月15日 (日)

アフガンの大地から

少しの前の記事(「投資」となるパワハラ対策)の冒頭で、行政側が主催した講演会「アフガンの大地の再生を願って~ペシャワール会の25年」に参加したことを報告しました。講師だったペシャワール会事務局長の福元満治さんの「アメリカの顔色をうかがうのではなく、相手側が何を望んでいるのかが大事」との言葉が印象深かったことを記しています。ペシャワール会の一員として、医療から用水路の確保まで現地に根差した活動を続けている福元さんが発するからこそ、たいへんな重みと適確さを感じ取っていました。

今回の記事で、改めてその講演会を通して受けとめた自分なりの思いを綴らせていただきます。ペシャワール会とは、パキスタンで医療活動に取り組んでいた医師の中村哲さんを支援するため、1983年に結成されたNGO(非政府組織)です。現在、パキスタン北西辺境州及び国境を接するアフガニスタン北東部で活動しています。本部を福岡市に置き、現地職員が約300名で、約12000人の会員が支えています。

現地代表のPMS(ペシャワール会医療サービス)総院長である中村さんは、用水路の設計図を引いたり、土木工事で重機を操作したり、たいへんマルチな活躍をされています。講演の中で福元さんから「無資格ですので、日本では許されませんが」と笑顔での説明が加えられ、中村さんの規格外の行動力を知り得るエピソードの一つとなっています。もともと中村さんは、主にハンセン病の治療に取り組んでいました。

2000年の夏、20世紀最悪とも言われた干ばつにアフガニスタンは見舞われました。その大干ばつの時、赤痢患者の急増を目の当たりにした中村さんは、清潔な飲料水の確保の必要性を痛感したそうです。それ以降、ペシャワール会の活動の一つに水源確保が加えられていきました。井戸の設置などの工事の際、昔から地元に伝わる工法を用いている話が福元さんから紹介されました。

先進技術の工法を採用した場合、メンテナンスが現地の人たちだけで行ないづらくなるという理由からでした。その後、自給自足が可能な農村の回復をめざし、大規模な用水路建設に着手した時も同様な考え方を基本としていました。このような発想は、現地に根を張った活動を地道に続けているNPOならではの決して外すことのない着眼点なのだろうと感じています。

さらに2001年の米軍によるアフガニスタン空爆の際にはペシャワール会として「アフガンいのちの基金」を設立し、国内の避難民への緊急食糧配給も行なっていました。日本を中心に多くの募金が寄せられ、2002年2月までに15万人の避難民へ食糧をはじめとした必需品を配給しています。その後、この基金をもとに総合的農村復興事業「緑の大地計画」の実施につながっていました。

ペシャワール会が一躍注目されたのは2008年8月でした。アフガニスタンの武装勢力であるタリバンに現地職員の伊藤和也さんが拉致され、遺体で発見される不幸な事件によってペシャワール会の活動が耳目を集めることになりました。ペシャワール会の会報の中で、伊藤さんの母親が「憤りと悲しみを友好と平和への意志に変えて。」という言葉を中村さんから送られた話を紹介されていました。

福元さんの講演を通し、中村さんの一貫した決意や覚悟が伝わってきました。イスラム主義運動を旗印にしているタリバンは、ソ連のアフガン侵攻後に続いた内戦の中から生まれた武装勢力です。大半のメンバーは、飢えと貧困に苦しむ現地の若者が生きていくためにタリバンに加わったと言われています。もともと農民のメンタリティを持ち、国際的なテロ組織であるアルカイダと一線を画して見るべきだと福元さんは強調されていました。

アルカイダとのつながりから叩き潰されたタリバン政権でしたが、その後も対テロ戦争の主戦場としてアフガニスタンはとらえられています。しかし、中村さんらの思いは、その見方は間違いであるというものでした。テロの巣窟と見なし、武力行使を続けていくという考えはアフガニスタン人全員を標的にするようなものであると訴えられています。実際、タリバンとそれ以外の勢力との見分けもつきにくく、空爆の犠牲者の大半は民間人であるという憂慮すべき現状でした。

反乱があって外国軍が進駐したのではなく、外国軍が進駐してアフガニスタンの混乱は広がり、あらゆる武力干渉に人々は敵意を抱いている現実が浮き彫りになっています。したがって、若者がタリバン兵にならなくても豊かに暮らしていけるためにも、食糧自給率を高める必要があり、アフガンを緑の大地に再生することが求められていました。このような問題意識を持った中村さんたちが生命の危機と隣り合わせの異国の地で、長い年月、たいへん貴重な汗をかかれてきたことに強い感銘を受けています。

また、アフガニスタンの人たちが日本人を高く評価しているという福元さんの話も興味深いものでした。日本がソ連の前身であるロシアとの戦争に勝ったこと、原爆投下などの焼け野原から驚異的な復興を遂げたことについて、自国のめざすべき姿として評価を受けているそうです。さらに日本がアフガニスタンに対し、武力による脅威を一度も与えていない信頼感があることも福元さんは取り上げていました。そのため、日本が担うアフガニスタンへの支援策の中に自衛隊を派遣する選択肢は、逆にマイナスに働く恐れがあることも指摘されていました。

いずれにしても体を張って現地で活動してきた福元さんらの言葉には重みがあり、国際貢献とは「相手にとって何が必要なのか」という判断の大事さをかみしめる機会となっていました。そのことを踏まえ、鳩山内閣が決めた次のニュースのような支援策が「アメリカの顔色のため」ではないことを願っています。とりわけ事業仕分けが注目を浴びている今、仮に「50億ありき」だったとしても、ペシャワール会の声などを受けとめながら「アフガニスタンの人たちのため」の実効ある支援策になることを切望しています。

鳩山内閣は6日、アフガニスタンへの新たな支援策を固めた。反政府勢力タリバーンの元兵士に対する職業訓練や警察支援など民生支援に5年間で50億ドル(約4500億円)を拠出。また、治安が悪化する隣国パキスタンに対しても5年間で20億ドル(約1800億円)を支援する。

鳩山由紀夫首相は来年1月で期限が切れる海上自衛隊によるインド洋での補給活動を延長しない方針を表明しており、新たな支援策を閣内で検討していた。日本は02年以降、アフガン民生支援に総額約20億ドルを拠出してきたが、大幅に増額する。13日の日米首脳会談でオバマ大統領に伝え、アフガン安定化に協力して取り組む姿勢を打ち出す。

特に、治安に直結する分野に力を入れる方針。約8万人の警察官の給料の半額にあたる約1億2500万ドルを負担した今年の取り組みを、今後も継続。日本で年に10人程度で行ってきた幹部警察官の研修を拡大し、新たにトルコなど第三国での警察官の訓練を検討する。

さらに、職業訓練では日本を中心に各国から支援を集め、基金を創設する。タリバーン元兵士らに給料を支給しながら、土木技術などを習得させる。訓練を終えた元兵士が社会復帰ができるよう農村開発プロジェクトも支援する。農業分野では現在、国際協力機構(JICA)が東部ナンガルハル州などで行っている稲作支援などを拡充する。

インフラ支援では、人口が急増する首都カブールの新都市開発で、道路や上下水道の整備を行う。さらに、学校の建設やクリニックの整備などへの支援も拡充する。【asahi.com2009年11月7日

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コメント

パレスチナ問題の根源は貧困である、と外相時代の麻生はんが言うてたな。で、提案したのが農業の活性化やったか。
アフガンも結局貧困が問題なんやろけど、さてどうしたもんかね。
オレがガキの頃は東南アジアも中国もなんか貧しい国やった(イメージ)けど、農作物が穫れそうな国はその後発展してるような気がすんなぁ。アフガンにはケシ畑はあるようやし、農耕、あるいは牧畜に適してるんやろかと思て調べると、農業の近代化を阻む要素がぎょうさんあるやんか。

なかなか難儀な国やな。

投稿: K | 2009年11月15日 (日) 23時38分

kさん、コメントありがとうございました。

このブログでも写真などを使い、もう少しビジュアルにお伝えできれば良いのですが、いつも文字ばかりになっています。実は福元さんの講演会で、干上がった灰色の荒れ地がペシャワール会の灌漑事業によって、緑の大地に生き返った写真を見ています。たった一つのNGOの力で、このような成果を出していることを本当に感慨深く受けとめています。

大地の再生、農業生産の向上、貧困からの脱却、アフガニスタンの平和への道筋は決して暗澹としたものばかりではなく、明るい可能性も広がっているはずです。そのことを中村さんらが体を張った行動で示しています。私などは安全地帯から言葉だけのエールに過ぎませんが、ペシャワール会の活動に心から感謝し、同じ日本人として誇りに思っています。

投稿: OTSU | 2009年11月16日 (月) 22時05分

今日はインド等に8000億らしいです。

アフガンに5000億
メコン川諸国に4000億
中国の排出権買取はどの程度まででしょうかね!!


アフガンは戦争に直接関与したロシアかアメリカに何とかしてほしいものです。


投稿: くばっち | 2009年11月17日 (火) 20時23分

7年ほど前、写真家東松照明さんの写真展を鑑賞しました。(入場料、寄付はペシャワール会を通じてアフガニスタンに届けられるとのことでした)撮影当時(1963年)のアフガニスタンは「まことに美しい国」だったと東松さんは写真展開催にあたって寄稿しています。当時のような平穏を一日でも早く取り戻して欲しいとの東松さんの願いが伝わってくる写真展でした。
さて、事業仕分けが少しでていましたが、私の職場では廃止した場合の各種調査の連絡があって(4時間以内の報告でした)早くも混乱が始まっています。OTSUさんの職場も同じようなことが起こっているではないかといろいろ考えてしまいました。
あいかわらずためいきばかりですが、ペシャワール会の活動に感謝しつつ明日の仕事の活力にしていきたいと感じています。

投稿: ためいきばかり | 2009年11月17日 (火) 21時28分

くばっちさん、ためいきばかりさん、コメントありがとうございました。

戦火にさらされず、大干ばつの前のアフガニスタンはご指摘のような大地だったと私も聞いています。本当に世界中から戦争や飢餓がなくなることを心から願っています。

また、私どもの役所では外部の声を直接反映する「事業仕分け」のような手法は、まだ取られていません。ただ様々な審議会等では同様な視点での意見が示されているようです。外部からの客観的な見方も貴重だと思いますが、現場を熟知した声が活かされる「仕分け」も欠かせないものと考えています。

投稿: OTSU | 2009年11月17日 (火) 23時22分

アジア各国への支援は、多額ではあるけど、いわゆる国際貢献というやつとちゃうんか?自衛隊の汗も、民間団体の活躍も、JICAなどによる支援も、オレは重要な事やと思てるけど、このご時世直接生活に関係ない支出に憤慨する奴もおるんやの。「情けは人のためならず」ともいうし、近隣諸国が安定、発展すれば我が国にも好影響やし、悪いことでは無いと思うで。もっとも、空母が建造出来るほど絶好調の中国に対して、差し伸べる手は持ち合わせてない筈やろけどな。
以上、独り言や。

1963年のアフガンは美しい国、やったんか。でも豊かな国では無かったんやろな、たぶん。戦火や干ばつは確かに不幸ではあるんやけど、その後、21世紀、少なくともあのテロの時点になってもああいう状態やったんは、農業の近代化を快く思わん立場の人間がおったり、麻薬つくんのに積極的な連中がおったり、社会構造にも問題があったんちゃう?それに誰が実権を握ってたかて、農業の近代化と振興のために出来る事はなんぼでもあったハズや。ただあの立地条件を見てたら、そういう事が簡単に出来るような場所ではなかった不幸もあったんやろな、素人判断やけど。故にペシャワール会の活動はホンマにすごいと思う(あれで憲法9条がどうとか言わなんだら、もっと良かったのに...)。公式ページにある中村はんの文章からは、ものすごい気迫を感じるもん。オレも仕事頑張ろて思た。そやから寝るわ、オヤスミ。

投稿: K | 2009年11月18日 (水) 01時30分

kさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

代表の中村さんの信念は確固としたものですが、ペシャワール会そのものは一定の党派に偏らない立場を意識しているようです。幅広い層から支援を受けている性格上、講演会などへの協力も運動体の方向性を問わず出向く話を聞いています。

私も国際貢献の重要性は認識し、とにかく現地の人たちから本当に感謝される支援のあり方が求められているものと思っています。一方で、その実効性が担保されていないようでは「事業仕分け」の対象と言われても仕方ないのかも知れません。


投稿: OTSU | 2009年11月18日 (水) 08時13分

現場を熟知した声が活かされる「仕分け」はおそらく私の職場ではないでしょうね・・・(トップダウンでやるのが政権のスローガンのようになっている感もあります)橋下府知事のメールの件はうらやましく感じる面もありました。(府知事がメールをきちんと見ているという点で)さて、「仕分け」の結果、廃止を宣告された職場(付属機関のため正規職員はいません)で非常勤職員も「雇い止め」です。最賃程度の賃金で懸命に働き、今回あっさり切られた人々はまったく注目が集まらないなどの矛盾も感じているところです。

投稿: ためいきばかり | 2009年11月18日 (水) 21時43分

ためいきばかりさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

せっかく連合と緊密な連携がはかれる政権交代を果たしたのですから、官民問わず常に雇用という側面も重視した政策判断ができるようになって欲しいものです。そのような思いを強めていますが、ためいきばかりさんから、いつも率直な声を聞けることは非常に貴重な機会だと受けとめています。ぜひ、これからもよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2009年11月19日 (木) 07時55分

アフガニスタンで武力解放を行った、東京外国語大学の伊勢崎教授が、著書で自衛隊の給油活動が日本政府要人の発言で、今まで日本は平和国家であると信じてきたアフガニスタンの人々に猜疑心を植え付け、日本の青年に危害が及ぶようになるのが懸念されるとしていました。伊藤さんの事件は、伊勢崎教授の心配が的中したものでした。最近、読売新聞記者の論評で給油活動からの撤退での国益は何もないとありましたが、実際に現地で活動している人たちの声に、政府関係者やマスコミももっと耳を傾けて欲しいと思います。給油による反感が日本の良いイメージを損なってしまうということに気がついていただきたいと思います。

投稿: tama141 | 2009年12月 9日 (水) 22時36分

tama141さん、コメントありがとうございます。

本当にその通りだと思います。もっと現地の声を適確に受けとめることが必要です。 アメリカの表面的な顔色だけをうかがうのではなく、アフガニスタンからの出口を探っている側面にも思いを巡らし、日本だから可能な役割を追求すべきだろうと考えています。

投稿: OTSU | 2009年12月 9日 (水) 22時59分

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