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2009年9月26日 (土)

民主党との距離感

前回記事「静かな船出、鳩山内閣」の冒頭で、前々回記事「9・11テロから8年」へのコメントが久しぶりに1週間たっても0件だったことを書きました。前回記事もコメントが少ない傾向となる政治に関する話題でしたが、一転して数多くのコメントをお寄せいただきました。やはり幅広い視点から思いがけないご指摘やご意見に触れられる機会は意義深いことだと考えています。

特に前回は、その思いが顕著となりました。前回記事の冒頭で「鳩山政権の滑り出しの印象は個々人で温度差があるものと思っていますが」と書きましたが、その温度差が本当に個々人で大きく違うことを改めて認識する機会となりました。まずThorさんから川端文科相がシルバーウイーク中の22日を補正予算洗い直し作業の期限とし、最初から連休返上での仕事を求めたことについて、おかしいのではないかとのコメントをいただきました。

それに対し、私からは「歴史的な政権交代直後の時期ですので、文科省職員の皆さんには申し訳ありませんが、やむを得ない事態だと見ています」とお答えしていました。私どもの自治体に照らしても、緊急に仕上げなくてはならない事務作業が発生した場合、予定外の休日出勤が強いられる時もあります。私自身の経験としても大規模なOAシステム導入の際、年末年始にも出勤したことがありました。

さらに来年5月、新庁舎への移転に伴い大半の職員が「ゴールデンウイークはないもの」と覚悟していますが、この点についても仕方ないものと受けとめています。つまり一過性の緊急を要する任務が課せられること自体、頭から否定できないものと考えています。一方で、言うまでもありませんが、これからも休日や所定内の勤務時間を無視した職務命令が続くような場合は、それこそ労働組合の出番だろうと思っています。

長時間残業の常態化や「サービス残業」は決して容認できるものではありません。当該の組合が声を上げられないのであれば、連合として新政権に申し入れるぐらいの課題だと認識しています。そのような声が直接届いたのかどうか分かりませんが、連合組織内議員である川端文科相は22日の省内ヒアリングの冒頭、事務次官らに対して次のように陳謝した話が報道されました。

川端文科相は「一刻の猶予も許されないという思いの中で、少し配慮が足りなかった」と頭を下げ、「別途、家族と過ごせるようにしてほしい」と代休取得を指示したそうです。このように配慮が不足した点は、すぐ反省する姿勢も大事な点だろうと思っています。今後、マニフェストの実現も重要ですが、よりいっそう幅広い声を謙虚に受けとめていく姿勢も民主党には求められているはずです。

しかし、この謝罪についてもThorさんからは「霞ヶ関の慢性的な人員不足の中で、現実に代休を取れるとお思いでしょうか? そもそも、霞ヶ関は年次休暇の消化率も低調なので、代休が加わっても、非常に無意味なのですが。しかも、これから先もあれこれと通常業務に加えて、民主党政権の追加業務も見込まれる中で、どう休ませるつもりなのかが不思議です。正直な所、マスメディアと国民向けのポーズ、民主党のアピールにしか見えません」とのご指摘を受けています。

連休返上の問題は民主党政権を評価する象徴的な話として取り上げられているものと理解していますが、他にも国会質問などにおける民主党議員の配慮のなさが取り沙汰されていました。とは言え、政権交代以降、民主党の大臣らが私自身としては「思ったより」淡々と官僚の方々と接している印象を抱き、そのことを「静かな船出」と表現し、自分なりの感想を綴ったのが前回の記事でした。

繰り返しになりますが、その思いは本当に個々人での温度差が大きいようでした。前回記事のコメント欄では、あっしまった!さんからも鳩山内閣に対する辛口なコメントが続きました。阿久根市長の手法に対する評価などについて、ほぼ見方が一致できるお二人と民主党絡みの話になると、大きくすれ違うこともやむを得ないものと思っています。

そのような中、やはりコメント欄では常連のKさんから「Thorはんは、ブログ主はんと似た様な属性やったんとちゃうかったっけ?せやけど民主党に対する評価はずいぶん違うやんか。これはなんで?」という質問を受けていました。もともとThorさんと私は民主党に対する基本的な評価が違っていました。このあたりは民主党の政策の幅広さが起因していますが、Thorさんは「特に労働者が民主党を支持しているということも無いような気もします」とも述べられています。

正直なところ私自身もスタートしたばかりの新政権ですが、注文を付けたい点がない訳ではありません。民主党の手法などについて、すべて「是」と見ている訳ではありませんが、逆にすべて「非」と見るような政党だとは思っていません。私自身のとらえ方は「新政権への期待と要望」で記したとおりですが、民主党のマニフェストをすべて実現させようとした場合、いろいろ問題点が生じる懸念も抱えています。

まだ船出した直後の鳩山政権に対し、好意的に見れるのか、厳しい批判の目で見るのか、個々人の民主党との心情的な距離感によって左右されているはずです。当たり前な話ですが、連合や自治労が民主党を応援しているからと言って、その構成員すべてが民主党を支持している訳ではありません。先ほど述べたとおり私自身も、民主党の方針に全面的に従う必要性がある立場ではありません。

それでも私どもの組合員の皆さんに対し、民主党への支持を強く訴えてきた責任者であることも重く受けとめています。そのような経緯もある中、望んでいた政権交代ですので、現時点では至らない点を指摘するよりも前向きな点を評価していこうと考えています。加えて、もう少し政権全体の働きぶりを見守った上で、評価していくことの大事さも感じているところです。

その上で、どうしても民主党に改めてほしい問題が生じた際は、支持協力関係のある連合を通し、直接物申していくことが重要です。その具体例を思い出した時、現在の前原国交相の苦闘ぶりがオーバーラップしてきました。4年前、前原国交相が代表に就任した直後、公務員組合を切り捨てようとする発言が繰り返されていました。直前の総選挙戦で懸命に応援していた労働組合側に冷や水を浴びせるものであり、私が所属する連合三多摩は「前原民主党代表と語る会」を開き、その真意をただす機会を設けました。

その会で、前原国交相からは「脱労組の言葉は使っていない。小選挙区で勝つためには労組だけにこだわっていては勝てないとの趣旨での発言だった。今まで通りの応援があることを前提であり、不愉快な思いを与えていたとしたら率直にお詫び申し上げたい」と謝罪の言葉が示されました。また、前原国交相は訪中直前に「中国脅威論」という発言を行ない、期待していた中国側の要人と会談できなくなる結果を招いた時もありました。

前原国交相は「中国の軍事力を脅威」と言っただけで、軽率な発言ではなく、信念に基づいたものだと弁明されていました。今回、八ッ場ダム建設中止の問題に際しても、なぜ、地元との話し合いの前に「撤回はあり得ない」と言い切ってしまったのでしょうか。建設中止を反対する住民からすれば、「結論ありき」の態度では意見交換会が単なる「アリバイ作り」だと見えてしまうのも仕方ないことです。

結局のところ地元の同意がない限り、強行しないと表明できるのならば、「マニフェストに掲げた民主党の方針は建設中止だが、地元の皆さんにもご理解いただけるよう充分話し合っていきたい」と述べるだけで良かったのではないでしょうか。前原国交相が非常に誠実で正直な人物であることは間違いありません。ただ発する言葉の重みをもう少し慎重に考え、相手側がどのように受けとめるのか、想像できるようになってほしいものと願っています。

話が横道にそれ、いつものことながら長い記事となって恐縮です。これからも機会があれば当ブログの中で、民主党に対する要望などを綴っていこうと考えています。合わせて今後も、必要に応じて民主党への不満や注文について、自治労や連合を通し、もしくは地元選出の代議士や都議会議員に対して直接訴えていくつもりです。

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コメント

仕事はしない 金はもらう 裏金は作る 
それが 公務員でしょうが!
それが たまに 忙しくなったからと言って
さも過労死するような 言い方は おかしい
ほとんどの日本の社員は そんな悪条件の中
仕事してるのに・・・・
自治労の人間で 過労死したやつとか聞いた事がない。
中小企業の社員 皆自治労に 入れると
日本は 楽になると 思う。 

投稿: 正義 | 2009年9月27日 (日) 11時49分

参考までに、自治労の構成員で過労死した人なら、何例か知ってますよ。残業中に県庁のトイレで心停止して、翌朝便器に座ったままの状態(遺体)で発見された人とか、勤務中に白昼堂々勤務先で突然倒れて即死だった人とか。こういう話は報道されないからね、、、。

”100の出来事の内報道されるの3の出来事でしかない。しかも、ニュース価値のあるのは極端事例だけ。”なのだそうですよ。報道だけ(現実に起きていることの3%の極端事例だけ)で決めつけるのは、現実を見損ないますよ。

実際に霞ヶ関の中の人なら別として、目の前の事案を類推によって拡大適用しようとする、そんな思い込みによる根拠レスな批判はどうかと思うけどなぁ。そもそも、霞ヶ関の国家公務員は、自治労とは関係ないよ。霞ヶ関を話題にしたエントリに自治労を持ち出す事自体、既に何の説得力もない。

なかなか信じて貰えない話ですけど、過労死や過労自殺の発生率は、国家公務員に関しては、かなり高いよ。過労死認定基準を超過するような勤務実態におかれた職員の割合は、民間平均と比して>=だし。

現実に立脚しない”誤解による正義感”は、カルト的な危うさを内包するから、あんまり好きじゃないんですのん。

投稿: あっしまった! | 2009年9月27日 (日) 12時38分

正義さん、あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

あっしまった!さんが解説されたとおりですが、そもそも正義さんのご指摘は今回の記事内容を正確に読み取っていない点も指摘させていただきます。

投稿: OTSU | 2009年9月27日 (日) 20時47分

同じ公務員としての立場から、いつも強い共感を覚えているこのブログですが、例えば今回の「どうしても民主党に改めてほしい問題が生じた際は、支持協力関係のある連合を通し、直接物申していくことが重要です。」とありますが、少し違和感を覚えます。本当に民主党は連合と指示協力関係にあると信じていいのでしょうか。
例えば東北ではこういう事例があります。秋田県での衆議院選挙に際して連合は選挙協力関係にある社民党候補を推薦していました。すると、その選挙区の民主党員は選挙に向けて大量脱退し、独自候補を立てて、あたかもその候補が民主党推薦であるかのように運動を行い、当選しました。この当選した議員が選挙後すぐに民主党入りしたのは言うまでもありません。社民党を応援する立場にはいませんが、道義的にどうなんでしょう。また、岩手県では市長選挙に際して連合岩手が推薦する現職候補に対して、民主党岩手県連はやはり独自候補を立てて対立しています。主義主張が全く同一の組織ではないのだから仕方がないとはいえ、どうも、民主党は「連合なんか必要ない」という意識を持っているように感じます。
労働者として、聞く耳を持った政党が与党にあることは今までと比べてすごく恵まれているとは思いますが、地方においては、いいように利用されているように感じます。
「撤回はあり得ないけど住民とは話し合う」としている国土交通大臣が労働者のことなど本気で考えるとは到底思えないのですが・・・。

投稿: | 2009年9月28日 (月) 12時01分

すみません。上記コメントはTaです。

投稿: Ta | 2009年9月28日 (月) 12時02分

先日から読ませて頂いております。まだ過去の記事全部を読めていませんので、
全体へのコメントは避けますが、気になった点を2点コメントします。

> 来年5月、新庁舎への移転に伴い大半の職員が「ゴールデンウイークはない
> もの」と覚悟していますが、この点についても仕方ないものと受けとめてい
> ます。

なぜ「仕方ない」という感覚になれるのか、当方には理解できません。休日に
避けられない仕事があり、それが業務上必要なものならば、民間の感覚では「
当たり前の行為」として仕事をします。
それに(移転は予算化されてるでしょうから)その分の給与は支出されますよ
ね。ならば尚更「仕方ない」という感覚を持つことは容認されないと知るべき
です。まずは仕事があることを「ありがたい」という感覚に変え、仕事をこな
すことを「最低限の当たり前の行為」と思うことが必要ではないでしょうか。
民間でも確かに残業・休日出社について給与が支出されますが、上場企業でも
全額出るのはまれで大抵の場合「サービス残業」となります。この様に給与が
支給されないなら「仕方ない」という感覚も有りでしょうが、それでも民間は
仕事はこなします。

> 長時間残業の常態化や「サービス残業」は決して容認できるものではありま
> せん。

もっともな意見で理想だと思いますが、サービス残業を許容しないとはいえ、
他の市町村の事例ですが、10分程度の作業で残業を付けている実態を見てし
まうと正しい行為とは思えません。残業時間「0.17時間」という数字を見
たときは目を疑いました。
対して自治労主導の春期闘争では「29分闘争」というものが行われたと聞い
ています。これは朝30分以上遅れないと遅刻とならない制度を悪用したスト
紛いの行為との事でした。
残業は10分でも付けるが、遅刻は29分まで付けないという感覚が、人間と
して正しい感覚なのか、是非ご意見を伺いたいと思います。
(但し、公務員の方にこの様に質問しますと、皆さん一様に条例や規則で定め
 られていると答えられますが、そういう事は重要ではなく、上記は人間とし
 て許される考え方なのかという点でお答え頂きたいと思います。)

ちなみに残業は30分を超えて初めて付ける、遅刻は1分でも30分減給とな
るのが民間では当たり前の感覚ですが、通常は30分経過しても付けない事が
多いものです。

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年9月28日 (月) 18時04分

>むかし民間、今・・さん

>ちなみに残業は30分を超えて初めて付ける、遅刻は1分でも30分減給となるのが民間では当たり前の感覚ですが、
>通常は30分経過しても付けない事が多いものです。

それは当たり前の感覚では有りません。単なる労基法違反です。

残業の最小時間単位は企業によって異なりますが、
最小時間単位未満の分は繰り上げ請求出来ます。

それをやらせないのは、遵法感覚に欠けたブラック企業でしょう。

投稿: Thor | 2009年9月28日 (月) 19時33分

> Tourさん

ですから、法律云々も要らないし・・条例や規則で定め等の話は不要ですと申
し上げています。そして本音の部分で、人間として正しいと信ずる感覚は何処
ですかという部分を書いています。

会社という組織の場合、自分のコスト以上の利益をあげるのは所属する人間の
義務です。公務員の場合であっても最低限求められる成果はあるでしょう。そ
して重要なのは、権利は義務を果たして初めて発生するという単純原則です。
> それをやらせないのは、遵法感覚に欠けたブラック企業でしょう。
などと事実を見ずに言う方に限って利益や成果を上げていないのは、経験上、
官も民もない共通の事象かと思います。

公務員も働く人は気の毒なくらい一生懸命に働いています。しかし、その比率
が民間と比較するとあまりにも低いのも事実です。
一生懸命に働く1割の人の成果に、中間派で様子見の4割の人と確信犯で働か
ない5割の人がぶら下がってる現状があり、それに対して同一労働同一賃金な
どど詭弁を言って成果主義を否定しているのが現状です。真逆に同一成果同一
賃金を主張する方が自然な感覚と思いますが・・・・。


さて、民間に限らず職場というコニュニティは、人に寛容で自己に厳しい姿勢
が要求されていると思っています。それは職を維持するためにも必要なものな
のはいうまでも無いと思っています。
能力のある人が定時で作業を終わっても人以上の成果を上げている実例もあり
ます。また逆に能力の無い人が時間を浪費して残業となっている例もあります。
繰り返しますが、一概に
> それをやらせないのは、遵法感覚に欠けたブラック企業でしょう。
という感覚を持つことは、人として正しい(公平)でしょうか?


> OTSUさん

当然ですが感覚は千差万別であって、初めからどちらが正しいと論じる事は無
意味でしょうが、是非ここの主の人としての感覚を聞きたくてコメントしまし
た。リプライを楽しみにしております。

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年9月28日 (月) 21時40分

失礼しましたThorさんでした。
間違えてしまい申し訳ありません。
お詫びして訂正させて頂きます。

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年9月28日 (月) 21時43分

> ちなみに残業は30分を超えて初めて付ける、遅刻は1分でも30分減給となる
私の勤務先(民間組織ですよ)には、そのような感覚は存在しないので、それが当たり前であれば、私の勤務先は余程特異であるか、実は民間組織では無いのでしょう。そう言う感性が民間企業で当たり前だというのは、ちょっと新鮮な驚きがあります。

ところで「29分闘争」の件ですけど、敢えて29分とする根拠が、”朝30分以上遅れないと遅刻とならない制度”だったとは、ちょっと衝撃を感じてしまう。(@_@;)

勤務時間法制に鑑みると、”朝30分以上遅れないと遅刻とならない”という規定は無い筈で、敢えて”朝の29分間”とする根拠は、それとは全く別の論理構成によるものだと側聞していたので。

投稿: あっしまった! | 2009年9月28日 (月) 22時48分

Taさん、むかし民間、今・・さん、Thorさん、あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

Taさんのご指摘のとおり地方の事情によっては、連合と民主党との関係も様々なのだろうと思います。ただ中央段階や総体としては、記事本文で書いた内容が誤りではないはずです。したがって、違いがある部分は認め合いながらも、信頼関係を築けている部分は肯定的にとらえていく前向きな見方が大切なことだろうと考えています。

むかし民間、今・・さんからのお尋ねがあった「仕方ない」についてですが、私自身は来年のGW返上は「当たり前」という趣旨で記したつもりでした。その上で、できればGWは休みたい気持ちもあるため、「仕方ない」という表現を使いました。

その次の数分程度の「サービス残業」の件ですが、こちらもそのレベルの「サービス残業」を問題視していた訳ではありません。恒常的に超過する職場などで「積み上げ」方式を採用する場合もありますが、大半は30分を超えるぐらいが目安となっているようです。なお、分単位の積み重ねも合計30分を超えないと時間外手当は切り捨てられています。

「ちりも積もれば」という言葉もありますので、Thorさんが述べられているとおり分単位の管理の厳格化にも留意しなければなりません。それでも組合役員の立場からも時間外勤務命令簿について「数分単位でも付けられるから」と言いますが、「数分単位でも付けなければいけない」とまでは言い切っていない現状です。

また、29分集会の話ですが、「悪用した」という見方をされていますが、組合としては重大な決意で臨む戦術であることに変わりありません。切実な要求を前進させるための手段であり、安易な考えで構えるようなものではありません。

過去の記事へのコメントも読ませていただいていますが、逐次レスできそうにありませんがご容赦ください。ちなみに管理人である私に対しても、スパム防止のパスワードの入力を求められています。

投稿: OTSU | 2009年9月28日 (月) 23時40分

OTSUさん、29分集会とは何でしょうか?
検索しても見当たらないので解説をお願いします。

むかし民間、今は・・さんの仰りたいことは、よく分かります。
残業0.17時間なんて、よほど時間管理が厳格で個人の裁量の入る隙間が寸分もない精密な歯車のような職務内容なのでしょう。
窓口業務でも手待ち時間はあるし(法律上は労働しているのと同じ扱いでしたね)、事務だったら生理的な中断(組み立てラインはどうしているんでしたっけ?)を除いても毎昼食後から終業まで息抜きをしなければ体を痛めます。

確信犯的にぶら下がっている人の割合は役所の体質にもよるでしょうが、5割などという役所の管轄に生活している住民は、どんな思いなのでしょうか?
仮にこの人達を民間に置き換え物を作らせば不具合だらけ、営業をさせれば成約に至らずコストばかりがかさむというところでしょうか。
サービスの受けての利益から見た場合、独占等は排除されるわけですが、独占状態である役所にも適者生存、自然淘汰の仕組みの導入が待たれます。
いろいろなやり方があるわけですが、ぶら下がっている人達の旨味を減らす為には、年齢給を廃止し職務給をメインにすれば窓際で高給といった状態は防げるでしょう。
理想から言えばぶら下がりはいなくなってもらうのが本人以外の全ての利益になるわけですが、ぶら下がりが多いということは使用者も馴れ合いということなので、解体的出直ししかないでしょうね。
ぶら下がってきた人達が改心するなんて少しも期待できません。

民間セクターは流動化するのが自然な状態ですが、能力がありながら会社の都合ではじき出された者に労働の場を提供する策としても公共セクターを流動化して開放するのが公平な労働政策かとも思います。
今は新規採用にも即戦力が求められる時代なので社会人経験者の採用を大幅に増やす好機です。
特に指示待ち丸投げ体質の基礎自治体に組織内で人材を育成することは期待していません。
顧客の選択により自分の給与を稼いだ経験のある者が多数にならなければ、いくら仕事があるありがたみを説いたところで馬の耳に念仏です。

投稿: L | 2009年9月29日 (火) 12時51分

「年齢給を廃止し職務給をメインにすれば窓際で高給といった状態は防げるでしょう。」ですか。今の体質を考えるとそんなにうまくいかないと思いますが・・・。
公務員業務のほとんどが業績を数値化できないものが多いため、査定するとなると、評価者に気に入られたモン勝ちのところがあります。自治労とか公務員組合が人事評価による給与査定に反対しているのはそのためです。仕事はしない、住民サービスなんて少しも気にしない、そのくせ妙に偉そうにしている公務員がますます増えることになりますよ。
やつらを排除していただくことは公務員にとっても望んでいることです。
29分闘争ですか。懐かしい言葉ですね。公務員には労働三権が認められていないため、(正しくは団体交渉権と争議権・・・いわゆるスト権)、自分たちの要求を通すため、ストライキとして処分を受けないギリギリの範囲でストライキをするのです。それが早朝29分です。民間がストライキをやっていたころの懐かしい言葉です。遅刻を認めてもらうとか遅刻じゃないとかそんなことではなくて、一応、法律に触れないぎりぎりの範囲での労働運動であったわけです。もう、ずーっと昔の話ですけどね。

投稿: NA | 2009年9月29日 (火) 19時32分

> NAさま

公務員の争議権については賛否両論があり、非常に微妙な問題だと思っていま
すので、争議権の論議は避けておきたいと思っておりました。もし、この場で
ストライキという言葉を、ここの主様が使ってしまうと即違法だ告発だという
意見が出かねないと思いましたので、意図的にその言葉をさけて「遅刻」とい
う概念に変えております。
遅刻という意味に置き換えても、私の趣旨である自分の収入になる分は10分
でも付けるのに収入が減る分は29分でも付けないのが正しいの?という問い
にはなると思っています。

ちなみに29分闘争は今年の春闘でも戦術として使用されていると聞いていま
す。ずーっと昔の話では無いようです。

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年9月29日 (火) 19時47分

「29分闘争は今年の春闘でも戦術として使用されていると聞いています。」
う~ん私の職場ではしていないですね・・・・知っている方が、もし、いたとしても相当昔のことでしょうね・・・(早朝時間外の職場集会や昼休み職場集会もシフト制等でなかなかできないのが現状ですので・・・)
正直、今回初めて知りました。
Lさんの「顧客の選択により自分の給与を稼いだ経験のある者が多数にならなければ、いくら仕事があるありがたみを説いたところで馬の耳に念仏です。」これも人によりけりで、民間の大手出身というだけで上から目線で仕事も丸投げの方もいますからね。

投稿: ためいきばかり | 2009年9月29日 (火) 20時55分

あの~、そもそも「確信犯的にぶら下がっている人が5割」の根拠は、そもそも奈辺にあるのでしょう?経営書とかでは、「1:8:1」の割合という話ならよく耳にするのですが。

早朝29分集会が、昼休みなど、完全に合法な時間帯(要するに勤務時間外か、職務専従義務の例外にあたる時間)に振り返られるのが常例化しつつあるという話は、側聞しています。

投稿: あっしまった! | 2009年9月29日 (火) 21時36分

Lさん、NAさん、むかし民間、今・・さん、ためいきばかりさん、あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

29分集会の話に注目が集まっていますが、今でも自治労の様々な統一闘争で頻繁に配置されている戦術です。実際に打ち抜かれることは滅多にありませんが、私自身の受けとめ方は慎重かつ重大な決意で構えるべきものと考えています。抽象的な言い回しにとどまりますが、ご理解ご容赦ください。

公務員の働きぶりの問題については、このブログを通して常に論議してきたテーマだと言えます。端的な言葉で私自身の思いを簡単に表せませんが、これからも様々な切り口の記事を綴る中で、より適切な「答え」を模索していくつもりです。

むかし民間、今・・さんからは、過去の記事へのコメントを頂戴しています。いろいろ貴重なご意見やご指摘をいただいていますが、昨夜お答えしたとおりの対応で失礼致します。ただ福利厚生や時間内活動など、昔と今では随分様変わりしています。2009年3月21日に投稿した『農水省の「ヤミ専従」疑惑』などもご覧いただければ幸です。
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2009/03/post-0a59.html

投稿: OTSU | 2009年9月29日 (火) 22時01分

話の腰を折るようですまんな。前回のエントリのなかで驚いたコメントがあったんやけど返事する時間がなかってん。

>一般論では、特に労働者が民主党を支持しているということも無いような気もします。(Thorはん)

思い込みはいかんと反省や。しかしこれではなんか、オレの想像してる2大政党制にはまだなってない感じやな。
自民党は経団連とかそっちの方が支持するんやから、民主党はその反対やないとな。民主は連合なんかが支持してるから、労働者の味方であるもんかと思てたんやけど、実際の労働者が支持してへんかったらなあ。しかもTaはんの上記コメントもそんな感じの内容やし。単に個人的な心情による差、の範囲ならええんやけど。
まあ、簡単に保守とリベラルでもかまへんのやけど、(特に自民党と比べて)明確な違いが無いと何を考えてる政党なんかが伝わりにくいがな。無論人間そんな簡単にどっちか(あるいはどれか)の政党を全面的に支持できるモンではないんやろけど、民主党かて一定のスタンスがあらへんかったら、オレの中ではなんやよう解らんままグダグダな印象がついてしまいそうや。ここらへんはまだ時間がかかるんやろか。

それにしても相変わらず亀井はおもろいな(言動が)。

投稿: K | 2009年9月29日 (火) 23時20分

民主党って拉致問題や中国の少数民族弾圧は何か抗議をあげるのか非常に疑問だ。
ウイグル暴動で1万人の人間が中国当局に連行され、弾圧されていることに何も声を上げない人権派、左派にはもううんざりだ
官民問わず 官は官公労の路線 民は中国ビジネスで儲けているどんなひどい目に現地の住民が置かれているか誰も何も言わない
もうほとほと官民ふくめて自称人権擁護の偽善にうんざりだ
 

投稿: がく | 2009年9月30日 (水) 00時35分

> OTSUさん

さっそく読ませて頂きました。
こちらも国・都道府県・市町村では労働環境や職場の考え方が随分違うのは理
解しています。そして最近の公務員を全部一律に決め付けて批判する流れを憂
慮しています。
> 福利厚生や時間内活動など、昔と今では随分様変わりしています。
とのことですが、OTSUさんの自治体ではそうなのかも知れませんが、私自
身が首都圏の自治体でその実態を見たのが8年ほど前、そして今は地方都市に
おりますが、この自治体では現在でも遊び要素に福利厚生費用が支出され、ま
た職免も使用されています。昔の話ではありません。
OTSUさんの自治体ではこの様なことが本当に過去のことなのでしょうか。

あと昔の記事のコメントに返信は求めて居ませんので。

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年9月30日 (水) 07時24分

Kさん、がくさん、むかし民間、今・・さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

Kさんから労働者の民主党への支持の問題が示されました。労働組合のナショナルセンターである連合が支援していますので、民主党が労働者の立場を尊重した政党であることは間違いありません。ただ労働者だから、すべて民主党を支持しているのかどうか、そのあたりの現状をThorさんが述べられているものと受けとめています。

がくさんのような指摘をよく耳にします。どこの国の話でも人権抑圧は許されるものではありません。当然、官民問わず「中国だから見過ごす」という風潮であるようには思っていません。その上で、初めから敵対視した付き合いが好ましいのか、まず信頼関係を築くことを第一歩とするのかどうか、評価が分かれがちな現状も認識しています。

むかし民間、今・・さんから福利厚生のお尋ねですが、互助会への市からの交付金が各職員へリフレッシュ補助など現金給付に近いかたちで支出されていた時代もありました。現在は交付金の総額そのものが圧縮され、慶弔見舞金等の支出は職員の掛金による会計によって賄われています。

投稿: OTSU | 2009年9月30日 (水) 08時15分

>査定するとなると、評価者に気に入られたモン勝ちのところがあります。自治労とか公務員組合が人事評価による給与査定に反対しているのはそのためです。仕事はしない、住民サービスなんて少しも気にしない、そのくせ妙に偉そうにしている公務員がますます増えることになりますよ。
やつらを排除していただくことは公務員にとっても望んでいることです。

まことにありがたいご意見を頂戴したことにお礼を申し上げます。
NAさんには行政が信用されない体質であることを認め、その重要な部分が明確に見えていらっしゃるようですので、「やつら」についてより具体的にお考えを頂戴できれば幸いです。

先の内容からは、仕事も住民サービスもせずに偉そうにしている者を重用する「評価者」自体も排除することを公務員が望んでいるようですが、このような人事権者は生え抜きの役人だったりして、それを未だに変えられない現職員も馴れ合いというか同じ穴のなんとかに見えてしまいます。
これだけ公務員がいるのですから組合出身ではなく改革派の若手政治家が行政不信打開のために出てきて良さそうなものですが、キャリア組みと違って他の官公労出身者を地方議会レベルでもほとんど聞かないのですが、(隠居仕事として身内の票を集めての議員ならよく見かけるようです)危機意識が他の属性と違うのでしょうか。
首長や議会が機能不全ならば、せめて幹部職員くらいは裁判員制度のように官僚制の弊害を排除し住民の意思が直接に拘束力を持つ評価委員会などが必要かもしれません。
任命権者からの身分保障などによる役所の排他的な組織自体が身びいきの最大要因とも考えますが流動化するのが妙薬では。
上が腐っているから下も腐っている腐の連鎖を断ち切り、無駄使いの一つともいえる悪平等を失くす為には開かれた人事評価は必要ですが(無駄飯を食わさないだけでも年齢給の廃止は意味があると思います)、情緒的ではなく実効性のある職員の活性化の為に自治労はどのような提言をされているのかお尋ねします。

投稿: L | 2009年9月30日 (水) 12時41分

>Lはん

NAはんの文章を素直に読んだら、上記のような話にはならんはずやねんけど。
「査定するとなると」以降は仮定の話やんか。結論は最初にあるやろ。
確かに正しく査定すれば各々の仕事に見合った給料を支払える・・・んやろけど、査定てすごい労力さかれるんよ。する方もされる方も。その割に効果があがってんのかどうか疑問や。それに査定結果に心底納得してもらえるもんかどうか・・・。ほんで「査定」の為にのみ仕事をする輩が現れたら厄介でな。以下はNAはんの言う通り、や。

投稿: K | 2009年9月30日 (水) 22時38分

所謂「ごますりな人」を排除して欲しいのは、真面目に働く現場の職員も同じだけど、査定の方法を誤ると、「ごますりな人」だけが優遇される結果になりかねない。
それは、有権者のみならず、公務組織の中にいる職員にとっても有害な話で。

残念ながら「儲け」という誰もが認めざるを得ない唯一無二の評価軸がある民間活動と違って、公務というのは部署によって或いは有権者の立場によって、評価軸が全く違う。複数の全く異なった評価軸・複眼な評価軸?で測らないといけない側面があるし、「査定になれていない上司が、ごますりな人を安直に評価する事態」に陥りやすいのよ。

私がNA様の文意を、誤読・曲解してなければ、上記の部分が、NA氏の見解に近いだろうと思うのよ。

で、霞ヶ関の話から始まっても、結局は自治労の話に行き着いてしまうのね。(汗)

投稿: あっしまった! | 2009年9月30日 (水) 22時54分

Lさん、kさん、あっしまった!さん、コメントありがとうございます。

Lさんから実効性のある職員の活性化に向け、自治労がどのように提言しているのかというお尋ねでした。新たな人事制度の確立に際し、自治労は公平・公正、透明、客観、納得の4要件を重視しています。これだけでは「情緒的」ですので、過去の記事の一部を紹介しながら私なりの問題意識を少し補わさせていただきます。

以下は、2008年3月29日に投稿した「ベストは見出せない人事制度」からの引用となります。
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2008/03/post_ec6f.html


まず試験制度の長所は、意欲のある人に手をあげさせる点、恣意的な登用を払拭する意味合いなどがあります。当然、短所もあり、もともと人事制度はベストと言い切れるものを簡単に見出せません。いろいろ試行錯誤を繰り返しながらベターな選択を模索しています。

いずれにしても最も重要な点は、どのような役職や職種の職員も職務に対する誇りと責任を自覚でき、常にモチベーションを高めていけるような人事制度が欠かせないはずです。全員が横並びなフラットな組織にも限度があり、やはり一定のピラミッド型な指揮命令系統も築かなければなりません。

その際、ピラミッドの上下を問わず、士気を低下させない人事制度が理想です。難しい話かも知れませんが、まず大事な点は、可能な限り公平・公正・納得性が担保された昇任制度の確立だろうと思います。合わせて大事な点は、部長でも一職員でも担っている仕事の重さに大きな変わりがないという自負を持たせることではないでしょうか。ある面で、会議や折衝が中心的な仕事である部長よりも、子どもの命そのものを託されている保育士の責任の方が重いとも言えます。

乱暴な比較だとお叱りを受けるかも知れませんが、職員一人ひとり、そのような自覚と責任を持って勤めているつもりです。実際、住民サービスの維持向上のためには、手を抜ける仕事など皆無です。したがって、そのような点が意識でき、積極的な動機付けとなる人事配置が非常に重要だろうと考えています。逆に「評価されていない、左遷された」などとの印象を与える人事は、その職員の意欲を低下させる機会となりかねません。

誰もが、人のために役に立っている仕事を担っているものと意識できた時、たいへんな苦労や困難な案件に対しても前向きに立ち向かっていけるはずです。さらに他の人から評価の言葉などが投げかけられた場合、その労苦も軽減され、大きな励みにつながっていくものと思います。このような張り合いは、ポストや待遇面にかかわらず持つことができるもので、人事制度の要諦だろうと考えています。

投稿: OTSU | 2009年9月30日 (水) 22時58分

まずは、「29分」に関する軽はずみな発言について謝ります。

「人事評価」について、(これは民間企業でも多かれ少なかれあることとは思うのですが、)「白い巨塔」みたいな世界が今も現存します。つまり、上の言うことは絶対、ミスを認めると責任問題に発展するので絶対に謝らない。こんな中で育ってきた人間が「評価者」として存在するとき、「被評価者」が、真面目に仕事に取り組むだろうか、ということです。
誤解のないように言いますが、多くの公務員は「人事評価」のために仕事をしているわけではなく、自分の仕事にやりがいを感じ、それが地域住民の役に立っているという自負からがんばっているわけですが、近年の人減らしでみんな過労死寸前な業務量に耐えている中で、ふと、なぜあいつは出世するのだろうという疑問に行き着くわけです。
これを明確に改善する方法なんて思いつきませんが、一つは風通しをよくすることにあるように思います。そして、もう一つがたびたび話題に上る「公共サービス基本法」の成立にあると思います。この法律が理念法だと軽視されがちですが、公民の働くべき目的が明文化された画期的なことだと思っています。この法律を意識する人間が上層部に増えることを願っています。
Lさんは、「改革派の若手政治家が行政不信打開のために出てきて」と言いますが、トップダウン的な改革は結局、過労死寸前の人間の仕事を一方的に増やすことにつながるような気がして危惧しています。大阪府とかどうなんでしょう。

投稿: NA | 2009年10月 1日 (木) 10時56分

>職員一人ひとり、そのような自覚と責任を持って勤めているつもりです。実際、住民サービスの維持向上のためには、手を抜ける仕事など皆無です

これが現実なら、むかし民間さんの意見やNAさんが排除を願う「やつら」も戯言なんでしょうかね?
裁量の余地がある仕事ほど手を抜いても責任の所在が即、判明しませんし、「手を抜いている者がいない」とはブログ主も書いていませんが、手を抜ける仕事など皆無と、さも手を抜いている者がいないと受け取られかねない表現は、素性が分かっているにしても公の場以外は予定調和では意味がないと思っている私としては残念なところです。

いずれにせよ、公務員バッシングなんて言葉がない昔から基礎自治体については「お役所仕事」という言葉は、しっかりと定着していましたし、「遅れず、休まず、仕事せず」なども職員を揶揄する言葉としてあったことは事実です。
つまり、行政不信はマスコミが煽ったブームではなく、役所の内外の乖離が非常識な程度に広がり是正の程度が小さいことによるものでしょう。
(ホワイトカラーも増えましたから、役所の嘘など見抜ける人も増えたでしょう)

官僚がイメージする住民とは、具体的な個々人を指すものではなく主権者としての抽象的なものなので、公選による政治家の対応だけしていれば良いという話もあります。
行政組織は、公務労働者だけのものといった発想から抜け出さなければなりません。

投稿: L | 2009年10月 1日 (木) 12時43分

NAさんのコメントを見過ごしていましたので、多少ちぐはぐな流れになったかもしれません。

「やつら」って結局、官僚体質にどっぷりの公務員なんでしょ?
本来は首長やそれを監視する議会の仕事なんでしょうが、これが日本的体質なのでしょう。
私としては先のコメントに述べたとおり更に評価の為だけの体制を作ることが希望です。

また停滞している組織を覚醒する為には、外部の者を持ってきてやらせるのが常套手段ともいえます。
ボトムアップで改革できるならそれに越したことはありません。
過労死云々の時こそ組合の出番ですがどうなっているのでしょう?
個人的経験では、年間に1000時間以上残業していたので組合など全く当てにしていません。
個人が法を根拠に関係官庁に直訴することだと思います。

投稿: L | 2009年10月 1日 (木) 13時02分

NAさん、Lさん、コメントありがとうございました。

最近、山本直治さんの『お役所バッシングはやめられない』を読んでみました。バッシングの有り様などを分析した上で、外部の人間が日常的な業務を常に監視できるような配置策を一案として取り上げられていました。確かに切り取られ方やモノサシの尺度によって大きな違いがあるのでしょうが、「遅れず、休まず、仕事せず」という公務員像が根深く残る現状は本当に残念なことです。

なお、職員の過労死など論外であり、健康でいきいきと働き続けられる職場づくりが組合の大きな役割だと思っています。当然、そのことと「働かない」職員を守る方向性とは一線を画し、昨夜記したような公平公正な人事制度の確立をめざしています。

投稿: OTSU | 2009年10月 1日 (木) 22時06分

ご紹介の本では、私のアイデア(評価委員会)と同じような行政員なるものを提案されているようですので、ぜひ識者の影響で導入例が出来ることを望みます。
納得する部分もあれば、当局が見せられない部分もあろうかと思います。

当地の管轄では検察、裁判所、法務局、県の地方支局などにも出向いたことがありますが、市役所の中堅以上は、もう辞めてくれ、という状態で、市民の評判もやはり悪いです。
地域のため、と一応は口にする職員が多いのですが(中には税金が入ったら何でも良いと言う管理職もいましたが)、誤魔化し、すっぽかしなどの不誠実な対応をとられることが常態化しています。
そういう現状ですので、なぜこんなのが役職についているのか疑問に思うことが多々あります。
組合員と思われる30代ものらりくらりが多いことは前にも述べました。
私も全ての公務員を否定はしていませんが、組織的にダメなところは現実としてあると申し上げます。

人事評価についてですが、前向きに取り組める状況なら上司の評価など全く気にならないし後からついてくるものくらいに思えますが、良い状態ばかりではありません。
権限のない者は官民問わずその事業自体の意義を問うことと人事評価を念頭にすることは、別のことなのではないでしょうか。(北九州市のような生活保護の申請もさせないなどは、例外として)
また明らかな左遷もあるでしょうが、一見すると左遷でも中堅以下ならそこでの頑張りによれば十分に抜擢されるでしょう。(官僚対質なところはレールが決まっているかも知れませんね)
無駄な公共事業でも競争力のない不採算事業でも同じだと思いますが、個人的には無駄だと思いつつ評価のために仕事をするというのは、雇われ人としては当たり前のことだと思います。
それよりも地元の役所を見ていて思うのですが、NPOに丸投げや他の役所に便乗して当人はたいした働きもしていない施策で「地域のためになっている」という美辞麗句に職員が乗っかった(ここまでは雇われ人としては間違っていない)傲慢さ(ここから品性が問われる)が結びついてくるとコストを負担している者としては始末に負えません。
くばっちさんは間違った方向に頑張っている役人をあげていましたが彼らにはその事業に限りロマンがあったかもしれません。
こうなると行政なんて役所のおもちゃ、マッチポンプに思えてきます。
民間でも事業について倫理規定などの縛りがありますが、公の仕事でも間違った施策はキャリアに傷がつかないように程ほどに付き合うといった感覚は、(それとも成果を演出するのも行政なら可能)現実には駆け引きと根回しが仕事の行政マンの多くがお持ちなのでは。(尚、失敗した事業では主導した者には責任を取らせることも必要)
要は、思い込み以外に常時やり甲斐のある仕事に就けるほど都合よくいくわけもなく、やり甲斐優先なら転職も考え、評価も淘汰もないところに活性化などありえず、評価者が信用できなければ民意に(民間なら消費者に)判断を委ねるのが公正、というところでしょうか。
・先ずは、管理職から評価に関する資料を公表してもいいくらいです。
・キャリアは若手の転職も頻繁にあるようですし、競争については一応苛烈と聞いています。

>近年の人減らしでみんな過労死寸前な業務量

夕方にオフィスを覘くとおおかたの忙しさは推し量ることが出来ますが、県の本庁などは大変そうでしたね。逆にある外郭団体では、職員は全て県職員が出向しているのですが、朝からすることがなかったものです。
基礎自治体も部署によっては残業の灯りが点っていますが、昼間も概ね机が片付いており五時過ぎに明かりが消える部署も見受けられます。
当地の議員も県と市の業務量格差は認識していましたが、どちらにお勤めにせよ月間残業時間100超が何ヶ月も続くようでしたら中年以降は気をつけた方が良いので産業医に相談しましょう。
組合が使用者の労務管理責任を問うべきだと考えますが迅速に対応されているのでしょうか?

公共サービス基本法の意義があまり理解できないのですが、従事者について第6条に書いてあることは、地方公務員法第30条や宣誓書にある「国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき責務を深く自覚し・・・」を厳格に運用することでは足りないのでしょうか?
またサービスの受け手としては、公共サービス基本法の理念うち次のものについては憲法13条の表現通り個人として尊重されることを願う次第です。(五については不作為も)
三 公共サービスについて国民の自主的かつ合理的な選択の機会が確保されること。
四 公共サービスに関する必要な情報及び学習の機会が国民に提供されるとともに、国民の意見が公共サービスの実施等に反映されること。
五 公共サービスの実施により苦情又は紛争が生じた場合には、適切かつ迅速に処理され、又は解決されること。

最後に自治労の作戦として、使用者に抗議をしたい場合、統括組織がありながら一箇所から抗議するのではなく傘下の各組合から一斉に何十通のFAXをするというハラスメント以外の何者でもないやり方があります。
また抗議集会やビラ撒きも専従でしょうが何十人も平日の昼間に集まっているのは、一般市民から見て異常な光景のようです。

投稿: L | 2009年10月 2日 (金) 00時35分

行政には、「暇であることが、住民にとって望ましい状態であることの証である職場」ってのが、あるのも事実ですからねぇ。「暇か多忙かという軸とは別に、法定されている以上、対応可能な人員を置く必要がある」のも事実ですし、普段は併任で凌げても、多忙時には、本務・併任の両方も物理的に中途半端にしか対応出来ない事態も生じ得るし。

「暇に見える」のは「暇に見える瞬間しか見えてない」という事もあるでしょうし。勤務のローテーションの関係で、適正な休憩時間に遅い昼食を食べてたら、「昼休みでない勤務中に云々」という苦情が来たとか、そんな話も聞き及ぶところで。まぁパッと見ただけの印象論だけに頼るのは、それはそれで問題あるかなと。

投稿: あっしまった! | 2009年10月 2日 (金) 13時14分

Lさん、あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

いつも述べている話ですが、ブログを続けている利点は幅広い視点から率直なご意見を伺えることだと思っています。次回の記事について、このコメント欄での論点を踏まえたものとするのか、明日参加するイベントの報告とするのか、少し迷っています。

いずれにしても当ブログは「公務員」について、掘り下げていくことを大きなテーマとしています。ぜひ、単発ではない連続性の中で、これからもご注目いただければ幸です。

投稿: OTSU | 2009年10月 2日 (金) 22時01分

さて、一部のメディアで子供手当ての財源について、国だけでは財源が賄えず
に、都道府県と市町村にも応分の負担を求めることを厚労相が決断したと記さ
れております。そして市町村の負担率は一説では6割などとも言われています。

さて実際に地方自治体でこの財源を手当てするとなると、当然の如く職員の給
与費位しか残っていないと論議されるかと思われますが、この場合自治労はど
う反応するのでしょうね。
個人的にはあれだけ公私(労働時間内でも外でも)に渡り民主党を支援してき
た組織ですから「全面的に従う必要性がある立場ではありません」などと言っ
て見ても、流石に表立って反論は出来ない(世論にさせて貰えない)と思うの
ですが・・・・。今後の反応が楽しみではあります。
まぁ、仮に給与費の削減に対して反論したとしても、子供手当ての財源を負担
させられれば、財政再建団体に滑り落ちる自治体は数多く出ますので、どのみ
ち給与は削減されるのは確実です。ある意味、自治労は「墓穴を掘る」を地で
行っているのかも知れません。現場での反応はどうなっていますでしょうか。

こういう話が出てきたことで私が気になるのは、連合を初めとする労働組合幹
部に対して責任論は出るのかという部分になります。いつも感じる事ですが、
労働組合は主張も有耶無耶なら責任も有耶無耶なところがあり、今春闘であれ
だけのミスリードをしでかした高木会長も、とうとう任期切れまで辞任するこ
とはありませんでした。もし経営トップがあれほどのミスリードをすれば即日
辞任に追い込まれるのは当たり前の事ですが、連合でも自治労でもトップが責
任を負ったという事例は記憶にありません。そして、この様な状況では労使が
対等に交渉などと言っても一笑に付されるだけかと思います。

なんにせよ、当初の地方負担の話が長妻厚労相の個人案で終わればいいのです
が、どうせなら地方自治体が次々に波状する事態も見てみたいとも思うこの頃
です。そうすれば目も覚めるでしょう。

投稿: むかし民間、今・・ | 2009年10月15日 (木) 00時00分

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