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2009年8月15日 (土)

阿久根市のその後 Part2

人事院は11日午前、国家公務員の月例給を平均863円(0.22%)、一時金を0.35か月分、それぞれ引き下げるよう内閣と国会に勧告しました。深刻な不況による厳しい民間賃金水準の実情を反映し、平均年収が前年度比で15万4千円(2.4%)減となる勧告内容でした。「公務員」の話題を中心に据えているブログですので、これまで人事院勧告に絡むニュースなどは外さず取り上げてきました。

この4月には「夏季一時金減額の動き」という記事を投稿し、毎年、勧告が示された直後の新規記事は必ずその内容を題材に綴っていました。ちなみに昨年は「ベア見送りの人事院勧告」でした。しかし、今年は人事院勧告のニュースよりも、あえて「Part2」として続けたいテーマがタイトルのとおりのものです。前回の記事「阿久根市のその後」はマスコミ報道の引用が多く、自分自身の感想や主張が少ない内容でした。

一方で、その記事のコメント欄には本当に多くの方々から幅広い角度からのご意見や貴重な情報を提供いただきました。いつものことですが、それぞれの内容に対して逐次レスできず申し訳なく思っています。ただ頂戴したコメントはすべて熟読し、様々な視点からのご意見などに接しながら自分自身の考え方を整理する機会とさせていただいています。加えて私にとってコメント欄での意見交換は、自分の思いを適切な言葉に当てはめていく作業や「頭の体操」にもなっているようです。

したがって、「Part2」などの記事の投稿に際しては、直前のコメント欄に書き込んだ内容を掲げながら構成する場合が少なくありません。毎回、コメント欄までご覧くださっている方々にとっては、「見たことある文章だな」と思われる箇所が出てくるかも知れませんがご容赦ください。前回の記事本文で言い漏らしたこと、コメント欄での議論を通し、新たに整理できた自分なりの思いを「Part2」の中で展開していくつもりです。

まず当ブログで阿久根市の話題を続けることについて、否定的に見られている方々がいらっしゃいます。竹原市長を支持されている人たちも多い中、公務員に対する心象を決して良くする記事とはならないというご指摘や、一自治体内の騒ぎであって戦々恐々としているのは自治労関係者くらいで、普通の人々には関係ないという見方もあります。確かに私が自治労関係者だからかも知れませんが、一自治体の問題にとどめることができない重大な関心事となっています。

このブログを続けているモチーフは「正すべき襟は正しながら、主張すべきことは主張する」というものでした。その趣旨を踏まえれば、竹原市長の強引な手法や理不尽な発想は絶対黙視できず、インターネットという場を通して不特定多数の皆さんへその「是非」を訴えるべきものと考えています。そして、議論を尽くした先には、竹原市長の言動が「是」なのか、「非」なのか、立場を超えて一定の結論が出るものと信じています。

万が一、大多数の方々が竹原市長の手法を「是」とされるような場合、自分の足元の組合活動も見直さざるを得ない危機感さえあります。それほど竹原市長の言動には目に余る非常識さを感じています。竹原市長を支持される皆さんの言い分として、阿久根市では信じられないほどの市民への裏切りが横行し、腐敗した市政や議会を正すためには強引な手法もやむを得ない、そのぐらいしなければ改められないというものが多いようです。

差し迫った改革が必要な時、強烈なリーダーシップや突破力、副作用のある「劇薬」まで求める声が出ても驚きません。しかし、「劇薬」にも限度があり、初めから死に至らす「毒薬」であっては問題です。つまり竹原市長の手法は幅広い支持を得られる方向性だったとしても、あまりにも手法の中味に誤りが多すぎます。竹原市長に比べれば、橋下府知事の方が極めて理性的な首長だと思えてしまいます。⇒参考記事「橋下知事の人件費削減案

阿久根市職労にとって裁判に訴えるような「場外戦」は、決して本意なことではないはずです。そうしなければならない事情に追い込んだのは竹原市長側であり、力関係の問題も圧倒的な「権力者」は市長です。その権力が理不尽な使われ方をすることに対し、たいへん憂慮しています。象徴的な事例として、組合事務所の退去問題がありました。法律や社会常識などに照らせば、竹原市長の言い分が否定されることは初めから明らかでした。

竹原市長のブログ記事の中で、このような言葉を目にしました。「そもそも議会や市役所そして法律は所詮道具であって、最終的に守るべき物の順番の内にも入らない」というものでしたが、この考え方が竹原市長の言動の背景にあることを改めて認識しています。要するに自分自身の考え方が絶対的な「正義」であり、その考えに沿わない場合は裁判官であっても「敵」とみなしてしまう短絡的な思考回路をお持ちのようです。

阿久根市の「腐敗ぶり」の評価も分かれてしまいそうですが、どうしても阿久根市職労については、そこまで批判されるほどの組合なのか大きな疑問が残ります。地場の実情なども踏まえ、いっそう見直すべき事例もあったのかも知れませんが、いわゆる「ヤミ」的なことは特段目に入りません。例えば阿久根市の勧奨退職制度について、竹原市長は条例化した当時の前市長らを刑事告訴するそうですが、とても法的手段に訴えるべき事例だとは思えません。

「自治労と同じ公務員の仲間」と非難した裁判官に対し、今度は自ら判断を委ねようとする場当たり的な対応も不思議ですが、竹原市長は勧奨されていない退職者にも割増率が適用されていたことを問題視しているようです。この制度の是非や水準の問題、条文の作り方など、確かに争点となるべき事項はあります。しかし、条文の一部は次のとおりですが、どう読んでも50歳以上の職員が退職する際など、一律に「勧奨扱い」とする条例となっています。

(退職勧奨の基準)
第2条 任命権者は,退職する職員が次の各号のいずれかに該当する場合は,勧奨扱いとする。ただし,職員が特別職に就任するため退職する場合を除く。
(1)退職しようとする年度の3月31日において年齢50歳以上60歳未満の者
(2)退職しようとする年度の3月31日において20年以上の勤続となる者
(3)傷病等により退職する者で特に任命権者及び市長が認めた者

竹原市長の「法律は所詮道具、守るべき順番の内にも入らない」という言葉が象徴的ですが、やはり自治体の長として絶対あり得ない発想だろうと思います。一事が万事、竹原市長の独特な価値判断で、阿久根市政はかき回され続けているものと感じています。とは言え、その竹原市長は2回、阿久根市民の審判を受け、今の地位に就いています。

そのことの重さを誰もが受けとめなければなりませんが、どう考えても超えてはいけない一線があるはずです。その一線が法律の遵守だとすれば、改めて竹原市長ご自身の優先順位の付け方を見直していただかなければ、今後も同様な混乱が生じていくのではないでしょうか。個々人がどのような世界観や思想を持っていても自由ですが、首長の判断は即実行に移せる強大な「権力」に裏付けられています。

竹原市長は、緊密に相談できる側近やブレーンを持たないタイプだろうと見受けられます。しかし、もう少し冷静な判断を下すためには、幅広い意見や情報を取り入れていく姿勢が欠かせないのではないでしょうか。きっと阿久根市職労も、ごく当たり前な労使交渉の舞台で、真摯な議論が交わせることを願っているはずです。市民の皆さんが「職労事務所出て行け」と叫ばれる姿は、とても悲しく切ない光景です。

竹原市長ご自身が今までの手法の誤りを率直に反省していただき、正常な労使関係が回復できれば望ましい限りです。冒頭に示した人事院勧告のとおり公務員賃金は民間準拠となっていますが、さらに労使交渉を通して独自な判断の余地も残されています。法廷闘争が多発する事態は、職員や市民の皆さんにとって好ましいものではありません。ぜひとも、阿久根市の騒動が早急に沈静化されることを東京の地から切望しています。

最後に、竹原市長のような手法が「是」とみなされたまま、それに追随する首長が出ないことを願わなくてはなりません。意味深な内容となりますが、前回記事のコメント欄でも紹介した「マルティン・ニーメラーの詩」の別な日本語訳を掲げさせていただきます。いずれにしても多様な意見があることを前提としながら、論争相手に「なるほど、そのような見方もあるのか」と思わせるブログ議論の場を理想としています。ぜひ、ご理解ご協力をよろしくお願いします。

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、私は共産主義者ではなかったから。

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった、私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった、私は労働組合員ではなかったから。

彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった、私はユダヤ人などではなかったから。

そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。

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コメント

市長は振り上げた拳の収めようが無く、焦燥状態にあると思われます。

どの事件も9割以上の確率で、裁判所では市長側の主張は通らないでしょう。
そもそも刑事事件としてまともに捜査されるべき内容とも思われず、起訴に至る可能性が極めて低いですから。

市長は職員との対決姿勢を示し、勇ましく無茶なことを言ってはみたものの、
それでは現実に達成可能なことは何かと検討した時に、
その落差に、焦りを感じているのではないかと思います。

おそらく、一時期は市長を支持していた市民の中でも、良識的な人は眉をひそめている頃と思われます。

ここまで来ると、現実の市政に少なからぬ影響が出てる筈ですしね。
総務課の職員等も迷惑していることでしょう。

前市長の支持者や関係者と無意味な敵対状態まで作っていますし。

投稿: Thor | 2009年8月16日 (日) 01時36分

Thorさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

ご指摘のような状態になっているのではないかと私も思っています。したがって、本文でも記しましたが、竹原市長に拳を下ろす潔さがあることを願っています。

投稿: OTSU | 2009年8月16日 (日) 07時18分

最後の5行はほんとうに大事な言葉です。

投稿: きょうも歩く | 2009年8月16日 (日) 09時55分

地方公共団体として民事・刑事を問わず訴訟の一方当事者になる場合には、どちらの地方公共団体にも弁護士の先生がおられると思っています。市長の命を受けて訴訟の一方当事者としての実務を担任する職員氏(指定代理人となる職員氏)と同様に、当該の弁護士先生も、職務として依頼人の利益を代理する立場であるとは雖も、何かと大変じゃないかと思ったりします。(ボソッ

当該市長側の弁護士先生からの助言については、至極まともな法的助言であっても、受け入れて貰える状況ではないんじゃないかな。。。と勝手な想像。

投稿: あっしまった! | 2009年8月16日 (日) 20時31分

きょうも歩くさん、あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

最後の5行、論点が拡散しそうな心配もあり、掲げようかどうか少し迷いました。それでもご指摘のような大事さが込められている「詩」であり、今回記事の結びの言葉として紹介させていただきました。

確かにそれぞれの自治体ごとに弁護士と顧問契約しているはずです。しかし、まったく相談しないまま、市長の独断で物事が進んでいるように見受けられます。仮に相談されていた場合、その弁護士の適格性を疑わなければなりません。

投稿: OTSU | 2009年8月16日 (日) 22時01分

はじめまして。いつも拝見させていただいております
竹原市長の施策は賛否両論があり、それについてのコメントは控えさせていただきますが、
私の親しい知人が阿久根市で事業経営をされておられます。
以前、この市長の話になり、それまでの阿久根市行政に対して相当な不満を仰ってました。
しかし、今は改革してくれるのではないかと竹原市長の行動を見守っておられるとのことです。
お一人様のご意見ではありますが、根強い応援者もいらっしゃる事を確認した次第でございます。

投稿: 阿久根 | 2009年8月16日 (日) 23時29分

首長は選挙で選ばれた住民の代表ではあるが、独裁者ではない。
阿久根市長の行動を見ていて思ったことです。

そして理想的とおっしゃられている大阪府知事や、大山鳴動してネズミ一匹だった宮崎県知事を見ていると、全国や国政も大事だけど自分の管轄する府・県のことは大丈夫なのかと心配になったりします。

人勧については世情もあり、政治的な策動もあるためやむなしと思っています。むしろこの程度で済んでよかったと。

ただ、一部政党が「国家公務員の削減」や「国家公務員の人件費の削減」をスローガンにしていることについては、忸怩たるものがありますね。やはり。
実際の職員の給与削減にまで言及しているところには、公務員はなにもせず給与を得ているわけではないことと、公務員給与の削減は民間(特に中小・零細)の給与削減の言い訳につながることも多いということは指摘しておきたいですね。
公務員はサンドバックか、それとも江戸時代のえたひにんかと思ってしまうのは、穿ってるのでしょうかね。

徒然とまとまりのないことを書き連ねてしまいました。失礼いたしました。

投稿: 流浪人 | 2009年8月17日 (月) 01時25分

阿久根さん、流浪人さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

市政に対する不満や批判について、どこを切り取るのか、受けとめる人の主観などが作用されるようにも思っています。とは言え、阿久根市職員の皆さんらが反省すべき点も多々あったのかも知れません。しかし、記事本文でも述べたことですが、明らかに誤った手法は許されないものと考えています。

流浪人さんの「理想的とおっしゃられている大阪府知事」の点について、誤解がないよう一言申し添えさせていただきます。参考記事のとおり橋下府知事の手法も強引な点などを好ましく思っていませんでした。それでも「竹原市長に比べれば」という類いの記述でしたので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2009年8月17日 (月) 06時46分

管理人様

>参考記事のとおり橋下府知事の手法も強引な点などを好ましく思っていませんでした。

とても大きな疑問を感じます。従来の何を基準に強引なのか?
お行儀良く、品のある手法で健全な行財政が営まれていればそれに越した事はないでしょう。
しかしこれまで一般市民からは表立って批判のない行政の蓋を開けてみると、
全国知事会でさえ、財政指標や地方債(財源不足の充当基金の残も含め)を睨み、
2011年には各地方行政の破綻は避けられないとの見解を出しています。
しかも、それを回避できる具体的政策方針も決められないまま、国との調整も難航したままです。
誰が責任をとるのでしょうか?首長?執行部?内閣府? いえ、結局は市民・国民ですよね。
誰が真の危機感をもって、アクションを起こすのでしょうか?

阿久根をみても、私は市長のブログ過去すべてに目を通しましたが、最初から話し合いを拒否しているどころか、
当時の竹原議員は、市民が知ったら落胆するような事実が多いので、それではいけないと何度も改心を促したり、
あらゆる提案をした結果、すべて無視されているという根底があります。
1人ではやはり変えられない、結局市民が実態を知る以外にないと、ビラやブログでの情報公開を始められます。
すると、さらに強い抵抗にあっているという状況です。
管理人さんが、首長だった場合、このような阿久根でどんな手を打たれるでしょうか?
職員組合幹部が組合の組織的後押しにより議員に当選し、議会委員長を努め、
他の議員にも「職員のために働くならばわれわれも協力する」などと癒着や裏取引を求め(事実元議員が内部告発しています)、
大半の議員がそれに右へならえという状況です。
他の掲示板などによると不正を目の当たりにしている職員で良心の呵責と闘っている人もいるそうですが、
表立って声を上げれない状況にあります。

>竹原市長ご自身が今までの手法の誤りを率直に反省していただき、正常な労使関係が回復できれば望ましい限りです。

回復も何も、何が正常かが問題です。市長と職員と議会に「亀裂がない事」が正常だとは思えません。
なぜならそこに市民はいないからです。
確かに手法は常識的でないとは思いますが、それは市長も本意ではないと考えられます。
むしろ、正常に戻すためにやむを得ない荒治療ではないのでしょうか?

管理人さんの記事や議論には、その「荒い部分」のみを切り取って集団バッシングしてしまうある種の怖さを逆に内包しているようにも思えます。

投稿: kazumasa | 2009年8月17日 (月) 10時54分

まず、管理人は独りや。現実世界では集団の中で責任ある立場にあったとしても、このブログ内では、独り逆風を覚悟で書き綴ってるで。そもそもブログは集団で作成するものでない以上、集団バッシングなんか出来ん事や。ここは、前提な。で、荒らしというバッシングに近い状況に陥る危険をはらんでいるにも関わらず、コメントを許す形を維持したまま、あえて危険な話題に取り組む姿勢とその継続力には、脱帽する。一方市長のブログは書き込み禁止の一方的配信や。彼もまた集団でバッシングは出来んけど、ブログで逆風を受け止めることもない(荒れそうやしな)。

>手法は常識的でないとは思いますが、(中略)正常に戻すためにやむを得ない荒治療ではないのでしょうか?

この考え方、オレはこれが怖いんよ。やむを得ないと誰が判断すんねんな?事務所の件では、裁判所はノーと判断したで。裁判所もバッシング、ではないやろ、さすがに。ところが市長はこれを公務員の馴れ合いと決め付ける。
正常の定義は置いといて、その正常とやらに戻すためには、どこまでの荒療治が許されるんや?
「正常のためには、異常も許される」と、そういうことか。オレは、イヤやね。
クーデター起こす軍事政権も、なーんかそういう雰囲気やんか。

小さい子どもには、「三権分立」「民主主義」のええ勉強になりそうやね。

投稿: K | 2009年8月17日 (月) 17時24分

確かに「目的のためなら手段は選ばない」という姿勢は、テロリズムに相通じるものがありますからね。対象が公務従事者に限定されている内は、有権者は喝采する余裕があるけど、その政治手法故に内包する宿命によって、そういう状態は永続しないから。

当該市長氏や府知事氏の政治手法は、簡単に言うと”モグラ叩き”に見えるんですね、私には。
常に何等かの”モグラ”が顔を出してくれない事には、有権者の支持という存立基盤が維持できないという側面を内包しているように思う事があるので。”走り続けないと倒れてしまう”という類の強迫観念というか・・・。とにかく”常に新しいモグラが必要である”という感じ。 だから、定期的に報道媒体の話題をさらうような”何等かの話題”を用意する必要がある。つまり、”叩くためのモグラを見つけてくる必要がある”・”叩くためのモグラを創り出す(場合によっては、仕立て上げる)必要がある”ということ。

これが、思想も信条も生活の背景も異なる万人にとって(公共の福祉のために)叩く必要のある”モグラ”である間は、表面上何等の問題は無いでしょう。ただ、そのうち”叩いても、一部の人だけ実害を受けないモグラ”になり、最終的には”気づかないだけで殆ど全ての人にとって禍根を残すモグラ”になる虞はあるということ。そうして、そのような最終段階に至ったときには、往々にして回復不能な状況に陥ってしまうと。

”万人にとってのムダ”、”万人にとっての正常”、その他”万人にとっての・・・”というのは、口にするのは易いですが、なかなか難しいですよ。広義の政治というのは、各々の立場・視点から生じる問題の調整機能が本質であって、より多くの人が納得できる施策として結実するには、結局のところは最大公約数に近づく必要がありますからね。

ついでにいうと、財政問題は、”今提供されている行政機能・或いは社会情勢・経済情勢・人口構造などに対して、そもそもの拠出が僅少すぎるという視点(租税公課負担の対GDP比の低さ)”を無視したら、分権しようが何しようが解決しないですよ。特定分野の支出を対GDP比で比較したら他国と遜色ないか低位であっても、負担の低さ(税収規模の小ささ)故に”予算規模に占める特定分野の支出の割合が突出して見える”という傾向はあるように思えますから。
ある分野の支出の縮減は、結果として他の分野の支出の増大を招くという、トレードオフの関係が成立する政策分野は結構多いですし。

投稿: あっしまった! | 2009年8月17日 (月) 19時32分

最近、北海道のいわゆる復興の見込みのない町に観光の合間立ち寄りました。
阿久根みたいなものだと考えてください。

そこで思ったのですが
もう公務員の出ていく余地がないことに気づきました。

インフラは何でも揃ってます。
温水プールも、温泉も、立派な道路も、
公園はよく整備されてますし、図書館など公共の建物は綺麗です。

でも、シャッター通りをはじめとして
町には活気がありません。


先ほどの記事で公務員には抗弁がないと述べましたが、
昔はインフラの確保という強烈な抗弁がありました。

地方は都会に比べてインフラが貧弱だったのでこのインフラの確保が
地方の公務員にとって住民との強力な利害関係を形成していったと思われます。

でも現在ではインフラがすべてそろってしまっている。(人的サービス除く)
例えば農家で、都市部に販売目的で農作物を届けたいと思ったときに困難性はほとんど聞きま
せん。
たまに我侭な方がうちの地域では他の地域より1日遅いとか言っているのを耳にしますが、
どんな過疎地域でも流通網は基本的に確保されています(離島除く)。
郵便局も郵政民営化で極端に手荒なことはなかったですね。


ようは公務員のいわゆる「ビジネスモデル」が崩れているのではないでしょうか??

こう考えたほうがすっきりします。
土建屋と結びつくのが既に限界に来ていると。

蚕、繊維業、卸売り、石炭、、、、他の斜陽産業と同列に語るべきだと考えました。

そこを理解できない阿久根公務員の組合側が柔軟に対応できずに
ここまで来てしまったような気がします。

本人たちとしてはインフラを提供してやっているのだから高給を寄こせ
と言う気持ちも少なからずあるのでは?
そこに住民と市長がNoを突きつけている構図だと思いました。

こういう場合はもめ事は多くなる場合が多いので自分としては
長期的に見てあげたいですが。

あと映画の内容を日本に当てはめてみましたが
日本だとドイツとは違って映画のとおりにすれば
いい世の中になると穿った見方をしています。

彼らが最初建設業者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、私は土建屋ではなかったから。
彼らは年に3%の割合で消滅しつつある。(済み)

グレーゾーンサラ金業者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった、私はサラ金にお世
話になったことはなかったから。(済み)

彼らがパチンコを攻撃したとき、私は声をあげなかった、私は賭け事が好きではなかったから

彼らが在日朝鮮人たちを朝鮮半島に連れて行ったとき、私は声をあげなかった、政府は片道切
符は出してくれたから。なお、ブラジル人は不景気の折、勝手に本国に帰っていった。

そして、彼らが私(創価学会)を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残ってい
なかった。彼らは私に税の納付を要求したが・・・・
私はしぶしぶ認めることにした。


Kさんのコメントに独りで戦っているとありますが
独りで戦うつもりならなるべく「取材」
を心がけたほうがいいように思いますよ。
ここに深入りするつもりはありませんが。

投稿: くばっち | 2009年8月17日 (月) 20時05分

くばっちはん
取材、の件やけど、これは誰へのメッセージやろか。少なくとも、オレは誰とも戦うてないし・・・な。
ブログ主はんなら、本文ではかなり練った文章を書いてくれてはるしな。
戦っているとは、書いたつもりなかってん。すまんな。
やりとりの中でちょくちょく誤解があるように思うで。オレも他人の事言える立場ではないけどな。
あと、これは揚げ足を取るみたいで、アレやけど、マルティン・ニーメラーの詩は、映画やない。
映画になってるかも、知れんのやけど。

投稿: K | 2009年8月17日 (月) 20時29分

あと、在日とか創価学会とか、引き合いに出してるけど、あんまりええセンスやないで。
自分と意見が合わん連中かも知れんけど、そこはそれ、表現には配慮が必要や。

投稿: K | 2009年8月17日 (月) 20時42分

Kさん

本当に勉強になります。
一番下のは100%管理人にあてた文章です

文中にKさんと入れたのがそもそもの間違いでした。
いまさら修正はできないので気にしないでください。
本当にすいませんね。

投稿: くばっち | 2009年8月17日 (月) 20時56分

ひどいことばかり書きすぎたと思って
管理人に少しフォローの意味をこめて最後の文は書いたつもりです。

なのに揚げ足取られてしまうなんて。。

本当に勉強になります。
やはり自分はまだまだですね。

投稿: くばっち | 2009年8月17日 (月) 21時05分

kazumasaさん、Kさん、あっしまった!さん、くばっちさん、コメントありがとうございます。

個別にお答えすべき投げかけも多いようですが、取り急ぎ概括的な考え方を述べさせていただきます。このブログを続けていく上で、一貫して心がけていることがあります。自分自身の考えが正しいものと信じ、様々な課題についてブログで訴えています。しかし、その考えに対して異論や反論があることも当たり前なことだと思い、「私はこう考えています」という論調を基本としています。

結論を押し付けるような文章は極力避け、「思っています」や「考えています」という言葉を意識的に多用しています。もちろん実生活の中ではTPOをわきまえて、断定調に訴えないと弱々しい印象を持たれてしまう場面などは、逆にそのような言葉は控え目にしています。不特定多数の方々に主張する言葉は、まず聞く耳を持っていただくことが大切だと思っています。

つまり「私はこのように考えていますが、皆さんはいかがでしょうか」という議論につながりやすいブログの運営に努めています。その中で、今回の記事本文の最後にも書いたような論争相手に「なるほど、そのような見方もあるのか」と思わせるブログ議論の場を理想としてきました。

長々と語り始めてしまいましたが、それが私のブログに託している基本的なスタンスです。その中で、多くの人から批判を受けたり、幅広く賛同を得る場合など様々な展開をたどっています。したがって、管理人は当然「独り」ですが、コメント欄が毎回「集団」で応援いただけるような「ホームグラウンド」となっている訳ではありません。

そのように考えた際、kazumasaさんのようなコメントが少ないことを意外に感じています。さすがにアクセス数1日1万超というバブルはなくなりましたが、引き続き千件以上で推移していますので、竹原市長を支持されている皆さんも閲覧くださっているものと思っています。それでも少し前と異なり、kazumasaさんが「集団バッシング」と懸念するほど竹原市長に対する疑念の声の方が増えてきているようです。

くばっちさんから取材の大事さを指摘いただきました。阿久根市まで足を運ぶことはできませんが、誤った情報や先入観でブログ記事を書かないように留意していますので、竹原市長の日記をはじめ、数多くの関連サイトを閲覧しています。ちなみに前回記事のコメント欄でkazumasaさんが紹介された市長の日記を私もすべて目を通しています。

同じ文章を読みながらkazumasaさんは職員らの「市民への裏切り」を感じ取り、私は竹原市長の稚拙さや独善さを感じ取っています。つまり関連するブログなどを読めば読むほど、竹原市長の思い込みの強さなどマイナスイメージを膨らませてきています。このような点も立場や視点の違いが大きく影響するのかも知れませんが、現時点での私の思いは今回の記事本文で綴ったとおりであることを改めて述べさせていただきます。

投稿: OTSU | 2009年8月17日 (月) 22時53分

うーん。「伝える」とは難しいわ。オレの言葉足らずを反省する日々や。

さてオレの感覚では、インフラを整備してくれんのは、市長や議会やってんけど。役人に決定権はないんちゃう?
以前近所の保育所が潰されそうになってどうなるもんかとおもてたら、選挙があり、市長が変わってとりあえずその話は無くなってん。
ここは市長の意向が大きゅう働いたと思てる。公園も道路も、予算があって議会があって、それで決まって行くもんかと、思てたんやけど。ちと違うんかな??あれ役人が決めてるわけ?

役人に限らず、警官教師消防士なんかは、民間とは違う立場で汗を流してるだけやと思うねんけど、いまはアレか、ここでの言葉を借りればサンドバッグとしての役割とか、叩かれるためのモグラとか、マルチな活躍が求められてるんやな。さみしい話やねえ。

投稿: K | 2009年8月17日 (月) 23時14分

Kさん、おはようございます。いつもコメントありがとうございます。

同じ文章を読んでいても立場や視点の違いから間逆の印象を受けることを前回のコメントで記しました。言葉だけで自分の考えていることを不特定多数の方々に伝える難しさは本当にその通りだと思います。ただKさんのコメントが分かりにくく感じたことは、私自身はあまりありませんので、これからも同じような論調で構わないのではないでしょうか。

投稿: OTSU | 2009年8月18日 (火) 06時53分

おはようございます。
やはり「感覚の違い」という結論になってしまうのでしょうか。
ちょっと寂しいですね。

市長のブログだけでなく、他の議員さんや阿相会のブログでも読めますが、
議員が領収書を偽造したり、政務調査費でパック旅行に行ったり、その事を指摘する市民には脅迫したり、
その他あらゆる動きから、どう見ても市民の為の市政ではないと認識しているのですが、
管理人さんは、問題にするほどの腐敗ではないとの見解なので、
問題意識としての前提(感覚)が違いすぎるなぁと感じています。

竹原市長の特異なキャラクターや表現にも稚拙さが見られるのは私も十分感じていますが、
志そのものには純粋なものを感じていますので、市政の醜態の方が断然問題だと私は思っています。
議会も市長もどっちもどっちだという意見も聞かれますが、普通の市長ではやはり自分や身内が大事なので、
2元代表制の機能はもちろん、旧態依然とした体制の空気に対し、自浄作用が働くことはかなり難しいのではないでしょうか?
今までのように特に都合の悪いことは市民には知らせないという市政であれば尚更であろうと考えます。

投稿: kazumasa | 2009年8月18日 (火) 09時41分

この騒動を見た時に「馬鹿とは喧嘩をするな、どっちが馬鹿だかわからない」を連想しました。
もっと言うと、この市長さん。言い分はともかく闇雲に敵を作って本来一番したかった事=市制の健全化から程遠い所に迷走している感があります。
言い方は悪いのですが、元々の目的は至極真っ当にだったにしても最もやりたい事を整理しなかったがために、方法がどんどん過激化し、今では方法が目的に転化している印象を受けます。
個人的には権力者に媚びつつ共産勢力を排除しつつ最終的に権力を狡猾に奪取したナチスよりも、国の健全化と称して教育・知識人などを絶対悪と捉え文字通り殺戮したポルポトを連想します。
考えを異なる勢力が非道の限りを尽くしているからという理由で、同じいやそれ以下の発想に陥るのはいったい誰の利になるのか?を冷静に考えるべきでしょう。まして非常時だから許されるなんて言うのであればそれは「思考停止」のそれでしょう。
今の阿久根の状況は市制を担2勢力がお互いの面子に固執するあまりヒートアップして、誰も救われない悪循環に陥ってしまい、このままでは誰も救われないという最悪極まりない事態に陥った感を受けます。
まず第一に重んじるべきは市制の健全化であって不毛な罵倒合戦ではないはずです。喧嘩するだけ元気だなんて悠長なことを言える余裕は無いはずで、お互いすべき事を理解し市制を前進化させるべきです。少なくとも俺が俺がという面子の張り合いは誰の幸せにもならない事は確かなはずですから。

投稿: ふみたけ | 2009年8月18日 (火) 10時23分

ふみたけさんのご意見もごもっともです。
私は手法より竹原さんの主張するところに共感を覚えるところで、クビより改革の進捗に注目しています。

Kさん
>インフラを整備してくれんのは、市長や議会やってんけど
 
絵を描いているのは職員で、市長はともかく議員は、お墨付きを与えているだけだと思います。
自治体って本会議の議事録をHPで見られるだけで改革らしいですが、これらを見たり実際に会って話をすればどんな活動をしているか分りますよ。

年金や公費負担など国民負担率と天下りや社保庁など行政に対する信頼度は、全く別の問題です。
信頼度の低い今の行政に財源を与えれば盗人に追い銭であり、その点だけは民主党のシナリオに賛成です。
公務員の視点を役所内の論理から住民による評価に変え、住民の利益に適う質の向上を図るのは財政とは違った問題です。
(ご参考)
http://www.data-max.co.jp/2009/08/04_104549.html

とりとめがなくなりましたが、感想までに。

投稿: L | 2009年8月18日 (火) 12時58分

Lはん
>絵を描いているのは職員で、市長はともかく議員は、お墨付きを与えているだけだと思います。
ふむ、確かにそうやね。ありがとさん。

阿久根市はその辺の連携グダグダになってないか、心配やな。
オレ的には市長の手法は、NG。主張は「何でそうなったん?」と聞きたい感じやな。
もう市長の敵である自治労(阿久根市の職労)がホンマにウラで汚い事してたんかどうか、その辺りも知っておきたいところや。
なんせこの改革(?)、竹原市長でも無理という意見さえあったくらいなんやしな(ここのコメントで)。
やからっちゅうて、市長のやり方が容認出来る訳では決して無いんやけど、心情的になあ。

投稿: K | 2009年8月18日 (火) 18時10分

kazumasaさん、ふみたけさん、Lさん、 Kさん、コメントありがとうございました。

様々な視点から貴重なご意見、記事本文で書いたとおり自分自身の考えを掘り下げる機会となっています。その中で、kazumasaさんの「問題にするほどの腐敗ではないとの見解」とのご指摘、誤解されていますので釈明させていただきます。

違法行為は言語道断であり、絶対許されるものではありません。犯罪の疑いがあれば、告訴すべきものと思っています。違法かどうかのグレーゾーンで、今までは認められてきたケースだった場合、住民目線に立って議員や職員は率先して改めていく必要性に迫られています。

その方向性での竹原市長の指摘や行動を決して否定するものではありません。言うまでもなく自浄能力が欠けていた場合、批判されるのは行政や議会であって然るべきものです。ただ阿久根市職労出身議員のことなど、筋違いな批判も目に付いていました。

また、天皇家に対する批判の仕方や刑法に対する早とちりなど、ネット上に掲げる際に払うべき常識や配慮が欠けている点も顕著でした。このように市長のブログなどを通して見ていくと、どうしても竹原市長の粗さなどが目立ってしまいます。

つまり是々非々の中で、竹原市長を肯定的に見れるのか、否定的に見てしまうのかの印象の個人差を昨夜のコメントでは記したつもりでした。その上で、何人かの方々と同様に「目的のためには手段を選ばない」という姿勢は問題であるものと訴え続けているところです。

投稿: OTSU | 2009年8月18日 (火) 23時04分

一応最初に念押し。政策課題の是非ではなくて、政治手法の是非の問題だと考えてます。前者の視点からの発言は域内住民でない以上、軽々に論じるのは拙いとは思ってます。後者については、どちらかというと批判的に論じてるけど。。。

職員が描いた「筋書き」を唯唯諾々と承認するだけの議員や首長しか選べない有権者の責任も大きいと思うのよ。この国の政治体制は、国・地方公共団体問わず、あくまでも”間接民主主義”であって、”観客民主主義”では決してないから。有権者も”単なる批判者”であるだけなら、それも問題でしょ。首長が独裁者であってはいけないのと同様に、有権者も”有権者であることの責任”から目を背けて、高見の見物をして文句だけを言ってるようじゃダメだしょ。

せっかく選挙した議員氏の活動についても、もう少し注視する必要があると思うのよ、有権者各位が。期待に添わない活動しかできない議員氏を次に選挙しないと言うことは、適正な行政運営を”間接民主主義の下で”確保するには、必須の要件でふから。※この段落中”選挙”という言葉は、動詞としての”選挙”です。

行政執行の効率性・施策の実効性については、”政府(政治&行政)への信頼度に比例する”という話を聞いたことがありますのん。で、今の国政の政情は、与野党伴に”官僚組織の適正化”が一つの命題になってると。ところで与野党の候補者が批判してるのは”官僚(組織)”なのに対して、有権者が矛先を向けてるのは”公務従事者”だと思ってるんです。で、この与野党の候補者と有権者の矛先が微妙にずれてるのが非常に気になりますのん。

いくら政権を変えても、”官僚組織”を変えても、政策効果が思うほどにはあがらないんじゃないかな、今のままでは。いくら良い政策でも、現実に執行する”執行権限しか有さない(上意下達しか許されない)ような立場の方々を含めて、公務従事者という概念の範疇すべてが世間の敵役”では、円滑な執行は望めないからさ。小泉政権を熱狂的に支持する投票行動をとっておいて、いざ小泉氏が導入した公的医療政策が施行されたら、行政の窓口がどうなったか?という過去の事例がよい例でしょ。

投稿: あっしまった! | 2009年8月19日 (水) 12時28分

あっしまった!さんへ

>有権者も”有権者であることの責任”から目を背けて、高見の見物をして文句だけを言ってるようじゃダメだしょ。

まったくその通りだと思います。ただ、私の住む町も阿久根同様の田舎なので分かるのですが、
阿久根では人口に対し、公務員の地縁・血縁が多いのは事実。また地場産業も衰退していく中で
中堅以上の事業所は何らかの形で役所と繋がりがあり、依存体質ができあがっていますので、
体制批判はできない空気が蔓延していて、“有権者であることの責任”から目を背けざるを得ないのです。
前回の市長選も、反竹原候補事務所には高級車が並び、組織的な動きでものすごい人だかりで、
一方の竹原事務所は軽トラが1,2台、お年寄りがポツリポツリという状況だったとの事です。
(竹原事務所に出入りしているのを世間に見られたくない、嫌がらせもあり)
これまで普段から、そういう空気と共に格差社会が出来上がり、声を出す以前に諦めていた人が多いそうです。

私の町でも先日のこと、ゴミ処理施設の行政説明会で、何人かが反対意見や進め方に疑問を呈しただけで、
翌日、地区の長や取り巻きから文句染みた嫌味をいわれ、ある事ないこと影で風評を流布される始末です。
このように狭い田舎町では独特のムードがあります。(すべてではないでしょうが)

それでも、ただ嘆くだけでは有権者としての責任放棄であり自業自得だと、
竹原市長は特に生活弱者に対して、市政の中身にもっと関心を寄せ、勇気を出して行動するように促している状況です。
議員の領収書偽造や市民への恐喝事件以来、今まで隠されてきた事なども含め、
本当の事を知ろうと、やっと弱者(?)が目を覚まし出した状況です。

投稿: kazumasa | 2009年8月19日 (水) 19時11分

横槍失礼
>ゴミ処理施設
こうゆうのん、絶対利権絡んでると思わへん?
説明会に反対したら、利権にたかる連中が面白くないんやろ。
・・・と、最近これは他人事ではないKの独り言や。失礼。

投稿: K | 2009年8月19日 (水) 20時34分

あっしまった!さん、kazumasaさん、Kさん、いつもご訪問ありがとうございます。

阿久根市やそれぞれの地方の実情について、深く理解しているかどうかと問われれば、表面的な情報に基づいて判断していることは確かです。ただ表面的な情報の中にも憶測や噂の類いの話も聞こえています。

阿久根市で言えば、市長派、反市長派、それぞれの側から出されているような批判の声があることも受けとめています。しかし、真偽を確認できない情報は正面から取り上げないように心がけています。一個人の責任によるブログとは言え、名誉毀損に当たる場合があるからです。

マスコミ情報がすべて正しいと断言できない時もありますが、この間の竹原市長に絡んだ話題は基本的に新聞報道などを元に紹介してきました。その意味で、また新たな報道を目にしました。竹原市長がブログで特定候補者を支持したという次のようなニュースでした。

鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が自身のブログに、18日に公示された衆院選で特定の候補者と政党を支持すると書き込んでいたことが19日、分かった。書き込みは19日付。公選法では、公示後の選挙期間中に特定候補者や政党を支持する文書などの頒布や掲示が制限されており、阿久根市選挙管理委員会は「公選法に抵触しないか検討した上で、問題と判断すれば指導などの対応をする」としている。【2009年8月19日(水)13時53分配信 共同通信】

なお、竹原市長は取材に対して「ブログに書いてある通りだ。コメントすることはない」と話しているそうです。張り紙をはがした職員を懲戒免職し、さらに器物損壊で刑事告訴する厳しさをお持ちの方ですので、公選法抵触と判断された場合の対応を興味深く見守りたいものです。

投稿: OTSU | 2009年8月19日 (水) 22時44分

公選法違反の疑いですが
前にも同じようなことがあったようですが今回も反市長側は提訴しないらしいですね。(情けない)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090819-00000118-mai-soci


市長ですが優秀な秘書はいるんでしょうかね。
そのあたりは気になります。
まあいたらいたで、よくある政治家-秘書の問題も起こりえますし、
最近では真鍋かをり(芸能人)さんのように選挙において芸能人-事務所-政治家秘書(でいいんでしたっけ)-政治家との意見が食い違ったりと大変なんでしょうけど。


市長側も裁判する際にも勝てるものに絞っていけばいいのに。。
今回の市長側の2億3000万円の退職に伴う不当利得もどこまで認められるでしょうかね。

>>kazumasa さん

自分は田舎の方は正直で純粋な方ばかりだと思っていたら
阿久根の問題をはじめ、自分の中では徐々にメッキがはがれているような印象です。
面白い記事がありましたのでどうぞ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090815-00000046-san-bus_all

本当にひどいとは思います。ただのプランテーションですね。
田舎の方だからといってもう遠慮する必要はないと思いましたし、
いつかはメスを入れなければならない時期に来ていると思いました。

投稿: くばっち | 2009年8月20日 (木) 19時06分

くばっちさん、コメントありがとうございます。

市長選の最中にブログを更新した時、反市長派は告発しているようです。今回も時期を見て、同様な対応もあり得るのではないでしょうか。
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/090122/lcl0901221836001-n1.htm

個人的な見方かも知れませんが、竹原市長が勝てる可能性のある裁判は考えられません。そもそも勧奨退職にかかわる裁判費用を議会が承認するのでしょうか。また、他の問題で提訴されている裁判費用の負担など、どのように考えているのでしょうか。

相手方に訴えられるような乱暴な手法を繰り返しながら、「訴える方がいけない」という身勝手な発想を持っているのかも知れません。どうも最近、竹原市長の話題に触れるとアイロニーがにじみ出た書き方となってしまい、たいへん申し訳ありません。

投稿: OTSU | 2009年8月20日 (木) 22時43分

>>管理人様

すいません。誤解があったようです。
最高裁まで行っていないのでてっきり提訴していないものと考えました。

いずれにせよ、ブログと公選については最高裁判例がないと厳しそうですね。
地裁だと難しいので早く判例を作ってほしいものです。


今選挙カーがうるさいです。こっちのほうも迷惑です。

投稿: くばっち | 2009年8月21日 (金) 18時52分

議院内閣制を採用する国政と異なって、地方政治は大統領制を採用しているのに等しいですからね。

地方政治に於いては、”首長(知事や市区町村長)は提案することは出来ても、決定することは出来ない。政治課題に関して、最終的な決定権・判断権限はあくまでも議会が持っている。首長は国の法律・議会の議決を経た条例の委任の範囲で、自己の権限に於いて決定することが許される。”と理解していたのです。が、当該の市長氏のみならず複数の某首長氏の某事案についての言動とかを、報道等により間接的に耳にする限り、”首長の権限を強化するだけで、本当に大丈夫かな?”と思わなくもないというか。

ところで、私見ながら当該市長氏の勧奨退職の条例の解釈は、文言解釈に止まらず諸々の解釈手法によっても、当該市長視の仰る事を是認するのは難しいと思います。
勿論、別途国の法律に特別の定めがあるとか、議会が条例の改正に賛成する(或いは既存の条例を一般法と解して、特別法に相当する特別措置条例が別途存在する状況下での遡及のない適用である)のなら別ですよ。でも現状ではそうした法規は無いと思うので、念のため。

投稿: あっしまった! | 2009年8月21日 (金) 23時11分

はじめまして。時々拝見させていただいています。
私は会社勤めのサラリーマンで、竹原市長のことは「それはちょっと違うよ」と思う部分はもちろんありますが、大筋で竹原市長を応援しています。
だとすると、管理者さんと私には同じ物が異なって見えていることになります。しかしこれは悪いことではなく、よいことだと思います。そして大切なことは、なぜ違って見えるのかを双方が探すことだと考えています。
私は、公務員は意識を変える必要があると思っています。理由は
社会保険庁の失態
大分県教員採用汚職事件
阿久根市自治労の家賃未払い
これらは公務員意識の弱点が出たと私は考えています。これらの珍事が公職以外の人間には理解できず、多くの人が公務員とひとまとめにしてバッシングに走るのだろうと思います。
つまり、民間の人間には理解することの出来ない1グループの公務員が存在するのです。
そこで管理者さんに質問をしたいことがあります。喧嘩を売るのではありません。知りたいのです。
管理者さんは先ほど申し上げた、社会保険庁の失態・大分県教員採用汚職事件・阿久根市自治労の家賃未払いをどう思われますでしょうか?
私は公務員が悪いと決して思っていないのです。公務員の失態を同じ公務員がどのように認識しているのか?ここを知りたいのです。
もしよかったら語っていただけませんか?

投稿: はるる | 2009年8月21日 (金) 23時22分

くばっちさん、 あっしまった!さん、はるるさん、コメントありがとうございました。

はるるさんから私への質問をいただきながら、レスが遅れて申し訳ありませんでした。まず社会保険庁の失態についてですが、2年前に「5千万件の年金記録漏れ」という記事などを綴っています。その中で、様々な事情があったとは言え、社会保険庁の組合の責任も重いものと記しています。
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2007/06/post_23ac.html

次に大分県教員採用汚職事件は明らかな不正行為であり、まったく釈明の余地などはない事例だと言えます。最後に自治労阿久根市職労の家賃未払の件ですが、この問題を大分の話と同列に扱われることには違和感があります。

公務員の組合に限らず、不当労働行為にあたる経費費援助の例外として、組合事務所の供与は認められています。したがって、家賃未払いという不正行為のような扱われ方は適切ではないものと思っています。なお、その件については最近の記事「ブログで有名な阿久根市長」の中で触れさせていただいています。
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2009/06/post-eaed.html

投稿: OTSU | 2009年8月22日 (土) 20時48分


私は国有林に勤務する公務員ですが、上級職ということで、当初から、算数の加減乗除すらあやしいような人物がボスとして君臨する労働組合の人権侵害そこのけの嫌がらせ、団交の席での罵言暴言はもとより、灰皿を投げつけられる等の経験をしていますので、こういうことがあってもなんら不思議はないと考えます。

組織内部のことは、外部からはわからないものです。阿久根市の市民が選択したことでしょうから、それはそれなりに、国有林の職場と同じような状況が市民に知れ渡った結果なのかもしれないと思います。

最後に赤字で記載された部分が気になったので一言。

例としてあげられている組織は、たとえこちら(外部者)が彼らの為に声を上げたとしても、結局外部者にはなにも助けをくれませんよ。身にしみて経験してきた事です。

投稿: 味方なし | 2009年8月29日 (土) 10時19分

味方なしさん、コメントありがとうございます。

現在、別な角度から注目されてしまった労働組合のことだろうと想像しています。私どもの組合はもちろん、また、間違いなく自治労阿久根市職労もそのような労使関係ではないはずです。竹原市長からも、周辺からも指摘されたような事例については一言も発せられていません。

自治労に所属しているごく普通の組合にもかかわらず、竹原市長の価値観で阿久根市職労が理不尽な不当労働行為にさらされていることに対し、深刻な危機感と憤りを抱いています。なお、真剣勝負である団体交渉の場で、激しい言葉の応酬になる場合もあり得ますが、灰皿を投げつけるような「暴力」は言語道断であることを付け加えさせていただきます。

投稿: OTSU | 2009年8月29日 (土) 10時37分

それは、一言も発しないでしょう。農水省本省からは密告に寄って不祥事が明らかになりましたが、国有林からはそのような情報が出てきましたか?もっとえげつないヤミ専従やサボタージュ、白蝋病関係を初めとする不正給付があるにもかかわらずです。

私だって、公にそういうことを漏らす気はありません。それによって我が身に火の粉が降り掛かる恐れが多いからです。

市長だって、なぜそんな職員や組合をおさえられないのかという責任問題に焦点がうつるのを避けたいでしょうしね。

ただ、周囲はだまって、その様子を観察しています。そのことだけはたしかです。

投稿: 味方なし | 2009年8月29日 (土) 10時51分

味方なしさん、再びコメントありがとうございます。

述べられている意味は充分理解できますが、その見方は竹原市長をあまりご存知ないように思われます。お時間があるようでしたら、ぜひ、この記事の前後も合わせてご覧いただければ幸です。私が何を問題提起されているのか、お分かりいただけるかも知れません。

なお、繰り返しになりますが、私自身、恫喝が先走るような労使関係は問題だと考えています。阿久根市の件は、別な次元での論点を提起していることをご理解ください。

投稿: OTSU | 2009年8月29日 (土) 11時17分

選挙期間中と言うこともあり、迂闊な事を書いて想定外の方向に話が行ってしまうと拙いので、アレなのですが。

間接的に承知する限りに於いて、農林水産省の”職員団体・労働組合”(敢えてこういう言い方をしています。)については、旧国費評議会の方が穏健に感じられるというか、そういう側面がないでも無いようには思えます。

職員団体・労働組合の構成員の口から、自らの不適法な権益について口外されるという事態はあまり期待できないのと同様、管理者側についても自己の立場の保身(極端例に於いては自身の心身の安全も)のみならず、退職後の守秘義務という制約からも、在職中・退職後伴に情報が出ないという側面はあるでしょうね。

投稿: あっしまった! | 2009年8月30日 (日) 07時40分

念のために追記します。m(__)m

当該市長に関しての私の立場ですが。
域内住民でない以上、周辺事情等について間接的に報道等を通じて承知するだけなので、軽々な断定は避けたいという留保の上で。
しかしながら、目的の是非は別として、手段の是非を論じれば非の立場であります。

投稿: あっしまった! | 2009年8月30日 (日) 08時02分

あっしまった!さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

公けになれば強い批判を受けるような労使慣行は、即時に改めていく姿勢が欠かせません。確かにご指摘のような面もありますが、適確な情勢判断などが求められているものと思っています。

ちなみに最近の記事でも述べさせていただいていますが、選挙関連の話題について「私はこう考えています」という趣旨の発言であれば、ブログ上でも許されているものと判断しています。あっしまった!さんのお気遣いには、いつも感謝していますが、何かお気付きの点がありましたら最新の記事へもお気軽に投稿いただければ幸です。

投稿: OTSU | 2009年8月30日 (日) 08時53分

マルチン・ニーメラーがどうだったかは知らないが、ナチスが台頭してきたとき主敵は社会民主党と国防軍だった。
その時、共産党はむしろナチスの台頭を傍観して、あるいは手を貸して、社民党の足をひっぱった、それは、彼らの支持者が労働者で、社民党と競合していたからだ。むしろ過激なナチスの台頭の方が共産党にとっては都合がよかった。社民党政権が安定してしまっては、共産主義革命の芽をつまれてしまうからだ。
もっとも、これは、ニーメラーの詩の趣旨とははずれるだろうが。
共産主義者だろうが人権はある。

投稿: ケイジ | 2009年9月25日 (金) 07時28分

ケイジさん、コメントありがとうございました。

この詩を結びとすることに少し迷いましたが、いろいろ考えさせる内容でしたので紹介させていただきました。一人ひとりの受けとめ方は様々でしょうが、私自身の思いは記事本文に託した問題意識のとおりです。

投稿: OTSU | 2009年9月25日 (金) 21時24分

 はたから見ていると、阿久根市は自治能力を既に失っているように見えます。
 複雑な地域事情があることは推測できますが、このような状態になっては市長個人の人間性、市議、市職員等がどうのこうのというレベルでなく市民の資質そのものに問題になってきます。
 全国各自治体でも数々の問題がありますが、最終的には当該自治体内で解決されているのではないでしょうか。端的にいえば、(もう死語になりましたが)民度の問題だと思います。
 きつい表現になりましたが、他都道府県の人間から報道を見る限り、いちいち列挙しませんが想像を絶する内容ばかりです。
 市民の方々の賢明な対応を期待しています。

投稿: bee | 2010年3月24日 (水) 02時37分

beeさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

最新の記事でも阿久根市について触れています。ぜひ、そちらもご覧いただければ幸いです。また、最近の記事へのコメント投稿の場合、スパム防止のための英数字入力が省けますので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2010年3月24日 (水) 08時10分

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