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2009年4月26日 (日)

夏季一時金減額の動き

この1週間、前回記事「都下水道局のワッペン問題」と前々回記事「官僚たたきと公務員改革」それぞれへ複数のコメントが寄せられました。幅広いご意見や情報を得られる機会となっているため、いつも本当に感謝しています。最近、個別に素早くレスできないことが多く、たいへん申し訳ありません。

また、前回記事で自分自身の心構えとして述べた点ですが、考え方の異なる論争相手に対し、まずは聞く耳を持たせられる言葉遣いや表現の仕方に努力いただければと考えています。ぜひ、コメント投稿される際、そのような点をご留意くださるようよろしくお願いします。議論の内容そのものの対立が激しくても、感情的な「溝」が広がらない論争を切望しています。

さて、霞ヶ関の官僚の待遇が適当なのかどうか、人によって見方は分かれがちでした。いずれにしても官僚の賃金水準も、公務員制度の大きな骨格をなす人事院勧告に基づき現在の形が作られてきました。以前の記事「公務員賃金の決められ方」で記しましたが、社会一般の情勢に適応するよう民間賃金との比較調査が毎年繰り返され、その結果をもとに公務員の賃金水準などはプラスマイナスの補正が加えられてきました。

ボーナス、賞与、期末勤勉手当、呼び方が様々ですが、組合は一時金と呼んでいます。その一時金の民間の年間支給月数は春闘を経て、4月からの新賃金と合わせて決まっていきます。これまで人事院は8月に示す勧告に向けて、その年の春闘結果となる民間の相場を例年5月から調査してきました。一時金の場合、前年冬と当年夏の民間事業所の支給実態をもとに国家公務員の年間支給月数を勧告しています。

都道府県や政令市には独自な人事委員会がありますが、このサイクルは基本的に人事院勧告と同じです。したがって、好景気で賃金や一時金の大幅な引き上げが民間であった時も、公務員は半年以上遅れてその増額分を手にするのが通例でした。例えば民間では夏の一時金が大幅に引き上げられて3か月分の支給だったとしても、公務員の夏季一時金は前年の相場をもとにした2か月分にとどまる仕組みでした。

民間の一時金は、4月から翌年3月までの年度を単位に年間支給月数を定めます。しかし、公務員は前述した調査から勧告までのサイクルがある関係上、年末一時金から翌年夏季一時金までの期間をもって年間支給月数を配分することとなります。民間と比べ、賃上げ時期が遅れる一方、賃下げ時期も遅れるのが公務員制度の基本的な姿でした。

これまで賃上げの実施時期が4月1日に遡及された場合の差額支給や賃下げ相当分の減額調整など、官民の水準格差を埋める手立ては必ず講じられています。つまり増減の具体的な実施時期は民間と比べて遅れますが、その差額分の調整は何らかの形で行なわれてきました。同様に一時金の変動分に関しては、主に年末一時金の支給月数で調整してきました。すでに支給されている夏季一時金の額はそのままとし、年末一時金で年間支給月数分の増減を調整する手法でした。

このような「時間差」は制度上の問題として、やむを得ないものであったはずです。それが昨年秋以降に加速した経済危機に伴い、民間の夏季一時金の平均支給額は昨年比で6%以上落ち込む見通しとなり、「公務員だけ高いままでいいのか」という声が強まっていました。そのため、与党は「国家公務員の給与に関するプロジェクトチーム」を立ち上げ、議員立法もちらつかせながら夏季一時金を減額するよう人事院に圧力をかけていました。

その与党の働きかけを受け、人事院は4月7日から4月24日にかけて夏季一時金の減額を前提とした臨時調査に乗り出しました。そのような時、ブックマークしているブログの中で「おいにー、ぷんぷん」という記事を見かけました。そのブログの管理人は同じ役所の後輩ですが、「政治的な臭いがプンプン」と批判し、「公務員の労働基本権制約の代償措置である人事院の機能を損なうものであることから、到底容認できません」と憤っていました。

いつも顔を合わせている間柄ですので、「今回の調査は仕方ないよ。通常の調査と違った結果を出すようでは問題だけど、夏も含めて調整する方がいいんじゃないの」と率直な感想を伝えていました。自民党のプロジェクトチームの座長である葉梨康弘衆院議員も「決して公務員いじめではない。冬のボーナスだけで調整すると冬の支給額が激減し、公務員のふところに与える影響が大きい」と述べているようですが、その言葉にも一理あるものと受けとめていました。

確かに「上がる時は待たされて、下がる時は遅らせない」という論法に感情的なシコリが残ることも分かります。とは言え、明治大学の高木勝教授が「本来、景気のためには官も民もボーナスが上がるのがベストだが、民間が下がるのに公務員や国会議員だけが据え置きや上昇というのは公平性の観点からおかしい」と指摘していますが、やはり大半の人たちは「やむを得ない動き」だと見ているのではないでしょうか。

このように個人的には考えていましたが、公務労協としては夏季一時金臨時調査に強く反対し、中央集会などに取り組むことが決まっていたようでした。反対している主な理由は次のとおりです。中立的機関である人事院が政治的な圧力に屈し、その立場と責任を放棄している、調査方法が従来の詳細な支給額の調査ではなく、精確性や信頼性に欠けるというものでした。(参照「2009年度公務労協情報 №42」)

中央レベルの問題で緊急を要する場合など、個別の方針議論に一単組の立場からは関与できません。100万人を超える組織のあり方として、代議制による責任執行は当たり前であり、今回の公務労協の方針に反発するつもりはありません。決まった方針を受けとめ、できる限りの対応をはかる予定です。その上で、今回の記事をお読みいただいた皆さんがどのように感じ取られるのか、今後の参考のために当ブログで取り上げさせていただきました。

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2009年4月19日 (日)

都下水道局のワッペン問題

これまでも何回か申し上げてきたことですが、当ブログのコメント欄を通して投稿者同士が議論されることを歓迎しています。時には記事本文のテーマから外れていく場合もありますが、その点もあまり気にしていません。ブログの管理人によってコメント欄の取扱いは様々なようですが、幅広い意見や情報に触れられる貴重さを感じていますので、いわゆる「掲示板」的な使われ方も好ましく思っています。

その際、時間的な制約や自分自身の知識不足もあり、議論に加わらないケースも多くなっていますがご容赦ください。言うまでもありませんが、寄せられたコメントは一つ一つ、じっくり読ませていただき、様々な思いを巡らす機会としています。前回の記事「官僚たたきと公務員改革」のコメント欄がそのような展開となりました。今回の記事はそのコメント欄での議論を受けとめ、自分なりの思いをまとめてみました。

とは言え、たいへん恐縮ながら今回の記事は、交わされていた論点への直接的な答えにつながっていません。これまで数多く当ブログで議論を交わしてきましたが、公務員に対する不信感を払拭するための答えが簡単に見つからないことを痛感しています。また、今回の記事内容が消化不良、言葉足らず、論点ぼかしなどの印象を与えるかも知れません。しかし、このブログは今回で終わるものではありません。

今後も多くの人からのご意見などを踏まえ、自問自答を重ねながらブログの新規記事へフィードバックし、同時に実生活の場面にも活かしていく位置付けとしています。そのような趣旨をご理解いただき、今回の記事をご覧いただければ幸です。さらに「公務員のためいき」を続けている最も重要な目的ですが、立場や視点の異なる人同士の「溝」を少しでも埋められる場になり得ることをめざしています。

したがって、相反する意見や主張に対しても、まず謙虚に耳を傾け、受け入れるべき内容は率直に受けとめていく機会としています。そして、反論する場合は、冷静な議論につなげられるような言葉使いに極力努めています。特に直接相対しないインターネットを介した議論であるからこそ、よりいっそう普段より丁寧な言い回しなどが欠かせないものと感じています。

言葉を選びすぎて、意味が不明瞭な主張になっても問題ですが、感情が先行するような議論の応酬によって「溝」が広がる結果となっては残念な話です。状況に応じては相手に強いインパクトを与えるため、胸元に直球を投げ込むことも必要なのかも知れません。それでも基本は、論争相手に「なるほど、そのような見方もあるのか」と思っていただけるような訴え方を意識してきました。

本題に入る前の前置きが長くなっていますが、このような話も含めて「雑談放談」を副題とした当ブログの特徴ですのでご容赦ください。さて、前回は雑誌『WEDGE』に掲載された「官僚たたきはもうやめよう 公務員改革が国を滅ぼす」という記事の紹介が中心でした。大胆で幅広い問題提起が含まれていたため、その記事に対する厳しい批判や鋭い論評などがコメント欄へ数多く寄せられました。

前述したように単発で、まとめ切れるテーマではありませんので『WEDGE』の記事冒頭に示されていた「どこの世界に、社長や役員が、社員のことをボロクソにたたきのめして、世間から喝采を受ける会社があるんだろうね?」という内容に絞って、もう少し堀り下げてみます。したがって、官僚の処遇面などの問題まで今回の記事では触れられないことをお許しください。

最近、「社長が社員のことをボロクソに」という言葉がピッタリ当てはまる事例を目の当たりにしました。新調した東京都下水道局職員の作業服用のワッペンに波線が描かれ、そのデザインが内規違反だったため、同局は約3400万円をかけてワッペン2万枚を作り直していました。問題のワッペンが見比べられる写真などを掲げたニュースは、このリンク先をご覧になってください。

東京都は最初のワッペンのデザインを決めた当時の部長と課長を訓告処分にしています。下水道局は「作業服は長い間使っていくもの。基準に違反するものを使い続ける訳にはいかなかった」と説明していました。内規とは言え、公務員は法律や条例規則など定められたルールを忠実に守ることが課せられています。その染み付いた本能に基づき、分かった限りは「作り直し」との判断が働いたものと思われます。

自分自身が選択できる立場だった場合、「内規だから、このままでいこう」と考えるはずです。それはそれで内規違反を責められる覚悟を持っての判断となる訳ですが…。念のため、今回記事の趣旨は、ワッペン作り直しの是非を問うものではありません。この問題に対して、下水道局職員の直属の上司にあたる石原知事のコメントに違和感を持ったため、「官僚たたき」の延長線上の議論材料として取り上げてみました。

その石原知事の発した言葉は次のようなものでした。「バカな無駄をあえて行なった。くだらねえ完全主義だ。骨身にしみて反省させる」と憤慨し、作り直しを決めた職員も処分する意向を示しました。この言葉を耳にし、当事者意識の欠如ぶりに唖然としました。批判の対象となった民間会社の社長が、このような無責任なコメントを発したら袋叩きにあうのではないでしょうか。

以前の記事「舛添厚労相の発言」でも同様な問題意識を提起しましたが、舛添厚労相の場合は就任したばかりだったことも多少割り引いて見なければなりませんでした。しかし、やはり民間会社であれば、「私は社長になったばかりなので」という釈明が許されないことも一目瞭然です。それに対し、すでに石原知事は10年間も都政の最高責任者だった立場でした。

「自分も一緒くたに批判されたくない」という選挙の洗礼を受けなければならない政治家の防衛本能なのかも知れませんが、通常の組織ではあり得ない姿を許している不思議さが否めません。よくマスコミの公正さが取り沙汰されますが、この問題を読売新聞が社説で取り上げた際、「役所仕事は許さない」と10年間唱え続けながら、都庁の体質を改め切れない知事も責任なしとは言えまい、と批判を加えていました。

まだまだ人気が高い石原知事に対しても社説で批判したと評価もできますが、ワッペン問題で後にも先にも知事に苦言を呈した記事はそれだけでした。今回のブログ記事のタイトルは「都下水道局のワッペン問題」としましたが、公務員組織のトップとなる政治家のあり方を少し考えてみました。これからも様々な切り口から「公務員」について綴っていく予定ですので、ぜひ、長い目で見たお付き合いをよろしくお願いします。

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2009年4月12日 (日)

官僚たたきと公務員改革

いつも関西弁で、歯切れの良いコメントをお寄せくださるkさんから前々回記事「侍ジャパンが連覇した日」のコメント欄の中で、雑誌『WEDGE』4月号に掲載された「官僚たたきはもうやめよう 公務員改革が国を滅ぼす」という記事をご紹介いただきました。その内容が非常に興味深かったため、さっそく前回記事で取り上げようと考えていました。

結局、前回は「橋下知事絡みの二つのニュース」に絞った内容にとどまってしまい、改めて今回の記事でその内容を紹介しながら私なりの思いを綴らせていただきます。その「公務員改革が国を滅ぼす」という記事はWEDGE編集部がまとめたものですが、雑誌記事の全文転載は慎まなければなりません。したがって、全体の内容をお知りになりたい方は雑誌を購入するか、リンク先をご参照いただければと思います。

記事の書き出しは「どこの世界に、社長や役員が、社員のことをボロクソにたたきのめして、世間から喝采を受ける会社があるんだろうね?」という霞が関の官僚のつぶやきから始まります。政治家たちが「官僚主導の打破」を叫ぶというのは、役員が「社員に(役員を上回る)力があり、社員が主導の企業はおかしいから打破しなければならない」と言っていることに等しいと冒頭の記事は続きました。

WEDGE編集部の問題意識は、公務員制度改革を冷静な視点でとらえる必要性があるというものでした。「エリート官僚のことなんて、無関係」となるのか、「天下りなんて許せない」「民間は不況でこんなに苦しいのだから、公務員ももっと身を削れ」と怒りを感じるのか、いずれにしても感情論に陥ることなく、「何のために何を改革すべきなのか」という本質的な議論の重要性を説かれていました。

今の官僚のあり方に「天下り」をはじめとする、多くの問題があることは間違いありません。ですが、公務員制度改革について与野党間で合意がなされ、ねじれ国会では稀にみるスムーズさで基本法が成立した昨年6月から約9カ月。この間、メディアを賑わせたのは、「天下り禁止を骨抜きにされた」と怒る渡辺善美前行革相の姿と、「内閣人事・行政管理局」という長ったらしい名前、「甘利vs谷」という構図、そして「級別定数」という一般の市民にとってはなんだかわけのわからないキーワードでした。

上記は編集部の文章をそのまま引用したものですが、マスコミの大半が公務員制度改革の全体像などを適確に伝えていない点の指摘だと言えます。その上で「官僚はそんなに悪者か?」と投げかけ、月200時間超える残業の実態や入省5年目の係長が手取り400万円程度の年収であることを紹介しています。人件費の縛りがあるため、サービス残業が横行し、いつ過労死しても労災認定を受けられるように勤務実績を手帳にメモしている課長補佐の話も伝えていました。

このような現状に対し、「民間企業で働く同期の給与なんて考えたくもない」と答えながらも、「それ以上に国の政策立案に携われることにやりがいを感じる」と述べる若手官僚の姿は涙ぐましいと記事には綴られていました。また、政党のマニフェスト作りにまで官僚が関与し、与党間の調整役として局長が奔走し、野党への政治的な根回しを課長クラスまで担わされている実態を問題視していました。

このような「マルセイ」対策に忙殺されるため、外国と比べて日本の官僚の仕事が多くなっている点を編集部は指摘しています。その記事の中で、学習院大学法学部の野中尚人教授の「公務員制度改革の前に政治改革が必要だ」との言葉を紹介しています。「官僚のほうが力があるから官僚の力を殺いでしまえという前に、力のない政治家のほうが問題だという声が出てこないのは不思議」との話にはうなづくことができます。

さらに野中教授は「官僚任せの政治家が政策立案や政策遂行能力を欠いたまま、政治の権限だけ増やしても、ロクなことにならないでしょう。いま必要なのは、政治と官僚の役割分担を示すことであり、官僚の改革よりも政治自身の改革を進めることのはずです」と語られていました。具体的な案として、形骸化した閣議の改革、政治家自らが利害関係者との調整を行なう本来あるべき「政治主導」の実現があげられていました。

天下りの問題については、次のような30代中堅官僚の声が紹介されていました。「正直言って、天下りを目指して官僚になる奴なんていない。だけど、40代前後から省内の競争がグッと激化するのは事実。これからは脱落しても面倒見ませんよ、省内には留めてやるけど、ろくな仕事はなくて、給料も民間より安い、最後までいても年金はかなり低い、ということなら、転職も真剣に考えざるを得ない」というものでした。

編集部は天下りを単に根絶すれば良いのかどうかを提起し、次のように続けています。「制度化されていない慣例とはいえ、官房が全員の面倒をみることで、官僚の安定性や中立性が担保されてきたのは事実です」とし、「競争から脱落した過半の官僚たちが、よりよい処遇を求めて切磋琢磨する状況は果たして望ましいのでしょうか」と訴えています。加えて「出世にかかわらず一定の処遇を補償する仕組みもないとすれば、省内にやる気を失った中堅層が大勢滞留し、組織がよどんでいくのは明らかでしょう」とも記しています。

ここまでWEDGE編集部の記事を私なりの判断で要点のみ紹介してきました。編集部の真意を正確に伝えるためにも、「破壊だけでなくシステム再構築を」という結びの箇所はそのまま掲げさせていただきます。

「内閣に国家戦略スタッフ30人、各省に政務スタッフ5人程度、大胆に民間登用」という方針は見た目は良いですが、これは官僚の世界で頑張るより、うまく民間から登用されたほうが出世できるということを意味しています。米国のウォール街や軍需産業の例を引くまでもなく、特定業界の専門家がロビーイングまがいに行政を牛耳ることの怖さは考えておくべきではないでしょうか。

日本では、人事院が級別定数(ポスト別の人数)を、行政管理局が組織定員(省庁別の人数)をがっちり管理してきたため、諸外国に比べてかなりコンパクトな人員規模になっています。人事院の勧告制度で、給与も民間や諸外国より安く抑えられてきました。年金も、他の先進国の半分ほどしかありません。それなりに効率の良い政府を作ってきたと評価することもできるわけです。

たしかに、天下りと特殊法人の結託による不透明な行政慣行や、6回も7回も「渡り」を続け、80歳近くまで天下りを続けた元官僚の存在など、官僚の側にもやりすぎがあったのは確かです。しかし一方で、天下りシステムで生涯賃金をバランスさせてきたのも事実でしょう。

システムを破壊するだけで再構築しないというのは無責任以外の何物でもありません。慶應義塾大学の清家篤教授はこう指摘します。「労働市場のなかで、優秀な人を採用し、国家に奉仕するプロに育て、能力を十分に発揮してもらうためには、国民はそれ相応のコストを負担する必要がある。敬意と感謝の念を示してやる気を高めるのが人事の上策である」。

その他、「幹部公務員人事の一元化」や「労働基本権付与」といった方針にも大きなデメリットがあります。いまこそ国民が公務員制度改革に関心を払うべき時ではないかと思います。

雑誌の記事内容の紹介を中心としたため、たいへん長くなって恐縮です。言うまでもなく自分自身の共感した内容が多かったからこそ、このブログで取り上げた経緯があります。その上で、WEDGE編集部も繰り返し述べていますが、決して問題が多い天下りなどを擁護するためのものではありません。当ブログの基本的な立場である多面的な議論の重要性という面に合致した内容だと考え、今回のような取り上げ方をさせていただきました。

最後に、今回の記事と大阪府職員の問題をつなげて考えてみるつもりでした。私が何を言いたいのか、ある程度推察いただけるものと思いますが、これ以上長い記事となるのも適当ではなく、言葉足らずな内容にとどまることも避けなければなりません。そのため、2週続けて「次回へ続く」というような終わり方となり、さらに今回も個人的な主張の少ない記事となっていることをご容赦ください。

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2009年4月 5日 (日)

橋下知事絡みの二つのニュース

金曜の朝、視線を少し上に向けると、市役所周辺の桜がきれいに咲き始めていることに気付きました。早めの開花予想は外れ、ようやく今週末が花見日和となったようです。この季節、お世話になった退職者の皆さんへ感謝の気持ちをこめ、新入職員の皆さんへは歓迎の言葉を組合の委員長として挨拶させていただいています。

さて、大阪で絶大な人気を誇る橋下知事ですが、最近、次のような二つのニュースに接しました。それぞれ退職者に関する内容であり、一つは退職される大阪府職員の半数が橋下知事との記念撮影を辞退したとのニュースでした。

大阪府が、定年退職する府職員を対象にした知事との恒例の記念撮影で、今年度から写真の無料配布をやめ、職員の自己負担に切り替えたところ、退職予定者らが反発、半数が橋下徹知事との記念撮影を辞退した。

橋下知事が打ち出した財政再建策の一環だが、「退職金を5%カットされるうえに、写真代まで払わせるのか」という不満の声が多く、現役職員からも「長年、府政に貢献してきた先輩に、あまりに失礼」と同情論が持ち上がる事態に。急きょ、府職員互助会が全額を肩代わりすることになった。

記念撮影は毎年、退職辞令を受け取る3月31日に府庁本館前で実施。200人ずつに分かれて、知事ら府幹部との集合写真を撮影し、六つ切りサイズのプリントを配布する。府はこれまで職員の福利厚生として全額を負担。昨年は約30万円を支出した。しかし、「橋下改革」の歳出削減で、今年度は予算化が見送られた。

このため、府は退職予定者687人に「写真は今年度から有料。1人当たり1100~2500円」と案内。記念撮影の参加者を募ったところ、毎年8割が参加するにもかかわらず、希望者は4割に満たない260人にとどまった。

府職員互助会が全額を肩代わりすることになり、最終的な参加者は増えたが、それでも、ほぼ半数の377人という。撮影を辞退した男性職員は「金の問題ではない。長年の功労にもかかわらず、最後の最後で、こんな扱いとは。情けなくて参加する気にもならない」と嘆いていた。

一方、定年退職者と知事との記念撮影で、プリント代や送料などを全額公費負担している兵庫県は「退職記念で、感謝状と同じ扱い。今のところ、有料に切り替える予定はない」(人事課)としている。【読売新聞2009年3月30日】

もう一つは、いつもコメント欄へ率直なご意見をお寄せくださっている大阪在住のkさんからご紹介いただいたニュースでした。以前の記事「橋下知事の人件費削減案」へのコメントを通してでしたが、「オレの心配してたとおりのことになったやろ。このご時世であっても辞めるんやから、よっぽどなんやろな。財布の締め方次第では、こうなんねん。愚かやの」とも添えられていました。

医師の資格をもって公衆衛生政策を担当する大阪府の医師職の職員45人のうち、4分の1にあたる11人が3月末に中途退職することがわかった。橋下徹知事の財政再建策に伴う給与カットや担当分野の予算削減に対する不満などを退職理由に挙げ、「橋下府政では思うような仕事ができない」と明かす退職予定者もいる。橋下改革への不満が府庁内部から噴き出した形で、府は「職員の士気が落ちている証し」と危機感を募らせている。

府によると、医師職は医師免許を持ち、府健康福祉部で医療行政を所管するほか、14か所ある府保健所で衛生や保健業務を担っている。例年、医師職の中途退職者は2~3人だが、今春は11人が退職を希望。行政事務を担う3人と保健所長ら出先機関の8人で、部次長級の幹部職員も含まれている。退職後は、民間病院で医師として働いたり、他の自治体に転職したりするという。

府は昨年8月から医師職を含めた一般職員の基本給を最大16%カット。また、生活習慣病の研究や循環器疾患の予防などに取り組む府立健康科学センター(大阪市)の新年度運営事業費を前年比約4000万円減の6億7000万円にカットするなど、医療対策費の削減も進めてきた。退職予定者はこうした財政再建策に不満を漏らしているといい、退職する課長級職員は「すぐに結果を求める橋下知事の下では、成果が見えにくい研究や、予防業務に、十分な予算措置を期待できない」と話す。

府は大量退職を受けて、府内の自治体に派遣している医師職を引き揚げる一方、医師職採用の年齢制限を従来の「40歳」から「64歳」に引き上げ、随時採用する方針。府幹部の一人は「予算のカットで、仕事へのやる気を失わせてしまったといえる。当面は、残されたぎりぎりの人数の医師職でやっていくしかないが、これ以上辞められると、組織がもたない」と話した。

府職員の人件費削減を巡っては、退職金の5%カットを実施する直前の昨年7月、カット前の金額を受け取るための「駆け込み退職」が続出。前年の3倍を上回る33人が府庁を去った。入庁希望者も減り、高校卒業者を対象にした今春の募集では志願者が前年度比36%ダウン。府立5病院の看護師採用でも応募数が定員割れした。【読売新聞2009年3月29日】

また、kさんからは前回記事「侍ジャパンが連覇した日」のコメント欄で、雑誌『WEDGE』4月号に掲載された「官僚たたきはもうやめよう 公務員改革が国を滅ぼす」という記事もご紹介いただきました。今回、橋下知事絡みのニュースは要約しながら取り上げ、「公務員改革が国を滅ぼす」の中に記されていた内容を中心にまとめるつもりでした。

実は昨日の土曜日、朝から夕方まで東京自治研究センターが主催したシンポジウム「東京都政この10年・これからの10年」に参加し、その後、知り合いと遅くまで飲み語り合ってしまいました。翌日がまったく予定の入っていない休日だという安心感もあり、久しぶりに(?)飲み過ぎたようです。日曜の午後になっても、まだ頭の中にモヤがかかっている感じでした。

そのような訳で、たいへん恐縮ながら今回、橋下知事絡みのニュースの紹介を中心とし、省力化した記事の投稿となっています。次回以降、橋下改革や公務員改革まで話題を広げた内容を綴らせていただく予定です。合わせて、昨日のシンポジウムの内容も、興味深いものが多く、機会がありましたら改めて報告させていただきます。

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