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2009年2月21日 (土)

人事院総裁の言い分

もともと政治的な話題が嫌いな方ではないため、2週続けて小泉元首相を取り上げた記事が続きました。それぞれ本題に入る前の時事ネタとして触れるつもりが、書き込みたい内容が膨れていくため、途中で記事タイトルが変わるパターンをたどっていました。思い返せば、小泉元首相の理不尽な「郵政解散」に物申したかったことも、このブログを始めた動機の一つでした。したがって、まったく余計な話ですが、私のブログ歴は現衆議院議員1回生の在職期間とほぼ一致することになります。

さて、G7会合後の記者会見での中川昭一前大臣の醜態は本当に情けないものでした。この話題を書き進めると、また予定した記事タイトルが変わりそうですので多くは語らず、本題に入らせていただきます。一度取り上げようと考えていたのが人事院の谷公士(まさひと)総裁と政府との軋轢の問題でした。国家公務員に対する制度改革に絡む話ですが、一地方公務員の立場からも強い関心を持ちながら報道を見守っていました。

人事院の谷公士総裁は6日、時事通信のインタビューに応じ、国家公務員制度改革について「(幹部人事一元化を目的とした)改革基本法の枠内で議論を進めるべきだ」と述べ、2010年度に新設される「内閣人事・行政管理局」への人事院の機能移管に反対する姿勢を改めて強調した。

政府の国家公務員制度改革推進本部は、係員から幹部までの職員数を給与水準別に定める人事院の権限を人事・行政管理局に移管する方針を決め、法案策定作業を進めている。同総裁は、移管は審議官以上の幹部の給与決定権にとどめ、それ以下は残すよう求めた人事院の譲歩案について、「改革基本法の趣旨を踏まえれば十分合意を得られる内容のはずだ」と述べ、今後も協議を続ける考えを示した。

また、改革の一環として検討されている公務員の労働基本権制約の見直しについて、「公務員の基本的なあり方にかかわる重要な問題」として、「公務の特殊性を踏まえ、慎重に議論した上で結論を出すべきだ」とした。近年続出している幹部職員の不祥事については「残念ながら、人事院としても大いに反省すべき点がある」と述べる一方、「ほとんどの公務員はまじめに頑張っている」と理解を求めた。【時事ドットコム2009年2月6日

紹介した上記記事には「基本法枠内で議論を」という見出しが付いていました。この基本法とは国家公務員制度改革基本法を指しています。谷総裁の主張は「途中から(すべての)人事管理機能の一元化が前提となり、政府から独立的な地位を認められている人事院も含めて移管する話になった」とし、労働基本権制約の代償機能が損なわれるというものです。

審議官以上の指定職は600ほどあり、当初の案はその幹部人事に政治主導を発揮するための機能移管にとどまっていました。それが充分な議論もなく、勤務条件の中で主要な要素となる「級別定数」の移管が労働基本権の見直しに先立って「工程表」に明記されることについて、谷総裁は強く抵抗を示されたようです。

この谷総裁の反発に対し、甘利明行政改革相は「権限を手放したくないから抵抗しているのだろうが、それは人事院の組織防衛だ」と批判を強めていました。甘利行革相は「幹部人事は課長以下の職員の人事と連動するため、級別定数の移管は不可欠だ」とし、さらに「内閣人事・行政管理局が設置されても人事行政の公正さが損なわれる恐れがない」と説明しています。

谷総裁の経歴が問題視されている「渡り」を繰り返していることなども取り沙汰され、官僚組織を代表した抵抗であるようにも見られています。しかし、「級別定数が総人件費の抑制に使われるとすれば、人事院勧告が骨抜きになるに等しい。労働基本権のあり方も合わせて見直すべきだ」との谷総裁の主張は正論であるものと受けとめています。

もともと谷総裁は、幹部職員に関する人事院の機能移管には反対していませんでした。その理由として「審議官以上の指定職は、経営に近い所にいる人たちだ。組合は作れないが、最低の保障はされている」とし、「どうして一般職員の係長、係員まで内閣で見なければならないのか」という労働基本権の問題への危機意識が前面に出ていることは確かだろうと思っています。

結局、谷総裁の反論は受け入れられず、2012年までに取り組む改革の道筋を示す「工程表」に級別定数管理機能の移管も明記されました。「工程表」を発表した後の記者会見で河村官房長官は「法制化に当たっては人事院の意見も拝聴しながら進める」と述べ、人事院の一貫した反対姿勢にも配慮し、実際の法整備までに修正の余地は残されたようです。

国民の信任を得て選ばれた国会議員が政治を主導する、本来のあるべき姿ですが、一方で戦前の国家公務員は党派色が強く出すぎていたという反省もありました。その反省点を踏まえ、採用や任免の中立性・公平性を確保するため、1948年に人事院が設けられていました。今回の改革の方向性は政治主導を強固とするためのものですが、「全体の奉仕者」であるべき公務員が与党への「奉仕者」となりかねないリスクも注視していかなければなりません。

そもそも甘利行革相は谷総裁を「抵抗勢力」の中心人物とみなし、対立した内容を積極的にマスコミへリークしているように見えました。厳しい雇用危機の中、ますます公務員は叩かれやすくなっています。したがって、大多数の人たちは甘利行革相の姿勢に共感し、今回の記事のような問題意識にも強い反発を示されるのかも知れません。一方で、谷総裁との軋轢は、麻生内閣が官僚組織を適切に使いこなせない力量不足の象徴的な姿だったとも言えます。

最後に付け加えますが、次のような民主党の基本政策にも違和感を持っています。民主党政権が実現した場合、中央省庁の局長級以上の幹部にいったん辞表を提出させ、民主党の方針に賛成する官僚のみを引き続き採用するというものです。鳩山幹事長が「それくらい大胆なことをやらないと官僚の手のひらに乗ってしまう」と話していますので、民主党としての決意の表れだと思いますが、正直なところ大胆すぎる懸念を抱いています。

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コメント

労働基本権の回復は後回し(2年間は無権利状態)で「級別定数」等が恣意的な運用がされるのではないかと正直違和感を感じます。(かといって今の人事院制度もどうかなと思うところはありますが・・・)
官民人材交流センター設置(天下りバンク)で現場の人員は吸い上げられるなどなんだか変だなと感じています。
残念ながら国公労連はこの議論から排除され連合だけが頼みの綱です。
話は変わりますが、「派遣村」バッシングが保守系雑誌の3月号を飾っていますが、「貧困」をある一面(自己責任等の意見)しか見ていない記事に日頃、国民に「愛国心」(私は否定しませんが)を訴えるのに「愛民心」がなぜか欠けていることに疑問を感じます。
私個人は給与カットされて(嫁には怒られそうですが・・・)でもその費用で雇用が産まれるのであれば我慢する覚悟はあります。政治家もお手本をぜひ示して頂きたいと考えています。


投稿: ためいきばかり | 2009年2月21日 (土) 22時21分

ためいきばかりさん、コメントありがとうございます。

今回のような記事を投稿すると、公務員以外の方からは批判的に見られがちだろうと思っています。どうしても谷総裁は「抵抗勢力」の象徴とみなされ、その人物を擁護しているような内容だと受けとめられることを覚悟しています。

一方で、ためいきばかりさんは国家公務員だとお見受けしていますが、それぞれの職場で働く立場での悩みや問題意識を触れ合うことができ、心強く感じる機会となっています。その意味で、これからも貴重なご意見や感想を楽しみにしています。

投稿: OTSU | 2009年2月21日 (土) 23時17分

評論家の森田実さんが発言を擁護してますね。きちんと考える人は理解しているようです。圧倒的な少数派ですが。

http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C05041.HTML
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C05037.HTML
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C05034.HTML
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C05030.HTML

この国では、民間においては、既に労働者の権利を蔑ろにする風潮が蔓延していますが、公務員にまでそれが拡大されるようですね。

しかし、そんな脱法的な風潮になったら、公務員に順法精神や中立・公正さを求めることはできるのでしょうか。
それとも、中立・公正など不要で、政治主導の名目の下、行政が完全に与党の支配下に入って、与党の利益の為に動けばよいのだというシステムになるのでしょうか。

後者の事態に関しては、民主党もまったく同罪ですけれど。OTSUさんの疑問に感じている点は、本当に大いに疑問です。

投稿: Thor | 2009年2月22日 (日) 00時06分

Thorさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

どうも「小泉劇場」以降、どのように振る舞えば国民受けするかを過度に意識する政治家が増えているように思っています。単純に官僚や公務員を叩くことを煽るような手法は決して好ましいものではないはずです。

公務員の政治的な中立性のとらえ方として、自分は〇〇党を支持しているから△△党政権の政策推進に協力できない、このように考えることは絶対許されません。その意味での中立性・公平性の確保が公務員に対して、当たり前のこととして義務付けられています。その上で、人事院の機能が維持されてきたはずですが、政治家の力不足か、官僚側の問題か、今回のような改革につながっているようです。

投稿: OTSU | 2009年2月22日 (日) 07時08分

制度的に中立・公正さを義務付けることと、職員が自発的にそのような心構えに至ることには、比較にならない距離がありますよね。
今の状況は、後者を遠ざけるだけに思われます。
建前だけ中立・公正を謳っても、当の職員自身がそのように扱われていなければ、職務に対する心構えにもそれが反映されて、
仏作って魂入れず的な状況になるだけじゃないでしょうか。

また、民主党も唱える政治主導は、不偏不党の建前を否定するものだと思われます。

民主党には、基本的に米国流に憧れる議員が少なくなく、米国流の流儀を追求しているというのが実態ではないでしょうか。

民主党の方針に賛同する幹部職員のみを引き続き採用するというのも、はっきり言えば、米国の手法のコピーに過ぎないと思います。
もちろん、その他の諸制度が異なるので、劣化版コピーですが。

投稿: Thor | 2009年2月22日 (日) 08時17分

Thorさん、コメントありがとうございます。

ご紹介いただいた森田さんの一連の「言わねばならぬ」を読みましたが、このように主張される評論家がもっとマスコミに出て欲しいものと思っています。このところ小泉「改革」に正面から反対していた評論家らは意図的に外されていたようですが、やはり多面的な情報を公正に提供していくのがマスコミの使命であり、少しでも流れが変わっていくことを願っています。

投稿: OTSU | 2009年2月22日 (日) 19時35分

歴史的経緯からすると、「人事院」という組織自体が微妙な位置づけである事も事実(要するに雇用側からも労働側からも各々正反対の立場から唱えられた人事院違憲論&その収束過程・結果の事です。)なので、その辺りの微妙な問題も絡んでますます話が拗れる方向に向かっているような気がしないでもないです。「公務員に遵法精神を要請する雇用側が、公務組織に対して脱法的な扱いを行う事の矛盾」・・・、多分この問題をそうした構造で捉えてみる立場は少数派なのでしょうね、残念ながら。

それともう一つ思うのは、中央の中枢(企画立案)部門と、地方の現場(執行窓口)部門との間で、この問題に対するスタンスが微妙に異なるのではないか?という事。内閣(及び背後にある立法&世論という空気)と行政組織(公務員)の対立のみならず、行政組織内部(公務員同士)の間でもこの問題に対する受け止め方が割れてて、その辺りが微妙に議論に影響するのではないか?という懸念があります。

民主党様の辞表云々の発言には、某実力組織において「文民統制」をはき違えて「文官統制」と化している状況と同じく、「政治主導」をはき違えて「政治家主導」と化す懸念があるので、警戒感を覚えます。
もうひとつ、何よりもこれは強調したいのですが、某野党様の有り様に関しては、かつて2・26事件以降敗戦まで軍部が制御不能になった理由である帝国憲法第11条違反問題の根本原因が、政権奪取を手段でなく目的とした当時の野党の○○な言動に由来する自滅行為に起因したように、現状にも政情・世情の雰囲気などを鑑みると尚更のこと類似の危うさを強く強く感じずには居られないです。

投稿: あっしまった! | 2009年2月22日 (日) 19時38分

あっしまった!さん、コメントありがとうございます。

今回のコメントをいただき、かなり昔、自治労の賃金闘争でのスローガンの一つに「人勧体制打破!」というものがあったことを思い出しています。ご指摘のように人事院勧告制度そのものを違法であるものと反発し、実際に各自治体の労使交渉においては勧告以上の一時金支給率などを獲得していた時代もありました。まさしく今は昔の話ですが…。

投稿: OTSU | 2009年2月22日 (日) 20時09分

初めまして。ちょっと前から時々拝見しております。
私も自治労系の単組で執行委員(3年目になります)をしていますので、いろいろ共感できるとこがあります。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: ハマ〜 | 2009年2月23日 (月) 22時19分

ハマ〜さん、ご訪問ありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします。ぜひ、お時間がある時、これからもお気軽にコメントをお寄せください。

投稿: OTSU | 2009年2月23日 (月) 22時35分

こんにちは。久しぶりに投稿します。
専従役員の時に、「もし自治労が労働基本権を回復したら、単組のほとんどが当局にやられちゃうだろうなぁ」なんて話を冗談半分本気半分でしていたことを思い出しました。
労使自治ってかなり労働組合の力量が必要で、今の自治労じゃ厳しいと思います。労基法を知らない方たちも多く、労使協定や労働協約、就業規則の法的性質を知って活動している役員がどのくらいいるのかなぁと、自分を振り返って思います。
「人勧体制」って公務員的にはもう手放せない「実質的権利」になってますので、いまのままじゃ「ゆでがえる」ですね・・・
すみません、ちょっと乱筆乱文でした。

投稿: いのしし社労士 | 2009年2月27日 (金) 13時18分

いのしし社労士さん、コメントありがとうございました。

ご指摘のとおり人勧体制に庇護されている現状が否めません。将来的に労働基本権が回復された場合、改めて労使自治の真価が問われていきます。その際、合わせて争議権行使の問題など社会的な雰囲気を改めていかなければ、抜けない「伝家の宝刀」となりかねないものと思っています。

投稿: OTSU | 2009年2月27日 (金) 23時31分

国家公務員の職員団体では、いまだに「ストライキ批准投票」を毎年つづけているところも珍しくありません。

公安職に限らず、一般職においても争議権の制限は労働基本権の付与となったとしてもなくなることがないでしょうから、無益でしかないのにね。
いや、いまのマスの報道や政治家の発言の情勢下で公になると、非常にマズいつつかれ方されるでしょうね。

投稿: 流浪人 | 2009年2月28日 (土) 00時07分

流浪人さん、コメントありがとうございます。

以前の記事で、ストライキ批准投票を取り上げたものがあります。参考までに紹介しますので、お時間がありましたらご覧ください。

http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2008/02/post_abfe.html

投稿: OTSU | 2009年2月28日 (土) 00時36分

ストライキ批准投票は私の組合ではしていませんね・・・(今回初めて知りました)
抜けない「伝家の宝刀」(民間企業もそうですが)では意味がありませんがマスコミは一方的な放送しかしないでしょうね。
さて、今年も大幅な定員削減がやってきました。この状態が続くと私の今いる職場は3年から4年で廃止・・・
職場体制の確立の観点からも基本権の回復は求めていかないといけませんね。

投稿: ためいきばかり | 2009年2月28日 (土) 00時37分

ためいきばかりさん、いつもご訪問ありがとうございます。

ストライキに対する認知度、公務員にとって非常に悩ましい問題です。それでも抜くべき時は抜ける「伝家の宝刀」として、労使交渉の重要さの社会的な理解が進むことを願っています。

投稿: OTSU | 2009年2月28日 (土) 00時47分

本題からそらしてしまったようで申し訳ありません。
申し訳ないついでにもう少しだけ。

そう簡単に抜けないどころか、この社会情勢では・・・というのが私の正直なところなわけです。

実際、国家公務員がストライキを実施し懲戒処分がなされたことについて、国家公務員法のストライキ禁止規定が「憲法に違反している」「ILO条約に違反している」などとして処分の取り消しを求めた訴訟が起こされたことがあります。
ストライキ自体は昭和57年のことですが、最高裁が「ストライキ禁止規定は憲法に反しない」として上告を棄却し原告敗訴が確定したのは5年ほど前の話になります。

事案の詳細については「北海道開発局」と「ストライキ」で検索すれば出てくると思います。

もちろん、国と地方では法令や環境も違いますし、一概にダメだダメだというつもりはありませんが・・・抜けば確実に松の廊下、もっただけでも鯉口を切ったとみられたら処断されかねないご時世、しかも現世じゃ忠臣蔵ってわけにもいかないでしょうし毎年毎年批准投票では・・・

一斉休暇闘争が同盟罷業であるとみなされる件についても、先に挙げたストライキの関連情報で引っ張れると思います。

人事院の機能にかかわる話題でもあり、本件を思い出したところで春闘時期にまた批准投票という話が聞こえてきたものですから、余計な脇道にそらせてしまいました。

投稿: 流浪人 | 2009年2月28日 (土) 02時50分

流浪人さん、おはようございます。

このブログのコメント欄は、ある面で「掲示板」のような役割があるものと思っています。したがって、記事本文などと関連しながら様々なテーマに広がっていくことも貴重なことだと受けとめています。あまり気になさらなくて結構ですので、これからもお気軽にご意見をお寄せください。

ご指摘のとおり公務員のストライキは法的制約があります。そもそもストライキは打ち抜くことが目的ではなく、切実な要求を前進させるため、重大な決意で臨まざるを得ない一つの手段に過ぎません。また、構えることによって、労使双方がぎりぎりの段階で決断を下す大きな背景となり得ます。そのような意味合いから春闘期の批准投票も「いざ鎌倉」の時、構えられるという姿勢を示す重要な取り組みだと考えています。

投稿: OTSU | 2009年2月28日 (土) 08時36分

争議権の行使については、管理者側の立場として本気になれば、「わざと争議権の行使に追い込んで、結果法令違反で(先導・扇動した役員を中心に)懲戒すればよい。」と割り切ることが可能ですし、構成員全体への心理的効果はそれで十分ですし、最高裁判例からして司法権は、世情からして世論も、管理者側の味方でしょうし。「争議権の行使も辞さない構え」が、現状どこまでの牽制効果があるのかは正直疑問に思ったりします。

最近、元国労中央執行部のかなり上位の役職者であった関係者が、「国労の運動は、雇用と賃金を(背景にある法律によって)国鉄に補償されているという土俵の上で争ったという、ある種自己満足や闘争ごっこみたいな部分があった。調子に乗りすぎて、悪のりしすぎたと言い換えても良い。そこには、甘えがなかったと言えば嘘になる。」というような自省の言葉を自身の著書で示されているのを拝読しました。
私は、もともと国労にしても国費評にしても、「職員団体が強い」のではなく「管理者側が弱い若しくは弱腰」だから職員団体が強いと錯覚されているだけ、若しくは職員団体自身が自分を過大評価してるだけ、と評価してきました。そして、両組織体の現状に鑑みたり、先の著書を拝読してみると、私のそうした評価が間違っていたとは言い切れないのだろうと思っています。

「伝家の宝刀」って、現実には(抜いてみたら錆付いてて役に立たなかったりして)抜いてしまったら身の終わりの可能性もありますからねぇ。あるいは、確かに宝刀はいい刀だったけど、相手の法がより素晴らしい刀を持ってて、乾坤一擲の負けてしまって全てを失うとか。本当は「強力な伝家の宝刀があるんだよ」という風に、過信せずに飾っておく状態・威嚇的な抑止力として機能している状態が一番いいのでしょう、きっと。。。

追記:批准投票は国の職員団体より地方の職員団体の方がより多く行われているという印象がありますし、私が見聞する実例は地方の職員団体さんの事例の方が圧倒的に多いです。

投稿: あっしまった! | 2009年2月28日 (土) 20時33分

ごめんなさい、先刻の投稿の第3段落に、間違いがありました。

×相手の法がより素晴らしい刀を持ってて、乾坤一擲の負けてしまって全てを失うとか
○相手の方がより素晴らしい刀を持ってて、乾坤一擲の勝負に負けてしまって全てを失うとか

投稿: あっしまった! | 2009年2月28日 (土) 20時35分

あっしまった!さん、コメントありがとうございます。

私も同じような問題意識を持っています。その上で、抜くときは、より慎重に重大な決意のもと抜くべきものと思っています。一方で、現職の組合役員の立場としては、初めから「抜かない、抜けない伝家の宝刀」と言えないことも確かであり、その点は若干異なるのではないでしょうか。

投稿: OTSU | 2009年2月28日 (土) 21時38分

> 管理人様宛

先の投稿では、書き方が拙かったのかも知れませんが、勿論「抜かない、抜けない、錆びてる」等々と公言してしまったら、「伝家の宝刀」以前に協議に臨む上でのカード(武器)では無くなってしまうので、本末転倒だろうと思います。また係る姿勢を推奨する意図ではありませんです。

何よりも相手方に対する抑止力・牽制効果がなくなってしまいますし、こちら側の真剣さが全く伝わらなくなってしまいますので、協議にならないだろうと。
そうして、管理人様のお立場では、管理人様が先刻のコメントのようにお感じになるのは当然だろうと思います。

ただ、抜く抜かないは慎重であるべきでしょうし、個々の構成員の後々のことも踏まえた、慎重な姿勢・情勢分析が必要なのだろうなとは思います。

立場が異なれば「ものごとの見え方・感じ方」は違うと思っていますので、管理人様のお考えを全否定するつもりは毛頭ありませんので、ご了解頂ければと思います。

投稿: あっしまった! | 2009年2月28日 (土) 22時03分

う~ん、そうか。飾っておく状態が最善というよりは、「いつでも抜けるんだぞ~」という姿勢を示すことで、相手方に牽制や抑止の効果を与えられる状態(相手に伝家の宝刀が存在する・場合によって抜く用意があることが認識される状態と言うべきかな。)が最善だろうなと思う。という書き方をした方がより意味が通じやすい良い表現だったかな。。。反省。

確かに「飾っておく状態」と言えば、単に趣味で観賞用に置いてるっていうような感じで、(私の意図と異なって)初めから「抜かない、抜けない伝家の宝刀」と公言しているような状態と解釈できてしまいますね。失礼致しました。(謝

投稿: あっしまった! | 2009年2月28日 (土) 22時13分

あっしまった!さん、たびたびコメントありがとうございます。

ストライキを構えること自体、違和感を抱かれる方々が多いものと見ています。その中で、あっしまった!さんのように趣旨や立場に対し、ご理解くださっている民間の方がいらっしゃることを非常に心強く感じています。したがって、否定されたとは思っていませんでしたので、ご心配は無用です。

投稿: OTSU | 2009年2月28日 (土) 23時00分

はじめまして。まだこちらのサイトを発見したところで、少ししか読ませていただいていませんが……それに政治に詳しいわけでもないただの一般市民ですが、少しだけ発言させてください。

私は、公務員の方って持っている能力はやっぱり高いし、優秀だと思います。そして公務員の方個人が今の状況をつくりだしているわけではなく、さまざまな諸悪の根源(失礼!)は制度自体にあるのではと感じています。また、もしこの状態を招いた一番大きな責任があるとすれば人事院にあると思います。どうして世の中の目がもっと人事院のやってきたことに注目しないのか、不思議でしかたありません。
もっと人事院の行っていることを公にしていき、実際にちゃんと働いている公務員の方にはきちんと見合った権利や報酬を、そして、そうではない公務員の方も極甘な人事院を頼らずにすがらず、本来持っている能力を発揮すれば……。
難しい問題を1つ1つなんとかするより前に、人事院に注目をすれば、本当にもっと根本的に変化が望めるのでは……?

公務員法はなんのためのものなのでしょう。一公務員の立場は政治からは守られるべきではと思いますが、国民、市民の要請や欲求からも守られるべきものなのでしょうか……? 国民や市民から乖離することを容易にしていはしないでしょうか……? 法律のことに一般市民がうんぬん言っても全くしかたのないことなのですが……
公務員の方1人1人の方に、能力がないことは絶対ないと思います。ただ制度として中にいる人にはどうしようもない部分があるように思えてなりません。そして、それを国民や一般市民に理解してもらうためには、有利なものも不利なものも公平に明白にして、その土俵に立たないと、純粋な意味での信頼も信用も、協力も得られないと思います。
外国のよい制度だけ引き合いにだして、たとえば北欧のような課税率にして老後の介護を……と言ってみたところでだれも振り向かないのは、その信頼や信用、協力が得られないためですよね。

とてもつたない文章で申し訳ありません。隣に住んでいるおじさんは公務員をやっています。まじめで律儀で本当にとてもよい人です。でも上記のような感情を公務員の方に対して思っていても、それは絶対に言えません。
だからこその、見ず知らずの公務員の方に対しての一般市民の本音雑感でした。

一言のつもりがどんどん関係ないほうへいってしまって本当にすみません。でも、とても思っていることなのです。もしここまで読んでいただいていたら本当に感謝です。そして、、そのまま確認ボタンを押してしまいます……えいっ(肉球ペタリ)

投稿: ねこにゃん | 2009年3月 6日 (金) 15時13分

ねこにゃんさん、はじめまして。コメントありがとうございました。

ご指摘のとおり「公務員は…」と一括りで評されることに悩ましさを常々感じています。やはり利益を追求することが目的の民間企業と公務のあり方の違いなど、制度的な面から論じていくことが大切なことだと私も考えています。

その際、ねこにゃんさんのように人事院を象徴的にとらえることも必要なのかも知れません。一方で、人事院に対しても、公務員制度全体見直しの中の一つの対象と見ていくことも大事な点だろうと思っています。

また、不特定多数の皆さんを対象にしたブログの運営は、普段直接耳にすることができない率直なご意見を伺える利点があります。匿名での投稿であるため、これまで本当に厳しいご指摘も数多く頂戴してきました。

いずれにしても、そのような声があることを受けとめていく重要さははかり知れません。ぜひ、これからもお時間が許す時、お気軽にコメントをお寄せくださるようお願いします。

投稿: OTSU | 2009年3月 6日 (金) 23時00分

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