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2009年1月31日 (土)

『反貧困』と自己責任論

金曜夕刊一面の見出しは「非正規 失職12万4800人」でした。不況による雇用調整のため、昨年10月から今年3月までに職を失ったか、失うことになる非正規労働者の数が厚生労働省の調査で明らかになりました。次の仕事が見つかっている人は1割にとどまる見込みとも書かれていました。さらに3月に期間満了を迎える人の数がカウントされていない可能性もあり、派遣会社や請負会社の業界団体は「3月までに40万人失職」と試算しています。

企業への助成金など国が雇用対策を打ち出した後も失業者の増加は続き、対策の拡充を求める声も強まっています。一方、多くの自治体が臨時職員の募集など緊急雇用対策を打ち出していますが、いずれも応募者の少なさが目立っているようです。雇用期間の短さ、低賃金、広報不足などが理由としてあげられています。

また、各地のハローワークは失業者の再就職が進まぬ現状に危機感を募らせています。同時に「不況でも飲食業や警備などの求人は多い。経験のない仕事でも思い切って挑戦して欲しい」「求人がある介護職などに目を向けてもらえるよう努力したい」と話しているのもハローワーク側でした。元派遣社員の希望する職場と人手不足から求人している職場が合わない「ミスマッチ」の現状も取り沙汰されるようになっています。

大分キヤノンなどで合わせて数千人の派遣切りが見込まれた大分県で、「JAおおいた」(大分市)が農業の現場で働く求人を呼びかけましたが、問い合わせがあった約50人のうち元派遣社員は数人だけだったそうです。ラーメンチェーンの「幸楽苑」(郡山市)では例年の3倍となる150人の中途採用を発表しましたが、面接に来た元派遣社員は数人にとどまり、担当者は「社会の役に立ちたいと採用数を増やしたが、拍子抜けしました」と語っています。

このような現状に対し、 『朝ズバッ!』の中で司会のみのもんたさんは「働かないと食えませんよ」「ボクなんか、なんでまず仕事しないのと思います」と元派遣社員が甘えていると決めつけた発言を繰り返しました。それに対し、毎日新聞論説委員の与良正男さんは「これを甘いの一言で片付けると今の問題は解決しませんよ」「例えば、人付き合いが苦手だから組み立ての仕事が自分に向いてると思ってやってた人に、すぐサービス業の仕事しなさいっても、なかなかうまくいかない」「(派遣などで人を)安易に扱ってきたことを、社会全体として変えていかないといけない」と逐次反論を加えていました。

みのさんのような受けとめ方をされる人たちは少なくないものと思っています。つまりネットカフェ難民らに対しても自己責任論を唱える人たちの多さに結びつきます。このあたりの話について、『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』という著書に詳しく書かれています。著者は反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんで、昨年末、注目を集めた「年越し派遣村」の村長として一躍有名になっています。

『反貧困』は具体的な実例が数多く掲げられ、今の日本に存在している貧困の実態を浮き彫りにしています。湯浅さんは貧困の問題の「見えにくさ」を指摘し、ホームレスやネットカフェ難民らが自己責任論で括られがちだと述べています。そもそも貧困の実態を認めたがらない日本政府の姿勢を批判されています。

憲法第25条に基づき、生存権を保障するために生活保護の基準が定められています。その最低生活費を下回って暮らす人たちがいた場合、政府として放置することが許されません。財政が逼迫する中でも、違憲状態とみなされれば、財政出動が迫られます。そのため、政府は意識的に貧困から目をそらしてきていると指摘しています。

逆に生活保護受給者より低収入で暮らす人たちが増えているという理屈で、厚生労働省は生活保護費基準を切り下げようとする本末転倒ぶりを見せていました。湯浅さんは、このような「下向きの平準化」の方向性に強い危機意識を抱いています。また、過剰な「自立」支援が強調されているため、生活保護の打ち切りによって餓死者を出す悲劇などが生じている現状を憂えています。

『反貧困』を読み終え、貧困状態にいきなり落ちないための「溜め」の大切さが伝わってきました。「溜め」とは貯金であり、いざという時の家族からのサポートや公的なセーフティーネットなどを指されています。そして、湯浅さんが『反貧困』の中で、最も強調されていたのは「貧困は自己責任なのか」という点でした。貧困状態に至る背景には次のような「五重の排除」があると記しています。

  1. 教育課程からの排除 親世代が貧困状態である場合、その子どもたちの多くが低学歴のまま社会に出なければならず、貧困脱出のための技術や知識などを獲得することが難しい。
  2. 企業福祉からの排除 派遣社員など非正規雇用者は低賃金や不安定雇用を強いられ、雇用保険や社会保険に入れず、企業による福利厚生からも排除され、容易に貧困状態に滑り落ちてしまう。
  3. 家族福祉からの排除 低福祉の日本社会では親族間の相互扶助が、社会的転落を防ぐセーフティーネットとしての重要な役割を果たしている。しかし、貧困状態に陥る人々は、もともと頼れる家族や親族のいないことが多い。
  4. 公的福祉からの排除 福祉事務所が「水際作戦」と呼ばれるような生活保護申請者を排除しがちな傾向にある。「若いし、働けるはず」「まず親族に頼って」などと様々な理由をつけ、申請の受付さえしない場合が多い。
  5. 自分自身からの排除 上記のような排除を受け、何のために生き抜くのか、何のために働くのか、自分自身の存在価値や将来への希望を見失ってしまう。しかも自己責任論によって、貧困状態を「自分のせい」と内面化し、自分を大切に思えない状態まで追い込まれる。

湯浅さんは、とりわけ「自分自身からの排除」の問題が周囲から理解されにくいと述べています。その一例として、前述した「ミスマッチ」の話などが出た際、「なぜ、仕事を選ぶの?」という当事者の意識を想像できない発言などがあげられます。自分自身も湯浅さんの著書を1冊読んだだけで、貧困の問題を分かったような言い方は慎まなければなりません。それでも貧困を自己責任とする風潮の危うさについては充分理解できたつもりです。

自己責任論は、貧困に苦しむ人たちの内面にも刻みつけられ、所持金が底をつくまで頑張りすぎた結果、多重債務、一家離散、自殺などの最悪な事態につながりがちだと湯浅さんは説きます。より早い段階で、生活保護などの支援にアクセスすることによって、そのような最悪な事態は防げるものと訴えています。最後に、「あとがき」の中で、湯浅さんが書かれていた文章の一部をそのまま紹介させていただきます。

誰かに自己責任を押し付け、それで何か答えが出たような気分になるのは、もうやめよう。お金がない、財源がないなどという言い訳を真に受けるのは、もうやめよう。そんなことよりも、人間が人間らしく再生産される社会を目指すほうが、はるかに重要である。社会がそこにきちんとプライオリティ(優先順位)を設定すれば、自己責任だの財源論だのといったことは、すぐに誰も言い出せなくなる。

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コメント

 教育過程からの排除や、公的福祉からの排除は直にでも、改善してもらいたいですが、財源を考えないのは後の世代に無責任かと思います。

 子や孫の世代が自分達の世代より人数が多ければそれでも、良いと思いますが、下の世代をろくに育てもせず借金を大量に残していくのはどうなんでしょうか?
 

 

 

投稿: のん気な野良猫 | 2009年1月31日 (土) 03時15分

のん気な野良猫さん、おはようございます。

そのような問いかけに対し、湯浅さんのお考えは紹介した「あとがき」の言葉だと私は受けとめています。「財源がない」ということを言い訳として、本当に貧困で苦しむ人たちを放置してはいけないとの主張です。そして、そのようなセーフティネットが政策の順位付けの中で、最優先されるべきとのお考えです。

目の前に餓死しそうな人がいたら「予算がないから食費は出せない」とは言えないはずです。極端な例ですが、それほど日本の中でも貧困の問題が軽視できない事態に至っていることを『反貧困』という書籍から伝わってきました。

投稿: OTSU | 2009年1月31日 (土) 08時24分

国際機関による国際的な統計で貧困率が先進国中アメリカに次いで第2位である事が示されています。というか日本国政府は、国内の貧困に関する調査や生活保護の補足率の調査を、四半世紀以上前から行わなくなってます。せめて、保護の補足率は調査して欲しいものです。保護率や保護の支出額も先進国では低位なのが、補足率の低さに由来するとすれば健全でない状態ですから。

また、貧困率の問題に加えて、適性にそぐわない労働を無理に押しつけては、金銭の貧困は防げても心の疲弊は防ぎがたく、堆積した不満が社会に向けて暴走・暴発することになれば、治安問題にも関係してきますし。すでに治安面での影響について、その萌芽はあると思いますし。

この統計や先に示した私の懸念に鑑みると、みの氏の発言より与良氏の発言に共感を覚えます。ただ残念ながら、世間ではおそらくみの氏の発言に共感を覚える方が多いのも事実でしょう。

本当は、事実上正社員しか救えない社会保険制度(失業給付)と、究極・最後の保障制度である生活保護制度の、あらゆる意味で両者の中間に位置する社会保障制度が構築される事が望ましいと思うのです。。。
所謂「派遣村」の時も一部問題視する向きもあった、派遣村から生活保護の利用に直行した事については、今のこの国の現状では、「彼らの立場では、生活保護しか利用可能な制度が事実上ない」という事を、知識の有無はわかりませんが、無視して論じている点に問題がありますし。

一方で、貧困対策を望む以上、財源の拠出に応じる覚悟は必要だと思います。今貧困層に陥っている彼・彼女だけのためでなく、自らが予測不能・自己の責任に由来しない理由で、将来そうした状況に陥ってしまうかも知れない、そんな時の備えとして。

政府への国民一人あたりの政府向資金拠出率が先進国最低レベルですから、国民向還元率も先進国最低レベルになるのは無理無からぬ事ですしね。こういう話で必ず話題にあがる公務労働者(公務員だけでなく、独法など関連外郭団体の人員含)の人員数・人件費も同じく、先進国中かなり低位ですし。
要するに政府機能維持のための固定費相当分(政府組織の維持費や治安対策費など夜警国家でも必要とされる経費など)は他国とさほど変わらないか寧ろ低額であって、なのに国民向還元率が低位なのは、変動費相当額が著しく少ない故で政府向資金拠出率の低さに由来すると。そんな風に考えています。
人口構造や雇用構造・所得の階層構造に鑑みると、もともと拠出率に比して還元率は低率になることも所与の社会的条件でしょうから尚更の話として。

(全て国際機関による統計にもとづく論考です。

投稿: あっしまった! | 2009年1月31日 (土) 12時06分

あっしまった!さん、いつも詳しいコメントありがとうございます。

最近、ヨーロッパの先進的なセーフティネットの様々な事例が注目されています。その際、必ず消費税など国民負担の話もセットで語られています。

確かにそのような関係性も否定できません。しかし、湯浅さんが述べている「優先順位」に照らした時、経費も含めて2兆円を大きく上回る定額給付金の問題は重ね重ね残念な政策判断だと言わざるを得ません。

投稿: OTSU | 2009年1月31日 (土) 18時02分

> 管理人 様

私も湯浅氏の姿勢に関しては、肯定的なイメージを抱いておりまして、「財源がないを理由にしている場合ではない」という現実への認識は共有できます。実際問題、必要な保護が受けられず餓死された方の事例も皆無ではないのですから。

ただ、財政云々以前の根源的な問題として、この国の貧困の実態や保護の補足率というような、政策決定のための基礎資料がそもそも存在しないことが非常に大きな問題なのだろうと思います。客観的な事実認識の基礎となる資料が無い事が、現実の切迫した状況と遊離した議論が為される理由の一つと思っているからです。

従って、早急に救済措置(救急医療に於ける止血措置や輸血措置に類するような対応)を講ずるとともに、実態の把握を早急に並行して行っていかなければいけないだろうと。制度・財源など議論の前提が整わず、議論が噛み合わないままに徒に時間が過ぎ、状況が深刻化していく事を恐れています。

以前のエントリでも少し触れたのですが、次世代の中核的担税世代の稼得能力(=担税能力)を何とかしなければ、時の経過と伴に益々国全体が立ちゆかなくなりかねないのですから。まず目の前にある「貧困」を何とかする、その為にも対症療法的な救済措置だけ無く実態を把握する、そして腰を据えて根本的・構造的な対策を練るのが最優先の課題だと思います。2兆円あればそれなりの調査費用や腰を据えた対策を論じる間の救済費用に充当できると思います。

ただ、自分の目で見る限り地方の疲弊具合が深刻なのも事実で、ホンネとして給付金の支給を望む声が多数派の地域があっても、けっして不思議とは思えませんけれど。都会に住んでいるとどうしても、全国規模の視点で言えば比較的恵まれた状態である自身の周辺環境(地域事情)を基準に論じてしまう部分があって、それは一つ落とし穴だろうと思いますので。

念のために申し上げておきたいのですが、今次エントリの管理人様の立ち位置には、賛成する立場です。m(__)m

投稿: あっしまった! | 2009年1月31日 (土) 19時42分

あっしまった!さん、再び丁寧なコメントありがとうございます。

問題意識を共有いただき、心強く感じています。急激な経済状況の悪化による派遣切りの続出は憂慮すべき事態ですが、潜在化していた貧困の問題がクローズアップされてきたことは一つの光明かも知れません。

「年越し派遣村」が政治的な意図を持った活動だと批判もあったようですが、それはそれで湯浅さんらの狙い通りであって特に非難される話ではないはずです。逆に強烈なデモンストレーションとなり、今後の反貧困の運動にとって大きなプラスになったのではないでしょうか。

投稿: OTSU | 2009年1月31日 (土) 20時21分

うーん?
私自身の仕事に関係するのですが、大都市部じゃないからかもしれませんが、まだそんなに逼迫した状況と実感できないのが事実です。
いなかのせいかもしれませんが、多くの人は、それなりに生活防衛策を講じているようで、仕事上でも派遣が切れたからということで、近隣に大手自動車関連企業が多くありますが、今のところ差し迫って住むところがなくなったとか今日明日の食事や医療が受けられないといった生活相談を仕事を通しても聞くことは皆無の状態です。
おそらく、年末で仕事を失った多くの方の雇用保険の給付が切れる年度末あたりから、現実的に対応することになるのでしょうが、マスコミが連日報じる都会の現状とのギャップに戸惑いすらあります。
また、求人に関してですが、確かに業種によって求職と求人の需給バランスに大きなギャップがあるようです。
いわゆる「キツイ、キタナイ、キケン」の3Kは、求職者が少ないのか未だに求人は多いようです。(外国人に門戸を開放して、労働力不足を補おうとするのも納得です。)
やりたい仕事とある仕事、求めている職と求められる人材という根本的なところが問題では???
みんながやりたい仕事はあるのでしょうが、誰かがやらなければならない仕事もある。
話はそれてしまいますが、就労設計・生活設計というか職業学習というか、教育段階からの就労・勤労のマッチング、コーディネイトがうまくいってないことの方が気になります。
当然に現状の雇用を切り捨て利益確保を図る企業の経営姿勢は許せませんが、ほしくても安定した労働力が確保できない業種があることも事実ですし、そこをうまくつなげるような政策議論もあっていいのではと考えます。

投稿: hima | 2009年1月31日 (土) 20時41分

himaさん、コメントありがとうございます。ちなみに仕事の話から推察し、もしかしたらshimaさんでしょうか。

確かに再就職先が見つからない失職者、約10万人が貧困状態ではないでしょうから地域によっては実感できない話だろうと思います。ただ東京、名古屋、大阪などの「年越し派遣村」へ数百人単位の元派遣社員らが集まったことも事実であり、その数をどう見るかで今後の政策の方向性も決まるはずです。

後段のご指摘も最な話だと思います。その中で、介護現場からの求人の問題は、まず職員の待遇が大幅に改善できるような介護保険制度の再構築が必要だと考えています。実際、「好きな仕事だけで将来が不安」との理由で離職される人たちが多いようです。

投稿: OTSU | 2009年1月31日 (土) 21時10分

ここまでひどくなるとは思わなかった。

毎朝、メディアのニュースを見るのがとても怖くなってきてます。
メディアもいたずらに不安を煽っているようにさえ感じてきてます。

貧困が子供にも引き継がれていくのは何かの本で見たおぼえがあります。
事実、経済的に困難だから進学をあきらめた家庭も知っております。
財源不足や次世代に借金を残すのは確かによいことではありませんが、このまま貧富の差が拡大していけば、将来にわたり国益に影響がでてしまうのではないかと感じてます。
これだけの不況、何をすれば好転するのか私にはわかりませんが、国がもっと力を入れて貧困を減らすことをしなければならないと思います。

関係ありませんが、小泉政権になって貧富の差が目立ち始めたと思います。
あの人の時代に製造業で派遣が解禁(規制緩和の名の下に)になったのではなかったでしょうか。余談ですが、規制緩和はオリックスのMさんもかなりご執心だったそうです。

誰もが好きで派遣をやっているとは思えません。自己責任という言葉も否定はしませんが、今の時代、人間が人間らしい生活ができなくなってきた状況は他人事で捉えず、われわれも直視し、改善しなければならないと思います。
私がアメリカに行った時、親子のホームレスがボロ布にくるまって寝ていたのを最近、思い出しました。とてもショックを受けましたが、向こうではそんなに珍しいことではないようでした。この世に生を受けて生まれてきた以上は程度の差こそあれ、誰もが幸せに生きてほしいと思います。それができるようにするのが政治家の努めだと思っております。
自民党にしても民主党にしても最初は違ったのかもしれませんが、最近は党利しか見えていないように感じます。
また、職の需給のアンマッチですが余裕がない人は贅沢を言わずに職に就いていただきたいと私も思います。最初は嫌かもしれませんが、その中で自分にとってプラスになる何かが見つかるのではないかと考えるのは青臭いでしょうか。
せめて人並の暮らしができれば前向きな考えもできるようになるかもしれませんし、時間がかかるかもしれませんが、そこから躍進(就きたい職への転職等)できる可能性も大きくなると思います。
OTSUさん、まとまりのない文章をだらだらと書いてしまい申しわけないです。

投稿: エニグマ | 2009年2月 1日 (日) 00時59分

 OTHUさんへ

 セーフティネットを最優先するのは賛成できる部分もあります。ただ、財源をセットで考えないと結局、後の世代に負債をしょいこませるだけにはならないのでしょうか?
 
 今の世代が費用負担をして行うべき事だと思いますよ(消費税でも所得税でも公務員削減でも)

 PS あっしまったさんに質問なのですが、各国の公務員の仕事の内容はどうなのでしょうか?
 外注が多ければ、少ない人件費でもやれますよね?各国の仕事の中身をある程度調べた統計があれば教えていただけますか?公務員の数だけを単純に比較しても何も結論はでないと思いますので。

 


 

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 1日 (日) 01時21分

エニグマさん、のん気な野良猫さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

おかげ様で当ブログへの訪問者数は大きな変動がなく安定しています。その中で、コメントの数は記事内容によって大きく増減しています。その意味合いからも、今回の問題に対する皆さんの関心の高さをうかがい知ることができています。

社会全体の安心のため、しっかりとしたセーフティネットをはる必要性は誰もが認めるところです。そのための財源の優先順位付けの中で、公務員の総人件費削減問題も一つの選択肢であることを充分理解しています。

このような情勢を踏まえ、私どもの組合では職員の「痛み」が伴う賃金表の見直し提案を受け入れる労使協議を進めています。一方で、この間、続いている公務員の待遇切り下げの動きが「下向きの平準化」の方向性へ過度に流されないよう留意する必要性も感じています。

投稿: OTSU | 2009年2月 1日 (日) 09時17分

これは、主にパート・アルバイト等の非組織労働者が個人で加入できる地域型労組(草の根ユニオン)の方が仰る事ですが。。。

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この国では、公務労働者の待遇切り下げばかりが主張されて、自らの待遇を向上させようとする努力に欠けているという側面があるように、私には見受けられる。その点については、公務労働を批判だけして終わっている民間にも為政者にも問題がある。
公務労働者の待遇を民間で働く自分たちの水準に近づけても、民間労働者である自分たちの待遇が向上する訳ではない。それは単に自己満足であって、一時的に溜飲を下げることが出来ても、全体の待遇がより悪化するだけだ。
そう言う意味では、公務労働者であろうと民間労働者であろうと、被用者であるという属性は違わないのであるから、被用者として待遇改善を訴えていくべき相手が別途存在することに気づかなければ、状況は改善しない。

勿論、公務労働者に問題がない訳ではないが、しかしそれだけでもない。経済合理性の観点から無駄に見える公共事業(や諸々の公的支出・公務労働者の経常支出など消費活動)にも、他方で治安維持、雇用維持、社会・地域の安全弁として機能している(現物給付型・機会提供型社会保障の)側面があるのも事実。
無駄な公共事業の排除に賛成するが、それに変わる治安維持、雇用維持、社会・地域の安全弁となる施策は必要。
安直に現金給付を行えという訳ではない。しかし職業訓練(技能取得)の機会は絶対に必要で、(これまで新卒採用を行って、潜在的にその機会を提供し、実際に担ってきた)企業体に最早その余裕がないのだから公的主体が行うべき。直接官業でなく民間に委ねて経費を官が負担するでも良い。職業訓練無しで務まるような仕事は既に海外に移行してるのも現実なのだから。
例えば人員不足が言われる介護業界・第1次産業界であっても、何の職業訓練もなくできるものでない事には留意がいる。体力的な問題・適性の問題もあるだろう。でないと、技能訓練を受けていれば防げたような事故が頻発する可能性がある。
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という論考があります。発言者の方の立場・思想・信条等について、必ずしも全てに於いて賛成する訳ではないのですが(というか、概ね意見が一致しない場合が多い方です。)、この視点については納得できる側面があります。というような事を思いました。
勿論社会保障施策への、ただ乗り・悪のりの類は容認できません。しかし、ただ乗り・悪のりの排除だけに目がいってしまって、必要な人への手当がなされない・議論が行われない・声の大きいものだけが得をする、等のような事態は避けなければならないだろうと。故に、冷静に論議するための現状の正確は把握は避けられないだろうと思います。というのが、私の主張の根幹にあるのですが、上記のような考え方もあるのだと言うことを、他人の家の庭先で恐縮ながら投稿させていただきます。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 1日 (日) 20時00分

あっしまった!さん、コメントありがとうございます。
いつも参考となっていますので、これからも遠慮なくお時間が許される時、貴重なご提言や情報提供をお願いします。

投稿: OTSU | 2009年2月 1日 (日) 21時12分

 >othuさんへ

 下向きだろうとなんだろうと、平準化することが大事なのではないでしょうか?公務員の待遇が民間より良い状態では、全体の奉仕者とは言えないのでは?

 労働者全体の給与の問題は、別の問題で、立法によって解決されるテーマだと思います。ただ、被用者全体の給与の水準が上がれば嬉しいのですが、企業は安い労働力を求めて海外に出て行くのでは?(特に海外での売上比率の高い製造業は)

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 2日 (月) 01時09分

のん気な野良猫さん、おはようございます。

あっしまった!さんからご紹介いただいた「草の根ユニオン」の人の話と同様な趣旨で一言添えています。また、民間平均かどうかは昨年、のん気な野良猫さんらと人事院勧告のあり方をめぐって議論を交わしていますが、一致点を見出すのが確かに難しかった問題でした。

投稿: OTSU | 2009年2月 2日 (月) 07時31分

のん気な野良猫様の想定される「全体の奉仕者」のイメージが必ずしも明らかでないところですが、「全体の奉仕者」は「全体の隷属者ではなく、個々人が無料で利用できる私的な従者・下僕でもない」という事実に留意がいると思われます。民間労働者が「企業体の隷属者」的扱いを被っているのなら、それを是正する知恵を絞ることが必要なのも事実ですので。

勿論、のん気な野良猫様の仰る論理に必ずしも全否定の立場ではなく、寧ろ然様な視点は常に必要と思われる一方、そうした論法は思考停止を招来する危険性を内包する事には、自覚的である必要があると常々自戒するところです。窓口で接する或いは目にする公務労働者や世間という空気の漠とした評価だけを視て、一括りに公務労働者全体を論じることの問題点も、併せて自戒するところです。

結局のところ、のん気な野良猫様がご自身の主義信条を表明なさる自由を有しておられるのと同様に、管理人様や他の投稿者もご自身の主義信条を表明なさる自由を有しておられるのは事実ですので、そうした考え方もあるのだなぁと。。。中の人の意見を盲目的に全肯定するのは愚か、なれど、聞く耳持たずに全否定するのも同じく愚かですし。

なお、私見を申し上げれば、公務員給与の一人辺りの単価を欧米各国平均並みにする事には賛成しますが、同時に公務労働者の絶対数を欧米各国平均並みに増やした上で、という留保を付ける立場です。給与もほどほどなら求められる一人あたりの生産性や課せられる責務・制約・責任もほどほどに、釣り合うのであればそれで良いのでは、と思いますので。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 2日 (月) 11時33分

まず、管理人様には直近の私の投稿において、必ずしもエントリの主旨に符合しない部分で、話を盛り上げかねない投稿を不用心に行ったことをお詫び申し上げます。

え~、それと折々に感じることで、例えば日本の第3次産業の生産性が必ずしも高くはない事にも通じるのかも知れませんが。
「サービス=無料で当然」とか「奉仕=無料で当然・採算度外視で当然」みたいな、大いなる錯覚が世間という空気を支配する限り、「サービスや奉仕に対価を要求することは悪だ!」みたいな感情論に結びつきやすくて、この種の問題で地に足のついた議論は難しいのかもしれませんね。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 2日 (月) 12時07分

あっしまった!さん、いつも当ブログをご注目いただき、ありがとうございます。

我田引水のようで恐縮ですが、幅広いご意見を伺える場として、このコメント欄は私にとって非常に貴重な刺激を得られる場となっています。あっしまった!さんからの直前のコメントに対応するレスとならず申し訳ありませんが、一言だけ感想を申し添えさせていただきました。

投稿: OTSU | 2009年2月 2日 (月) 22時41分

 >あっしまったさんへ

 あっしまったさんの言われる、隷属者がどのようなイメージかは知りませんが、何処の世界に、大企業の賃金から給料が計算される、隷属者がいるんでしょうか。。

 立法で措置するべきという考えが思考停止と言われるとは思いませんでしたし、給与の問題について、窓口で情報を取れるほど勇敢ではありません。

 ところで、「各国の仕事の中身をある程度調べた統計があれば教えていただけますか?」と前に書きましたが、そのような統計はあるのでしょうか?一人あたりの生産性や課せられる責務・制約・責任を考えるのに必要な資料だとおもうのですが。

 サービスについての考え方は、何故急にそのような意見が出てきたのか全く理解できません。誰か、「サービス=無料で当然」とか「奉仕=無料で当然・採算度外視で当然」のような意見をいったのでしょうか?普通に生きてれば、サービスに対価を払っているでしょうし、悪と考えている人がそれ程多いとも思いませんが、、
 

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 3日 (火) 01時19分

 >OTHUさんへ

 話の流れとは関係ありませんが、憲法25条がプログラム規定であり、具体的な権利を定めていないと解釈されている以上、25条に反して違憲であるという判決はでないのではないでしょうか?

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 3日 (火) 01時32分

のん気な野良猫さん、おはようございます。いつも、のん気な野良猫さんの知識の豊富さによるご指摘に頭が下がりながら、いろいろ情報を整理する機会となっています。

確かに憲法25条はあくまでも国の責務をいわばスローガン的に示したものであって、国民には憲法に基づいて裁判上の救済を求める具体的な権利はないとする説、ご指摘のようなプログラム規定説に近い判例がありました。しかし、学説には違ったとらえ方もあり、25条に基づき提訴された進行中の裁判もあるようです。

今回、湯浅さんの著書からの引用ですので、決め付けた書き方は慎まなければなりませんが、その上で「違憲状態とみなされれば、財政出動が迫られます」という表現に私は違和感を持ちませんでした。

ちなみに私のハンドルネームは「OTSU」で、「OTHU」ではありませんので改めてよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2009年2月 3日 (火) 07時28分

憲法第25条の性質を巡る最高裁判例については、プログラム規定であるとした先例を踏まえつつ、限定された状況下に於いて裁判規範性を肯定した事案がありながらも、後には立法府の広い裁量を認めた「網領的性格」をもつと解釈できる判決もあるので、争うことが出来ない訳では無いのでしょう。
もっとも、「具体的にどのような立法措置を講ずるのかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適さない」という事のようなので、最近で言えば無年金障害者訴訟の事案を見ても、限りなくハードルが高いと思いますが今後の判例の蓄積が求められる分野なのでしょう。

「違憲状態とみなされれば、財政出動が迫られます」という湯浅氏の見解を、文言解釈に止まらずその本意は何処にあるのか?と考えるに、「違憲状態であるという確定判決があれば」と言い換えるのが妥当なのかも知れないですね。
とは申しながらも、湯浅氏の念頭にあるのが、「如何なる法律の如何なる条項に基づいた訴えの提起であるのか?」という点に於いて、必ずしも明らかでないので断定的には評価し難いのですが、結果はどうであれ訴えを提起する事自体が否定されるわけでなく、判決の内容次第であるのは否定できないので、理屈としては間違ってないと評価できると思います。
ただ、単に「漠然と現状の社会情勢・政治情勢が憲法第25条に違反する」という理由だけでは、訴訟の提起は出来ても、結果は見えていると私には思えますけど。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 3日 (火) 09時56分

謹告

昨日の私(あっしまった!)の投稿については、特定の名宛人の存在しない一般論というか、世間(という名前の空気)を対象とした抽象論であるものです。

文中に特定HNが含まれる点に関しては、文言解釈的引用を目指したもので、そもそも当該特定HN氏を名宛人としたり、氏に対する批判・反論・見解の否定を意図したものではありません。

係る誤解・曲解を招いた点については、文筆力の無さを痛感する次第です。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 3日 (火) 11時11分

あっしまった!さん、いつも詳しい補足コメントありがとうございます。

ある話題が思いがけない広がりなどを見せることについて、当ブログでは歓迎している立場です。明らかなスパム(迷惑)コメントや誹謗中傷の類い以外、あまり型にはめることを考えず、これまで運営してきています。したがって、意味深なコメントも興味深く読ませていただいていますので、これからも気軽に貴重なご意見や感想をお寄せください。

投稿: OTSU | 2009年2月 3日 (火) 22時41分

 >OTSUサンヘ

 名前を間違えてしまいもうしわけありませんでした。以後気をつけます。

 25条については、一般的に、司法消極主義にたつ最高裁が、朝日訴訟や、堀木訴訟の判例を変更(例えば、抽象的権利説に近い立場を採用して、大臣や、立法府の裁量の範囲をもっと狭く解釈)するのはちょっと期待できないかと思いますので、立法府が25条の趣旨を踏まえたうえで制度設計すべき事だと思います。

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 4日 (水) 01時18分

 あっしまったさんへ

 学生無年金障害者訴訟については、25条というより14条の問題なのでは?
 
 生活保護制度がある以上、障害年金の受給を認めないことが25条違反になるという判決はまず無いでしょうし、原告側もそのあたりは分かっているのではないでしょうか?(31条違反や、禁反言も)

 現に、14条違反で原告勝訴になっているケースでも25条については、違憲の判決はでていません。(14条違反で充分なのですから、年金で無いと25条に反する=生活保護制度などでは駄目などという判決文を裁判官が書くとは思えません、生活保護制度への言及も必要になるわけですし、)
 
 「学生であっても20歳以下の事故や病気で障害を受けた場合であれば、障害基礎年金を受け取ることができます。19歳までも20歳過ぎも、同じ学生として稼得能力がなく、また保険料を納めようにも納められないとの点では変わらないのに、19歳までは受け取れて、20歳を1日でも過ぎたら受け取れないというのは、いかにも納得できません。」

 上の文章は原告のHPからの抜粋ですが、不合理な差別が存在しているのが最も主張したい点ではないでしょうか?

 PS 文章を書くのは難しいですね。長い文章を書ける人はちょっと尊敬します。

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 4日 (水) 02時24分

のん気な野良猫さん、おはようございます。いつもコメントありがとうございます。

昨日の記事でも書きましたが、のん気な野良猫さんやあっしまった!さんらからコメントをいただくことよって、自分自身の貴重な啓発の場となっています。どうぞこれからもお体に注意し、無理のない範囲でよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2009年2月 4日 (水) 07時06分

学生無年金障害者訴訟については、憲法第14条第1項及び第25条の両方が争点となりました。
いくつか最高裁の判断が下されていますが、先例を踏襲する判決が続いておりますので、一例として最高裁判所における平成19年9月28日付第2小法廷判決の判決書(平成17年(行ツ)第246号)を見ると、双方の条文についての判断が記されているようです。

要するに、「憲法第14条に反する立法によって、同第25条に規定する権利が不当に侵された」という主張で、「故に年金の支給や補償を求める」という訴訟だったようです。

一応、国民年金法第1条(法律の目的を定めた条項)には、「国民年金制度は、日本国憲法第25条第2項に規定する理念に基き、・・・」と規定されている訳ですし、国民年金法の違憲性を訴えるには、憲法第25条は避けられない争点だったと思います。

また、20前障害による障害基礎年金と、学生無年金障害者については、自己の責任・意思決定に由来する部分の有無という点に於いて、決定的に差があるので法律上は全く別の概念として扱われますです。

なお、20前障害による障害基礎年金は、全額が税金(原資に保険料を使わない)であり、障害状態であっても一定の所得がある期間は支給が停止される、という通常の障害基礎年金と異なる固有の制度設計となっています。この点は、制度設計と政策目的の比較考量の結果として補完的福祉的措置としての位置づけゆえの事ですし。

この点の歴史的経緯については、詳しく書くと際限なく肥大するので差し控えますが、法律としては一定の合理性があると見込まれる論拠があっての事であることは確かです。個々人の賛否の価値判断は分かれると思いますけれど。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 4日 (水) 10時53分

念のために、20歳前障害者と、学生無年金障害者の差異の判決文から。

当事者が障害状態となった時点の法律に於いて、(具体的には平成3年4月1日以前の法律に於いて)ですが。
「20歳前障害者は、・・・任意加入も含めおよそ国民年金の被保険者となることのできない地位にあったのに対し、障害日において20歳以上の学生である者は・・・障害の状態にあることとなる前に任意加入によって、国民年金の被保険者となる機会を付与されていた者である。」
と言うことで、本人(家族)の意向に拘わらず制度の対象から除外されている者と、制度の枠内に入って保険料を払う(=給付を受ける権利が生じる)事が出来るのに敢えてそうしなかった者とは、異なる扱いであっても問題はないという判断です。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 4日 (水) 11時05分

 最高裁判決の要旨から抜粋しますね。

 「国民年金制度は,憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であるところ,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。もっとも,同条の趣旨にこたえて制定された法令において受給権者の範囲,支給要件等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをするときは別に憲法14条違反の問題を生じ得ることは否定し得ないところである」

 とあるように、25条違反でなくても14条違反になる事はあるのだから、25条で争う事は必要ないですよ。

 大体、判決文見ても、新聞記事、原告の主張、見ても、20前と後での差が、不合理な差別だ、平等じゃないというのが原告の主張なのはわかりますよね?

 

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 7日 (土) 00時44分

 >OTSUさんへ

 お気遣いありがとうございます。余り性能の良くないと思われる体ですが、今のところ大丈夫です。

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 7日 (土) 00時54分

のん気な野良猫様の仰ることは日本語として理解できないではないのですが、現実に原告側が「第14条第1項及び第25条第2項に違反する」という訴状を提出しているのですから、少なくとも原告側の問題意識としては第25条第2項も争った事は間違いないと思われます。

そして、現行の民事訴訟制度に照らせば、裁判の過程に於いて原告が訴えている第25条第2項との問題が無視されることはあり得ず、現に第1審・第2審の判決書に於いても「第14条第1項及び第25条第2項」について両方の見地から個別に判断が為されているのですから、事実として第25条第2項が争われたのです。

また、所謂学生無年金障害者訴訟は各地で連続して提訴が為されており、個別に裁判が行われておりますが、現実に私が閲覧できた訴訟の判決書においては、「第25条・第14条」と寧ろ第25条が優先して扱われていました。少なくとも第25条との関係について、訴えを受けて裁判所が判断を下した事実は間違いありません。

私が申し上げているのは、理屈の問題ではなく、現実に生じた事実なのです。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 7日 (土) 20時07分

一連の私の投稿に関する評価は、閲覧者各位のご見識に委ねます。これ以上疎明努力をする価値が見いだせません。これ以上の疎明は私には不可能であると認識していただいても結構です。

所詮Blog上の匿名のコメントですから、私の投稿に係る信用度や信頼性なども、閲覧者各位によって千差万別でありましょう。一応「こういう見方・考え方・感じ方をする者も存在するのだなぁ」程度に、お願いします。


※※※参考
なお、裁判の構図としては。

1、そもそも義務を課せられていない。つまり権利もない。しかも義務を課され履行して権利を得る事について自身の選択の余地はない。義務及び権利について無条件に法律の適用を排除している。
2、義務を課せられていない。望めば義務を課され、結果として権利を得ることも出来る。しかし、自身の選択の結果として義務を課されない道を選んだ。当然義務履行と交換である権利も生じない。
3、義務を課せられていない。望めば義務を課され、結果として権利を得ることも出来る。そして義務を課される途を選んだが、義務を履行していない。だから義務履行と交換である権利も生じない。
4、義務を課せられていない。望めば義務を課され、結果として権利を得ることも出来る。そして義務を課される途を選び、義務を履行した。当然権利が生じる。
5、選択の余地無く義務を課せられている。しかし、義務を履行していない。当然権利も生じない。
6、選択の余地無く義務を課せられている。しかし、適正な手法によって義務の履行を免除されている。故に権利は保障される。
7、選択の余地無く義務を課せられている。しかし、適正な手法によって義務の履行を猶予されている。故に、猶予された義務を履行すれば権利は保障される。
8、選択の余地無く義務を課せられている。そして、適性に義務を履行している。当然権利も保障される。

現実の立法としては、特に1番と2番の状況を比較した場合に、1番の状況と2番の状況を区別して扱っており、自己の意思表示の余地無く政策上の問題として権利が生じない者(1番該当者)は無条件に救済するが、自己の意思表示の結果として権利が生じなかった者(2番該当者)は救済の余地はない。としています。
結果として、そうした立法の在り方が憲法との関係について争われ、裁判所として係る立法方針を是認したという事には違いありません。
ようするに、門を閉め切っていて自己の意思と関係なく一律門前払いの対象だった者は門前払いした責任に於いて救済するが、門が開いていて中に入るか否かの自由選択の結果として自ら望んで門の中に入らなかった者は、門の中に入っていれば受けられた救済を受けられない。という構造が是認された訳です。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 7日 (土) 20時34分

あっしまった!さん、コメントありがとうございます。

「こういう見方・考え方・感じ方」を興味深く読ませていただいています。ただ自分の頭の中で整理するまでの時間が必要なハイレベルなお話であり、あっしまった!さんの博識さに改めて感心しています。

いずれにしても、あまり負担がかからない範囲で貴重なご提言を今後もよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2009年2月 7日 (土) 22時08分

> 管理人様

お心遣い、ありがとうございました。m(__)m

日常生活に破綻が生じる程の無茶は致しておりませんので、ご安心いただけたら幸いです。

管理人様には過去の私の投稿の傾向から、自明かと存じますが、自分がある程度自信を持って投稿できる分野でしか顔を出して居りませんし。。。

裁判も時として、時系列に沿って地裁判決・高裁判決・最高裁判決の判決書を順番に読んでいかないと、全体像が判らない事もあります。民事訴訟手続きの構造に由来するので、仕方ないのですが。
今回のような分野でなければそこまで深く裁判の動き・結果を気にすることもないわけで、今回はたまたまだったと言うことです。

ちなみに、前の投稿の8つの形態は、国民年金法による納付義務の履行の態様と給付を受ける権利の有無の場合分けをしたものです。

おっと、そう言えばここ数日は何やら本題から完全に離陸してしまって、空中を飛び回ってしまったようで、恐縮です。そろそろ、航空燃料も尽きるので、空港に戻って、格納庫で整備を受ける事に致します。(笑

投稿: あっしまった! | 2009年2月 8日 (日) 01時22分

 なるほど。自信があってこれですか。

 最高裁の判決文(25条違反でなくても14条違反はあるので国民年金法の違憲性を訴えるのに25条は必要不可欠ではない)

 「国民年金制度は,憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であるところ,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。もっとも,同条の趣旨にこたえて制定された法令において受給権者の範囲,支給要件等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをするときは別に憲法14条違反の問題を生じ得ることは否定し得ないところである」

 と、貴方の理解(国民年金の違憲性を訴えるには25条違反が必要)
 
 一応、国民年金法第1条(法律の目的を定めた条項)には、「国民年金制度は、日本国憲法第25条第2項に規定する理念に基き、・・・」と規定されている訳ですし、国民年金法の違憲性を訴えるには、憲法第25条は避けられない争点だったと思います。

 とは違いますが?事実誤認というやつですか?さすが自信があるだけはありますね。

 貴方が例に出されているのは全て14条に関する論点ですが、25条に関する論点について例はないのですか?(原告が主張といえるような主張してないから出せないでしょうが)

 判決で25条について、型どおりに触れて、ろくにスペース割いてないでしょ?原告もこの裁判で25条に反するなんて判決が出るとは思っていないのですよ。ただ、別に触れといて損は無いから、25条違反や、31条。或いは信義則をくっつけてるわけです。大体、25条で勝つつもりなら、25条には違反しないが、14条には違反するという判決が出たときに、完全勝訴なんていわないでしょうし、折角HPまで立ち上げたのだから25条に反するという主張の一つも載せそうなものですがねぇ。

 PS これ以上は時間の無駄ですね。25条について型どおりの判断がおりるのが決まっているこの裁判で、25条についての「判例の蓄積」ができると思っている人に意見を求めた自分が愚かでした。

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月 8日 (日) 03時30分

のん気な野良猫 殿

こういう言い方は好きではありませんが、関係者の名誉のために、以下申し上げます。

当該学生無年金訴訟の一方当事者に間接的に関与する立場にあって、憲法第25条との関係を争われたという事実関係を承知している立場から、貴殿に下記のことを要請します。

1,憲法第25条を具現するには個別立法によるのであって、それは立法機関の広い裁量に委ねられていると言う過去の判例を読まれることを希望します。
2,つまり、今回の「立法機関の幅広い裁量」云々の論法は、第14条との問題に限らず、違憲立法を論じる上では、憲法の全ての上記に対応する汎用的な論法であることを勉強されることを希望します。
3,とりあえず、一般論として、判決文の読み方を勉強されることを希望します。
4,第25条が論点であったかどうか、裁判所が判断を下したかどうか、或いは「裁判所の公式文書の中に憲法第25条という文言が一度も登場しないかどうか?」、以下を読んでから出直してこられることを希望します。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=35174&hanreiKbn=01
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070928154402.pdf
5,貴殿の仰る「第14条の問題であって、第25条の問題でないという論法」については否定いたしませんが、現に第25条を争ったという事実をも否定されることは慎んでいただきたく、希望いたします。
6,第25条について型どおりの判決が繰り返される実情故に、型にはまらない判決の蓄積を望む立場もあるという事をご理解いただくことを希望いたします。

以上

投稿: あっしまった! | 2009年2月 8日 (日) 13時30分

のん気な野良猫 殿

追記
「訴訟の一方当事者」とは、「必ずしも原告側に限定されない」言い回しであることについて、特にご留意いただきたく、重ねて要請申し上げます。

型どおりの判決しか出ない実情があるからといって、憲法に定められた裁判を受ける権利を侵害するような言説は控えるべきであって、訴えを重ねることによって現状を動かそうとする努力もまた尊重されて然るべきと思いますので。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 8日 (日) 13時39分

閲覧者各位

誤植のお知らせ。

場所について。
投稿: あっしまった! | 2009年2月 8日 (日) 13時30分

誤りについて。
×2,つまり、今回の「立法機関の幅広い裁量」云々の論法は、第14条との問題に限らず、違憲立法を論じる上では、憲法の全ての上記に対応する汎用的な論法であることを勉強されることを希望します。

正しい文書について。
○2,今回の「立法機関の幅広い裁量」云々の論法は、違憲立法を争う上で、憲法の全ての条項に対応する汎用的な論法で、これまで様々な違憲立法訴訟で使われてきた論法であることを勉強されることを希望します。
   なお、判決文の引用部分に係る解釈・読み方に関しては、判決文の読み方を勉強してから、若しくは、最寄りの弁護士に読み方の教示を受けた上で、再度熟慮いただくことを希望します。

※)本日の私(あっしまった!)の投稿の扱い・及び以後の私に対する管理者固有の権限の扱いについて、(削除・警告・アクセス禁止・投稿禁止など)管理人氏に一任の上、如何なる対応も甘んじてお受けいたします。

※)本日の私(あっしまった!)の投稿に対する価値判断に関しては、閲覧者各位の評価に従います。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 8日 (日) 14時09分

あっしまった!さん、いつもご訪問ありがとうございます。

今回の議論に際し、自分自身が投稿した記事から広がっていることは確かですが、生半可な知識のまま参加できないことをご容赦ください。ちなみに私自身の端的な受けとめ方は、2月3日の朝にレスしたとおりのものです。

その上で、多様な意見や情報に触れられる機会は貴重なことですので、この議論の投稿を拒む考えは毛頭ありません。なお、まったく別な話題の新規記事を投稿させていただきますが、その点についてもご理解くださるようお願いします。

投稿: OTSU | 2009年2月 8日 (日) 14時27分

> 管理人様宛

ご丁寧にありがとうございます。

今回の投稿については、明示的に名宛人を指定しておりますし、私の意図としては、適切な意見表明の範疇であると思っておりますが、受け取りようによっては不当な非難、誹謗中傷に類する可能性を考慮し、管理人様にご迷惑が及んでは申し訳ないという意味以上の意図はありません。

第一次資料が言論の場で否定されれば、後は直接足を運んで目と耳で事実を確認する以外には無いわけですし。

管理人様のご意向については、何らの他意もなく、賜りました。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 8日 (日) 15時25分

○恥ずかしながら、憲法第14条と無年金障害者の件

え~、我ながら未練がましくてみっともないと思うのですが。(^^;;
後味が悪いので、正面から憲法第14条との問題について、思うところを。

国民年金法の立法過程に於いて、当時昭和33年ですけど、諸々の所与の制約の中で、国民年金制度を設計する(法律案を作成する)プロセスについてある程度の知識がある者としては、概ね斯くのような事を承知しているわけです。

法制定当時(昭和34年時点)において、「20歳前障害者の障害年金&20歳以上の学生の任意加入(当時)」という制度設計にしたのは、「実は憲法第14条違反という違憲判決を回避する為に採用できる、制度設計上所与の制約を勘案した上での最善の方策だった」という理解です。

勿論、後知恵や外形的に論じる分に於いては、理想的でもなく、最善でもなく、憲法第14条違反と問われれば「その通り!」という意見が多数説かも知れないのですが、制定された法律の条項について「最高裁に於いても、憲法第14条の問題は回避できる。」という発想が初期値なんです。

もう一つには、与党議員各位が政治決断として制度設計上の所与の制約を破ることを認めてくれない限り、「仮に憲法第14条違反との判決が出たら、制度を執行停止して保険料の徴収と年金の支給を停止する以外に方策はないだろう」という意見がありますです。

勿論、白紙の状態から制度設計が出来る(受給者に対しても、今までの制度をご破算にする事が政治的に出来る)のなら、より憲法第14条との妥当性の問題を解消できる制度設計をする余地はあるのですが。そうすると、受給者から「財産権侵害という違憲訴訟」が提起され、敗訴する可能性が高いだろうと見込まれるので、それも現実的でないという事です。

要するに、立法過程の論理構成をある程度理解していると、憲法第14条違反の問題は念頭に無いんです。可能な限り対処をしてあるし、寧ろ憲法第25条違反を問われる方が可能性は高いだろうと、技術論としては考えられる訳です。

まぁ、そんな思想というか思考様式に私が毒されてると言えば毒されてるのでしょうなぁ。。。

投稿: あっしまった! | 2009年2月 9日 (月) 22時39分

なんかすごい事になってるな。

オレの出る幕ではないし、議論に水を差すようでめっちゃ悪いんやけど、・・・ちょっと質問させてくれ。

いまの経済危機ってな、どの程度の深刻さなんやろうか?
いや、新聞なんかは読んでるねんけど、ヤバさの程度がつかめへんねん。
100年に1度とかいう奴もおるけど、そんなんなら明治以来ちゅうこっちゃし・・・正直どんなもんなんや?
ここがつかめんと、派遣切りとかの問題も消化不良で気持ちが悪いねん。
同僚にも聞いてるんやけど、あんたら、めちゃかしこそうやしな。

一応テーマは反貧困やし、恥を忍んで、投稿するで(次のテーマは小泉首相やからもっと関係ないしな)。
ヒマやったら、教えたってや。

投稿: K | 2009年2月10日 (火) 00時40分

あっしまった!さん、Kさん、いつもご訪問ありがとうございます。

Kさんの質問へのレスに関しては、私では荷が重そうですので、別な方からの説明を待たせていただきます。しばらくお待ちして、この件に関するコメントが続かない場合は、恐縮ながら私なりの感想のようなレスに努めさせていただくつもりです。

投稿: OTSU | 2009年2月10日 (火) 20時22分

非正規労働者=派遣と決めて世の中騒いでいるが、契約社員やパート労働者やアルバイトも非正規労働者ではないのか?ハローワークで、正社員で探してもほとんどが契約やパートでしか募集をしていない。年齢が不問や男女雇用均等法が施行されても、実際は女性が欲しい(若い)と言っている企業ばかり。法律ができても意味が無い。職種でも作業関係は少ないし、パート雇用が多く女性を雇用しようと考えている。多く募集を出しているのは販売職と営業職で、契約やパート雇用が多いし、年齢と男女雇用の差別が多いし、ほとんどの企業が、あまり採用していない。これが現実です。こういう実態をもっと知ってほしい。

投稿: 赤い彗星 | 2009年2月12日 (木) 13時12分

赤い彗星はん。HNから察するに同世代やな。
あんたの気持ちはわかる気がするわ。確かに、男女雇用機会均等法なんかあったかて、男女はきっちり別れてるんのが現状やな。工場には男が多いし(女がいるところもあるにはある)、事務は女が多い。いやほとんど女やな。で、この不況なら工場は採用無いかもな。事務や販売は、採用試験を受けてもええけど、男が受けたかて結局「書類選考」で落とされるねんな。受ける前から不採用通知が届く事さえあるらしいでな。男女どっちが欲しいんかは、「実際どお?」って聞いたら、まあ教えてくれるんやけどな。
「働け」いわれても、どないせえっちゅうねん、っていいたいわな。
オレかてエエ歳や。もし今から就職しよ思ても、もうしんどいやろな。
やっぱり、派遣含めて、非正規雇用がなんか当たり前になった現状は、見直した方がええな。
あんたのためなら、なるべく早い方がええな。
何も出来ひんけど、ええとこに就職できる事を祈っとくで。体壊さんとがんばりや。

投稿: K | 2009年2月12日 (木) 19時50分

赤い彗星さん、Kさん、ご訪問ありがとうございます。

私も赤い彗星さんに対し、直接的な手助けはできませんが、ご希望がかなうことを祈念させていただいています。その上で、たいへん深刻な事態を迎え、心穏やかではないでしょうが、一呼吸置いて周りを見渡すことも大事かも知れません。僭越な言い方で恐縮ですが、その一呼吸を置くことでご自身の苛立ちが多少緩和できる場合もあり得るはずです。

Kさん、火曜日の問いかけに即答できず、申し訳ありません。私なりの受けとめ方を一言だけ申し添えさせていただきます。「100年に1度」という言葉は、1929年に始まった世界大不況と重ね合わせているからだと思います。日本がバブル崩壊後に不況でしたが、好況の国もありました。今回のように世界各国が軒並不況に陥る状態は、その時以来とも言えるため「100年に1度」と例えられているようです。

このような話は承知の上での問いかけであり、具体的な数値などを示した説明が期待されていたのかも知れません。さらに深刻な事例などが指摘されないとKさんに対する適切なレスとなっていないのかも知れませんが、管理人としての力量不足をお許しください。

投稿: OTSU | 2009年2月12日 (木) 21時44分

ほー、そういうことか。
オレのつまらん質問に答えてくれて感謝やで。いやホンマに。
大学時代の友人はどうせオレくらいのレベルやし、優秀な文系の意見を聞いておきたかってん。
かしこい友人もおるけど、なかなか聞きにくうてな、そいつ今海外やし。
証券会社の奴は顧客から「死んでやる」とか言われて心苦しい日々を送ってるらしい。違う意味でそいつにも聞かれへん。

いやな、なんやサブプライムローンとかいうてたらリーマンがどうので、派遣切りの話が出た思たらトヨタキヤノンが赤字で、気がつけば上場企業の何割かが赤字になったと。で工場が止まって、給料カットで、内定取り消しで・・・。ここまでわずかな期間に起きた事やろ。
オレ自身この悲劇が理解できんまま今に至ってるんや。遠くのボヤとおもてたら、気ぃついたら周囲が火の海やんけ。火の粉が我が身に降り掛かんのは、今日か明日かと心配でな。

こうなってはじめて非正規雇用の問題がはっきりした訳やけど、オレの世代はきっちりと(正規雇用での意)勤めるのんが社会人としての基本やったからな。そうでないのはアルバイトで、そいつらの事をフリーターって呼ぶんが一般化してきたところやなかったやろか。
そやからピンと来ん部分はあるんやけど、派遣とか契約とか、やっぱりアカンかったんやな。
森永卓郎氏はオランダ式の労働形態を勧めとったけど、日本の風土にはまるんか疑問や。
小林よしのり氏はこないだ雑誌で、非正規雇用の労働者は、労働組合の連中と闘うべきやていうてたけど、それも言い過ぎの様な気がすんな。
2人とも、キライではないんやけどな。

そういうわけで、まだまだわからん事ようさんあるけど、また景気関連のエントリーもあることやろうから、ここで勉強させてもらうわな。


投稿: K | 2009年2月12日 (木) 23時49分

これだけ非正規雇用労働者の問題が大きくなっても、ハローワークに求人を出している雇用形態は、契約やパート雇用が多い。いくら正社員を利用者が希望をしていても、肝心な企業側が正社員で雇用する事を考えていない。派遣切りにあった労働者の多くが正社員で働こうと考えていても企業側が正社員として雇用する事を考えていないから、今の雇用問題が解決しないのです。ハローワークに仕事を探しに毎日通っても、これだけ企業がリストラをするのだから、求人を出す事を控えるのは当然の事でしょう。そんななかで、ハローワークに仕事を探しに派遣切りにあった労働者達を含め正社員や契約やパート雇用で働いていた人達も一気にハローワークに押し掛けるのだから、ハローワークもパンク寸前。企業側も安く労働者達を遣う事ばかり考えず、社長を含む上層部の賃金を抑えてでも、リストラをせずに今の金融危機に立ち向かって行かなければ、最終的には日本が駄目になっていくのではないのだろうか?働くけなくなった人達が溢れれば、税金を納める人達が、その分増えるのに麻生さんは分かっているのだろうか?

投稿: 赤い彗星 | 2009年2月13日 (金) 13時56分

Kさん、赤い彗星さん、コメントありがとうございました。

このように厳しい雇用情勢の中、いっそう「公務員は…」と言われがちです。私たち公務員も改めて正すべき襟は正していかなければなりません。同時に労働組合の一役員として、連合の運動に結集しながら雇用の問題が最も大事にされる社会をめざしていく決意です。


投稿: OTSU | 2009年2月14日 (土) 08時26分

 あっしまったさんへ

 今更ですが返答です。

 1,憲法第25条を具現するには個別立法によるのであって、それは立法機関の広い裁量に委ねられていると言う過去の判例を読まれることを希望します。

 >読んでいますし、別にこのことに反対もしていませんが?

 2,つまり、今回の「立法機関の幅広い裁量」云々の論法は、第14条との問題に限らず、違憲立法を論じる上では、憲法の全ての上記に対応する汎用的な論法であることを勉強されることを希望します。

 >一度憲法について勉強されてはどうでしょうか?違憲立法を論じるうえで全ての分野で汎用的に「立法機関の幅広い裁量」が許されているわけではないのが分ると思いますよ。
 国民代表機関たる国会が決めたことには合憲性の推定が働きますが、精神的自由権や、選挙権には働きませんし、そもそも法の支配が前提である以上、憲法で具体的な権利が保障されている場合は使えるわけないでしょ?何勉強してきたんです?

 3,とりあえず、一般論として、判決文の読み方を勉強されることを希望します。
 
 今回の件とは関係なく必要だと思って勉強していますので、余計なお世話です。

 4,第25条が論点であったかどうか、裁判所が判断を下したかどうか、或いは「裁判所の公式文書の中に憲法第25条という文言が一度も登場しないかどうか?」、以下を読んでから出直してこられることを希望します。

 5,貴殿の仰る「第14条の問題であって、第25条の問題でないという論法」については否定いたしませんが、現に第25条を争ったという事実をも否定されることは慎んでいただきたく、希望いたします。

 >貴方には判例の読み方を勉強する前に、日本語の読み方を勉強されることをお勧めします。

 「学生無年金障害者訴訟については、25条というより14条の問題なのでは?」 

 と最初に書きましたが、25条の問題を否定しているように読めますか?「というよりも」には、否定の意味はないでしょ?

 6,第25条について型どおりの判決が繰り返される実情故に、型にはまらない判決の蓄積を望む立場もあるという事をご理解いただくことを希望いたします。

 >望むことは別に否定しませんが?願望と現実がごっちゃになってません?

 要するに、立法過程の論理構成をある程度理解していると、憲法第14条違反の問題は念頭に無いんです。可能な限り対処をしてあるし、寧ろ憲法第25条違反を問われる方が可能性は高いだろうと、技術論としては考えられる訳です。

まぁ、そんな思想というか思考様式に私が毒されてると言えば毒されてるのでしょうなぁ。。。

 >なるほど、25条については合憲として14条違反にした広島地裁や、福岡地裁などはどう理解すればよいんでしょう?
立法過程を理解していない裁判官が裁判をしているとおっしゃりたいのですか?
 ところで25条違反で勝った裁判例ありますか?少なくとも、貴方が考える稚拙な技術論より、地裁の裁判官の判例の方を理解する方が役にたつでしょうね。
 
 PS どうせ、答えにくい事には答えないでしょうね。各国の仕事の量を比べた統計は?という質問は無視ですし。自分の答えにくいところは無視をして、流すのがこの手の掲示板では有効なのでしょうね。唯一勉強になりました。

 

投稿: のん気な野良猫 | 2009年2月25日 (水) 08時52分

> のん気な野良猫 様

1,違憲立法審査については、最高裁判決が全て。それで合憲性が認められたら合憲。地裁判決がどうであれ、終審は最高裁であるのだから。
正直に申し上げると、ご指摘の地裁判決が出たときは、「このまま確定したら、判決にそぐう制度を設計することは叶わない。理屈の上では十分可能だが、政治的にはもたないので、実現することは出来ないだろう。違憲な法律を執行するのは望ましくないので、違憲な法律に基づく現行の年金支給を止めるしかないのか。それも政治的にもたない、困ったな。」と思いました。
とは申しながら、制度設計当時(S34)において、「所与の前提に鑑み、高校進学率・大学進学率等を勘案し20未満で稼働している者との均衡などを鑑みると、結果として存在した線引きが最も第14条にそぐうと考えられた」訳で、結果として、そうした諸々を司法権が認めたという結果であって、それで十分です。現状では、22歳で線引きする方がより合理的だろうとは思いますけどね。
原告が最大限重視していたのは第25条違反でしたし、今回の結果を見ても第25条裁判は難しい、けれど良い方向の判例が今後積み重なっていくことを望む。というのが、終始一貫した姿勢ですし。

2,別の主題で一時資料の価値を(その資料で引用される国際統計を含めて)何らの検証過程を示すことなく「作成者が信用できない」という理由で否定された過去をお持ちになる貴方様に対して、説得力ある資料などこの世には存在しないでしょう。ご自分の足と目でご確認下さい、としか申し上げようもないレベルのお話です。

投稿: あっしまった! | 2009年2月25日 (水) 13時33分

失礼、先刻の最後の段落の「一時資料」とあるのは「一次資料」の間違いでござる。m(__)m

投稿: あっしまった! | 2009年2月25日 (水) 13時35分

今もハローワークでは、新規の利用者が増えています。検索機の待ち時間も長く、紹介までの待ち時間も長い。新規の利用者が増えている分、求人を出す企業が少ない。正社員募集が少なすぎで、パート雇用が多い。フルタイムではなく、忙しい時は沢山出勤をし暇な時は2~3時間位の出勤時間で週2~3日程度。仕事が無い時もある。こんな雇用状況では、生活ができない!少子化問題も改善されないではないか!いくらハローワークで非正規雇用対策の窓口をやっているから、ハローワークに来てくれと、あの政治家先生が言っていても、非正規や普通に働いていた人達でも求人している企業が少なすぎでは、何の解決にもならない。ただ、毎日ハローワークに新規の利用者が増えて、ごった返すだけだ!

投稿: 赤い彗星 | 2009年2月27日 (金) 21時17分

のん気な野良猫さん、あっしまった!さん、赤い彗星さん、いつもご訪問ありがとうございます。

のん気な野良猫さん、あっしまった!さん、お二人の議論に対し、生半可な知識でコメントを差しはさめませんので、興味深く見守らさせていただいています。

赤い彗星さんからの他の記事も含めた数多いコメントに対しては、逐次レスできていないことをご容赦ください。直接的な当事者ではありませんが、ハローワークへの様々な思いについて、そのような声があることを感じ取る機会としています。

投稿: OTSU | 2009年2月27日 (金) 23時42分

 なるほど、予想通り答えにくい質問は答えないですね。

 野村総研がお役所向けに書いたレポートを信用しないと書いただけで、私にとって「説得力ある資料などこの世には存在しないでしょう」と決め付けるわけですね。

 国税庁の統計資料をこの掲示板で発言する際に何度も利用していますが、そういった部分は全く貴方の目には入らないのでしょうか? 

 ところで、貴方は以前

 「今回の「立法機関の幅広い裁量」云々の論法は、違憲立法を争う上で、

《憲法の全ての条項に対応する汎用的な論法》

で、これまで様々な違憲立法訴訟で使われてきた論法であることを勉強されることを希望します。」

 と書かれていますが、この考えは今もかわらないのですか?勉強したいのですが、そのように記述してある書籍にめぐり合えません。どなたがお書きになられているのでしょうか?芦部先生ですか?それとも、長谷部先生や野中先生などでしょうか?(答えにくい=無視するパターンでしょうけどw)

 信仰の自由や、学問の自由や選挙の平等まで立法機関の幅広い裁量が認められるとお考えなのでしょうか?(あ、それよりも、拷問及残虐刑の禁止を定めた36条の時にも、立法機関の幅広い裁量を認めるとしたら、その方が怖いか)

 

投稿: のん気な野良猫 | 2009年6月 5日 (金) 06時30分

 野村総研が依頼者に充てて報告した報告書(の中に原典と比しても間違いなく正しく引用されているOECD由来の統計)が信頼できないとなれば、国際比較という事案の性質上、ご自身の目と耳で確認していただくほか、より正確な資料は存在しないと思っています。

 「立法権の広範な裁量を認める」と私が言っているのは、「常に違憲判断が否定される」という主旨ではないのです。立法の広範な裁量権を前提にしても、明示的に憲法の条規に反しているならそれは違憲なのであって、そうした結論は容易に導き出せると思っていますから。
 更に言えば、立法する側は少なくとも「合憲である、或いは異論・異説はあるかもしれないが裁量の範囲で収まるだろう」と思えばこそ、立法するのであって、違憲立法審査権の行使を要するような裁判に於いて、立法した側が「合憲である・裁量権の範囲内である」と主張するのは、確定的だと思うからです。なぜなら、自分で立法しといて違憲か否かを争う法廷で「あれは違憲だ」なんて被告側が言い出すはずもないですから。(それなら改廃されてるでしょ、訴訟になる前に。)

 立法権と憲法との関係に於いては、立法権の裁量という問題から離れることは(学問の問題ではなくて)実務上の問題として難しいことでしょう、私の主張はそうした実務上の問題です。ご指摘の精神的自由権に於いても、「明示的に憲法の条規に反する結果、立法権の裁量(権能)を逸脱している」という論法でもって、立法権の裁量との関係が論じる事が可能とみています。なぜなら、被告側は究極的には「合憲とか立法の裁量の範囲内」と主張する訳で、それを受ければ、裁判所も「立法の裁量権との問題」に、是認であれ否認であれ、触れるほかないですから。

投稿: あっしまった! | 2009年6月 7日 (日) 16時28分

 なるほど、そうやってごまかすのですね。いやー勉強になります。

 ご自分で 「幅広い裁量」といいながら、最後の結論では「裁量」 に言い換えて 幅広いを除いてますからね。

 実際に話して相手をごまかす時に使わせていただきますよ。

 精神的自由権においては立法府に幅広い裁量は与えられていないのですから、触れる必要は全く無いはずですがね。(裁量なら話はわかりますが、貴方が主張したのは、「幅広い裁量」です。ごまかさないでね)

 PS 他にも憲法解釈や判例の読み方が間違っていますから、大体どの程度の知識の方かはよくわかりましたので返信は結構です。(返信のたびに間違いが増えていくのは大変なので)

投稿: のん気な野良猫 | 2009年6月18日 (木) 02時30分

最近テレビ番組を良く見るようになりました。

貧困問題が良く取り上げられています。

何故こんなにも貧富の差があるのか、とても考えさせられます。

本人の横着の心から生じた場合もあるでしょう。
しかし、困っている方々の殆どは真面目な方々ばかりだと思います。

リストラやその他の様々な理由で苦境に陥っている方々がとても沢山いらっしゃるのは残念です。

経済的理由から自ら命を絶つ方々が大勢いらっしゃるのは悲しいことです。

どうしたら良いのかいろいろと考えました。
この方法が一番良いのではないかと考えます。
間違いがありましたらご批判をいただければ幸いです。


 
※ 弱者救済と経済活性化のために次の提案をする。
一人当たり毎月3万円の定額給付金の恒久的給付と20%の消費税を実施する。
税制を改革し、年間売り上げ一千万円以下であっても納税対象とする。

2008年9月15日にアメリカ大手証券会社リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界経済に衝撃を与えた。所謂リーマンショックである。

リーマン・ブラザーズは、サブプライムローン問題を解決できず経営が悪化。リーマン・ブラザーズが発行している社債や投信を保有している企業に大きなダメージを与え、一般投資家の多くが巻き込まれた。アメリカ経済に対する不安が広がり、世界的に投資に対して消極的になった。

銀行は、貸し渋りをするようになり、多くの企業は、経営難に陥っている。バブル経済が崩壊し、長いスランプにある日本経済にもかなりの影響を与えている。

日本国内でも国民の多くが生活に困窮を来し、自殺者も毎日100人以上という最悪の事態が続く現在、緊急な対応が求められる。

資本主義にしても共産主義にしても、究極的に行き着く先は自動化による大量生産、高効率生産が進み、少ない人員で大量の生活必需品が提供されるようになることである。

また、自動化の限界がある多くの企業はコスト削減を理由に、国内の生産工場を閉鎖し労働者を解雇し、生産工場を技術と共に海外に移転した。

失業者の増加も新たな産業が発達することで余剰人員が吸収され、失業者の増加が幾分なりとも抑えられてきた。しかしながら、近年新たな産業の勃興に翳りが見えている。

また、アメリカ大手証券会社リーマン・ブラザーズが経営破綻し、その波紋は世界に広がった。金融危機による経済全体への打撃も加わって失業者が更に増え続けた。

高効率生産、失業者の増大、消費の低迷という悪条件が重なり、悪循環に陥った現状を打開しなければならない。

行き詰まった貨幣経済の先には二つの道がある。一つは昔に帰ることである。何も欲しがらず、贅沢もせず、清貧を甘んじて受け入れることである。

だが果たして、そのような質素な生活を文明の利器を利用しながら生きている現代人は受け入れることができるであろうか。

都会に住む人々、自宅を持たない人々、アパートにも住めない人々、仕事もなく生活できない人々が昔の生活に戻るという手段は不可能である。


別の方法は、強制的需要の喚起を実施することである。

その気になれば、全ての地球人は十分な水と食料を手に入れることができる。
その気になれば、全ての地球人は十分な生活必需品を手に入れることができる。
その気になれば、全ての地球人は十分な工業製品を手に入れることができる。
その気になれば、全ての地球人は十分な様々なサービスを受けることができる。
その気になれば、全ての地球人は住宅を手に入れることができる。
地球には、その為の十分な人員が揃っているのである。

人は文化的な最低限の生活をする権利を有している。

その権利を潰しているものは一部の富裕層が更に肥え太る不健全な貨幣経済と我良しの民主主義と、それを許す政治経済システムである。

弱者も経済の恩恵が受けられる経済システムと、お互いがお互いを思いやるという真の民主主義を目指さなければ、そう遠くない未来において更に生活は厳しいものになる。

生活困窮者である弱者を見捨てることは多くの消費者の購買力を削ぐことであり更なる経済の困窮を深めるだけである。

弱者を切り捨てる政策を今後も続けるなら購買者層は減少し、更に経済の疲弊を招き、やがてその影響は企業家自身、資本家自身、富裕層自身、高給取り自身に降りかかってくる。

現在、ある程度以上の生活水準を維持されている方々も、経済の停滞の影響を受け、次第に生活に影響が及ぶようになる。その時になって気がついても遅いのである。

国債を発行して子や孫に借金を残すなという話があるが、より良く整備された道路は子や孫のための立派な財産である。

八ツ場ダムも役目を果たすことができるダムならば立派な子や孫への財産である。日本国債の買い手の94%が国内の機関投資家や個人であるという。

国民は日本国債を購入することによって国の建設に貢献しているのである。国民の債権が増えるということなのである。

何で憂える必要があろうか。もちろん国の借金は無いほうが良い。しかし、国債発行残高の増加を抑制するために生活困窮者を見捨てる国の対応は許されないことである。経済的弱者を見捨てることは更なる経済の困窮を深めるだけである。

※ 弱者救済と経済活性化のために次の提案をする。

一人当たり毎月3万円の定額給付金の恒久的給付と20%の消費税を実施する。

税制を改革し、年間売り上げ一千万円以下であっても納税対象とする。

行き詰まり経済の打開策として富裕層、貧困層、老人、赤子、年金受給者、生活保護世帯等一切の区別なく全国民に緊急に3万円の定額給付金を毎月給付する。

富裕層、年金受給者、生活保護者、子供手当て、その他の如何なる受給者であっても、その給付金を減額しない。

ホームレスの方々にも確実に渡るように手配する。基本的に日本国籍を有し、日本国内に居住する方々を対象とする。

現在、多くの工場が閉鎖に追い込まれ工業製品、生活必需品の供給能力は低下してきている。

ここに1人当たり毎月3万円の定額給付金を突然拠出すれば、需要は急に高まり需給のバランスが崩れ物価の急上昇を招く恐れもある。

従って徐々に給付金の金額を上げる必要がある。年単位の期間を掛けて実践したいが、今現在も様々な業種の工場が閉鎖に追い込まれ、全体的に消費財の生産能力は低下中である。

経済的要因による生活苦から自ら命を落とす人々も多い。犯罪増加の要因にもなっている。速やかに定額給付金給付計画を実行されたい。

施策の初月は1万円の給付とし、翌月は2万円と漸次、給付金の金額を上げる。一人当たり毎月3万円の給付金を給付できるようになった後、翌月以降から消費税を15%アップして20%にし、財源とする。

消費税を15%アップしても生活費の低い方々にとっては有利な条件となる。

概算として国民総数 約1億3千万人 GDP約500兆円としてみると
追加消費税による歳入は500兆円の15%=75兆円
1人毎月3万円支給 国民全体で毎月3兆9千億円 
年間で46兆8千億円の給付金を給付する
75兆円-46兆8千億円=28兆2千億円の新たな歳入追加が得られる。

この概算28兆円は新たな予算計画において活用できる。

例えば、平均的3人家族で一年間の生活費が消費税抜きで百万円の想定で概算してみると

3人家族の一年間の給付金は3万円×12ヶ月×3人=108万円が給付される。
1年間の生活費が消費税抜きで100万円、5%の消費税込みで105万円として
新たに支払う消費税15%分は100万円×15%=15万円、即ち給付開始3箇月以後20%の消費税が組み込まれた生活費は120万円である。

年間108万円が給付されるから
108万円-15万円=93万円 単純計算で93万円の得。三人家族の家庭で、それまで年間100万円で生活していた家庭では今までの生活費100万円の他に93万円の様々な買い物が余分にできる。

購買力が上昇すれば物価の上昇もやむを得ないが、これは取りも直さず企業の利益増に繋がることであり、そこで働く労働者の所得アップにも繋がることである。

また、失業者の雇用の機会が増えることにも繋がる。要はお金の循環を早め、経済の活性化を図ることである。

3人家族で1年間の生活費が消費税抜きで200万円なら新たに支払う消費税は
200万円×15%=30万円
108万円-30万円=78万円 単純計算で78万円の得

3人家族で1年間の生活費が消費税抜きで300万円なら新たに支払う消費税は
300万円×15%=45万円
108万円-45万円=63万円 単純計算で63万円の得

3人家族で1年間の生活費が消費税抜きで400万円なら新たに支払う消費税は
400万円×15%=60万円
108万円-60万円=48万円 単純計算で48万円の得

3人家族で1年間の生活費が消費税抜きで500万円なら新たに支払う消費税は
500万円×15%=75万円
108万円-75万円=33万円 単純計算で33万円の得

3人家族で1年間の生活費が消費税抜きで600万円なら新たに支払う消費税は
600万円×15%=90万円
108万円-90万円=18万円 単純計算で18万円の得

定額給付金によって需要が高まるとインフレ傾向が出てくるのは否めない。仮にインフレ率20%になると、給付金の給付前に消費税抜き200万円で消費生活が成り立っていた3人家族の家庭は、消費税抜きで240万円掛かることになる。
インフレ前の税込み支払額=210万円
インフレ後の税込み支払額=288万円
288万円-210万円=78万円
従って消費税抜き200万円で消費生活が成り立っていた3人家族の家庭ではインフレ率20%になっても108万円-78万円=30万円の得になる。

インフレ率20%になっても尚インフレ後価格で30万円の余分な買い物ができ生活は楽になる。高額所得者は目先的には不利だが、これは弱者救済のためのプログラムである。

インフレ率が幾らになるかは未知数である。しかし、円高ドル安基調であることを考えると、輸出業者や生産者にとっても救済になる。

定額給付金給付制度を採用して、低所得者層の購買力を高め、GDPの底上げをする必要がある。低所得者層の救済は長い目で見れば企業家、資本家、富裕層、高給取り自身をも助けることになる。

「定額給付金を配布しても預金に廻す方々もいるから効果はない」とする考えもある。消費に廻す金額と預金に廻す金額の比率がどの位になるかは未知数であるが預金をするのは国民の多くが未来の生活に不安を抱くからである。

定額給付金も一時的給付では効果は少ない。恒久的定額給付金の給付であることを宣言しなければならない。このプログラムは貧困で生活に余裕のない方々のためのプログラムである。

潜在需要を引き出すことは重要である。特に年収200万円以下の世帯では生活の苦しい方々が多い。家賃が支払えない。旅行に行けない。液晶テレビが買えない。

床屋には行かず自分で鋏や剃刀を使って散髪する。満足に食事ができない。本が買えない。子供にお小遣いをあげられない。そのような方々が毎月3万円の定額給付金で大いに救われる。

ばら撒きと言われても十二分な金額の定額給付金給付は必要である。所得の少ない人は、とことん切り詰める生活を余儀なくされている。

困窮者は毎月3万円の給付金で満足な食事ができる。欲しい電気製品が手に入る。旅行に行ける。床屋に行ける。学費が払える。参考書が買える。気に入った洋服が買える。困窮者はかなり潤うのである。

この施策は生活困窮者に福音となり富裕層にとっては一時的に不利になるが、弱者を救うことはGDPの底上げに寄与し、企業の倒産を食い止め国全体の発展を取り戻す切っ掛けとなる。

弱者を助けることが将来的には企業家、資本化、富裕層、高給取りにとっても破綻の淵からの脱出の必須条件となる。

給付金の毎月の給付額は消費税や物価の安定、国の借金の返済等に関してバランスのとれた金額でなければならない。2万円以下の給付金ではGDPの底上げも弱いし消費者サイドの不満もある。

5万円以上では消費税は20%を超えた税率に設定しなければならず現実的ではない。国の借金の返済を考慮して3万円の給付額を推奨する。

生活苦から犯罪に走ったり、自ら命を絶つ人々が増えている。緊急に支給することを提案する。一人当たり毎月3万円の給付金を給付するという施策ができず、消費税の増税もできない現状が続けば日本経済は更にアリ地獄に落ち込む。

今、順調な経営状態にある会社も、高額所得の方々も不況の波は漸次押し寄せてくる。これを回避するためには強制的需要の喚起が必要である。

遠い未来の世界では有機体ロボットが車を生産し、電気製品を生産し、農産物を生産し、様々なサービスをやってくれるようになるという。

そうなると人間は、お金を稼ぐために働く必要はなく、自分の本当にやりたいこと好きなことに没頭できる時代が来るという。しかし、それまでは貨幣経済というシステムは延々と続くことになる。

給付金の全てを消費に廻すことが経済の活性化に繋がることに国民の合意が得られれば定額給付金の全てが消費に廻るのも夢ではない。

「需要が増えれば価格も上がり低所得者層の生活は楽にはならない」とする考えもある。しかし、需要が増え、価格が上がれば生産者にとっては企業活性化の糸口を見つけることが可能となる。

また、失業者の雇用のチャンスもおとずれる。要は金の廻りを良くすることである。

仮に定額給付金46兆8千億円の全てが消費に廻れば、その20%である9兆3600億円が初期計画の28兆2千億円と合算して概算、最大で37兆円の新たな歳入がこの定額給付金給付計画によって期待できる。

この定額給付金給付計画で得られる可能性のある最大で37兆円の財源は法定に基づいた地方交付税交付金を交付し、医療、介護、教育、社会福祉、環境、雇用創出、保育所の増設、エコ対策、高速道路無料化と高速道路出入口の増設及び周辺道路の整備等に使い、残りを債務弁済に充てることができる。

将来に対する不安が消費を押さえ込み経済を不活性化に傾けるのに一役買っている。

また、病気、いじめ、ひきこもり、飢餓、自殺、寝たきり老人、低い教育水準、過酷な労働、犯罪の増加、家族の分裂・・・ このような問題の裏側には根深い貧困の問題が隠されている場合も多い。

経済的弱者といわれる方々が文化的生活を安心して営めるためのシステム作りに政府が本腰を入れるなら、国民は余裕を持った消費生活が営める。経済的に余裕があれば生き方にも余裕が生まれる。


コピーフリー 


 

投稿: 遠藤 | 2009年10月31日 (土) 23時41分

遠藤さん、おはようございます。力のこもったコメントありがとうございました。

大胆なご提案、すべて読ませていただきました。私の力量では、とても細部について論評できそうにありませんが、お許しください。

先日、全国民の中での低所得者の割合を示す「相対的貧困率」が2007年調査で15・7%だったと発表されました。経済協力開発機構(OECD)加盟30か国の中で4位となる貧困率の高さとなりました。

このような現状から抜け出すためには、遠藤さんが示したような大胆な発想も必要とされている点については理解できます。ただ実現可能なマニフェストだと自負している民主党の子ども手当なども、具体化の際には様々な難問が出てくる現実も見過ごせないところです。

投稿: OTSU | 2009年11月 1日 (日) 09時01分

ご丁寧なコメントありがとうございます。

経済は生き物ともいいますね。
この計画に問題点はないかと毎日見直しています。
もっと良い方法がないかと毎日考えています。

投稿: 遠藤 | 2009年11月 2日 (月) 00時31分

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