剣を売りて牛を買う
私が勤めている市役所内の申し合わせの一つとして、職員間での年賀状交換を慎む心得があります。「虚礼廃止」を理由としていますが、私自身は元旦に届く年賀状が「虚礼」だと考えていません。それでもこの申し合わせがあるので、新たにお出しする人たちを増やすことなく、昔からやり取りしている人たちに限って続けてきました。その中でも返信がなくなった場合、翌年からは送らないように配慮してきました。
このような経緯の中、市役所以外の知人らも合わせて毎年、年賀状は80人前後の方々にお出ししています。宛名も含めてパソコンから印刷できるようになり、以前より格段に年賀状を作る手間が省けています。それぞれに一言添えたいところですが、それもさぼりがちとなるため、せめて文面にはオリジナリティが出せるように努めています。そこで、よく引用するのは十二支にちなんだ故事や諺でした。
来年は丑年ですが、あまり牛にかかわる故事などは思い浮かびませんでした。ところがネットで調べ、「ことわざの部屋」というサイトを見つけたところ意外にも、その数が多いことに驚きました。その中から年賀状で使えそうな内容を探していた時、「剣を売りて牛を買う」という故事に目が留まりました。漢書・循吏伝の中に出てくる言葉ですが、意味は「武事をやめて農業に力を尽くすこと」であり、実際にあった話が起源となっているようです。
それも剣を売って牛を買い、皆が農業に力を入れ始めたことによって、村全体が豊かになった話だそうです。結局、自分の年賀状には使いませんでしたが、ブログでは紹介しようと考えていた言葉でした。とにかく紀元前の中国で、このような故事となるエピソードがあったことに感慨を覚えました。言うまでもなく『三国志』に代表されるように中国の歴史も戦乱の時代が圧倒的に多く、「剣を売りて牛を買う」事例はきわめて稀だったはずです。
2008年が終わろうとしている今、残念ながら国際社会は「剣を売りて」の話とは程遠く、戦争放棄を憲法で謳う日本でさえ、世界有数の軍事力を保持しています。誰もが戦争そのものは忌み嫌っているはずですが、一方で非武装は絵空事の世界であるものと考えている人が数多いことも確かです。国家の安全保障のあり方については各人で様々な考え方があり、ちょうど1年前、「平和憲法と防衛利権問題」という記事のコメント欄を通して率直な議論を交わしていました。
先日、TBSが「あの戦争は何だったのか」と問いかけた番組を放映しました。第1部は史料や証言をもとに検証したドキュメンタリー仕立てで、第2部は「日米開戦と東条英機」と題したドラマで構成されていました。4時間半に及ぶ番組でしたが、新たに知り得た情報も多く、非常に内容の濃い力作でした。アメリカとの戦争を回避するため、あくまでも外交交渉を貫くのか、戦争に打って出て状況打開をはかるのか、その選択肢の中で揺れ動いた当時の日本の姿が生々しく描かれていました。
戦争にいたる軍部と政府の対立と妥協のプロセスを、東条英機という人物を軸に追い、当時の日本のシステム自体が抱えていた問題、欠陥と矛盾、そして起こる日本の悲劇を描いていく。これまで、戦争の悲惨さを被害者の視点から描く作品は多かった。だが、同番組は、繰り返される政権交代、省庁の縄張り争いなど、現代と共通点があったことに着目。日本というシステムが持つ問題点は今の時代にもあるというメッセージを伝えたい。
製作したTBS側の意図は上記のとおりですが、田母神俊雄・前航空自衛隊幕僚長の論文「日本は侵略国家であったのか」の問題も意識していたかも知れません。この番組を観て、人によっては田母神・前幕僚長が述べている「アメリカに仕掛けられた罠」という点などを感じ取り、避けられなかった戦争だったと受けとめるのかも知れません。
私自身は、近衛文麿・元首相の長男の妻が番組の最後に語る言葉に対し、製作スタッフの思いが託されているものと解釈しています。「軍隊というのは戦争が商売、軍人は戦争したがりますよね」との言葉が印象に残りました。ドラマそのものも早期開戦を主張する軍部とそれに抵抗する外務省らとの対立が主題となっていました。つまり文民統制の重要さについて、改めて考えさせられた番組だったと思っています。
田母神・前幕僚長の論文は月刊「WiLL」1月号を購入し、全文を読みました。合わせて前幕僚長を擁護する他の記事にも目を通しています。内容に対する具体的な論評は避けさせていただきますが、その主張に賛同する方々が本当に大勢いらっしゃることを重く受けとめています。その上で、私の個人的な思いとして「剣を売りて牛を買う」ことが普遍化した国際社会の実現を心から願っています。
今回が2008年最後の記事となる予定です。この1年間、たくさんの方々の「公務員のためいき」へのご訪問やコメント投稿に改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。どうぞ来年もよろしくお願いします。ちなみに次回の更新は、例年通り元旦を予定しています。ぜひ、早々にご覧いただければ誠に幸です。それでは良いお年をお迎えください。
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