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2008年8月10日 (日)

チベット問題とオリンピック

金曜の夜、中国の威信をかけた壮大な開会式が演出され、17日間にわたる北京オリンピックが開幕しました。民族浄化や人権蹂躙を続ける中国政府に対する抗議の意をこめ、オリンピックを観戦しないと話す人たちがいます。個々人の考え方があって、観る観ないも人それぞれの判断だろうと思っています。

私は興味のある競技を観戦し、日本選手を応援していこうと考えています。だからと言って、チベットやウイグルなどの民族問題への関心が薄い訳ではなく、その解決を願う気持ちも強く心に留めているつもりです。最近投稿した当ブログの記事は「ルワンダの悲しみ」「原子力空母が横須賀へ」と続き、コメント欄では幅広い視点からのご意見が寄せられていました。

今回、チベット問題を掘り下げる中で、引き続き「平和」というテーマについて考える機会としました。中国は56の民族で成り立っています。人口の90%以上が漢民族で、その他55の少数民族の中にチベット族やウイグル族が含まれています。北京オリンピックの開会式では、それぞれの民族衣装をまとった子どもたちが登場しました。

難しく考えずに開会式をライブで見ていましたが、この場面に対しては強い違和感を覚えました。複雑な民族問題を抱えているにもかかわらず、子どもたちの笑顔を利用し、民族の結束をアピールする欺瞞さを感じました。チベットやウイグルの人たちからすれば、最も冷ややかに見つめた映像だったのではないでしょうか。

ところで「ブログを始めて良かった」と思うことの一つとして、以前より読書量の増えた点があげられます。ネット上に発信するブログ記事を書き込むにあたって、曖昧な知識や情報を整理する機会となっています。したがって、今回の内容を取り上げようと考えた時、書店で『「チベット問題」を読み解く』(大井功・著/祥伝社新書)を購入し、読み終えています。

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のラクバ・ツォコ代表が「半世紀にも及ぶチベットの問題の核心・本質がひじょうにわかりやすく解説されています」と推薦されていましたが、確かに歴史的な経過や問題点などが体系的に理解できる著書でした。まず中国共産党政権が「もともとチベットは中国の一部だった」とする主張に対し、次のような解説が加えられています。

7世紀、国力の落ちた唐へチベットが攻め込んだ時代もあり、チベット仏教に帰依した元や清王朝とは「寺と檀家」の関係に例えられる見方が書かれていました。1936年の時点で、毛沢東元主席は「チベットが中国連邦に参加しようとするのなら歓迎しよう」と述べ、チベットが中国の一部ではなかったことを前提とした発言も残されているそうです。

しかし、1949年に中華人民共和国の成立を境にチベットへの軍事侵攻が始まりました。1951年に首都ラサが陥落し、チベットは「中国の一部」に組み込まれ、現在に至っています。アメリカは朝鮮戦争が始まる時期であり、チベットの問題へ手が回らず、国連からの支援も皆無なまま中国の横暴が通る結果となりました。

中国がチベットに執着する理由は複数あり、まず人の住める広大な土地に対する魅力があげられていました。現在のチベット自治区だけでも中国全土の8分の1を占めながら、人口密度は極端に低い地域でした。実際、漢民族の移住が進み、今やラサの人口35万人中、チベット族15万人、漢民族20万人と逆転している現状です。

次に木材や鉱物資源などが豊富に眠り、アジアの水源でもあるチベットは軍事的な要所ともなり得る地域でした。さらに青蔵鉄道などインフラ整備や開発に力を注いできた結果、観光収入は増え続け、チベットは中国政府にとって「金の卵を産む鳥」となっています。そして、共産党政権が進めてきた民族宥和政策の生命線として、チベットの独立は絶対認められない中国側の事情が記されていました。

何よりも許せないのは中国による民族浄化政策であり、占領後、これまで100万人以上のチベット人が虐殺されています。また、強制移住や強制妊娠により漢民族との理不尽な同化が進められてきました。チベット文化の拠り所である寺院の破壊やチベット語教育の禁止など、自治区とは名ばかりのチベット人抑圧政策が続けられています。

チベットは政教一致を伝統とする国であり、ダライ・ラマ14世はチベット仏教の最高指導者の顔と合わせ、政治家としての「国家元首」にも位置付けられています。1959年にラサ決起と呼ばれる大きな抵抗運動が起こった際、大弾圧を始めた中国軍はダライ・ラマ14世の暗殺も企てました。

その難を逃れるため、ダライ・ラマ14世はインドへ脱出し、亡命政府を立ち上げました。祖国に残る者も、世界中に点在したチベット人も、ダライ・ラマ14世に対して変わらぬ尊敬の念を集めています。さらに異教徒の多い欧米社会からも、平和と慈悲を象徴するカリスマ的な存在となり、1989年にはノーベル平和賞が授与されています。

今年3月に起こったラサでの騒乱の後、中国の温家宝首相は「ダライ一味が、暴動を扇動したという確かな証拠がある」と言い放ちました。それに対し、世界中から中国へ非難の声が浴びせられました。北京オリンピックを控えた中国は態度を改めざるを得なくなり、胡錦濤主席とダライ・ラマ14世との会談が開かれることになりました。

ダライ・ラマ14世は中国でオリンピックが開かれることに賛意を示し、チベットの独立問題に対しても現実的な提案を示しています。外交や国防は中国政府に委ね、チベット内の宗教、文化、教育、経済、環境保護などの問題はチベット人の責任管理とする「高度な自治」を求めています。

このような提案も共産党政権にとって、簡単に受け入れられるものではないようです。しかしながら完全な独立を突きつける要求よりも、今後の状況しだいで現実味を帯びてくる選択肢となるはずです。ダライ・ラマ14世を信頼している大多数のチベット人は、この方針を支持していますが、「あくまでも独立をめざすべき」との声が根強くあることも確かです。

日本の漫画家である小林よしのり氏は『わしズム』夏号で、「ダライ・ラマ14世に異議あり」という特集を組んでいます。小林氏は「圧倒的な暴力主義の帝国に対して、単なる平和主義や、高度な自治の要求は、全世界の平和のために果たして貢献するのでしょうか?」との疑問を投げかけ、中国が催すオリンピックなど観てられないと主張されています。

チベット人が祖国の地で平和に暮らせることを願う気持ちは、小林氏と私自身、大きな隔たりはないものと思います。その上で、ダライ・ラマ14世の姿勢をどう評価するかが、個々人で枝分かれしていく各論に対する選択肢ではないでしょうか。たいへん長い記事となりましたが、最後にダライ・ラマ14世の次の言葉を紹介し、結びとさせていただきます。

怒りは、怒りによって克服することはできません。もし人があなたに怒りを示し、あなたも怒りでこたえたなら、最悪の結果となってしまいます。それとは逆に、あなたが怒りを抑えて、反対の態度―相手を思いやり、じっと耐え、寛容になる―を示すと、あなた自身穏やかでいられるばかりか、相手の怒りも徐々に収まっていくでしょう。

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コメント

この話はあくまで私個人の感想によるもので、別にOTSUさんを始め、誰かに何かしてくれと叫ぶものではありません。また、くどいですが私は平和主義者のつもりですし、戦争や核兵器を容認するものではありません。そのつもりで…。

 チベット問題もさる事ながら、五輪が始まるのと時を同じくして、グルジアでは、独立を目指す南オセチアへの侵攻を開始し、これに対してロシア軍がグルジアに空爆を仕掛け、多数の死者が出ているとの事。
 5年前の「バラ革命」で政権の座に着いたグルジアのサーカシュビリ大統領は、グルジアのNATO(北大西洋条約機構)入りを目指していて、ロシアと反目しあっているとは聞いています。NATOはアメリカが主導の軍事機構ですから、我々日本の反戦(というより反米)活動家にとってはけしからん存在のはずですが、旧ソ連の影響を逃れたい東欧各国にとって、NATOの傘というのはなかなか魅力的な存在のようです。他にもNATO加盟を目指す東欧諸国は少なくないようですね…。NATOに入ったら、アメリカ主導の戦争でも自動的に組み込まれてしまうのに…。(それは旧ユーゴの内戦で実証ずみ。)
 一方、それが面白くないロシアは経済的な圧力を強めていて、これが欧米との摩擦を招いているとの事。でもロシアは反NATOだから、私たちにとっては歓迎すべき存在なのか?
 この問題に限らず、NATOを目指す東欧諸国とロシアの反目、ひいては内戦・戦争を目の当たりにする時、翻って日本の反戦運動ってなんなのだろう?何だか話が、これまで活動家たちが繰り返し叫んできた主張とまるで違った構図に思えるのは、国際問題に素人の私だけの見識なのでしょうか?
 遠い国の問題から話が突飛な方向に行ってしまっていると思いますが、この現実を見た時、どうしても日本の平和運動-というか、反米運動-は何かが違って方向に行っているよなあと感じずにはいられません。
 やはり、特定の思想に偏った、右=悪・左=正義でしかない反戦平和運動はもう限界です。チベット問題にも、うまくは言えないけれどなにか酷く偏ったものが感じられてなりません。純粋な全く新しい、政治や思想、信条に囚われない画期的な平和運動を構築する事はできないのでしょうか。それがどうあるべきかは正直わからないですが…。
 うまく言えない部分もありました。申し訳ありませんでした。
 

投稿: 菊池 正人 | 2008年8月10日 (日) 20時50分

菊池正人さん、さっそくコメントありがとうございました。

グルジアの問題にも触れたかったのですが、さらに話が広がりそうだったため、チベットの問題に絞って投稿しました。絞ったつもりでしたが、説明が長くなりすぎて、個人的な主張が薄い記事になってしまったようです。

それでもブログの記事は単発で終わるものではなく、試行錯誤しながら今後も続けていきます。その積み重ねの中から菊池さんの問いかけに対し、答えとなるような言葉や方向性が見出せればと考えています。

投稿: OTSU | 2008年8月10日 (日) 21時36分

 平和運動するなら、他所の国(中国)について、どうこう言うよりも先に、自分の国(日本)がスーダンから原油を輸入して虐殺に資金面で加担している事をどうにかするのが先ではと思います。

 

投稿: のんきな野良猫 | 2008年8月15日 (金) 03時37分

のんきな野良猫さん、おはようございます。
ご指摘の問題意識、その通りだと思います。

投稿: OTSU | 2008年8月15日 (金) 06時48分

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