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2008年5月18日 (日)

図書館の役割と可能性

前回記事「図書館に管理者制度 Part2」のコメント欄では図書館の話題から広がり、年収格差の問題など幅広いご意見が交わされました。当該の記事内容に直接関係しないコメントを敬遠するブログもあるようですが、当ブログはその点についてのこだわりはありません。逆に話題が広がることによって、思いがけないご意見を伺えることの意義を感じています。

また、感情的な対立が際立たない限り、投稿者同士の熱い議論も歓迎しています。本来、その議論の延長線上での新規記事の投稿が好ましかったのかも知れませんが、今回も記事タイトルのとおり図書館の問題を取り上げさせていただきます。それでも人材確保の面など、一連の議論の流れに応答する内容も含まれているものと考えています。

昨年9月、地域文庫連絡会に携わっていた皆さんが図書館民営化の動きに危機感を抱き、市民の立場から「図書館を考える会」を立ち上げていました。昨日の土曜、その会が主催した「市民にとってより良い図書館のあり方とは」と訴えた集会が開かれ、私も参加してきました。会場の椅子が不足するほどの参加者が集まり、ゆうゆうと100名は超えていたようです。

第1部は日本図書館協会理事の常世田良さんを講師として招き、「まちづくりと図書館 ―公共図書館の役割と可能性―」と題した講演会でした。第2部は市議会各会派の議員の皆さんから図書館指定管理者の問題に対するご意見をお聞きしました。文教委員会に所属されている5名の方からそれぞれのお考えを伺える貴重な機会となりました。会場内には発言者として招かれた5名の方以外にも多くの市議会議員の皆さんの顔を見かけ、この問題の注目度の高さを改めて感じ取っています。

自ら「図書館バカ」と称する講師の常世田さんは浦安市立図書館長を務めていた方で、具体的な事例を示しながら図書館の現状や可能性について熱く語られていました。このブログの直前2回の記事内容は素人なりの言葉で綴りましたが、今回、その道のプロの視点や言葉を紹介することで図書館問題の本質論を補強させていただきます。

初めに、図書館は10年間で700館近く増え、30%増となった公共施設であり、自治体の箱物建設が抑制される中で図書館だけは異例である話を伺いました。野球場やテニスコートなどは利用者が限られますが、図書館は子どもからお年寄りまで誰でも気軽に利用できる施設であり、どの自治体でも最も利用者が多い施設である説明を受けました。再開発地区の集客力を高める目玉とする場合が多いことも話されていました。

それにもかかわらず、正職の司書ゼロの自治体が30数%、1人だけが20数%という現状を常世田さんは嘆かれていました。今や司書資格を持つ図書館長は絶滅危惧種であることも付け加えていました。このような現状や指定管理者への移行が進む動きに対し、図書館を単なる「無料の貸し本屋」にとどめるのならば、やむを得ないものと語っていました。

今回の講演会の中で、常世田さんは「家に帰って野球を見て、ビールを飲んでいても生きていける社会を日本は作ってきたが、これからは、そうならない」と数回繰り返されていました。これまで日本はピラミッド型の企業系列の中で下請けも守られ、市町村も上意下達の中で判断し、住民も「お上」を信じていれば、それなりの生活が保障されてきたと述べています。職場の中でも、与えられた課題を与えられた情報や手法でこなせば評価されていた時代だったと評されていました。

それが社会全体を通して「自己判断自己責任」が問われるようになり、充分な情報が集められないと判断を誤るリスクが増大していることを語っていました。さらに「自己判断自己責任」型社会が成立するためには、正確な情報が公平に提供される必要性を訴えています。アメリカの国民は医療機関にかかるのも、銀行預金するのにも自分で詳しい情報を入手し、日本人のように「近くだから」程度の理由で決めることは絶対ないそうです。

その上で、常世田さんはマスコミ、出版流通、インターネットの限界を次のように述べています。

  • マスコミ情報は一方通行であり、必要な時に必要な情報を取得できない。
  • 通常の書店では、売り場面積の問題などから「売れない本」は返品され、とりわけ専門書の類いは置いていない。
  • インターネットだけでは、体系的網羅的な知識やモノの考え方に関する知識などは入手できない。例えば平均的な本の頁数は200頁もあり、その分量に匹敵する情報をネット上から閲覧又はダウンロードすることは難しい。

以上の例示は本当に分かりやすく、「だから図書館が大事」との説明につながっていきます。また、何か困ったことが起こり、行政に相談しようと考えても、すぐにどこへ行けば良いのか分からない、その点で図書館は「どこにあるのか」「どんな人がいるのか」「何をしてくれるのか」分かりやすく、土日も開館しているため、、足を運びやすい公共施設であることを常世田さんは強調しています。

加えて、図書館は法律や医療など単一の問題にとどまらず、すきま情報を埋められるワンストップ窓口であるとも話されていました。このような情報提供や住民の課題解決に向けた「気付き」のサポートを適確に行なうためには、やはり図書館職員としての経験の蓄積が欠かせません。したがって、契約社員やアルバイトが中心となりがちな指定管理者では、そのような図書館員は育ちにくいと主張されていました。

特に図書館は民間企業にノウハウのない業態であり、民間には経験豊富な司書も存在しない現状を述べられていました。また、コストがかかるため、受託した企業が社員に対して高度な研修を実施することも考えられず、万が一、委託する行政側がノウハウを伝えるとしたら研修料を取るべき話だとも付け加えています。

受託企業の利益は人件費などの差額から捻出されるため、同一の職員態勢であれば、直営の方が低コストとなる説明もその通りだと思いました。例えば時給800円のアルバイト賃金に必ず受託会社の利益分が乗せられ、市へ請求されることになります。従来通り市が直接雇用した場合、アルバイトの賃金800円そのものが市からの支出であり、その面では指定管理者イコール低コストの構図とはなり得ません。

指定管理者が低コストと試算されるのは、年収を抑制した職員で構成することを前提としているからです。その結果、職員の定着率が低くなっている現状は前々回記事でも示したとおりでした。日本図書館協会は、運営形態の多様化自体を必ずしも否定していないそうです。しかし、その目的はコスト削減ではなく、サービスの質的量的向上でなければならないと提言されています。

文部科学省も「公民館、図書館及び博物館における指定管理者制度の適用については、住民サービスの向上を図る観点から、地方公共団体が指定管理者制度を適用するか否か判断するものであること」と自治体へ通知している話を常世田さんからご紹介いただきました。まだまだ興味深く参考となるお話を伺いましたが、特に私自身が印象に残った点を中心に報告させていただきました。

市議の皆さんからのご意見も、一人ひとり特色があり、興味深いものでした。たいへん長い記事となっていますので、最後に、文教委員会の委員長である女性市議の頼もしい一言だけご紹介します。図書館の指定管理者を「一方的に実施しません。皆さんと一緒に考えていきたい」と述べていただきました。反対意見を持つ参加者に対するリップサービスも多少あるのでしょうが、直営の存続に向けて貴重な発言だったものと受けとめています。

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コメント

GWも過ぎちゃいましたね。

最近、本を全然読んでないです。
本屋もたまにはいいですね。

投稿: jan | 2008年5月18日 (日) 16時14分

janさん、ご訪問ありがとうございます。
確かに「記事内容に直接関係しないコメントを敬遠するブログもあるようですが、当ブログはその点についてのこだわりはありません」と書きましたが…coldsweats01
もう少しレスしやすいコメント投稿へのご理解ご協力をお願いします。せめて「図書館もたまにはいいですね」でしたら有難いコメントでしたが…happy01

投稿: OTSU | 2008年5月18日 (日) 18時10分

 私が給与格差のことを書いたので、図書館本来の在り方を論じるべき場を少し乱してしまいました。申し訳ありません。

 しかし、指定管理者制度、PFI、市場化テストなどの導入は、本来、民間事業者による手法が従来の方法よりも効率的で効果的であった場合に生まれる「VFM」の有無が問われるべきです。
 同じ質と量のサービスが持続的に提供できれば、経費は安い方がいいに決まっています。また、同じ経費であっても、今より優れたサービスの質と量が持続的に提供できれば、それはそれで評価されるべきでしょう。

 同一の公務労働に従事する公務員人件費の50%にも満たない給与を民間労働者に払って「VFM」が得られたというのは本来の目的から逸脱していますが、地方都市における「民にできるものは民へ」の動きのほとんどが人件費の削減による歳出の縮減が目的化しています。
 これではとおるさんやあっしまったさんが危惧されるように「公共施設」の健全な持続だけでなく、自治体の存続そのもが困難になるかもしれません。

 NPMやPPPが推進されている諸外国の場合、PFIや市場化テストの実施に際して、公務員と民間労働者の流動化が顕著です。
民間に移管しても公務員が希望すればそのまま残留することが可能な制度もあります。

 日本の地方都市の場合、あまりに給与格差がありすぎますから、民間に移管した後も当面は公務員を抱えざるを得ないことになります。公務員もまた違うセクションでの仕事に習熟するまで時間がかかります。その間は(実質的な)委託料と未熟な公務員の人件費もかかります。この無駄も結構大きなものです。

 中野さん(「公務員!論」の著者)も言われているように、「官民統一(公務員と民間企業で働く人との労働条件を限りなく同じになるようにすること)」もこれからの重要な社会的課題だと思います。
 
 政府に逆らって、あるいは周辺の自治体から拒絶され、合併をしなかった、合併ができなかった町村の多くが、ラスパイレス70%台でなんとかやっていっているのですから、その気になればできない話ではないでしょう。

 それで、最後に申し上げておきますが、私のところの図書館の職員の皆さんは非常に優秀で、直営時より利便性は明らかに向上しています。司書資格を持っている方も2名いますし、今のところ特定の出版社、著者の本だけ廃棄処分にするといった傾向もありません。民間委託に反対していた人たちからの苦情も一切ありません。

 ただ、ここまで経費を削減しておきながら、図書購入費をさらに削減するようなところですからねぇ・・・

投稿: ニン麻呂 | 2008年5月18日 (日) 23時17分

ニン麻呂さん、コメントありがとうございます。

「公務員クビ!論」を私も読みましたが、中野さんの「官民統一」の話は基本的に賛同できるものです。その際、労働基本権の問題や兼業禁止規定の見直しなど、公務員側に課せられた制約を取り外さないとフェアな統一でないことを中野さんの文章からも読み取っています。さらに「官民統一」が労働ダンピングを加速させるような方向性は論外だと思っています。

ニン麻呂さんの地域の図書館の件ですが、委託された会社やその職員の皆さんの努力の結果、利便性の向上がはかれたものと推察しています。ただ一方で、ニン麻呂さんから前回記事へ寄せられたコメントで「有能な男性職員が結婚を期に辞めていく」事例も留意しなければなりません。繰り返し述べてきた言葉ですが、「民間だから劣る」などの発想はまったくなく、3回にわたって記事本文で主張してきた問題意識から「図書館の指定管理者はなじまない」と考えています。

蛇足ながら最近、図書館の名称の見直しも個人的には必要ではないかと思い始めています。本の貸し出しが前面に出る「図書館」から「地域情報館」などの名称はどうでしょうか。

投稿: OTSU | 2008年5月19日 (月) 00時34分

 お久し振りです。菊池です。
 図書館の管理の問題はあまり良くわからないのでここではパスさせていただきますが、図書館そのものに対する個人的な意見としては、新聞の縮刷版をもう少し充実させて欲しいというのがあります。「中央図書館」クラスだといいのですが、地方だと特定の新聞の、それもせいぜい4~5年分位しか置いていないので、それより昔の事件に関して、各新聞がどう伝えたのか、見比べる事が出来ないのです。もちろん、図書館のスペース自体の問題がありますが。

 ところで、本文でインターネットの話が少し出てきました。実は、私自身もサイトを運営しています。といっても政治色は全く抜き、娯楽追求の御気楽な趣味のサイトなのですが。しかしこうして自分でサイトを運営してみたり、あるいはOTSUさんを初めとしていろいろな個人のサイト…それこそ右から左まで…を斜め読みしていて、最近感じる事があります。
 一部の、特に左系のサイトではインターネットこそが新聞や雑誌などの媒体を凌駕して、社会の革命さえも促す…みたいな事を書いている所もありますが、少なくとも私にはそんな事はありえないと思うようになりました。理由は常世田さんの言う事とは違うのですが、どんな優れたサイトでも、所詮は閲覧者が自ら望んでアクセスしない限りは目に触れる事はないし、また書籍や雑誌・新聞と違って大勢の人々の目に触れるようには置かれていないからです。外部の目に触れない、狭い空間の中で理想をチマチマ語り合ったり、自分の思想にそぐわないものを悪し様にこき下ろしたりしたって、それで世の中が変わるなんて信じられないです。それは、一昨年の沖縄県知事選挙…結果そのものは置いておきますが…の直後のいろいろな人のブログなどを読んでみて、はっきり思いました。ネットの世界は狭すぎて、社会を変える代物にはならないと。
 OTSUさんだって、公務員の問題とか、政治の事とかいろいろ書かれますが、少なくともこのブログだけで社会を改革しようなどとかは考えていないですよね?私はそう思っていますが。(もちろん、私の意見も少しは聞いてください…的なものはあると思いますけれど。)
 だから、サイトという物は、特に個人運営のものは発信する者、あるいはそれに参加する者の責任は相当重大だと思います。ただ自分の思想に盲目的に共鳴する者だけで仲良しクラブをやったり、あるいは気に入らない思想のブログを「炎上」させるとか、そんなのはネット社会を矮小化させるだけです。

 私にとってインターネットって…。多少矛盾するんですけれど、実は「図書館」なんですよね。書庫から本を拾い出して読むのと同じ感覚でサイトを閲覧して楽しんでいるんです。他にネット上で航空券やホテルの予約をしたり、動画を見たりもしているんですけれど。ただ、それ以上の思想的な運営を求めるつもりはありません。だから、サイトの運営者は、本などの書き手と同じです。どうか独り善がりにならないで、閲覧する人、参加する人の身になって運営してください。もちろんOTSUさんは充分解って運営されている方ですから心配はしていませんし、むしろ私自身が気をつけてサイトを運営していきたいと思います。
 図書館の話が変な方向に行ってしまったようです。申し訳ありませんでした。

投稿: 菊池 正人 | 2008年5月19日 (月) 21時25分

菊池正人さん、お久しぶりです。コメントありがとうございました。
インターネットに対する期待と限界について、私も基本的に菊池さんと同様なとらえ方です。このブログを通した発信力に対し、過度な期待はせず、あくまでも日常の活動を補う一つのツールだと考えています。その一方で、幅広い考え方やモノの見方に触れられる貴重な場だとも思っています。いずれにしても手軽に情報を収集できる点など、私もインターネットの便利さを満喫しているタイプであることは間違いありません。

投稿: OTSU | 2008年5月19日 (月) 21時42分

周回遅れで入ってくるようで恐縮ですが、少し思うところを書かせていただきます。

>同じ質と量のサービスが持続的に提供できれば、経費は安い方がいいに決まっています。

この文の言葉を少し変えると「同じ質と量の労働が持続的に確保できれば、賃金は安いほうがいいに決まっています」になります。
「嫌なら辞めろ。代わりは幾らでもいる。」を思い起こさせる言葉であり、これを肯定することが結局、非正規雇用の拡大、ワーキングプア、そして経済的理由による未婚化・晩婚化、最終的に少子化に繋がっているように感じます。

本当に経費は安ければ安いほうがいいのでしょうか?
経済というものはお金が人から人へ循環していくからこそ成長していくものであり、経費削減は確かに一時は効果があるとは思いますが、それを皆が皆やりだして、お金を使わないように使わないように、賃金を上げないように上げないようにしているのがこれまでのデフレ不況であり、内需が盛り上がらない原因ではないでしょうか。

>同じ経費であっても、今より優れたサービスの質と量が持続的に提供できれば

PFIや民間参入の本来の目的はむしろこちらだと思います。
世の中に流通させるお金の量は変えないで、より優れたサービス提供を目指す。
もしくは、同じ質と量のサービスを安い経費で提供するにしても、その安く浮いた分は別のサービス拡大にあて、総量としてより優れたサービスに充てる。結果として、市民へのよりよいサービスの提供を目指すという。

>地方都市における「民にできるものは民へ」の動きのほとんどが人件費の削減による歳出の縮減が目的化しています。

ところが、そのような理想は虚しい看板でしかなく、結局は人件費削減がその主目的であったことがようやくハッキリしてきたわけです。
まるで民間企業における成果主義賃金が、成果に報いることでやる気を引き出すという美名も虚しく、人件費削減がその真の目的であったのと同じように。

もちろん、自治体がこのように官製ワーキングプアともいえる状況に手を染めなくてはならなくなったのは、財務省や経済財政諮問会議などが地方を疲弊させている影響はあると思います。嘘の財政危機を煽って。
自ら状況を変える余地の少ない自治体は、存続のために、目先の問題のために、官製ワーキングプアでこの危機を乗り越えようとするのは理解できない部分もなくはありません。
ただそれは本来あってはならないことで、本来あるべきは、嘘の財政危機や輸出偏重を改め、他の先進国のように賃金上昇を通じて内需を盛り上げ、経済を成長させていくことで今のような一部を除き皆が不幸になるような経済体質を改めることで、止むに止まれず官製ワーキングプアに手を染める場合であっても、方向だけはその方向をを目指していって欲しいと思います。
(日本と同等の先進国の中で、ここ数年賃金がまともに上がっていないのは日本くらいです)

最後にまた文章をいじくらせていただいて恐縮ですが、
>私のところの図書館の職員の皆さんは非常に優秀で、直営時より利便性は明らかに向上しています。

私の工場の派遣さんは非常に優秀で、正社員を抱えていたころに比べても変わりありません。
私の工場の外国人研修生は非常に優秀で、日本人の派遣を雇っていたころに比べても変わりありません。

少し言葉を変えるとありふれた言葉になるわけですが、この言葉の対象となっている日本の低賃金の若者は、家庭を持つことすら出来ないわけです。
こういったありふれた表現には、本当に問題はないのでしょうか。こういった表現がもたらす社会への影響を、本気で考えないとホントに日本はまずいんじゃないでしょうか。

投稿: 黙考人 | 2008年5月20日 (火) 23時38分

黙考人さん、おはようございます。コメントありがとうございました。
私の問題意識も黙考人さんと同様なものを抱え、このブログを通して様々な言葉や表現で発信してきました。いつもながら黙考人さんのコメントは分かりやすく、拙ブログを補強いただき感謝しています。

投稿: OTSU | 2008年5月21日 (水) 06時55分

 ここは管理人さんのお人柄で、ついつい柔らかな表現になってしまいます。それで、いくらか誤解があったようです。

 「同じ質と量のサービスが持続的に提供できれば、経費は安い方がいいに決まっています。」というのは、明日からはじめても誰でもできるような単純作業に、時間給5000~6000円もの給料を払っているお役所の仕事は止めましょう、という意味です。
 決して、非正規雇用の拡大、ワーキングプアの増加を肯定する意図はありません。

 現在の硬直化した部分のある非効率、非能率の行政システムに、民間の優れた経営ノウハウの導入、技術移転を図れば、「(同じ経費でも)安く浮いた分は別のサービス拡大にあて、総量としてより優れたサービスに充てる。結果として、市民へのよりよいサービスの提供を目指すという。」のは当然のことです。そのように書いたつもりですが・・・同じように、「地方都市における『民にできるものは民へ』の動きのほとんどが人件費の削減による歳出の縮減が目的化しています。」というのは、行政運営としては極めて拙い、あるいは非人道的手法だと書いたつもりです。

「私のところの図書館の職員の皆さんは非常に優秀で、直営時より利便性は明らかに向上しています。」というのは、言葉が足りなかったせいで誤解されたようですが、何の根拠もなく「直営でなければ、公務員でなければ公共サービスの質が低下する。」といった官尊民卑的言辞を弄する人たちへの牽制のつもりで書いたのですが・・・

投稿: ニン麻呂 | 2008年5月21日 (水) 23時51分

ニン麻呂さん、おはようございます。
今回のニン麻呂さんのコメントを受け、いろいろ私なりの思いをレスさせていただこうとも考えました。しかし、短い文章となるコメント欄では充分な思いが伝わらない場合もあり、改めて機会を見て記事本文を通して整理してみるつもりです。
ただ一点だけ、申し開きをさせていただきます。黙考人さんのコメントに対して「分かりやすく」と書きましたが、決してニン麻呂さんの主張や現状に対する問題提起を疎かに考えている訳ではありません。その点だけ、誤解がないようご理解ください。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2008年5月22日 (木) 07時04分

もちろん大丈夫です^^お二人のお気持ちは理解できます。

投稿: ニン麻呂 | 2008年5月23日 (金) 00時00分

当方も、ニン麻呂さんが「非正規雇用の拡大、ワーキングプアの増加を肯定」していると思ってませんし、人件費削減目的の「民にできるものは民へ」を否定されていると思っております。

なんといいますか、前回の投稿は別にニン麻呂さんがとか、ニン麻呂さんがこう言ったから、という訳ではなくて、ともすれば人件費削減礼賛、ワーキングプアの発生に繋がりかねないような一文が、さらっと出てきて違和感なく、さも当たり前の様に流れていくことに、なにかしら動かされるところがあったというところです。
そんな訳で、文章をいじらせていただいたニン麻呂さんには、話の趣旨とは別に、題材にいいかなと思った文章をちょっといじらせていただいたということで、文章を借りて書きたいことを書かせていただいたということで、ちょっと申し訳なさを感じてはいました。^^;

投稿: 黙考人 | 2008年5月23日 (金) 01時54分

>ニン麻呂さま

私は傍論部分で引っ掛かりを感じました。

>明日からはじめても誰でもできるような単純作業に、時間給5000~6000円もの給料を払っているお役所の仕事は止めましょう、という意味

時間給5000~6000円と言うことは、年間2000時間労働でも、
年収1000~1200万円ということになります。

単純作業で年収1000~1200万円というのはどういう職種の公務員でしょうか?

具体例を2、3挙げて下さい。

投稿: とおる | 2008年5月23日 (金) 06時09分

とおるさま

他の地方自治体の実態は正確には分りませんが、私のところの自治体の事例を紹介します。

学校給食員(平均年齢46.1歳) ①平均給料月額365,900円 ②平均給与月額409,145円。これに期末手当が4.45ヶ月分加算されますから、①×15.45=5,653,155円。これに諸手当差額②-①×12=518,940円を加算すれば、年間給与は6,172,095円

学校給食の平均サービス日数は約190日。有給休暇が20日で正味170日。昼食だけのサービスですから、平均実働時間は5時間・・・せいぜい6時間。

長期休暇の間は、調理器具の修理・清掃、食器の洗浄・消毒とか業務がないとはいいませんが、全員が毎日8時間働くほどの仕事量ではありません。周辺の除草作業くらいはしますが、年間、この作業時間のトータルを加味しても正味180日間で、1日5~6時間の実働です。
すると、1日6時間で計算しても時間給は5,715円になります。

ここも、民間への移管を控えていますので、新規採用はありませんからパート職員も多く働いています。少し慣れてくると正規職員とまったく同じ作業をしています。パート職員の時間給は何年働いても800円です。フルタイムでも年間912,000円の収入しか得られません。

学校給食調理は公務員の皆さんが思い込んでいるほど高度な技術ではありません。売上や売れ残りを心配する町場のお弁当屋さんの方がよほど大変です。(実は身内に職員がいまして、こういう話をすると嫌がりますが・・・事実です。)

この他、自動車運転手(55.8歳 月額給与512,613円)、清掃職員(43・0歳 419,500円)も似たようなものです。時間給だけでいうと、給食調理員より割高かもしれません。今は民営化(PFI導入)していますが、以前は清掃工場も同様でした。

日本の役所には「身分制度」が今も生きています。

誰もが公務員になれるはずもなく、地域を支えている人たちをもう少し大事にしないと、黙考人さんがいわれるように、家庭を持つことすらできない人が現実に増えつつあります。

真面目に公務の「ワークシェアリング」を考える時期にきていると思うのですが・・・

投稿: ニン麻呂 | 2008年5月23日 (金) 18時26分

>ニン麻呂さま

奇妙な算出式を見て頭が痛くなってきました。

・御市の学校給食員は一日の業務時間が6時間なのですか?

・学校給食のサービス日以外の業務日には出勤義務が無いのですか?

・有休期間を差し引くというのは、どういう計算の仕方ですか?
パートでも有休の権利はありますが、パートの時給の計算に有休分を労働時間数から差し引くというのは見たことがありません。

他の職種について考えれば奇妙さが分かります。
例えば、営業職は、一分一秒も休まず、連続して営業をし続けている訳ではなく、待機時間等が普通にある訳ですが、営業職の労働時間の計算からそういう待機時間を差し引くのは普通ですか?

そういう恣意的な解釈で自論に都合の良い数字を出すのは、客観的数字を装った嘘の類です。

そもそも、普通に計算して時給3000円程度であるとしても、正規職員とパート職員の待遇格差の話につなげることは十分にできるわけです。詭弁で話を膨らませる必要がどこにあるのですか?

さらに言うと、ニン麻呂さんが開陳されている意見(学校給食調理は公務員の皆さんが思い込んでいるほど高度な技術ではありません・・・e.t.c.)では、正規職員が貰い過ぎという話にしか帰着しません。

私は、ニン麻呂さんはパート職員の低待遇の改善のほうに軸足があるのかと思っていましたが、誤解していたようです。ニン麻呂さんの論理では、「学校給食員のように低レベルの技術職で実働時間の短い職種は低待遇に置かれるべき」という結論にしかならず、現状の官製ワーキングプアを拡大することに資するだけで、その解消とは逆のベクトルですから。

そうではないのなら、どこかで思考の筋道を踏み外していると思います。

図書館の件でも気になりましたが、ニン麻呂さんの言っていることと目的としていることの間に矛盾があると思います。

投稿: とおる | 2008年5月23日 (金) 22時25分

よくわからないんですが、ニン麻呂さん以外の人は、
「政府部門は公務労働者の賃金を高めに維持することで、労働市場全体の賃金水準を底上げすべきだ」という主張ですか?
本質的には、労働力も市場で価格が決定される商品ですよね?
それを税金で買い支えることで価格を維持せよ、ということですよね。株価を政府が買い支えるのと同じです。労組関係の人は銀行への公的資金投入も嫌がりますよね。
国民の生活に政府が責任を持つということであれば、それは福祉の問題では?
ナショナルミニマムな生活水準を維持するため直接サポートするスキームを考えればよい。ワーキングプア問題についてはね。
それをわざわざ公務員の賃金体系というルートを通じてやるのでは、歪みが生じるのは当然じゃないですか(正社員・非正規社員の格差など)。
基本的には同じ労働価値に対し、平等に賃金を払うように労働市場を改革すべきだと思いますけど。
労組の人って、経済学の基本知識もないくせに金の話をしてるところが問題ですよ。連合総研のレポートとかひどいもんな・・・

投稿: サラリーマン | 2008年5月24日 (土) 16時43分

ニン麻呂さん、黙考人さん、とおるさん、サラリーマンさん、コメントありがとうございました。

この間の議論を踏まえ、新規記事で自分なりの考え方を改めて整理してみるつもりでした。それが話題を重ねすぎてしまい、気ままな雑談放談にとどまり、核心部分まで行き着けませんでした。ブログは単発で終わるものではありませんので、過去の記事から今後投稿する記事までを通して一つの答えや方向性を見出せたらと考えています。ご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

その中で本来、サラリーマンさんの問いかけに対しては即時にお答えすべき内容なのかも知れません。たいへん恐縮ながら「政府部門は公務労働者の賃金を高めに維持することで、労働市場全体の賃金水準を底上げすべきだ」との短絡的な主張ではない点を取り急ぎお答えし、2007年3月11日の記事「労働ダンピング」をご紹介することにとどめさせていただきます。

投稿: OTSU | 2008年5月24日 (土) 17時50分

関連記事ご紹介ありがとうございます。
ILOのフィラデルフィア宣言の「労働は商品ではない」というテーゼが引用されていますが、どういうことですか?どう考えても商品ですよね?
「人間は商品ではない」というなら分かるんですけど。
労働ダンピング。。。普通、ダンピングというのは、ある企業が戦略的価格(原価割れ)を付けた商品で競合を駆逐した後に市場を支配しようとする反競争的行為ですよね。
「買い叩き」みたいなニュアンスとは違うんじゃないですかね。
労働需給が買手市場になった際に、各々の労働者がダンピングに走って、結果賃金下降のスパイラルに陥るという「合成の誤謬」のことを言ってるんですか?
それを防ぐために労組(労働商品カルテル)があると?
労組のワープー問題の捉え方は、彼らが労働カルテルに参加する道筋をつけて解決するのだ、という解釈でOKですか??

投稿: サラリーマン | 2008年5月24日 (土) 20時45分

サラリーマンさん、さっそく再度のコメントありがとうございます。過去の記事の紹介だけでは失礼で、お手数をおかけしますので、このレスを通して補足的な意見を加えさせていただきます。

学生の時、授業で使った有斐閣選書の「労働法を学ぶ」からの引用となります。かなり歴史を遡りますが、18世紀後半から始まった産業革命を経て、工場制生産制度が確立すると使用者は多数の労働者を同時に雇用することになりました。使用者は経済的に優位な立場ですので企業にとって都合の良い条件を示し、労働者は受諾するか拒否するかの単純な形での労働契約を強いられました。そのため、低賃金と長時間労働の悲惨な労働者階級が出現することとなりました。

やがて忍耐の限度を超えた労働者は、一揆的な暴動やストライキに立ち上がり、団結することによって初めて使用者と対等な立場で話し合えることを知っていきました。使用者側も不正常な争議状態が続くより、労働者側の要求を受け入れ、しっかり働いてもらった方が得策だと考えるようになりました。また、国家としても国民の多数を占める労働者が豊かにならなければ、社会や経済の健全な発展ができないことに気付きました。

それら歴史的な経緯の中で、団結権など様々な労働法制が整備されてきました。そして、原則として賃金や労働条件は、労使交渉を通して定められることになっています。しかしながらサラリーマンさんのご指摘のように労働力も、市場主義経済の波にさらされているのが残念な現状だととらえています。

ご存知かと思いますが、公務員は労働基本権が制約されています。その代償措置として人事院勧告があり、民間の賃金水準との均衡をはかるような仕組みとなっています。公務員賃金は「高い」と言われがちですが、民間相場の反映であることを留意ください。労働基本権が制約されたまま、例えば大阪府のような賃下げ提案が許されていった場合、際限のない公務員賃金の削減スパイラルが始まる懸念を抱いています。

サラリーマンさんが疑問に思われるように公務員賃金の相場を守れば、全体的な底上げがはかれるような甘い認識ではありません。非正規雇用の拡大によって、確かに所得格差が広がった社会となってしまいました。年収200万円以下の労働者が1千万人を超えている社会が決して好ましいものではありません。

そのような現状の解決に向け、既存の労働組合は社会的な均等待遇原則の確立、同一価値労働同一賃金の拡充などをめざし、政策制度の面からの運動を進めています。また、以前から私どもの組合は重視していますが、非常勤職員の組合加入を進め、その待遇改善に向けた交渉にも力を注いできました。その意味では「労働カルテルに参加する道筋をつけて解決」というお尋ねに対し、方向性としてはその通りだと言えます。

いろいろ話を広げてお答えしたため、逆に分かりづらくなったかも知れません。なるべくコメント欄に寄せられた問いかけは、コメント欄を通して答えたいものと思っています。とは言え、字数や時間的な制約もあり、不充分な内容にとどまりがちな点はご容赦ください。その補完の意味合いからも、お時間が許す時、ぜひ、バックナンバーをご覧いただければ幸です。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2008年5月24日 (土) 21時45分

率直にお答えいただき、ありがとうございます。労組=労働カルテルという理解でよい、というお答えを労組の方から聞けたのは収穫でした。
(経団連は使用者カルテルですね、ただし資本カルテルではない)
わたしはそのスキーム自体が時代遅れだと認識しています。産業革命のころは使用者の立場が圧倒的だったんでしょうが、今はどうですかね。企業にとって、優秀な人材の不足は常に経営課題ですよ。
>大阪府のような賃下げ提案が許されていった場合、際限のない公務員賃金の削減スパイラルが始まる懸念を抱いています。
本当にそうでしょうか?労働市場がもっと自由で、フェアであれば、つまり「社会的な均等待遇原則の確立、同一価値労働同一賃金」が保証される市場であれば、
優秀な大阪府職員はもっと付加価値の高い職場に転職し、より高い賃金を得られるはずじゃないですか?そして社会全体の生産性をあげることができますよね。
確かに原則論かもしれませんが。。。
現状の労働市場がそうなっていないのは理解しています。日雇い派遣などは、不公正な「買い叩き」行為だと思います。情報の非対称性や、継続的取引関係におけるロックインなどを利用した。。。
で、ここでOTSUさんたちと意見が分かれるところですが、「だから労組=労働カルテルが必要だ」ではなく、労働市場のフェアネスを確立するスキーム作りに努力すべきと思うんですよね。
資本と労働で付加価値の配分をゼロサムで取り合う発想では、社会全体の発展はないんじゃないですか。
まあ、性格ですかね。。団結とか組織とかが苦手なタイプなので。また市場原理主義とか言われるかもしれませんが。そっちの方が性に合ってます。
お忙しいでしょうから、お返事は気が向いたときで結構です。

投稿: サラリーマン | 2008年5月24日 (土) 23時30分

サラリーマンさん、コメントありがとうございました。また、レスに対するお気遣いもありがとうございます。

サラリーマンさんのように考える方も増えているのだろうと思います。優秀な職員は転職し、より高い賃金を得る話は「労働」を市場に委ねる発想であり、その発想に対して私自身も『労働ダンピング』の著者である中野麻美さんも疑問に感じている立場です。

いわゆる「勝ち組」になれる自信のある人は競争や個別評価なく、きわめて同一の待遇では「悪平等」と受けとめる傾向があります。誤解がないよう強調しますが、決して働かないことを是とするものではありません。組織の中の「フリーライド」は問題ですが、一方で簡単にベストを見出せないのが人事制度の宿命だとも思っています。

また、時代の巡り合わせの中で、個々の人生の運不運が分かれる場合もあります。例えば就職氷河期に新卒を迎えた学生とそれ以外の学生では、個々の能力に差がなくても、収入の格差が生まれている不合理さも見逃せません。

「労働市場のフェアネスを確立するスキーム作りに努力すべき」とのご指摘を全否定するものではありませんが、やはり「労働」を「市場」の中に置くことに対しては、より慎重になるべきだろうと考えています。規制緩和には功罪が発生しますが、労働法制の規制緩和を進めた結果が非正規雇用の増大であることは間違いないものと見ています。

新規記事の中でも触れましたが、サラリーマンさんと私の思いが劇的にシンクロすることはないのでしょうが、このような議論を交わすことの意義深さを否定していません。ぜひ、これからもご訪問いただき、何か気になることがありましたら気軽にコメントをお寄せください。

投稿: OTSU | 2008年5月25日 (日) 20時54分

 >ニン麻呂さんへ

>学校給食員(平均年齢46.1歳) ①平均給料月額365,900円 ②平均給与月額409,145円。これに期末手当が4.45ヶ月分加算されますから、①×15.45=5,653,155円。これに諸手当差額②-①×12=518,940円を加算すれば、年間給与は6,172,095円

 との事ですが、①×15.45ではなく①×16.45(12+4.45)ではないでしょうか?そうすると年間給与は6,537,995円になります。(一ヶ月丸々お休みであれば、②-①×11になり、年間給与は6,128,850円になるのではないでしょうか?)

 人件費負担という面では、公務員共済の市の負担分(パートさんの労働時間では加入していなさそうですし、)も考慮すると、実質は6000円を越えるのでしょうね

 

投稿: のん気な野良猫 | 2008年5月26日 (月) 19時24分

今日昼休みに(一瞬)お会いした者です。
名刺を拝見してびっくり。
このブログを書かれていたのですね。
すでにブックマークし読ませていただいていました!
またお話しに伺いたいと思いますので
よろしくお願いいたします。

投稿: 市民 | 2008年5月27日 (火) 20時06分

市民さん、コメントありがとうございます。
すでにブックマークしていただき、たいへん光栄です。こちらこそ今後の図書館問題について、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2008年5月27日 (火) 22時09分

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