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2008年5月31日 (土)

橋下知事の人件費削減案

出勤前の時間、テレビは「朝ズバッ!」を映しています。支度しながらですので、じっくり見ている訳ではありませんが、みのもんたさんの一言二言に突っ込みを入れたくなる時があります。みのさんは、安倍政権の「官邸崩壊」の立役者の一人だった井上秘書官と同じ逗子に住み、二人は居酒屋で情報交換する仲でした。みのさんの発言の影響力を高く評価していた井上秘書官は、会うたびに安倍前首相や政策の素晴らしさなどを訴えていたようです。

その努力が実ったためか、年金問題で安倍内閣に逆風が吹き荒れていた時でも、みのさんからは政権擁護の発言が目立っていました。また、公務員関連の不祥事が報道されるたび、手厳しい言葉で批判するのも定番でした。歯に衣着せずに発言するスタイルがみのさんのセールスポイントですが、もう少し基礎知識を勉強してから話せば良いのにと思う場面も少なくありません。

スポーツニュースの時間、北京五輪の出場権をかけた男子バレーボールのアジア予選で、日本と争う国はオートラリア、韓国、イラン、タイであると説明されました。その直後、みのさんは「イランもアジアなんですね」と一言発しました。思わず、それを言うのならば「オーストラリアもアジア予選なんですね」だろうと心の中で突っ込みを入れていました。

さて、とにかく著名人がテレビで発する言葉の影響力は非常に大きく、宣伝効果も抜群です。宮崎県の東国原知事がテレビ出演などを通し、もたらした経済効果は1年間で492億円と試算されています。大阪府の橋下知事のマスコミへの露出も負けず劣らず、経済効果の押し上げに一役買っているものと思いますが、マイナスイメージを発信している気配もあります。来春入庁する府職員の採用試験の申込者数が前年度より4割減となりました。

橋下知事は府職員に対して「破産会社の従業員の自覚を」と述べ、大幅な賃金カット方針を打ち出しています。やはり「破産会社」に魅力を感じる人が少ないのは当たり前な話です。それでも橋下知事は「(待遇に)不安を抱く人がいるのかも知れないが、難局を一緒に乗り切ろうと意欲を持って来てくれる学生がこれだけいるのは心強い」と話しています。一方、法政大学の早川征一郎教授は「大幅な人件費削減方針が影響し、公務員になりたい人が大阪府から他の自治体に流れたと考えるのが自然。仕事への情熱だけで優秀な人材を確保するのは難しいのでは」と評しています。

橋下知事は財政非常事態宣言を発し、2008年度予算で380億円の人件費削減を柱とする歳出削減案を掲げていました。その他に私学助成などの事業見直しで440億円の削減、府有施設売却などで280億円の歳入増を確保し、予算総額で1100億円を捻出するよう指示していました。その方針に基づき、大阪府当局は総額約350億円の人件費削減案を5月22日に労働組合へ提示しました。

警察官や教職員を含めた一般職の基本給削減率は、管理職12~16%、非管理職4~10%とし、3年間実施する案です。平均削減率は12.1%となり、退職手当も5%カットします。大阪府の給与水準は、国家公務員を100として比較するラスパイレス指数が89となり、都道府県で最下位となる見通しです。

橋下知事は「事業の見直しで、人件費にも切り込まざるを得なかった。今、手を緩めたら将来世代に大きな影響が出る。この程度は負担しなければならない」と説明しています。知事自身は、基本給(145万円)を30%、退職手当を50%カットするようです。タレントと弁護士の二束の草鞋を履き、莫大な収入を得ていた橋下知事にとって、このような削減は本当に「この程度」との認識なのだろうと思います。

さらに橋下知事が非公務扱いでテレビに出た時の出演料に対し、「私の考えとしては、非公務での出演料は個人の所得として税金を払った上で、政治活動資金にさせてもらいたい」と語っているそうです。講演についても、知事就任までは1回につき150万円ほどの講演料を受け取っていたようですが、「金額の妥当性、また、講演の対価として受けることがいいのか検討したい」と述べ、曖昧な姿勢を見せていました。

特別職である知事は出演料などの副収入を得られるのかも知れませんが、一般の職員は法的に兼業が禁止されています。もっともっと収入を得たいと思っても、公務員はアルバイトができません。それは職務に専念する義務があるからです。例えば夜間のアルバイトをして、昼間の公務に支障が出ることが絶対許されないからです。その代わり余程ぜいたくをしない限り、生活に困らない賃金が保障される処遇となっていると言われてきました。

また、公務員は労働基本権が制約されています。その代償措置として人事院勧告があり、民間の賃金水準との均衡をはかるような仕組みとなっています。公務員賃金は「高い」と言われがちですが、民間相場の反映であることを留意いただきたいものと思っています。以上のような公務員特有の制約を横に置いたまま、財政再建の一手法として賃下げ提案が強行されていった場合、際限のない公務員賃金の削減スパイラルが始まる懸念を抱いています。

職員やその労働組合が財政再建を決して軽視するものではありません。しかし、年収で平均50万円近い減額に対し、大阪府職員の「懲罰のようで、意欲まで削られそうだ」と嘆く声は他人事とは思えません。「公共サービスは赤字が当たり前、だから安直な人件費削減は問題」と反論する組合の主張は、広く共感を得られる言葉とはなり得ません。残念ながら公務員以外の住民の大半が橋下知事の掲げる賃金カット案を歓迎していく構図は避けられません。

今後、労使交渉も情報公開の対象となる動きが強まる中、今回の大阪府のようにニュースとして流れる場面が増えてくるのかも知れません。万が一、そのような席に自分自身が組合側の立場で座った際、どれだけ短いフレーズで広く共感を得られる言葉が発せられるかどうか自問自答しています。その意味で、このブログを通して公務員賃金のあり方などを深く掘り下げていければと考えています。

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2008年5月24日 (土)

たまには気ままに雑談放談

中国の四川大地震による死者は5万人を超え、日を追ってその数が増えていく悲惨な状況となっています。ミャンマーを直撃したサイクロンによる死者数は13万人超と言われていますが、軍事政権が外国人の立ち入りを制限しているため、被害状況の全容が明らかになっていない現状です。自然の猛威によって、平穏な生活が引き裂かれた被災者の皆さんに対し、心からお悔やみ申し上げます。

その中で、手抜き工事によって崩壊した学校が多かった問題など、社会的な理不尽さから人命の明暗を分けた悲劇は明らかに「人災」だったと言わざるを得ません。同様に国際的な援助を拒んでいたミャンマー軍事政権の姿勢も、そのことによって救われる命が手遅れとなっているのならば厳しい批判は免れません。人間が大自然の力をコントロールすることは基本的に不可能です。しかし、人間の手が届く力によって、被害を最小限にとどめることは充分可能なはずです。地震大国である日本は、とりわけ四川大地震から改めて教訓化すべき点が少なくないものと感じています。

大自然の話でつなげれば、地球温暖化の問題が避けて通れません。昨日、連合三多摩主催の政策制度学習会があり、地区協役員の立場で参加してきました。CO2削減に向けた環境問題をテーマとし、『不都合な真実』の上映を中心とした催しでした。アメリカのアル・ゴア元副大統領の講演風景を柱とし、北極や南極をはじめとした地球全体の異常な変化を映し出し、温暖化問題の切迫さを思い知らされた映画でした。

私たち人類全体の愚かさはもちろん、京都議定書の批准を拒絶し、CO2の大量排出を続けるアメリカの不当さ、さらにゴア候補がブッシュ大統領に敗れた2000年の選挙結果の重大さなど、いろいろな思いをめぐらす機会となりました。それでも「まだ間に合う」とのメッセージと合わせ、私たち一人ひとりができる小さな積み重ねの重要さも伝えてくれる映画でした。レジ袋を使わない、冷暖房の設定温度を注意する、なるべく燃費の良い車に乗るなど、身近な行動の積み重ねが地球を救い、未来を救うことを痛感しています。

さて…と話題転換する接続詞を置き、記事タイトルの内容に入るパターンの多さが当ブログの特徴です。週1回の更新ペースとなっているため、一つの記事の中に複数の話題が盛り込まれがちです。触れたい話題があるのならば、小刻みに更新すれば良いようなものですが、なかなか一度定着した投稿サイクルやスタイルを改めるのも簡単ではありません。いつも長々とした文章にお付き合いいただいている皆さんへは本当に感謝しています。

さすがに今回は、四川大地震から『不都合な真実』まで引っ張ってしまった手前、記事タイトルを途中で変更しました。変更したついでに気ままな記事をたまには書いてみようと考えました。もともと当ブログのサブタイトルは「逆風を謙虚に受けとめながら雑談放談」としています。スーパー大辞林が収録されている電子辞書で、雑談とは「様々なことを気楽に話し合うこと」、放談とは「言いたいことを自由に語ること」と書かれています。

当然、その趣旨は率直な意見交換がはかれるコメント欄を含め、当ブログ全体を通したコンセプトだと考えています。立場や視点の異なる者同士で議論できるのは貴重な機会であり、仮に接点を見出せなかったとしても、多様な考え方をつかめる場であることに意義深さを感じています。一方で、直接相対しない匿名でのコメント投稿となるため、本音の意見を聞ける反面、きつい言葉の応酬となる場面も時々あります。

そのような場合、結果として溝が深まったことになるのかも知れませんが、対話の機会を持たない限り、もともと存在している双方の溝が埋まることはあり得ません。したがって、中国の胡錦濤国家主席が来日し、福田首相と友好ムードで会談を重ねたことは歓迎すべき動きだと思っています。しかし、福田首相がチベットの人権問題などを直言しなかった点について、「媚中」外交だと批判する声も聞こえていました。

このような言われ方に対し、福田首相が敏感に反応したものと思える発言を耳にしました。「日中青少年友好交流年」開幕式で、胡主席講演の後、福田首相は「友好を深めるには相手のありのままを理解することが大事だ。特に若者はステレオタイプの国家観や国民像で満足するような知的に怠惰な姿勢ではいけない。お互い努力することで心に響く対話ができるようになる」と挨拶されたそうです。

日本と中国政府は、国内世論の排他的ナショナリズムという悩みを共有していると言われています。四川大地震後、被災地に日本の国際緊急援助隊が派遣されたことによって、中国での対日世論が劇的に改善しているようです。たいへん不幸な出来事の中で、幸な兆候だと思っています。ここでステレオタイプという言葉の意味も調べてみました。前述の電子辞書では「ものの見方・態度や文章などが型にはまって固定的であること」と記されていました。

ステレオタイプと言えば、公務員もステレオタイプの見られ方や批判を受けがちだと感じています。『公務員の異常な世界』という新書を購入しましたが、確かに面白く読める本でした。公務員以外の方が読めば、腹が立ったり、あきれたりする内容が満載だろうと思います。公務員の一人である私から見ても、あきれ果てる事例が数多くありました。つまり著者である若林亜紀さんの実体験や綿密な取材に基づき書かれている事実であることは間違いないのでしょうが、公務員職場の実態は千差万別だからです。

したがって、公務員の世界すべて、この本に書かれているように異常であるとの誤解を招きかねないことを懸念しています。公務員は一蓮托生で、大なり小なり同じようなものだと決め付けられたら身もフタもありませんが、ステレオタイプの批判につながる書かれ方には強い違和感を持っています。「たいして働かず、高給取りだ」との固定観念が非常に切なく、そのイメージの払拭に向けて地道に努力しなければならない現状です。

前回の記事「図書館の役割と可能性」のコメント欄でも、このような問題意識につながる議論の広がりが見受けられました。今回の記事は「たまには気ままに雑談放談」としましたので、あえて結論付けたまとめ方はしないつもりですが、どうも気ままに書き進めていくと話が終わりそうにありません。橋下知事による大阪府職員の賃金カット問題などにも触れてみようと思っていましたが、次回以降の記事で取り上げる予定とし、今回の記事はこの辺で終わらせていただきます。

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2008年5月18日 (日)

図書館の役割と可能性

前回記事「図書館に管理者制度 Part2」のコメント欄では図書館の話題から広がり、年収格差の問題など幅広いご意見が交わされました。当該の記事内容に直接関係しないコメントを敬遠するブログもあるようですが、当ブログはその点についてのこだわりはありません。逆に話題が広がることによって、思いがけないご意見を伺えることの意義を感じています。

また、感情的な対立が際立たない限り、投稿者同士の熱い議論も歓迎しています。本来、その議論の延長線上での新規記事の投稿が好ましかったのかも知れませんが、今回も記事タイトルのとおり図書館の問題を取り上げさせていただきます。それでも人材確保の面など、一連の議論の流れに応答する内容も含まれているものと考えています。

昨年9月、地域文庫連絡会に携わっていた皆さんが図書館民営化の動きに危機感を抱き、市民の立場から「図書館を考える会」を立ち上げていました。昨日の土曜、その会が主催した「市民にとってより良い図書館のあり方とは」と訴えた集会が開かれ、私も参加してきました。会場の椅子が不足するほどの参加者が集まり、ゆうゆうと100名は超えていたようです。

第1部は日本図書館協会理事の常世田良さんを講師として招き、「まちづくりと図書館 ―公共図書館の役割と可能性―」と題した講演会でした。第2部は市議会各会派の議員の皆さんから図書館指定管理者の問題に対するご意見をお聞きしました。文教委員会に所属されている5名の方からそれぞれのお考えを伺える貴重な機会となりました。会場内には発言者として招かれた5名の方以外にも多くの市議会議員の皆さんの顔を見かけ、この問題の注目度の高さを改めて感じ取っています。

自ら「図書館バカ」と称する講師の常世田さんは浦安市立図書館長を務めていた方で、具体的な事例を示しながら図書館の現状や可能性について熱く語られていました。このブログの直前2回の記事内容は素人なりの言葉で綴りましたが、今回、その道のプロの視点や言葉を紹介することで図書館問題の本質論を補強させていただきます。

初めに、図書館は10年間で700館近く増え、30%増となった公共施設であり、自治体の箱物建設が抑制される中で図書館だけは異例である話を伺いました。野球場やテニスコートなどは利用者が限られますが、図書館は子どもからお年寄りまで誰でも気軽に利用できる施設であり、どの自治体でも最も利用者が多い施設である説明を受けました。再開発地区の集客力を高める目玉とする場合が多いことも話されていました。

それにもかかわらず、正職の司書ゼロの自治体が30数%、1人だけが20数%という現状を常世田さんは嘆かれていました。今や司書資格を持つ図書館長は絶滅危惧種であることも付け加えていました。このような現状や指定管理者への移行が進む動きに対し、図書館を単なる「無料の貸し本屋」にとどめるのならば、やむを得ないものと語っていました。

今回の講演会の中で、常世田さんは「家に帰って野球を見て、ビールを飲んでいても生きていける社会を日本は作ってきたが、これからは、そうならない」と数回繰り返されていました。これまで日本はピラミッド型の企業系列の中で下請けも守られ、市町村も上意下達の中で判断し、住民も「お上」を信じていれば、それなりの生活が保障されてきたと述べています。職場の中でも、与えられた課題を与えられた情報や手法でこなせば評価されていた時代だったと評されていました。

それが社会全体を通して「自己判断自己責任」が問われるようになり、充分な情報が集められないと判断を誤るリスクが増大していることを語っていました。さらに「自己判断自己責任」型社会が成立するためには、正確な情報が公平に提供される必要性を訴えています。アメリカの国民は医療機関にかかるのも、銀行預金するのにも自分で詳しい情報を入手し、日本人のように「近くだから」程度の理由で決めることは絶対ないそうです。

その上で、常世田さんはマスコミ、出版流通、インターネットの限界を次のように述べています。

  • マスコミ情報は一方通行であり、必要な時に必要な情報を取得できない。
  • 通常の書店では、売り場面積の問題などから「売れない本」は返品され、とりわけ専門書の類いは置いていない。
  • インターネットだけでは、体系的網羅的な知識やモノの考え方に関する知識などは入手できない。例えば平均的な本の頁数は200頁もあり、その分量に匹敵する情報をネット上から閲覧又はダウンロードすることは難しい。

以上の例示は本当に分かりやすく、「だから図書館が大事」との説明につながっていきます。また、何か困ったことが起こり、行政に相談しようと考えても、すぐにどこへ行けば良いのか分からない、その点で図書館は「どこにあるのか」「どんな人がいるのか」「何をしてくれるのか」分かりやすく、土日も開館しているため、、足を運びやすい公共施設であることを常世田さんは強調しています。

加えて、図書館は法律や医療など単一の問題にとどまらず、すきま情報を埋められるワンストップ窓口であるとも話されていました。このような情報提供や住民の課題解決に向けた「気付き」のサポートを適確に行なうためには、やはり図書館職員としての経験の蓄積が欠かせません。したがって、契約社員やアルバイトが中心となりがちな指定管理者では、そのような図書館員は育ちにくいと主張されていました。

特に図書館は民間企業にノウハウのない業態であり、民間には経験豊富な司書も存在しない現状を述べられていました。また、コストがかかるため、受託した企業が社員に対して高度な研修を実施することも考えられず、万が一、委託する行政側がノウハウを伝えるとしたら研修料を取るべき話だとも付け加えています。

受託企業の利益は人件費などの差額から捻出されるため、同一の職員態勢であれば、直営の方が低コストとなる説明もその通りだと思いました。例えば時給800円のアルバイト賃金に必ず受託会社の利益分が乗せられ、市へ請求されることになります。従来通り市が直接雇用した場合、アルバイトの賃金800円そのものが市からの支出であり、その面では指定管理者イコール低コストの構図とはなり得ません。

指定管理者が低コストと試算されるのは、年収を抑制した職員で構成することを前提としているからです。その結果、職員の定着率が低くなっている現状は前々回記事でも示したとおりでした。日本図書館協会は、運営形態の多様化自体を必ずしも否定していないそうです。しかし、その目的はコスト削減ではなく、サービスの質的量的向上でなければならないと提言されています。

文部科学省も「公民館、図書館及び博物館における指定管理者制度の適用については、住民サービスの向上を図る観点から、地方公共団体が指定管理者制度を適用するか否か判断するものであること」と自治体へ通知している話を常世田さんからご紹介いただきました。まだまだ興味深く参考となるお話を伺いましたが、特に私自身が印象に残った点を中心に報告させていただきました。

市議の皆さんからのご意見も、一人ひとり特色があり、興味深いものでした。たいへん長い記事となっていますので、最後に、文教委員会の委員長である女性市議の頼もしい一言だけご紹介します。図書館の指定管理者を「一方的に実施しません。皆さんと一緒に考えていきたい」と述べていただきました。反対意見を持つ参加者に対するリップサービスも多少あるのでしょうが、直営の存続に向けて貴重な発言だったものと受けとめています。

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2008年5月11日 (日)

図書館に管理者制度 Part2

アニメ調のイラストが表紙や挿絵として付いている若者向けの小説をライトノベルと言うそうです。そのライトノベルの申し子である有川浩さんの代表作『図書館戦争』シリーズは累計で70万部を突破するベストセラーとなり、テレビアニメとしても放映されています。内容はSFアクションですが、読書の自由が奪われた世界で、本を守る者と検閲サイドとの間で繰り広げられる戦闘を描いたものです。

なかなか図書館の根幹的な使命をモチーフにした作品だと思っていました。それもそのはずで、有川さんの夫が近所の図書館で「図書館の自由に関する宣言」のパネルを見かけ、「これ面白いよ」と報告してくれたのが『図書館戦争』誕生の切っかけだったそうです。その「宣言」は、戦前に図書館自らが自由を放棄していった歴史を反省し、1954年に日本図書館協会が採択したものです。1979年に改訂されましたが、図書館員の基本的な綱領として現在に至っています。「宣言」の主要な内容は次のとおりです。

図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。

  1. 図書館は資料収集の自由を有する。
  2. 図書館は資料提供の自由を有する。
  3. 図書館は利用者の秘密を守る。
  4. 図書館はすべての検閲に反対する。

図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。

前回記事「図書館に管理者制度」を書き進める中で、上記の「宣言」にも触れようかどうか少し迷いました。話が広がりすぎる懸念もあったため、結局、記事本文では取り上げませんでした。しかしながら記事投稿後に多くの方からコメントをいただき、その意見交換の中で「宣言」の内容の一部を紹介する流れとなりました。「図書館の自由に関する宣言」の全文はリンク先でご覧いただけますが、次の一文を非常に重く受けとめています。

日本国憲法は主権が国民に存するとの原理にもとづいており、この国民主権の原理を維持し発展させるためには、国民ひとりひとりが思想・意見を自由に発表し交換すること、すなわち表現の自由の保障が不可欠である。知る自由は、表現の送り手に対して保障されるべき自由と表裏一体をなすものであり、知る自由の保障があってこそ表現の自由は成立する。

さらに前回記事のコメントで、どーもです。さんから鳥取県の片山前知事の「図書館は民主主義の『知の砦』」という記事をご紹介いただきました。今回の記事で取り上げた「宣言」の趣旨を踏まえた私自身の問題意識と一致する言葉の数々であり、その問題意識が独りよがりではないという意味で勇気付けられた記事でした。こちらもリンク先の全文をご覧いただけたらと思いますが、冒頭と結びの言葉を紹介することで、片山前知事の主張の一端をお伝えします。

民主主義の社会は、治者と被治者が同質であることを前提にして成り立っている。それは人材面だけでなく、情報面においても同様である。ところが、政府と国民の間には往々にしてとてつもなく大きい情報格差が存在する。この格差を背景に、国民が知らず知らずのうちに政府によって情報操作をされることになると、民主主義社会の根幹は揺らいでしまいかねない。

民主主義社会を維持し、その中で市民が主権者として行動するためには、客観的でバランスの取れた情報環境が常に整えられていなければならない。その機能を果たすのが図書館である。その際、現在のわが国の政府と国民との間に見られる著しい情報格差を考慮すれば、図書館には敢えて権力への知的対抗軸としての機能を期待したい。民主主義を実践するには、この知的対抗軸すなわち「知の砦」の存在が不可欠だからである。

一方で最近は、インターネットの普及によって、既存のマスコミ以外からの多様な情報が手軽に得られるようになっています。そのため、一昔前に比べれば図書館の役割も変わっているのではないかとのご意見もあります。このブログに目を通されている方は、日常的にインターネットを利用できる方々であり、そり通りだと思われるかも知れません。

しかし、パソコンを揃えるための資金、プロバイダへの使用料金などを考えた場合、ある程度経済的にゆとりがないとインターネットを利用したくても利用できない方もいらっしゃるはずです。また、経済的には問題なくても操作が不得手で、利用していない人たちも少なくないものと思っています。このように考えた場合、誰もが気軽に無料で、様々な分野の書籍や情報を手にできる図書館の役割は今後も決して極端に低下しないものと見ています。

図書館の指定管理者への移行を検討している私どもの市側の計画も、本の選定は市の職員が直接担うことを基本としています。以上のような重要さを認識した発想だと思いますが、利用者と身近に接するカウンター業務などを一連の流れの中で担ってこそ、地域に根ざした図書館サービスが展開できるはずです。さらに民主主義の「知の砦」とまで評されている図書館のあり方について、コスト面だけで論じることに改めて疑問を抱かざるを得ません。

また、無料で本の貸し出しを行なう図書館は、書店の営業を圧迫しているように見られがちです。しかし、そもそも図書館は読書の大切さや面白さを子どもから大人まで幅広く啓発する役目も負っています。したがって、図書館がそのような活動を推進することによって、読書好きの人たちの裾野を広げることになります。

本が好きな人は図書館を利用する一方、同時に早く読みたい本や手元に置きたい本は書店で購入するはずです。限られたパイの中での競合という視点ではなく、パイを大きくする図書館の役割を理解していくことによって、地域の中で「図書館は書店の商売敵」と言われない関係を築けるものと考えています。

いろいろ話が飛んで恐縮ですが、最近読み終えた「公務員クビ!論」の中でも図書館の役割への期待が書かれていました。「税金を納めているにもかかわらず、直接的な恩恵が少ない」と不満を持ちやすいのは所得面での中間層に多く、その大半がサラリーマンだと著者の中野雅至さんはとらえています。日頃、サラリーマンは地域社会との接点が少なく、唯一接点のある公的機関が図書館であると中野さんは述べていました。

さらに今後、知識経済の進展や資格習得熱などを考えた場合、ますます図書館はサラリーマンにとって重要度を高めるものと見ています。そして、中野さんは「これは役所や公務員からみても大きなチャンスです。図書館という施設を上手く活用すれば、中間層の地域への関心を高めることができるからです」とし、サラリーマンの参加意識が高まるかどうかは「図書館の質」に依存すると論じられていました。

長々と綴ってきましたが、前回記事に引き続き、図書館は単なる無料の「貸し本屋」ではない点を訴えさせていただきました。いずれにしても行革計画は現場最前線で働く職員の声が届かず、策定されていく傾向が顕著です。したがって、これから正念場を迎える労使交渉を通し、様々な角度からの問題点を真摯に議論していくことが非常に重要だろうと考えています。

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2008年5月 3日 (土)

図書館に管理者制度

祝日だった先週火曜日、読売新聞多摩版のトップ見出しは「図書館に管理者制度」でした。私どもの市立図書館の経営効率化に向け、8つある地区図書館への指定管理者制度の導入を柱とした「図書館見直し方針」に関する記事内容でした。市側は「見直し方針」策定の主眼として、運営コストの7割以上が人件費で占め、現行の直営体制では柔軟な経営的視点を持った運営が困難であると説明しています。

例えば今後、住民要望の高い開館時間の延長に際し、2時間の延長で人件費だけで年間約1800万円増加する試算を示しています。さらに地区図書館で導入した後、購入すべき本の選択など行政が担うべき業務を残した上、最も利用の多い中央図書館の指定管理者への移行も方針化しています。なお、その新聞記事のリードの部分では「数年ごとの契約で事業の継続が確保されないため、図書館の運営は民間になじまないとの声もあり、議論を呼びそうだ」とも書かれていました。

すでに組合への提案があり、当該職場の組合員も多数参加した交渉を重ねながら指定管理者移行に伴う問題点などをただしているところです。組合の最も重要な役目は、組合員の職や労働条件を守ることです。同時に現場を熟知した職員の目線で、行革提案をチェックすることも組合の大事な役割だと考えています。そのことが結果として、住民サービスの維持向上につながるものと確信しています。

市側の提案、つまり図書館に指定管理者制度を導入する計画の是非を検証するにあたり、改めて図書館法などを調べてみました。まず図書館設置の目的は「国民の教育と文化の発展に寄与すること」とされています。また、図書館のサービス内容は「土地の事情及び一般公衆の希望にそい、更に学校教育を援助し得るように留意し…」と書かれ、次のとおり多岐にわたったものです。

  1. 郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード、フィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視覚聴覚教育の資料その他必要な資料(以下「図書館資料」という。)を収集し、一般公衆の利用に供すること。
  2. 図書館資料の分類排列を適切にし、及びその目録を整備すること。
  3. 図書館の職員が図書館資料について十分な知識を持ち、その利用のための相談に応ずるようにすること。
  4. 他の図書館、国立国会図書館、地方公共団体の議会に附置する図書室及び学校に附属する図書館又は図書室と緊密に連絡し、協力し、図書館資料の相互貸借を行うこと。
  5. 分館、閲覧所、配本所等を設置し、及び自動車文庫、貸出文庫の巡回を行うこと。
  6. 読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を主催し、及びその奨励を行うこと。
  7. 時事に関する情報及び参考資料を紹介し、及び提供すること。
  8. 学校、博物館、公民館、研究所等と緊密に連絡し、協力すること。

以上のような規定をながめた時、本の貸し出しだけが図書館のサービスではないことが一目瞭然です。その趣旨を踏まえ、私どもの市の図書館はレファレンスサービスや読書会など、貸し出し以外のサービスにも力を注いできています。地元商工会議所らとも連携したビジネス支援サービスは好評を博し、30年の歴史を積み重ねた地域行政資料の蓄積も3万3千点に及びます。

日本図書館協会からは「1970年前後に多摩地区の図書館は、それまで研究者らの利用に限られていた図書館を市民に開放したパイオニア」と評されるなど、多摩地区の図書館は全国的にも質の高いサービスを展開してきました。そのため、図書館に対する市民からの愛着も強いと言われています。ある近隣市が図書館の民間委託化を検討した際、市民から数多くの反対意見が寄せられ、民間委託を断念した例もありました。

このような経緯の中、アウトソーシングが進んだ東京23区に比べ、多摩地区は直営図書館が圧倒多数を占めていました。私どもの市の図書館のサービスは、レベルの高い多摩地区の中でもトップクラスの評判を得ていました。それにもかかわらず、今回、多摩地区初の指定管理者導入という「パイオニア」となるかどうかの局面を迎えています。当該職場の組合員の皆さんは、これまでの努力に冷や水を浴びせるような提案に憤り、たいへん残念な気持ちを抱いています。

日本図書館協会は公立図書館への指定管理者制度の適用について、事業の継続性や専門性という観点などから「基本的になじまない」との見解を示しています。「図書館職員は10年たって1人前、3年から5年で契約を終える民間に任せて大丈夫なのか」との疑問の声も頻繁に耳にしています。さらに司書資格の有無ではなく、図書館経験の豊富な職員がどれだけいるかで、その図書館の実力が決まっていくとも言われています。

当然、厳しい財政状況を考えれば、経費節減の課題は避けて通れません。開館時間や開館日の拡充に向けた要望に対しても、充分応えられるよう検討していかなければなりません。市側は「それらの課題を解決するためには直営では無理だ」と決めつけています。それに対し、組合側は「直営でも一定の経費節減や開館時間の延長などにも応えられるはず」「指定管理者ありきの方針は問題だ」と反論を加えています。

そもそも人件費の課題は、最近の記事「直営責任と格差是正」で記したような問題意識を持っています。指定管理者を導入した自治体の実態を見た場合、契約期間が限定されるため、企業は正規社員の雇用を絞りがちとなっています。契約社員、派遣社員、パート、アルバイトでの運営が主体となり、社員の入れ替わりも激しく、この点からもスタッフの経験の蓄積が不足していく構図となっていきます。

特に図書館は無料の原則があり、企業の利益は市からの委託費の中から捻出するしかありません。そうすると必然的に人件費の圧縮が企業努力の対象とされる懸念も否めません。誤解がないよう申し添えますが、決して指定管理者制度そのものや民間企業へのアウトソーシングを全否定している訳ではありません。公立図書館への指定管理者制度の導入に関しては、日本図書館協会の見解と同様、基本的になじまないものと考えている立場です。

とりわけ全国的にも導入例が少ない中、より慎重に多面的な検討の必要性を痛感しています。一度、踏み出してしまうと簡単に後戻りできないのが行政の習性であり、その意味合いからも図書館の指定管理者問題は徹底的な議論を尽くしていくつもりです。そして、今回の記事で示したような内容に対する共感の輪が広がっていくのかどうか、今後の労使交渉の結果を左右する大事なポイントの一つだろうと思っています。

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