協力関係を築く評判情報
前回の記事は「脱成果主義の動き」とし、最近目にした雑誌や書籍の内容の一部を紹介しながらベターな人事制度に向けた議論材料を提起させていただきました。成果主義を問題視している企業が増えている点など、おおまかな雰囲気はお伝えできたものと思います。一方で、複数にまたがる情報を参考資料としたため、つまみ食い的な物足りなさがあったかも知れません。
今回は興味深く読み終えた『不機嫌な職場』の内容の中で、特に「目からウロコ」と感じた協力関係を築くために欠かせない評判情報について掘り下げてみます。評判情報とは聞き慣れない言葉ですが、その著書でギスギスした職場イコール社員同士の協力関係がない会社だと論じられていました。そして、協力関係を再構築するために必要なフレームワークは、役割構造、インセンティブ、評判情報の3点であると分析していました。
役割構造とは、社員個々人の役割や責任の定義によって協力関係を高めていく規定です。事業部制やプロジェクトチームなどに社員を位置付け、お互い協力し合っていく枠組み作りのことであり、通常の会社組織で一般的に採用されている考え方でした。ただ最近、成果主義の弊害から組織としての力が充分発揮できなくなっている傾向は前回の記事で示したとおりでした。
次にインセンティブです。よく「馬ニンジン」と呼ばれますが、営業で一定の売上げを達成したら報奨金が出るような仕組みです。本来の意味は「人に何かの行動を起こさせるための外的な刺激と、その刺激によって引き起こさせる内的な動機の変化の状態」を指すそうです。つまり単純にニンジンをぶら下げれば、馬が走る訳ではなく、ニンジンを求める馬がいるから効果が上がると言われています。
そもそも成果主義の導入は「業務の成果と金銭的報酬を直接リンクさせれば、社員はより多くの報酬を求めて仕事に没頭するだろう」と意図したインセンティブ、「馬ニンジン」そのものでした。それに対し、以前の記事「ソニーを破壊した成果主義」で紹介したとおりソニー元常務の天外伺朗さんは「目の前にニンジンをぶら下げられたとしても、人が必ずしも仕事をするものではない」と語っていました。
最も大事なのは、例えば「自分の力でロボットを作りたい」とする内側から自然にこみ上げてくる衝動であり、「一生懸命働けば給料を上げる」と言うような外発的動機が強まると内発的動機は弱まると見られています。天外さんは成果主義が強まった結果、ソニーの社員から仕事を楽しもうという内面の意識が薄れ、「仕事の報酬は仕事」だった時代と様変わりしていることを嘆かれていました。
さらに個人の働き方を基点にした成果主義の普及は、社員同士の協力関係を阻害する要因となっていることは今さら繰り返すまでもありません。また、終身雇用が前提である場合、個人成績を犠牲にしてもチームプレイに徹し、長期的な視点で会社の利益のために貢献する社員は珍しくなかったはずです。その意味でも昔に比べ、協力関係を低下させたインセンティブ構造の変化が問題視されています。
続いて、評判情報と協力行動の関係です。評判情報の共有度合いが社員同士の協力関係に影響を与えることが取り上げられていました。それほど目新しい事例が示されていた訳ではありませんが、「なるほど」とうなづけた記述の数々でした。端的な話として、人は知っている人には協力したいと思い、お互い「人となり」を知れば知るほど協力関係は生まれやすいと書かれていました。
かつての日本の会社は「共同体」と呼ばれるほど社員同士が知り合える多様な機会に恵まれていました。社員旅行、懇親会、サークル、職種の集まりなど出会いの場が数多くありました。このような機会を通し、社員は自分の職場以外の人たちと出会い、多様な人間関係を築いていきました。こうしたインフォーマルネットワークは多様な情報を得る機会となり、会社全体の様子も把握でき、社員同士の情報共有の密度も高めていました。
インフォーマルネットワークの存在は、社員同士の結びつきを強めただけではなく、「ずるをしない」という牽制機能も担っていたと見られています。密なコミュニティや多様なインフォーマルネットワークの存在は、当然、悪い評判もすぐ流れるという効果を持ち得ます。そのため、悪いレッテルを貼られないよう個々人が日頃から努力する一つの動機付けにつながっていました。
また、何か仕事で悩んでいると「それだったら、あの人に聞けばいいよ」という情報が入りやすく、メンタル面などの病気で押しつぶされる前に相談を行ないやすい利点もあげられます。しかし、残念ながら効率性を重視する会社側のマネジメントにより、社員旅行や社内運動会などインフォーマルな活動の場は狭まってきたのが現状です。「社員旅行に行くのは仕事ですか」という質問が寄せられるなど、福利厚生面での魅力を失っていた経費は削減しやすかった背景も後押ししていました。
社員旅行などの場は、前述したおり評判情報の流通を高める重要な機能を持っていました。したがって、会社内での出会いの場の削減は、評判情報流通の機能低下や喪失につながっていきました。『不機嫌な職場』の中では、そのような機能の果たす重要さを認識した会社の実例がいくつか紹介されていました。グーグル、サイバーエージェント、ヨリタ歯科クリニックなど、それぞれ社員同士が交流する場を重視し、イキイキと働き続けられるための様々な工夫が掲げられていました。
IT関連の最先端企業であるグーグルがアナログな社員旅行などを重視していたのは意外な発見でした。振り返れば、私どもの役所の中でも、職場ごとの旅行は激減しています。職員家族対象の運動会も数年前から開かれていません。現在、組合や互助会主催の福利厚生行事は日帰りが中心となり、家族や元々の知り合い同士で参加して楽しむ機会となっています。
それでも組合の取り組みの場合、日頃顔を合わせることがない参加者同士、なるべく親睦や交流を深める機会につながることを心がけてきました。特に『不機嫌な職場』を読み終え、そのような出会いの場が重要であることを再認識したため、よりいっそう職場の壁を越えた交流について意識していこうと考えています。いずれにしても、職員同士が快く協力し合える職場作りに向け、評判情報の大切さを知る機会となった一冊でした。
| 固定リンク
コメント