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2008年4月 6日 (日)

脱成果主義の動き

後期高齢者医療制度(「千円札の重み」参照)がスタートした初日である4月1日、福田首相は「ネーミングが良くない」とし、「長寿医療制度」と呼ぶよう舛添厚労相に指示しました。目上の者には弱い上下関係に忠実(?)な舛添厚労相は、さっそくトップダウンで通称名の変更を決めました。これに対し、頭越しに呼び名を変えられた与党の厚労族から激しい批判が舛添厚労相へ噴き出しています。

「長寿医療は日本語として正しくない」「これまで後期高齢者医療制度の名称で政府広報やテレビCMなどでPRし、2億6千万円以上を支出しているのに税金の無駄遣いだ」との声が上がっています。批判の矛先となった舛添厚労相は「名称をいろいろおっしゃるヒマがあれば、制度の意味を国民に説得すべきでしょ。私はやってますよ」と相変わらず高飛車な態度で応じていました。

このような与党厚労族との応酬が面白おかしくマスコミに取り上げられましたが、そもそも制度がスタートした初日に最も重要な名称を突然変えようとする発想が異常であり、その点がもっと非難されるべき話だと思っています。要するに福田首相や舛添厚労相は、高齢者にとって深刻な負担を強いる新たな医療制度への関心が薄かった証拠だと言わざるを得ないからです。さらに名称だけ変えても制度の本質的な問題が変わる訳ではなく、小手先の目くらましに過ぎないことも指摘せざるを得ません。

久々に記事タイトルと異なる話題が長くなりましたが、「雑談放談」的なブログですのでご容赦ください。さて、前回記事は「ベストは見出せない人事制度」でした。このブログを通し、ベターな人事制度を探るための議論材料が提起できればと考え、この週末を迎えていました。すると4月7日号の『AERA』で、成果主義に関する二つの記事が目に入りました。

“成果主義なんかいらない トヨタの「職場革命」 「成果」中心の人事制度を敷いた企業に、見直しの動きがある。共通するのは、数値化されにくい「役割」「チーム力」の再評価だ。” もう一つは“世界の流れに遅れた日本の人事制度 ミドルの復権こそ脱成果主義の課題 「成果主義は問題が多い」と、多くの企業が気づいている。世界の潮流とかけ離れながら、「次の一手」が見つからない”と見出しが打たれた記事でした。

また、立ち寄った書店で、平積みされていた本のタイトルにも目がとまりました。『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(講談社現代新書)という本で、「あなたの職場がギスギスしている本当の理由」と大きく書かれた帯紙も目立っていました。この本と『AERA』の記事に共通していたのは成果主義のもたらしたマイナス面を指摘し、今後、もっと組織としての力を高めていく必要性が強調されていた点です。

ベターな人事制度を考える上で紹介したい内容が数多くありましたが、今回の記事では特に印象に残った点を中心に掲げさせていただきます。以前の記事「ソニーを破壊した成果主義」で、目先の利益を追求する雰囲気が社内に蔓延し、事業部間の足の引っ張り合いが目立つようになったソニーの事例などを紹介しました。さらに今回、成果主義の功罪について掘り下げる機会となりました。

まず日本の成果主義は、バブル崩壊後に企業収益が落ち込む中、人件費を抑制することを目的で導入された点を押さえなくてはなりません。本来の成果主義の狙いは、セルフマネジメント人材の育成や環境の変化へ柔軟に対応できる組織づくりであり、社員の働きがいを決して軽視するものではありません。それが日本の場合、年功や経験年数で支払われていた報酬を成果に応じて支払う「効率化」などに重きが置かれがちでした。

もともと企業が労働者の長期雇用を保障するのは温情ではなく、企業の教育訓練投資の成果である熟練労働者を重視したものであり、年功賃金と退職金制度は熟練労働者を企業に縛りつける仕組みでした。加えて長期雇用の保障は、社員の企業への帰属意識を高め、「会社のため」に行動する動機付けともなっていました。

一方で、年功賃金や成果の定義が曖昧な労働環境は、フリーライド(ただ乗り)を許す構造、つまり仕事に手を抜くことができる組織につながっていました。成果主義の導入によって、仕事の範囲の曖昧さが除かれ、個々人の成果が数値化されるようになりました。その結果、成果を残せない業務=無駄な業務に従事する社員が減り、企業の生産性は高まり、必然的にフリーライドも排除されていきました。

成果主義のデメリットとしては、個人の成果に結びつかない業務が消え、組織としては必要な「のりしろ」や「遊び」がなくなる状況を招きました。加えて、大企業の倒産や容赦ないリストラを見せつけられ、長期雇用や年功賃金が保障されていない中、ますます企業内の個人主義の傾向は強まっていきました。「その仕事は私のためになるんですか?」との声や「競争相手に教えられない」と同僚に仕事のやり方を教えない社員まで現れていました。

お互いに知恵や経験を持ち寄れば、簡単に解決できる問題も一人で抱えたり、一から自分で調べるという弊害が生まれています。社員同士がお互い協力し合えないため、組織全体での生産性、効率性、創造性の低下が取り沙汰されてきました。もう一つ大きな問題として、お互いが干渉しない、干渉できない組織内での個人主義の蔓延は、品質やコンプライアンスに向けたチェック機能の低下にもつながっていました。

また、かつての日本企業には古い徒弟制度のように人を育てていく文化がありましたが、成果主義の導入でリーダーシップ開発がなおざりにされたとも言われています。そのシワ寄せはミドル層の衰退に現れ、やがて経営者層の深刻な人材難に直結する危うさが警告されています。つまり現在のミドル層は、いきなり年功序列の「権威」がはがされ、場合によってはフラット化された組織で若手と「成果」を競わされ、後進を育てる経験や余裕がないまま中間管理職に位置付けられている傾向が顕著でした。

確かに成果主義にはメリットもありましたが、ようやく最近、デメリットの多さが強調されてきました。そのため、脱成果主義に向け、組織やチームとしての士気を高める重要性が改めて注目を浴び始めています。次のようなニュースも、組織としての一体感やモチベーションを高めるための一つの試みだと言われています。

日本綜合地所は3日、部下との付き合いを円滑に進めるため、管理職に月10万~30万円の「部下手当」を4月から支給すると発表した。会食費や冠婚葬祭費に充ててもらう。部長級23人と、それ以外の管理職(副課長から次長)39人が対象。支給額は、部長級で部下が20人以上の場合で月30万円、19人以下は月20万円、それ以外の管理職が月10万~15万円。

通常の給与振り込み口座とは別に、専用の口座を設けて、特別の手当であることを明確にする。日本綜合地所はこれまで、取引先との付き合いなどは経費として処理できていたが、社内の飲み会は自己負担だった。今回の手当導入で年1億5000万円の負担増となるが、同社は「部下とのコミュニケーションに役立ててほしい」としている。【毎日新聞2008年3月3日】

長々と書き進めてきましたが、紹介したい興味深い内容は盛りだくさんでした。今後も成果主義の問題に関しては、このブログの記事を通して提起させていただくつもりです。最後に一言。民間企業では脱成果主義が叫ばれ始めた一方、周回遅れを常とする公務職場では今さらながら個々人の「成果」を評価する制度構築を急がされています。当然、フリーライドは許されませんが、先行事例の教訓を踏まえた柔軟な発想の転換も絶対欠かせないものと思っています。

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コメント

おはようございます。
成果主義の功罪を問い直す動きの中で、公務においては確かに周回遅れで「導入ありき」的な論調が主流ですよね。
そもそも公務職場での「成果」というのが、どのような数値で計測できるのか、はたまた数値化するとしてどれだけの客観性や公正性が確保できるのか?何のためにやるのか?いまひとつ飲み込めないところがあります。
行政サービスというのは、人が替わろうが同じ水準のサービスを提供し続けなければならないわけで、個々人の力というより組織力というか行政そのものの力量が問われるんじゃないかと考えます。
確かにその組織の中でただ乗りしている人に対しては、年功のみにとらわれないそれなりの処遇という結果を用意しなければ全体のモチベーションは低下するでしょうが、最大限頑張って仕事をするのは当たり前のことで、そのことを持って優劣をつけるのいかがなものか?
事例ひとつでどのような職場・職務にも従事せざるを得ない私たちにとって「成果」を評価の中心にすえることには若干の抵抗を感じます。
多くの職場では「チームワーク」が重要と思うのですが・・・。
しかし、ただ乗り職員やモラルに問題のある職員は、組合員としても何とかしなければいけないな。みんなが自信と誇り、やりがいを持って働ける環境を全体で確立しないと!!!

投稿: shima | 2008年4月 8日 (火) 08時22分

shimaさん、コメントありがとうございます。
本当にその通りです。大事なことは、職員一人ひとりのモチベーションを高め、より良い住民サービスを提供できることだと思っています。行革の進め方なども含め、どうしても形にとらわれ過ぎている気がしています。
言うまでもなく、官民問わず「皆が協力し合える」職場の風土は大切にしなければなりません。改めて成果主義の推進が組織としての力をそぐデメリットも自覚し、ベターな人事制度をめざすべきだろうと考えています。

投稿: OTSU | 2008年4月 8日 (火) 22時05分

ご無沙汰してます。

日本綜合地所、すごいことやりますね~。
でも、この手当は使わないといけない性質のものなんですかね?
こんな手当が出ると、団塊世代はとりあえず酒に誘うんでしょうね。
酒が苦手な私にしてみれば、はた迷惑な手当ですね。誘われても断りにくいし・・・。
部下にしても上司にしてもある意味、アフター5を犠牲にされやすくなりそうですね。

成果主義は確かに日本人にはそぐわないと思います。
でも、どちらかというと成果を出している自分は成果主義のサラリーに憧れますね。
年功序列だと、自分より仕事してなくても、自分より高いサラリーをもらえてるわけ
じゃないですか。そういうのが同じ職場にいると、ホント、気が滅入りますよ。
モチベーションも下がりまくりで年々、やる気も失せてきますよ。
悪貨が良貨を駆逐するのを防ぐ意味で成果主義はいいかと思いますが、その弊害の影響
も考慮すると、納得のいく賃金制度は難しいですね。

投稿: エニグマ | 2008年4月 9日 (水) 22時54分

成果主義にしても他の近代思想に共通して言えることは、設計主義というか、人間がある計画を立ててこの通りやればかならず社会は進歩するという予定調和的な社会観、これが行き詰りつつあるのだと思います。合理主義とは近代の権化でしかないとすれば反合理とは前近代というか、ある種伝統文化の縦軸に接近せざるを得ないのではないか。近代主義で掘った墓穴を他の近代思想で埋めることができるのかどうか。
コメントしようのない書き込みですみません(笑)レスがストレートではなく、斜めから意見する癖があるもので。

投稿: かでる | 2008年4月 9日 (水) 23時13分

エニグマさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。
確かにお酒が苦手な人には歓迎できない手当ですね。ちなみに次回以降、『不機嫌な職場』からアフター5の効用について取り上げ、成果主義に関する記事を重ねてみる予定です。ぜひ、またご訪問ください。

かでるさん、おはようございます。コメントありがとうございました。
「予定調和的な社会観」、あくまでも「予定」であり、完璧な制度は難しい、その意味で成果主義の問題などを私もとらえさせていただいています。ぜひ、これからも貴重なご意見やご感想をお気軽にご投稿ください。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2008年4月10日 (木) 07時35分

大変失礼なコメントに対してご返答ありがとうございました。
職場の仲間からは後期高齢者医療制度の現場窓口の混乱を聞いて胸が痛む思いです。
現場窓口としては、制度への周知説明について、一生懸命やっているんですけれどもね。

投稿: かでる | 2008年4月11日 (金) 21時04分

かでるさん、コメントありがとうございました。
税源移譲と定率減税廃止が重なった時もそうでしたが、住民からの苦情や説明に追われるのが市町村職員の役目となっています。制度変更に対する決定権限や広く国民へ周知する責任は国にあるのですが、かでるさんの一言のように市町村職員にとって忸怩たる役割分担だと思っています。

投稿: OTSU | 2008年4月12日 (土) 18時46分

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