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2008年4月27日 (日)

新型インフルエンザ

前回記事「『実は悲惨な公務員』を読み終えて」に対し、再び著者の山本直治さんからトラックバックをいただきました。ご自身が運営するブログ記事「あとがきのあと…誤解は解けるか?」へのリンクでした。その記事を読ませていただきましたが、どうも私の前回記事で暖かい目で見守る「太陽」との記述は、山本さんの真意を正確につかめていなかったようです。

山本さんの意図した「太陽」とは、灼熱の日差し(これも叱咤)を指されているとのことでした。「当事者にプレッシャーをかけることで物事を実現させる場合、プレッシャーのかけ方にもやりようというものがある。押してもだめなら引いてみなということだ」と書かれていました。「北風」一辺倒の問題点は理解していたつもりでしたが、山本さんの真意を充分くみ取れず、たいへん申し訳ありませんでした。

さて、水曜の夜、連合地区協議会の幹事会に出席しました。その会議の冒頭、地元選出の衆議院議員の一人である民主党の末松義規さんから国会情勢などの報告を受けました。短い時間でしたが、衆院山口2区補選の状況などタイムリーな話題が盛りだくさんでした。その中で特に注目したのが新型インフルエンザの問題でした。

新型インフルエンザウイルスとは、動物、とりわけ鳥類のインフルエンザウイルスが人に感染し、人の体内で増えることができるように変化し、人から人へと効率良く感染できるようになったもので、このウイルスが感染して起こる疾患です。人間界にとっては未知のウイルスで、ほとんどの人は免疫を持っていません。このウイルスは容易に人から人へ感染して広がり、急速な世界的大流行(パンデミック)を起こす危険性が指摘されています。

WHO(世界保健機構)は「新型インフルエンザは、起こるか起こらないのかの問題ではなく、いつ起こるかの問題だ。明日起こっても不思議ではない」と警告しているようです。新型インフルエンザは飛沫感染のため、1人の患者から10日間で10万人へ感染し、死亡率は60%と見込まれています。日本だけで死亡者は17万から64万人と推定されています。過去、1918年にスペインかぜが流行した時は約39万人が死亡し、世界全体では約4千万人の死者を出しました。

その当時より大幅な人口増、都市への人口集中、飛行機などの高速大量交通機関の発達などから短期間に地球規模での蔓延が懸念されるため、推計以上の被害の可能性も否定できないそうです。そのため、WHOは1999年にインフルエンザパンデミック計画を策定し、2005年には世界インフルエンザ事前対策計画を改訂し、各国における対応を要請してきました。

日本も内閣官房を中心に関係省庁からなる「新型インフルエンザ及び鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議」を設置し、2005年12月には「新型インフルエンザ対策行動計画」を取りまとめています。2007年3月には新型インフルエンザ対策専門家会議において「新型インフルエンザ対策ガイドライン(フェーズ4以降)」を策定していますが、アメリカなどに比べると危機意識が薄くテンポも遅いようです。

末松さんはオオカミ少年ならぬオオカミ中年と言われながらも、この2年間、新型インフルエンザの大流行に備えた国家危機管理体制づくりの必要性を国会の場で訴え続けてきました。最近、日本政府は医療従事者や社会機能維持者(警官やライフラインの関係者等)のみに備蓄していた1千万人分のワクチン接種を決めました。政府はプレパンデミックワクチンの有効性や副反応が確認されていないため、不必要な接種は避けることも対象者を絞る理由の一つにあげています。

それに対し、末松さんは国民の命を守るため、無用なパニックを防ぐためにも、ワクチンの製造を急がせ、希望者全員に接種すべきだと舛添厚労相へ強く迫っています。国民全員に接種しても費用はイージス艦の購入費1300億円程度であり、これで数十万から数百万人の国民の命が救われるのならば決して高い額ではないと話されています。さらに道路特定財源や埋蔵金(特別会計の30兆円ほどの余剰金)の一部を充てれば賄えるとも主張されています。

このような末松さんの孤軍奮闘ぶりが政府の重い腰を上げさせ、1千万人分のワクチンの追加製造や与野党対立の構図としない法案協議へ導いています。先週25日には、新型インフルエンザに備えた感染症法と検疫法の改正案が参議院で可決・成立しました。未発生の感染症を両法で規定するのは異例なことであり、発生直後から感染拡大を防ぐための隔離や入院などの強制措置が取れるようになります。

その他、都道府県知事による外出自粛勧告や感染の恐れがある人をホテルなどに収容できる規定が盛り込まれています。与野党の協議を通し、潜伏期間中の感染者も強制措置の対象に含められ、ワクチン開発や備蓄も努力規定として加えられています。ネジレ国会と言われ、民主党の対決姿勢が強調されていますが、国家的危機の問題に対しては迅速に法案審議している具体例の一つでした。

今回の末松さんの報告は非常に衝撃的な内容で、新型インフルエンザに対する断片的な情報を整理する貴重な機会となりました。お正月に3日連続でNHKが特集を組み、徐々に国民の間でも知れわたるようになってきましたが、マスコミの扱いは意識的に自制している気がしています。末松さんはセンセーショナルな報道は慎むべきだが、正確な情報の周知も重要であると述べられていました。私自身もその必要性を受けとめ、この間の話題の流れから逸れて恐縮ながら今回のような記事内容を投稿させていただきました。

最後に昨日の土曜日、三多摩メーデーが開かれました。過去の記事で報告したとおり全体で3万人から集まる一大イベントとなっています。さらに私どもの組合は、ご家族含めて700人近くの方々が参加しています。ますます組合への結集力が重視される中、本当に喜ばしいことです。ご参加いただいた皆さん、役員の皆さん、たいへんお疲れ様でした。

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2008年4月19日 (土)

『実は悲惨な公務員』を読み終えて

新書ブームが続いています。5年ぐらい前までは、年間販売数の上位30位に入る新書はありませんでした。養老孟司著『バカの壁』(新潮新書)が話題になった2004年に4冊が30位以内に入りました。2005年は5冊、新書最多の250万部を出版した藤原正彦著『国家の品格』(新潮新書)が書籍売り上げ総合1位だった2006年は、一挙に10冊と倍増しました。その動きに呼応し、ソフトバンク、幻冬舎、朝日新聞社、扶桑社、アスキーなど、新書市場に参入する会社も増えていました。

書店内のポジショニングも熾烈な争いがあり、入って一番目立つ場所に置かれたい、できれば平積みされたいと作者も出版社側も願っているはずです。それでも新書コーナーの書棚に1冊ずつ並べられているのが圧倒多数の作品だろうと思います。言うまでもなく注目を浴びている売れ筋の本は、黙っていても書店側が平積みし、お客の目に付くように並べるのが一般的な姿です。

最近の記事(脱「構造改革」宣言)へのトラックバックを通し、『実は悲惨な公務員』(光文社新書)という書籍を知りました。その本の作者である山本直治さんからのトラックバックであり、リンク先の「役人廃業ウェプログ Renewals」の記事では、この「公務員のためいき」をご紹介いただいていました。興味深いタイトルであり、ぜひ、購入しようと考えていました。自宅近くの書店に立ち寄った際、新書コーナーの出版社別に並べられた背表紙を目で追っていきましたが、そのタイトルの本は見当たりませんでした。

もっと大きな書店で探すしかないのかなと思い始めた時、視線を下に向けてみれば、『実は悲惨な公務員』が前述したような平積みで置かれていました。作者の山本さんには、たいへん失礼ながら何冊も平積みされて売られているとは想像していませんでした。このような公務員ネタは、マイナーな扱いだろうと勝手な先入観を抱いていたようです。ますますその中味に関心が高まり、読み進めるのが楽しみな一冊となりました。

山本さんは文部科学省のキャリア官僚でしたが、年収減をいとわず人材紹介会社へ転職された方です。日本初の公務員向け転職支援情報サイト「公務員からの転職支援 役人廃業.com」を立ち上げ、『公務員、辞めたらどうする?』(PHP新書)なども著している方です。したがって、役所の内情を詳しく把握された上、かつ民間企業側からの視点でも公務員の実態を語れる貴重な方だと言えます。

その本で山本さんは、マスコミが国民へ伝えている役所像には誤解や幻想もあり、それゆえ高い就職人気を誇る一方、理不尽なバッシングを受けている側面があることを訴えています。今回の著書の中で公務員バッシングの功罪を指摘し、叱咤と激励を使い分けた精度の高い「新時代のお役所バッシング」の必要性を説かれていました。その際、「北風と太陽」という寓話を一つのモチーフとして掲げられていました。

不祥事があるたびに厳しくバッシングする「北風思考」ではなく、役所の特性や論理を理解した上、時には根気よく暖かい目で見守る「太陽」の役割も国民が持つべきと主張されています。また、行政組織の「ガン」を治療するためにバッシングのターゲットを大きくしすぎれば、狙い撃ちすべき不祥事とは関係ない真面目な公務員のやる気にまでダメージを与え、役所組織全体の体力を少しずつ奪う懸念を示されていました。

そして、山本さんは次のように述べられています。「人間が生きていく以上、ゆりかごから墓場まで、どこかで必ずお役所の世話になります。官と民がいがみ合っている世の中は決してよくありません。的外れなお役所(公務員)バッシングを止め、賢いバッシングを実践するのはわれわれにとっても望ましいことなのです」との思いが『実は悲惨な公務員』全体を通して伝わってきました。

その思いを読者と共通理解するための手順として、「お役人の待遇は本当にオイシイのか」「お役所はなぜ税金をムダ遣いするのか」「リスクや責任をとらない理由」などを各章の見出しとし、具体的な実例や資料を掲げながら公務員の実像が分かりやすく紹介されています。たいへん興味深い内容が多く、このブログをお読みいただいている方々へも事細かくお伝えしたいところです。

とは言え、あまり具体的な記述を子細に紹介しすぎると著作権法にも問われかねません。したがって、たいへん恐縮ながらもっと詳しい内容を知りたい方は、やはり実際に購入いただければと思います。冒頭に申し上げたとおり身近な書店で比較的入手しやすい新書であることは間違いありません。最後に一言。このような新書がメジャーな扱いとなって多くの方が目を通されることは、公務員の一人として喜ばしいことだと付け加えさせていただきます。

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2008年4月13日 (日)

協力関係を築く評判情報

前回の記事は「脱成果主義の動き」とし、最近目にした雑誌や書籍の内容の一部を紹介しながらベターな人事制度に向けた議論材料を提起させていただきました。成果主義を問題視している企業が増えている点など、おおまかな雰囲気はお伝えできたものと思います。一方で、複数にまたがる情報を参考資料としたため、つまみ食い的な物足りなさがあったかも知れません。

今回は興味深く読み終えた『不機嫌な職場』の内容の中で、特に「目からウロコ」と感じた協力関係を築くために欠かせない評判情報について掘り下げてみます。評判情報とは聞き慣れない言葉ですが、その著書でギスギスした職場イコール社員同士の協力関係がない会社だと論じられていました。そして、協力関係を再構築するために必要なフレームワークは、役割構造、インセンティブ、評判情報の3点であると分析していました。

役割構造とは、社員個々人の役割や責任の定義によって協力関係を高めていく規定です。事業部制やプロジェクトチームなどに社員を位置付け、お互い協力し合っていく枠組み作りのことであり、通常の会社組織で一般的に採用されている考え方でした。ただ最近、成果主義の弊害から組織としての力が充分発揮できなくなっている傾向は前回の記事で示したとおりでした。

次にインセンティブです。よく「馬ニンジン」と呼ばれますが、営業で一定の売上げを達成したら報奨金が出るような仕組みです。本来の意味は「人に何かの行動を起こさせるための外的な刺激と、その刺激によって引き起こさせる内的な動機の変化の状態」を指すそうです。つまり単純にニンジンをぶら下げれば、馬が走る訳ではなく、ニンジンを求める馬がいるから効果が上がると言われています。

そもそも成果主義の導入は「業務の成果と金銭的報酬を直接リンクさせれば、社員はより多くの報酬を求めて仕事に没頭するだろう」と意図したインセンティブ、「馬ニンジン」そのものでした。それに対し、以前の記事「ソニーを破壊した成果主義」で紹介したとおりソニー元常務の天外伺朗さんは「目の前にニンジンをぶら下げられたとしても、人が必ずしも仕事をするものではない」と語っていました。

最も大事なのは、例えば「自分の力でロボットを作りたい」とする内側から自然にこみ上げてくる衝動であり、「一生懸命働けば給料を上げる」と言うような外発的動機が強まると内発的動機は弱まると見られています。天外さんは成果主義が強まった結果、ソニーの社員から仕事を楽しもうという内面の意識が薄れ、「仕事の報酬は仕事」だった時代と様変わりしていることを嘆かれていました。

さらに個人の働き方を基点にした成果主義の普及は、社員同士の協力関係を阻害する要因となっていることは今さら繰り返すまでもありません。また、終身雇用が前提である場合、個人成績を犠牲にしてもチームプレイに徹し、長期的な視点で会社の利益のために貢献する社員は珍しくなかったはずです。その意味でも昔に比べ、協力関係を低下させたインセンティブ構造の変化が問題視されています。

続いて、評判情報と協力行動の関係です。評判情報の共有度合いが社員同士の協力関係に影響を与えることが取り上げられていました。それほど目新しい事例が示されていた訳ではありませんが、「なるほど」とうなづけた記述の数々でした。端的な話として、人は知っている人には協力したいと思い、お互い「人となり」を知れば知るほど協力関係は生まれやすいと書かれていました。

かつての日本の会社は「共同体」と呼ばれるほど社員同士が知り合える多様な機会に恵まれていました。社員旅行、懇親会、サークル、職種の集まりなど出会いの場が数多くありました。このような機会を通し、社員は自分の職場以外の人たちと出会い、多様な人間関係を築いていきました。こうしたインフォーマルネットワークは多様な情報を得る機会となり、会社全体の様子も把握でき、社員同士の情報共有の密度も高めていました。

インフォーマルネットワークの存在は、社員同士の結びつきを強めただけではなく、「ずるをしない」という牽制機能も担っていたと見られています。密なコミュニティや多様なインフォーマルネットワークの存在は、当然、悪い評判もすぐ流れるという効果を持ち得ます。そのため、悪いレッテルを貼られないよう個々人が日頃から努力する一つの動機付けにつながっていました。

また、何か仕事で悩んでいると「それだったら、あの人に聞けばいいよ」という情報が入りやすく、メンタル面などの病気で押しつぶされる前に相談を行ないやすい利点もあげられます。しかし、残念ながら効率性を重視する会社側のマネジメントにより、社員旅行や社内運動会などインフォーマルな活動の場は狭まってきたのが現状です。「社員旅行に行くのは仕事ですか」という質問が寄せられるなど、福利厚生面での魅力を失っていた経費は削減しやすかった背景も後押ししていました。

社員旅行などの場は、前述したおり評判情報の流通を高める重要な機能を持っていました。したがって、会社内での出会いの場の削減は、評判情報流通の機能低下や喪失につながっていきました。『不機嫌な職場』の中では、そのような機能の果たす重要さを認識した会社の実例がいくつか紹介されていました。グーグルサイバーエージェントヨリタ歯科クリニックなど、それぞれ社員同士が交流する場を重視し、イキイキと働き続けられるための様々な工夫が掲げられていました。

IT関連の最先端企業であるグーグルがアナログな社員旅行などを重視していたのは意外な発見でした。振り返れば、私どもの役所の中でも、職場ごとの旅行は激減しています。職員家族対象の運動会も数年前から開かれていません。現在、組合や互助会主催の福利厚生行事は日帰りが中心となり、家族や元々の知り合い同士で参加して楽しむ機会となっています。

それでも組合の取り組みの場合、日頃顔を合わせることがない参加者同士、なるべく親睦や交流を深める機会につながることを心がけてきました。特に『不機嫌な職場』を読み終え、そのような出会いの場が重要であることを再認識したため、よりいっそう職場の壁を越えた交流について意識していこうと考えています。いずれにしても、職員同士が快く協力し合える職場作りに向け、評判情報の大切さを知る機会となった一冊でした。

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2008年4月 6日 (日)

脱成果主義の動き

後期高齢者医療制度(「千円札の重み」参照)がスタートした初日である4月1日、福田首相は「ネーミングが良くない」とし、「長寿医療制度」と呼ぶよう舛添厚労相に指示しました。目上の者には弱い上下関係に忠実(?)な舛添厚労相は、さっそくトップダウンで通称名の変更を決めました。これに対し、頭越しに呼び名を変えられた与党の厚労族から激しい批判が舛添厚労相へ噴き出しています。

「長寿医療は日本語として正しくない」「これまで後期高齢者医療制度の名称で政府広報やテレビCMなどでPRし、2億6千万円以上を支出しているのに税金の無駄遣いだ」との声が上がっています。批判の矛先となった舛添厚労相は「名称をいろいろおっしゃるヒマがあれば、制度の意味を国民に説得すべきでしょ。私はやってますよ」と相変わらず高飛車な態度で応じていました。

このような与党厚労族との応酬が面白おかしくマスコミに取り上げられましたが、そもそも制度がスタートした初日に最も重要な名称を突然変えようとする発想が異常であり、その点がもっと非難されるべき話だと思っています。要するに福田首相や舛添厚労相は、高齢者にとって深刻な負担を強いる新たな医療制度への関心が薄かった証拠だと言わざるを得ないからです。さらに名称だけ変えても制度の本質的な問題が変わる訳ではなく、小手先の目くらましに過ぎないことも指摘せざるを得ません。

久々に記事タイトルと異なる話題が長くなりましたが、「雑談放談」的なブログですのでご容赦ください。さて、前回記事は「ベストは見出せない人事制度」でした。このブログを通し、ベターな人事制度を探るための議論材料が提起できればと考え、この週末を迎えていました。すると4月7日号の『AERA』で、成果主義に関する二つの記事が目に入りました。

“成果主義なんかいらない トヨタの「職場革命」 「成果」中心の人事制度を敷いた企業に、見直しの動きがある。共通するのは、数値化されにくい「役割」「チーム力」の再評価だ。” もう一つは“世界の流れに遅れた日本の人事制度 ミドルの復権こそ脱成果主義の課題 「成果主義は問題が多い」と、多くの企業が気づいている。世界の潮流とかけ離れながら、「次の一手」が見つからない”と見出しが打たれた記事でした。

また、立ち寄った書店で、平積みされていた本のタイトルにも目がとまりました。『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(講談社現代新書)という本で、「あなたの職場がギスギスしている本当の理由」と大きく書かれた帯紙も目立っていました。この本と『AERA』の記事に共通していたのは成果主義のもたらしたマイナス面を指摘し、今後、もっと組織としての力を高めていく必要性が強調されていた点です。

ベターな人事制度を考える上で紹介したい内容が数多くありましたが、今回の記事では特に印象に残った点を中心に掲げさせていただきます。以前の記事「ソニーを破壊した成果主義」で、目先の利益を追求する雰囲気が社内に蔓延し、事業部間の足の引っ張り合いが目立つようになったソニーの事例などを紹介しました。さらに今回、成果主義の功罪について掘り下げる機会となりました。

まず日本の成果主義は、バブル崩壊後に企業収益が落ち込む中、人件費を抑制することを目的で導入された点を押さえなくてはなりません。本来の成果主義の狙いは、セルフマネジメント人材の育成や環境の変化へ柔軟に対応できる組織づくりであり、社員の働きがいを決して軽視するものではありません。それが日本の場合、年功や経験年数で支払われていた報酬を成果に応じて支払う「効率化」などに重きが置かれがちでした。

もともと企業が労働者の長期雇用を保障するのは温情ではなく、企業の教育訓練投資の成果である熟練労働者を重視したものであり、年功賃金と退職金制度は熟練労働者を企業に縛りつける仕組みでした。加えて長期雇用の保障は、社員の企業への帰属意識を高め、「会社のため」に行動する動機付けともなっていました。

一方で、年功賃金や成果の定義が曖昧な労働環境は、フリーライド(ただ乗り)を許す構造、つまり仕事に手を抜くことができる組織につながっていました。成果主義の導入によって、仕事の範囲の曖昧さが除かれ、個々人の成果が数値化されるようになりました。その結果、成果を残せない業務=無駄な業務に従事する社員が減り、企業の生産性は高まり、必然的にフリーライドも排除されていきました。

成果主義のデメリットとしては、個人の成果に結びつかない業務が消え、組織としては必要な「のりしろ」や「遊び」がなくなる状況を招きました。加えて、大企業の倒産や容赦ないリストラを見せつけられ、長期雇用や年功賃金が保障されていない中、ますます企業内の個人主義の傾向は強まっていきました。「その仕事は私のためになるんですか?」との声や「競争相手に教えられない」と同僚に仕事のやり方を教えない社員まで現れていました。

お互いに知恵や経験を持ち寄れば、簡単に解決できる問題も一人で抱えたり、一から自分で調べるという弊害が生まれています。社員同士がお互い協力し合えないため、組織全体での生産性、効率性、創造性の低下が取り沙汰されてきました。もう一つ大きな問題として、お互いが干渉しない、干渉できない組織内での個人主義の蔓延は、品質やコンプライアンスに向けたチェック機能の低下にもつながっていました。

また、かつての日本企業には古い徒弟制度のように人を育てていく文化がありましたが、成果主義の導入でリーダーシップ開発がなおざりにされたとも言われています。そのシワ寄せはミドル層の衰退に現れ、やがて経営者層の深刻な人材難に直結する危うさが警告されています。つまり現在のミドル層は、いきなり年功序列の「権威」がはがされ、場合によってはフラット化された組織で若手と「成果」を競わされ、後進を育てる経験や余裕がないまま中間管理職に位置付けられている傾向が顕著でした。

確かに成果主義にはメリットもありましたが、ようやく最近、デメリットの多さが強調されてきました。そのため、脱成果主義に向け、組織やチームとしての士気を高める重要性が改めて注目を浴び始めています。次のようなニュースも、組織としての一体感やモチベーションを高めるための一つの試みだと言われています。

日本綜合地所は3日、部下との付き合いを円滑に進めるため、管理職に月10万~30万円の「部下手当」を4月から支給すると発表した。会食費や冠婚葬祭費に充ててもらう。部長級23人と、それ以外の管理職(副課長から次長)39人が対象。支給額は、部長級で部下が20人以上の場合で月30万円、19人以下は月20万円、それ以外の管理職が月10万~15万円。

通常の給与振り込み口座とは別に、専用の口座を設けて、特別の手当であることを明確にする。日本綜合地所はこれまで、取引先との付き合いなどは経費として処理できていたが、社内の飲み会は自己負担だった。今回の手当導入で年1億5000万円の負担増となるが、同社は「部下とのコミュニケーションに役立ててほしい」としている。【毎日新聞2008年3月3日】

長々と書き進めてきましたが、紹介したい興味深い内容は盛りだくさんでした。今後も成果主義の問題に関しては、このブログの記事を通して提起させていただくつもりです。最後に一言。民間企業では脱成果主義が叫ばれ始めた一方、周回遅れを常とする公務職場では今さらながら個々人の「成果」を評価する制度構築を急がされています。当然、フリーライドは許されませんが、先行事例の教訓を踏まえた柔軟な発想の転換も絶対欠かせないものと思っています。

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