内需拡大に向けた春闘へ
あうんの呼吸、暗黙の了解、アイコンタクトなど、実際の生活の中では言葉を発しなくても分かり合える場合があります。しかし、文章を通したブログ上などでは、言葉が不足すると書き手の意図する内容が伝わらない場面も少なくありません。さらに前提となる価値観や物事に対する評価の違いがある場合、ますます書き手の思いが充分伝わらなくなります。
前回記事「千円札の重み」の中で、私が「浅はか」と思ったことに対し、KEIさんからは違和感を示したコメントが寄せられました。千円でも誰かが催告すべきものであるとの理由からでしたが、私の言葉が足らず、少し誤解を与えてしまったようです。確かに金額の多寡にかかわらず、納期の過ぎた税金は必ず催告しなければなりません。
「浅はか」だったのは金額が千円だったため、単に納期を忘れているものと思い込んで電話した点でした。つまり「納期が過ぎている税金がありますが」で良かったものを「お忘れでは」と初めに発した言葉が思慮不足だったと反省しました。その直前の文脈から理解いただけるものと思い込み、この点も「浅はか」だったようです。ちなみにその千円は約束通り年金支給日に納めていただきました(念のため)。
さて、2008年の春闘がスタートしました。昨夜、連合は春季生活闘争の闘争開始宣言中央集会を日比谷公会堂で開きました。それに先がけ、連合の高木会長は経団連の御手洗会長と会談し、今年の春闘に向けた決意を示しています。その会談の要旨は、次の報道のとおりです。
日本経団連と連合は23日、東京・大手町の経団連会館で、今年初めての首脳懇談会を開き、2008年春闘が事実上スタートした。企業業績の好調さを背景に、経団連は、賃上げに積極姿勢を示しているものの、世界的な株安を受け、企業業績の不透明感も強まっている。労働側は、個人消費の回復に向けた賃上げが必要だと主張しており、例年以上に激しい攻防が予想される。
懇談会で、連合の高木剛会長は、「(海外市場の)外需依存度の高い日本経済は、(株安などの影響を受けやすく)非常にもろい。内需拡大の処方せんが賃金の引き上げだ」と強調した。これに対し、経団連の御手洗冨士夫会長は「日本経済は決して楽観できない状況にある。いかに(企業が)付加価値を上げていくかが労使共通の課題だ」と述べ、企業の競争力確保を優先すべきとの認識を示した。
今春闘で、連合は、ベースアップ(ベア)の統一要求を見送り、「賃金改善」という形で労働者への配分を増やすように求めている。一方、経団連は「業種や企業規模などによって、業績にばらつきがあるのは当然だ」(御手洗会長)と、賃上げに取り組むことができるかどうかは各企業の業績次第という立場だ。また、連合は、パートなどの非正社員の待遇改善や、正社員の働き過ぎを是正するための残業代引き上げなども春闘のテーマに掲げている。(2008年1月23日読売新聞)
2001年度と比べ、2006年度の労働者一人あたりの人件費は7%減少しています。それに対し、株主配当は3.8倍、役員の給与と賞与は1.9倍に増えているそうです。また、非正規労働者の増加により、2006年の国税庁の調査では年収200万円以下の人が1000万人を超えている結果も明らかになっています。
連合の古賀事務局長は「景気回復の陰で、生活や社会の不安が大きくなっている。労働分配率は下がり続け、雇用者の3分の1を非正規労働者が占めている。労働者の二極化が進み、低賃金の非正規労働者が生活に苦しむ一方、正社員も長時間労働で疲れ果てている」と述べ、最低賃金の引き上げや長時間労働の是正など働き方の質の改善を訴えています。
さらに古賀事務局長は、連合が旗振り役になって、労働分配率の反転をめざすことにより、内需拡大をはかる必要性を強調しています。そして、サブプライム問題など経済の先行きが不透明であっても、経営側の中長期的な視点での判断を強く求めています。
以上のような連合の主張は至極真っ当なものだと思っています。しかし、それに対する経営側の反論は身勝手で、労働者をないがしろにした発言だと指摘せざるを得ません。1月30日の読売新聞朝刊に掲載された経団連の草刈経営労働政策委員長の言葉で、非常に引っかかった内容をそのまま紹介します。
非正規労働者の正規労働者への転換を進めるべきだという主張には反対する。能力のある人材を長期間、雇用する正規労働者と、労働力の需給の変動に合わせて雇用する非正規労働者は異なる。働き方も多様化しており、積極的に短時間労働を選択して生活を充実させる時代の変化もある。また、(残業代の水準を決める)時間外割増率を引き上げれば、長時間労働を是正するのではなく、お金をもっと欲しいと生活のための残業を助長する面があるのではないか。
この草刈委員長の発言に対しても、立場や視点が異なった場合、賛同される人たちも多いのかも知れません。私からすれば、突っ込み所満載の納得できない内容を多くはらんでいます。企業の利益が何よりも第一で、労働者を部品の一部程度にしか見ていない本性がうかがえてしまいます。
今回は引用が多く、少々手を抜いたような記事で、たいへん恐縮です。最後も、ある自動車販売会社の社長の言葉を紹介させていただきます。いつも興味深く拝見している天木直人さんのブログ記事の中で、心に残っていた言葉でした。
昔は若者が買いたいものは車が上位だった。しかし最近は売れなくなった。自動車会社は金儲けのために経費を切り詰め社員をいじめている。その結果社員の生活は苦しくなり、まわり、まわって車が売れなくなった。これでは自分の首を絞めているようなもんだ。おかげでこっちも影響を受けて大変だよ。
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コメント
菊池 正人です。お久し振りです。
Otsuさんには大変申し訳ない言い方になりますが、私は春闘になぞ何の期待もしません。
だって春闘がスタートする頃には労働側は威勢のいいセリフを並べ立てますけれど、終ってみれば「大山鳴動猫一匹」という結果がもう何年も、何十年も繰り返されているではありませんか。
私はかつて私鉄職員(=私鉄総連組合員)でしたが、私鉄会社に在籍している間、組合の要求が完全に通った、いわゆる「勝利」はただの一度もありませんでした。もっとも私は目の前の職務の方が大事だったから、何も期待していませんでしたけれどね。だって、どんなに周りの組合員がねじり鉢巻でこぶしを振り上げ、デモで通りを練り歩き、シュプレヒコールを叫んだ所で、結局会社と交渉(私は「取引」と呼んでいます)するのは組合の上層部なのですから。そこで労使双方が手打ちしたら、ヒラの組合員にとって、その結果がどんなに不満なものでも、もはや反論のしようがないじゃないですか?
私の勤めていた会社の組合はやたら「スト」を叫んでいましたが、(去年の年末もそうでした。だからどこの会社かはすぐわかるとおもいますが)、一方で交通の公共性を唱えながら、一方で初めにストありきを叫ぶ組合の、少なくとも私には矛盾としか思えない姿勢には疑問を感じていました。といってもスト権が高率で確立してしまえば、後は一ヒラの組合員が何を叫んでも無駄ですけれどね。
(それよりも電車・バスをきちんと動かし、利用者の信頼をつなぎとめる事の方が後々はるかに大事なはずです。)
本当に問題と思うのは、勝ち負けを口にする以上、負けたら責任問題が浮上しなければならないのに、執行部の誰も何の責任を取らないし、また回りも何一つ追及しないで終ってしまうです。だから私は、今の春闘は活動家たちの「レクリェーション」にすぎないと思っているのです。…まじめに春闘に取り組んでいる方には失礼だとは思いますが、これが私の率直な印象なのです。
この後春闘が終った後にまたコメントを出したいですが、もしかしたら、実は「春闘」が労働者の賃金や労働条件の向上の妨げになっている部分、逆に資本に利用されている部分って、あるんじゃないですか?4~5年前位(トヨタ労組がベア要求を見送ったあたり)から、どうもそういう部分がちらついて仕方がないのです。気のせいかもしれませんが…。
とりとめのない、見苦しい文章で申し訳ありませんでした。
投稿: 菊池 正人 | 2008年2月 2日 (土) 21時34分
菊池正人さん、お久しぶりです、コメントありがとうございました。
全国の産別組合も同様だと思いますが、地域でお付き合いがある私鉄総連をはじめとする民間組合の役員の皆さん、それぞれ懸命に春闘に取り組んでいます。元組合員である菊池さんが今回のコメントのような印象を持ち続けていることを簡単に拭えないのかも知れませんが、不真面目な気持ちで春闘に臨んでいる組合役員はいないはずです。
とにかく大事なことは味方である組合員の皆さんと思いを共有化しながら進める組合運動が欠かせないものと考えています。特に具体的な成果を出せない厳しい情勢の中では、そのように心がける必要性がより大事だろうと思っています。
投稿: OTSU | 2008年2月 2日 (土) 22時08分
初めて書き込みします。北海道内の一地方公務員です。
最近道内の官公労がストを行い、一万人以上の処分者が
でると地元紙に書いてありました。
国公法地公法ともに争議権が認められていない以上、組合
のコンプライアンス違反だといわれてもしょうがないと
思います。
主義主張はあるにしても、我々は法令遵守の立場を逸脱し
てはならないし、何より組合執行部の中にブレーキ役が存
在しないことが問題だと思います。
この話題で(わが社のストではありませんが)若い職員に
感想を聞いたところ「こんなことやっていたらだめだ」という声が率直に聞こえてきています。
うちの組合を含め、官公労が変革の季節を向かえていると思う今日この頃です。駄文失礼しました。
投稿: かでる | 2008年2月 3日 (日) 12時21分
かでるさん、はじめまして。コメントありがとうございました。
ご指摘のような懸念が多数あることを受けとめています。憲法第28条の絡みもありますが、現在、公務員に対して争議権の制約があることは確かです。それでも局面によってはストライキを打ち抜くこともあり、法令順守の面からは悩ましさがつきまとうことも正直なところです。
このブログのバックナンバー(2005年12月)で、25年ぶりに決行したニューヨークの地下鉄やパスのストライキを綴ったものがあります。ストライキは決行することが目的ではありませんが、労働組合の切実な要求を前進させるためには有効な手段であることも事実です。そのような思いを託し、自治労も闘争時にストライキを適宜配置してきています。
私自身、自治労都本部の機関会議などで、ストライキ戦術の「配置ありき」の姿勢は慎むべきであるという意見を述べています。いずれにしても、それだけストライキ配置は重く、特に公務員組合は慎重に対応すべきものと考えています。
投稿: OTSU | 2008年2月 3日 (日) 13時13分
「春闘に何の期待もしていない」とか「公務員のストは違法」とか、こんな主張は私から見れば情けない限りですね。
私は以前にも書きましたが、組合に文句のある人間ならば、2年間は真面目に執行委員をやって、交渉当事者の苦しみを知るといいと思っています。「組合が」というのは「三人称」で物事を考えているからで、ハッキリ言えば「人ごと」です。私も昔はこういった傾向がありましたが、自らが重い立場を背負うと苦しいものです。
こういった主張をしている人間に伺いたい。
(1)春闘に代わる相場形成力のある賃金決定システムが日本で根づく可能性があるのか。
(2)日本国憲法第28条、および「公務員の争議権を一律に禁じた」制度にはILO(国際労働機関)から是正の勧告が出ているが、それについてはどう考えているのか。
日本における公務員の立場は、(1)労基法の適用除外(国家公務員は全部、地方公務員は一部。)、(2)一般職の公務員には労働基準監督署長の権限が及ばない(公務災害の認定に苦労するケースもある)、(3)非現業の公務員には「協約締結権」もない、(4)国公法、地公法等で一律に「争議権」が否定されているなど、制度上民間の労働者ならば法的に保護される事項に制約が多いことにも留意しなければなりません。
ストは打つために配置するわけではなく、あくまで交渉を前進させるための戦術です。したがって、「ストを打つ」ということになるのは、当局提案が強行され、ほかに抗議の手段がない場合がほとんどであると考えます。
単に「ストを打ったから問題だ」と表層的に考えてしまうことは、非常に違和感があります。当然、現行制度での処分の重さを勘案しても「飲めない」から抗議しているのだと私は考えます。
最近、「組合はもっとがんばれ」といわれることに私は空しさを感じています。
アメリカのケネディ元大統領の就任演説ではないですが、"Ask not what your country can do for you.-Ask what you can do for your country."の"country"を"trade union"に替えると、ほとんど私のいいたいことになってしまいます。執行部がダメだと思ったら、代わってやろうと思う人間なんて、今はなかなかお目にかかりませんから、空しさもひとしおです。
投稿: Unvollendete | 2008年2月 3日 (日) 17時08分
Unvollendeteさん、コメントありがとうございます。
いつも私の記事内容やレスの歯切れの悪さを補足いただくコメントに対し、たいへん感謝しています。また、幅広い知識を持たれていることに本当に感心しています。
ただ基本的な立場が同じ場合、その通りだと共感できるご意見だと思いますが、そうではない方すれば少々挑発的な印象を与える懸念もあります。せっかく貴重な補足コメントをいただきながら水を差すようなレスで申し訳ありません。繰り返しになりますが、現職の組合役員の立場からはUnvollendeteさんの思いに強く共感し、勇気付けられるものだと付け加えさせていただきます。
投稿: OTSU | 2008年2月 3日 (日) 17時45分
管理人さま
前回レスは感情的になってしまいました。申し訳ございません。
ちょうど、スト批准投票も近い時期ですが、私も「ストなんて」という声を組合員からよく耳にします。組合が何もしなくても、職場状況が改善されるのであれば、こんなことは考えずにすむんですけどね。
いずれにしても、管理人さんのように、感情的にならないように心がけてゆきたいと思います。
投稿: Unvollendete | 2008年2月 3日 (日) 19時41分
Unvollendeteさん、さっそくご返答いただき、ありがとうございます。
このような難しい情勢だからこそ、今月取り組むストライキ批准投票が圧倒多数の組合員の皆さんから賛同いただくことの大切さを私も感じています。お互い組合活動の中で悩む場面が多いかも知れませんが、ぜひ、これからも当ブログを通して交流いただければ幸です。よろしくお願いします。
投稿: OTSU | 2008年2月 3日 (日) 20時02分
Unvollendeteさんの意見を拝見させて頂きました。
私は自分の意見を大上段に振りかざしてどうのこうの言うつもりはありません。ましてここは人様のブログの上ですし。私の考えが「情けない」と思われるのは仕方ないです。それも多様な考え方の一つですから、それを良い悪い言う事はしません。
ただ、私の思想は、生理的な部分や、乏しいながらも私自身の経験から来ているので、どうにも変えようがありません。その点はどうかご了承ください。
本当は春闘が終ってから書きたかった事でもあるのですが、少しばかし私の意見を補足させて頂きます。
「ストライキ」が労働者の権利である事はわかっています。ただし、「ストライキが権利であるかどうか」と、「ストライキが有効な手段であるかどうか」は全く別の話です。そして、私は今の春闘は活動家たちの「レクリェーション」だと言ってしまいましたけれど、もしそうでないのなら、労働運動に限らず、「闘い」と名のつくものは多かれ少なかれ、何らかのリスクを背負うものです。つまり、闘争、特にストライキを中心とした直接的な争議行為を仕掛けるからには、成果とリスクをきちんと天秤にかけ、それを組合員に示さなければならないと思うのです。それをしない労働組合ははっきり言って無責任です。(Unvollendeteさんはストは打つためではなく、交渉を前進させるためだとおっしゃいました。であるならなおさらです。)
私が今の労働運動を嫌う理由の一つに、活動家と呼ばれる連中がその辺の所がわかっていないのか、わかっているけれど都合が悪いから無視しているのか、初めに闘争ありき的な思想を振りかざして、労働組合組織を自分に都合のいいようにコントロールしようとしているのではないかと感じている事があります。少なくとも、私が勤めていた私鉄の組合ではそうだったような気がします。…多少偏見が入っている事は認めますが。 「闘いとは、ストライキとは、実はこれだけのリスクを伴うんだよ。それでも覚悟を決めてやらなければならないんだよ。」とでも言ってくれていたらまだいいのですが、ひょっとしてこいつらは実は成果自体はどうでも良くて、闘争をする事そのものが目的なんじゃないのか?と疑問を覚えたのは事実です。
(だって、スト権投票の時だって、投票しましょうならまだしも、「みんな○を書きましょう」ってないんじゃないですか?たとえ投票の結果スト権が確立しなくても、それが組合員の意思なら、執行部が違った戦術を考えればいい事ですから。)
それと、今の労働組合がなぜ「だらしなくなった」のかも、きちんと考える必要があります。はっきり言って、そうさせたのは他でもない「闘う労働組合」です。彼らが遠い昔、第三者的には反社会的としか思えない闘争を展開した事が、世論が労働運動全体を白眼視する原因になっています。その典型的な例が、以前も投稿で書いたけれど「スト権スト」でしょう。30年以上前、労働運動の先頭に立っていた旧国鉄の各組合が、「国民の財産」のはずの国鉄を、「スト権奪還」という自分たちの都合だけで大混乱に陥れた事が、現在に至るまで労働運動全体、特に左派に極めて大きなダメージを残しています。公務員のスト権が認められないのも、間違いなく「スト権スト」の影響です。そうした過ちをきちんと精算せず、ただ一方的にどこぞの組織の勧告を楯に権利を主張するばかりでは、世論は組合の言う事など聞いてはくれないでしょう。
もちろん、労働者は資本等の言いなりになれ、組合は御用化しろなどというつもりは全くありません。(それだけはどうか誤解しないで下さい。)ただ、しつこいんですが、労働組合とは、「組合員の雇用、労働条件、権利を維持、向上させる」ためにあるのです。どうか、組合組織のTOPに立つ人は、何をするにしてもその点を忘れないで欲しいと思うのです。
何だか今日もシッチャカメッチャカな言い分になってしまった気がします。申し訳ありませんでした。
投稿: 菊池 正人 | 2008年2月 3日 (日) 23時07分
菊池正人さん、おはようございます。
昨日のレスの繰り返しになりますが、組合執行部はストライキをはじめ、一つ一つ丁寧に組合員の皆さんと問題意識を共有化していくことが大切なことだと考えています。
また、組合員の皆さんの中には「ストライキも打たず、妥結するのか」との声が時折り発せられることも事実です。そのような多様な声を踏まえ、組合員にとって好ましい結果は何であるかを常に組合執行部は模索しています。
菊池さんのご意見に対し、充分お答えできていないかも知れませんが、取り急ぎ一言述べさせていただきました。
投稿: OTSU | 2008年2月 4日 (月) 08時13分
私も管理人さん、Unvollendeteさんのレスを見て、少し不躾な書き方だったかなと・・
実は新採2年目の時に支部の方に誘われ、支部執行委員を2年やったのですが(笑)朝ビラ配り位しか貢献できませんでしたがね。
ただ最近しみじみ思うことは、自治体もかつてない変革の波の中で、新しい公共のあり方をそれぞれ模索しており、職員も意識変革を求められていると思います。その中での組合活動はどうあるべきなのか、従来のままが良いのか、新しい発想や方針転換の余地はないのか、ということを(人ごとではなく)考えています。
いずれ支部の役員をやって自分なりの思いを伝えていきたいと思っています。
自分のことばかり書いてすみませんでした。
投稿: かでる | 2008年2月 4日 (月) 22時18分
かでるさん、再度のコメントありがとうございます。
決して不遜とは受けとめず、率直で貴重な問題提起となるコメントだと思っていました。
また、今回のご意見のとおり私も「組合活動はどうあるべきなのか、従来のままが良いのか、新しい発想や方針転換の余地はないのか」、試行錯誤していく必要性を強く感じています。その上で、労働組合として守るべき「伝統」は、組合員全体の共感を大事にしながら育んでいくべきものだろうと思っています。
そして、組合活動は組合役員だけで担うものではなく、また、担え切れるものではありません。組合員一人ひとりが築く組合活動こそ、力強い組合となる得るのではないでしょうか。
これからも幅広い発想のご意見を歓迎していますので、どうぞよろしくお願いします。
投稿: OTSU | 2008年2月 4日 (月) 22時52分
>その直前の文脈から理解いただけるものと思い込み、この点も「浅はか」だったようです。
返答しなかったせいでいらぬ誤解を与えてしまったようですが、そこは大丈夫です。
「悪意を持って滞納しているわけでは無いという事は存じておりますよ」というメッセージを含むものとして「お忘れでは」は通ると今まで思っていたので、そのようなコメントになったのですが、
>つまり「納期が過ぎている税金がありますが」で良かったものを
と反省の内容まで伺って、こちらこそ日本語の難しさを再認識した次第でした。
>(残業代の水準を決める)時間外割増率を引き上げれば、長時間労働を是正するのではなく、お金をもっと欲しいと生活のための残業を助長する面があるのではないか。
ここは本当にツッコミたい所ですね。「高い残業代を払わなければいけないとなって、『お金をもっと欲しいと生活のための残業』とやらをお前らは許すのか?」と。
>(2)日本国憲法第28条、および「公務員の争議権を一律に禁じた」制度にはILO(国際労働機関)から是正の勧告が出ているが、それについてはどう考えているのか。
まず1つ、ILOの是正勧告はどういうものなのでしょうか?ILO駐日事務所のサイトを見ても公務関係では159号ぐらいしか出てこないのですが・・・?
そしてもう1つ、その是正勧告があったとして、ILOの条約や勧告は国会による批准や立法措置が無い限り意味を成さないようで、それまでは「公務員の争議権禁止」のルールに従うしか無いのではないでしょうか?
で、その国会を動かす程の世論形成は不可能だと考えます。公務員の仕事はストライキをやられると危険なものが多い気がするからです。
また逆に、そういう労働三権の制限と引き換えにある程度良い待遇を得られているという側面もあると思います。それを無視して争議権を導入しよう、と言うのは通らないのでは無いでしょうか?
投稿: KEI | 2008年2月 4日 (月) 23時47分
KEIさん、おはようございます。コメントありがとうございました。
ILO98号条約(団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約・日本は1953年10月20日に批准)に関して、概略をお答えさせていただきます。日本政府の公務員制度改革の方向性に対し、2002年2月に連合がILO結社の自由委員会へ申立を行いました。
その結果、2002年11月に同委員会は中間報告を採択し、日本政府に対して「国の行政に直接従事しない公務員への結社の自由の原則に沿った団体交渉権及びストライキ権の付与」を勧告しました。
同勧告に対し、日本政府は「ILOの見解を認識しつつも、日本の歴史的背景や公務員における労使関係の状況等を踏まえ、国民全体の共同利益の見地から労働基本権の制約は免れ得ない」としている現状です。
ご存知のとおり労働基本権制約の代償措置として、人事院勧告制度等が講じられています。そのため、最高裁判所においても「労働基本権を保障する憲法28条の規定は公務員にも適用されるが、この権利は国民全体の共同利益の保障の見地から制約を免れ得ないものであり、また、労働基本権制約に対する適切な代償措置が講じられていることから、公務員の争議行為を禁止した法律の各規定は違憲ではない」旨が示されています。
一方、公務員へ協約締結権付与の方針が定まり始めました。同時に人事院は廃止される方向性で議論が進んでいるようです。いろいろ書き出すと奥深い話となり、たいへん恐縮ですが、これ以上の内容については改めて別な機会に委ねさせていただきます。乱筆、たいへん失礼致しました。
投稿: OTSU | 2008年2月 5日 (火) 08時24分
菊池さんのご意見はもっともなことと受け止めつつ、労働組合とりわけ公共サービスを担う労働者の労働運動の今後のあり方というものを考え、変えるべき点は変えていかなければと思います。
いかなる社会運動も時代背景が異なればありようも変化していく。そのような中で労働運動だけ取り残されることがあってはいけないと思います。
ストライキに関しても、権利として行使するのか否か?まさに組織のTOPの判断が試される問題であると思います。
伝家の宝刀は安易に抜くものではありませんし、抜いたからにはそれなりの責任と取るべきものでしょう。
公共サービスにおいてストライキ権を行使して、はたして利用者の理解が得られるのか?新たな敵をつくってしまうことがあっては、最終的には組合員の利益に反するのではないか?難しい問題です。
一方で労使間の交渉のあり方を変えていくことが必要と思います。
労使間でどのような問題をどのような論点からどのようにやり取りし、どのような結論に至ったかをきちんと組織内に周知する。開かれた交渉というか、密室での決定でなく、細かな情報を組合員に伝え組織全体の合意形成の上での妥結確認を行うことが求められているのでしょう。
言葉では簡単ですけど実際は時間も手間もかかる難しい問題です。
自らも再度姿勢を正していこうと思います。
投稿: shima | 2008年2月 5日 (火) 08時25分
みんな の プロフィールは、アクセスアップをお手伝いするサイトです。
http://blog.livedoor.jp/grrfea/
より多くのひとに貴方のブログを見てもらえます。
投稿: みんな の プロフィール | 2008年2月 5日 (火) 10時52分
公務員の労働基本権。記事の主旨から逸れるかもしれまんが、この件について思いますこと。
曖昧な記憶ながら、ILOの結社の自由委員会報告書において勧告がなされたのは過去3回。
2002年11月、2003年6月、20006年3月だったでしょうか。
個人的主観では、この問題は所謂「スト権スト」の与えた影響は良くも悪くも大きいと思っています。
国鉄を含む旧3公社職員は、法律上は公務員でなかったのは事実でしょう。戦後、行政組織の一部から独立して公社(公共企業体)となった時点で公務員法の適用は外れましたから。しかしながら、当時公共企業体職員も公務員との認識を持つ人が多かったのではないでしょうか。
日本の国情として、近年特にスト行為が日常的に身近なものでないのも事実でしょう。そのような中で公務員(準ずる立場の方含む)が率先してストに突入したり、華々しく闘争的運動をするのは、当事者に大儀名分があってもなかなか理解されないということも事実ではないかと。
争議行為を禁止する現在の公務員法等や当時の公企労法等の規定が違憲状態であるとする主張も個人的には理解はできます。違憲立法であるという判決を得るためには、まず当事者が争議行為を行って処分を受けた事実をもって訴訟を提起しないと、違憲立法審査権の発動がないのも事実でしょう。
しかしながら、世情を考えるともう少し別の手法は無かったのでしょうか?逆効果だったのでは?と妙案がある訳ではない私は勝手に思っています。当時の私の居住地には鉄道そのものがなく直接影響を受けていないので言える事かもしれないのですが(汗)。
話は変わりますけど、私の知人に公務員の方もおられて、なかには職員団体の関係者の方もおられます。
既存の運動方針に賛成する執行部の人も、変革を求める立場の人も、多数の当事者意識の薄い方々の存在について嘆かれるのが印象的です。全体として、観客民主主義状態?なのでしょうか。組織の実情を直接知らない私が口にする事ではないのかも知れませんけれども。
長文御容赦願います。
投稿: あっしまった! | 2008年2月 5日 (火) 13時15分
shimaさん、あっしまった!さん、コメントありがとうございました。
いつも非常に参考となるご意見や解説、たいへんありがとうございます。実は争議権の問題について、このブログで正面から取り上げたことがありません。意識的に避けてきたのが正直なところです。打ち抜くことが目的ではありませんが、交渉が決裂して決行した場合、違法かどうかのみで論ずれば答えは明らかです。まだ少し迷いもありますが、次回の記事では争議権の問題に切り込むことも検討しています。その際は、ぜひ、また貴重なご意見やご感想をよろしくお願いします。
みんなのプロフィールさん、アクセスアップのご紹介ありがとうございます。
できれば宣伝的なものはコメント欄ではなく、TB機能の方をご利用いただければ幸です。ぜひ、ご理解ご協力をよろしくお願いします。
投稿: OTSU | 2008年2月 5日 (火) 22時03分
管理人様宛
例の争議事案、個人的には労働基本権が話題に上ると避けがたい部分なものですから。
どのような組織体でも、決断する立場の方は背負うものも大きいかと存じます。
法令の執行機関という視点からは、大きな矛盾を内包する部分なのだろうとも存じます。
基本権全てについて、純粋に批判する立場ではなく、寧ろ知るほどに難しい問題だなぁと思っています。
少し軽率だったかも知れません。御容赦いただければ幸いです。(謝)
投稿: あっしまった! | 2008年2月 5日 (火) 22時46分
あっしまった!さん、コメントありがとうございます。
ご批判を受けたとは思っていませんので、ご心配なく。また、決して軽率なご意見ではなく、適確なご指摘だと受けとめています。
その上で、この問題はいろいろ難しいものがあることを私も感じているところです。ぜひ、これからも何かお気付きの点がありましたらコメントをお願いします。
投稿: OTSU | 2008年2月 5日 (火) 23時52分
ご無沙汰しています。ブログの閲覧は毎日させていただいています。
さて『春闘』についてですが、個人的には日本の賃金相場を形成しているのは、やはり『春闘』だと思います。統一的賃金形成の場として意義は、かなり薄れてきているとは感じていますが・・・。
『争議権』というかストライキですが、実行したときの多くの場合は、なかなか理解が得られないだろうというのが私の感じ方です。ただし、きちんと認められている権利ですから、理解を得られない、理解できないことの方が、本来は問題だろうとも思います。
欧米諸国では、民間のみならず行政職員をはじめ消防士といった職種の公務員にも労働基本権は保障されています。それぞれの国における歴史が異なりますから、一概に言えないとは思いますが、「会社あっての労働者」的思想、「自分がしなくても誰かがしてくれるだろう」といった考え、企業という単位での労働組合ゆえに生じる限界、その他多くの要因が、この国では労働運動の前進や成熟等が進まない理由のように思います。
また労働組合においては、執行部だけが運動し、組合員が置き去りにされている状況が少なからずあるのも事実です。私自身、組合書記次長を降りて3年が経過し、支所勤務ということも手伝って、組合がどうしているのか分かりづらい状況があります。現在、どんな課題があって、どのように取り組もうとしているのか(または、どのように取り組んでいるのか)、そうしたことを丁寧に組合員へ示し、理解を得ていかなければ『一部の活動家(または執行部)の独りよがりの運動』と言われても仕方ないでしょうし、そんな組合に若い人が魅力を感じないのも無理はありません。
元組合役員として、また年齢的にも今後も運動を担っていく立場として、自戒の意味も含めて書き込みさせていただきました。
蛇足ですが、最近、山崎豊子氏の『沈まぬ太陽』を読んでおり、現在、『御巣鷹山編』まで読み終わりました。30代半ばの私は、10代に臨調行革による国鉄・電信電話公社の民営化と、育った地域では構造不況による大リストラを目の当たりにしました。そうした労働運動の後退も含め、自身が労働運動に関わるようになって資本・当局の長年にわたる攻撃を実感しました。そして、この著書からも(すべてが現実のものでないとしても)1960~1970年代の労働運動に対する資本・当局の姿勢を感じることができました。また日航機墜落事故を題材にした『御巣鷹山編』を読んだ後、当時、中学生だった自分も新聞記事を食い入るように読んだことと同時に、先に起きた『尼崎列車脱線事故』、『踏み切り遮断事故』を思い出しました。
小説なので、すべてのことに当てはまるとは思いませんが、雇用をはじめ労働条件の改善が、国民生活の安定や安心、向上につながるのではないかということを、この著書からあらためて考えました。
毎回、長文の書き込みになって申し訳ありません。
投稿: アンディ・ベム | 2008年2月 6日 (水) 17時42分
アンディ・ベムさん、お久しぶりです。コメントありがとうございました。また、ずっとご覧いただいているとのことで、たいへん光栄です。
その国の労働組合の存在感や影響力の違いによって、社会保障や経済政策の基本的な姿を左右する場合があるようです。現在の日本は、ますます労働組合の力が衰退していくのか、反転していくのか、大きな岐路に差しかかっている気がしています。
ぜひ、これからもお時間が許される時、アンディ・ベムさんからコメントをいただけることを楽しみにしています。
投稿: OTSU | 2008年2月 6日 (水) 21時02分
こんにちは。OTSUさんは定期的な更新を欠かさずすごいですね。
日本のプロ野球、アメリカのプロ野球、それぞれの選手会がストライキをしたことがありますね。ストライキ後どうなったか、また、ストライキを行うことそれ自身を目的化しないためにはどうするか、いろいろ考えるヒントとなるような気がします。
私個人は、仕事しているところが潰れたときとか、危うくなって傾いたときに困るから、能力を文字通り「高く」買ってくれるようになっておかないと、と 思っております。なので、団体交渉のようなものには頼るという考えを持ったことがありません。
でも言うは易し。行うは...
おじゃましました。
投稿: どんちび | 2008年2月 9日 (土) 11時36分
久しぶりにおじゃまします、こんにちは。
ぼくは労働組合とは「助け合い」だと思っております。
労働者が「自己責任」のみで、自分の事だけを考えて
行動していては、いざという時誰も助けてくれないと
思いますので。
「団結ガンバロー」という言葉には、たぶん弱い立場の
労働者が団結して身を守ろうとする思いが表れているのでは。
投稿: KEN | 2008年2月 9日 (土) 11時58分
どんちびさん、コメントありがとうございました。
以前、どんちびさんからアドバイスいただいた「サステイナビリティ」を意識しています。ちょうど週一の更新が私にとって持続可能性のあるペースだと考えています。
ご指摘のとおりストライキは諸刃の剣の面があります。だからこそ、ストライキの目的化は論外であり、抜く時はより慎重になる必要性を痛感しています。
KENさん、コメントありがとうございました。
助け合いや弱い立場の労働者の団結、その通りだと思います。そして、既存の労働組合は未組織の労働者の人たちのことも大事にしながら運動を進めなければなりません。
次回の記事で、ストライキについて触れてみる予定です。ぜひ、またご訪問ください。
投稿: OTSU | 2008年2月 9日 (土) 17時33分