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2008年2月24日 (日)

脱「構造改革」宣言

このブログを始めたのは3年前の夏でした。最初は身近な知り合いの方々へ、口コミで紹介させていただきました。その時から欠かさず、ご覧くださっている方が何人かいらっしゃいます。本当に光栄なことです。その中の一人に前の職場で直属の係長だった方がいます。現在は課長職である人材育成推進担当主幹となられ、労使協議の場で向かい合わせる時もある関係となっています。

その方から「おもしろい本だから」と薦められ、山家悠紀夫さんの『「痛み」はもうたくさんだ!脱「構造改革」宣言』をお借りしました。具体的なデータに基づくグラフなども多く、分かりやすい言葉で「構造改革」路線の欺瞞を改めて感じ取れた著書でした。お借りした時、「ブログの参考に」との一言もあり、時間をかけて熟読していました。すると「もう一冊、手に入れたので」と新しい本が手渡されました。

ちょうど12月25日、「クリスマスプレゼントだから」とお金を受け取っていただけませんでした。前日、組合行事として築地市場への買い物ツアーがあり、自宅に持ち帰る予定だった海老が手元にありました。こちらは何とか受け取っていただき、「海老で鯛を釣る」の言葉を思い浮かべたところでした。ちなみにお借りした本と同様、著者の直筆サイン入りで、私あての名前まで書いてある貴重なものをお贈りいただき、本当にありがとうございました。

それほど『脱「構造改革」宣言』は手元に置き続けたい貴重な著書だと思っています。随所に大きくうなずける記述が多く、「歳入に合わせて行政サービスを削る発想から、まず必要な行政サービスをシビル・ミニマムとして算定し、そのうえで、財源の確保を考える、という発想へ」などは、前回記事「公共サービス基本法」で紹介した神野教授らの考え方と相通じるものだろうと見ています。

小泉政権が発足後、まもなく山家さんは『「構造改革」という幻想』と題した本を出しました。その中で「構造改革」を進めると貧富の差が拡大し、社会の安定が損なわれると予想されていました。アメリカやイギリスなど新自由主義先進国の状況を見て、そうなることは必然だと考えられていました。小泉元首相は「改革には痛みが伴う」と叫んでいましたが、結局のところ「痛みが伴い続ける」社会となり、山家さんの予想は的中しました。

私が「目からウロコ」と感じた箇所をブログで紹介していくと膨大な量となってしまいます。一方で、内容を取捨選択し、文章を短く要約していくと全体的な趣旨が充分伝わらない心配もあります。それでも実際に著書を手にされる方は少数だろうと思いますので、自分なりに印象に残った点を中心にまとめてみます。また、今後の記事投稿に際しても、この本の内容は必要に応じて引用や参考資料として活用させていただく予定です。

もともと「構造改革」は、90年代初頭のバブル崩壊後、低迷していた日本経済を立て直すため、橋本内閣が政策の柱に掲げました。1996年の「構造改革」政策は、いわゆるサプライサイド(供給側)の強化策でした。つまり日本経済を「企業がもうかるような経済構造に変える」政策であり、需要と供給を比べ、当時の日本経済は供給側である企業側に問題があると分析していました。

日本企業を活性化させるため、政府は大企業に課せられていた様々な規制の緩和を始めました。この政策は日本の財界から歓迎されただけではなく、アメリカの企業にとっても日本市場に入り込める余地が生まれ、たいへん歓迎されたようです。山家さんは、この考え方を「間違った状況認識に基づく、間違った政策」だと指摘しています。景気回復のためには、モノやサービスが売れるような経済をめざすべきだったと述べられています。

橋本内閣の後を受けた小渕内閣は、財政拡大政策をとり、需要を増やす、モノやサービスが売れるような政策を進めました。その政策の効果とバブルの後遺症も癒え始めたことにより、ある程度景気は戻りつつありました。そのような時期、さらに良くするためには、やはり「構造改革」が必要だと訴えたのが小泉元首相だったとの認識を山家さんは持たれています。

もっと企業がもうかるようにしよう、とりわけ強い企業をもっと強くしよう、という「構造改革」を実現するために小泉内閣は四つの政策をとりました。山家さんの著書には次のように書かれています。少し長くなりますが、主要な箇所をそのまま引用させていただきます。

  1. 第一は、規制緩和です。企業に対する手かせ足かせをいろいろ取り払ってやって、企業を自由に競争させ、やりたいことができるようにしてやるという政策です。この政策は「骨太の方針」(2001年6月)に「成長に対する障害物を取り除く」と書いてあります。例えば労働基準法などには、労働者の生活を守るための規定(企業の行動を規制する規定)がいろいろあります。しかし、そういうふうに働く人たちを守っている規定は成長の障害物になるということで、企業に対する規制を緩和するということを、小泉内閣は政策の大きな柱の一つにしました。労働者派遣法を改正したり、労働基準法自体も改正したりしました。企業が自分の望む条件で人を雇いやすくする、あるいは人がいらなくなったらすぐにでも契約を解除して、労働者の首を切ることができるようにする、そういう制度化をはじめとして、労働規制以外にもいろいろな規制緩和を行いました。
  2. 第二は、「小さな政府」です。政府ができるだけ経済分野にタッチしないようにするという政策です。これは何を目的としているかと言いますと、一つの目的は商売の場所を増やしてやることです。政府がやっている仕事でも、民間企業に任せれば商売になるかもしれないという分野からは政府は手を引き、できるだけ民間企業に譲り渡す。また、そのままではもうからない仕事でも、もうかるようにして民間企業に委託する。そういうことで、政府の守備範囲をドンドン縮小して民間に任せるという方向を打ち出しました。郵政公社の民営化とか、道路公団の一部民営化も、そういう考えから生まれたものです。いま一つの目的は、政府が何か仕事をするためには、税金とか、保険料という形で民間からお金を取らなければいけませんが、そのお金を少なくするということです。そういうお金は政府が取るよりも、民間に残しておいた方が民間がそれを活用できる。この面でも、できるだけ「小さな政府」にしたほうがよろしいという考え方に基づくものです。
  3. 第三が、伸びる分野を支援、育成するという政策です。政府が期待をかけている成長分野、いわゆる先端産業(ITやバイオなど)、その分野に属する企業が大いに育つようにいろいろと手を貸してやる。例えばIT関係の設備投資をすれば税金をまけてあげるとか、産業基盤も政府がいろいろ整備してやる、こういう政策をとりました。
  4. 第四が、停滞分野を除去するという政策です。「骨太の方針」にも書いてありますが、弱い分野については、できるだけ早く日本経済から消えてもらったほうがよろしいということで、消えてもらうように圧力をかける政策です。この政策の代表的なものが、不良債権処理の促進という政策です。銀行から借りたお金が返しにくい状況になった企業に対する貸出金、つまり不良債権をできるだけ早く銀行に処理させる。そういう企業からはお金を取れるだけ取り立てて、もうつぶしてもいい、あるいはつぶすことによってお金を回収するよう銀行に圧力をかけました。

上記のような「改革」が進められた結果、年収200万円以下の労働者が1千万人を超え、つぶれずに済んだ可能性のある企業まで倒産に追いやられていきました。そして、山家さんは「構造改革」に対し、大きな誤解が二つあると述べています。一つは、「構造改革」は良いことをしようとしているとの誤解、もう一つは、いろいろまずいことが起こると「構造改革」が充分進められていないからだとする誤解でした。

そもそも小泉内閣から安倍内閣までが固執した「構造改革」とは、日本経済を成長させるため、景気を良くするためのものでした。決して広く国民の生活を良くするためのものではないと山家さんは断言されています。また、「構造改革」を進めやすくするための「危機宣伝」の問題、競争することが脚光を浴びる風潮などにも疑問を呈しています。

その他、高齢化社会や財政赤字の問題など、山家さんのような視点でとらえれば必要以上に不安視すべきではないことが伝わってきました。このようなテーマについては、機会がありましたら次回以降の記事で取り上げたいものと考えています。まだまだ紹介したい内容が多数ありますが、最後に『脱「構造改革」宣言』の結びに書かれていた山家さんの言葉を紹介させていただきます。

イギリスは変わりました。ニュージーランドも変わりました。「改革」路線を大きく修正、とまではいかないまでも変更しています。大陸ヨーロッパでも、新自由主義的改革への思想的、社会的抵抗は根強いものがあります。中南米も大きく変わりつつあります。アメリカ流、IMF流の新自由主義路線が大きく軌道修正されています。アメリカも、やがて変わるでしょう。そうしたなかで日本も、心ある人々が「構造改革」路線への根強い抵抗を続けていけば、いずれ、どこかで大きく変わる、と期待したいものです。

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2008年2月16日 (土)

公共サービス基本法

木曜の午後、年末に休日出勤した時の代休を充て、竹橋にある日本教育会館へ向かいました。公務公共サービス労働組合協議会と連合官公部門連絡会が主催した「公共サービス基本法」制定を求める中央集会に参加するためでした。12時34分の特別快速に乗れば、開会時間の1時30分には間に合う計算でした。それが中野駅での乗り継ぎに10分ほど待たされ、息を切らして会場に入った時には主催者挨拶が始まるところでした。

この集会には二人の講師が招かれていました。初めに「質の高い公共サービスの実現のために」の演題で、東京大学大学院経済学研究科の神野直彦教授の講演でした。続いて民主党「次の内閣」総務大臣の原口一博さんから「公共サービス基本法制定をめざして」と題した講演を伺いました。原口さんは衆議院予算委員会での質疑を終え、その直後に駆けつけていただいたようです。

神野教授の講演の要旨は次のとおりでした。租税負担と社会保障負担に対するGDP(国内総生産)の国際比較において、日本はフランスやドイツより下回っています。さらに高齢福祉や失業対策などの公的社会支出のGDP比較で、日本はアメリカと肩を並べ、スウェーデンの半分にも満たない低さです。それでも以前は格差社会などの言葉と無縁な社会でした。

長期的雇用慣行などによって収入の安定した労働者が多く、大企業は護送船団方式で守られ、中小零細企業は公共事業や規制政策で保護されていたからでした。それが市場主義の導入により、規制緩和が進み、強きを助けて弱きをくじく「小さな政府」路線に転換した結果、現在のような社会的な格差が問題視されるようになりました。特に労働市場の規制緩和を押し切られた労働組合の責任にも神野教授は触れられていました。

もともと日本は国際比較の中で「小さな政府」であり、社会保障やリスクに対する補填が低水準のまま、競争原理や自己責任が強調される「不安社会」に変えられてしまいました。今後、労働市場の二極化の改善をはじめ、「安心社会」への転換のためには、育児、養老、教育、医療など、すべての人が利用しやすい制度への維持向上が大切であると説かれていました。

「民間でできることは民間で」との議論は、民間企業のビジネスチャンスを拡げることが意図され、公共サービスを最も必要とされる人々を排除しかねないと懸念されていました。また、市民の生活を支える「安心の給付」を裏付ける財政再建のためには、租税負担水準を引き上げるのではなく、租税負担構造を公平にすべきと主張されています。余談としながらフィンランドのお金持ちが速度違反した場合、3千万円の罰金が科せられる極端な応能原則の例も示されていました。

神野教授の講演内容すべてメモした訳ではなく、当日配布された資料も参考にしながら私なりの理解で概略のみを綴らせていただきました。神野教授の著書は多数あり、インターネットから講演記録を読むこともできます。興味を持たれた方は、ぜひ、ご覧になってください。神野教授は格差社会の解消に向け、公共サービスの再生と刷新を訴え、公共サービス基本法案づくりでは中心的な役割を担われていました。

その法案は、第169回通常国会へ民主党が提出する運びです。その法案を取りまとめる民主党の責任者が原口さんでした。今回の講演に接したことによって、「TVタックル」などマスコミによく出ている原口さんのイメージが大きく変わりました。報道関係者も聞いている中での講演でしたので、その場の空気を読んだ公務労協向けの内容ではないものと思いますが、市民運動出身の菅直人さんから受ける印象に近いものを感じました。

講演の冒頭、同じ松下政経塾出身である前原前代表の手法を批判し、そのことを謝罪する言葉で始まったことに新鮮な驚きを覚えました。「3年前、働く仲間の皆さん(この言い回しも意外でした)との軋轢があったこと、圧力団体とみなした無理解なリーダーがいたことを残念に思っています」と述べ、3つのドクトリン(約束)を紹介されました。政党と労働組合の分断、民と公の分断、正規と非正規雇用の分断に乗らないとの決意でした。

また、総務省が今年3月末までに各自治体に公表を求めている現業職員の給与調査の問題にも原口さんは触れられました。パート労働が多数を占める民間企業での調理業務などの実態がある中、その給与水準と比べて「公務員の給料は2倍も3倍も高い」とデマゴーグの材料とする総務省に対して憤られていました。

本来、収入の低い人たちが多数となった労働の二極化を問題にすべきであり、様々な規制は働く人たちを守るためにあったものだと訴え、労働者派遣法に強い問題意識を持たれていました。民主党は労働を中心とした福祉型社会をめざし、公共サービスの主権を国民に戻すことを基本法の理念に置かれているそうです。

そして、教育や福祉など公共サービスの実施にあたっては、住民に一番近い自治体の役割を重視した法案の考え方であると説明されていました。その他、様々なエピソードを織り込みながら分かりやすく、熱のこもったお話を伺うことができました。この記事で紹介した内容は、私自身が強く印象に残った点を中心に報告させていただきました。

今後、公務労協や連合は民主党と連携し、この法案の成立をめざしていきます。記事タイトルは「公共サービス基本法」としましたが、その法案内容などの説明が充分ではなく恐縮です。最後に、神野教授らがまとめた報告書のサイトをご紹介し、基本理念などに対する説明不足を補わさせていただきます。

参考資料公共サービスの再生と刷新で「不安社会」からの脱却を-安心を保障する有効な政府のために(2006年2月7日) 良い社会をつくる公共サービスを考える研究会

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2008年2月10日 (日)

ストライキ批准投票

記事の更新は週1回ですが、毎日のように訪れてくださる方がいらっしゃいます。管理人である私も含め、コメント欄へ寄せていただくご意見を楽しみにしているからです。率直な意見交換できる掲示板的な役割は喜ばしいことであり、幅広い情報や考え方に触れられる有意義な場になっていることを心から感謝しています。

記事本文の内容によってコメント数は増減していますが、前回記事「内需拡大に向けた春闘へ」のコメント欄はストライキに関する話題で盛り上がりました。実はストライキの問題について、このブログで正面から取り上げたことがありません。これまで2005年12月に「ニューヨークで25年ぶりのストライキ」、2006年4月に「フランス政府が若者雇用策撤回」、2007年6月に「公務員に組合はいらない?」の中で触れてきた程度でした。

憲法第28条で「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」とされていますが、公務員に関しては争議権など労働基本権の制約がある現状です。それに対してILOは再三、日本政府へ「国の行政に直接従事しない公務員への結社の自由の原則に沿った団体交渉権及びストライキ権の付与」の勧告を示してきました。

同勧告に対し、日本政府は「ILOの見解を認識しつつも、日本の歴史的背景や公務員における労使関係の状況等を踏まえ、国民全体の共同利益の見地から労働基本権の制約は免れ得ない」と釈明してきました。最高裁判所も「労働基本権を保障する憲法28条の規定は公務員にも適用されるが、この権利は国民全体の共同利益の保障の見地から制約を免れ得ないものであり、また、労働基本権制約に対する適切な代償措置が講じられていることから、公務員の争議行為を禁止した法律の各規定は違憲ではない」旨を示していました。

ストライキは決行することが目的ではありませんが、労働組合の切実な要求を前進させるためには有効な手段であることも事実です。そのような趣旨を踏まえ、自治労も闘争時にストライキを適宜配置してきました。そもそもストライキは経営側に与える打撃を切り札とし、譲歩や決断を求める組合側の「伝家の宝刀」です。一方で、バスや鉄道など公共サービスを提供する労働組合のストライキは地域社会に及ぼす影響もはかり知れません。

当然、公務員のストライキも同じ側面がつきまといます。また、交渉が決裂して打ち抜いた場合、法的な問題など民間組合の皆さん以上のリスクを覚悟しなければなりません。常にストライキは「諸刃の剣」の面があることを強く意識し、抜く時はより慎重になる必要性を痛感しています。したがって、ストライキ戦術の配置そのものも徹底的な議論を交わした上、メリハリをつけた対応が求められているはずです。

春闘期に自治労はストライキの批准投票に取り組みます。1年間を通して1波につき2時間を上限とするストライキ指令権について、自治労中央闘争委員会に委譲することの賛否を問う投票です。自治労組合員全員を対象とし、組合員総数の半分を超える「○」が批准の成否となります。組合員個々のストライキに対する思いは様々ですが、これまで7割前後の賛成票で批准されてきました。

前述したとおり自治労のストライキは、一定の制約がある緊張関係の中での配置となります。そのため、指令権そのものを自治労中央本部へ委ねることの重要性があります。さらに自治労の結束力を内外に示す一つの指標としても、この批准投票の取り組みは重視されています。合わせて、投票用紙には次のような2008春闘のポイントなどが記され、組合員一人ひとりが春闘を身近に感じてもらう機会としています。

  • 賃金改善、同一価値労働・同一賃金の実現
  • 脱「格差社会」にむけた公共サービスの再構築
  • ワーク・ライフ・バランスの実現と職場のワークルールの確立

組合員の中には「ストライキの配置自体が問題だ」とする見方から「ストライキも構えず、妥協するのか」というような対照的なご意見があります。いずれにしても組合執行部はストライキをはじめ、一つ一つ丁寧に組合員の皆さんと問題意識を共有化していくことが大切なことだと考えています。その上で、多様な声を踏まえながら執行部は、とりわけ闘争の局面で適切な選択肢を懸命に模索しています。

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2008年2月 2日 (土)

内需拡大に向けた春闘へ

あうんの呼吸、暗黙の了解、アイコンタクトなど、実際の生活の中では言葉を発しなくても分かり合える場合があります。しかし、文章を通したブログ上などでは、言葉が不足すると書き手の意図する内容が伝わらない場面も少なくありません。さらに前提となる価値観や物事に対する評価の違いがある場合、ますます書き手の思いが充分伝わらなくなります。

前回記事「千円札の重み」の中で、私が「浅はか」と思ったことに対し、KEIさんからは違和感を示したコメントが寄せられました。千円でも誰かが催告すべきものであるとの理由からでしたが、私の言葉が足らず、少し誤解を与えてしまったようです。確かに金額の多寡にかかわらず、納期の過ぎた税金は必ず催告しなければなりません。

「浅はか」だったのは金額が千円だったため、単に納期を忘れているものと思い込んで電話した点でした。つまり「納期が過ぎている税金がありますが」で良かったものを「お忘れでは」と初めに発した言葉が思慮不足だったと反省しました。その直前の文脈から理解いただけるものと思い込み、この点も「浅はか」だったようです。ちなみにその千円は約束通り年金支給日に納めていただきました(念のため)。

さて、2008年の春闘がスタートしました。昨夜、連合は春季生活闘争の闘争開始宣言中央集会を日比谷公会堂で開きました。それに先がけ、連合の高木会長は経団連の御手洗会長と会談し、今年の春闘に向けた決意を示しています。その会談の要旨は、次の報道のとおりです。

日本経団連と連合は23日、東京・大手町の経団連会館で、今年初めての首脳懇談会を開き、2008年春闘が事実上スタートした。企業業績の好調さを背景に、経団連は、賃上げに積極姿勢を示しているものの、世界的な株安を受け、企業業績の不透明感も強まっている。労働側は、個人消費の回復に向けた賃上げが必要だと主張しており、例年以上に激しい攻防が予想される。

懇談会で、連合の高木剛会長は、「(海外市場の)外需依存度の高い日本経済は、(株安などの影響を受けやすく)非常にもろい。内需拡大の処方せんが賃金の引き上げだ」と強調した。これに対し、経団連の御手洗冨士夫会長は「日本経済は決して楽観できない状況にある。いかに(企業が)付加価値を上げていくかが労使共通の課題だ」と述べ、企業の競争力確保を優先すべきとの認識を示した。

今春闘で、連合は、ベースアップ(ベア)の統一要求を見送り、「賃金改善」という形で労働者への配分を増やすように求めている。一方、経団連は「業種や企業規模などによって、業績にばらつきがあるのは当然だ」(御手洗会長)と、賃上げに取り組むことができるかどうかは各企業の業績次第という立場だ。また、連合は、パートなどの非正社員の待遇改善や、正社員の働き過ぎを是正するための残業代引き上げなども春闘のテーマに掲げている。(2008年1月23日読売新聞)

2001年度と比べ、2006年度の労働者一人あたりの人件費は7%減少しています。それに対し、株主配当は3.8倍、役員の給与と賞与は1.9倍に増えているそうです。また、非正規労働者の増加により、2006年の国税庁の調査では年収200万円以下の人が1000万人を超えている結果も明らかになっています。

連合の古賀事務局長は「景気回復の陰で、生活や社会の不安が大きくなっている。労働分配率は下がり続け、雇用者の3分の1を非正規労働者が占めている。労働者の二極化が進み、低賃金の非正規労働者が生活に苦しむ一方、正社員も長時間労働で疲れ果てている」と述べ、最低賃金の引き上げや長時間労働の是正など働き方の質の改善を訴えています。

さらに古賀事務局長は、連合が旗振り役になって、労働分配率の反転をめざすことにより、内需拡大をはかる必要性を強調しています。そして、サブプライム問題など経済の先行きが不透明であっても、経営側の中長期的な視点での判断を強く求めています。

以上のような連合の主張は至極真っ当なものだと思っています。しかし、それに対する経営側の反論は身勝手で、労働者をないがしろにした発言だと指摘せざるを得ません。1月30日の読売新聞朝刊に掲載された経団連の草刈経営労働政策委員長の言葉で、非常に引っかかった内容をそのまま紹介します。

非正規労働者の正規労働者への転換を進めるべきだという主張には反対する。能力のある人材を長期間、雇用する正規労働者と、労働力の需給の変動に合わせて雇用する非正規労働者は異なる。働き方も多様化しており、積極的に短時間労働を選択して生活を充実させる時代の変化もある。また、(残業代の水準を決める)時間外割増率を引き上げれば、長時間労働を是正するのではなく、お金をもっと欲しいと生活のための残業を助長する面があるのではないか。

この草刈委員長の発言に対しても、立場や視点が異なった場合、賛同される人たちも多いのかも知れません。私からすれば、突っ込み所満載の納得できない内容を多くはらんでいます。企業の利益が何よりも第一で、労働者を部品の一部程度にしか見ていない本性がうかがえてしまいます。

今回は引用が多く、少々手を抜いたような記事で、たいへん恐縮です。最後も、ある自動車販売会社の社長の言葉を紹介させていただきます。いつも興味深く拝見している天木直人さんのブログ記事の中で、心に残っていた言葉でした。

昔は若者が買いたいものは車が上位だった。しかし最近は売れなくなった。自動車会社は金儲けのために経費を切り詰め社員をいじめている。その結果社員の生活は苦しくなり、まわり、まわって車が売れなくなった。これでは自分の首を絞めているようなもんだ。おかげでこっちも影響を受けて大変だよ。

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