千円札の重み
滞納整理事務の手引書の中に慫慂という用語が出てきます。初めから「しょうよう」と平仮名で書かれています。要するに税金を納めていただくよう働きかける意味です。催告や差押などの言葉は職場内で頻繁に飛び交いますが、「今日は慫慂に頑張った」と話す職員はいません。研修の時、たまに講師が使う程度の業界用語でした。
その慫慂のため、滞納者の自宅へ電話をかけたり、直接訪ねていく仕事が私たち徴税吏員の役割です。納期が過ぎていることを忘れている住民の方も多く、まずは直接接触を持つことが収納率向上の第一歩となります。ちなみに粘り強く催告や交渉を重ねながらも自主納付に至らなかった場合、預金口座の差押などの滞納処分を執行することになります。
異動して間もない頃、年配の滞納者の自宅へ電話催告を行ないました。納期が過ぎている税金の額は千円でした。「お忘れでは」と尋ねたところ「分かってますが、年金が支給されてから」との答えをいただきました。自分自身の浅はかさを恥じ、年金で生計を支えている人たちが、いかに千円を切り詰めながら暮らしているのか垣間見た瞬間でした。
1期あたりの住民税の額が千円だとすれば、手にする年金の支給額も多くないことを想像すべきでした。家計への収入が年金だけの人たちにとっての千円札の重みを痛感し、思慮不足の自分を厳しく反省する貴重な機会となりました。前回記事「もう少し税金の話」で記しましたが、老年者控除の廃止に伴い、年金に課税される人たちが大幅に増えました。
その人たちは18年度から非課税だった税金を納めるようになり、さらに19年度、定率減税廃止のタイミングとも重なったため、前年度より税額が格段に増えています。それでも19年度までは老年者非課税措置廃止に伴う経過措置期間でした。したがって、20年度から減額措置がなくなり、またしても実質的な増税を強いられることになります。
そして、今年4月から後期高齢者医療制度が始まります。75歳以上の後期高齢者のみを対象とした医療制度です。これまで家族に扶養されていた人は保険料の負担がありませんでした。新たな制度では加入者全員が保険料を負担することになり、原則として年金から天引されます。その保険料の額は、制度の運営主体となる都道府県単位に設けられた広域連合が決めることになります。
当初、厚生労働省は1人あたりの年間平均保険料を77,400円と試算していました。しかし、東京都の広域連合は約102,000円、大阪では101,449円との試算結果が示されています。なお、急激な負担増を緩和するため、4月から9月まで保険料を免除し、10月から来年3月まで9割減額することが制度発足直前に決まったようです。
この制度に対する批判の声が強まっていたためですが、75歳以上の人たちに保険料を負担させる制度の基本姿勢が変わった訳ではありません。千円札どころか1円の重みを実感されている年金生活者の皆さんが少なくないはずです。そのような人たちに対しても情け容赦なく、これからも年々、税金や保険料の負担が増えていきます。
介護保険制度も同様ですが、真正面から税金を高くすることができないため、迂回した負担増の側面が後期高齢者医療制度にもあります。少子高齢社会を迎え、何か手を打たなければならない切迫した局面であることも確かです。しかしながら制度の継ぎはぎ的な広げ方は、行政コストの肥大化を招きかねません。
また、年金保険料や道路特定財源につきまとう問題ですが、「本来の目的から外れた使い方が多い」との批判を受けています。職員の福利厚生や官舎に要する経費などが象徴的に取り上げられがちです。それらは普通に考えるならば、一般財源から賄うべき性格の類いであることは間違いありません。
それにもかかわらず、いろいろな理屈を付けて保険料やガソリン税の一部が一般財源の肩代わりを担わされてきました。一般財源そのものが厳しい財政状況となり、ますます特定財源への依存度が高まっている現状です。このような手法は国民からの不信を招き、決して好ましいものではありません。加えて、その省庁で働く職員までも肩身が狭くなるような見られ方に対し、少なからず切なさを感じています。
いつものことながら話が広がり、論点も拡散しがちです。もともと「雑談放談」のブログですので、ご容赦ください。いずれにしても今後、税金や保険料の負担が増えていく人たちへ慫慂する際、千円札の重みを受けとめながら丁寧な接し方に努めていくつもりです。
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