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2007年12月 2日 (日)

平和憲法と防衛利権問題

私どもの組合の女性部は活発な活動を続けています。その女性部の定期大会が木曜夜に開かれ、執行部を代表した挨拶に出向きました。開会前に講演会を行なうのが恒例で、今回の講師は前国立市長の上原公子さんでした。じっくりお話を伺えるのは初めての機会であり、講演会の冒頭から参加しました。

2期8年間、まちづくりの先頭に立って奮闘されてきた情熱がヒシヒシと伝わる講演内容でした。国立市が一橋大学の学生らと商店街との架け橋となり、空き店舗を活用しながらシャッター通りを再生させた取り組みなどが紹介されました。また、住基ネット国民保護法などに対し、全国の自治体の中で数少ない独自な立場を貫き通した意思の強さも充分感じ取れました。

興味深い話が多かった中、特に印象に残った言葉がありました。「市民の安全を確保する責任を負う市長の立場として、国民保護法には反対せざるを得ない」とし、自衛隊が住民の避難誘導などの際にかかわる可能性を問題提起されていました。戦争が起きることを前提にした法制化の問題に対し、その点が反対理由として頻繁に取り上げられがちです。

それよりも上原さんはジュネーヴ諸条約追加議定書に触れられ、より具体的な反対論を唱えられていました。1949年のジュネーブ諸条約は「武力紛争が生じた場合に、傷者、病者、難船者及び捕虜、これらの者の救済にあたる衛生要員及び宗教要員並びに文民を保護することによって、武力紛争による被害をできる限り軽減する」としています。

さらに1977年に採択された追加議定書では「紛争当事者は、文民たる住民及び民用物を尊重し及び保護することを確保するため、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標のみを軍事行動の対象とする」とし、従来の武力紛争に適用される文民保護などを目的とした国際人道法を発展拡充させました。

したがって、上原さんは住民と自衛隊が接する可能性の危うさを国際法の見地から訴え、実際に自治体の責任者として国へ意見書も提出しています。なお、追加議定書では「紛争当事者が無防備地区を攻撃することは、手段のいかん問わず、禁止する」と謳われています。この条文を踏まえ、自治体に対する「無防備地区」宣言の運動の広がりも見られています。

一方で、この宣言運動に対しては、政府が認めていない自治体の独自な宣言の有効性、紛争相手すべてに条約を遵守させる強制力の不足、空爆やミサイル攻撃などに対する実効性の不足など、現実的な問題として突き詰めて考えた場合、数多く反論が加えられているのも事実です。平和憲法を最大限尊重した宣言運動の方向性は素晴らしいものと思いますが、残念ながら現状では理想論もしくは運動論の域を抜け切れないのかも知れません。

また、宣言運動に異論を唱える人たちはハイチ共和国の例を示す場合があります。国軍を解散し、国家警察隊に改めた「非武装の国」ハイチ共和国で3年前、反政府武装集団が蜂起しました。大統領が国外逃亡し、争乱の中で住民への略奪や殺人も横行しました。軍隊が存在していたら、このような事態には至らなかったと主張されています。

さらに卑劣な拉致を繰り返してきた北朝鮮のような国があることも無視できません。拉致被害者全員の奪還は言うまでもありませんが、どのような場合でも戦争という選択肢は避ける必要があるものと考えています。イラク戦争の泥沼化が示すとおり、武力で平和は築けないことが明らかになっているはずです。

「テロとの戦い」も憎しみの連鎖を絶ち切らない限り、終わりのない戦いを強いられることになります。戦争や紛争の原因として、領土問題など国益の対立から民族、宗教、政治路線の衝突など複雑多岐にわたっています。遠因として、貧困の問題も見過ごすことはできません。このような要因をどのように取り除いていくのか、国際社会の英知と地道な努力の結集が重要であり、平和憲法を持つ日本がその立場で率先垂範すべきものと切望しています。

上原さんの言葉から話題を広げていますが、ジュネーブ諸条約が示すとおり戦争においても国際法上のルールを遵守するよう求められています。「どうせ完璧に守られることのない努力目標だ」などと各国が居直ってしまえば、身も蓋もありません。同様に国連憲章で戦争そのものも原則禁止と定められています。

例外は自衛のためと国連安全保障理事会が認めた場合の戦争のみ合法としています。このような国際社会におけるルールを軽視し、アメリカがイラク戦争を始めたことも忘れてはなりません。強調したい点として、日本国憲法は国際的に稀有な徹底した平和主義を掲げていますが、決して国際社会がめざしている姿から乖離したものではありません。逆に胸を張って、その理念の普及に努めるべきものだろうと思っています。

戦争を起こしたくない気持ちは、大半の人たちの共通な願いであるはずです。しかし、具体的な個別の選択肢に対し、各人の答えが分かれることも多くなっています。新テロ特措法、在日米軍再編、国民保護法の問題など、YESかNOかで問えば枝分かれしていくのだろうと見ています。

そのような現状を受けとめた上で、一度立ち止まって、いろいろなことを振り返ってみる必要性を感じています。先日、防衛省の守屋前事務次官とその妻が汚職事件の容疑で逮捕されました。この事件を契機とし、改めて防衛費の規模や運用が適切だったのかどうか問い直す必要性を強く感じています。

購入する航空機の価格が適正なのか、専守防衛の観点から本当に必要な装備なのか、アメリカから不当な押し付けがあるのかどうかなど、いわゆる「左右」の立場性を横に置いた中で、共通の課題として認識できるのではないでしょうか。お互いの立場や視点の相違から単に対立していくのではなく、共有できる問題意識を探りながら議論していけるのが理想です。現実はそう甘くなく、今回の記事内容に対しても辛辣なコメントが寄せられるのかも知れません。

とにかく常軌を逸した守屋前次官の不正や額賀財務相の宴席問題の真相解明は大事ですが、あくまでも本質的な問題へ切り込むための突破口に過ぎません。年間約2兆円の防衛装備品納入、総額1兆円とされる米軍普天間基地飛行場の移設問題など、以前から政官業癒着の構図が指摘されています。

当然、防衛利権に群がってきた政界への切り込みが絶対欠かせないはずです。最近、一部のマスコミや天木直人さんのブログ記事「守屋疑獄-もう一つの巨悪」などで、守屋前次官と小泉元首相の関係性が取り沙汰されています。事件性の疑いには直接触れていませんが、小泉元首相が守屋前次官を都合良く使っていたことは事実であるようです。

そして、この機会に平和憲法を掲げた国の防衛のあり方について、改めて見直していくことも非常に重要ではないでしょうか。これまで護憲か改憲か、イデオロギー的な議論が目立ち、防衛費の中味の検証などが不足していたのは確かです。今後、原則非武装から専守防衛の幅の中で、同時に国際貢献の位置付けなどを議論し、どのように憲法の平和主義を具体化するかが大切だろうと思っています。

最後に、その見直し議論を通し、アメリカからセールスされる超高価な兵器に対しても、不要なモノは毅然と断われる関係性を築くことも必要です。以上のような見直しの結果が巨額な予算の圧縮につながれば、財政面の諸問題も大きく改善されていくのではないでしょうか。次期主力戦闘機F22は1機250億円とも言われ、1機削減できれば経済的な困窮者約1万人の1年分の生活を支える財源となり得ます。

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コメント

お久しぶりにお伺いがてら情報提供です

ジュネーブ条約に基づく無防備都市宣言ですが、条約を読めば容易に以下の事が判るはずです。

宣言出来る条件:敵軍が直接攻撃可能な距離に迫った場合
宣言主体:国家。国家が宣言出来ない場合は自治体が軍当局の承認を受けて宣言可能

ということで現在日本国内の自治体で繰り広げられている無防備地区宣言運動は
賛成反対以前にそもそも条約で規定された条件を満たしていません。
非武装宣言については考え方の一つとして有りだとは思いますが、実際に適用できない
条約を看板にするのはある種の詐欺的政治活動と言ってよろしいかと思います。

虚偽を元に個人情報(署名)を集める運動を管理人氏は信用或いは支持できますか?
私にはとてもじゃないけど無理です。

投稿: どうでしょう | 2007年12月 2日 (日) 21時08分

どうでしょうさん、お久しぶりです。コメントありがとうございました。
私も記事本文で、無防備都市宣言の条約に照らした場合の有効性に異論があることを記しています。その上で、めざすべき理念には賛意できるものですので、運動の一つとしての署名活動にも理解を示しています。なお、「詐欺的政治活動」との見方はどうかなと思いますが、主体的に取り組むまでの積極的な支持は考えていません。

投稿: OTSU | 2007年12月 2日 (日) 21時43分

詐欺的政治活動ってずいぶんやさしく書いたつもりなんですけど厳しいですかね。

有効性とかいうことではなく、条例の内容がそもそもジュネーブ条約で規定されている無防備都市宣言の要件を満たしていないにも関わらず、条約を看板にしていることを問題視しています。

条約に看板にしない非武装都市宣言運動なら何も問題無いのに、何故虚偽宣伝をするのか不思議に思いませんか?

投稿: どうでしょう | 2007年12月 2日 (日) 23時25分

どうでしょうさん、おはようございます。
宣言すれば絶対攻撃されないような誇大な宣伝だった場合、確かに問題です。それでも繰り返しになりますが、条約の趣旨に基づく「平和運動」の一環と考えれば許容できるのではないかと思っています。

投稿: OTSU | 2007年12月 3日 (月) 07時31分

すみません、条約の規定を無視する運動を趣旨に基づくならと言うのは流石に苦しいのじゃないでしょうか。

条文は趣旨を実現するための個別の取り決めであり、それを無視することは趣旨を蔑ろにする事であっても決して尊重する事ではありません。
解釈問題でもめる日本国憲法とは違い、ジュネーブ条約のコメンタールは赤十字国際委員会の公式見解として出ております。

管理人さんが本文中でご紹介くださった無防備地域宣言運動全国ネットワークのページにおいても、赤十字国際委員会のコメンタールを重視する旨が謳われています。
よってこの運動についてはコメンタールに沿っているかどうかの検証は重要ですし、沿っていて然るべきなのです。

では実際に無防備地域宣言運動全国ネットワークが自説のとおりコメンタールに忠実なのか否か?
まずは彼らの考え方を述べていると思われるコンテンツ「議会の論点と私たちの見解から」一部引用します。

(前略)
 ジュネーブ条約の解釈は赤十字国際員会の条約コメンタールが正しいもので、日本政府の見解は誤りです。
赤十字国際員会は地赤方自治体も宣言ができるとしています(コメンタールpara2283)。
さらに赤十字国際委員会は「4条件が満たされたときに、ある地区が無防備地域となる。
一方的な宣言や合意だけによって、この状況を確定する」(コメンタールpara2263)としています。
大事なのは4条件を満たしていることです。日本政府が勝手に「国だけしか宣言できない」と解釈しても、国際的に通用するものではありません。
また、条約に合致した自治体の無防備地域宣言について、日本政府は有効無効の判断をする立場にありません。

政府見解(国会答弁)も、政権や状況が変化すればこれまでも変遷していますし、変わる性格のものです。誤った政府見解はやがて訂正されるに違いありません。
自治体も政府見解を鵜呑みにするのではなく、国際条約は国内法規の上位規範に当たりますから、赤十字国際委員会のコメンタールどおりジュネーブ条約を忠実に理解しなければなりません。
(後略)


参考までに赤十字国際委員会のページからも該当する部分を引用します
http://www.icrc.org/IHL.nsf/1a13044f3bbb5b8ec12563fb0066f226/5a6536aad5df70cfc12563cd00435243?OpenDocument

' Who must send the declaration? '

2283 In principle the declaration must be sent by the authority capable of ensuring compliance with the terms of the declaration.
In general this will be the government itself, but it may happen that in difficult circumstances the declaration could come from a local military commander, or even from a local [p.704] civil authority such as a mayor, burgomaster or prefect.
Of course, if the declaration comes from a local civil authority, it must be made in full agreement with the military authorities who alone have the means of ensuring that the terms of the declaration are complied with.


無防備地域宣言運動全国ネットワークの見解は嘘ではありませんが、前提条件である「政府が宣言するのが困難な状態にある場合」や「軍の同意が必要な事」を省略して あたかも自治体単体で判断可能と思わせる誤誘導をしています。
(他のパラグラフも原文がありますので、ネットワークの主張と読み比べて見る事をお勧めします)
事実をありのままに提示しないだけで私は信用するに値しないと思うのですが、その後よりによって

>赤十字国際委員会のコメンタールどおりジュネーブ条約を忠実に理解しなければなりません

だそうで。

なんで原文にある前提条件を省略しておいてこんな事を平気で言えるのかなあ。ここまで来て彼らの思考に付いて行けなくなりました。
管理人さんの平和運動に対する真摯な想いは理解できますけど、共感する相手は選んだ方が良いと思いますよ。

投稿: どうでしょう | 2007年12月 3日 (月) 21時56分

どうでしょうさん、いろいろ参考資料のご紹介ありがとうございます。
どうでしょうさんのお気持ちは受けとめているつもりです。その上で、繰り返しのようなお答えとなりますが、私自身、記事本文で「無防備地域」の宣言運動に対して賛否があることを伝えています。つまり宣言運動を推奨することを意図した記事内容でなかったこともご理解ください。戦争に対しても様々な国際ルールがあることの紹介のための一例でした。
ちなみに最も訴えたかったのは改めて平和憲法を尊重する立場を明確にした上で、巨額な防衛利権にもメスを入れる機会とすべきとの思いでした。いつものことながら長々と書き過ぎて、論点がぼけることを反省しています。

投稿: OTSU | 2007年12月 3日 (月) 22時41分

防衛利権の追求や高コスト体制の見直しは当然厳しくなされるべきだと思います。この点ではOSTUさんに全く同感です。
自衛隊を、日本が平和理念を唱えるための正当な後ろ盾とするために、「防衛機密」が私服を肥やす方便に使われるような情況を放置することは許されません。

ただ、正直申し上げて、今の民主党の姿勢がそういう大局観に基づくものなのかどうか、私は疑ってかからずにはいられません。誰が接待を受けたか受けなかったかにこだわる姿は、要するに現政権の失点を暴いて政権交代に結び付けたいだけじゃないのか、ドタバタのあげく額賀喚問を引っ込めたのはやっぱり「第二のメール問題」じゃなかったのか、と邪推してしまうのも事実なのです。

それから、記事の主旨からそれることを承知で無防備地区宣言運動に関して申し上げずにはいられません。

私としては、第二次大戦中に無防備都市宣言をしたパリやドレスデンがどういう運命をたどったかに一切言及せず、宣言の有無よりも戦術的価値のなさゆえに米軍が素通りした南方の小島を金看板とする彼らを信用する気にはなれません。

また、理念の面から見ても、彼らの言い分には重大な欺瞞があります。「無防備」「無抵抗」は「不服従」と一体でなければ単なる「利敵行為」に堕してしまいます。ガンジーの運動が大英帝国に勝ったのは、抵抗しない代わりに何人殺されようが決して服従しないという、ある意味徹底抗戦以上に血みどろの「平和運動」を行ったからです。無抵抗で侵略行為に対峙するには相当の覚悟が必要であることを彼らは一切説明していません。

この運動が、議会での採決を求められる程度に署名を集めては議会で否決されるパターンばかりなのは、彼らが住民に対しては「いいとこどり」の説明をして署名を集め、議会でその矛盾を突かれることを繰り返しているからです。

OSTUさんの記事はいつも非常に理性的で説得力があります。国政レベルでの民主党は支持しない私ですが、OSTUさんの記事にはうなずかされること一度や二度ではありません。そのあなたの記事で、こういう賛否両論かまびすしい(個人的には「否」が多いと思っていますが)微妙な運動に言及される場合は慎重の上にも慎重が求められると思います。

長文失礼いたしました。

投稿: せっせ | 2007年12月 4日 (火) 00時13分

はじめまして、KEIと申します。一応自治労系組合員の1人です。
組合活動や労働運動について日々配信されているこのブログは非常に参考になり、陰ながら応援しております。
・・・そして同時に組合の政治活動の方向性について良く思っていない1人でもあります。

○国民保護法について

>自衛隊が住民の避難誘導などの際にかかわる可能性を問題提起
戦火が間近に迫っている緊急事態に、一体誰が住民を安全に避難させられるというのですか?
素人同然の自治体職員(つまり我々)や、近接する複数の自治体をまたいでいる消防署や警察署の職員だけで本当にどうにかできると思うのですか?
そういった事態に対応する訓練を日々受けているプロ、自衛隊の助けを借り、その指示のもと住民を避難させたほうがよほど安全ではないかと思うのですが。

>戦争が起きることを前提にした法制化の問題
そりゃあ戦争なんて起きない方が良いに決まっています。ですが、戦争が起きてしまったときに、その対策となる法律ができていなければ、それこそ「市民の安全を確保する責任を負う」ことができなくなるのではないでしょうか?

自治体職員は、有事の際に住民の生命と財産を守る責任を一番に背負わされる立場にあります。その組合たる自治労が、なぜ自衛隊や有事法制を否定するのか、非常に理解に苦しむ所です。

○無防備地区宣言運動について

まず一つ。ジュネーブ諸条約に基づいているとのことですが、攻め込んでくる可能性が比較的高い近隣諸国はこれをちゃんと批准しているのでしょうか?中国とか、北朝鮮とか、アメリカとか、批准していないみたいな記述を良く見かけるのですが・・・?

>条約の趣旨に基づく「平和運動」の一環と考えれば許容できるのではないか
そもそも無防備宣言が本当に平和のためになるのかが甚だ疑問です。「この地区は戦争になったら素直に占領されます」と宣伝して回ることは、他国の侵略欲求を刺激し、余計に戦争の種になりそうにも思います。

あと、非武装宣言もどうかと思います。わざわざ防御が緩いことを宣言してどうすると言うのでしょうか?
良くある例えですが、警備のしっかりしている頑丈な家とドアも窓も全開になっている家とで、泥棒ならどちらに侵入しますか?自分ならどちらに住みたいですか?

ちなみに、ここの皆様方は名言「無防備地域を占領してから他を攻撃するんじゃねぇの!?」をご存知でしょうか?
あのコラージュは一見の価値はあると思います。

○巨額な防衛利権について

>次期主力戦闘機F22は1機250億円とも言われ、1機削減できれば経済的な困窮者約1万人の1年分の生活を支える財源となり得ます。
その1機を削減したばかりに爆撃機を撃墜できず、東京の1千万人が火の海に・・・なんて事になったら目も当てられないのです。これはさすがに極端ですが、防衛ってのはそういう考え方をするものなのではないでしょうか。
あと、巨大な利権になっていてその金を抜いていく不届き者がいるのは確かですが、それは全体から見ればごく一部で、大部分は必要経費ではないだろうか、と僕は考えます。ここで話題となっていた社会保険庁でもそれは同じではないでしょうか?

それでは。長文失礼します。

投稿: KEI | 2007年12月 4日 (火) 00時20分

せっせさん、KEIさん、おはようございます。コメントありがとうございました。
無防備地区宣言などの平和運動に対し、様々な賛否があることを前提に書き進めました。今回、お二人から「否」を強調されたご意見をいただきました。そのような見方について私自身、同調する点があることも否めません。
手短なコメント欄では充分な真意が伝え切れないかも知れませんが、過程は多種多様でも結果は「戦争を起こさない」という目標に向かっていくことが重要であるものと常々考えています。このような言葉も理想論に走りすぎて、お二人の疑念に対して適確に答えるものではないことを承知しています。
今後も機会を見ながら平和問題について、記事本文で取り上げていきたいと思っています。ぜひ、またご訪問いただき、貴重なご意見をよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2007年12月 4日 (火) 06時47分

なかなか高尚な議論がされていることを感心しました。
が、疑問を述べさせていただけるなら、政治的な意見の表明以外はなんら実効性が無いようです。
また、紛争地域の現状や隣国の姿勢においても住民の安全を保障するものではありません。

つまり理想論であって現実との乖離があり説得力が認められるものではありません。
いつもながらナイーブに過ぎ、成果を期待できません。

投稿: tajika | 2007年12月 4日 (火) 21時14分

 守屋前事務次官の逮捕により防衛省の「利権」が話題になっていますが、報道で見る限りは確かにひどそうです。
 以前こんなことが書かれていたのを記憶しています。「防衛省の会計検査は『防衛機密につきお答えできない』で通る」なんてものでした。私は会計検査の準備はいつも一生懸命やっていますけど、「機密」を持ち出すと逃げられる外務省、警察庁、防衛省などはその面に関してはいいな、なんて率直に思います。

 そもそも、日本の防衛費は約5兆円あって、様々なところが財政的に切り込まれる中で、ピーク時からの減り方は少ないですね。随意契約による調達の方法や「思いやり予算」、米軍再編に伴う巨額の移転経費など個人としてみたときは納得できるものではありません。小泉内閣は「民でできるものは民で」などといっていろんなものを削った割には、自衛隊は手を付けませんでしたが、国際貢献だって、災害救助だって、自衛隊だけ頼るのではなく、ほかのやり方だってあるはずなのではないかと感じます。

 国民保護に関する議論もありましたが、そもそも本土上陸させた時点でもうアウトだと考えていますから、私自身はあまり重要と考えていません。あの「日本陸軍」でさえやらなかった本土決戦です。制空権・制海権ともに制して本土上陸を果たすほどの脅威が現在いかほどあるのか、自衛隊のシナリオにすらそんなものはないでしょう。

 9.11同時多発テロでアメリカははじめて本土を攻撃されるという恐怖を味わったようですが、「世界の警察官」を僭称し、自らの恣意的な政策で他国との諍いを引き起こした結果でもあると考えます。
 戦争に至る敵対的な外交よりも、外交の場で善隣を図ることにより国を守るという気概が必要で、武力増強をいたずらに図ることは危険だと私は考えます。
 かつて日本海軍にありながら、日米の対立に反対していた米内光政(よないみつまさ 元首相・海相)は、練習艦隊の艦長であったときに、士官候補生のしたためた「Might is Right」(力は正義なり)という文に「不可」をつけ「力は正義の後ろ盾となるべきものであるも、力そのものが正義ではない」と返したというのを読んだ記憶があります。職業としての軍人の方が、昨今の右傾化する風潮(例えば安倍前首相などの政治家やそれに追従する者)にのった発言よりも、私にとっては真実味にあふれるものです。
 最後にカントの「永遠平和のために」から引用したいと思います。-「『第二条項 常備軍は時とともに全廃されなければならない。』なぜなら、常備軍はいつでも武装して出撃する準備を整えていることによって、ほかの諸国をたえず戦争の危険にさらしているからである。」

 

投稿: Unvollendete | 2007年12月 4日 (火) 23時11分

tajikaさん、コメントありがとうございました。
理想論、その通りだと思います。ただ理想や目標を描かなければ、いつまでも現状は変えられません。また、現実は適確に直視しなければなりませんが、脅威論や「テロとの戦い」の掛け声に気圧され、巨額な防衛利権を見過ごしていたのかも知れません。今回の事件を踏まえ、改めて平和憲法と安全保障の問題を振り返る貴重な機会だと考えました。
このような重たい課題に対し、即効的な成果を期待するのは無謀であり、さらに一個人のブログの問題提起で簡単に何か変わるものではないこともわきまえています。このテーマに限らず、それでも自分なりの思いを地道に発信していくことも大事だろうと思っています。ほんのわずかでも共感を得られれば、何もしないことより少しは意義があったものと信じています。

投稿: OTSU | 2007年12月 4日 (火) 23時32分

Unvollendeteさん、コメントありがとうございました。いつも貴重な情報提供ありがとうございます。
今回のテーマ、予想した通り個々人での見解やとらえ方が枝分かれしていきます。ただ非常にうれしく感謝しているのは、皆さんそれぞれが理性的で建設的な議論提起されている点です。本当に自分自身、いろいろ考える機会となっています。

投稿: OTSU | 2007年12月 4日 (火) 23時41分

こんにちは。
「中途半端な効果・効用しか得られないものでは結局無駄遣いになるからダメ。
たとえ高額であっても、最大の効用度を得られなければ! 」
...な~んて思って、先日新しいくるまを買った私が、本当の賢者だ!...
...あれ、およびじゃない?!...

高額な防衛予算は、その内容が明らかになっていないから非難の対象になってしまいます。
その内容を精査した結果、きわめて妥当、あるいは、かえって不足でもあるかもしれない、
ということが判明した場合、削れ削れと叫んでいる方々は、どのように釈明するのでしょうか。
また、「そうなること(危機的状況)を前提とした危機管理計画は認められない」という人は、
危機管理を行なう/説く立場に就く資格はないと思います。
おじゃましました。

投稿: どんちび | 2007年12月 5日 (水) 16時11分

>災害救助だって、自衛隊だけ頼るのではなく、ほかのやり方だってあるはずなのではないかと感じます。
そう言って自衛隊の介入を長いこと拒否し神戸の町を阿鼻叫喚の地獄絵図にしたバカ首相とバカ知事がいましたねえ・・・

>国民保護に関する議論もありましたが、そもそも本土上陸させた時点でもうアウトだと考えていますから、私自身はあまり重要と考えていません。
では、「本土上陸されたら」どうなるのかについて、ちゃんと想像できていますか?
まさか先の大戦みたく「国民の人権は当然に守られ時がたてば平穏に復興できる」などと甘いことを考えてはいないでしょうね?
ロシアとか中国とか、自分の属領とみなしている地域にどんなマネをしているか、知らないわけではないでしょう?

>制空権・制海権ともに制して本土上陸を果たすほどの脅威が現在いかほどあるのか、
そう考えられるのも、「『世界の警察官』を僭称し、自らの恣意的な政策で」在日米軍と核の傘を提供してくれているアメリカのおかげなんじゃないでしょうかね?

>「力は正義の後ろ盾となるべきものであるも、力そのものが正義ではない」
「力なき正義は無力なり。正義なき力は暴力なり」と言う言葉もあります。
と言うか、軍人であるがゆえに「力なき正義は無力」の部分が省略されている言葉を引用して武力増強を非難するとは、ミスリードにも程があると思います。

>『第二条項 常備軍は時とともに全廃されなければならない。』
「しかしその『時』は絶対に今ではないし、おそらく100年たってもその『時』は来ない」
と言うのが僕の考えです。
もし世界中で軍隊全廃運動が起こったとしても、絶対どこかが破りますって。だって破ったのがその国だけだったら、世界統一も夢じゃないんですよ?
・・・ちなみにそれで世界帝国が出来ても常備軍は残るでしょうな。反乱は怖いですもの。

それでは。Unvollendeteさん、集中攻撃みたいで申し訳ないです。

P.S.

>高額な防衛予算は、その内容が明らかになっていないから非難の対象になってしまいます。
>その内容を精査した結果、きわめて妥当、あるいは、かえって不足でもあるかもしれない、
>ということが判明した場合、削れ削れと叫んでいる方々は、どのように釈明するのでしょうか。
激しく同意です。・・・でもこれ、似たようなことが国家や地方の財政についても言えるんですよね・・・
財政赤字の原因が「主に」無駄遣いにあると考える輩がいかに多いことか。
とにかく人件費を削りさえすれば良いと考える輩がいかに多いことか。

投稿: KEI | 2007年12月 5日 (水) 21時52分

 上記のコメントは、表現が大変下品で品位を欠きますね。ご自分の人格を疑われないためにも、もう少し表現は選びましょう。

>では、「本土上陸されたら」どうなるのかについて、ちゃんと想像できていますか?

 第2次世界大戦での沖縄のようになることは目に見えています。沖縄戦についてよく学んでみることです。非常時に軍が国民を保護するという幻想はあいにくもちあわせておりません。
 そもそも、「軍」は政治体制を守るためのものですから、国民の抑圧・弾圧など歴史を振り返れば枚挙にいとまがありません。そういう視点を持っていないとダメです。役人を信頼しないのなら、徹底的に反権力の旗を振るのもいいでしょうが、身近な公務員は叩いておいて、こうした「軍」に喝采を送る右よりの「中途半端な」思考(石原都知事のような)には、疑問符を付けざるを得ませんね。

>>制空権・制海権ともに制して本土上陸を果たすほどの脅威が現在いかほどあるのか
 これにケチをつけるのもセンスがないですね。
 反論に高野猛さんのホームページより引用します。「結局日本は、自分の頭でポスト冷戦時代の意味を考えて防衛戦略の転換に踏み出すことが出来なかった。軍事的リアリズムに立つなら、まず何より大事なのは、ポスト冷戦時代に日本が現実的に直面する可能性が大きい脅威の様態とその優先順位を分析することであり、それなしには防衛戦略が編み出せるわけがない。(中略)このような過去10年余りの戦略論的空白状況を、本誌は『旧ソ連の脅威を北朝鮮や中国の脅威に安易に“横滑り”させるな』と一貫して批判し続け、田岡俊次などごく少数の軍事専門家も同様に論陣を張ってきたものの、それらは圧倒的に少数派で、マスコミの大勢はワシントン発のディスインフォメーションに疑念を差し挟むどころか、そのお先棒を担ぎさえしてきたのが実情である。」
 役に立ちそうもないミサイル防衛構想など、アメリカ軍産複合体主導のゲームにのるのではなく、「日本の防衛」としての適正規模を考えるべきですね。常識的に考えて、軍事費5兆円の組織は、専守防衛を御旗にするとしても肥大しすぎでしょう。


>>「力は正義の後ろ盾となるべきものであるも、力そのものが正義ではない」
 これにもケチがつきましたが、「『力なき正義は無力』」の部分が省略されている」というのは明らかな事実誤認ですので、この書き方で私を非難することはできません。(実松譲著「米内光政」よりの引用:光人社刊)
 誰でも知っていることをあえて書きますが、昭和十年代、米内光政海相-山本五十六海軍次官-井上成美海軍省軍務局長のラインは、統帥権を笠に着る陸軍の専横に抵抗し、「海軍左派」とよばれるトリオでした。仮想敵国として、当時の日本海軍はアメリカを念頭に置いていましたが、その対決を不可とした人たちです。
 次の日米対決色が強まる中、首相に就任した米内の言葉に、こんなのもあります。(阿川弘之著「米内光政」新潮社)
「そもそも日本の海軍を英米の6割でおさめているのは、相手が万一攻めてきたとき、近海にこれを迎え撃って国を守るためだけの軍備だからだ。それを近頃、主戦論者とかそういう人たちがこっちからせめてかかりそうな動きを見せている。もしそんなことをしたら、日本は滅びるぞ。」
 軍人だからこその見識が伺えます。少なくとも、右傾化した人々(安倍前首相やその追従者)が昨今行う「勇ましい」「危なっかしい」言論よりは、実態を心得ていると考えます。
 また、国防と外交をどう考えるかは、右よりの視点だけでなく、北欧、特にフィンランドの第2次大戦後の対ソ外交や、第2次大戦の戦火をしたたかに逃れてきたスウェーデンの重武装中立などもあわせて考えるべきです。

>>「第二条項 常備軍は時とともに全廃されなければならない。」
 これにケチを付けるのもどうですかね。イマヌエル・カントはドイツの哲学者ですが、この「永遠平和のために」は国際政治学の古典ですよ。この本を読まずして国際政治学は語れないですね。なぜなら、この本に書かれた条項を、人間の英知で実現させてきたからです。「第二確定条項 国際法は自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきである」-これを実現させてきたのも人間の英知です。

>財政赤字の原因が「主に」無駄遣いにあると考える輩がいかに多いことか。
 これもどうかと思いますね。特に軍事費においては。アメリカは歴史に学ばず、何度も同じ失敗を繰り返しています。ベトナム戦争の時も、戦費が財政が崩壊し、金本位制が崩壊し、固定相場制が崩壊-そして世界経済は混乱した。イラクでも、同じ失敗を繰り返し、財政赤字のため、ドルは暴落(円以外のほとんどの通貨に対して)、地政学的リスクと、アメリカ市場から資金が引きあげられた投資資金が流れ込んだ結果、原油の暴騰、商品市場の暴騰-そして世界経済は混乱中。
  世界の軍事費は、日本円に直すと100兆円あるといわれています。これを無駄遣いといわずに何というのでしょう。その10%でも環境保全や弱者救済に使えれば、人類の進歩には大きな前進となるでしょう。特にイラク戦争でのアメリカの軍事費の使い方については、B/Cを考えることもアホらしくなる話で、世界経済にとって、深刻なマイナスの影響を与えていることを認識してもらいたいですね。

 

 

 

投稿: Unvollendete | 2007年12月 5日 (水) 23時14分

 書いてから間違いに気づきましたので、一部訂正します。

>財政赤字の原因が「主に」無駄遣いにあると考える輩がいかに多いことか。
 これもどうかと思いますね。特に軍事費においては。アメリカは歴史に学ばず、何度も同じ失敗を繰り返しています。ベトナム戦争の時も、戦費が財政が圧迫し、金本位制が崩壊し、固定相場制が崩壊-そして世界経済は混乱した。イラクでも、同じ失敗を繰り返し、財政赤字のため、ドルは暴落(円以外のほとんどの通貨に対して)、地政学的リスクと、アメリカ市場から資金が引きあげられた投資資金が流れ込んだ結果、原油の暴騰、商品市場の暴騰-そして世界経済は混乱中。
 世界の軍事費は、日本円に直すと100兆円あるといわれています。これを無駄遣いといわずに何というのでしょう。その10%でも環境保全や弱者救済に使えれば、人類の進歩には大きな前進となるでしょう。特にイラク戦争でのアメリカの軍事費の使い方については、B/Cを考えることもアホらしくなる話で、世界経済にとって、深刻なマイナスの影響を与えていることを認識してもらいたいですね。

 

投稿: Unvollendete | 2007年12月 5日 (水) 23時17分

どんちびさん、KEIさん、Unvollendeteさん、コメントありがとうございます。
このブログの管理人の立場で第三者的立場のコメントは有り得ませんが、このようなテーマはとらえ方が分かれていくことの現状を再認識しています。それぞれのご意見やご指摘を頭から否定するものではありませんが、思考の方向性としてはUnvollendeteさんに近いことを表明させていただきます。しかし、その方向性が絶対正しいのかどうか、絶対正しいと思っていても幅広く受け入れられるかどうか難しさがあることも認識しているつもりです。

投稿: OTSU | 2007年12月 6日 (木) 00時03分

>第2次世界大戦での沖縄のようになることは目に見えています。
・・・あまりの認識の甘さに驚きました。わざわざ
>>まさか先の大戦みたく「国民の人権は当然に守られ時がたてば平穏に復興できる」などと甘いことを考えてはいないでしょうね?
と釘を刺しているというのに、そのような回答をなさるとは。

「そもそも本土上陸させた時点でもうアウト」と敗戦=占領される道を選べば、そこはもう日本国の領土ではなく、占領国の属領です。
その時気にしなければならないのは占領国軍の我々に対する処遇であって、恐らくもはや無力となっている自国軍の振る舞いなどではありません。

そして「『軍』は政治体制を守るためのものですから、国民の抑圧・弾圧など歴史を振り返れば枚挙にいとまがありません。」まして日本を侵略してくるような国の軍隊です。元「日本人」の人権など一顧だにせず踏みにじったとしても不思議ではありません。

>身近な公務員は叩いておいて、こうした「軍」に喝采を送る右よりの「中途半端な」思考(石原都知事のような)には、疑問符を付けざるを得ませんね。
仮にも同じ公務員であり、激甚災害や戦争など自治体職員の手に負えないような事態では頼りにせざるを得ない自衛隊を「軍」と呼び蔑む、自治労の「お花畑な」左よりの思考には、反吐が出ますけどね。
(つーか、レッテル貼りに職業差別と、あなたの書き込みも相当品がないですな。)

あと、僕は公務員を叩く気なんてさらさらないですよ。(当事者ですからね・・・)
叩いているのは組合活動の一環として行われている「平和運動」と言う名の反日活動ですから。

>役に立ちそうもないミサイル防衛構想など、アメリカ軍産複合体主導のゲームにのるのではなく
実際の所、核ミサイルのエネルギー充填をいち早く察知する諜報機関とミサイル基地を完膚なきまでに叩き壊せるステルス爆撃機でもあったほうが役立ち度は高そうなものですが、「専守防衛の理念に反する」とか言うから仕方なくの対空ミサイルシステムなんでしょうけどねえ・
・・
>軍事費5兆円の組織は、専守防衛を御旗にするとしても肥大しすぎでしょう。
まあほとんどは日本人の高すぎる人件費に消えていくそうですが。近隣諸国は軒並み人件費が低い所ばかりなので、軍事費をもって軍事力を比較するのは危険極まりないです。

>「『力なき正義は無力』」の部分が省略されている」というのは明らかな事実誤認ですのでこの書き方で私を非難することはできません。
引用元にその記述があるかどうかを問題にしているわけではないのですが・・・
実際当時の日本にはアメリカが脅威に思うくらいの軍事力がありました。「日本の海軍を英米の6割でおさめ」させられたのは、日英同盟のもと挟み撃ちにされてはかなわないとアメリカが嫌がったためだと言う話もあります。(その不公平感が戦争を呼んでしまうのだから悲しい話ですが)
そんな『力なき正義は無力』などと言う必要のなかった時代の言を持ち出して、
>戦争に至る敵対的な外交よりも、外交の場で善隣を図ることにより国を守るという気概が必要で、武力増強をいたずらに図ることは危険だと私は考えます。
などと主張することを非難しているのです。

>「第二確定条項 国際法は自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきである」-これを実現させてきたのも人間の英知です。
「英知」と言うと大仰ですが、自由な諸国家の連合制度を保障しているものって、要するにパワーバランスなんじゃないですか?

それでは。

投稿: KEI | 2007年12月 7日 (金) 00時59分

KEIさん、おはようございます。
KEIさんのように自治労の方針を「お花畑な」左よりの思考と見ている方が自治労組合員の中にも少なくないものと思っています。そのことを踏まえ、今回のような内容の記事も投稿しています。
そのことで逆に溝が広がっていくのは本意ではありません。簡単に歩み寄りができるような問題ではなさそうですが、できれば次回記事でも今回のような内容を提起させていただこうと考えています。ぜひ、またご訪問ください。

投稿: OTSU | 2007年12月 7日 (金) 07時25分

自分の思いだけでなく、少しは勉強してから私への反論を書いたらどうでしょうか。「永遠平和のために」なんて2時間で読めますし、それに論点ずらしが、ずいぶん見られますね。書かれたことにストレートに応えた方が、好感度はアップするでしょう。

>・・・あまりの認識の甘さに驚きました。

 正しい認識と思います。沖縄戦を学んでください。地上戦では、国民保護なんていっている暇はありませんよ。

>そして「『軍』は政治体制を守るためのものですから、国民の抑圧・弾圧など歴史を振り返れば枚挙にいとまがありません。」まして日本を侵>略してくるような国の軍隊です。元「日本人」の人権など一顧だにせず踏みにじったとしても不思議ではありません。

 どこの国を念頭に置いていますか。制海権・制空権をとって本土上陸できますか。
 沖縄戦を学んでください。教科書問題にもあるとおり「日本軍」は確実に自国の民衆を苦しめたのです。なぜ、沖縄の人が、自民党も含めて怒りの声を上げるのか、正面から考えていただきたい。

>仮にも同じ公務員であり、激甚災害や戦争など自治体職員の手に負えないような事態では頼りにせざるを得ない自衛隊を「軍」と呼び蔑む、>自治労の「お花畑な」左よりの思考には、反吐が出ますけどね。

 軍は政治体制を守るためのものですから、国民の抑圧・弾圧など歴史を振り返れば枚挙にいとまがありません。そういう視点をもたないと駄目です。国民保護・災害復旧・国際貢献をすることが「自衛隊」の本来任務ではなかったですし、第一の任務ではありません。

>叩いているのは組合活動の一環として行われている「平和運動」と言う名の反日活動ですから。

 これこそレッテル貼りです。国の立場から住民を管理するのか、市民の立場に立つのかということを考えた場合、組合運動は市民とともにあるべきであり、人権が踏みにじられる理不尽なことは許さない立場が求められます。

>>役に立ちそうもないミサイル防衛構想など、アメリカ軍産複合体主導のゲームにのるのではなく
 
広島市の国民保護法での研究を参照してください。核攻撃は防げず、平和外交に徹するしかないというのが結論であったはずです。

>>軍事費5兆円の組織は、専守防衛を御旗にするとしても肥大しすぎでしょう。
他国と比べて装備はどうですか?イージス艦など「専守防衛」どころか侵略できる平気には枚挙に暇がありませんが。

>「『力なき正義は無力』」の部分が省略されている」というのは明らかな事実誤認ですのでこの書き方で私を非難することはできません。
>引用元にその記述があるかどうかを問題にしているわけではないのですが・・・

これこそ論点ずらしです。これは米内があなたのような「危なっかしい」士官候補生に対して、のべたものです。私は原文を省略しておりません。事実誤認をきちんと認める度量が欲しいですね。そもそも公務員を当事者というのなら、私は仕事の時に自分の思いだけで仕事をすることをしません。きちんと制度等調べます。引用の参照なんてすぐ出来るとことです。もう少し配慮が欲しいですね。

>>戦争に至る敵対的な外交よりも、外交の場で善隣を図ることにより国を守るという気概が必要で、武力増強をいたずらに図ることは危険>>私は考えます。
>などと主張することを非難しているのです。

 その後に書いた、北欧について少しは調べましたか?小国は軍事力のみに頼ることは出来ないため、外交巧者となって、国家を守ってきたのです。これについてももう少し調べてほしいですね。


>>「第二確定条項 国際法は自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきである」-これを実現させてきたのも人間の英知です。
>「英知」と言うと大仰ですが、自由な諸国家の連合制度を保障しているものって、要するにパワーバランスなんじゃないですか?

 自分の思いだけでは駄目ですね。私はこういう考え方もあるということでカントを引用しているので、「永遠平和のために」を読んでからにしていただきたいと思います。

投稿: Unvollendete | 2007年12月 7日 (金) 12時50分

>正しい認識と思います。沖縄戦を学んでください。地上戦では、国民保護なんていっている暇はありませんよ。
「そこ」で思考が止まっているのが大問題なんですよ。戦争に負けたら最悪の場合日本と言う国家が消滅します。そうなれば「日本軍」による弾圧などよりもはるかに苛烈な「占領軍」による弾圧が住民を待っているのです。
「日本軍」もそれが分かっているからこそ徹底抗戦するのです。そんな緊急事態に人権もへったくれも無いでしょう。

無論、主戦場に住民がいては住民にも軍にも危険ですので、直ちに疎開させる必要があります。これは行政の役目ですが、後に戦場になる所に疎開させてしまわないよう軍隊の指示を仰ぐ必要があります。そして疎開が決定されたなら、住民の「住居選択の自由」や「財産権」などといった人権が大幅に制限されるでしょうが、これはしょうがないとしか言いようがありません。最大級の人権である「生存権」を守るための緊急措置ですし、敗戦で日本国が消滅してしまったら、全ての人権が軒並み保障を失うことになるのですから。

あ、「そこで無防備地域宣言ですよ」と安易に考えてはいけませんよ。無事占領されたあと占領国による徴兵を受け、未だに日本国民である知人や友人、そして親兄弟に銃口を向けることになるかもしれないが構わない、と思うなら話は別ですが。


>どこの国を念頭に置いていますか。制海権・制空権をとって本土上陸できますか。
こうやって2質問を重ねて問うのはうまいやり方ですね。下手な答え方をすると「『念頭に置いた国』は『本土上陸できる国』であるとKEIは思っている」と糾弾する材料に出来ますからね。
なので、2つに分けて回答させていただきます。

○制海権・制空権をとって本土上陸できる国は有るか?
そりゃ今は無理ですよ。シーレーンを重要視するアメリカが日米同盟に則って軍隊と核の傘を出してくれることが予想される今は。
でも奇襲攻撃なら本土上陸ぐらいは出来るかもしれませんね。「1発だけなら誤射かもしれない」などとふざけた事をほざいているマスコミが言論を支配している日本ですから。

○>>元「日本人」の人権など一顧だにせず踏みにじったとしても不思議ではありません。
とはどこの国を念頭に置いた発言か?
中国やロシアと答えておきましょう。チベット問題やチェチェン問題といった苛烈な人権蹂躙について、よく学んでいらっしゃるらしいUnvollendeteさんが知らないわけではありますまい?

>核攻撃は防げず、平和外交に徹するしかないというのが結論であったはずです。
でもそれを公言しちゃまずいんですよ。外交は利害が衝突する場ですから交渉力が要求されます。
「とにかく穏便に」なんて言ったら最後、どこまでも譲歩を迫られてしまいます。
組合交渉でもそうでしょう?「とにかく当局の要求を呑みます」なんて間違っても言わないでしょう?自殺行為であることは自明で、絶対やらないことはわかっていても「要求を通すためならストライキも辞さない」って言うでしょう?

「右傾化した」「勇ましい」「危なっかしい」言動にもそういう側面があるのです。少しは察してあげてくださいよ。


>私は原文を省略しておりません。事実誤認をきちんと認める度量が欲しいですね。
「事実誤認」とさも鬼の首を取ったかのように言い立てたい気持ちも分からないではないですが、そこまでお望みなら反論しましょうか?
そもそも「事実誤認」とは、僕が「Unvollendeteさんが米内首相の発言を恣意的に省略して引用している」と主張している、と考えての指摘だと思うのですが(違ったら反論&具体的指摘をお願いします)、僕はそんな主張をしているわけではないのです。

僕が主張しているのは、
●「力そのもの」である軍隊に籍を置いているものにとって「力なき正義は無力」は論ずる必要のない大前提の事柄である。
●ゆえに、その軍人同士の会話においては「力なき正義は無力」は省略されている可能性がある。
と言うことなのです。
そして、「力があった時代」に述べられた発言を、「力があるのかどうか疑わしい」現在に当てはめることの危険を指摘しているのです。

それでは。

P.S.

>自分の思いだけでなく、少しは勉強してから私への反論を書いたらどうでしょうか。
お互い様じゃないでしょうかね。僕の言論に対して反論するとき、その根拠らしきものに対して少しは調べてます?
>「永遠平和のために」なんて2時間で読めますし
持ってないものは読めませんよ。買えって?ブログへのコメントの為だけに!?
つーか、こういう要求をしてくるってことは、僕が参照している本やサイトを紹介したら読んでくれるってことなんでしょうか?「軍事板常見問題」とか紹介しちゃいますよ?
>それに論点ずらしが、ずいぶん見られますね。
これもお互い様でしょう。意思疎通は難しいんですよ。

P.S.2

前述の「軍事板常見問題」で沖縄戦について調べてみたんですが、
「戦闘が激化する前、軍は沖縄の人たちを積極的に疎開させたがっていたが、疎開活動を知事が妨害した」とか、
「疎開自体が強制でなかったため、ほとんどの住民が疎開しなかった」とかが、沖縄戦の悲劇の遠因になっているようですね。
こういう理解でよろしいですか?

投稿: KEI | 2007年12月 8日 (土) 01時11分

ある意味この話題に嵌りこむ原因を作っておいてあれですが、流れを変える意味でちょっとだけ。
第二次世界大戦での沖縄戦が民間人を巻き込んだ地上戦の例で出てきましたので、それをお題に住民保護のあり方を考えてみます。

沖縄の悲劇は地上戦の惨状のせいで被害だけに目が行きがちですが、その前段での民間人避難がうまく行かなかった事は余り問題視されておりません。
この時米軍侵攻に備え民間人保護のために実施されたのは以下のような内容です。

1.本土への避難船運航
2.避難船運航終了後の北部地域避難要請

1については沖縄戦が始まる前に政府より沖縄県に対し非戦闘員の本土疎開要請が出されており、避難のための疎開船が運航されております(延べ200隻くらい)
このうち唯一撃沈されたのが有名な対馬丸ですが、逆にいえばそれ以外の船は無事に本土まで避難民(約7万人)を運んでおります。
ところがこの避難船ですが当初の乗船率は5割以下。那覇が空襲を受けた後に乗船率はあがりますが、非戦闘員の完全避難はできませんでした。

2については疎開船の運航が困難になった後、沖縄駐屯の32軍は民間人の北部地域への避難を要請します。
アメリカ軍も北部地域は攻撃対象としないことを宣言します。
しかしながら北部は未開拓地でもあり、住民の避難は進みませんでした。

旧軍には避難に協力は出来ても民間人に対して軍令を発する権限がありませんでした。というか戒厳令でも敷かない限り今現在どこの軍隊でもそうです。
住民保護の責任を持っていたのは沖縄県で、実際子供には疎開指示という形で避難命令が出ております。(大人は自主避難)

この後米軍の上陸があり、戦闘地域に残った民間人は悲惨な運命を辿ることになります。
さて歴史を知る我々は実際に戦闘が迫った場合の住民保護としてどのような体制を作るべきでしょうか?

沖縄で地上戦に巻き込まれた民間人の惨状は
「実際に戦闘が始まってしまったら軍には民間人保護が期待できないこと。」
を示しています。
特に民間人の被害が戦闘末期に集中している事を考えると、劣勢となった場合は期待するだけ無駄だと思うしかありません。

また戦闘前の避難状況からすると
「自主避難では十分な効果が得られない」
ことが導き出されます。

沖縄戦の教訓を生かすならば「戦闘前」に「強制力を持った避難命令」を運用できる体制を作る事が、戦時の住民保護に効果的ということになります。
実際少人数ではありますが、住民を強制疎開させた結果民間人の犠牲者を出さなかった硫黄島という例も存在します。
現在の我が国は専守防衛政策の縛りから、最終的な勝敗とは別に初動は受身になる可能性が高いです。
ですのでなるべく早い段階で避難の実施、完遂を目指す必要があろうかと。
国民保護法についてはこの観点から運用に耐えるものかどうかを検討したうえで賛成、反対を考えたいですね。

沖縄戦について今後勉強しようという方がおられましたら地上戦の被害だけでなく戦闘開始前から終結後までの流れを追って見てください。
特に自治体レベルで求められる住民保護を考える際は、戦闘前段階の行動こそが研究すべき事だと思いますよ。

投稿: どうでしょう | 2007年12月 8日 (土) 07時33分

Unvollendeteさん、KEIさん、どうでしょうさん、おはようございます。
いつもながら皆さんの博識ぶりに感心しています。このように情報の輪が広がっていくことは、オープンなコメント欄の長所だと思っています。
一方で、いみじくも記事本文で「戦争を起こしたくない気持ちは、大半の人たちの共通な願いであるはずです。しかし、具体的な個別の選択肢に対し、各人の答えが分かれることも多くなっています」と書いたような議論の様相となっているようです。前回のコメントでも記したとおり次回記事で、このような問題意識をもう少し綴ってみるつもりです。ぜひ、また貴重なご意見をよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2007年12月 8日 (土) 08時39分

昨日の、午後と今日、県本部の集会に行ってきました。昨日は時間がない中で推敲せずに、組合事務室で書いたものですから(たった30分で書いたものですから)、少し表現が稚拙であったり、誤字があったりと見苦しい点もありました。この点はお詫びしたいと思います。

ところで
>「力そのもの」である軍隊に籍を置いているものにとって「力なき正義は無力」は論ずる必要のない大前提の事柄である。

と論点ずらしを相変わらず図る人間がいます。

>軍人であるがゆえに「力なき正義は無力」の部分が省略されている言葉を引用して武力増強を非難するとは、ミスリードにも程があると思います。

と書いていますから、正しく日本語を解釈すれば、私が「『力なき正義は無力』の部分が省略されている言葉を引用し」たことを非難しているわけですので、この批判は当たらないことを、まず言っておきます。(こんなにわからない人に返答するのは、『立川市民』氏以来です。またHNを変えているのかもしれませんけど。)

 だいたい、米内は「力は正義の後ろ盾となるべきものであるも」といったと書いているのですから、「力なき正義は無力」を省略していると私を非難するというデマを流すのは、やっぱり私の書いた文章を読んでいないのだなということがわかるわけで、怒りを通り越し、大変悲しくなります。
 正確な知識もなく、反論のために資料を調べることもなく、空回りした自分の思いこみだけで文章を書いても伝わりませんよ。

>中国やロシアと答えておきましょう。
 
 これは知的な怠慢です。平成7年11月28日付で閣議決定された「防衛計画の大綱」以降の中期防衛力整備計画において、ロシアへの脅威が減少したことを念頭に、陸自北部方面隊の縮小はつづいております(第5師団→第5旅団に格下げ、第11師団も旅団となる予定)し、平成16年12月10日に閣議決定された新しい「防衛計画の大綱」では「我が国に対する本格的な侵略事態生起の可能性は低下する一方、我が国としては地域の安全保障上の問題に加え、新たな脅威や多様な事態に対応することが求められている。」と対テロ・ゲリラ戦の方へシフトとしてきているのが実態です。
 
 もう一つの話題、弾道ミサイルについて。そもそも、核開発競争で大陸間弾道弾が向き合い形となったのも、結局はそれを防ぐ技術がないので、お互いが牽制しあう形で配備されてきたのが経過です。(だいたい、宇宙近くまであがって、ものすごい速度で落下するものを、地上からピンポイントで迎撃できるか、というと相当な困難に突き当たるのは明白。まだ簡単な試験でしか成功例がないのも頷ける。)
 仮にアメリカが、ミサイル防衛構想の開発に成功したとしてら、再び軍拡競争になるのは目に見えてますので、あまり意味はないのではないかと考えます。
 それよりも、広島市国民保護計画の素案にあるとおり「核攻撃を防ぐことはできない。平和外交に徹し、核廃絶に全力を。」という結論の方が、私は現実的であると考えます。


 どうでしょうさんの見解は、一つの見識であると私も考えます。
 
 しかし、私は、日本は「二度と戦火に遭わないように」巧みな外交を行い、他国と協調しながら、率先して軍縮に取り組むべきであるとの信念を持っている、ということを表明します。ただ、抑止力としての武力という考え方もあると思いますので、これが正しいと言い切る気もありません。
 
 

投稿: Unvollendete | 2007年12月 8日 (土) 15時32分

Unvollendeteさん、いつもご訪問ありがとうございます。
この間の議論に対する直接的なレスとなりませんが、先ほど新規記事を投稿しました。ぜひ、またご訪問いただき、何かお気付きの点がありましたらご意見をよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2007年12月 8日 (土) 23時54分

どうでしょうさんが沖縄戦に関して僕の言いたかった事・知りたかった事の全部を分かりやすくまとめてくださって、ここまで粘った甲斐があったなあ・・・などと思っているKEIです。
もうちょっとだけ書かせていただきます。次のエントリに持ち越すのは気が引ける話を。

>>中国やロシアと答えておきましょう。
>これは知的な怠慢です。(以下略)
驚きを通り越して恐ろしさすら覚えました。僕がわざわざ
>>下手な答え方をすると「『念頭に置いた国』は『本土上陸できる国』であるとKEIは思っている」と糾弾する材料に出来ますからね。
>>なので、2つに分けて回答させていただきます。
と皮肉たっぷりに釘を刺しているのが読めないのですか?
そして脅威云々に関しては上段で「今は無理」と回答しております。
(防衛は長期スパンで考えるべきものであり、うかつに削減すると突然必要になっても間に合わなくなるということから、この考えでも相当甘いらしいですが。)

「中国やロシア」は下段での回答です。「もし日本が占領されたとき、人権蹂躙をしかねない国」として回答しております。当然下段では脅威云々は一切関係ありません。
それを脅威云々の話に結びつけ、知的な怠慢とまで言ってのけるとは。
「チベット」や「チェチェン」の話を持ち出されたくないあまり強引に論点ずらしを謀らざるを得なかったのか、あるいは日本語読解力に致命的な欠陥があるのか。
まあUnvollendeteさんは論点ずらしを非常に嫌うお方であることは存じております。きっと後者なのでしょう。

そんな日本語読解力が怪しいUnvollendeteさんが
>>軍人であるがゆえに「力なき正義は無力」の部分が省略されている言葉を引用して武力増強を非難する
こと(言葉自体に省略された意味が存在するのに、それを無視している)と、
>私が「『力なき正義は無力』の部分が省略されている言葉を引用し」たことを非難している
こと(言葉を省略し意味を変えている)とが根本的に違うことを理解できるはずもなく、
それを考慮できずに微妙な表現を使用してしまった僕が全て悪いのです。申し訳ありませんでした。
謝りついでに、(省略された意味が存在する)の部分も恣意的に過ぎる主張だったとは思っております。併せて陳謝いたします。

・・・さて、こちらのエントリではこの辺にさせていただきます。
ミサイル防衛構想や外交方針の話は次エントリのコメントでも使えそうですし。

投稿: KEI | 2007年12月 9日 (日) 18時32分

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