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2007年12月22日 (土)

UFO論議から思うこと

朝起きてパソコンを立ち上げ、出勤の支度をしながらメールなどのチェックを行なっています。このブログへコメントが寄せられている場合、なるべく朝のうちにお答えするようにしています。夜、遅い時間にコメントを投稿される方が多く、素早いレスのためには朝の時間が最適です。

特に12月は忘年会などで酔って帰る日が多く、そのタイミングで書き込まないと間隔を開けすぎてしまう心配がありました。それでも前々回記事「平和憲法と防衛利権問題 Part2」へ寄せられたKEIさんのようなコメントに対しては、とても短い時間では答え切れない難しいものもあります。そのような時、返答が遅くなることをご容赦ください。

さて最近、UFO(未確認飛行物体)の話題が新聞紙面に踊っています。それも永田町など政治家の発言が面白おかしく伝えられています。もともとは民主党の山根隆治参院議員が「UFOの情報収集と確認作業は喫緊の課題」とした質問主意書を提出し、その答弁を閣議決定したのが発端でした。

「これまで存在を確認していない」と答弁書の内容を決めたようですが、その後の記者会見で町村官房長官が「個人的には、UFOは絶対いると思っている」と述べたことにより、閣内不一致などと新聞の笑いを取る見出しになっていました。それからもマスコミの記者はUFOの存在について福田首相や渡海文部科学相らをはじめ、手当たりしだい尋ねまくっているようでした。

問われれば答えるのが大人の対応であり、私見を述べている政治家を責められません。しかし、石破防衛相が真面目な顔で「ゴジラやモスラがやってきたら災害派遣だが、UFO襲来だとどうか」と記者会見で述べ、自衛隊によるUFO対処のあり方を問題提起したニュースに接した時は、さすがにあきれ果てました。

石破防衛相は「UFOは外国というカテゴリーに入らないので領空侵犯とするのは難しい。攻撃してくれば、防衛出動になるが、仲良くしようと言ってきたら我が国への武力攻撃にならない」との見方を披露し、「(UFOが)存在しないと断定する根拠がない以上、私自身どうなるか考えたい」と語ったそうです。

いみじくも軍事オタクと呼ばれている石破防衛相らしい記者会見だった模様です。テレビに映った表情は真剣そのものでしたが、記者に対して笑いを取るためのジョークだったのでしょうか。それでも今回のような報道がされれば、薬害C型肝炎訴訟など国民の生死に直面した問題が取り沙汰されている中、KY(空気が読めない)な閣僚だと言わざるを得ません。

さすがに自民党内からも閣僚のUFO論議に対し、苦言を呈する声が出始めていました。二階総務会長は「いい加減にした方がいい。政治には(他に)対応しなければいけないことがたくさんある」と述べたようで、まったくその通りだと思っています。この感覚が国民の多数を占めているのではないでしょうか。

論議に火をつけた山根参院議員も予想外の話題の広がりに戸惑い、ご自身のホームページで「UFO問題ばかり取り組んでいるような印象をもたれ易いが、必ずしもそうではない。あくまでも国民の暮らしに重点を置いた活動をしていることを敢えてこの際この場で付言させて頂きたい」と釈明されていました。

KYと言えば、舛添厚生労働相が薬害肝炎訴訟の和解協議に際し、「これが政治決断の案だ。ベストを尽くした」と胸を張っていた姿勢も五十歩百歩です。舛添厚労相は原告団に対して「みんなを救う」と明言し、大きな期待感を持たせていたようです。しかしながら結果は「命に線引きしないでほしい」という原告団の願いをくみ取れない修正案であり、和解交渉は決裂しました。

「閣僚の職を賭す覚悟で調整した」という舛添厚労相の言葉に偽りはないのかも知れません。しかし、先走って実現の見通しが立っていないことを豪語し、結局のところ約束を守れないパターンは年金記録の公約問題と同じでした。さらに「なぜ、原告団は分かってくれないのか」と逆ギレする傲慢ぶりも相変わらずであり、調整能力のお粗末ぶりと合わせ、与党内からの評価も急落しているようです。

ここで最近、石破防衛相が発した言葉をご紹介します。先週、イージス艦からのミサイル迎撃実験が行なわれました。このミサイルは1発約20億円だそうです。このような費用の問題を記者会見で尋ねられた石破防衛相は「人の命はお金に替えられない」と答えました。ミサイル迎撃実験の評価を横に置いて考えれば、石破防衛相のその発言を誰も否定できません。

しかし、本当に「人の命」の重みを真摯に受けとめる内閣だったならば、薬害肝炎訴訟の和解交渉も別な展開を見せたのかも知れません。前首相に比べ、安定感が評価されていた福田首相自身、前内閣による年金記録の公約問題に対して「覚えていなかった」などの発言で馬脚をあらわしています。その結果、国民からの内閣支持率も下り坂となっています。

振り返れば福田首相が官房長官時代、小泉初訪朝によって判明した拉致被害者の安否を家族へ伝える際、無事だった被害者の家族のみ別室に集めました。「皆が一緒にいる場所で」とお願いした蓮池さんの母親に対し、「黙って聞きなさい、あなた方の家族は生きているのだから」と制したのは有名な話です。家族会全体の思いを適確につかめず、喜ぶものと決め付けていた福田首相の浅薄さが際立った一場面でした。

UFO論議の話題から福田内閣への評価まで広げてみました。ザブタイトルのとおり「雑談放談」的なブログであることをご理解ください。また、私自身、このように自民党政権に対して批判的な意見を抱いています。政権が代われば、すべて理想的な政治となるのかどうか断定できませんが、現状より好転する可能性や期待を秘めていることは確かだろうと思っています。

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2007年12月16日 (日)

塀の中から見た福祉

木曜の夜、私も役員を務めている連合地区協議会主催の講演会が開かれました。講師は元衆議院議員の山本譲司さんで、「塀の中から見た日本の福祉」という演題でした。山本さんは「獄窓記」の著者ですが、その「獄窓記」は柳葉敏郎主演でテレビドラマ化もされています。

「獄窓記」は自らの体験を綴った著書です。つまり実刑判決を受け、山本さんは1年2か月ほど服役した経験を持っていました。仮釈放後、何か行動を起こそうとするたび、山本さんは社会から排除されているような劣等感や自虐的な気持ちにさいなまれ、1年近く引きこもりの生活が続いたそうです。

出所後、山本さんは福祉施設で働いていましたが、塀の中で見たことを綴ることによって、一人でも多くの人に行刑施設の実情に目を向けていただくことも大事だと考えました。また、罪を犯した自分というものを絶えず自覚するためにも、4年前、逮捕から刑務所内での生活までを書きしるした「獄窓記」の出版に至ったとのお話です。

刑務所には心身に障害を持つ受刑者が多く、その指導補助役に山本さんは命じられ、オムツを替える仕事など障害者の身の回りを世話する役目を負っていました。その時の話が思いがけず福祉や矯正関係者の目にとまり、講演依頼や激励が相次ぎました。現在、山本さんは半官半民刑務所のアドバイザーを務め、法務省や厚生労働省とも連携し、障害を持つ受刑者に対する処遇プログラム作りや社会復帰支援に向けた活動に力を注がれています。

山本さんの罪は、政策秘書の名義借りした詐欺罪でした。2000年9月、政策秘書給与流用容疑で逮捕され、翌年、懲役1年6か月の実刑判決が言い渡されました。山本さんは逮捕直後、すみやかに国会議員を辞職し、搾取金に年利5%の利息をつけた約2千8百万円を国庫に返納されていました。

当時、政界での秘書の名義貸しは恒常的な問題であるような見方もあり、大半の人は執行猶予がつくのだろうと予想していました。しかし、実刑という予想外の厳しい地裁判決に驚いた記憶があります。山本さん自身は、有権者の期待を裏切り、国民の政治不信を増大させた責任は重いものとし、控訴せず一審での判決を受け入れています。

実は今回、連合地区協議会が山本さんを講師として招いたのには一つの訳がありました。山本さんが衆議院議員だった時の選挙区は、私どもの組合がある地域でした。民主党の山本さんを連合推薦候補とし、各労働組合が全力で応援し、2回の当選を勝ち取ってきました。日常的にも勉強会などの交流があり、緊密な協力関係を築いてきた間柄でした。

そのような経緯もあり、福祉の分野で活躍されている山本さんを講師としてお呼びしました。逮捕された当時は皆が驚き、私たちとの信頼関係を欺いたことなる山本さんに対する怒りもうずまいていました。しかしながら潔く罪を償い、新たな方面で活躍されている山本さんに再び会ってみたい気持ちも高まっていました。

そのため、私どもの地区協議会に属する組合の役員や組合員との再会の場としても、今回の講演会を位置付けていました。わざわざ退職された組合役員OBの方まで顔を出されるほど、山本さんとの再会を皆さんそれぞれが待ち望んでいたようでした。100人入る会場がギッシリ満員となり、以前と変わらない山本さんの明るさやバイタリティに懐かしく接することができた貴重な時間となりました。

とは言え、山本さんが逮捕されたニュースに接した時、たいへんな衝撃を受けたことも忘れることはできません。信頼関係が裏切られたことはもちろん、そのような人物の支持を組合員の皆さんに訴えてきたことを深く反省し、残念な思いで一杯だったことを覚えています。特に私どもの組合は、山本さんが26歳という若さで都議会議員となった時からの長い付き合いがありました。

したがって、その事件の後、組合の政治方針に対する率直な議論が交わされていきました。私が書記長になった1年目のことであり、本当に心を悩ましたことが思い出されます。ちなみに余談ですが、2年目の時に自治労不祥事問題が発覚し、4年目には不正入札事件が市役所内を震撼させました。振り返ってみると5年間の書記長時代、労働組合の本来任務とは離れた重大事への対応に追われていたことになります。

毎度のことですが、記事タイトルの主題に入るまでの話が長くなりがちです。日記風の雑記ブログであり、そのような性格のものであることを改めてご理解ください。多少言い訳気味となりますが、山本さんの講演内容の全体像は著書である「累犯障害者」をお読みいただくことが正確に伝わるものと考えています。また、「続・獄窓記」も来月出版されるとのことでした。

このブログでは講演の中で、特に私自身が印象に残ったお話を紹介させていただきます。なるほどと思ったのは、精神鑑定さえ受ければ刑務所に入ることのない知的障害者が数多く存在する事実でした。迅速な裁判の審理を優先する風潮や1回25万円ほどかかるコストの問題があり、安易な実刑判決が多くなる実態であるようです。

服役中、山本さんが障害のある受刑者と交わした会話が印象的です。刑務所の中には「自由がないけど、不自由もない」との言葉でした。障害のある受刑者にとって、出所しても「衣食住」のあてがなく、一方で塀の中には最低限の暮らしがあるとの意味合いでした。

これまで雑煮など食べたことがなかった受刑者、正月に雑煮が出て驚き、バレンタインデーという言葉も知らなかったのに2月14日にはチョコレートが出て驚く姿が目に浮かびました。「人生で刑務所が一番暮らしやすかった」とつぶやく受刑者が、再び刑務所に入るため罪を犯す不条理な現実があることを改めて思い知りました。

福祉のセーフティネットから漏れた障害者が無銭飲食などの微罪で実刑判決を受け、結果的に刑務所が福祉施設の代替施設となっている現状を山本さんは強く訴えられていました。国会で見えなかった福祉の現実が刑務所で見えたとの山本さんの言葉には重みがあり、障害者が安心して地域で暮らせる法整備の必要性を強く説き、講演の結びとされていました。

講演内容そのものが興味深く、まだまだ伝えたいことが数多くあります。ぜひ、関心を持たれた方は先ほど紹介した山本さんの著書をご覧になってください。また、講演会が終わってから山本さんと役員数人で食事に行きました。その時のお話も非常に興味深いものでした。フリーな立場であるため、ストレートな言葉で今の民主党を叱咤激励されていました。一つ一つ大きくうなづける話が多く、貴重な旧交をあたためる機会となりました。

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2007年12月 8日 (土)

平和憲法と防衛利権問題 Part2

いつものことながら前回記事「平和憲法と防衛利権問題」は長々と書いてしまいました。400字詰め原稿用紙10枚以上の分量だったようです。それぞれ主張したかった内容でしたが、やはり長すぎるとその記事で一番言いたかった論点がぼけてしまいがちです。

とりわけ主題に向けた伏線的な事例だったつもりの「無防備地区」宣言運動に対し、どうでしょうさんやせっせさんから強い異論が加えられました。また、その問題提起に端を発した議論がKEIさんとUnvollendeteさんの間で激しく交わされました。本当に多くの方から貴重なご意見や情報をお寄せいただき、いつも皆さんの博識さに感心しながら感謝しているところです。

このように議論の輪が広がっていくことは、オープンなコメント欄の長所だと思っています。一方で、いみじくも前回記事で「戦争を起こしたくない気持ちは、大半の人たちの共通な願いであるはずです。しかし、具体的な個別の選択肢に対し、各人の答えが分かれることも多くなっています」と書いたような平行線的な議論にも陥りがちです。

前回の記事で、私自身、「無防備地域」の宣言運動に対して賛否があることを伝えています。つまり宣言運動を推奨する意図はありませんでした。戦争に対しても様々な国際ルールがあることの一例として紹介したつもりでした。最も訴えたかったのは、改めて平和憲法を尊重する立場を明確にした上で、巨額な防衛利権にもメスを入れる機会とすべきとの思いでした。

そのように思う背景として、守屋前次官の汚職事件を契機に巨額な防衛利権の闇が注目を浴びています。この問題を追及していけば、そもそも購入する航空機の価格が適正なのか、専守防衛の観点から本当に必要な装備なのか、アメリカから不当な押し付けがあるのかどうかなど、いわゆる「左右」の立場性を横に置いた共通の課題が浮き彫りになるものと考えていました。

当然、一個人のブログが問題提起した程度で、簡単に何か変わるものではないこともわきまえています。それでも今回のテーマに限らず、自分なりの思いを地道に発信していくことで、ほんのわずかでも共感の輪が広がることを願っています。

一方で、KEIさんのように自治労の方針を「お花畑な」左よりの思考だと見ている自治労組合員も少なくないものと思っています。私どもの組合においても同様だろうと受けとめています。その上で私自身の思いは、やはり同じ自治労組合員であるUnvollendeteさんのお考えに近いようです。

過程や手法は多種多様でも、結果は「戦争を起こさない」という目標に向かっていくことが重要だと常々考えています。その考え方に照らし、自治労方針に対しては基本的に賛同できる立場です。自治労に属する組合の役員の立場だから、安易に追従している訳ではありません。参考までに8月の定期大会で確認した自治労方針「平和運動の推進」の中で、自衛隊にかかわる記述内容をご紹介します。

自衛隊の組織、能力および基地は、領空・領海・領土内に限定しつつ段階的な縮小を進めるとともに、現在の自衛隊を密入国、テロ、麻薬対策などを主要な任務とする警備組織と、災害救済・復旧、環境保全組織への再編・改組を求めます。

上記の内容に対しても「自衛隊を容認するものであり、問題である」と異を唱える人たちもいる中、平和憲法を踏まえた決して「お花畑な」方針ではないもの思っています。しかし、その方向性が絶対正しいのかどうか、絶対正しいと思っていても幅広く受け入れられるのかどうか難しさがあることも認識しているつもりです。

そのため、反戦平和の課題は「○○に反対しよう!」とスローガンを押し付けるのではなく、組合員に対して「なぜ、反対しているのか」丁寧に説明していくことが非常に重要だと考えています。このような問題意識を踏まえ、当ブログでも時々、平和運動にかかわる内容の記事も投稿してきました。

言うまでもなく、このブログで議論を交わすことによって、かえって溝が広がっていくのは不本意な話です。安全保障の問題など、簡単に歩み寄りができるようなテーマではないことも承知しています。それでもお互いの立場や視点の相違から対立していくのではなく、相手方の主張にも率直に耳を傾けながら議論していけるのが理想です。

今回、久しぶりに記事タイトルを「Part2」としましたが、当ブログで平和問題を取り上げる理由やその議論のあり方を中心に綴らせていただきました。安全保障に対する踏み込んだ内容に触れることができず、たいへん恐縮です。このテーマは聞き役に回ることが多くなりそうですが、ぜひ、貴重なご意見やご感想をお待ちしています。

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2007年12月 2日 (日)

平和憲法と防衛利権問題

私どもの組合の女性部は活発な活動を続けています。その女性部の定期大会が木曜夜に開かれ、執行部を代表した挨拶に出向きました。開会前に講演会を行なうのが恒例で、今回の講師は前国立市長の上原公子さんでした。じっくりお話を伺えるのは初めての機会であり、講演会の冒頭から参加しました。

2期8年間、まちづくりの先頭に立って奮闘されてきた情熱がヒシヒシと伝わる講演内容でした。国立市が一橋大学の学生らと商店街との架け橋となり、空き店舗を活用しながらシャッター通りを再生させた取り組みなどが紹介されました。また、住基ネット国民保護法などに対し、全国の自治体の中で数少ない独自な立場を貫き通した意思の強さも充分感じ取れました。

興味深い話が多かった中、特に印象に残った言葉がありました。「市民の安全を確保する責任を負う市長の立場として、国民保護法には反対せざるを得ない」とし、自衛隊が住民の避難誘導などの際にかかわる可能性を問題提起されていました。戦争が起きることを前提にした法制化の問題に対し、その点が反対理由として頻繁に取り上げられがちです。

それよりも上原さんはジュネーヴ諸条約追加議定書に触れられ、より具体的な反対論を唱えられていました。1949年のジュネーブ諸条約は「武力紛争が生じた場合に、傷者、病者、難船者及び捕虜、これらの者の救済にあたる衛生要員及び宗教要員並びに文民を保護することによって、武力紛争による被害をできる限り軽減する」としています。

さらに1977年に採択された追加議定書では「紛争当事者は、文民たる住民及び民用物を尊重し及び保護することを確保するため、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標のみを軍事行動の対象とする」とし、従来の武力紛争に適用される文民保護などを目的とした国際人道法を発展拡充させました。

したがって、上原さんは住民と自衛隊が接する可能性の危うさを国際法の見地から訴え、実際に自治体の責任者として国へ意見書も提出しています。なお、追加議定書では「紛争当事者が無防備地区を攻撃することは、手段のいかん問わず、禁止する」と謳われています。この条文を踏まえ、自治体に対する「無防備地区」宣言の運動の広がりも見られています。

一方で、この宣言運動に対しては、政府が認めていない自治体の独自な宣言の有効性、紛争相手すべてに条約を遵守させる強制力の不足、空爆やミサイル攻撃などに対する実効性の不足など、現実的な問題として突き詰めて考えた場合、数多く反論が加えられているのも事実です。平和憲法を最大限尊重した宣言運動の方向性は素晴らしいものと思いますが、残念ながら現状では理想論もしくは運動論の域を抜け切れないのかも知れません。

また、宣言運動に異論を唱える人たちはハイチ共和国の例を示す場合があります。国軍を解散し、国家警察隊に改めた「非武装の国」ハイチ共和国で3年前、反政府武装集団が蜂起しました。大統領が国外逃亡し、争乱の中で住民への略奪や殺人も横行しました。軍隊が存在していたら、このような事態には至らなかったと主張されています。

さらに卑劣な拉致を繰り返してきた北朝鮮のような国があることも無視できません。拉致被害者全員の奪還は言うまでもありませんが、どのような場合でも戦争という選択肢は避ける必要があるものと考えています。イラク戦争の泥沼化が示すとおり、武力で平和は築けないことが明らかになっているはずです。

「テロとの戦い」も憎しみの連鎖を絶ち切らない限り、終わりのない戦いを強いられることになります。戦争や紛争の原因として、領土問題など国益の対立から民族、宗教、政治路線の衝突など複雑多岐にわたっています。遠因として、貧困の問題も見過ごすことはできません。このような要因をどのように取り除いていくのか、国際社会の英知と地道な努力の結集が重要であり、平和憲法を持つ日本がその立場で率先垂範すべきものと切望しています。

上原さんの言葉から話題を広げていますが、ジュネーブ諸条約が示すとおり戦争においても国際法上のルールを遵守するよう求められています。「どうせ完璧に守られることのない努力目標だ」などと各国が居直ってしまえば、身も蓋もありません。同様に国連憲章で戦争そのものも原則禁止と定められています。

例外は自衛のためと国連安全保障理事会が認めた場合の戦争のみ合法としています。このような国際社会におけるルールを軽視し、アメリカがイラク戦争を始めたことも忘れてはなりません。強調したい点として、日本国憲法は国際的に稀有な徹底した平和主義を掲げていますが、決して国際社会がめざしている姿から乖離したものではありません。逆に胸を張って、その理念の普及に努めるべきものだろうと思っています。

戦争を起こしたくない気持ちは、大半の人たちの共通な願いであるはずです。しかし、具体的な個別の選択肢に対し、各人の答えが分かれることも多くなっています。新テロ特措法、在日米軍再編、国民保護法の問題など、YESかNOかで問えば枝分かれしていくのだろうと見ています。

そのような現状を受けとめた上で、一度立ち止まって、いろいろなことを振り返ってみる必要性を感じています。先日、防衛省の守屋前事務次官とその妻が汚職事件の容疑で逮捕されました。この事件を契機とし、改めて防衛費の規模や運用が適切だったのかどうか問い直す必要性を強く感じています。

購入する航空機の価格が適正なのか、専守防衛の観点から本当に必要な装備なのか、アメリカから不当な押し付けがあるのかどうかなど、いわゆる「左右」の立場性を横に置いた中で、共通の課題として認識できるのではないでしょうか。お互いの立場や視点の相違から単に対立していくのではなく、共有できる問題意識を探りながら議論していけるのが理想です。現実はそう甘くなく、今回の記事内容に対しても辛辣なコメントが寄せられるのかも知れません。

とにかく常軌を逸した守屋前次官の不正や額賀財務相の宴席問題の真相解明は大事ですが、あくまでも本質的な問題へ切り込むための突破口に過ぎません。年間約2兆円の防衛装備品納入、総額1兆円とされる米軍普天間基地飛行場の移設問題など、以前から政官業癒着の構図が指摘されています。

当然、防衛利権に群がってきた政界への切り込みが絶対欠かせないはずです。最近、一部のマスコミや天木直人さんのブログ記事「守屋疑獄-もう一つの巨悪」などで、守屋前次官と小泉元首相の関係性が取り沙汰されています。事件性の疑いには直接触れていませんが、小泉元首相が守屋前次官を都合良く使っていたことは事実であるようです。

そして、この機会に平和憲法を掲げた国の防衛のあり方について、改めて見直していくことも非常に重要ではないでしょうか。これまで護憲か改憲か、イデオロギー的な議論が目立ち、防衛費の中味の検証などが不足していたのは確かです。今後、原則非武装から専守防衛の幅の中で、同時に国際貢献の位置付けなどを議論し、どのように憲法の平和主義を具体化するかが大切だろうと思っています。

最後に、その見直し議論を通し、アメリカからセールスされる超高価な兵器に対しても、不要なモノは毅然と断われる関係性を築くことも必要です。以上のような見直しの結果が巨額な予算の圧縮につながれば、財政面の諸問題も大きく改善されていくのではないでしょうか。次期主力戦闘機F22は1機250億円とも言われ、1機削減できれば経済的な困窮者約1万人の1年分の生活を支える財源となり得ます。

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