« 安倍首相の辞任、そして総裁選 | トップページ | 変わり続けている市役所 »

2007年9月23日 (日)

「襟を正す」記載の難しさ

今までも記事本文から離れた内容で、コメント欄での議論が盛り上がる時も頻繁にありました。前回記事「安倍首相の辞任、そして総裁選」のコメント欄では限界集落の問題で議論が加熱していました。ちなみに限界集落とは、65歳以上の高齢者が人口比率で住民の50%を超え、生活道路の管理や冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落を指すそうです。

このように当ブログを訪問された方々のご意見に接することによって、自分自身の不確かだった知識を整理する機会となり、ある意味で貴重な自己啓発の場だとも思っています。知識に限らず、幅広い情報や考え方などにも触れることができ、新鮮な刺激を受けながら常に思いを巡らしています。

管理人である私へのコメント欄での問いかけに対し、可能な限り迅速にコメント欄でお答えするように努めています。しかし、寄せられるコメントの数やその内容の重さによっては、充分に答え切れない時も少なくありませんでした。それでも最低限、礼を尽くす意味合いから必ず一言だけでもコメント欄でのレスに心がけてきました。

「今後、いろいろ考えていく上で貴重な参考意見とさせていただきます」「機会がありましたら記事本文で掘り下げていこうと考えています」などと添える場合も定番になっていました。しっかりした答えを求めていた方からすれば、その一言が肩透かしのような「お役所答弁」に聞こえていたかも知れません。

これまで難解な問いかけに対しても、軽く受け流そうと思ったり、まして不誠実な対応をはかってきたつもりは一切ありません。ただ結果的に相手方の意図したレベルやタイミングとの行き違いがあり、怒りを買ってしまうケースがあったことも否めません。私の言葉不足などによって、不愉快に感じられた方へは申し訳なく思っていますが、適当にお茶を濁すコメントは一度も行なっていないことをご理解ください。

それでも、いきなり「政治家批判ばかりして、公務員辞めれば?」と切り出されれば、穏やかでなくなるのも正直なところです。なるべく冷静さを装いながらレスしてきたつもりでしたが、ある組合役員からは「委員長、怒っていましたね」と見透かされていたようです。その後、コメント欄で何回か意見交換を進めることによって、その方、立川市民さんが以前からの読者であり、公務員に対して強い問題意識をお持ちであることが分かりました。

様々な問題提起を受ける中、コメント欄で私なりの考え方をお答えしてきました。納得していただけない内容が多く、残念ながら立川市民さんとは簡単に溝が埋まらない平行線の議論となる様相です。その中で、ある問いかけについて記事本文でも取り上げ、このブログの位置付けなどを改めて整理する機会とさせていただきます。

もともと記事本文をご覧になっても、コメント欄までクリックされない方がいらっしゃるようです。そのため、コメント欄で書き込んだ内容の焼き直しのような文章が連なるかも知れませんが、決して手を抜いてる訳(?)ではなく、これまでも大事な話は記事本文でも再掲してきました。

さて、立川市民さんから「正すべき襟は正すと仰っている割には、指摘に対しての答えが主張に比べてトーンが低過ぎるのが目に付いておりました」とのご指摘を受けました。過去にも別な方から同じような投げかけを受けていました。公務員のあり方や現状について、強い問題意識を抱いている方にとって率直な疑念につながっているのかも知れません。

このようなご指摘に対して、私の考え方、つまり当ブログの位置付けは次のようなものとなります。襟を正すべき点はしっかり正し、主張すべき点は主張する大切さを基本にしたブログであることは確かです。その上で、ブログ上で発信する内容として、主張に重きを置いている点は事実であり、そのことを大きな目的としていることも特に包み隠していません。

それでは何をどう襟を正しているのか、確かに具体的な記載が少ないこともその通りです。この点は言い訳に聞こえるかも知れませんが、意識的に強調してきていませんでした。退職手当をどれだけ削減したか、特殊勤務手当をどれだけ見直したかなど、今までが恵まれていたと言われれば、それまでの話だからです。

また、組合役員の立場からすれば「組合があったから、このような決着をはかれた」との表現となります。しかし、私も、組合員の皆さんも公務員に対する逆風を強く感じているからこそ、「既得権」に固執しない判断を受け入れてきています。人事院勧告によって基本給が下げられ続ける中、さらに給料袋の中味(口座振込の額)が減ることをやむを得ないものとしてきました。

立川市民さんは「特殊勤務手当のカットなどみみっちいことを引き合いに出されても説得力はありません」と言われますが、私は姿勢の問題を例示したつもりでした。一昔の労働組合は団体交渉で市当局側が「厳しい財政状況もあり…」などと説明した途端、「財政の問題は当局の責任であり、労使交渉の場で出すのは不誠実である」と一喝していた話などを聞いています。

物分りが良すぎるのも程度問題ですが、労働組合が「強すぎた」結果、時代状況の変化に対応できなかった例が大阪市や社会保険庁だったのかも知れません。そして、このブログを始めた切っかけも、労使交渉の重要さを認めているからこそ、労使交渉の役割が全否定されないような「襟の正し方」と「主張」の必要性に着目したからでした。

「襟を正す」記載の少ない理由として、もう一つ難しい面がありました。個人の責任によるブログですが、組織に責任を持つ委員長が書いていることを明らかにしています。さらに一人でも多くの組合員の皆さんにご覧いただきたいものと願い、組合のニュースなどでも宣伝してきたブログでした。まったく私的なブログで、たまたま目を通している組合員がいる性格のものではない準公式的な位置付けとなっていました。

したがって、組合員との合意形成がはかれていない内容を先走って記載するのは慎むべきものであり、右か左か方向性に対する発言は既存の組合方針を常に意識しています。個人的な見解と但し書きをつけたとしても、組合委員長の立場を明らかにしている限り、その見解に対して簡単に公私の区分けはできないものと思っています。

例えば民主党の国会議員がその立場を明らかにし、ブログ上で党の方針と異なる意見を発信した場合、単なる個人的な発言で済まされるのでしょうか。そのブログを目にした国民は「民主党は一枚岩ではなく、重要な問題で割れている」と感じてしまいます。党内で異なる意見を激しく交わすのは健全な組織運営だと思いますが、ネット上に発信する言葉は当然選ぶべきものであると私は考えています。

このような観点からも「襟を正す」記載が必然的に少なくなっています。まったく仮定の話として、新市長が「市職員100人減員」を公約にしていますが、このブログで「積極的に協力しよう」などと書き込んだら組合員の多くは違和感を持たれるものと思っています。なお、前回記事のコメント欄で、黙考人さんから分かりやすい言葉でフォローしていただきました。ぜひ、合わせてご覧ください。

立川市民さんから「組合の合意が無くても主張はされているのに、それなら襟の正し方も私見でいいのでは?」、さらに「身内の甘い慰めに逃げ込むことなく何をなすべきか見つめ直して下さい」との問いかけもありました。これまでの記事の積み重ねの中で、住民サービスと労働条件の維持向上は「車の両輪」だと訴えてきました。その裏付けとなる財政問題も黙視できないものと考えています。

今回の記事も長々と書いてきましたが、立川市民さんらの目線で読まれた場合、非常に抽象的で、単なる言い訳に終始しているものと感じられたかも知れません。多くの市民の皆さんにとっては、ニン麻呂さんのブログを介して出会った「お役所仕事~世間の常識は役所の非常識~」の管理人さんのような前向きさが求められているのも確かだろうと思っています。

ブログ上で「襟を正す」記載の難しさを強調することによって、「襟を正す」ことに後ろ向きだと思われるのは本意ではありません。したがって、このブログでも「市役所は変わったんだ」「変わろうとしているんだ」と少しでも感じていただけるような内容の投稿に向け、今後、努力していこうと考えています。

|

« 安倍首相の辞任、そして総裁選 | トップページ | 変わり続けている市役所 »

コメント

OTSUさま

OTSUさんの抑制的なスタイルは、とても立派だと思うのです。
(こういうことを書くと、また九官鳥の鳴き声が五月蝿くなりそうですが。)

抑制的なスタイルを捨てて前向きになるというのは、ある意味、独善的になることですから、必ずしもいいことではないと思います。
そして、その抑制的なスタイルは、職務に対する態度にもつながっているのだろうと認識しております。

引用されているブログは前向きかもしれませんが、個人的には、若さと言うかある種の独善性を感じずにはおれないものです。

そもそも行政改革等の改革は、手段であって目的ではありません。行政の場合、法的整合性を保ち、業務・サービスの連続性を維持させつつ、目的に必要十分な改善を加えていくことが大事なのであって、ドラスティックな改革を志向するのは、行政官の本分を超えるものと思います。

職員の処遇に対する変更も同様だと思います。急激な変更はある種の期待権の侵害にもなる訳で、民間企業でも極端な変更は認められていない領域です。公的部門でそのような極端な変更が可としてしまうのは、社会から安定性が失われることにもなります。

大体のところ、ドラスティックな改革は、その後をフォローしていくと、大きな問題を引き起こしていることが多い訳です。例えば、富士通を始めとする企業で過度の成果主義を導入して人材育成に支障を生じさせたり、各種の規制緩和が数多のトラブルを引き起こしているように。

第三者から見ると、ドラスティックでない現実的な改善は、遅々としたものに見え、面白みにかけるかもしれませんが、当事者は現場を現実に動かしていく必要があるのですから、第三者のように無責任な言動を取るべきではないと思います。

P.S.
もちろん、OTSUさんが政治家志望なら、今からリップサービスの一環で、ドラスティックな改革志向を前面に出すのも一手ではあります。

投稿: とおる | 2007年9月24日 (月) 08時17分

とおるさん、おはようございます。さっそくコメントありがとうございました。
「前向き」の思いに幅がある結果、ご心配いただいたものと受けとめています。ご紹介したブログの記事から感じているその管理人さんの前向きさや懸命さには正直に敬意を表しています。とは言え、私の考え方や立場と同じではない点も少なくありません。
したがって、とおるさんが心配するような方向性で、次回以降の記事のトーンが変わることはありません。基本的な立場を変えることはなく、とにかく「後ろ向き」と思われないような記事の発信に努めていくつもりです。
もちろん「P.S.」のような点は、まったく考えていませんので、念のため(笑)

投稿: OTSU | 2007年9月24日 (月) 09時03分

 前回の「限界集落」の話では、怒りをむき出しにしてしまい、少し恥ずかしかったな、と自省しています。私は降りかかってきた火の粉は全力で振り払ってしまうものですから。

 さて、「立場」がある人間というのは、物事をうっかり言うことができなくなります。組織として行うことの責任を個人が負いきれるのかと言うことを考えた場合、「それは無理」とあきらめるしかないですよね。自分の思いだけで突っ走ることなどできず、以前からの経緯や周りの状況等の加味しながら、できることをやっていくというスタンスになると思います。これは仕事でも組合活動でもかわらないと考えます。
 こういうものをひとりで背負い込もうとすれば、破綻してしまいます。私の職場でも「メンタルヘルス」を崩している人がいますが、例外なくまじめな人ばかりです。抱え込んでしまうことは、組織にとっても個人にとってもリスクが高いものと考えています。ちなみに、私も睡眠導入剤を飲んでいたことがあります。ストレスで眠れなくなるのは本当につらかったです。

 かつて私は、仕事のできる「インテリヤクザ」(語弊がありますがすみません)的風貌の管理職に酒席でこういわれたことがあります。
「体は手前のものだが、所詮仕事は人のものだぞ。」-この人は若いときに残業のしすぎで倒れ、復帰してからは、仕事はきっちりこなすものの、係長になってからは部下にはあまり残業させないようにしていたようです。議会答弁の案文も部下にはさわらせませんでした。しかし、「残業するな」という人であっても、仕事に手を抜いていたわけではありませんからね。(補佐時代につかえていましたが、きちんと書類をチェックしていて.呼ばれていくとミスが見つかる-そんなきちんとした人でもありました。)

 どうも日本では、最近ひとりのヒーローが、組織を変えられるのではないのかと言う期待感が大きすぎるようです。例えば東国原知事などすごい人気ですが、ひとりでできることは限界もある、まして組織人には限界もあると言うことはわかってもらえないのでしょうか。
 個人でできないことをやるために、組織があるわけです。まして自治体や労働組合運動などは企業と違って、経済的合理性優先に運営できることはできず、民主主義が求められますから、「経営」という観点からはスピード感がないとみられるのでしょう。
 しかし、企業が正しい、「民」が正しい、「官」はダメ、「労組」はダメ-とステレオタイプの価値観で切り捨てられてしまうのはおかしいと感じます。もっとお互いが認められる世の中であってほしいものです。

投稿: Unvollendete | 2007年9月24日 (月) 10時06分

Unvollendeteさま

>どうも日本では、最近ひとりのヒーローが、組織を変えられるのではないのかと言う期待感が大きすぎるようです。
>例えば東国原知事などすごい人気ですが、ひとりでできることは限界もある、まして組織人には限界もあると言うことはわかってもらえないのでしょうか。

ヒーロー願望は、基本的に、現実との距離の取り方の下手な人、現実的な解決手段をとれない人が増えて、その小児的な全能感が満たされないことの代償的行為だと思います。

政治に不満がありながらも、投票率が下がるのも小児的な全能感(の満たされなさ)が背景にあるからこそです。「どうせ私が一票投じても何も変わらない」というスタンスで棄権する人が多くいますが、自分が人口分の一の(ある意味で小さな)存在であることに納得がいっていないからです。

本当はそんなことは当たり前のことで、どうしても自分の理想を実現したければ、色々な人に働きかけを行ったり、自ら立候補したり、或いは政党を作ったり、そういう政治活動を通していくのが筋なのですが、そういう方向に発展せず、自己投影できる「改革者」を待ち望む人が多い訳です。

そして、そういう人達に現実や物事の限界を理解してもらうのは、非常に困難です。そういった現実と乖離した観念の世界に逃避している状況な訳ですから。

>しかし、企業が正しい、「民」が正しい、「官」はダメ、「労組」はダメ-とステレオタイプの価値観で切り捨てられてしまうのはおかしいと感じます。

実際には、企業にも駄目な企業は存在していますし、それ所か、悪徳業者のように、違法行為・脱法行為で成り立つような企業すらある訳です。
結局、この「企業」、「民」もイメージで語られているものが大半な訳でして、そんなイメージと比較されても、現実の行政部門は困ってしまいますよね。

まあ、「官」は上手くやっていて当たり前で、文句を言われるのが仕事だと割り切るしかないのかもしれません。だめなところの処遇を下げろと言う意見が出ることがあっても、良いところの処遇を上げろと言ってくれる人は、ほとんど居ませんし。

投稿: とおる | 2007年9月24日 (月) 12時34分

(補足)
>だめなところの処遇を下げろと言う意見が出ることがあっても、良いところの処遇を上げろと言ってくれる人は、ほとんど居ませんし。

いや、昨今は、良好な結果を出している機関も含めて、全部の処遇を下げろという意見が多い状況でしたね。

投稿: とおる | 2007年9月24日 (月) 12時37分

先の内容から引き続きます。

大前研一氏の同友会での公演などが分かり易かったのですが、財政に負担をかけているのなら経済性の議論は行政としても避けられないでしょう。
過ぎたるは公共の福祉に反するかもしれません。
法的解釈とは別に分相応というものがあるでしょうし。
私が僻地に住むなら行政には救急や介護など期待しませんし、覚悟もしています。
昭和60年代の生活水準なら十分だと思いますが。

強制移転までは予定していません。またまた飛躍し過ぎです。
これ以上の効果の乏しい投資が必要かどうかを問うたつもりです。
後継者も居なく10年も経てば無人になりそうな集落ならライフラインの維持計画に移転の時期などは重要な検討要素になると思いますが。
田畑だけ残して通うというのも選択肢にあるでしょうし。
移転については道路建設に絡むものなど田舎より都会周辺の方が多いのではないですか?

信用失墜発言ですが、窓口みたいな狭い場を想定していません。
そもそも主張が窓口の範疇を超えておりますし(それなら主張も管理運営事項で、このブログの内容自体を制限してもらいたいほどです)不特定多数のコメントの回答を見た上での感想ですから、公衆への発言ととらえさせていただいております
余りにも積み残しが多いので逆効果だなと感じた次第です。
これでやっていけるのは、やっぱりお役所体質だと。

投票行動以外にも、職員レベルへのイエローカード(選択肢)程度は欲しいところです。
官も労組も成果がおかしいのですからシステムがダメでしょう。
個々までは否定しませんが悪い要素くらいは排除したいです。

無責任な豚か九官鳥が不要にも鳴いておりますが、なすがまま風のようなものなのでしょう。

官僚を含め権力側の独善性は害悪ですが、若いうちのそれは旧体制をぶち壊すエネルギーですよ。
潰されても日の目を見ることもある。
安倍さんも発想自体は良かったのに残念です。

官ももっとメリハリのある処遇をすべきです。
良いところは厚遇し、職業人としてのモラルもないダメなところはバッサリやるような。
組合がこれを受け入れられますか?

投稿: 立川市民 | 2007年9月24日 (月) 12時52分

現場の方の率直な意見に触れることが出来、それぞれの内容は別にして興味深いです。
OTSUさんは、これからも思うことを綴って下さい。

ヒーロー願望・・・

そうかな~?
小泉さんの亡霊じゃないかな?
政界がそこまで稚拙になっているのは分かるけど。

ゴーンにしろ東国原さんにしろリーダーシップがきっかけになることは確かだけど、三菱商事の例なんか見ると組織としての洞察力かな。
最後はトップの人格が決めますけどね。
これほど早く新興国が元気になって元が取れるとは思っていなかったでしょうが、この形はイメージしてたのは当時の空気から見てすごい。

システムを変えるだけで政界もこれだけ変わったんだし、小泉さんが行政機構をいじっっているし、行政だけドラスティックな変化から無縁ていうのも説得力がないですね。

とおるさんて、とっても高いところから端正な文章で発言されているんですけど具体的になるほど現実から乖離しているんですよね。
実際に人と会ってます?

投稿: かおる | 2007年9月24日 (月) 14時52分

私が書いたものに対する反応があるので、少し書き込みをいたします。

とおるさんの

>どうしても自分の理想を実現したければ、色々な人に働きかけを行ったり、自ら立候補したり、或いは政党を作ったり、そういう政治活動を通していくのが筋なのですが、そういう方向に発展せず、自己投影できる「改革者」を待ち望む人が多い訳です。そして、そういう人達に現実や物事の限界を理解してもらうのは、非常に困難です。そういった現実と乖離した観念の世界に逃避している状況な訳ですから。

はその通りであると感じます。強硬に自らの権利・立場を主張する人物が、では実際の生き方として、行動を持って自分の信念を貫くような人はいるか、という人はあまりお目にかかれません。それは、対住民ということでもそうですし、対組合員ということでもそうです。「結局、行政なんてダメだ」「結局、組合なんてダメだ」なんていう人には私はうんざりしています。-「そんなにダメというのなら選挙に出て発言してくれ」「そんなにダメというのなら役員をオレと代わってくれ」なんて思ってしまいます。「オレはものをいう。あとはおまえがやってくれ」では困ります。陽明学に「知行合一」なんて言葉がありますが、ものを言うくらいなら、個人としても行動してほしいというのが、私の切なる願いですね。

 「立川市民」氏の発言にはただただあきれるばかりです。ぜひ立川市から転居して、「利尻や礼文の道路のない」ところで1年は暮らしてもらって、その信念が揺るがないかどうか、後ほどお話しいただければありがたいと思います。

 

投稿: Unvolenndete | 2007年9月24日 (月) 16時59分

Unvolenndete さん

なるほど。
あなたのお仕事の代わりなら何時でもやりますから、あなたの職場に掛け合って下さい。
宜しく。

投稿: 立川市民 | 2007年9月24日 (月) 17時15分

Unvolenndete さん

補足します。
あなたが地区に愛着を感じ、ご自分のお仕事に誇りを持っているのは尊重するとして、普通の企業人なら市町村役所の運営など誰でも出来ます。
これは決して観念論じゃありません、体験から来る確信です。

人を育てる能力のない役所には新卒を採用する必要はないし、代われるものなら変わりたい位で、そのように思っている人も多いと思いますよ。
おおいに人を入れ替えましょう。
そのような制度を提案したいですね。
そんなことを言うには世論の後押しが必要なことは当然ですけどね。

あなたがたに何と言われようと、体験とその延長としてのイマジネーションから来ているので、小さい役所くらいなら引っ掻き回してやろうと思っています。
この辺りに来ると妄想ですか?
妄想が過ぎると豚や九官鳥につつかれる格好の的になりますが。

利尻や礼文には興味はありませんが西南の方角なら候補に挙げています。
もちろんリスクも検討してますが役所に頼るつもりは毛頭ありません。自ら好んで人の見当たらないところへ行くのですから。

農業に関しては自立の為の支援策もいろいろと検討されていると思います。
Unvolenndete さんにそれほどの思い入れがあるのなら、あなたが事業化に邁進すべきでしょう。
出来ない言い訳ばかり探しているのでは?

民間ではとんでもなく仕事をする人がどこの職場にもいるものですが、社保庁のような性格の役所ではそんな人は組合の和を乱すものとして出世も出来ずはじき出されるのでしょう。
そういう陰湿な職場は解体するのが世の中の為ですが。


投稿: 立川市民 | 2007年9月24日 (月) 18時13分

 とおるさんの発言に対して書くののが遅れました。

>システムを変えるだけで政界もこれだけ変わったんだし、小泉さんが行政機構をいじっっているし、行政だけドラスティックな変化から無縁ていうのも説得力がないですね。

 明日安倍内閣が総辞職して、福田内閣が誕生するでしょうが、地方の首長が4年間人事権を握るのに比べて、1年で交代してしまう大臣だと政策の遂行には不安がありますね。ひとりぼっちで、短期間の在任というのが、ネックになるような気がしてならないのですが。かつて小泉内閣が「一内閣一閣僚」を標榜していた時期がありましたけど、日本のように年1回閣僚を代える「慣行」ができてしまったことは、不幸なことだと思います。(先進国で大臣がころころ変わる国なんて外にあるのだろうか?)

PS.上の発言はほうっておきます。ただ、文章をよく読んでいただければ、住民に対しては「そんなにダメというのなら、議員か首長になって取り組んでください」という意味にしか読めないはずですが?
 組合員で無茶を言う人には役員を譲ってみたいと思いますけどね(笑)

投稿: Unvollendete | 2007年9月24日 (月) 18時38分

(訂正)「とおる」さんではなく、「かおる」さんでした。失礼しました。

投稿: Unvollendete | 2007年9月24日 (月) 18時39分

Unvollendeteさん、とおるさん、立川市民さん、かおるさん、当ブログへご訪問いただき、コメントありがとうございました。
いろいろ話が広がっていますが、コメント欄に対する考え方などは今回の記事本文で述べたとおりです。その上で、私自身も心がけていることですが、感情が先走らない議論の場につながることを願っています。ぜひ、ご理解ご協力をよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2007年9月24日 (月) 19時13分

○限界集落を巡る件について
過疎地における行政サービスをどの程度確保すべきかということですが、どうも、話の前提に違和感を感じるのですが、現在の過疎地の行政サービスが、過剰なもの、という前提から出発している気がします。
以前にも少し触れましたが、現在においても過疎地より都市部のほうが行政サービスは手厚いものがありますし、それでも過疎地は行政サービスが分不相応だ、ということであっても、現在でも地域でできる行政サービスしか行っておりません。
一例を挙げれば、救急車の到着時間、それから病院への搬送時間にしても、到着で全国平均6分程度のところ、20分、30分かかる地域は現在でもありますし、それが病院への搬送までとなると、医療過疎地域では2時間3時間とかかるる現実があるわけです。今でも。
現在、これが過剰な行政サービスであるかどうかは大いに疑問のあるところですが、つまるところこれは、ユニバーサルサービスをどのレベルとするか、という話かと思います。
投資の話ではありません。投資してどれだけ回収できるか、どれだけ経済効果が上がるかの話ではなく、人の住む場所としては全国一律、最低これだけは守らなければならない、という水準をどのレベルに設定するかの話です。
筋論から言えば、これについてある程度の国民的合意を定め、それに基づいて政策を進めることが基本なのでしょうが、何分にも難しい問題であり、これがあやふやなまま、削減だけが進んでいる、といった格好でしょうか。
昭和60年代の水準で十分、というのも一つの意見とは思いますが、現実にそういった地域に住んでいない方の決意であり、ちょっと弱いかな、というのが正直な感想です。
世論の動向を見ても、例えば奈良県南部では毎日新聞の大誤報により救急産科医療が壊滅したわけですが、やはり救急医療の確立を求める意見が多いようであります。
世捨て人であればよいですが、日々の暮らしに安心を求めようとする気持ちが人間にあることを認めようとするならば、当方もこれに同意するところです。

○信用失墜を巡る件について
窓口はあくまで例でした。
例から求めたかったことは、そもそも一個人が試行錯誤して今後組織に働きかけて行こうとしていることに、具体的な方針は述べる必要が無いのではないか、ということです。
試行錯誤の連続が予想される組織の変革で、失敗する可能性もあるであろう一つの具体策についてあれやこれや論じて、またその失敗について批判して、なんの意味があろうか、ということです。
組織の変革については戦い方も必要であり、ある程度立場のある人がこういった場で対応策を表すことが一つの戦い方である場合もあれば、不利になる場合もあります。
そのようなものに対し、ここで表わすことを義務づけることも疑問とするところです。
したがって、当方では積み残しであるとは考えておりません。
仮に積み残しであるとして、それはここで意見表明することではなく、現場で少しずつでも改善して行ってもらうものだと考えます。
ここで掲示板ユーザーに意見を表明して、掲示板ユーザーは満足するかもしれませんが、それで現場が動くことにつながるかは未知数です。
当方は現場がよくなると信ずる方策を採られることを希望します。

投稿: 黙考人 | 2007年9月24日 (月) 20時05分

黙考人さん、コメントありがとうございます。限界集落の話など、本当に勉強になります。
信用失墜の話も私が記事本文で発した問題意識と共有するものであり、心強く感じています。ご指摘のとおり実際の現場がよくなることが主眼であり、ブログの運営はそのための一つのツールだと考えています。

投稿: OTSU | 2007年9月24日 (月) 20時24分

黙考人さん

話がどんどん広がっていますが、それがこのブログの面白いところ。
黙考人さんが以前途中で止めた財政の話の続きを聞きたいところです。

毎日新聞の大誤報の件は知りませんでした。
今回の事故は繋がっていた訳ですが、こちらなりに調べてみます
都会に近くても田舎は医者の都合で病院の統廃合が具体的に話し合われてます。
それに対して地方行政は半ば言いなりです。
ユニバーサルサービスの維持への障害がまた出来たわけです。

それ以降も概ね理解できます。
そこまで意図されていたかどうかはさておき、貴方の文章は端的で理解しやすい。
事例も正確なようです。

Unvollendete さん

貴方の地域の住民はこんな傲慢な職員がいて気の毒です。
「気に入らなかったら、議員にでもなって出直して来い」と毒づいているのですね。
さぞ住民の方もこんな出来ない言い訳ばかり考えている職員の給料の為に税金を納めたくないことでしょう。

投稿: 立川市民 | 2007年9月24日 (月) 21時05分

立川市民さん
財政の話は、現状では拡散しすぎる気がしますのでまた今度に。。。
奈良南部の件は、大淀病院事件で検索すると出てくると思います。

投稿: 黙考人 | 2007年9月24日 (月) 23時55分

○上記の発言について

 会津藩校・日進館の教えで「ならぬことはならぬものです」というものがありますが、一職員にいくら文句を言われても、制度上「ならぬことはならぬものです」と言わなければならない場面は多々あります。

 しかし、「できません」ということを「議員に言うぞ」なんて、無理押しされることもあります。(実際にそうされたこともあります。)

 そういうときには、こちらも人間ですから、こう思うわけです。

 余談ですが、私の働いているところでも、市街化区域では「行政が何かやるのは当然」というような風潮に対して、農振地域ではびっくりするぐらい低姿勢にお願いされることもあります。(建設部門の管理担当の時の話です。)

投稿: Unvollendete | 2007年9月24日 (月) 23時56分

○上記の発言について(事例もう一つ)
 私は地域であるサークルに入っていたことがありますが、そこのリーダーが補助金の件などで役所とうまくいかなくて、すぐ市長と談判する癖を持っていたんですよね。(その人経営者ですから。)
 当然、「役所なんてダメだ」という話になって、悪循環になるわけです。市長から直に話がいって、担当者はおもしろくなさそうでした。そのサークルも役所からの参加者がいましたが、今は、私含めていなくなったと思います。「役所はダメだ。自分たちはまちづくりに大切な存在なんだ。だから協力するのは当然だ。」-端的に言うとこんなことを役員会で話すわけです。当然、話を壊された方はたまりません。私自身も「そんなにダメというなら、公職について何か言えばいいのに。」と苦々しく思っていました。結局、このサークルは役所との関係がこじれたままです。

○限界集落について
 >農業に関しては自立の為の支援策もいろいろと検討されていると思います。
 残念ながら限界集落に対する施策はまだありません。「思います、思います」の繰り返しだけで、不確かな発言をされるのやめていただきたい。
 農業については、大規模化の方向ですから、小さなところはひとたまりもありません。山間の集落では、田んぼの跡を継いでくれる人がいない土地もちらほらでています。 
 
 以前の積み残しを書きますが、仮に集落自らが移転したいと言った場合に使える、国庫補助がある集団移転事業は国土交通省所管の「防災集団移転促進事業」と総務省所管の「過疎地域集落再編整備事業」になります。いずれも自己負担が発生することや、住宅本体建築のためのお金は出ない(借入金の利子補給のみ)制度ですから、すでに「限界集落」になってしまったら、年金生活者にはとてもつらい話になります。この制度だけで、集団移転をさせようなどといってもおそらく無理でしょう。

 黙考人さんが都市部の話をされていましたが、「市街地再開発事業」「土地区画整理事業」だって、なかなかまとまらないはずです。

 私権の領域については、地権者は様々な思いがありますから、そこに行政が手を突っ込みすぎるのは、あまりよろしくないと考えます。

投稿: Unvollendete | 2007年9月25日 (火) 00時25分

Unvollendete さん

制度に限界はありますが、その制度自体が職員の不作為で有効に機能していない場合も現にあります。
法律に該当する可能性があるのなら双方が納得できるように検討するのが責務です。
住民がまとまっているのなら協議会などで公式に発言の機会を作ることも可能で、議員にならなければ住民に発言権は無いような対応をされたのでは、話にならないと受け止められてもしょうがありません。
法を捻じ曲げてまで要求するのであれば論外ですが、事実認識や解釈、代替案の認識が違えば要求する根拠は残っています。
そちらの材料を発信することで住民サイドも方策を考えることが出来ます。

口の利き方で恣意的に振り分けているとすれば、話が上の決裁権者に行くのは当然考えられることです。
議員の口利きは縮小の方向ですし、いろいろな力関係があるのでしょうが多くは受け流しているでしょう?
議員になるよりはるかに効率的に要求を市制に訴えることが出来るのですから、トップと話した方が早いと判断します。
トップの人脈からの働きかけであれば、公正さにおいて問題との印象は持ちますが、情報がどのように伝わっているのか確かめるのも実力者にとっては煩わしく直接耳に入れたほうが正確だと判断したのかも。
票が絡んでいるのなら圧力団体化していますが。
(個人的には、予算を使うことほど意思決定過程の透明化を望んでいます。議会に掛ける必要の無い金額では、独断の事業もありますから)
適当にお茶を濁せるせいか、市町村では法律より職員の恣意が優る印象は、実際のところ拭えません。

年金生活者の移転問題ですが、市住等への斡旋で進めているところもあります。
農村の位置づけをどうするかは大きな課題です。
どれだけそこに突っ込むか政治判断になるのでしょうが、個人としては、ある程度の放棄は致し方ないという立場です。
まさに私有財産に行政が何処まで関わるかという話です。
生産基盤を持たない労働者は土地にしがみつくことも出来ません。
小規模農家と零細自営業者がどれほど違うのか?
後継者がいなければ、清算し身内を頼ったり転居される方も大勢居ます。
農家にも郷に下りるという発想があって良いのではないでしょうか。
ナショナルミニマムの議論や国に頼る前に地域としてどこまでやるか、コンセンサスを詰めてもらわなければ、民主党の農家の所得保障といった偏った政策には違和感を持つばかりです。

財源や土地収用のノウハウはあるところにはあるもので、都市部の再開発や道路をはじめ小都市の区画整理なども全く停滞はしていません。
開発ラッシュの東京以外でも阿倍野再開発事業などは下町を10年以上かけてやっております。
街づくりは時間をかけてするものですし、住民に方向性を示すだけでも有効だと思います。
福岡市の都市高速などは周縁部とはいえ農地や山林ではなく住宅地をごっそり移転して行われています。反対されていた風光明媚な室見川沿いの住宅も今は橋脚が建っています。

お尻に火が付かないと必至に考えないものですが、それぞれの地域の創意工夫が求められています。
閣僚から、「日本人ももっと住み良い街へ転居すればいい、そうすればダメなところは頑張ることで活性化する」なんて発言も出るくらいですから、ここで議論してもしょうがないのですが・・・

住民として行政と協同することはやぶさかではありません。
小都市ほどトップと直接話す機会を作れますので、議論を遮るばかりでリードできないような職員には障害にならないよう望むだけ、というのが実際のところです。

投稿: 立川市民 | 2007年9月25日 (火) 12時54分

上記投稿は私にとっては遺憾なものです。私は三点に絞って書き込みをいたします。(長文になることを失礼いたします)

○「軸がない」
 まず、経済に関する「軸がないこと」は問題なしとしません。
 そもそも「民」を信奉し、小さな政府を主張する立場は、「新古典派」のものですが、新古典派は財政出動の極小化をめざすのは、当然ご承知と思いますが、「民」がいいといっているわりには、「集団移転」だの、「都市部への投資」だの、さらには「若いうちのそれは旧体制をぶち壊すエネルギー」などとと「いったい何を目指すのか」わかりません。いったい政府の役割とは何か、公共サービスはどこをめざすべきなのか、「民」を信奉する立場なら、的確に発言願いたいものです。
 
○「現場を知らない発言」
 つぎに、「現場を知らないで発言」することも問題です。
 私は、具体論について、他人の迷惑がかからない範囲で、たびたび述べてきましたが、そちらからは何の言及もありません。
 これについて、私は少し例示したいと思います。
 自分もこれに近い体験をしていますが、「道路の舗装を修繕しているとき、住民に『ついでに少しオレのうちのところもやってよ』と言われたら、自分ならどうするのか」、ご教示願いたい。
 現場ではこんなことの積み重ねです。観念論では話をされても日々の仕事には役立ちません。

○「制度に対する不勉強」
 私の問いかけた集団移転の制度も知らない、都市計画事業の問題点も知らないで、議論のための議論をするところには、嘆息するしかありません。
 以前話した「インテリヤクザ」な上司は、「法制度を勉強しろ、考え方を理解しろ」と口が酸っぱくなるほど私に言いました。日本の行政制度はほぼ例外なく「申請主義」ですから、制度を使う側は当然よく勉強しなければなりません。
 ご承知の通り、日本は法治国家であり、法に基づいて制度があり、それは議論が積み重ねられてできてきたものです。
 そういった制度の考え方も理解しないまま、「独善的」に意見を述べる人が、本当に増えました。
 労働組合運動を批判する人で「労働組合法」「労働基準法」「労働関係調整法」(労働三法)の名前すら知らないことも珍しくありません。
 「サービス残業なんか民間では当たり前だから、役所も見習えば」なんて軽々しい意見が、何ら批判がされないのは、やはりおかしなものです。

 さて、都市計画事業の問題点は、これから書きます。
 土地区画整理事業は個人、土地区画整理組合、地方公共団体などが「公共の福祉のため」に行う事業ですが、公共用地を生み出すため及び事業費捻出のために「減歩」を行うことは、ご案内の通りです。事業終了時は地権者に「清算金」の徴収または交付がなされることとされています。
 ところが「減歩」もトラブルにまりますし、「清算金」もトラブルがつきものです(特に徴収の方)。また、この制度は地価の上昇が伴って、はじめて住民の幸福につながりますが、地価下落のトレンドの中で、住民同士の諍いが増えるなどのマイナスも指摘されています。
 私の地域では、地価下落トレンドが続いていますので、地方自治体が事業を行うところはあまりお目にかかりません。隣の自治体では、組合事業を今やっていますが、市街化区域内の農地だったこともあり、道路建設が進んだな、というのは見ることができます。
 「市街地再開発」については「二ツ麻呂」さんのブログに譲ります。益田市の事業にはとてもお怒りのようです。(私の地元では、この事業をほとんど見かけません)
 
 さて、そうした点からすると「財源や土地収用のノウハウはあるところにはあるもので、都市部の再開発や道路をはじめ小都市の区画整理なども全く停滞はしていません。」という言葉は、現況の評価としては不的確です。特に「土地収用」なんて言葉は問題発言ですね。「土地収用法」をかけて市街地の「何を」「公共の福祉のために」やるのか。そもそも、「土地収用」なんて強権発動してやっている事業なんて、なかなかお目にかかれないですよ。

○結び
 最後に、「インテリヤクザ」な上司には本当に鍛えていただきましたし、勉強不足のところがあるとものすごく叱られたものです。勉強することはとても大事です。わからないのに、知ったかぶりして発言すれば、個人の信用、組織の信用、いずれもがた落ちです。安倍前総理は参議院選挙期間中「責任政党というのは、できることしか言わない」と言っていました。大抵の安倍氏の発言には顔をしかめる私ですが、この発言だけは評価します。
 管理人さんは、単組の委員長ですが、社保庁問題でたたかれたときも真摯に対応した勇気ある人です。私の組織の委員長も「二足のわらじ」をはきながら、町内会の活動にも精を出す、忙しい人ですが、状況判断を適切に行いながら、きちんとものごとを考えて発言する人です。真剣に物事に向き合うほど発言には慎重になるものです。単に反論のための反論を重ねる人間は、「品格」などが疑われても仕方がない、と考えます。
 

投稿: Unvollendete | 2007年9月25日 (火) 21時30分

Unvollendete さん
 
私の立場は、制度を盾にのほほんと過ごしている輩の排除で、それを理解できないのであれば、あなたの住んでいる世界がシャバとは全く違うということです。

あなたの意見を読むたびに本当に地方公務員って楽な仕事だと思います。マニュアル通りに動いていれば済むのですから。
小さな変革を許す空気も感じられませんし。
又、昨今、各自治体の首長が事業毎の説明力を持つべきとしていますが、その主旨からすれば旧態依然のものです。
住民が事細かくつついて職員を萎縮させるくらいでちょうど良いと思います。

現場は、其々の現場からの意見ですから、あなたも他の現場を見ることを薦めます。

制度はあなたの商売道具ですから職業人としてある程度の知識はお持ちでしょうし、自負もお持ちでしょう。
定義に重要な意義があるのならそれは訂正するところです。
しかし、あなたの設定した条件でそうではないものが多数あるので全く説得力を持ちません。
近隣にとらわれずに成功例からお勉強なさることをお奨めします。
労働法は遵守されるべきですが、己の怠慢の後始末くらいは残業代を申請することをはばかるのは、対価を受ける者としては当たり前の感覚です。
仕事を時間でしか計れない、責任の曖昧なことはバイトくらしでしょう。
この感覚が組織ぐるみであるのなら、屋山太郎の発言も納得のいくところです。
引用もご都合のいいところだけを使っています。

地方公務員のスキルが今のままで良いと考えている人は当局でもほとんど無いでしょう。
担当制度をまともに知らないあなたの同業者が大勢いることもお知らせしたとおりです。
反論は事実認識が違うのですから、収まらないでしょう。

住民に毒づくほど職業人としてのモラルの無い人に品格を批判されるのは片腹が痛い思いです。


投稿: 立川市民 | 2007年9月26日 (水) 08時48分

Unvollendete さん

PS

>地方自治体が事業を行うところはあまりお目にかかりません。隣の自治体では、組合事業を今やっていますが・・・

自治体の現行の権限に縛られていたのでは、社会的ニーズから乖離してしまいます。
機能優先の思考回路を持つことをお奨めします。
そうすれば重箱の隅を突く前に、おおきなことが見えてきますよ。
安倍さんも、その他の発想を評価しなければなりません。

投稿: 立川市民 | 2007年9月26日 (水) 09時06分

 上記投稿は私の問題提起に関して適切な対応がなされていません。
 前回投稿で、「経済での軸がないこと」「現場を知らない発言」「制度に対する不勉強」、の3点に絞って発言しましたが、上記投稿を見る限りまともな回答がなされていません。私は、こういう誠意のない態度は嫌いです。

 特に、せっかく、簡単な例を挙げて、現場に関することを提起しましたが、逃げられてしまいました。(答えは簡単なんですけどね)
 
 「民」が「民」という割には、地方議会での理事者側のような「すれ違い答弁」ばかりして、逃げてしまうのは、いただけませんね。

 管理人さんは、上記のような投稿に対してもできる限り誠実に答えていますが、そういうところが見られません。

 こういう態度がどういううふうにみられるか、このブログでの過去の発言を引用してしめくくります。(私の言葉ではありません。)
「単なる私的な場ですので、受け流すのも結構ですが公の場で同じ対応なら、とっくに信用失墜ですよ。」

投稿: Unvollendete | 2007年9月26日 (水) 19時18分

Unvollendete さん

どうも、こんばんは。
さて、経済について軸が無いですが、ism的に考えたことはないので、系統だって何々とはお答えできません。
シンプルに市場主義の中で生きております。
政府の役割は基本的人権の擁護だと考えております。
もちろん小さな政府を望んでいます。

現場について
例示のものは公共団体は、公平性が求められますので回収や保存が出来ず廃棄する資材でも個人への利益供与は原則禁止です。
私が経験した現場では行政におまけをしても利益供与されたことは一回きりしか記憶にありません。
現場を踏まないと経験できないこととしては、監査や補助金申請のために役所からの要望で取り敢えず体裁の整った仮の成果物で契約を清算し、その後お忍びですりかえる等は数度ありました。
どういう名目で処理したかは知りませんがあるプロジェクトの慰労会を行政の担当の負担でご馳走になりました。
あと、行政のリテールからの対応としては、期日を守らない、別件で呼び出しておきながら、議事進行が出来ずこちらが取り仕切った、議事録も残さないアリバイの協議会で有耶無耶になった等です。

私の知る区画整理事業については、用途の変更も合わせて行っているので資産価値も上がり、公共部分も行政はその公共性を考慮しながら1/4から全額補助をしていますので、地価が反転しなくても住民の負担はありません。

土地収用はニュースになるくらいですから稀なのでしょうが、年に何度かは目にします。
あなたの言葉から受ける印象よりは頻繁に行われているようです。

このくらいで良いでしょうか?

すれ違い答弁といえばあなたも私の例示に答えていないものが多くあります。
私の体験を下地に書いておりますので理解できる者が読めばかなり具体的なイメージが持てるはずです。
それを観念的というのだからお話になりません。
あなたには世間に食べさせてもらっているという謙虚さが全く無いようです。

投稿: 立川市民 | 2007年9月26日 (水) 21時29分

立川市民さん、Unvollendeteさん、白熱した議論、お疲れ様です。

お二人の熱のこもったご意見に圧倒され、また、不勉強なまま具体的な議論の中味に触れるのも不謹慎と思い、静観する立場で各コメントを読ませていただいていました。

その上で、改めて僭越なお願いをさせていただきます。自分の考え方や立場が異なる方との論争にありがちですが、つい感情が表に出る言葉をぶつけてしまう場合があります。普段ならば「そのようなとらえ方もあるかな」と受け入れる余地があっても、そうなってしまうと相手方の言い分すべて聞く耳を持てなくなる難点に陥りがちです。

議論内容に対する評価を横に置いたお願いで、たいへん勝手な話ですが、ぜひ、冷静になる時間を置いた方がよろしいものと思っています。「冗談じゃない!消化不良のまま終われない」、もしくは「都合よく傍観者になるな」とお叱りを受けるかも知れませんが、ご理解いただけるようよろしくお願いします。

なお、誤解がないよう付け加えます。決してコメント投稿者同士の議論を拒むものではなく、むしろ歓迎しています。したがって、立川市民さんとUnvollendeteさんが議論を続ける場合、相手を論破するのではなく、相手の共感を得られる視点に切り替えていただけると幸です。このような点について、自分自身がどこまで実践できているか自信ありませんが…。

お二人の熱い議論に水を差すコメントであり、たいへん失礼致しました。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2007年9月26日 (水) 21時52分

管理人さま

 人様の軒先で、恥ずかしいものを見せているという意識がつい飛んでおりました。大変失礼いたしました。

 上記コメントの「基本的人権の尊重」と「集団移転」「強制収用」の話の矛盾や、「都市計画における土地区画整理事業の破綻の実例」など消化したい話もありますが、私はいったん筆を置くこととします。

 重ね重ね、雰囲気を乱したことにたいしてお詫びいたします。

投稿: Unvollendete | 2007年9月26日 (水) 22時04分

Unvollendeteさん、ありがとうございます。
お詫びいただくほど迷惑していませんでしたので、それほどお気になさらないようお願いします。
この間の議論に触れ、本当に勉強になる話が多かったものと思っています。ぜひ、これからも当ブログへの貴重なコメントを楽しみにしています。

投稿: OTSU | 2007年9月26日 (水) 22時17分

OTSUさん

この度は、色々とお騒がせしました。
余り盛り上がりませんでしたね。

Unvollendete さんと共感することは無いと思いますが、彼を通してもそれなりに収穫がありましたので、その場をお借りしましたことについてお礼を申し上げます。


投稿: 立川市民 | 2007年9月27日 (木) 06時35分

立川市民さん、おはようございます。
訪問されている方々、それぞれ興味深くご覧になっていたものと思っています。ただ二人の熱い議論に「横レス」を入れづらかったのではないでしょうか。
今回の記事本文の結びでも書いたように立川市民さんの問題意識に対し、今後、少しでも応えられる「前向きさ」も表していく予定です。また、お気付きの点がありましたらお気軽にコメントをお願いします。

投稿: OTSU | 2007年9月27日 (木) 06時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/130697/16535036

この記事へのトラックバック一覧です: 「襟を正す」記載の難しさ:

» 【 人事院勧告 】について最新のブログの口コミをまとめると [プレサーチ]
人事院勧告に関する最新ブログ、ユーチューブ、ネットショッピングからマッシュアップした口コミ情報を提供しています。 [続きを読む]

受信: 2007年9月28日 (金) 07時20分

« 安倍首相の辞任、そして総裁選 | トップページ | 変わり続けている市役所 »