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2007年9月29日 (土)

変わり続けている市役所

前回記事で「市役所は変わったんだ」「変わろうとしているんだ」と感じていただける内容の投稿にも努めることを書きました。このような場合、自分の所属する市役所の話になることは言うまでもありません。他の役所にも似通った点はあると思いますが、あくまでも私自身の体験や把握している情報をもとにした事例の紹介となります。

かなり昔に入所していますので、現在勤めている市役所の変わり方を実感しています。組合役員も長く務めていますので、その視点からの様変わりも感じています。後者については、組合員の皆さんから「今の組合は物分りがよすぎる」との不満の声として寄せられる場合があることも承知しています。

まず行革の話です。行政改革が国民的に注目され始めたのは、第2次臨時行政調査会(1981年3月~1983年3月)が発足した頃からでした。経団連の名誉会長だった土光敏夫氏が会長として強いリーダーシップを発揮したため、第2臨調は別名「土光臨調」とも呼ばれていました。「土光臨調」を重視した鈴木善幸首相の後を継ぎ、中曽根内閣が発足し、一気に国鉄や電電公社などを民営化していきました。

「土光臨調」路線に沿って、地方自治体の行革も叫ばれ始めていました。私どもの市役所でも5か年ごとの行財政改革推進計画を第3次まで立て、現在、その第4次目にあたる経営改革プランの3年目を迎えています。計画した内容が100%実施に移された訳ではありませんが、ここ10年ほどで200人近くの職員数が減っています。

労使課題の変更は組合との合意を基本とし、労使交渉の場では労使対等の原則を貫くことができています。しかし、行革提案への受けとめ方は、20年以上前と現在では大きく変化しています。一昔前は「反合理化」闘争というスローガンが掲げられ、行革そのものに反対していた時代だったように記憶しています。

最近の行革提案への対応は、組合員の労働条件や市民サービスへの影響を現場目線で検証し、著しい問題が認められない限り、問題点を整理した上で受け入れる場合が多くなっています。その際、当該職場の組合員と率直な意見を交わし、合意形成をはかりながら数多くのアウトソーシングなどをやむを得ないものとしてきました。

財政状況の厳しさや公務員への風当たりの強さなど、これまで組合役員と組合員が情勢認識を一致させることによって、不満な行革提案も受け入れていました。合意形成などに留意してきたとは言え、市職員として誇りを持って懸命に担ってきた職場から離れる辛さや切なさは、当該の職員ではない限り、充分理解できない思いだったかも知れません。

いずれにしても行革提案を合意する数が増え、さらに拳を振り上げる反対闘争も減っているのが現状です。そのような流れを当たり前だと思う方が多いことも確かでしょうが、組合員の中には「昔の組合は強かった。今の組合は…」と嘆く方がいらっしゃることも、組合役員としては重く受けとめなければなりません。

組合の意に沿わない提案をすべて撤回できることが「強さ」だとすれば、そのような「強さ」は確かに今の組合には備わっていません。しかし、労使双方で押す引くがあるからこそ、交渉が成り立つ訳であり、当然、組合側が引いてばかりではありません。したがって、公務員をとりまく情勢が厳しい現状の中、全勝をめざす交渉は大局的な意味からその是非を判断する必要性があるものと考えています。

行革の中味より、行革提案に対する労使交渉の変化を組合役員の立場から綴らせていただきました。その話だけで非常に長くなってしまいましたが、次に市民の皆さんとの接し方の変化を紹介します。「民間会社なら大昔から当たり前なことだ」とお叱りを受けるかも知れませんが、変わろうとしている一つの事例として取り上げてみました。

いわゆる接遇の向上について、以前から研修の実施などによって力を注いできています。その実践ぶりに個人や職場間での差はあるようですが、全庁的に向上していることは間違いないものと思っています。具体的に改めてきた点も少なくありません。数年前まで名札着用は徹底化されていませんでした。

現在、市民の方からよく見えるよう名札のサイズを大型化し、首から吊り下げられるタイプに改め、市長以下、全職員が着用しています。また、窓口職場を中心に「○○さん」を「○○様」と呼ぶように改め、なるべく別れ際などに「ありがとうございました」と声をかけるように努めています。

電話を取った際も、例えば「納税課のOTSUです」と最初に名乗る職員も増えています。この場合、応対した職員の名前を覚えていただくためよりも、第一印象を少しでも良くすることを目的としています。外側ばかり取り繕っても肝心なのは中味だと言う声もありますが、形から入って意識改革していく大切さも否めません。

市民の皆さんから「上から目線」などと批判されないためにも、何よりも市役所への好感度アップに向け、一つ一つは些細なことかも知れませんが、職員それぞれが心がけていく意義はあるものと考えています。場面によって、市民の方へ厳しい話を伝えなければならない職業柄、せめて怒りの火に油を注ぐことのない接遇に努めなければなりません。

書き進めていくと意外なほど「変わり続けている市役所」の話が浮かんできます。活動が続いている「変わろうとする息吹き、アンダー35委員会」のこと、人事当局が策定した「職員人材育成実施計画」のこと、深刻な負の側面としてメンタル面の病休者が増えていることなど、いろいろ頭に浮かんでいます。「Part2」とするかどうか分かりませんが、機会がありましたら続きを書かせていただこうと考えています。

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2007年9月23日 (日)

「襟を正す」記載の難しさ

今までも記事本文から離れた内容で、コメント欄での議論が盛り上がる時も頻繁にありました。前回記事「安倍首相の辞任、そして総裁選」のコメント欄では限界集落の問題で議論が加熱していました。ちなみに限界集落とは、65歳以上の高齢者が人口比率で住民の50%を超え、生活道路の管理や冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落を指すそうです。

このように当ブログを訪問された方々のご意見に接することによって、自分自身の不確かだった知識を整理する機会となり、ある意味で貴重な自己啓発の場だとも思っています。知識に限らず、幅広い情報や考え方などにも触れることができ、新鮮な刺激を受けながら常に思いを巡らしています。

管理人である私へのコメント欄での問いかけに対し、可能な限り迅速にコメント欄でお答えするように努めています。しかし、寄せられるコメントの数やその内容の重さによっては、充分に答え切れない時も少なくありませんでした。それでも最低限、礼を尽くす意味合いから必ず一言だけでもコメント欄でのレスに心がけてきました。

「今後、いろいろ考えていく上で貴重な参考意見とさせていただきます」「機会がありましたら記事本文で掘り下げていこうと考えています」などと添える場合も定番になっていました。しっかりした答えを求めていた方からすれば、その一言が肩透かしのような「お役所答弁」に聞こえていたかも知れません。

これまで難解な問いかけに対しても、軽く受け流そうと思ったり、まして不誠実な対応をはかってきたつもりは一切ありません。ただ結果的に相手方の意図したレベルやタイミングとの行き違いがあり、怒りを買ってしまうケースがあったことも否めません。私の言葉不足などによって、不愉快に感じられた方へは申し訳なく思っていますが、適当にお茶を濁すコメントは一度も行なっていないことをご理解ください。

それでも、いきなり「政治家批判ばかりして、公務員辞めれば?」と切り出されれば、穏やかでなくなるのも正直なところです。なるべく冷静さを装いながらレスしてきたつもりでしたが、ある組合役員からは「委員長、怒っていましたね」と見透かされていたようです。その後、コメント欄で何回か意見交換を進めることによって、その方、立川市民さんが以前からの読者であり、公務員に対して強い問題意識をお持ちであることが分かりました。

様々な問題提起を受ける中、コメント欄で私なりの考え方をお答えしてきました。納得していただけない内容が多く、残念ながら立川市民さんとは簡単に溝が埋まらない平行線の議論となる様相です。その中で、ある問いかけについて記事本文でも取り上げ、このブログの位置付けなどを改めて整理する機会とさせていただきます。

もともと記事本文をご覧になっても、コメント欄までクリックされない方がいらっしゃるようです。そのため、コメント欄で書き込んだ内容の焼き直しのような文章が連なるかも知れませんが、決して手を抜いてる訳(?)ではなく、これまでも大事な話は記事本文でも再掲してきました。

さて、立川市民さんから「正すべき襟は正すと仰っている割には、指摘に対しての答えが主張に比べてトーンが低過ぎるのが目に付いておりました」とのご指摘を受けました。過去にも別な方から同じような投げかけを受けていました。公務員のあり方や現状について、強い問題意識を抱いている方にとって率直な疑念につながっているのかも知れません。

このようなご指摘に対して、私の考え方、つまり当ブログの位置付けは次のようなものとなります。襟を正すべき点はしっかり正し、主張すべき点は主張する大切さを基本にしたブログであることは確かです。その上で、ブログ上で発信する内容として、主張に重きを置いている点は事実であり、そのことを大きな目的としていることも特に包み隠していません。

それでは何をどう襟を正しているのか、確かに具体的な記載が少ないこともその通りです。この点は言い訳に聞こえるかも知れませんが、意識的に強調してきていませんでした。退職手当をどれだけ削減したか、特殊勤務手当をどれだけ見直したかなど、今までが恵まれていたと言われれば、それまでの話だからです。

また、組合役員の立場からすれば「組合があったから、このような決着をはかれた」との表現となります。しかし、私も、組合員の皆さんも公務員に対する逆風を強く感じているからこそ、「既得権」に固執しない判断を受け入れてきています。人事院勧告によって基本給が下げられ続ける中、さらに給料袋の中味(口座振込の額)が減ることをやむを得ないものとしてきました。

立川市民さんは「特殊勤務手当のカットなどみみっちいことを引き合いに出されても説得力はありません」と言われますが、私は姿勢の問題を例示したつもりでした。一昔の労働組合は団体交渉で市当局側が「厳しい財政状況もあり…」などと説明した途端、「財政の問題は当局の責任であり、労使交渉の場で出すのは不誠実である」と一喝していた話などを聞いています。

物分りが良すぎるのも程度問題ですが、労働組合が「強すぎた」結果、時代状況の変化に対応できなかった例が大阪市や社会保険庁だったのかも知れません。そして、このブログを始めた切っかけも、労使交渉の重要さを認めているからこそ、労使交渉の役割が全否定されないような「襟の正し方」と「主張」の必要性に着目したからでした。

「襟を正す」記載の少ない理由として、もう一つ難しい面がありました。個人の責任によるブログですが、組織に責任を持つ委員長が書いていることを明らかにしています。さらに一人でも多くの組合員の皆さんにご覧いただきたいものと願い、組合のニュースなどでも宣伝してきたブログでした。まったく私的なブログで、たまたま目を通している組合員がいる性格のものではない準公式的な位置付けとなっていました。

したがって、組合員との合意形成がはかれていない内容を先走って記載するのは慎むべきものであり、右か左か方向性に対する発言は既存の組合方針を常に意識しています。個人的な見解と但し書きをつけたとしても、組合委員長の立場を明らかにしている限り、その見解に対して簡単に公私の区分けはできないものと思っています。

例えば民主党の国会議員がその立場を明らかにし、ブログ上で党の方針と異なる意見を発信した場合、単なる個人的な発言で済まされるのでしょうか。そのブログを目にした国民は「民主党は一枚岩ではなく、重要な問題で割れている」と感じてしまいます。党内で異なる意見を激しく交わすのは健全な組織運営だと思いますが、ネット上に発信する言葉は当然選ぶべきものであると私は考えています。

このような観点からも「襟を正す」記載が必然的に少なくなっています。まったく仮定の話として、新市長が「市職員100人減員」を公約にしていますが、このブログで「積極的に協力しよう」などと書き込んだら組合員の多くは違和感を持たれるものと思っています。なお、前回記事のコメント欄で、黙考人さんから分かりやすい言葉でフォローしていただきました。ぜひ、合わせてご覧ください。

立川市民さんから「組合の合意が無くても主張はされているのに、それなら襟の正し方も私見でいいのでは?」、さらに「身内の甘い慰めに逃げ込むことなく何をなすべきか見つめ直して下さい」との問いかけもありました。これまでの記事の積み重ねの中で、住民サービスと労働条件の維持向上は「車の両輪」だと訴えてきました。その裏付けとなる財政問題も黙視できないものと考えています。

今回の記事も長々と書いてきましたが、立川市民さんらの目線で読まれた場合、非常に抽象的で、単なる言い訳に終始しているものと感じられたかも知れません。多くの市民の皆さんにとっては、ニン麻呂さんのブログを介して出会った「お役所仕事~世間の常識は役所の非常識~」の管理人さんのような前向きさが求められているのも確かだろうと思っています。

ブログ上で「襟を正す」記載の難しさを強調することによって、「襟を正す」ことに後ろ向きだと思われるのは本意ではありません。したがって、このブログでも「市役所は変わったんだ」「変わろうとしているんだ」と少しでも感じていただけるような内容の投稿に向け、今後、努力していこうと考えています。

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2007年9月17日 (月)

安倍首相の辞任、そして総裁選

このブログで安倍首相の話題を何回か取り上げてきました。記事内容の題材とした“「美しい国へ」から感じたこと”や“安倍首相と小沢代表の「党首力」 ”以外にも、その年一年を漢字一文字で表せなかった安倍首相のエピソードなど数多い記述を残してきました。 

時の総理大臣の一挙手一投足が注目されるのは当たり前な話であり、政治的な方向性が異なる勢力からは常に辛口な批判を受けるのも権力者の宿命です。私自身も小泉前首相の時と同様、安倍首相の考え方や行動に強い関心を示してきました。

最近も書店で「安倍政権迷走の一年」をサブタイトルにした「官邸崩壊」(上杉隆・著)を目にし、すぐ手に入れ、一気に読み終えていました。その後、著者のブログ「東京脱力新聞2.0」も見るようになりましたが、売り切れ店続出の話も書かれていたため、迷わず購入して正解だったようです。

さて、「官邸崩壊」を読み終えてから半月もたたない日の午後、9月12日、安倍首相辞任のニュースが駆け巡りました。臨時国会で所信表明演説した翌々日、各党からの代表質問を受ける直前、常識では考えられない唐突な辞意の示し方でした。文字通り「官邸崩壊」が現実化した日となりました。

なぜ、国民からの民意が示された参議院選挙直後に退陣しなかったのか、わざわざ内閣改造を断行し、所信表明まで行なった直後なのか、安倍首相の支持者からも不満の声が聞こえてくる不可解なタイミングでした。さらにテロ特措法延長に「職を賭す」との決意を内外に明らかにしたにもかかわらず、戦う前に敵前逃亡したようなものでした。

「小沢代表との会談を断られたから…」と辞任会見での説明もありましたが、やはりシドニーで発していた「職責(職務上の責任)にしがみつくことはない」との言葉を有言実行した無責任さだと言わざるを得ません。短期間で各省庁の大臣が交代することや臨時国会召集直後の政治空白など、与えた混乱や経済的な損失の大きさは莫迦にならないはずです。

自民党の山本一太参議院議員が綴るブログ「気分はいつも直滑降」などを読んでいると確かに安倍首相の優しい人柄が伝わってきます。生々しいドキュメントとなっている「官邸崩壊」からも安倍首相の情の厚さや懸命さは読み取れました。その著書によって官邸スタッフの未熟さが改めて浮き彫りにされていますが、同時に安倍首相の判断力や人物評価の甘さも描き出されています。

国民の暮らしや未来を左右する最高責任者ではなく、一人の私人だった場合は「優しい人」などの評価だけを受け、誰に迷惑をかけるものではありません。厳しい批判が集まるのは誰よりも高い見識や能力を求められる役職に対してであり、その意味で安倍首相には及第点を与えられる資質や適性が不足していたように思っています。

安倍首相は拉致問題での強硬姿勢が国民的な人気を高め、「選挙の顔」として自民党内で評価された結果、若くして最高権力者の座を射止めました。支持率70%の順風満帆な船出でしたが、自分の任期中に「憲法を改正する」などと発言し、初めから2期6年の長期政権を目論む気負いが見られていました。

結果的に心身ともに疲弊し、涙目の記者会見など醜態をさらし、わずか1年ほどの短命な政権で終わることになりました。しかし、その1年間で安倍首相は「20年分ぐらいの大きな仕事をこなした」と絶賛する声をネット上で見かけています。熱烈な支持者にとって今回の早すぎる辞任劇は痛恨の極みであるようです。

その方々が評価する大きな仕事とは教育基本法の改正国民投票法の成立防衛庁の省昇格公務員制度改革などを指しています。それぞれ以前の記事のリンクをはりましたが、すべて国民の間で賛否が分かれていた問題だったはずです。また、野党が反対する中、強行採決で成立させた法案も少なくありません。

要するに前政権の遺産である巨大与党の数を振りかざし、反対意見を圧殺しながら強引に進めてきたに過ぎません。その与党の数も郵政民営化の是非がクローズアップされた総選挙で得たものであり、非常に理不尽な思いを抱いています。このような背景がある中で、法案に対する考え方や立場が異なる国民にとって、安倍首相が「大きな仕事をこなした」と言われても納得できるものではありません。

そして今、安倍首相の辞任を受け、自民党総裁選が行なわれています。来週23日には投開票され、新総裁、つまり新しい内閣総理大臣が決まります。少し前までは安倍後継として麻生幹事長が最有力候補でしたが、一夜にして福田元官房長官が圧勝する勢力図に変わりました。

自民党国会議員の危機感の表れやしたたかさ、悪く言えば節操のなさや理念の欠如を指摘できます。とは言え、福田首相の誕生は自民党のお家芸だった「擬似政権交代」となり、民主党への追い風が失速する切っかけとなる場合もあり得ます。いずれにしても自民党の総裁選挙に無関係な聴衆に対し、アキバなどで訴える街頭演説は茶番劇のように見えてしまいます。

参議院選挙の結果を踏まえるならば、自民党の国会議員387票、都道府県連141票のみで、新首相が決まる構図は適切な民意の反映だとは言えません。したがって、早期に衆議院を解散し、国民の手で新首相を決める総選挙が欠かせないものと考えています。

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2007年9月 8日 (土)

20年ぶりに新市長誕生

金曜の夕方、5期20年市政のトップを担ってきた前市長が役所を去りました。本庁舎の職員が見送る中、花束を贈られた前市長の顔はにこやかなものでした。駅前開発を中心とした集客力の高まる街づくりの面で、たいへん大きな力を発揮された首長でした。ただ5期目に入った頃からは高齢多選のネガティブな評価が避けられず、多くの方が引き際の難しさを感じていました。

型通りな挨拶よりも、場面に応じたエピソードを盛り込んだ話が得意な方でした。組合役員として挨拶に伺った際も短い時間でしたが、全国最年少の収入役となり、最後は最高齢の市長で終わった話などを感慨深く語られていました。一方で、決して風化してはならない重い責任を背負った最後の4年間であったことも忘れてはなりません。一昨年11月の記事「組織の力、大事な力」で紹介しましたが、市政に絡む事件に対する最高責任者の出処進退として適切だったかどうかは賛否が分かれたままでした。

さて、先週日曜に行なわれた市長選は現職市長が引退を決めていたため、どなたが当選しても20年ぶりに新市長が誕生する選挙戦でした。最近の記事「市長選に向けた組合の対応」で記しましたが、5名の候補者が争う激戦となっていました。過去に例がない候補者の数であり、投票率の上昇も期待されましたが、結果は42.86%と前回より2%ほど下回りました。

自民党が分裂し、公明党と民主党系は自主投票という選挙戦の構図となり、誰が当選できるのか簡単に見通せない展開でした。最上位の候補者でも投票数の4分の1以上の票を得られない場合、再選挙となる規定があり、そのことを心配する声も聞こえるほどでした。しかしながら選挙結果は自民党の推薦を受けた候補者が2位に4千票以上の差をつけ、頭一つ抜けた予想外の圧勝でした。

先日、連合三多摩の事務局長と話す機会があり、事務局長は「予想した通りだったよ」と振り返っていました。ある新聞記者による直前の予想で「弁護士の候補者が有力」などの情報も寄せられていました。専門家でも大きく予想を外す難しい選挙戦だった中、事務局長の適確な情勢分析に対して素直に感心してきたところでした。

このような会話となるのは、連合三多摩も特定の候補者と支持協力関係を結ばず、お互い客観的な立場だったからだと言えます。やはり私どもの組合の事情と同様、あまりにも候補者の出揃った時期が遅かったため、組織的に協議する時間が不足していたようです。ちなみに今後、新市長と連合三多摩で政策的な確認書を交わせる見通しだと事務局長から伺いました。

市民の方々はもちろん、私たち職員にとっても市長選は重大な関心事でした。このブログでもお伝えしていましたが、質問書を候補者の皆さんへ送り、回答書を原文のまま組合員へ公開し、市長選に向けた貴重な参考資料とさせていただきました。お忙しい中、5名の候補者全員からご回答いただきました。改めてありがとうございました。

組合員対象の公開質問書でしたので、回答内容全体をブログ上で示すのは適切ではありません。そのため、私自身の印象を中心に述べさせていただきます。新市長の回答は、市政全般にわたって強いリーダーシップを発揮しようとする意欲が随所に感じられました。労使交渉の項目では「胸襟を開いて交渉に臨みます」と書かれていました。市長自ら積極的に団体交渉の席に着く意気込みがうかがえる一言でした。

新市長の公約の重点は行財政改革であり、その一番目に「市職員100人減員」が掲げられていました。組合も行財政改革そのものを否定する立場ではありません。100人の削減など具体的な数字目標が示されるのもやむを得ないものと受けとめています。そもそも計画を立てること自体は管理運営事項であり、その政策経営判断に労働組合が直接的に口をはさめる立場ではありません。

しかし、労働条件に影響を及ぼす事項の変更については、労使交渉での決定が基本となります。その労使交渉の場では、現場職員の目線で当局の提案内容を検証することになります。自分たちの労働環境や職の確保などの視点だけではなく、これまでも組合は公的責任や市民サービスの低下につながるような職員数削減などには異を唱えながら多面的な議論を提起しています。

新市長の初登庁は今度の月曜日です。組合四役で挨拶に伺う約束を取り付けたところ、翌朝の新聞を開くと「職員労組と協議“初仕事”に意欲」との見出しが目に入りました。新市長が当選報告会で、初登庁の日に労働組合との対話の場を設定し、「初仕事が労働組合との話し合い。皆さんとの一番の約束(職員数削減)が果たせることになりそうです」と挨拶した記事が載っていました。

組合側としては儀礼的な挨拶を主に想定していましたが、真っ向から直球を投げ込むような新市長の気合いが新聞紙面から伝わってきました。「勤務条件の変更について理事者と職員組合の双方が誠意を尽くして話し合いをすることが大切と考えます」と回答書で示していただいていますので、労使の緊張感の中にも信頼関係は築いていけるものと考えています。

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2007年9月 2日 (日)

逆風を謙虚に受けとめながら200回

このブログ「公務員のためいき」を始めてから前々回記事「市長選に向けた組合の対応」で丸2年が過ぎたことを記しました。1年目を過ぎた時の記事が「ブログ開設から一年、されど靖国神社」でした。それぞれのタイトル名が示すとおり特にメモリアルな記事の内容としていません。感慨深いところも多少ある節目ですが、仮に記事の投稿を重ねなくても年月は過ぎていきます。したがって、あまり開設何年を重視しても意味が薄いものと考えています。

一方、投稿した記事の数は自分自身の労力を惜しみ出したり、続けていく熱意が冷めてしまった場合、停滞してしまう数字です。記事の投稿数は管理画面で一目で分かるようになっていますが、実は100回目の時、気付くのが遅れていました。そのため、100回超えを記念し、「多くの方に支えられながら101回」という少し間が抜けた記事を2006年3月に書き込んでいました。

今回、まぎれもなく(?)次の大きな節目だった200回目を迎えています。訪問されている方々にとって、この記事が何回目だろうと関係ないことは重々承知しています。それでも今回のタイミングを利用し、当ブログがどのような性格のものなのか改めてお伝えさせていただくことにしました。特に最近は週1回の投稿ペースとなっているため、300回目は2年ほど先になる計算であり、今回のような節目は希少な機会であると考えました。

以前から訪れている方には聞き飽きた内容も多いかも知れませんが、よろしかったら最後までお付き合いください。まず右サイドバーから入れるプロフィールでも記していますが、ハンドルネームをOTSUとしている管理人である私は東京西部に位置する市役所に勤めている地方公務員です。この4月に職場を異動し、現在、徴税吏員として税金の収納業務に携わっています。また、市職員労働組合の執行委員長を務めています。

かなり前の記事「このブログを始めたイキサツ」で書きましたが、NHKと朝日新聞の「従軍慰安婦」関連番組への政治介入問題に絡む対立が当ブログ開設の一つの切っかけでした。真実は一つでも、どちら側からの報道に接するかによって善悪の印象がガラリと変わってしまいました。ちょうど世の中は大阪市役所の厚遇問題などで、公務員への厳しい視線や声が強まっていた頃でした。

当然、公務員やその組合側も改めるべき点は即座に改める必要があります。しかし、労使交渉で積み上げてきた内容がオールorナッシングで批判されていく動きには理不尽さを感じていました。NHK対朝日新聞の例を踏まえ、主張すべきことは主張する必要性を強く感じていた時、誰でも簡単にインターネット上で意見を発信できるブログと出会いました。2005年8月、郵政民営化法案が参議院で否決され、小泉前首相が衆議院を解散した直後のことでした。

あくまでも個人の責任によるブログですが、私どもの組合員へは何回か組合機関誌などで宣伝してきました。不特定多数の方々へ公務員組合側の言い分を発信するとともに、一人でも多くの組合員の皆さんにも読んでもらいたいと思いながら投稿してきています。つまり組合活動を身近に感じてもらうための一つの試みとしても位置付けていました。

二兎を追うブログだとも言えますが、自分自身としては難しく思わず何とか運営してきています。ただ一貫して注意している点は、不特定多数の方々に見られることを常に意識した記事内容の投稿に心がけてきました。不確かな情報や知識での断定した書き方はもちろん、賛否が分かれる問題についても結論を押し付けるような書き方は極力避けるようにしてきました。

言うまでもなく個人情報などに細心の注意を払い、誹謗中傷的な表現なども避けてきました。例外的に小泉前首相や安倍首相らに対しては厳しい言葉をぶつけてきたこともありました。その際も総理大臣という権力者の進める手法や最高権力者としての資質の問題に対する批判意見であり、さらに本人を前にしても訴えられる言葉で語ってきたつもりです。

また、私どもの組合は自治労(サイドバーに用語解説リンクも)に加盟しています。これまで当ブログへ自治労に対する批判も数多く寄せられてきました。第三者ではありませんが、全責任を負える立場でもなく、非常に悩ましかったり、もどかしかったりした場面が少なくありませんでした。その際、私自身の見解や自治労本部への要望をブログで訴えてきました。

ここでも心がけてきた点があります。ブログの中で幅広い方へ問題意識を発信することも大切ですが、それだけでは言いっ放し、単なる愚痴にとどまってしまいます。直接訴えることができる回路や手段がある場合、実際の活動の場でも同じ趣旨の発言を行なってきました。自治労都本部の会議の場であったり、機会があれば自治労本部の岡部委員長にも直接訴えてきたこともありました。

私どもの組合が推薦している衆議院議員の方との関係も同様な構図がありました。よくテレビにも出演している長島昭久さんが小選挙区の推薦議員であり、当ブログへも何回か実名で取り上げさせていただきました。最近の記事のコメント欄で、勤労戦死さんから長島さんご自身のブログでの発言を問題視したコメントをいただきました。「私たち生粋の民主党議員からすれば、自治労や日教組になどまったく世話になっていないのが実情」と書かれていた点のご指摘でした。そのコメント欄で、私が勤労戦死さんにお答えした内容の骨子は次のとおりでした。

当たり前な話ですが、私どもの組合が推薦しようとしなくても長島さんの選挙の当落に影響がないものと思っています。また、長島さんは広い意味で、以前の総評と社会党のような関係が「生粋の民主党議員」にはないことを言いたかったのでしょう。しかし、「まったく世話になっていない」という言い方は、支持してきた私どもの組合、ひいては組合員の気持ちを逆撫でする発言であると指摘せざるを得ません。記事全体の文脈は私も共感していますが、その箇所をあえて「まったく」というような表現にしなくても良かったはずです。

これまでも何回か長島さんと直接お話できる機会があり、誤解や言葉足らずに対して釈明を受けてきたことがあります。今回の件も先日、直接ご本人へ真意を尋ねることができました。やはり自治労との関係を断ち切りたい意図があった訳ではなく、私の指摘に戸惑っていた様子がうかがえました。人一倍注目を浴びている長島さんにとって、発言や表現に注意していくことの大切さを僭越ながらお願いしてきました。なお、このような一支持者の言葉にも真摯に耳を傾けていただける点は長島さんの素晴らしさだと感じています。

さて、再三述べてきましたが、相互交流の意見交換をできるのがブログの利点だと思っています。インターネット上の匿名性が担保されるため、正真正銘の忌憚のないご意見を聞ける場となっていました。飲酒運転や年金未記録の問題などが話題になるたび、公務員に対する厳しい批判が数多く寄せられました。私自身の答えが「はい、分かりました。反省します」だけではなく、必ず「しかし…」が続くため、コメント欄が「炎上」気味になることも少なくありませんでした。

「逆風を謙虚に受けとめながら」が当ブログのサブタイトルですので、どのような批判にも率直に対応してきたつもりです。コメント一つ一つ、丁寧にお答えすることを基本としてきましたが、あまりの数の多さに逐次対応できなかった時もありました。徒労感がにじみ始めた時もあり、ブログの休止を本気で検討したのは、つい先日のことでした。そのような時、多くの方から暖かい言葉での励ましをいただき、そのピンチを乗り越え、何とか200回の節目を刻むことができました。

最後に、批判コメントが多いのも確かですが、当ブログの主張に賛同してくださる方も大勢いらっしゃることが大きな励みとなってきました。また、様々な問題に対し、様々な見方があって当然だと考えていますので、賛否どちらの内容でもコメントいただけることを有難く思っています。これまで延べ24万件ものアクセスをいただいています。改めてご訪問くださった皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。

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