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2007年7月29日 (日)

参院選、民主党大躍進

午後8時、その瞬間に各テレビ局が独自調査による参議院議員選挙における獲得議席の予想数を発表しました。その数字は局によって若干の開きがありますが、事前の予想通り自民党の惨敗、民主党の大躍進の結果が報道されています。まだ一票も開いていない時間の当落予想ですが、毎回、なかなかの精度を各局競い合っているようです。

今、開票速報を見ながらパソコンに向かっています。リモコンでチャンネルを細かく切り替えながら各局の番組を見ています。地元の東京都選挙区は民主党のお二人、現職の鈴木寛さんと新人の大河原雅子さんが早々に当確を得ています。特に大河原さんは自治労都本部が重点候補とし、私も何回か直接お会いした方であり、気をもむ必要のない素早い朗報にホッとしたところです。

そして、何よりも大きな関心は自治労組織内候補で、私どもの組合も全力で応援した相原久美子さんの結果の行方です。比例区の速報が少ない中、午後8時26分の段階でTBSが当確を知らせました。その後、NHKも民主党比例区当確者の一人として相原さんを紹介していましたので、安堵して良い情報であると確信しました。

民主党そのものには追い風が吹いていましたが、自治労に対しては厳しい向かい風の中の選挙戦だったものと思います。年金未記録問題の責任がすべて自治労に加盟している社会保険庁の職員組合にあり、とにかく自治労は諸悪の根源であるような宣伝を自民党から加えられていました。

要するに民主党の支持団体の一つである自治労を叩くことによって、年金問題などで民主党へ批判の矛先が向かうように意図した政治的な思惑が明らかでした。確かに社会保険庁の職員組合も反省すべき点は多かったはずです。しかし、社会保険庁解体法案つぶしを狙い、民主党の長妻議員らへ内部リークした「自爆テロ」などと根も葉もない中傷もありました。

さらに自治労組合員の政治意識の多様化や組合そのものへの求心力の低下など、数え上げたら不安の材料は尽きませんでした。選挙闘争は組合運動の一部に過ぎませんが、万が一、相原さんが敗北した場合の自治労運動へのダメージははかり知れないものがあったはずです。

いずれにしても相原さんの掲げた政策や人柄が評価されたことは間違いありません。また、ご自身が非常勤職員出身であったことも、このような社会情勢の中で一つの期待の表れにつながったものと考えています。今後、掲げた政策の実現に向け、国政の場で相原さんが頑張っていくのはもちろんですが、送り出した自治労としても全力で支えていく責務があります。

開票結果がすべて出ていない中での投稿であり、まだまだ言い足りない点や付け加えたい感想が少なくありません。したがって、たいへん雑ぱくな記事となっているかも知れませんが、応援した候補者が軒並み当選できた安堵感を取り急ぎ投稿させていただきました。最後に、相原さんをはじめ、組合が推薦した候補者へご支援くださった皆さんに対し、心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

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2007年7月22日 (日)

「官僚とメディア」を読み終えて

最近、共同通信の記者だった魚住昭さんの著書「官僚とメディア」を読み終えました。これまでも書評と言う訳ではありませんが、本の感想などをもとにブログの記事を書き込んできました。読書は好きな方で、忙しい中でも必ず何か読み進めています。ブログ投稿が週一ペースとなってから話題に事欠かず、読んだ本に絡めた記事内容は3月の「労働ダンピング」以来となります。

「本書は、官僚とメディアの凄まじい癒着と腐敗をえぐり出した衝撃的ノンフィクションである!」と帯紙に記されていました。全8章で構成され、具体的な事件に対する独自な取材を通し、魚住さんがマスコミ報道の問題点を浮き彫りにしています。官僚側が発信する意図的な情報をそのまま垂れ流し、批判能力が低下している現在のメディアのあり方に対し、魚住さんは非常に憤っています。

第1章に「もみ消されたスキャンダル」を掲げ、自分が育った共同通信の不甲斐なさを真っ先に訴えています。共同通信は全国の地方紙やNHKなど、ほとんどの国内メディアに記事配信を行なう通信社です。加盟紙の総発行部数だけで約2千万部に達し、読売などの全国紙を上回る影響力を持つメディアに位置付けられています。

そのスキャンダルとは、2000年6月から8月にかけて下関市にある安倍首相の後援会事務所や自宅へ、計5回火炎瓶が投げ込まれた事件に関するものでした。この事件の背景を共同通信の記者が地道な取材によって、まとめ上げた記事が出稿直前に上層部からストップをかけられた話が記されていました。

1999年4月の下関市長選で安倍首相直系の市長の当選に向け、怪文書配布などで「選挙協力」した人物がいました。その人物が安倍首相サイドから約束の報酬を得られなかったことに反発し、指定暴力団の組長に依頼して火炎瓶を投げさせたことを共同通信の記者らが調べ上げていました。

安倍首相が直接関与した証拠はなくとも、「美しい国づくり」を掲げて就任した直後にお膝元のスキャンダルを伝えることに意味があると記者らは考えていたようです。仮に安倍首相側から訴えられても負けない材料は揃っていた記事であり、差し止められずに加盟社に配信していれば全国の地方紙で報道されたニュースだったはずです。

この記事が握りつぶされたのは、官邸サイドから圧力がかかった訳ではないようです。ちょうどこの時期、共同通信は平壌に支局開設の準備を進めていました。もともと安倍首相ら政権中枢は、この支局開設の動きを苦々しく思っていました。そのような微妙な時期に安倍首相の怒りをかう記事に対し、共同通信の上層部が自主規制したと魚住さんは分析していました。

魚住さんは、この差し止め事件を取材して一つだけ嬉しかったことがあると述べています。現場のデスクや記者らが揃って「これはジャーナリズムの自殺行為だ」と怒りの声をあげたことです。その一方で、現場からの真剣な思いを無視する共同通信上層部を厳しく批判しています。

第2章以降も様々な事件について、魚住さんが綿密な独自取材を積み重ねた結果、新たな見方につながる興味深い話が並んでいました。ヒューザーが絡んだ耐震偽装事件の問題は、そもそも姉歯建築士の個人的な過失に近い構造計算ソフトの改竄から始まったと推測しています。ヒューザーの小嶋社長は悪人のイメージが定着していますが、ある意味で被害者だったとも見ているようです。

最も責任を負うべきなのが姉歯建築士であることは間違いありませんが、国土交通省と形骸化した建築確認システムにこそ大きな問題があったと伝えています。イーホームズの藤田社長も一貫して国土交通省を批判してきましたが、官僚側の情報操作を鵜呑みにしたメディアが本質的な問題の偽装を覆い隠してしまったと魚住さんは嘆いています。

女性国際戦犯法廷の特集番組に対する政治的な圧力問題をめぐり、NHKと朝日新聞が激しく対立しました。朝日新聞の誤報のような印象が強く打ち出されましたが、客観的な事実を見れば、安倍首相と中川政調会長による直接的な政治介入があったことは明らかだと魚住さんは述べています。さらに圧力はなかったかのような報道がまかり通ったことに日本のマスコミの異常さを指摘しています。

関係者の発言を録音したテープが実際あるにもかわらず、「無断録音」だったため公開できなかった朝日新聞側のジレンマを魚住さんは取り上げています。各メディアの組織や仕事の進め方が管理強化され、「無断録音」そのものが絶対認められない足かせとなったようです。その結果、NHKの番組改編問題で、朝日新聞が信用を大きく損ねる構図となっています。

実刑2年の判決が出た村上ファンドの問題では「検察の暴走」という章を起こしています。最終の第8章では裁判員制度のタウンミーティングにおけるサクラ動員の問題など、最高裁が手を染めた「27億円の癒着」の構造を暴いています。最高裁と電通との違法な「さかのぼり契約」の実態、全国地方新聞社連合会との関係性など、この本のタイトルを象徴した内容が書かれていました。

すべて興味深い話であり、事細かく紹介したいところですが、あまり長いブログ記事も好ましくないものと思っています。とは言え、単なる書評ではありませんので、もう少しお付き合いください。とにかく以上のように内容がおもしろく、読みやすい文章であったため、一気に読み終えた書籍でした。ぜひ、少しでも興味を持たれた方は、お読みいただくことを勧めたい著書「官僚とメディア」でした。

この本を読んだ感想です。情報は発信側から都合良く操作される場合があることを肝に銘じ、手にしている情報が必ずしも真実ではないことを意識する必要性を改めて感じました。このことは官僚やメディアからの情報に限らず、すべて当てはまるのではないでしょうか。その意味では、魚住さんが著書を通して発信している情報も、そのような視点でとらえるべきなのかも知れません。

決して疑い深くなることを勧めている訳ではありませんが、インターネット上には様々な情報があふれています。私自身、なるべく両極端な評価や意見に接し、自分なりの考え方を整理するよう心がけています。例えば以前記事にした「従軍慰安婦問題」など真っ向から議論が分かれるテーマに際し、それぞれの歴史認識に触れるよう努めてきました。

その上で、簡単に「正解」を一つに絞ることの難しさを痛感しています。また、「正解」は必ずしも一つとは限らないのかも知れません。真実は一つなのでしょうが、その触れ方や接した場面の違い、一人ひとりの蓄積してきた経験や思想性の違いから人によって「正解」が分かれることもあり得ます。

具体的な事例として、テレビ出演した安倍首相への評価の違いに驚いたことがありました。ちょうど赤城農水大臣の事務所費疑惑が浮上した時でした。同じ番組を見ていながら「落ち着きがなく、まったく説明責任を果たしていない」と厳しい意見が多かった時、「堂々として、分かりやすい説明だった」と評価する人も少なくありませんでした。

どんどん話は横道にそれていくようでしたが、強引なまとめをさせていただきます。基本的な立場や視点の違いがある一人ひとりが、様々な情報の真偽を見きわめ、自分なりの一つの「正解」を表現するのが選挙だろうと思っています。来週日曜は参議院議員選挙の投票日です。ぜひ、それぞれの「正解」を託した貴重な一票、必ず行使するようよろしくお願いします。

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2007年7月16日 (月)

参院選公示後も政党のHP更新

先週木曜日に参議院議員選挙が公示され、この3連休は選挙期間の真っ只中となっていました。折りしも勢力の強い台風4号が日本列島を直撃し、海の日には震度6強の新潟県中越沖地震が発生しました。自然災害の恐ろしさを刻みつけられた地域の方々へ、容赦なく襲う天災の非情さを思い知らされています。被災された方々に対し、心からお見舞い申し上げます。

さて、あっしまった!さんから選挙期間中、ブログへのコメント投稿も含めた公職選挙法上の取扱いに関するご心配をいただきました。コメント欄で自分自身の考え方をお答えしましたが、改めて記事本文でもご紹介します。基本的に2年前の記事「選挙運動とインターネット」で記した考えに変わりなく、法的な規制緩和の動きも一進一退の議論にとどまっているようです。

選挙期間中、ネット上のブログのあり方について様々な考え方があるのも確かです。候補者やその関係者かどうか特定できない性格上、コメント欄も含めて閉鎖や凍結する方もいらっしゃるようです。その中で、私自身は最低限、特定の候補者への呼びかけとなる記事を選挙期間中に新規投稿しなければ大丈夫だと判断しています。

もう少し慎重を期し、基本的に立候補者の固有名詞は出さないように心がけてきました。また、政党名をJ党やM党などとイニシャルで記したブログも見ましたが、一般的な政治談義の中で具体的な政党名や党首の名前が出ても問題がないものと考えています。そこまでダメだと言われた場合、選挙期間中のテレビや新聞の報道も成り立たなくなる理屈です。

今まで選挙期間中でも当ブログでは政治的な話題を取り上げてきましたが、以上の考え方で問題ないはずです。さらに今回から公示日以降、政党のホームページも更新されています。これまで選挙期間に入ってからは一切更新を控えていたようですが、次の報道内容のとおり党幹部の街頭演説の様子などを掲げ始めています。

自民、民主両党が12日の参院選公示後も、党のホームページ(HP)を更新し続けていることが、波紋を広げている。従来、選挙期間中のHP更新は文書・図画の頒布や掲示を禁止した公職選挙法に抵触する恐れがあるため、各党とも自粛していた。他党からは追随する動きも出ている。

自民党は公示日の12日、HPに「ニュース」として、東京・秋葉原での安倍首相の第一声の記事や写真、党三役の街頭演説の様子などを掲載した。民主党も12日に小沢代表、13日に菅代表代行の街頭演説の様子を掲載し、党幹部の遊説日程も更新している。

05年衆院選では、民主党が岡田代表(当時)の第一声などを掲載したところ、総務省から「遊説内容を載せることは公職選挙法に抵触する恐れがある」と指摘され、その後は各党とも更新を控えた。公選法142条は、選挙運動期間中、法定のはがきやビラ、パンフレットを除き、「文書図画」の不特定・多数への配布・掲示を禁止している。

今回、自民党は「特定の候補者名は出さないが、政党としては情報発信の義務がある」(広報本部)、民主党も「党幹部の演説内容を掲載することは、選挙運動ではなく、政治活動の一部だと考えている」(広報)と説明している。

自民、民主両党の対応を受け、公明党は選挙期間中のHP更新は自粛するという当初方針を変え、13日午前から、公明新聞の記事を転載する形で太田代表らの遊説の様子を伝え始めた。共産党は13日付の党機関紙「しんぶん赤旗」の記事を引用する形で、志位委員長の第一声を掲載した。

一方、社民党の担当者は「今後、他党の更新が問題にならなければ、更新を検討したい」と話す。総務省は「問い合わせがあれば説明はするが、主体的に取り締まることはできない」と話している。(2007年7月14日  読売新聞)

最後に一言、念のため申し添えさせていただきます。明らかに公選法に抵触するコメントが寄せられた際は、削除しなければならない場合があることをご理解ください。極端な例として「○○候補に投票しよう」などとストレートな呼びかけは、選挙前(事前運動に抵触)も含めてNGとなりますのでご注意ください。

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2007年7月11日 (水)

自治労の思い、あいはらくみこさんへ

社会保険庁の問題が厳しく問われる中、このブログへのアクセス数が一回り増え、それに比例して公務員やその組合に対する厳しいご意見のコメントも多くなっています。対立的な議論の中にも意義を見出そうと努めてきましたが、最近、どうも溝を広げるだけの試みであるようにも思えてきました。

本業に支障が出るほど滅入ってはいないつもりですが、多くの方からご心配をいただき本当にありがたく感謝しています。中には「更新を一時休止されてはいかがでしょうか」とのアドバイスまでいただいています。確かに人格まで否定するような書き方のコメントは勘弁願いたいところですが、批判内容そのものに対しては大きなストレスを感じていません。念のため、右から左へ受け流す意味ではありませんので、誤解のないようお願いします。

立場や視点の違いから多様な意見が示されることは当たり前だと思っているからです。そのため、不特定多数の方々へ発信できるブログの機能に大きな期待を寄せてきました。一方で、ブログでの活動がすべてだとも考えていません。あくまでも日常の活動を補う一手段だと位置付け、過剰な労力を費やすことなく、時間を工面できる範囲内でコメントも含めて投稿してきました。

したがって、ブログに固執するあまり自分自身がつぶれるような事態はないものと考えています。それでも短い文章で完結するブログ記事の限界、個人の責任による運営と言いながら完全に個人的な見解のみで展開できない悩ましさを改めて感じ始めていました。ちなみに今まで「大胆な改革、オランダのダッチ・モデル」や「八代尚宏教授の発言」などを通し、私なりの自問自答を繰り返しています。

たいへん恐縮な話ですが、私の迷いや悩みにお気遣いくださり、前述したようにブログの休止やコメント凍結を勧めるご意見も多くなってきました。その一方、自然体で続けてほしいとのご要望などもいただきました。インターネットを介した関係でありながら、それぞれ心暖まるお言葉であり、本当に心強く感じました。

そのような声を受けとめながら思案してきた結果、ブログを休もうと思えば、いつでも休むことができるものと判断させていただきました。そして、どのような内容を書き込んでも反発されるのならば、このブログ開設の大きな目的の一つだった原点に戻る記事を新規投稿する考えに至りました。

もともと前回記事「公務員にも組合は必要!」の中で、今回のタイトルにある内容まで触れていく予定でした。さすがに前々回記事「公務員に組合はいらない?」のコメント欄の雰囲気を配慮するならば、「流れや空気が読めていない」「火に油を注ぐつもりなのか」などと激しい叱責を受けることを懸念し、常識的な線上となる総論的な話にとどめていました。

当ブログの開設は組合活動を身近に感じてもらうことも一つの目的(以前の記事参照)としています。そのため、かなり前からの読者の方には違和感がないものと思いますが、これまで組合が取り組む平和運動選挙闘争に関する記事も多数投稿してきました。昨年の今頃は地元の市議会議員選挙に向けた記事を立て続けに投稿していたほどです。

このようなことを言ったとたん、コメント欄をクリックし、厳しいご意見を書かれる方が大勢いらっしゃるものと覚悟しています。上記のキーワードそれぞれに過去の記事へ飛べるようリンクをはりました。すべての方にリンク先をご覧いただけるとは考えていませんので、基本的には「一期一会」の記事に努めるよう心がけてきました。

しかし、この問題こそ、どのように長い文章で懇切丁寧に説明を加えたとしても、批判される方は絶対批判する難しい話題だと思っています。そのため、単刀直入な言い方となりますが、組合活動として政治活動も大事な領域であり、明日公示となる参議院議員選挙に連合組織内として7名が比例区に立候補する予定です。その一人が自治労の代表で、以前の記事(「非正規」職員から参議院へ)でもご紹介したあいはらくみこさんです。

自民党からは民主党を叩く政治的なカードとして、民主党を支持する一組織である自治労が目の敵にされています。また、その動きと同じ目線で、多くの国民の皆さんから「自治労は悪役?」とみなされている現状を痛感しています。自治労の一組合員として、たいへん残念な事態であり、つぶれるかどうかの危機的な局面だと受けとめています。

ある意味で、このブログのコメント欄を通し、その冷たい逆風を誰よりも私は強く感じることができる立場なのかも知れません。名誉挽回、汚名返上、よりいっそう地域住民の皆さんから信頼される自治労運動への発展強化が求められているものと考えています。このような情勢のもと、自治労の様々な思いを小柄ながら芯の強いあいはらさんへ託し、明日からの大事な選挙戦に突入します。

組合が応援している候補者を組合員の皆さんへお知らせするのは組合活動と位置付けられていますが、選挙期間中にインターネット上で固有名詞を出すことは控えていきます。したがって、この話題は今夜限りとなるため、最後にあいはらさんが一番目に掲げる政策の一端をご紹介し、久しぶりに普段着に戻った「公務員のためいき」の結びとさせていただきます。

 安心できる職場や雇用の確保は、豊かな人生を送る第一歩です。しかし、雇用形態による格差の拡大、不払い残業や過労死の増大など、現実は厳しくなる一方です。それでも政府は、残業代ゼロ法案や解雇の金銭解決制度の導入で、労働者の負担をさらに増やそうとしています。フリーターやニートといわれる若者、臨時・非常勤で働く多くの女性など、女性でも、若くても安心して暮らしてゆける雇用条件や社会づくりをめざします。

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2007年7月 7日 (土)

公務員にも組合は必要!

前回記事のタイトルは「公務員に組合はいらない?」でした。一つの記事へのコメント数としては間違いなく記録更新となる数多くのご意見をいただきました。改めて、ありがとうございました。コメント欄でもお詫びしたところですが、貴重な提起となるコメントをいただきながら一つ一つ丁寧にお答えできず申し訳ありませんでした。

このブログの活動を大事にしていますが、やはり実生活が優先されることになります。嬉しい悲鳴だったとは言え、さすがに時間的にも力量的にも逐次お答えしていく限界を超えていました。ただ繰り返し述べてきましたが、コメントはすべて熟読し、いろいろ考えていくための貴重な判断材料とさせていただいています。

幅広い視点や立場からの率直なご意見を伺える場として、不特定多数の方を対象としたブログのコメント欄は本当に貴重であると考えています。インターネットによる気軽さや匿名性も担保できるため、言葉を飾らない本音のご意見に接することができます。このブログを開設していなければ、厳しい公務員批判の生の声を聞ける機会はそれほど多くなかったかも知れません。

「胸が締め付けられますね」と当ブログのコメント欄を読んだ同僚職員の感想を耳にしました。目をそらしたい気持ちも伝わってきましたが、私たち公務員に対する怒りがこれほど広がっている現実から逃げてはいけないものと思っています。厳しい批判の声にしっかり向き合い、改めるべき点は速やかに改める必要があります。

一方、公務員やその職員組合の思いも言葉にしなければ、絶対相互理解が進むことはあり得ません。深い溝も埋める努力を尽くさなければ、絶対埋めることができないはずです。その趣旨のもとで「公務員のためいき」を2年近く続けてきましたが、前回の記事では公務員にも組合が必要であると訴えさせていただきました。

それに対し、様々なご意見が寄せられました。所得格差が広がった中で「税金を原資としている公務員賃金は高すぎる」「賃金水準に見合った仕事をしていない」などとの指摘が多く見られました。また、公務員賃金を簡単に切り下げることができないのは職員組合の存在が障壁であり、年金記録漏れ問題も社会保険庁の組合の責任が大きいとの批判を受けています。

私自身、組合にとって住民サービスと労働条件の維持向上は車の両輪だと考えています。どちらかが外れても走ることができません。したがって、どちらも疎かにできず、優劣を比べられない別々のカテゴリーとして取り扱うべきものと思っています。その上で、労働組合は労働条件サイドの車輪の行方に責任を負う立場となります。

法的な面でも基本的に公務員も労働者に位置付けられています。労働者とは「仕事上の指揮・命令を受け、勤務時間・場所が指定される代わりに、賃金を受け取る者」であり、「命令を受ける」という意味は「企業経営上の責任を負わない」と解釈されています。賃金とは「企業利益の短期的変動にかかわらず固定した報酬」の意味となります。

また、労働条件は労使交渉を通して決める原則があります。よく会社が潰れたら本も子もないと言われ、役所は潰れることがないから公務員の組合は危機感が乏しいと批判されがちです。しかし、財政破綻した夕張市の例があり、当然、社会保険庁のような事態は絶対避けなければなりません。

そうならないよう公務員の組合も適確に情勢を把握し、財政破綻など最悪の事態を回避するためには状況に応じて協力もいとわない姿勢が重要だろうと思っています。それでも経営者側からの視点だけで労使交渉が強いられた場合、労使交渉の形骸化を招き、健全な労使関係ではなくなります。

このことは官も民も関係なく、労使がお互いの立場を尊重し合い、バランス感覚を大事にした関係が求められているはずです。このような言い分は、もっともっと公務員賃金を大胆に引き下げるべきだとお考えの方々にとって、結果として労使交渉がガンだと感じられるかも知れません。それでも労働組合は歴史的にも社会的にも必要とされてきたことを留意していくべきだろうと考えています。

前回記事で主張した内容の補足記事となりましたが、今回のタイトルは単刀直入に「公務員にも組合は必要!」と言い切らせていただきました。批判的な目線でコメントをお寄せくださった方に対し、ご理解が一気に進むような記事であるとは到底思っていません。言葉や表現が不充分で、いろいろご指摘を受けるかも知れません。

いずれにしても率直なご意見を伺えることは、たいへん貴重な機会だと考えています。しかしながら冒頭に申し上げましたとおり一問一答で対応できない場合もあり得ますが、ご理解ご容赦ください。なお、投稿者同士の議論も歓迎しています。コメントを投稿する際、内容そのものは辛辣だったとしても、ぜひ、言葉使いは「公の場」であることを意識していただけるようよろしくお願いします。

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