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2007年6月30日 (土)

公務員に組合はいらない?

前回記事「労働組合はいらない?」に対し、本当にたくさんの方からコメントをいただきました。ありがとうございました。コメント欄でもお詫びしましたが、それぞれ貴重な提起が含まれていながら必ずしも逐次お答え切れていません。たいへん恐縮ですが、代表的な問いかけに対し、今回の記事本文を通して私なりの考え方を示させていただきます。

大半の方は労働組合の必要性を認めています。その一方、公務員を中心とした組合である自治労を毛嫌いされている方、あらまさんのように公務員には労働組合そのものが不必要であると主張されている方もいらっしゃいます。あらまさんからは前回記事へ多数コメントを頂戴しましたが、ご自身のブログ記事「公務員の労働組合」なども読ませていただきました。

あらまさんも公務員は勤労者であり、憲法第28条(勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。)によって労働基本権は保障されていると指摘されています。しかし、公務員は民間とは違う公益的な立場があり、「労働組合を作って待遇改善を図ることは慎むべき」であるとの論調でのコメント投稿となっています。

歴史をたどれば、終戦直後は公務員も労働組合法などの適用対象でした。それが1948年のマッカーサー書簡(公務員のストライキを禁止)を契機に公務員の労働基本権の制約が進み始めました。それ以降、現在に至るまで公務員には争議権や協約締結権が認められず、警察と消防職員には団結権も否定されています。そのため、公務員法では「労働組合」ではなく、「職員団体」と呼ばれています。

一方で、ILO(国際労働機構)は151号条約で、公務員の団結権、団体交渉権、争議権、市民的権利を定めました。2002年11月のILO理事会では、日本政府に対して「公務労働者に労働基本権を付与すべき」との勧告も採択しています。それに対し、日本政府は条約の批准を見送り、このような国際的な要請にも応えない姿勢に終始してきました。

最近、ようやく公務員組合側と政府との協議の場で、労働基本権回復が具体的な課題として取り上げられるようになりました。渡辺喜美行革相も就任した当初、「労働基本権の見直しは不可欠」との考え方を表明していました。しかしながら今国会で成立した公務員制度改革関連法の中で労働基本権の問題は無視され、新たな人材バンクばかりが強調された不誠実な中味にとどまっています。

ここまでが客観的な経緯やとりまく現状です。要するに国際的にも国内的にも民間と区別せず、公務員にも労働基本権を拡充していく動きがあります。ただ以上のような説明では、あらまさんのご指摘に対して半分も答え切れていないものと思っています。あらまさんの主張は「労働組合がなくても公務員は安定した労働条件や雇用が保障される、だから労働組合は不要ではないか」との趣旨だろうと理解しています。

また、社会保険庁の組合が職員の労働負担に過剰反応し、年金記録漏れ問題につながったと思われているのかも知れません。さらに産経新聞「正論」に掲載された屋山太郎氏の「社保庁問題は国鉄問題にそっくり」などの記事に強い賛意を持たれているのだろうと受けとめています。つまり公務員の労働組合活動の成果やその方向性について、完全に否定的な見方を持たれているものと感じています。

「公務員の賃金は闘わなくても人事院勧告で決めてくれる」と特権のような見られ方がありますが、そもそも労働基本権制約の代償措置として人事院が存在しています。それにもかかわらず勧告が完全実施されず、過去に凍結や値切りなどが行なわれ、最近では賃下げ勧告も定番となっています。加えて人事委員会さえない自治体は勧告で示された改定率を踏まえ、当該の労使で独自に配分などを交渉しなければなりません。

労働条件の全体的な問題に関しても労使交渉の機能が確立されていない場合、使用者側の視点や思いだけで切り下げられていく可能性があります。行革の推進イコール職員数削減と見られがちな中、職員の健康に影響を与えかねない人員不足の職場を強いられる恐れも否定できません。そのような不適切な職場体制では、結果的に住民サービスの低下を生じさせる心配があります。

「公務員だから黙っていても恵まれた安定的な職場が確保される」との言われ方もあります。確かに公務職場では法令順守が大前提となります。しかし、労働法制は最低基準を示すことが多く、組合が要求しなければ改善されない事例も珍しくありません。逆に圧倒多数の自治体で労働組合があったからこそ、しっかり確立した労働条件が根付いたとも考えられます。今回の記事タイトルも「公務員に組合はいらない?」と疑問符を付けましたが、私自身の答えは言うまでもありません。

このブログのプロフィールでも明らかにしていますが、現在、自治労に加盟している市職員労働組合の執行委員長を務めています。これまで喜怒哀楽が波打つ組合活動でしたが、組合員の皆さんから「組合があって良かった」との言葉をいただいた場面が数多くありました。その言葉の一つ一つが大きな励みとなり、さらに組合をつぶしたくない気持ちを糧にしながら今まで役員を担い続けてきました。

今回の記事も長くなりましたが、屋山太郎氏の「正論」を紹介した手前、自治労についても少し触れてみます。組合員数100万人は全国最大の産業別組合であり、村山元首相が自治労出身であったり、確かにその影響力は卑下できないかも知れません。また、自治労は地方公務員の組合だと思われがちですが、公共サービスに従事する民間労働者の組合の割合も急増しています。

その自治労に対して最近、どうもダーティーなイメージ操作や過剰な買いかぶりが目立っている気がしています。年金未記録問題に対し、自治労と全国社会保険職員労働組合が連名で「基本的な考え方」をホームページ上で表明しました。年金記録管理の実態、問題の本質、求められる対策の考え方、「覚書」や「確認事項」の問題などが掲げられています。お時間が許される方は、ぜひ、リンク先をご一読ください。

この問題で「社会保険庁の解体を阻止するため、自治労が民主党に未記録問題をリークした」などと途方もない噂話を耳にしたことがあります。自治労は民主党を支持する団体の一つですが、まったく事実無根の話です。時には情報や意見を交わす場もあるはずですが、一昔前の総評・社会党ブロックと言われたような緊密さは影を潜めています。

先日、年金記録漏れ問題における民主党との連携について、自治労本部の岡部委員長に直接質問する機会がありました。その際、「制度面の国会議論に対して労働組合が物申す立場ではないが、職員の雇用面については重大な関心を寄せている点を伝えている」とのお答えでした。労働組合の立場と果たすべき役割上、筋の通った話であると受けとめさせていただきました。

そして、取り沙汰されている社会保険庁の労使の問題ですが、労使対等の原則が組合側に傾いた力関係だったのかも知れません。とは言え、社会保険庁の組合役員は、すべて「組合員のため」を考え、交渉を積み重ねてきたものと思っています。その交渉結果である労使確認事項も情勢の推移の中で、臨機応変に改めるべき事項も多かったはずです。

いずれにしても「組合員のため」と考えてきた結果が、このような事態を招いた一因と見られてしまっている現状です。再雇用を踏み絵にした官邸主導の「ボーナス返納」の恫喝に対しても、容認せざるを得ない社会保険庁の組合役員の内心は痛恨の極みだろうと思っています。しかし、厳しく反省する必要性がある労使関係だったかも知れませんが、未記録を招いた一番の原因は「労使問題」だと言い切る姿勢にもあきれてしまいます。

今朝、日本テレビの「ウェーク!」に出演した竹中平蔵前総務相の発言には非常に腹が立ちました。ちょうど民主党の馬淵澄夫代議士のブログ記事「最後のヤマ場!?」で、竹中前大臣の発言について取り上げていました。「学者顔して選挙前に民主党タタキのための組合問題に無理やり結び付けようという魂胆が何ともうそ臭い」と言い切ってくださっています。

今回も話が拡散し、批判的な目で読まれている方にとって突っ込み所満載の記事だったかも知れません。180度異なる視点や考え方のコメントをいただけるのは、不特定多数の方を対象にしたブログの利点だと考えています。どのようなご意見も歓迎する立場ですが、ぜひ、悪意や感情論のみが先走ったコメントはご遠慮くださるようよろしくお願いします。

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2007年6月23日 (土)

労働組合はいらない?

最近、「社会保険庁」を検索ワードでご訪問くださる方が増え、1日のアクセス件数も千件に及ぶなど増加の傾向を示しています。それに伴いコメントも数多くお寄せいただき、様々な立場や視点でのご意見を伺える貴重な機会が広がっています。

このブログの主張に対し、賛同や好意的なコメントがある一方、非常に厳しい言葉で「公務員」や「労働組合」などを批判するコメントも多数いただいています。一つずつ丁寧にお答えすべきところですが、記事本文を通して頂戴したコメントの返答につなげられるよう努めさせていただきます。

さて、年金記録漏れに対する社会保険庁への憤りがその職員と労働組合へも向けられています。この問題において、どのような謝罪や反省の言葉を尽くしても、国民の皆さんの怒りを沈静化できるものではありません。今後、職員も労働組合も具体的な行動を通し、抜本的な解決がはかれる日まで重い責任を背負い続けていくことになるはずです。

また、今回の問題に対する怒りの矛先は公務員全体にも向けられ、たいへん刺激的なコメントが寄せられています。繰り返し述べてきましたが、私たち公務員は社会保険庁の問題を反面教師とし、戒めの動機付けにすべきだと考えています。一方で、このような趣旨の言葉を当ブログで発信しても「実際は何も変える気がないのでは?」と冷ややかに見ている方がいらっしゃることも留意しています。

これまで「襟を正すべき点は正し、主張すべきことは主張する」と頻繁に書き込んできました。その言葉に対して「何を正すべきかは自分で決める」というニュアンスがあるとのご批判を受けました。「自分で決める」ということではありませんが、労働条件の変更は労使交渉を通して決める原則があります。

その際、社会情勢の変化や他団体との均衡などを考慮し、市民から批判を受けないような決着点を見出してきました。ここ数年で、退職手当の削減や特殊勤務手当の見直しなど、職員側からすればマイナスとなる変更を多数受け入れてきました。それでも一部の議員の方からは「まだまだ甘い」と市議会で指摘される場面もあります。

行政改革の推進は職員の人件費削減が早道だと見られがちです。しかしながら前述のとおり労使課題は労使協議を重ね、組合員との合意形成をはかりながら決めていきます。組合側も行政改革の必要性を認めていますが、労使交渉の機能が確立している労使関係の場合、結果として人件費削減に向けたスピード感は薄れていきがちです。

年金記録漏れが起きた理由として、社会保険庁の労使関係が取り沙汰されています。組合側が行き過ぎた「抵抗勢力」の存在だった場合、率直に反省し、即時に改めていく必要性が求められていました。しかし、積み重ねてきた労使交渉の機能が全否定され、公務員の労働組合は「害悪」であるように見られるのは非常に残念なことです。

もともと働く者の権利を保護する労働基準法など様々な労働法制があり、経営者側の一方的な判断で労働者の待遇を切り下げることはできません。労働条件の問題は労使で決める、このことは公務員も民間も共通であり、長い歴史を経て定着した国際的な基本ルールであることを忘れてはなりません。「労働組合はいらない」とのご意見もありましたが、決してそうではないはずです。

ブログを開設した当初の記事「なぜ、労使対等なのか?」で、「使用者側も不正常な争議状態が続くより、労働者側の要求を受け入れ、しっかり働いてもらった方が得策だと考えるようになりました。また、国家としても国民の多数を占める労働者が豊かにならなければ、社会や経済の健全な発展ができないことに気付きました」と書いたことを思い出しています。

強調したい点は公務員も民間も問わず、公正な労働基準は守られるべきであり、労働ダンピングされない社会をめざさなければなりません。公務員側は「自分たちの労働条件だけ安泰ならば良い」などと決して考えていません。いずれにしても公務員か、民間に働くかの違いによって、対立していく構図は好ましいことではありません。結果として、社会的な労働条件の相場を引き下げていくスパイラルに陥る恐れもあります。

このように書き進めてきましたが、公務員に厳しい視線を浴びせている方の怒りの火に油を注ぎ、ますます反発を招いていくのかも知れません。確かに公務員の賃金は一般的に税金を原資としています。しかし、当たり前な話ですが、「公務員を養うために税金を納めている」と考えている方もいないはずです。

様々な行政サービスを受けるための納税であり、その行政サービスを行なうためには何らかの組織やマンパワーが必要となります。その担い手が「公務員でなくても良いのでは」という議論も重要ですが、いかにスリム化しようとも一定数の公務員を確保しなければなりません。公務員が存在しない国はなく、ちなみに国際比較で日本の公務員数は少ない部類となっています。

公務員を嫌う方がどれほど増えようとも、公務員がいなくなることはありません。それならば、公務員と公務員ではない方々がお互い信頼関係を高め、それぞれの立場を尊重し合っていける社会が理想ではないでしょうか。そのためにも貴重な税金が人件費となる公務員側は、よりいっそうコスト感覚を磨き、モラルを向上していくことの重要さは言うまでもありません。

総論的な話の記事となり、すべての問いかけに対するお答えとなり得ず、たいへん申し訳ありません。また、いただいたコメントの真意を充分理解できず、かみ合わない主張だと感じられた方もいらっしゃるかも知れません。さらに「主張すべきことは主張する」ブログであり、とらえ方によっては真っ向から再び批判を受けることも覚悟しています。

最後にお願いがあります。どのような厳しい批判やご意見も真摯に受けとめさせていただき、視点の異なる貴重なコメントを歓迎する立場です。その上で、見解や立場の違いは違いとして認め合って議論が交わせることを願っています。ぜひ、そのような場となるようご理解ご協力をよろしくお願いします。

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2007年6月18日 (月)

年金記録問題と労組の責任 Part2

記事の更新が週一ペースになっていると書いたばかりでしたが、久しぶりに新規記事を2日続けて投稿させていただきます。さっそく前回記事「年金記録問題と労組の責任」へ多くの方から厳しいご指摘となるコメントをお寄せいただきました。

勤労戦死さんとミッシェルさんらからの問いかけに答える記事としたつもりが、まったく不充分な内容であり、寄せられたコメントの「真意」を理解できていないとご指摘を受けました。また、みみみさんやエニグマさんからも率直なご意見をいただきました。たいへん耳が痛いご指摘でしたが、いろいろ考えさせられました。

正直申し上げて、OTSUさんが頻繁に使われる「反省すべき点は反省し」というフレーズは私の中で陳腐化しております。このフレーズの中に「ただし、何を反省するかは自分で決めます」というニュアンスを嗅ぎ取っているのは私だけでしょうか。

特に上記のご指摘はズシリと胸に突き刺さりました。ネット上という性格上、確かに具体的な事例の紹介が少なかったため…、などと述べても言い訳にしか聞こえないものと受けとめています。今後、このブログを続けていく上での大切な課題であると認識させていただきます。

本来、いつものようにコメント欄を通した一問一答も大事だったかも知れません。しかしながら今回、より多くの方がご覧くださっている記事本文を新規投稿し、私自身の自戒も含めた考え方を述べさせていただくことにしました。

まず前回記事の中で参議院選挙の日程変更など政治的な話題が入っていた点について、社会保険庁の問題をはぐらかすような誤解を与えてしまったようです。決してそのようなつもりはなく、記事の中で「意図的な叩かれ方をされているなどと訴えた場合、非常に無責任で無自覚な印象を与え、より強い批判を招く」と記していながら、結果として余計な話を加えすぎたことを反省しています。

そのことにより国民の皆さんが憤っている年金記録漏れ問題に対し、上っ面だけの反省の言葉を並べているだけであると思われてしまいました。同じように過去の労使確認の話なども「言い訳」や甘えの言葉にとらえられてしまったようです。

長く書いていくと論点が分かりづらくなる傾向も反省しています。この間の記事で訴えてきた点の一つとして「労使で交わした確認書がすべて問題だった」と言われることに違和感を抱いていました。この主張に対しても取り沙汰されている「5千タッチ」などの問題と絡み、強く批判されるとしたら残念であり、その思いをブログで綴ってきました。

もう一つ重要な反省点かつ悩ましい問題がありました。私自身が一公務員であり、一自治労組合員であるため、この年金記録問題に対して傍観者とならないよう心がけてきました。しかし、やはり民間に働く多くの皆さんの怒りと私の「自覚」に大きな温度差があったことも反省しています。

その一方で、社会保険庁の職員組合との関係で言えば、同じ産別に属しているだけで直接責任を持てる立場ではない悩ましさがありました。「今後、このように信頼回復に努めていきます」などと勝手に発言できない立場でした。

このような釈明が言い訳がましかったり、逃げているように思われるかも知れません。しかし、そのことを踏まえた上で、自分の足元からできることや社会保険庁への要望などを最近の記事で書き込んできました。

この問題が生じた「原因」や対策に向けた自分なりの意見も綴ってきました。あくまでも私見であり、また、改めて紹介することにより今回記事の趣旨がぼけてしまう恐れもあります。したがって、勤労戦死さんらの新たなコメントに対し、今回も適確に答え切れていないかも知れませんが、ご理解くださるようよろしくお願いします。

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2007年6月17日 (日)

年金記録問題と労組の責任

このブログの更新は週一ペースとなっています。それでもコメントをいただいた際は、なるべく早くお答えするようにしています。したがって、コメントが続いた場合、毎日でも記事本文に対する補足意見などを書き込んできました。また、たいへん参考となる貴重なコメントを多くの方からお寄せいただいています。ぜひ、記事本文と合わせ、コメント欄もご注目いただければ誠に幸です。

とりわけ前回記事「再び、年金記録漏れ問題」に対し、たくさんの方から様々な視点でのコメントを頂戴しました。その都度、私なりの考え方などをお答えしてきました。その中で、勤労戦死さんやミッシェルさんの問いかけに対し、新たに投稿する記事本文を通してお答えすることを約束してきました。

お二人からは「社会保険庁の労働組合が自分たちの権利を守ることを優先したため、今回のような国民の生活を無視した問題を生じさせた」と私たち公務員組合を厳しく批判するコメントが投げかけられました。他のコメントの中にも同様な趣旨のご意見もあったため、新規記事の投稿を通して改めて私なりの見解を述べさせていただくことにしました。

初めに社会保険庁に労働組合は二つあります。自治労に加盟する全国社会保険職員労働組合(旧・国費評議会、今年4月に名称変更)が組合員約1万1千人、共産党の影響力が強い全労連系の全厚生職員労働組合が約2千人の職員を組織化しています。

自民党の執拗な攻撃の的にされているのは前者の組合です。民主党の支持団体の一つである自治労の責任を追及することによって、政府与党に集中している国民の批判をかわす狙いがあるようです。さらに今回の年金記録漏れを民主党が必死に取り上げるのは「社会保険庁解体法案をつぶし、自治労を守るためである」などと根も葉もない噂話まで飛び出ています。

徹底的に社会保険庁の労組の問題を浮かび上がらせ、自治労が悪く、自治労から支援を受けている民主党の責任も重い、このような論調で自民党側はキャンペーンをはりつつあります。菅直人元厚生大臣への責任転嫁が失敗したため、自治労攻撃を強め、三段論法的に民主党を揺さぶろうと企図しているようです。

しかし、このような「悪いのは自分たちだけではない」と主張する政府与党の姿勢は、結果的に国民の怒りの火に油を注いでいます。当然、同様なことは社会保険庁の労組に対しても言えます。「根本的な原因は制度上の問題」「意図的な叩かれ方をされている」などと訴えた場合、非常に無責任で無自覚な印象を与え、より強い批判を招くものと思います。

今さらながら現場を熟知し、年金制度の問題点や実態を把握できる立場だった社会保険庁の職員とその組合の責任は重大です。チェック機能を果たせなかった点、膨大な数の記録漏れ問題を先送りし、全力で早期解決をめざすことができなかった結果責任などを率直に反省し、国民の皆さんへ深く謝罪することが求められています。

同時に私たち公務員は社会保険庁の問題を「他山の石」として、改めて自分たちの仕事を真摯にとらえ直す機会としなければなりません。特に市民の皆さんから貴重な税金を直接受け取る仕事に携わるようになり、税金の納めがいがあり、よりいっそう信頼される行政運営をめざすべき決意を新たにしています。

一方で、労働組合の役員を担っている立場から何点か述べさせていただきます。コメント欄で「労働組合の重要な責務として、組合員の健康を守ることが真っ先にあげられなければなりません」と書きました。言うまでもなく、組合員の利益のために住民サービスが犠牲になっても良いなどと夢にも思っていません。

組合員の労働条件と住民サービスの維持向上、どちらが上だとか、優先すべきことなのか、比べられるものではありません。どちらも疎かにできない重要な事項です。ただ労働組合の責任と役割として、まず組合員のことを考えていくのが基本である点をご理解ください。

そのため、自治労国費評議会が労働条件に関する要求を行ない、社会保険庁当局がその要求を認め、労使で合意した数多くの覚書や確認書が交わされてきました。そのこと自体を頭から否定される動きに対しては強い懸念があります。つまり労使交渉の否定につながりかねない動きだと言えます。ちなみに確認内容そのものが批判される場合、その責任は労使双方にあることも留意すべき点です。

確かに「労働強化」を過剰に意識しすぎた結果、膨大な年金未記録を先送りする一因と見られてしまう労使確認が多数あるようです。ただ端末機1日5千タッチの確認など、たいへん非常識な内容だと批判されていますが、OA機器が入り始めた1980年代の頃には意義あるものだったはずです。

その頃、電磁波の影響、腱鞘炎、頸肩腕障害、眼の疲労、腰痛などVDT作業に対し、今では考えられないほど身構えていた時代でした。慎重を期した安全衛生基準は公務員に限らず、民間の職場にも求められていました。その趣旨を踏まえ、社会保険庁の職場では厳格なルールが定められ、守られてきた経緯があったようです。

さらに覚書を交わした頃の5千タッチは、現在とは比較できない作業量だったようです。しかしながら機器の進歩や普及、業務内容の大きな変化によって、当初のルールを徐々に見直す必要性もあったはずです。仮に社会保険庁の仕事が最近まで1日5千タッチのままだった場合、よほど巧妙に各自の仕事の分担を工夫しなければ、手待ちな時間が多くなってしまいます。

また、現在でも生かされるべき基準が一緒くたに批判されているのも残念なことです。ここで当ブログと相互リンクさせていただいている「ド素人の政治・経済Q&Q」の記事「オンライン端末の45分操作15分休止は異常か?」をご紹介します。そのブログの管理人であるWontBeLongさんは民間に勤めている方ですが、厚生労働省のVDT作業のガイドラインを示しながら行き過ぎた労組批判について問題提起されています。

いずれにしても社会保険庁の労使が反省すべき点の一つとして、外部から指摘を受けるまで過去の確認書の見直しを怠っていたのも問題だったと思っています。この問題も反面教師として教訓化し、私どもの労使関係においても情勢の変化などを踏まえ、「甘え」と批判されるような事項は見直していく感性や判断力を高めていかなければなりません。その際、組合員の労働条件も、住民サービスの維持向上も重視した上で、適切な調和をめざしていこうと考えています。

最後に一言。参議院選挙の日程が1週間ずれ込み、7月29日となる話が急浮上しています。年金記録問題で強い逆風を感じている安倍首相が公務員制度改革関連法案の成立を起死回生の一手だと信じているからです。以前の記事で書きましたが、この法案には様々な問題があり、安倍首相の思い込みそのものに疑問符が付きます。

しかし、それ以前の大きな問題として、かなり前から決まっていた7月22日の投票日を変えることによる混乱に思いが至っているのか非常に疑問です。安倍首相の頭の中では、地方自治体の選挙管理委員会が多大な迷惑を被ることの想像力は働かないのでしょう。どうしたら参議院選挙に勝てるのか、自己本位、自民党本位の発想を露骨に感じてしまうのは少数派でしょうか。

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2007年6月 9日 (土)

再び、年金記録漏れ問題

前回記事を補う内容で続ける際、これまでタイトルに「Part2」と付けることがよくありました。5千万件の年金記録漏れが大きな問題になっていましたが、新たに約1430万件の基礎年金番号に結びつかない記録の存在が明らかになりました。そのため、今回記事のタイトルが5千万件のままではどうかなと思い、標記のとおりとさせていただきました。

新たに発覚したのは1954年3月までに会社を辞めた人が厚生年金に加入した記録で、「旧台帳」と呼ばれる手書きの台帳だったものがマイクロフィルム化されて倉庫に保管されていました。概ね現在70歳以上の人の記録と見られ、高齢者の中に本来の年金額より少ない額で受給されている可能性が高まってきました。

社会保険庁が入力しないで放置してきた理由は、受給開始時点で本人が申告すれば、倉庫から記録を探し出すことができ、支給漏れは避けられると考えていたそうです。確かに年金は加入者本人の請求に基づいて給付する「申請主義」であり、その判断が絶対的な誤りだったとは言い切れません。

しかし、その「申請主義」に依拠しすぎた結果、現在のような大きな社会問題に発展し、社会保険庁が強く批判される事態を招くことになりました。この点について前回記事でご紹介したとおり社会保険庁の労働組合も率直に反省し、問題の解決に向けて現場から全力で取り組む決意を表明しています。

今朝、社会保険庁職員が今回の問題で発生する時間外勤務手当を自主的に返上し、労働組合も了承している話をマスコミ報道で知りました。それに対して、テレビ出演しているコメンテーターらは「当然ですね」「今さら批判逃れじゃないですか」など、たいへん冷ややかな反応でした。

今までも厳しい非難の声を真摯に受けとめ、社会保険庁の現場職員は必死に頑張っています。そのような中で、さらに気が遠くなる事務作業に向け、時間外手当返上に託した思いが軽くあしらわれるのは非常に心外でした。

実はその話を聞く前、労働組合自らが時間外手当返上など目に見える決意をアピールしたらどうかなと勝手に考えていました。しかしながら外部の者が言葉にするのは誠に失礼な話であり、今朝のニュースがなければ今回の記事で取り上げなかったかも知れません。

それが実際に「ボランティア」勤務が行なわれることを知り、たいへん驚くとともに社会保険庁職員の切迫した危機意識が伝わってきました。ただ残念な点は謝罪と反省を形に表す一つの選択肢として、もう少し組織として主体的に公表する工夫も必要だったのではないかと傍目八目的な感想を抱いています。

さて、この間の政府与党のお粗末さや迷走ぶりが際立っています。とにかく安倍首相らの姿勢は「国民のためにどうするか」よりも「いかに参議院選挙への影響を少なくするか」が前面に出ている気がしています。攻める野党も参議院選挙を強く意識している点は五十歩百歩ですが、国民に対して全責任を負うべき政府の場当たり的な対応は目を覆うばかりです。

村瀬長官が先頭に立った駅前でのチラシ配布なども官邸からの指示だったようです。約22万枚のチラシの印刷代、職員3700人の労力など、力を注ぐポイントがどうもチグハグだと思っています。街頭に設けたテント下での臨時相談窓口も疑問です。誰もが一般的な相談よりも自分の年金がどうなるかが重大な関心事であるはずです。

単なる受付だけで後日回答する方式なのかも知れませんが、仮に一人ひとりの情報がテント下でも検索できるとしたら個人情報保護の面から心配な話となります。いずれにしても「何でも良いから国民向けのパフォーマンスを行なえ」と矢継ぎ早に官邸が命令している様子が目に浮かびます。

前回記事のコメント欄で、とおるさんから慶應義塾大学の権丈善一教授が書かれている「勿凝学問」をご紹介いただきました。木曜の読売新聞朝刊の「論点」では、一橋大学の高山憲之教授が「未統合の年金記録、5千万件の衝撃」と題した論文を寄稿されていました。年金制度に熟知しているお二人は今回の問題を冷静に観察されています。

それぞれリンク先をご覧いただけると何が問題で、逆に何が行き過ぎた「騒動」なのか理解を深めることができます。お二人の主張を踏まえ、改めて「申請主義」の原点に戻ることも現実的な解決策の一つだろうと個人的には考え始めています。

これまでも社会保険庁は58歳になった年金受給予定者に案内を出していたようですが、納付した記録が漏れている可能性を強調してきませんでした。したがって、大半の人は通知された内容に疑問を持たず、告げられたとおりの額を受け入れてきたはずです。この姿勢は厳しく問われる社会保険庁の大きな反省点としなければなりません。

莫大な費用に対する現実的な効果を考慮し、今後も年金支給時期までに個別通知し、本人に確かめてもらう手法も選択肢の一つではないでしょうか。その際、具体的な詳しい納付記録などを示し、本人が点検しやすい通知内容にする必要があります。

そして、本人の記憶や記録と異なっていた場合、領収書や客観的な資料などがなくても本人の届出をそのまま受け付ければ騒がれている問題は簡単に解決します。最低限、納付していた期間や当時の住所、具体的な職業や会社名などは届出書に記してもらいます。

例えば住民基本台帳法による住所の異動なども「善意の届出」を前提として、窓口での本人確認と合わせ、書面上に矛盾や誤りがなければ、そのままの内容を受け付けることになっています。当然、後から虚偽の届出が判明した場合、犯罪となることは言うまでもありません。

年金の問題も住民基本台帳法と同様、不当な届出は告発される点を周知しながら「善意の届出」と位置付けていけば、余分な予算や手間を省けるものと考えています。したがって、この考え方を基本とすれば第三者機関など仰々しい組織を作らずとも、領収書のない方々の年金漏れを防いでいけるはずです。

なお、多少の記憶違いなどは目をつむり、明らかな「悪意の届出」のみ厳しくチェックしていく姿勢が肝要だろうと考えています。仮にこの方式を採用するとしても、社会保険庁の責任の重さは変わりありませんので、粛々と未確認記録の照合は続け、国民からの信頼を取り戻していく努力は今後も重要です。

最後に「年金点検、政府の総力で」と訴えている高山教授の社会保険庁職員にかかわる言葉が印象深く残っています。その言葉をご紹介し、今回も長くなってしまった記事の結びとさせていただきます。

 社保庁たたきの嵐の中で、職員は追加処分と雇用継続不安におびえながら、定員削減を受け入れ、パンク状態の窓口対応などに追われている。これでは士気が上がらない。間違いは誰にもある。彼らに再チャレンジの機会をなぜ与えないのか。

 ミスの原因を熟知しているのは現場の人間である。その彼らに実効性のある解決策を提案してもらい、有用な知恵の提供者をプラスに評価するシステムをつくる。職責に誇りを持たせ、胸を張って仕事のできる環境を一刻も早く整備すべきだ。

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2007年6月 3日 (日)

5千万件の年金記録漏れ

先週は松岡農水大臣の自殺の衝撃から始まり、社会保険庁による5千万件の年金記録漏れが大きな注目を浴び、その問題で与野党が国会で激しくぶつかり合いました。このブログのカテゴリーは「日記」としていますが、もう1年ほど完全に「週記」の投稿間隔となっています。そのため、時事の話題をタイムリーな記事として取り上げることが減っていました。

それでも最近、アクセスいただく検索ワードとして「社会保険庁」が増えています。過去に「社会保険庁の不祥事」「社会保険庁の解体、自治労の正念場」という記事を書き込んでいるからです。その2つの記事がGoogleなどの検索サイトで「不祥事」というワードと組み合わせることによって、トップページに並ぶことが多いようです。

自治労組合員の立場を明らかにして「公務員のためいき」を続けている以上、年金記録漏れの問題は最新記事としても取り上げる必要性を感じていました。この問題は様々なブログで取り上げられ少々出遅れ気味ですが、改めて自分なりの意見を述べさせていただきます。逆に遅くなったことにより、新たに把握できた情報をもとに書き込める利点も少なくありません。

まず今、自民党の「ご安心ください!!あなたの年金は大丈夫です!!」を大きな見出しにした宣伝ビラがネット上で話題になっています。当初、マスコミは「消えた年金記録」と伝えていましたが、最近は「宙に浮いた」や「記録漏れ」の表現に変わってきています。自民党のビラの表面では、その点の経緯などについて説明しています。

自民党の河野太郎代議士もご自身のブログで「消えていない5000万件」として訴えているのを目にしました。さかのぼれば10年前に基礎年金番号制度が導入された際、国民一人一つの番号に移行する事務作業が始まりました。それまでの制度では転職などにより複数の年金記録を持っている人が多く、約3億件の年金記録が存在したようです。

そのうち約1億件はスムースに基礎年金番号が付され、残り2億件の名寄せ作業を現在まで進めてきました。しかし、現時点で5千万件の未確認の年金記録、つまり基礎年金番号が付されていない過去の年金記録があり、それがクローズアップされた大きな問題となっています。その上で、自民党は今後1年間で未確認の記録の名寄せを完了させ、さらに5年間の時効も撤廃し、受け取れるべき年金は必ず全額受け取れることを約束しています。

その実現性に疑問が残るかも知れませんが、表面の内容はある程度納得できる常識的な説明だと思っています。しかしながら裏面は非常に刺激的で、ある面で自民党のあせりや迷走ぶりが浮き彫りになっている内容でした。とにかく今回の問題の責任は、基礎年金番号制の導入を決めた当時の厚生大臣だった菅直人民主党代表代行であると強調しています。

この方便は非常にお粗末であり、基礎年金番号制の導入そのものが誤りだったと言っているようなものです。基礎年金番号制が始まらなければ、5千万件の問題自体が発覚しないまま、納付した年金が消えて行った可能性のあることを想像できないほど、今の自民党執行部は愚かなのでしょうか。それ以上に多くのサイトで失笑を買っているのが「我々の責任ではない、民主党の菅代表代行と労働組合が悪い」としている露骨な責任転嫁の姿勢です。

興味深く拝見したサイトとして「自民党が血迷って、ビラを撒く(笑)」を参考までにご紹介させていただきます。いずれにしても一般的なクレーム処理の原則の中で最も避けなければならない点として、クレームになった原因を他人に押し付け合うことだと言われています。顧客に多大な迷惑をかけた大企業の社長が記者会見で、10年前にいた地方の支社長と労働組合が起こした責任で「私は悪くない」と居直ったらどうなることでしょうか。

当然、一番責任を痛感しなければならないのは社会保険庁であり、自民党から名指しされている労働組合の責任も避けられないものと思っています。とは言え、なぜ、5千万件もの未確認記録が現在まで残ってしまったのか、素朴な疑問を抱いていました。そのため、自治労本部もしくは国費評議会から何らかの見解が早期に示されることを期待していました。

2億件を4分の1に圧縮した見方もできますが、やはり5千万という件数は半端ではない驚くべき数字です。これまで自治労のHPを頻繁にチェックしていましたが、ようやく6月1日付で自治労の見解が書記長談話として掲載されていました。全文をご覧いただけるようリンクしていますが、ポイントを簡単に要約してみます。

5千万件に及ぶ年金記録漏れについて様々な理由が考えられることを説明した上で、その原因がすべて明らかでないことを述べています。その結果、国民の皆さんから大きな不信や混乱を招いている点を社会保険庁組織全体の責任として反省の意を示しています。その上で、労働組合としての社会的責務を果たしながら問題の解決に向け、現場から全力で取り組む決意を表明しています。また、どうして現時点まで5千万件の記録漏れが残ってしまったのか、その背景を次のように釈明しています。

社会保険庁として「最終的に年金を受給するまでに正しく記録整理・統合されれば良い」、「本人の記憶に無い加入記録を勝手に本人の記録と判断することはできない」と判断してきた実態がある。問題の本質は、被保険者や事業主の届出・申請を前提とした現行の法律規定と、それに依拠し未統合記録を積極的に解消してこなかった社会保険庁の対応の不十分さにある。

「最終的に…」の意味合いは、60歳未満の人の記録と見られる約2,120万件を指しています。さらに記録漏れとなった理由として、社会保険庁だけのミスではないものも多数見込まれています。本人、勤務先の会社、事務移管前の区市町村の手違いなど多岐にわたっているものと思います。

しかし、この膨大な数字のまま現状に至ってしまった責任は社会保険庁にあり、それほど酌量の余地がないのも確かです。おそらく年金記録の確認のための充分な職員数が確保できない事情もあったかも知れませんが、労働組合の責任も決して軽くないものと思っています。充分なチェック機能を果たせなかったこと、未確認記録をゼロにするための役割を担えなかったことなど、労働組合としても率直に反省しなければなりません。

ただ非常に残念なのは組合員に過剰な労働負担を生じさせない目的で定めてきた労使確認事項がオールorナッシングで自民党から批判されている点です。OA機器の進歩や普及の中で、すみやかに内容を変えるべき確認書も多かったはずです。例えば社会保険庁の職場に限らず、電磁波などの健康被害が懸念されていた時代、端末操作に連続45分携わったら15分は別の仕事を行なうとした安全衛生面の目安がありました。

決して45分勤務したら15分休憩できたルールではありません。それを自民党の中川政調会長は「45分仕事したら15分も休んでいる」などと言って、自治労国費評議会を批判する一つの材料としていました。NHKの日曜討論の場でしたが、それに対して民主党の鳩山幹事長は何の反論もできませんでした。

即座に反論したのは社民党の又市幹事長でした。自治労富山県本部の元委員長であり、適切なタイミングでの切り返しだったと思っています。逆にその発言がなければ、不確かな情報のまま社会保険庁の職員が批判を受けたことになります。一方で一事が万事、自治労本部と民主党との意思疎通の不足に歯がゆさを感じています。

鳩山幹事長がそのような事情だったことを知らなくて当たり前だろうと思います。自治労組合員の誇りや働きやすい環境確保のためにも、自治労本部でなければ果たせない役割を何としても発揮して欲しいものと願っています。公然と自治労叩きに力を注ぐ自民党と対峙するためには、今こそ支持協力関係にある民主党との連携のよりいっそうの緊密化が求められています。

自民党の宣伝ビラのシナリオにはまらないためにも、5千万件の年金記録漏れ問題など反省すべき点は深く反省し、現場から率先して改善していく努力を自治労として適確にアピールすべき重要な局面です。さらに万が一、民主党からも「自治労はお荷物」だと切り捨てられるようなことがあった場合、政治闘争方針そのものを抜本的に見直すべき岐路ではないでしょうか。

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