「民間」刑務所がオープン
山口県美祢市に全国初の「民間」刑務所が完成しました。300人が出席した5月13日の開所式で、長勢法務大臣は「民間の創意工夫を生かした質の高い矯正教育などで、安全な社会の実現に向け、期待と信頼に応えることを願っている」と述べています。名称には刑務所とつかず、美祢社会復帰促進センターとしています。山口県にある山口刑務所とは組織上完全に切り離され、中国地方の刑務所などを管轄する広島矯正管区からの監督も受けないそうです。
警備や職業訓練など運営の大半を民間に委託し、大手警備会社セコムなどでつくる社会復帰サポート美祢株式会社と国が20年間で約517億円の事業契約を結んでいます。いわゆる民間の資金やノウハウを活用したPFI方式(バックナンバー参照)を採用したため、これまでの方法に比べ約48億円縮減できたと言われています。
約28ヘクタールの敷地に建てられたセンターはコンクリートの外塀や鉄格子がありません。ほとんどが個室で、強化ガラスの窓も10センチ程度開くなど開放的なつくりとなっています。外観から刑務所には見えず、地域に開かれたセンターというセールスポイントまであるようです。近隣住民がセンター内の食堂を利用し、受刑者と同じメニューを注文できると聞いています。
初犯で比較的罪が軽い受刑者を対象とし、男女500人ずつ収容する予定です。何と個室にはテレビやテーブルまであり、センター内の移動も就寝時間以外は基本的に自由だそうです。ハイテク機器の活用による監視体制を敷き、受刑者の上着にICタグを付けて居場所が把握されます。さらに居室に出入りするたび、指静脈画像による本人確認が行なわれます。
受刑者は通常の刑務所と同様の懲役(刑務作業)を科せられていますが、出所後に定職に就かせて再犯を防止するための職業訓練に力を入れています。基礎的なパソコン技能を修得させるほか、医療事務の資格も取得できるなど多彩なメニューがあるようです。一部の受刑者にはプログラム言語の教育を実施し、刑務作業の一環としてソフトウエア開発を行なうことも発表しています。
職員は法務省の刑務官が約120人、民間職員がパートを含め140人以上で、このセンターが運営されます。民間職員は警備や監視業務、職業訓練、食事などを担当し、受刑者を取り押さえるなど公権力の行使は刑務官が行なう棲み分けです。したがって、民間警備員は受刑者に触れることができず、逃亡があった際、刑務官が来るまで逃げ道をふさぐことしかできないそうです。
そもそもセンターが建てられた場所は地域振興整備公団(現・都市再生機構)が造成し、美祢市が整備した工業団地「美祢テクノパーク」でした。しかし、バブル崩壊に伴う景気低迷の影響などもあり、1997年の分譲開始以来、一社も進出していない状態が続いていました。このように国策として地方がハッパをかけられ、国からハシゴを外されたような例は全国各地にあるものと思います。
いずれにしてもテクノパークの活用に手を焼いていた美祢市は2001年から刑務所の誘致活動に乗り出しました。職員やその家族と面会者らから期待できる経済効果、さらに受刑者も含めて住民が増えることによる地方交付税の増額などの利点を美祢市は試算しています。ただ必ずしも受刑者全員が住民票を異動するとは限りません。また、地元住民の中に強い不安や反発の声もあったようです。
近年、刑事犯が急増しているため、定員を超えた過剰収容の刑務所が続出しています。そのため、このような誘致活動は国としても渡りに船であり、2004年10月に法務大臣が新規矯正施設の美祢市への設置を発表しました。その後、構造改革特区の指定を受け、新規施設をPFI事業により整備することが決まっていきました。ちなみに今後、PFI刑務所は今年10月に栃木県さくら市と兵庫県加古川市、来年10月に島根県浜田市でも開設される予定です。
ここまでが報道やインターネットから調べた全国初の「民間」刑務所に関する情報です。ここから先は個人的な感想や意見となります。このニュースに初めて接した時、まず他の刑務所に比べて恵まれた収容環境に違和感を覚えました。収容者の人権を守ることも民主主義の国家として当然であることは言うまでもありません。
しかし、過剰収容や設備の老朽化など劣悪な環境の刑務所が多数あることは周知の事実です。そのような刑務所が圧倒多数である中、既存施設の改善を放置したまま、従来と異なる快適な収容環境の新規施設を作った意図が非常に疑問です。そもそも塀の外のホームレスを強いられている人たちから見れば、よほど刑務所に入った方が恵まれていると考えてしまうかも知れません。
これまでも刑務所に居場所を求めるための再犯が問題視されていました。美祢のセンターは初犯の人しか入れませんが、今後、快適な刑務所が増えることによって、あえて罪を犯す人が出る可能性も否定できません。特に著しい格差社会が広がる中、その日の食事に困る人が増えていった場合、3食テレビ付きの個室など、きわめて魅力的だろうと思います。
率直なところ「税金の使い所が違うのでは?」と感じられる人が多いのではないでしょうか。その声に対し、国は「民間に任せたから経費が節減でき、このような立派な施設を作ることができた」と説明するはずです。話題を振りまいている立派な「民間」刑務所、その説明の言葉に象徴的な意図が隠されているものと考えています。
まず収容者の快適さの追求やハイテク技術の導入など、PFIの手法を取らなくても可能だったはずです。逆に国が認めず、民間会社の判断で勝手に美祢のようなレベルの刑務所を作ることはできなかったものと思います。あらゆる分野で「官から民へ」を急ぐ国策として「刑務所も民間に任せられた」「PFIだから立派な施設が作れた」と宣伝するため、より力を注いだショーウインドーとなる刑務所を作ったものと見ています。
20年間で約48億円の縮減、つまり1年で2億4千万円ですが、ほぼ人件費の差だと言われています。この差額があったから施設面などに資金を投入できた見方も確かです。しかしながら本来、労働面において社会的な均等待遇の原則が貫けている場合、民間職員に委ねれば廉価となる構造は生じません。残念ながら現実はそのようになっていません。
これから美祢社会復帰促進センターがどのような評価を得ていくのか、推移を見守る必要があります。結果的にPFI方式による「民間」刑務所が成功例となるのかも知れません。それでも「官」の責任や役割が、すべて「民」に委ねられるのか、委ねて良いのか、改めて検証することも必要な時機ではないでしょうか。
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コメント
そうです!田舎のPFI導入によるVFM(バリュー フォー マネー)はほとんど人件費の差額です。他にも若干の作業の省略化や、競争原理がはたらいた初期投資の減額によるものもあるでしょうが、「人件費の差額があったから施設面などに資金を投入できた」というOTSUさんの見方は確かだとは思えません。これだけの規模の施設になると、官の積算単価と、民間の調達単価にはかなりの差額が生じているからです。
ところで、何時も言っていることですが、従来、官が直営で行ってきた事業の人件費が、民に移ったとたんに50%以下になる、しかもそれでも田舎では求人に困らないという現実に何時も心穏やかならざるものを感じます。
OTSUさんとこの部分での思いは通じるものがあるのですが、それぞれ立場が違うので、その官民格差是正の方法論も違うと思います。
この種の官民格差の元凶は、特に地方公務員の場合、執行部と組合の馴れ合いで温存されている年功序列・同一年齢同一賃金という世間常識から乖離した給与利権構造であり、これから是正しないと何時まで経っても問題解決には至りません。
社会正義に悖るような臨時・正規職員との間の格差是正すらできない国で、PFIの市場化テストのと言ってはみても、結局は「敗者」しか生まれないんではないでしょうか・・・と、思います。
投稿: ニン麻呂 | 2007年5月28日 (月) 10時38分
ニン麻呂さん、コメントありがとうございました。
そうですね。ご指摘のとおり官の積算単価と民間の調達単価の差が大きい可能性も軽視できませんでした。
このPFI刑務所に限らず、人件費による総予算の格差は私も本当に悩ましく思っています。ニン麻呂さんと立場は微妙に異なるかも知れませんが、問題ある現状を何とか社会全体の仕組みの中で改善できることを願っています。
年功序列賃金は頭から否定するものではないと考えています。民主党の小沢代表も就任当初に述べていましたが、改めて評価していく動きも芽生えています。要するに労働者全体の生活を維持向上していく手法として、この制度を見直すべきではないでしょうか。当然、働かなくても優遇される「ぬるま湯」は論外だとした上でですが、そのパランスは難しいところです。
投稿: OTSU | 2007年5月28日 (月) 12時55分
私も「年功序列賃金」を頭から否定するつもりはありません。ただ、「年」と「功」が対になっている場合なら、という条件が付きますが、残念ながら、今のところ参考になる事例を知りません。
管理職の給与が高いのを是認できるのは、管理職として相応しい能力・責任が伴う場合であって、一定の年齢に達しているからではありません。ところが、地方自治体の場合、適切な人事評価制度もないまま、(あるいはあっても有効に使われないまま)労使の馴れ合いによって玉石混交の「年功序列」の賃金制度が温存されままになっています。
田舎の自治体には、OTSUさんの言われる、論外であるはずの「働かなくても優遇される『ぬるま湯』」に浸っている連中がごろごろいるのですよ^^そういう連中に限って、屁理屈をつけては年功序列の維持に固執しています。要するに、単なる給与利権の維持に固執しているだけなんですけどね^^;
投稿: ニン麻呂 | 2007年5月28日 (月) 23時21分
ニン麻呂さん、おはようございます。コメントありがとうございます。
お互い問題意識はそう違わないものと受けとめさせていただいています。
その上で、私どもの組合も全国どこの自治労組合も市民サービスと職員の労働条件の維持向上の調和に努めているものと思っています。とは言え、それでも市民や議員の皆さんから「ぬるま湯」批判を受ける現状がある場合、改めて自分たちの仕事や職場のあり方について見つめ直す機会とする必要性も感じています。
ただその際、「襟を正すべき点は正し、主張はすべき点は主張する」「変わるべき時は変わり、守るべきものは守る」の基本的な姿勢も貫いていくつもりです。その考え方に基づき、このブログを早や2年近く投稿してきました。
そのような趣旨から今までニン麻呂さんの鋭いご意見やご指摘は非常に参考になっています。ぜひ、これからもよろしくお願いします。
投稿: OTSU | 2007年5月29日 (火) 08時26分
お邪魔します。
そのうち元々利益の出難いものから無理やりひねり出そうと
してコ○スンみたいになるのではないでしょうか。刑務所も介
護同様現場のキツさが半端ではないと思われますので。
投稿: ブロガー(志望) | 2007年7月11日 (水) 07時46分
ブロガー(志望)さん、コメントありがとうございました。
本当にそうですね。官と民、それぞれ大事な立場と役割があり、バランスが大事だろうと思っています。
また、ブログの開設自体は予想外に簡単でした。ぜひ、頑張ってください。
投稿: OTSU | 2007年7月11日 (水) 22時49分