« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007年5月26日 (土)

「民間」刑務所がオープン

山口県美祢市に全国初の「民間」刑務所が完成しました。300人が出席した5月13日の開所式で、長勢法務大臣は「民間の創意工夫を生かした質の高い矯正教育などで、安全な社会の実現に向け、期待と信頼に応えることを願っている」と述べています。名称には刑務所とつかず、美祢社会復帰促進センターとしています。山口県にある山口刑務所とは組織上完全に切り離され、中国地方の刑務所などを管轄する広島矯正管区からの監督も受けないそうです。

警備や職業訓練など運営の大半を民間に委託し、大手警備会社セコムなどでつくる社会復帰サポート美祢株式会社と国が20年間で約517億円の事業契約を結んでいます。いわゆる民間の資金やノウハウを活用したPFI方式(バックナンバー参照)を採用したため、これまでの方法に比べ約48億円縮減できたと言われています。

約28ヘクタールの敷地に建てられたセンターはコンクリートの外塀や鉄格子がありません。ほとんどが個室で、強化ガラスの窓も10センチ程度開くなど開放的なつくりとなっています。外観から刑務所には見えず、地域に開かれたセンターというセールスポイントまであるようです。近隣住民がセンター内の食堂を利用し、受刑者と同じメニューを注文できると聞いています。

初犯で比較的罪が軽い受刑者を対象とし、男女500人ずつ収容する予定です。何と個室にはテレビやテーブルまであり、センター内の移動も就寝時間以外は基本的に自由だそうです。ハイテク機器の活用による監視体制を敷き、受刑者の上着にICタグを付けて居場所が把握されます。さらに居室に出入りするたび、指静脈画像による本人確認が行なわれます。

受刑者は通常の刑務所と同様の懲役(刑務作業)を科せられていますが、出所後に定職に就かせて再犯を防止するための職業訓練に力を入れています。基礎的なパソコン技能を修得させるほか、医療事務の資格も取得できるなど多彩なメニューがあるようです。一部の受刑者にはプログラム言語の教育を実施し、刑務作業の一環としてソフトウエア開発を行なうことも発表しています。

職員は法務省の刑務官が約120人、民間職員がパートを含め140人以上で、このセンターが運営されます。民間職員は警備や監視業務、職業訓練、食事などを担当し、受刑者を取り押さえるなど公権力の行使は刑務官が行なう棲み分けです。したがって、民間警備員は受刑者に触れることができず、逃亡があった際、刑務官が来るまで逃げ道をふさぐことしかできないそうです。

そもそもセンターが建てられた場所は地域振興整備公団(現・都市再生機構)が造成し、美祢市が整備した工業団地「美祢テクノパーク」でした。しかし、バブル崩壊に伴う景気低迷の影響などもあり、1997年の分譲開始以来、一社も進出していない状態が続いていました。このように国策として地方がハッパをかけられ、国からハシゴを外されたような例は全国各地にあるものと思います。

いずれにしてもテクノパークの活用に手を焼いていた美祢市は2001年から刑務所の誘致活動に乗り出しました。職員やその家族と面会者らから期待できる経済効果、さらに受刑者も含めて住民が増えることによる地方交付税の増額などの利点を美祢市は試算しています。ただ必ずしも受刑者全員が住民票を異動するとは限りません。また、地元住民の中に強い不安や反発の声もあったようです。

近年、刑事犯が急増しているため、定員を超えた過剰収容の刑務所が続出しています。そのため、このような誘致活動は国としても渡りに船であり、2004年10月に法務大臣が新規矯正施設の美祢市への設置を発表しました。その後、構造改革特区の指定を受け、新規施設をPFI事業により整備することが決まっていきました。ちなみに今後、PFI刑務所は今年10月に栃木県さくら市と兵庫県加古川市、来年10月に島根県浜田市でも開設される予定です。

ここまでが報道やインターネットから調べた全国初の「民間」刑務所に関する情報です。ここから先は個人的な感想や意見となります。このニュースに初めて接した時、まず他の刑務所に比べて恵まれた収容環境に違和感を覚えました。収容者の人権を守ることも民主主義の国家として当然であることは言うまでもありません。

しかし、過剰収容や設備の老朽化など劣悪な環境の刑務所が多数あることは周知の事実です。そのような刑務所が圧倒多数である中、既存施設の改善を放置したまま、従来と異なる快適な収容環境の新規施設を作った意図が非常に疑問です。そもそも塀の外のホームレスを強いられている人たちから見れば、よほど刑務所に入った方が恵まれていると考えてしまうかも知れません。

これまでも刑務所に居場所を求めるための再犯が問題視されていました。美祢のセンターは初犯の人しか入れませんが、今後、快適な刑務所が増えることによって、あえて罪を犯す人が出る可能性も否定できません。特に著しい格差社会が広がる中、その日の食事に困る人が増えていった場合、3食テレビ付きの個室など、きわめて魅力的だろうと思います。

率直なところ「税金の使い所が違うのでは?」と感じられる人が多いのではないでしょうか。その声に対し、国は「民間に任せたから経費が節減でき、このような立派な施設を作ることができた」と説明するはずです。話題を振りまいている立派な「民間」刑務所、その説明の言葉に象徴的な意図が隠されているものと考えています。

まず収容者の快適さの追求やハイテク技術の導入など、PFIの手法を取らなくても可能だったはずです。逆に国が認めず、民間会社の判断で勝手に美祢のようなレベルの刑務所を作ることはできなかったものと思います。あらゆる分野で「官から民へ」を急ぐ国策として「刑務所も民間に任せられた」「PFIだから立派な施設が作れた」と宣伝するため、より力を注いだショーウインドーとなる刑務所を作ったものと見ています。

20年間で約48億円の縮減、つまり1年で2億4千万円ですが、ほぼ人件費の差だと言われています。この差額があったから施設面などに資金を投入できた見方も確かです。しかしながら本来、労働面において社会的な均等待遇の原則が貫けている場合、民間職員に委ねれば廉価となる構造は生じません。残念ながら現実はそのようになっていません。

これから美祢社会復帰促進センターがどのような評価を得ていくのか、推移を見守る必要があります。結果的にPFI方式による「民間」刑務所が成功例となるのかも知れません。それでも「官」の責任や役割が、すべて「民」に委ねられるのか、委ねて良いのか、改めて検証することも必要な時機ではないでしょうか。

| | コメント (6) | トラックバック (7)

2007年5月20日 (日)

発進!公共サービス最適化計画

「格差社会、賛成の反対なのだ!」

最近、テレビやラジオで天才バカボンのパパがCMに登場しています。公務労協が呼びかけている公共サービス憲章制定に向けた請願署名の宣伝です。私自身、車のラジオでは聴いていましたが、テレビCMは見たことがありませんでした。今回の記事投稿にあたって、リンクした公務労協のサイトで初めて目にしました。

テレビCMそのものは30秒程度のシンプルなものですが、公務労協のHPを検索することによって詳しく趣旨や内容が分かるようになっています。良質な公共サービスキャンペーン「発進!公共サービス最適化計画」と位置付け、人々のニーズに合い、誰もが利用できる公共サービス改革を呼びかけています。

これ以上、格差と貧困の拡大を放置できません。わたしたちは、連合の「STOP! THE 格差社会」のキャンペーンに結集して、良質な公共サービスキャンペーンをすすめ、「ともに生きる社会のための公共サービス憲章」(略称:公共サービス憲章)の制定を求める国会請願署名運動に取り組んでいます。不公正な格差を是正し、だれもが生きがいをもって充実した人生を送るための社会の基盤となる良質な公共サービスを実現しましょう。

上記が公務労協の基本的な立場の説明です。署名用紙などもネット上で見れますが、リンク先をご覧いただく方は少ないはずですので、請願に対する基本理念と「憲章」に盛り込むべき内容案もご紹介します。

★私たちの提案する公共サービス改革の基本理念

  1. 公共サービスは、すべての人々の基本的人権を保障し、安心・安全の生活を支え、地域に活力をもたらす、社会のいしずえである。
  2. 公共サービスは、必要に応じ公平に利用できるもの、社会や経済の変化と市民のニーズに応える良質なものでなければならない。
  3. 公共サービスの提供は多くの市民に支えられるものであるが、その最終責任は中央政府及び自治体政府にある。
  4. 公共サービス改革においては、「市民のための公共サービス」を基本的理念として、公益性が最優先され、あらゆるレベルで社会対話と市民参画が保障・促進されなければならない。

★「憲章」に盛り込むべき基本的内容

 ともに生きる社会のための公共サービスについて、次の社会的合意を形成する。

  1. 中央政府及び自治体政府は予算上の措置を始めそれぞれの役割を明確にする。
  2. 市民参加による政策決定・評価制度を整備することにより公共サービスの透明性、開放性を高め説明責任を確保する。
  3. 「市民のための公共サービス」が原則であることを明記した公共サービス従事者(事業者・従業員)の規範を定める。
  4. 働くことを通じた社会参加を保障するための制度改革、積極的労働政策を推進し、働きがいのある人間的な労働を実現する。
  5. 誰もが生きがいを持ち、安心して暮らすことのできる医療・福祉・介護・年金等の社会保障制度を確立する。
  6. 人々の成長と可能性を引き出し開花させる未来投資としての教育の保障と公平な機会を確保する。
  7. 暮らしに不可欠な社会基盤をすべての市民が利用できるよう、水・交通・通信などのライフラインや食の安全を確保し、持続可能な社会のための森林等自然環境の保全、大気・土壌等の環境基準を厳守するために必要な条件を整備する。
  8. 国会は速やかに法制定を行い、政府は施行後3年以内に実行計画等必要な措置を決めなければならない。

自治労は公務労協の中で中心的な役割を担っています。したがって、この請願署名は自治労都本部からの要請に応え、すでに私たちの職場でも取り組んできました。慌ただしい年度末に配布してしまった時期の問題や、組合員の皆さんへの呼びかけも不足し、第1次の集約数は不充分な結果にとどまっています。

したがって、改めて組合員の皆さんへ宣伝し、ご家族やお知り合いなど一人でも多くの方からご協力を得られるよう署名用紙を再配布することにしました。その一環で今回、このブログでも公共サービス憲章について取り上げさせていただきました。もし趣旨に賛同いただけた場合、どなたでもできる署名活動ですので用紙をダウンロードし、公務労協の事務局までご送付いただければ大歓迎です。

さて、年頭の記事「2007年、しなやかに猪突猛進」で記しましたが、自治労や日教組など公務員組合は政治的な思惑を絡めた自民党から狙い撃ちされています。そのため、公務員組合が結集している公務労協が守りだけではなく、攻勢に転じることは意義深いことだと思っています。

堅苦しいイメージの労働組合がマンガのキャラクターを活用し、テレビやラジオのCMで広く国民に向けたメッセージを発信することも大きく評価できます。また、格差社会をキーワードとしながら公共サービスの重要性を訴えている点もタイムリーなことだろうと受けとめています。

基本理念や「憲章」内容案も一つ一つ最もな話であり、それらの点が疎かになりつつある現状の中で、ぜひ、明確化すべき目標だと感じています。ただ全体的に少し抽象的な表現にとどまり、具体的にどうすべきかが分かりづらい気がしています。

しかし、そもそも「憲章」というものは根本的な原則を定めるだけであり、その後の法制定や実施計画が具体的な中味に関わっていきます。したがって、現時点での運動としては妥当な内容であり、基本的に誰もが反対できない理念の掲げられた署名ではないでしょうか。

その上で、公務労協の公共サービスキャンペーンの主なポイントを次のとおり考えています。まず市場経済主義を強めた小泉改革の結果、公共サービスも同様な発想のもと短絡的な「官から民へ」と流されがちです。それに対して、一度立ち止まって冷静に公共サービスのあり方について、見つめ直そうと提起しているのが最大のポイントであると受けてとめています。

次に良質な公共サービスが担保されることによって、格差の拡大によって痛んだ社会のセーフティネットにつながることを提起しています。続いて労働組合の立場から「働きがいのある人間的な労働の実現」が社会全体の規範となるよう願ったキャンペーンとなっています。

そして、決して公務員の身分や労働条件を守るための運動ではなく、国民全体が共有できる理想が掲げられているものと思っています。さらに公共サービスの担い手が公務員に限らず、多様である現状を前提とした上で、最終責任そのものは国や自治体にあることを改めて求めています。

この公務労協のキャンペーンは全国各地で駅頭宣伝活動などにも取り組んできましたが、今のところ世論に対して大きなインパクトは与えていないようです。例えが適当かどうか分かりませんが、売り上げが低迷していたサッカーくじtotoはBIG6億円のマスコミや口コミ効果によって爆発的な売上高となったようです。このキャンペーンも何らかの切っかけで、一気に認知されることを密かに期待しているところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月12日 (土)

ふるさと納税と三位一体改革

最近の記事「心機一転、新年度」で記しましたが、4月から納税課へ異動しました。徴税吏員として日々、税金の収納業務に励んでいます。5月31日の出納閉鎖に向けた繁忙期であるため、明日日曜も出勤し、担当地区を回る予定です。

組合役員を長く務めていると各職場の雰囲気や仕事内容を垣間見る機会は多くなります。しかし、あくまでも垣間見ていただけであり、実際、その職場へ異動することによって改めて業務の奥深さを実感することになります。ある意味、役所の人事異動は転職したような大変さや新鮮さを味わうことができます。今までの仕事のスキルはリセットされ、一から覚えることが多く、まだまだ悪戦苦闘は続きそうです。

給食費や保育料の滞納問題が注目を浴びていますが、税金の滞納者も決して少なくありません。それでも租税は応能原則や、すべての公課や私債権に先立って徴収できる優位性などがあり、年金保険料などに比べると高い収納率となっているようです。さらに体系的に確立されている滞納整理のノウハウにも目を見張っています。

とにかく圧倒多数の納税者との公平公正さをはかるためにも、ごく少数の滞納者と接触していくのが徴税吏員の役割です。督促、催告、差押、取立などの言葉が日常的なものとなり、イソップ寓話「北風と太陽」を思い浮かべながら可能な限り自主納付していただけるよう働きかけています。

このような職場に在籍しているため、必然的に新聞記事などでも税金に関する記事へ目が行きます。最近、目に付いたのが「ふるさと納税」制度創設の話題です。安倍首相が「美しい国づくり」の一環と考え、政府・与党に指示し、急浮上した問題でした。

政府・与党は9日、納税額の一部を故郷など地方の自治体に移す「ふるさと納税」を創設する方針を固めた。地方自治体間の税収格差を是正する狙いで、7月の参院選に向けた地方活性化策の目玉と位置付ける。近く総務省が設置する有識者の研究会や、年末の与党税制調査会で議論したうえで、2008年度税制改正で実現をめざす。

菅義偉総務相が同日、首相官邸で安倍晋三首相に会い、こうした方針を説明した。首相は同日夜、首相官邸で記者団に「多くの人の自分の生まれ故郷を大切にしたい、地域の美しさを守っていきたいという思いをどうくみ取っていくか検討していかなければならない」とふるさと納税を検討していく考えを示した。(
日本経済新聞社)

個人住民税は1月1日現在の住所地で課税され、均等割と所得割があります。一定の所得がある人に一律の額を課すのが均等割で、都道府県民税が年1000円、市町村民税が年3000円です。前年の所得に対し、定められた率を乗じて課すのが所得割です。

今まで所得割は5%(そのうち都道府県民税2%)、10%(2%)、13%(3%)の3段階でしたが、今年6月から一律10%(4%)に変わります。課税所得が低い場合、住民税だけで見れば、大幅引き上げとなります。ただし、国税である所得税の税率構造を見直し、税負担の合計額は基本的に変わらないことが強調(国税庁)されています。

ちなみに都道府県民税は市町村税と一緒に市町村職員が徴収します。すでに所得税が下がっているとは言え、住民税に限って考えれば大幅負担増となる場合が多くなります。したがって、住民税の滞納者が増える心配もあり、市町村の納税課職員の仕事に直接影響を及ぼす可能性がある制度改正だと見られています。

なぜ、このような面倒な改正が行なわれたかと言えば、「国から地方へ」と声高に叫ばれている三位一体改革の結果でした。地方でできることは地方での方針のもと、より身近なサービスを自治体の責任で効率的に行なえるよう国庫支出金と地方交付税を見直し、税源移譲を進めるのが三位一体改革です。

その総仕上げとして所得税を減らし、住民税が増える制度変更をはかり、3兆円の税源そのものが移譲されることになりました。三位一体改革自体、国と自治体との間での喧々諤々の議論や綱引きを重ねてきています。地方分権を推進する総論は賛成でも、各論となる実施方法に対しては自治体側が反発する局面も少なくありませんでした。

今回、税の根幹を占めている所得税と住民税間での移譲であり、納税者の負担が変わらないと言うことであり、国と自治体間ではフェアな移譲額だろうと思います。しかしながら自治体間の格差は広がる難点が指摘されています。つまり一人あたりの税収が最大の東京都と最小の沖縄県で3.3倍の開きがありました。

この制度改正で、ますます税収格差が広がる見込みです。その格差を埋める一助として、「ふるさと納税」制度の話が持ち上がったようです。税額の最大1割について、納める自治体を指定でき、その額を税額控除の対象とする案が検討されています。

「ふるさとで生まれ育って、税金を納める段階になると都会に出てしまう。教育や福祉のコストを負担した地方が割を食っている」との不満の声があり、都市と地方間の格差是正は喫緊の課題です。ただ地方税は、身近な行政サービスに対して負担するという応益原則があり、引っ越しが多かった場合の「ふるさと」の定義など、解決すべき問題が山積しています。

さっそく石原都知事は反発していますが、大都市と地方との間で住民税の争奪戦となる火種であることも間違いありません。さらに事務作業のコスト増に見合う税収増がはかれるのか疑問の声もあり、安倍内閣らしいパフォーマンス先行の思いつき政策である疑念も生じてしまいます。

財務省幹部が「地方税を互いにやり繰りする制度なら歓迎だ」と正直なコメントをもらしています。このような発言からも結局のところ地方分権の大義のもと、赤字財政を地方へ押し付ける構図が三位一体改革の本質のような気もしています。

もともと地方税は税制自主権の原則がある一方、地域経済などの差異による歳入格差が出ることを前提とし、国の責任による財政調整や財源調整が求められています。それが地方交付税制度などにつながっている訳ですが、この間の地方分権の動きが地方切り捨てになるようでしたら国の責任放棄と言わざるを得ません。

当然、自治体側も国に依存しすぎず、健全な財政の確立に向けて必死に努力することが欠かせません。私自身の職務としては納税の重要性を訴えながら収納率を高め、少しでも市財政に寄与することだと考えています。それでも自治体や一職員の努力の限度やスタートラインの違いなど、様々な要素を見きわめ、国としての責任や役割も適確に発揮して欲しいものです。

| | コメント (6) | トラックバック (3)

2007年5月 5日 (土)

従軍慰安婦問題 Part2

今回、Part2とするのが適当かどうか少し迷いましたが、前回記事「従軍慰安婦問題」へのコメントを踏まえた内容であるため標記のタイトルとしました。ブログの利点は言いっ放しとならない相互の交流がはかれる点だと考えています。自分自身の意見が絶対正しいとは限らず、幅広い考え方に接することによって目からウロコが落ちることも期待できます。

また、その関係はコメントを投稿された方やお読みいただいている方すべてに対し、当てはまる話だと思っています。そのためにも賛否両論、様々な視点からのコメントをお寄せいただけることが非常に意義深いことだと考えています。いずれにしても一個人が運営しているブログへ、時間を割いてコメントをお寄せいただいた皆さんには心から感謝しています。改めて、ありがとうございました。

さて、fiさんから労働運動は大切だと思いながらも、「自治労」の範疇で慰安婦の問題などに取り組むことの疑問が投げかけられました。fiさんは「最近の若い世代の組織加入率の減少が言われますが、私の周りではそういう所を敬遠している人も多いですよ」とまでご指摘くださっています。

この趣旨の問いかけはたいへん重要であり、今まで何度も自分なりの言葉でお答えしてきました。自分たちの職場だけ働きやすくても、社会全体が平和で豊かでなければ暮らしやすい生活と言えません。したがって、労使交渉だけでは到底解決できない社会的・政治的な問題に対し、たくさんの組合が集まって政府などへ大きな声を上げていく運動も軽視できないはずです。

ただし、それらの運動を進める上で組合員との合意形成が欠かせず、当然、労働組合の本務である職場課題がおろそかになるようでは問題です。自治労に所属している組合それぞれ主客逆転しないバランスの中で、様々な政治的な課題にも取り組んでいるはずです。とは言え、個別課題一つ一つは多岐にわたる方針案の中に埋もれがちであるため、あえて前回記事で従軍慰安婦の問題を取り上げてみました。

私どもの組合員1500人の中には従軍慰安婦の問題を否定的に見ている方も少なくないものと思います。実は組合役員の中にも否定派がいますが、様々な情報があふれている中、個々人の見解が分かれることは当たり前なことだと受けとめています。そのような背景や問題意識もあったため、少し前からこの問題を取り上げる機会を伺っていました。

組合役員である彼の見解は、もやもやさんと基本的に同じものでした。もやもやさんは「慰安婦否定派は慰安婦そのものの存在を否定していません。また本人の意志によって慰安婦になったとも主張していません。否定しているのは、慰安婦は日本軍による組織的な強制連行で性奴隷になったということです」と指摘されています。

もやもやさんとコメント欄での質疑応答が充分かみ合っていませんが、私自身、そもそも否定派の方々の主張を頭から否定していないからだと釈明させていただきます。確かに日本軍が直接拉致したようなケースは例外中の例外だろうと思っています。この主張は安倍首相の「狭義の強制性はなかった」発言につながっています。結局、この発言は国際的な波紋を広げてしまい、安倍首相は頭を下げ続けることになりました。

先日、組合役員の彼にもコメント欄で紹介した天木直人さんとかみぽこさんのブログ記事のコピーを渡しました。天木さんはイラク戦争に反対した書簡を小泉首相へ送り、外務官僚を辞めた方です。かみぽこさんは政治学を研究されているイギリス在住の方で、お二人のブログはいつも興味深く拝見させていただいていました。

従軍慰安婦問題の様々な記事をネット上などで見聞していた時、ちょうどお二人の主張に強く共感を覚えました。お二人とも現時点の国際的な関係の中で、やみくもに日本人が従軍慰安婦を否定する動きは、かえって国益を毀損していくだけであると訴えていました。ちなみに天木さんはマイケル・グリーン氏の言葉を引用していますが、決して親米派でないことは他の記事をご覧いただければ一目瞭然です。

否定派のもやもやさんらも戦地に慰安所があり、数多くの慰安婦がいたことを認められています。しかし、慰安婦は本人の意思や家族の都合によって業者が集めたものであり、基本的に日本軍が強制連行したケースはなく、軍は性病予防のために衛生管理面などに責任を持っていたにすぎないと否定派の方々は主張されています。さらに優雅な性商売であり、兵士たちと穏やかな慰安婦生活を満喫していたとも述べています。

繰り返しになりますが、そのような一つの見方を頭から否定する立場ではありません。一方で、軍の意思や命令によって慰安所が設置されたことも簡単に否定できません。また、逃げたくても逃げられない戦地で、一晩に何十人もの兵士を相手にさせられた元慰安婦の話も虚言だと言い切れないはずです。

このように見方が分かれる問題で、私たち日本人はどのように振舞うべきか、私自身は天木さんやかみぽこさんらの主張に共感を覚えました。しかし、いわゆる「従軍慰安婦」を完全否定する方々にとって、あいまいさは許しがたいことなのかも知れません。もやもやさんは「事実誤認に対して反論することが対外的な信頼関係の基盤になると私は考えております」と訴えられています。

それでも真実やとらえ方について、どうしてもグレーな部分は残されているはずです。その中で、内外での「いた、いなかった」の対立は避けることが賢明だろうと思っています。したたかな国際社会の中で、必要以上に卑下することもありませんが、まず冷静な検証ができる環境整備への手順を重視すべきだと考えています。

最後に、前回記事を投稿した早々に公務員辞めて十三年さんから「当ブログでの論争は荷が重すぎますので」の無責任さをご指摘いただきました。コメント欄でお答えしたとおり決して論争を避ける意図はありませんでした。それでも歴史認識に対する論争は、専門に研究している立場ではない者にとって「荷が重い」のもその通りだったかも知れません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »