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2006年7月30日 (日)

最近、運動不足?

「最近、運動が不足しているんじゃないの?」と言われた場合、スポーツなどで体を動かすことが減り、健康面を心配した話だろうと思います。

一方、「運動」という言葉の前に「市民」「学生」「労働」などの単語を組み合わせれば、まったく違った意味の「運動」となります。そのため「運動不足?」との投げかけに対し、「組合の運動は毎日欠かしてないけど…」と事務所内が冷え込む冗談を聞く時もあります。

「運動」を辞書で調べると「ある目的のために人々へ働きかけること」とあり、以前投稿した記事「骨っぽい挨拶の菅直人さん」を思い起こしました。「今までの歴史の中で、社会を動かしてきたのは農民運動であり、労働運動、学生運動、市民運動だったはずである」と述べられていた菅さんの言葉が印象深かったことを思い出しました。

今回、「運動」について取り上げるのは、前回記事「チェルノブイリの祈り」へのコメントが切っかけでした。菊池正人さんから以前のコメントと同様、たいへん力のこもった貴重な問題提起となるコメントをお寄せいただきました。

東海村や美浜の事故があっても反原発の声が世論から沸きあがらないのは何故でしょう?運動に携わる人々は、そういう事は考えないのでしょうか?

必ずしも原発に限らないのですが、過去の運動が思い通りにいかなくても、このやり方でよかったのだろうかと振り返る事をせず、私たちが世論の代弁者で、私たちの主張=世論の主張だから、黙っていても世論は追い風になり、いずれは自分たちの望む方向に世の中が向かう、そんな勝手な考え方に各種の労働組合や活動家は陥っていませんか?

こういう態度が官民関係なく、世論との乖離を生んで労働運動の衰退につながっている…と言うのは考えすぎでしょうか?

核心部分と判断した箇所のみ抜粋したため、菊池さんの真意が充分伝わらなかった場合はご容赦ください。なお、菊池さんのコメント全文は今回記事中のリンクをはった下線箇所をクリックし、ご覧いただけるようになっています。

今回の菊池さんの問いかけに対し、取り急ぎコメント欄で次のとおり端的なお答えをさせていただきました。

まず今までの反原発運動などが充分なものだったとは私も思っていません。世論との乖離、確かにその通りかも知れません。ただ現地の反対運動が中心となり、新規原発建設を阻止してきた成果もありました。とにかく「原発がなければ電力需要は賄えない」などの宣伝合戦に反対派は圧倒されている現実を踏まえ、今後、効果的な運動を模索する必要性を感じています。

ここでも以前の記事(佐高信さんの言葉「呼びかけの競い合い」)を思い浮かべながら「運動」とは宣伝合戦だと改めて考え始めています。原発を必要不可欠又は必要悪とし、容認していくのか、廃絶に向けて現実的なシナリオを提示していけるのか、両派の「呼びかけの競い合い」が行方を左右するはずです。

菊池さんのコメントは原発問題の各論よりも、とりわけ労働組合の「運動」論全体に批判の目を向けているようでした。過去の「運動」のあり方への評価や総括が不充分であり、世間の意識を低く見ている独善的な「運動」だと思われている様子がうかがえました。

労働組合一つとらえても幅広く、その組織の考え方も様々です。したがって、菊池さんの問いかけに対して労働組合全体を代弁するものではありませんが、私自身の「運動」を進める際の留意点を述べさせていただきます。

第一は「呼びかけの競い合い」に象徴されますが、反対を押し付ける「運動」は避けようと心がけています。なぜ、反対しているのか、相反している立場の方からも共感を得られる言葉や中味を常に意識する必要性を感じています。

次に「運動」を通して、どのような成果があるのか、必ず総括や検証を行なうべきものと考えています。「継続は力」という言葉もありますが、「運動」そのものが目的化され、その「運動」を成功させるために労力が費やされるマンネリズムは避けなくてはなりません。

続いて一つ目と関連しますが、事実や歴史認識を適確に把握し、そのことを広く伝えていく「運動」が大事だと考えています。その共通認識があってこそ、各論に対する有意義な議論や判断が行なえるものと思っています。

最後に自分たちの事実認識や「運動」に誤りがあった場合、率直に反省した上で速やかに軌道修正する柔軟さも必要だと考えています。つまり自分たちの考え方が「絶対正しい」と確信した「運動」だったとしても、場合によって「絶対」はあり得ないと思う謙虚さも欠かせないはずです。

以上は、あくまでも個人的に心がけている「運動」論だとご理解ください。ちなみに菊池さんにとって「チェルノブイリの祈り」のイベントはマンネリな印象だったようですが、手前味噌ながら私にとっては意義深いものだったと思っています。

事故20年の節目の年、立体講談という独特な手法で、チェリノブイリ原発事故の悲惨さや重大さを伝えられたことは貴重な取り組みだったと総括しています。また、会場へ足を運んでいただいた方は120名ほどでしたが、このイベントのPRを通して数多くの方々へチェルノブイリ原発事故20年をアピールすることができました。

膨大な宣伝費をマスコミに使える電力会社の「原発PR」に比べれば、本当にささやかな「運動」だと言わざるを得ません。それでも自分たちの身の丈に合った小さな「運動」の積み重ねも、原発推進へ加速しそうな流れに少しでも歯止めをかけているものと信じています。

菊池さんのコメントを受け、長々と書いてきましたが、結局のところ持論を展開したに過ぎないかも知れません。問いかけに対して充分答え切れず、たいへん申し訳ありませんでした。また、以前要望いただいた「年金」「自治労不祥事」「組合の路線対立」問題、時機をみて記事本文で取り上げたいと考えています。ぜひ、これからもよろしくお願いします。

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コメント

 私如きの拙い駄文に対し、3度までも丁寧な回答を頂き、こんなに嬉しい事はありません。本当にありがとうございます。
 その上で、非常に失礼な物言いになると思いますが、前回の原発に関するお答えの中に引っかかるものがあったので、改めて意見させていただきたいのです。
 それは…「宣伝」という言い方です。
 以前、私は私鉄勤務の経験から労働組合がキライになったといいましたが、活動家と呼ばれるたちが好んで口にしてきた、この「宣伝」という言葉も、その要因の一つでした。
 うまくは言えないのですが、なにかひどく自己中心的で、自己満足で、自分の思想に反する物を排除する、排他的、独善的で、さらにはどこか他人を見下した態度がこの言葉には垣間見えてしまいます。自分の思想・行動に陶酔し、それらを批判するものは皆自らを貶めるための(恐らくは政府・自民党とか財界とか、あるいは敵対する組合の)攻撃なんだという考え方が、この「宣伝」と言う言葉になって現れるのだと思ってしまうのです。
 もちろんOTSUさんはそんな人ではないと思っています。自らに都合の悪い批判や意見でも決して逃げたり、ごまかしたりしないでキチンと向き合う事ができる人です。それは私自身とてもうらやましいと思っています。しかし、だからこそ、安易に「宣伝」という言葉は使って欲しくないのです。誤りがあったら素直に反省する事が必要といえるOTSUさんなら、そんな安い言葉を使わずとも、説得力あるデータを駆使して、自らに不利な意見・発言等にも正々堂々反論できるはずだと思っていますから…。

 それから、前回のコメントの後、ちょっと失敗したと思ったのですが、もし「マンネリ」という言葉が大会の参加者等を傷つけてしまったりしたとしたら大変申し訳なく思います。ごめんなさいです。「もし本気で原発を止めようと思うのなら、今までの運動が本当に効果があったのかどうか一度きちんと検証し、その上で全く新しい運動のあり方を考えなければならないのではないか。」という意味を込めて使ってしまったのですが。(OTSUさんにすれば、それは違うと言う事のようですけれど。)

 ところで、原発と言えば、今日のNHKニュースによれば、民主党は原子力政策のあり方の党としてのとりまとめを先送りにするのだそうです。
 「原子力は次期代替エネルギーまでのつなぎ」と言うのが今の民主党の方針だそうですが、以前の私の意見に対する回答の感触からすると、この方針はOTSUさんの考え方とは相容れないのではないですか?
 政権を獲るというのなら、国民生活のライフラインにもかかわる問題ですから、YESでもNOでも速やかに結論を出して世論に示す必要があるのですが、もし現在の方針が変わらないとしたら、それでもOTSUさん、あるいはOTSUさんの組合は民主党を支持しますか?単純に考えたら、矛盾が発生してしまうように思えるのですが。
 今日もダラダラとした駄文、申し訳ありませんでした。

投稿: 菊池 正人 | 2006年8月 3日 (木) 00時01分

菊池正人さん、コメントありがとうございます。
今回も鋭い視点でのご指摘、たいへん感謝しています。
まず「宣伝」という言葉にご指摘のような意味合いは込めていないつもりですが、不快な印象を与えてしまったようで申し訳ありません。今後、自分の文章の中では、なるべく使わないように心がけます。
「マンネリ」の受けとめ方、少し私の方に誤解があったようで恐縮です。
次に民主党の政策と組合方針との差異についてですが、原発に限らず悩ましい問題が数多くあります。その差異を認めた上での政党支持の問題について、どこまでが折り合える範囲なのか、今後の大きな課題だと思っています。
ぜひ、これからも「公務員のためいき」をよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2006年8月 3日 (木) 12時55分

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