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2006年5月 7日 (日)

教育基本法と愛国心

ゴールデンウィークも今日で終わりです。連休明け、国会は会期末を6月18日に控え、共謀罪や教育基本法改正案など重要法案の審議が目白押しとなっています。さらに憲法見直しを前提とした国民投票法案までも上程する動きがあります。

最近、このブログは「とんでもない法律、共謀罪」「憲法記念日に思うこと」など、政治的な問題を題材にした記事が続いています。それぞれ職場署名など組合活動としても取り組んでいる課題であり、それをフォローする意味合いもありました。

そもそも自民党が長年の懸案としていたテーマの重要法案を何本も会期末押し迫った時期に出してくるのか、言うまでもないかも知れません。衆議院で圧倒多数を与党が占めていることに加え、国民的に支持率の高い小泉政権の間に法案を通したい姿勢が一目瞭然です。このような情勢を踏まえ、今回は教育基本法について考えてみます。

1947年、教育基本法は日本国憲法の精神に則して制定されました。日本の教育に関する根本法であり、前文と全11条で構成されています。教育の機会均等、義務教育、男女共学、教育行政の中立性などが謳われ、「教育の憲法」とも呼ばれています。

憲法と同様に制定以来、一度も改正されていません。2000年12月に教育改革国民会議が「見直し」を提言し、2003年3月には中央教育審議会が「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」を答申し、この間、政治主導による「改正」の動きが強まっていました。

与党における教育基本法見直し協議の最大の焦点は前文に盛り込まれる「愛国心」をめぐる表現内容でした。「国を愛する」では戦前の国家主義を想起させるため、公明党は「国」という言葉から統治機構のニュアンスを打ち消すことを主張していました。

自民党は「国」と「愛する」というキーワードに固執し、両党が譲歩し合ったかたちで先月、「愛国心」をめぐる表現が合意に達しました。「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」とし、公明党の主張を受けとめ、統治機構としての「国」のイメージを薄める内容となりました。

この表現内容に対し、自民党内では公明党の要求ばかり目立った議論に不満が高まり、「統治機構も含んだ国家を愛せないとは許せない」などの発言が飛び出していると聞きます。それでも争点となった前文以外は「公共心の養成」「国の伝統、文化、歴史の尊重」「家庭のしつけの重要性」など、自民党の意向を色濃く反映した案でまとまっています。

「愛国心」の教育を否定的にとらえる国など日本以外にはない、との主張があります。そう言われても法律に書き込まれる怖さは簡単に拭えません。この間の「愛国心」をめぐる議論では、私自身、公明党の主張に共感する立場でした。

ところで先月末、民主党が「愛国心」明記の対案で党内調整に入ったとの新聞記事を目にしました。結局、「愛国心」明記には否定的な声が大勢を占め、現時点では白紙となったそうです。しかし、民主党が「愛国心」を明記しようとした理由として、「与党との違いを際立たせたいため」と報道されていたのには驚きました。それこそ「何でも反対」の万年野党では…、と突っ込みを入れたくなりました。

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コメント

私は「国を愛する心」を子供に教えることそのものには大賛成です。
しかし,自分のブログにも書きましたが,今の政府のやり方の「流れ」に,何となく「愛国」よりも「忠国」の心を育てようとしている,つまり政府の決めることに不満を言わせないような方向へ導こうとしているように感じさせるところがあるのは確かだと思います。
その辺りがはっきりしない限りは,政府の愛国心教育の方針には反対せざるを得ないかなと感じています。
私のように「愛国心教育」そのものには賛成の人は多いと思いますし,そのような人たちで上に書いた文章の後半の方まで考える人は多くはないでしょうから,政府の思う壺にはまってしまう危険は大きそうで不安ですね。
また,反対派や慎重派の人たちが推進派の人たちに意見を伝えるのも,相手が「愛国心は当然」で思考停止してしまうとなかなか難しいでしょうね。

投稿: WontBeLong | 2006年5月 8日 (月) 23時29分

WontBeLongさん、コメントありがとうございました。
誰もが自分の国を愛する気持ちに自然となれることが理想だと思っています。法律に書き込みことは強制力も発生し、処罰の対象にもなり得ます。極端な心配をすれば、戦時中のような「非国民」という言葉がまかり通る時代に戻らないとは限りません。
確かにご指摘のあった「忠国」が自民党側から私も感じ取れるため、ますます今の「愛国心」論議に違和感を抱かざるを得ません。いずれにしても多様な考え方や思想が認め合っていける社会こそ、民主主義の国だと考えています。

投稿: OTSU | 2006年5月 9日 (火) 12時48分

前に使った原稿をそのままコピーして投稿しているので、この掲示板に載せるには少しおかしな箇所もいくつか見逃しているかもしれませんが、ご了承ください。長ったらしく読みづらいかもしれませんが、少しでもみなさんに理解され、また批判していただけたら幸いです。

日本を取り巻く世界の情勢は大きく変化している、というのは、昔からよく言われることですが、九十年代に入ってから今日までの日本の情況は、国の外も内側も、まれに見る深刻な状況に陥っていると言えるのではないでしょうか。ひとつに、それは対外関係の問題に現れています。マスコミなどで具体的に言われるところだと、北朝鮮の核ミサイル保有、中国や韓国の反日感情などがありますが、ほとんどのメディアが取り上げないところで、アメリカとの年次改革要望書によるむちゃくちゃな要求が挙げられるでしょう。この文書の内容は、ひたすら日本をアメリカにとって都合よく利用できるように改造せよというものです。たとえば、外資の保険会社が日本でも円滑に経営できるように、政府から市場を完全に開放するといったようなことが書かれてある。また、JR西日本の脱線事故や、耐震偽造問題も、民営化、規制緩和を推進する、その要望書こそが根本的な原因となっているのです。ほかにもさまざまなことがそこには書かれていますが、どれもアメリカにとって非常においしいだけで、日本になんらメリットの無いことばかりで、それが実際に、その文書の要求に従ってなされてしまう危険性が今の日本の政府にはあるのです。では、なぜそんなことがそもそも起こりうるのかというと、それは日本の官僚と議員がアメリカに依存してる人間ばかりだからなんですよ。アメリカに依存することで、自分たちの保身を図ろうとしているのです。国を思う気持ちなんて彼らには微塵もありゃしないんです。しかし、にもかかわらずですよ、そういった人間たちを主軸にいま、教育基本法を改正して愛国心を盛り込もうなどという動きがあるのだから、世も末じゃありませんかみなさん。
私が今回、主張したいのは、この愛国心の問題なんです。いまいったようなことがなされようとしているなかで、一方で日本人の意識はどうなっているか。きっとほとんどの人はこのことになんの関心も持っていないでしょう。なぜ持っていないか。日々の生活を営んでいく上でわざわざ政治問題に頭をひねっている時間が無い、からでしょうか。生活の苦しい状況にある人ならばそうかもしれません。しかし、ほとんどの国民は、もうちょっといろいろと考えてみる時間くらいは持っていはしませんか。それなのに、あまりこの問題には関心が無い。新聞やテレビなどのメディアが取り上げないから、というのも大きな要因でしょう。しかし、ではなぜそもそもメディアはこれを取り上げないのか。広告主の外資企業や外圧が怖いからだけではないはず。日本人が、自分たちの国政について強く興味を持つだけの、愛国心が欠けているから、報道しても別に視聴率に反映するわけじゃないし、それに圧力が怖いからやめておこう、という気にさせてしまうからではないでしょうか。

投稿: 国を思うひとり | 2006年6月19日 (月) 06時13分

続きですが、長ったらしく、しかも読みづらい文章ですみません。ご意見をいただけたら幸いです。


郷土愛、というのは、家族、家系、地域の住民や郷土そのものを大切に思う気持ちであり、愛国心とはそこから発展して、メディアや言語を媒介として想像される共同体を信頼する気持ちであると、私はここで定義します。家族を成り立たせるのは、大多数の家庭の場合は血縁であり、そしてそれ以上に親愛の感情です。では国民国家を成り立たせるのはなんでしょうか。それは信頼です。日本人だったらこうする、日本人だったらこういうマナーや道徳を自分と同じく共有しているはずだ、だから信頼して自分もこうしよう、と想像してみる気持ち、そしていざというときはその全体に対して、場合によっては命を賭けてでも守り抜いてやる、というある種の忠誠が、愛国心なんです。
そのような気持ちを、一人でも多くの国民が持たなければならない。でないと、自分の国をないがしろにするような政府が台頭しても、そのガンの腫瘍に関心を持つことが無くなる。そのためにも、教育基本法にそのことを盛り込み、子供たちに愛国心がどんなものであり、またどれほど大切であるかということをすすんで教えていくべきなのです。だがそれにもかかわらず、よりによって肝心の改正推進派の与党が、愛国心をちっとも持たないアメリカの言いなりになっているポチ保守ばかりなんですよ。このような政治家たちが本来あるべき愛国心を正しく子供たちに教えていくことがはたして可能でしょうか。
私は、国民全体がそういった教育の中心を担っていくべきだと強くいいたい。私たち市民が主体的に取り組むことで愛国教育を推し進めていくべきなんです。もちろん、教師もその役を一部になうことになりますが、教育の主体は、やはり家族と身近な地域の住人たちです。彼らの手により、まず、愛国心の基礎となる愛郷心が育てられなければならない。愛国心というものは、やや抽象的な概念で、それを教えろと口で言うのは簡単ですが、いざ実行するとなると難しい。ですから、家族や地域がやるべきなのは、まず愛郷心なんです。具体的にいつから、とは言えませんが、愛国というやや抽象度の高い心情は、少し歳をとってから自主的に学ばせてみることです。地道ですが、それがもっとも効果の上がる方法でしょう。
理念の話ばかりでしたが、では、政策提言として、教育基本法を具体的にどうするか、残りの時間を使って述べさせていただきます。まずはじめに言うと、私はこれを改正すべきだと考えます。そして、「郷土を大切に思い、国民を信頼する態度を養うことで、愛国心を涵養する」という記述を新たに設けるべきだと考えます。ここまでは、あまり自民党の改正案とあまり変わるところがありません。しかし!先ほども申しましたとおり、改正派の腹の中はどうも疑わしい。この点を考慮し、かつ私がこれまで申した理想を盛り込んで、改正案の十六条にある「教育は、…法律及びほかの法律の定めるところにより行われるべき」という記述をさらに訂正し、「教育は国民全体、その中で特に家族が責任の主体となって行われるべき」という形で記述するのが最善であると私は考えます。これにより、教育は、政府官僚からやや距離を置く形で機能されていくべきものである、というニュアンスが国民に伝わります。また近頃になって表ざたになった通信簿に「国を愛する態度を評価」の問題について言えば、学校という公的機関が愛国心教育の主体となるわけではないし、ましてや教師の注意不足で本当は愛郷心、愛国心のある子供が誤った判断をされたために、かえってそういった真情を失ってしまう、などといった考えられる可能性を減らすことにも、私の改正案は繋がることでしょう。そして学校での愛国心教育は、先ほどから申してる理由のとおり、なるべく家族と地域との連携をとる形で行われるのが最善です。そうすれば教師の側も自覚的に、具体的にこの問題に取り組んでいけるからです。
 自民党の提出した教育基本法改正案は、愛国心教育に関しては、一見すると正当であるように思える。しかし彼らの意図はやはり愛国心の名の下に国民を利用するというものであり、真に国民を思ってのことではない。だから、国民は主体的に愛国心を培っていかねばならない。日本の将来のためにも。

投稿: 国を思うひとり | 2006年6月19日 (月) 06時16分

国を思うひとりさん、すばらしい論文とも呼べるコメントありがとうございました。
一通り読ませていただきました。とりわけ今の小泉政権がアメリカ一辺倒である見方は強く共感するところです。そのような問題意識から愛国心について触れられた点、興味深く感じました。
教育の中で、どのように愛国心や愛郷心を取り上げるべきか、その必要性があるのか、今後、充分な議論が求められています。その意味合いからも貴重な提起をいただいたと受けとめています。
ぜひ、これからもよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2006年6月19日 (月) 12時47分

 国を思うひとりさん
 興味深く読ませて頂きました。
私も同感です。今日の日本、自分、があるのは過去に辛い戦争で日本を守る為に戦ってくれた一人ひとりの思いや魂があるおかげです。(実際に戦争を体験していない私たちの世代では戦争に関しての思いは多種多様でしょうが)
 年長者から話を聞き感じるのは、昔の日本人も「愛国心」「天皇陛下」といってもそれは自分の家族、郷土を象徴するものでそのために頑張れたのだと言う事です。もちろん「非国民」などといって結束をかためる為に行き過ぎた考えを教え込んだシーンもあったかもしれません。
 今、教育現場で愛国心教育なるものがなされ、「日本のすばらしいところは何でしょう?」などと言う授業が行われています。しかしその様な漠然とした事を子供に教え込むのではなく、まず日本人らしく和を重んじ、郷土を愛し、祖先を大切に思う気持ちを大人たちが行動を以って子供に教えるべきだと思います。 
 そのためにはまず戦後教育でアメリカによって塗り替えられた歴史を正しく教え、本来の日本になるべきではないでしょうか。
 北朝鮮のミサイルが日本に向いて発射準備されているというのになぜ日本人はみな他人事で興味をもたないのでしょうかね。狂牛病にさせられ、魂を売ってまでアメリカに守られ現実を直視しない今の日本人は国があってこその自分という気持ちが無く、なんとなく自分が住んでいるのが日本だな~という意識しかないのでしょうね。
 政治家も親米派と親中派の2派でいずれも自分の利益の為にこびをうってばかりで本当に日本の為に何かしようとしている議員は居ない、若しくは力が無い様に思います。

 私の主観ばかり述べましたが何かコメント頂ければ嬉しいです。

投稿: TM | 2006年6月22日 (木) 14時21分

>OTSU さん
コメント、ありがとうございます。
つたない論考ですが、そう言っていただけてうれしい限りです。

>TM さん
本当は、「愛郷心、愛国心を教えろ」と教育基本法に記述することが、必ずしも良いことだとは考えていないのが正直なところです。
教育の理念にわざわざ「愛国心を教えろ」なんて記述を入れようとしている先進国は日本ぐらいしかありません。
愛国(郷)心を養うなんて前提として当たり前、という考えが普通の先進国の国民にはあるからでしょう。
逆に中国や北朝鮮など、社会主義的な後進国の大半は、イデオロギーを教育理念に盛り込んでいます。
その是非はともかく、日本がそういった風にあるべきだとは、個人的には考えていないのですが。
しかし、それでもやはり、上述のとおり、そうせざるを得ないような差し迫った状況にいま日本が置かれている、というのが私の認識です。

TMさんのおっしゃるとおり、教育基本法いかんに関係なく、
祖先や郷土を大切に思う気持ちを子供たちに教えていくことが、
私たちの責務だと感じる次第です。

投稿: 国を思うひとり | 2006年7月 2日 (日) 19時50分

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