2015年6月27日 (土)

多様な声を認め合うことの大切さ

このブログを開設した後、しばらくして背景の色やイラストを一度だけ大きく変えていました。それ以降、ずっと同じレイアウトやテンプレートで続けています。あまりスクロールしなくても、文章が読めるよう任意に設定できる記事本文のテンプレート部分は「可変」としていました。最近、その設定では大きい画面で閲覧する際、文字が横に広がり過ぎて見づらいという指摘を受けました。

私自身は横に広がった記事本文の表示に見慣れていましたが、そのような「見づらい」という声を受けとめ、水曜の夜、久しぶりにレイアウトを大幅に変更しました。記事表示列を「可変」から「500ピクセル」に変え、一般的なブログのスタイルに改めてみました。もともと「文字が多い」という第一印象を与えがちなブログでしたが、変更後、ますますその傾向が強まったようにも感じています。

それでも文字の多さの目立ち方は変更前と変更後も五十歩百歩なのかも知れませんので、このまま新しいレイアウトで続けていくつもりです。仮に「以前のほうが見やすかった」という声が多く寄せられるようであれば、また元に戻すことも想定しています。いずれにしても一人でも多くの方に閲覧いただきたいと願っているため、少しでも「見やすい」ブログに近付けていければと考えています。

さて、このブログを通して多面的な情報に触れていくことの大切さを訴えた上、幅広い視点や立場からの多様な声や意見を認め合っていくことが、より望ましい「答え」を導き出すためには欠かせない心構えであることを提起してきました。物事一つ一つに対して個々人での見方や評価があります。個々人が積み重ねてきた知識や経験から基本的な考え方が培われ、その違いによって物事の見方や評価が大きく分かれがちとなります。

ただ信じている「答え」が必ずしも絶対的な「正解」とは限りません。自分自身にも省みていることですが、この論点は「完璧な人間はいない」「人は過ちを犯す」という見方に繋がります。特に物事を判断する際の情報が少なかったり、偏っていた場合、より望ましい「答え」を導き出せなくなります。同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。

一つの角度から得られた情報から判断すれば明らかにクロとされたケースも、異なる角度から得られる情報を加味した時、クロとは言い切れなくなる場合も少なくありません。クロかシロか、より望ましい「答え」を選択するためには多面的な情報をもとに判断していくことが非常に重要です。これまで繰り返してきた言葉を改めて掲げさせていただきましたが、このような趣旨を踏まえた際、多面的な情報に結び付く多様な声の貴重さを認識していかなければなりません。

内閣法制局長官が、憲法学者や長官OBらと意見交換する会合「参与会」に対する不満が政府・自民党内で強まっている。国会では政府が提出した集団的自衛権を限定容認する安全保障関連法案への審議が進むが、限定容認に否定的なOBらが現在の法制局の業務に口出しするのは「筋違い」(政府関係者)というわけだ。政府内からは、政府予算で運用される参与会の廃止や予算減額を求める意見も出始めた。

参与会は月1回程度、長官が法制次長ら現役幹部とともに、長官OBや憲法学者ら計10人程度を招いて懇談する会合だ。始まってから半世紀以上の歴史を持つ。法律で規定されたものではないため、私的会合との位置付けだが、政府の予算が使われている。2014年は8回、今年も5回開催された。今年度予算には出席者への謝礼として158万円が計上されている。【読売新聞2015年6月23日

参与会は内閣法制局長官らが多様な声を受けとめ、いろいろ参考にしていくための場であるはずです。これまで異論や反論が示されれば謙虚に耳を傾け、方針を修正していく機会に繋げることもあったのではないでしょうか。今回、安保関連法案を「違憲」と指摘するOBらが多いからと言って、参与会の廃止や予算減額という声が政府内から示されたことに驚いていました。あまりにも露骨な政治的な圧力に繋がる話であり、現政権の体質を表わしている事例だと見ていました。すると数日後、もっと驚くべき出来事が明らかになっていきました。

安全保障関連法案をめぐり、自民党執行部が党内の異論封じへ引き締めを図っている。25日に予定されていたリベラル系議員の勉強会に「時期が悪い」と注文をつけ、結局、中止に。OB議員の批判にも神経をとがらせる。法案への国民の理解が広がらず、憲法学者から「違憲」と指摘された焦りからか、身内の動向にまで敏感になっている。中止に追い込まれたのは、党内ハト派とされる「宏池会」(岸田派)の武井俊輔、無派閥の石崎徹両衆院議員らが立ち上げた「過去を学び『分厚い保守政治』を 目指す若手議員の会」だ。

この日、漫画家の小林よしのり氏を招いて5回目の会合を開く予定だったが、2日前に急きょ中止が発表された。小林氏は、自衛隊を軍隊と位置づけるべきだとの立場から、改憲を主張する保守派の論客だ。憲法の解釈を変更して集団的自衛権を使えるようにした安倍晋三首相に批判的な立場だ。複数の議員によると今月中旬、党幹部の一人が「分厚い保守政治の会」のメンバーに対し、「安全保障関連法案への審議に影響がある」として法案成立まで会合を開かないよう求めたという。

別の党幹部は「小林氏を呼べば、政権批判をされ、憲法学者が法案を違憲だと指摘した二の舞いになる」と打ち明ける。一方、メンバーには「党内の幅広い意見が消える」との声もあり、政治学者の御厨貴氏を呼ぶ予定だった次回の会合は中止せず、そのまま開くことを決めた。小林氏は朝日新聞の取材に「会合中止は国会が空転しているから、と説明されただけだ。執行部への抵抗勢力になるのが怖くなり、負けたんだと思う。自民は全体主義になっている」と語った。【朝日新聞2015年6月26日

前述したような趣旨を懐深く受けとめていった場合、異論や反論、批判意見やクレームは歓迎すべきものだと言えます。もちろん誹謗中傷や単に攻撃目的の罵詈雑言との峻別が欠かせないことも確かです。それでも正しいと信じた「答え」を検証していく機会として、まずは多様な声に耳を傾ける姿勢が大事だろうと考えています。その意味で今後の日本の行方を左右する重要な局面にも関わらず、貴重な異論を聞き取る機会を否定した自民党幹部の姿勢は疑問視しなければなりません。さらに驚くべき話が明らかになり、大きな波紋を広げています。

安倍晋三首相に近い自民党の若手議員約40人が25日、憲法改正を推進する勉強会「文化芸術懇話会」の初会合を党本部で開いた。安全保障関連法案に対する 国民の理解が広がらない現状を踏まえ、報道機関を批判する意見が噴出した。講師として招いた作家の百田尚樹氏に助言を求める場面も目立った。出席者によると、百田氏は集団的自衛権の行使容認に賛成の立場を表明した上で、政府の対応について「国民に対するアピールが下手だ。気持ちにいかに訴えるかが大事だ」と指摘した。

出席議員からは、安保法案を批判する報道に関し「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」との声が上がった。沖縄県の地元紙が政府に批判的だとの意見が出たのに対し、百田氏は「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない。あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ」と主張した。

懇話会は木原稔青年局長が代表で、首相側近の加藤勝信官房副長官や萩生田光一・党総裁特別補佐も参加した。出席者の発言について、自民党中堅は「自分たちの言動が国民からどのような目で見られるか理解していない。安保法案の審議にマイナスだ」と指摘。公明党幹部は「気に入らない報道を圧力でつぶそうとするのは情けない」と苦言を呈した。【毎日新聞2015年6月26日

この報道に接し、唖然としました。百田氏は「反日とか売国とか、まずとにかく日本を貶める目的を持って書いているとしか思えない記事が多い」と発言しています。いわゆる「ネトウヨ」と言われるような方々がよく使う言葉であり、思い込みが先走った批判の仕方です。以前の記事「リベラルじゃダメですか?」の中で記したことですが、「反日」と批判されるような「日本を憎む」「スパイのような立場から日本政府を転覆させる」という意図を持つ日本人は皆無に近いものと考えています。

当然、マスコミも同様であり、日本の行く末を懸念した中からの様々な報道や問題提起に過ぎません。それを「反日」や「売国」という言葉で批判することは、最近、安倍首相が忌み嫌っている「レッテル貼り」と同じだろうと考えています。この百田氏の発言に対し、出席した自民党議員の複数から「そうだ、そうだ」という声が上がっていました。「マスコミをこらしめる」という自民党議員の論外な発言をはじめ、安倍首相に近い政治家のレベルが浮き彫りになっています。

もちろん百田氏や政治家一人ひとりの個人的な発言に対しては、「言論の自由」が保障されなければなりません。しかし、その「言論の自由」を保障するため、権力側である政府与党は政治的な圧力を加えないよう細心の注意を払っていく必要があります。安倍首相も「私の考えを述べるのは言論の自由だ」と国会で答弁されていましたが、権力側と一個人の発言の峻別を適切に理解されていないような気がしています。

いろいろな「答え」を認め合った場として、このブログを続けています。いろいろな「答え」や多様な声を認め合うという言葉が誤解される時もあります。自分自身の考え方と異なる意見にも「賛同すべき」という意味合いではありません。多様な意見を見下し、全否定するのではなく、そのような見方もあったのかという懐深い相互の関係性を望んでいる言葉です。フランスの哲学者ヴォルテールの「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という言葉に繋がる発想だと考えています。

多様な声が発せられないような人間関係や組織では問題です。過ちを正す機会を逸し、結果的に大きな損失を生じさせる可能性があります。社会や政治の場面でも同様であり、よりいっそう多様な声を認め合うことの大切さが求められていくはずです。そのためにも権力側に位置する政治家の皆さんは「言論の自由」を阻害するような発言や振る舞いは慎み、委縮することなく多様な声が発せられる社会に向けて尽力して欲しいものと願っています。

安倍首相は国会の会期が95日間延長されたことを受け、国会内で記者団の質問に対し、安保関連法案は「充分な審議時間を取って徹底的に議論していきたい。最終的には決めるべき時は決める。この議会制民主主義の王道を進んでいくべきだと判断した。丁寧な説明を心がけながら、成立をめざしたい」と答えています。この発言の意図は「時間はかけるけど、最後は与党の現有議席の多数で決めます」であり、どれほど多様な声が示されても「結論ありき」で強引に押し進めることを表明したように感じています。

安倍首相の「私が丁寧にご説明します」と題された特集が目に付き、『WiLL』最新号を発売日に購入しました。読んでみても目新しい内容はなく、これまで安倍首相が答えてきている焼き直しの文章でした。それよりも「安倍外交、世界を動かす」という対談など安倍首相の働きぶりを称賛する記事があふれていることに驚かされました。一方で、ネット上からウクライナ訪問を懸念した見方や安倍首相の最近の言動を知ることができます。

称賛も批判も多面的な情報の一つとして冷静に受けとめながら、これまでも安倍首相や現政権がめざしている方向性などを評価しているつもりです。しかし、どうしても残念ながら安倍首相には『WiLL』で称賛されているような声だけが届き、耳の痛い批判意見は「どうせ〇〇の発言だから」とご自身が嫌うレッテルを貼った見方をされているように感じがちです。最後に、今回の記事の中には人によって不愉快に思う箇所もあるのかも知れませんが、ぜひ、多様な声の一つとしてご理解ご容赦いただければ幸いです。

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