2014年4月20日 (日)

自治労は討論しない?

前回記事「コメント投稿数が1万件突破」の中で、コメント投稿される際は名前欄の記載を改めてお願いしていました。実は名前欄の入力は次のような機能が使えるメリットもあります。右サイドバーの「最近のコメント」に並んだ名前をクリックすると、そのコメントに一気に飛ぶことができます。逆に名前がない場合、当該記事を開いてから投稿順に並んだコメントをスクロールし、ようやくたどり着くことになります。古い記事でコメント数が多い場合、かかる手間は随分違います。このような点からも名前欄の記載についてご理解ご協力いただければ幸いです。

さて、このブログは週に1回の更新を定着させていますが、ありがたいことに毎日500人以上の方に訪れていただき、千件近くのアクセスを得られています。ヤフーのトップページに掲げられた時、1日のアクセス数23,278件、訪問者数18,393人という突出した記録もありますが、普段は前述したとおりの幅で推移しています。なお、このブログを訪れてくださった皆さんが必ずしもコメント欄まで閲覧されるとは限りません。そのため、コメント欄に寄せられた投稿内容をもとに記事本文を書き込む際、なるべく原文をそのまま紹介するように努めています。

2年ほど前からコメント欄での「一問一答」から離れ、記事本文を通してじっくりお答えするようになっているため、寄せられたコメントを記事本文に掲げる機会が増えています。その場合、「さらし者」「吊るされている」というネガティブな見方をされる方もいますが、そのような意図は微塵もありません。もちろん当該記事のリンクもはりますが、そのコメント欄まで皆さんが目を通さないことを考えれば、原文を新規記事の本文に掲げる必要性についてご理解いただけるものと思っています。

付け加えれば、インターネット上にコメント投稿するという行為は広く不特定多数の方々に自分の意見を発信するというものであり、そもそも「さらし者」という言い方には違和感がありました。一人でも多くの方に自分の意見を聞いて欲しい、そのように考えた時、マイナーなブログの範囲とは言え、記事本文に取り上げられることで数倍の数の方々から注目されることになります。したがって、記事本文に紹介されることで「吊るされた」と思われた方は、ご自身のコメント内容に何か後ろめたさをお持ちだったのでしょうか。

さらに意訳や恣意的に編集されるよりも、コメント内容の原文をそのまま掲げるほうがフェアであるように理解しています。そのため、誤字や脱字があった場合も手を加えずに紹介しています。ただレイアウト上の関係から改行に関しては当ブログのスタイルに揃えさせていただいています。ぜひ、このような考え方についてご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。前置きが長くなりましたが、「平和の話、インデックスⅡ」のコメント欄で、たまさんから寄せられたコメントを青字、それに対する私からのレスを赤字、関連したnagiさんからのコメントを緑字で紹介させていただきます。

時間かかりました。大まかですが全部目を通しました。ですが、同じ質問を繰り返したいくらいです。不毛なのでやりませんが。そもそもリンク先のコメントにもきつい質問には答えないと書かれてるじゃないですか、それも何度も(笑 大体どの記事でもサヨク的な記事を載せる→コメントらんで噛みつかれる→管理人『じゃ、また来週!』もしくは『人生いろいろ、思想もいろいろ』でうやむやの繰り返しじゃないですか。

まぁ常連さんのnagiさんが聞いてる時点で過去の記事見ても分かるはずないだろうなぁとは思っていましたが。とはいえ、あの質問には答えられないのは分かっていましたよ。自治労の教義を守りつつ、かつ自分が攻撃されない回答は無理だと確信してましたからね。意地の悪いコメントでした。なぜなら、自治労の大会という名の洗脳集会に何度も行ったことがありますからね、私も。自治労の仲間(笑)として…。

せっかく一通り見させてもらったのでひとつ感想を。どの記事かの、mobileSEさん?だったかな、の自治労を強烈にこきおろしたコメントが一番印象的でしたね。言い方はキツいですが、内部から見てる私からすれば、まさに的確な表現だと思いましたよ。ここでもそうですが、自治労は討論をしませんもんね。まず結論、自治労の教義が頭にあり、その中で話をするだけですからね。まぁ組織として当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが。

なんていうか、異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね。自分の思想を垂れ流すだけ。つまり、本気で日本の将来について責任をもって考えていない。あ、いや、日本という国のことはどうでもいいんでしたっけ?愛国心とか、押し付けになりますもんね、思想の。税金を給料として貰っている公務員が例えプライベートだろうが愛国心押し付けんなって、結構ふざけた主張のように思いますけどね、ワタシの感覚では。【投稿: たま | 2014年4月 6日 (日) 10時45分】

たまさん、コメントありがとうございます。答えていてもご自身の「答え」からかけ離れている場合、「答えていない」という指摘を受けがちな点について痛感してきました。このような言葉も、たまさんからすれば不誠実な「答え」に映るのだろうと推測しています。私も多くを繰り返しませんが、「自治労は討論をしませんもんね」などいくつか首をかしげざる得ない見方を持たれているようです。私自身も自治労大会には数多く参加していますので、きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。しかし、だから「異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね」という指摘などは決め付けや偏見の類いであるように感じています。【投稿: OTSU | 2014年4月 6日 (日) 21時56分】

たま氏とOTSU氏のやりとりが興味深いですが、>答えていてもご自身の「答え」からかけ離れている場合、「答えていない」という指摘を受けがちな点について痛感してきました。この文には私も疑問があります。質問者が考える正解と回答者が考える正解が不一致だから「答えていない」という指摘ではないと理解しています。私が以前、OTSU氏に申し上げたのは「答えを受け取ることができない」あるいはOTSU氏が言うところの「答えが理解できない」場合です。

単純な例えで言うと、ある日本人が日本語で質問し、日本語を理解できるエジプト人がアラビア語で回答した。しかし日本人はアラビア語を理解できないので回答されたのか質問されたのか、あるいは他のことを言ったのか理解できない。このような状況であると以前申し上げました。多くの質問者が言ってることは、上記のような意味だと私は解釈しています。

その点を踏まえて、たま氏からの発言に対してOTSU氏が示した文で、>私自身も自治労大会には数多く参加していますので、きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。しかし、だから「異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね」という指摘などは決め付けや偏見の類いであるように感じています。OTSU氏より、「きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。」と事象を確認しています。

その事象に対して、OTSU氏の考えが示されていますが、考えを示すより、OTSU氏が知る、反証となる事実を提示し、「このような方法で異なる意見を闘わせ良くしていこうとしている」と示されるほうが有効であると思います。そうでないと、なぜ決め付けなのか、なぜ偏見なのか、他の者には理解できないからです。長々と書きましたが、興味深いやりとりでしたので発言しました。これはOTSU氏に対しての批判ではありませんので、よろしくお願いします。【投稿: nagi | 2014年4月 8日 (火) 11時58分】

Σ(゜□゜) チンタラ書くこと考えてたらnagiさんにうまい事まとめて先に書かれちゃった!ともあれ、管理人さん回答ありがとうございます。○ひとつめ コメントの回答についてnagiさんが書いてくれたとおりなので省きます。○ふたつめ 組合の平和活動について書き方が悪かったかもしれません。少なくとも私の所属する組合・単組では、これまで一度たりとも平和に関する、なんていうか議論の場があったことはないのですよ。東京の方では違うのかもしれませんが。

では、平和に関する主張がうちの組合ではないのか?と言われればNO なんでか知らぬ間に反戦・平和だと謳っています。私の感覚では、広い視野で見れば、言い方は悪いですが公務員の勤務環境なんぞより規模の大きな主張であると思います。にもかかわらず、管理人さんも言われているとおりきめ細かい討論の場がないのに、なぜ結論だけは作られていくのですかねぇ、不思議でなりません。あと、私の決め付けとやらについてですが、決めつけなどではなく今まで在籍した中での私の感想です。そういう決め付けは勘弁してもらいたいです。まぁこれは言葉遊びです。

上にも書きましたが議論を闘わせたことは、少なくとも私の経験の中には微塵もありません。そういうテーマに触れたときは「自衛隊は必要だ」「憲法改正は必要だ」と私はことあるごとに自治労の協議に反する発言してきました。結果どうなったか・・・、黙殺。大会でそんな発言自体がなかったことになりました。私だけじゃなかったこともあったんですけどね。で、大会では反戦・平和へのタタカイの必要性を確認できた!僕たちの戦いは続いていく!!ですわ。笑えます。数の暴力による言論弾圧って怖いですね。【投稿: たま | 2014年4月 8日 (火) 22時12分】 

nagiさん、たまさん、コメントありがとうございました。いろいろ申し上げたいこと、申し上げなければならない点があるようですが、新規記事が「コメント」に関わる内容を予定しています。直接的なレスとはならないかも知れませんが、その中でいろいろ思うことを綴らせていただくつもりです。基本的にコメント欄からは距離を置き、記事本文に集中するスタイルに改めていますのでご理解ご容赦くださるようお願いします。【投稿: OTSU | 2014年4月12日 (土) 20時56分】

5件分のコメントをそのまま紹介しましたので、たいへん長い記事になってしまい恐縮です。前回の記事で上記のやり取りについて触れられなかったため、今回の記事本文を通し、いろいろ申し上げたいことを綴らせていただくつもりです。まず多くの論点が含まれていますので、絞り込んでいかなければなりません。私自身の平和や安全保障に関する考え方は「平和の話、インデックスⅡ」で示した数々の記事のとおりです。答えていてもご自身の「答え」からかけ離れている場合、「答えていない」という指摘を受けがちな点について、たいへん申し訳ありませんが、偽らない私自身の心証です。

確かに「○」か「×」で問われた際、「○でも×でもない」という答えを行なっている場合もあります。しかし、最近の記事の冒頭でも触れたとおり私自身はシロかクロか簡単に結論を決め付けず「グレー」も認めていくアナログ思考派だと思っていますので、特異な話であるような認識もありません。さらに言葉や表現を選ぶ時が多いため、人によっては非常に分かりづらく感じてしまうのかも知れません。もちろん今後も、どなたにも理解いただけるような言葉や表現方法に努力していきますが、「分かり合えなくても」という思いに至っていることも否めないようです。

「自治労は討論をしませんもんね」などに関してですが、たまさんから自治労大会の事例が示されていましたので討論スタイルのあり方を指摘させていただきました。その上で、たまさんのコメントから決め付けや偏見の類いであるように感じたことは間違いなく、たいへん失礼致しました。なお、nagiさんからは事実を提示することの必要性をご指摘いただきました。まさしく批判する側、反証する側それぞれに求められている心構えであり、今回の記事本文を通して補足させていただくことになりました。

自治労の話、2012年夏」「鹿児島で自治労大会」など自治労大会に関しては当ブログの中で何回か取り上げています。「熱い討議で自治労方針確立」に記されているとおり討論の結果、委員長人事が土壇場で変更された時もありました。このようにシナリオのない展開も決して珍しくありませんが、きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは次のような理由からでした。千人規模の代議員による会議であるため、方針案全体の幅広いテーマに対し、何人かが順番に会場のマイクで発言し、一定の人数で区切り、檀上の執行部側が一括で答弁するスタイルとなっています。

答弁に納得できない場合、さらに質問や反論する機会も認められていますが、全体的な流れは発言と答弁、それぞれ片道の討論が大半です。このようなやり取りを尽くした上、最終的に多数決による採決の結果、執行部原案が確認されていきます。時々、前述したとおり波乱な結果もあり得ますが、専ら大会前の原案を決める時点が幅のある討論の機会となっています。したがって、たまさんが自治労大会だけ見て判断されているように見受けられたため、それだけで決め付けてもらいたくないものと考えたところでした。

続いて、平和の問題に限らず、基本的な方向性や方針に関しては継続性、要するに従前の内容を踏襲するようになっています。一定の規模の組織であれば同様であり、毎回、方針案を白紙の状態から積み上げることはないはずです。たまさんの組合や自治労の中で平和の問題が四六時中議論されていない事情はこのような背景から生じています。その上で、どこの組織も大きな方向性の範囲内で個別各論の議論や討論が尽くされているはずです。自治労も大会以外の場で、テーマ別に討論する機会が数多く催されています。

もちろん基本的な方向性そのものの議論もタブーではありません。ただ左を向いている組織に対し、逆方向である右に向かせることは物凄いパワーやエネルギーが必要です。その中で、方向性の是非は横に置かせていただきますが、たまさんがご自身の組合の中で機会あるごとに反対意見を表明されている点については敬服すべきお話だと思っています。一方で、黙殺という事実関係については情報が少し不足していますが、たまさんにそのような不満を残させていること自体、組合にとって残念な見られ方だと感じています。

まだまだ申し上げなければならないことが多いのかも知れません。それでも今回の記事は、そろそろ締めさせていただきます。最後に、たまさんのような問題意識を持つ自治労組合員も多いのだろうと見ています。だからこそ率直な声が伺える機会は貴重なことだと考えています。そして、指摘を受け、改めるべき点があれば改め、誤解されている点があれば理解を求めていくことの大切さをいつも感じているところです。

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