2016年7月16日 (土)

参院選が終わり、次は都知事選

このブログの新規記事を投稿するため、パソコンに向かった際、記事タイトルを決めてから書き進めるほうが少ないようです。仮のタイトルを付け、書き進めている途中で正式なタイトルに改める場合や、書き終わった後に迷いながら決める場合のほうが多くなっています。今回、書き記したい内容が雑然と頭の中に広がっています。一つのタイトルに括るのは難しそうな広がり方でした。

そのため、最初から「参院選が終わり、次は都知事選」という漠然としたタイトルを付け、今、思うことを気ままに書き進めていくつもりです。もともとブログのサブタイトルに「雑談放談」を付けているため、今回に限った話ではありませんがご容赦ください。と言う訳で、まず少し前の記事「サミット、広島、そして沖縄」のコメント欄で「機会を見て詳しく補足できれば」とお伝えしていた点について取り上げさせていただきます。

その記事「サミット、広島、そして沖縄」に対し、bareさんから「米軍人ではなく米軍属が起こした個人的犯罪でも、米軍の所為だとして批判することは当然という思想ですか 驚きました 基地反対運動は結構ですが、私は事件と基地を結び付けるような人種差別に繋がりかねない思想には絶対に反対します」というコメントが寄せられました。bareさんのような見方があることも受けとめた上、沖縄の歴史や現状を軽視せず、今回の事件に対応していく必要性があることを記事本文で綴っていました。

そのような問題意識や見方に対する評価も個々人で差異があるものと思っています。ただbareさんのコメントの中では「人種差別に繋がりかねない思想」という批判までされていたため、「私の思いすごしや勘違いでしたら謝らなければなりませんが、これまでも記事本文をよく読んでいただけていないようなコメントが多いように感じています。しっかり読まれた上での批判や指摘だった場合、たいへん失礼な言葉であり、深くお詫び申し上げます」という言葉も書き添えていました。

私自身の表現力の問題もあるのかも知れませんが、しっかりお読みいただければ「人種差別」という批判には繋がらないものと考え、たいへん失礼ながら余計な一言を添えてしまいました。これまでもbareさんのコメントで、いくつか気になった時がありました。自衛隊創設前、朝鮮戦争の際に海上保安庁の日本特別掃海隊が機雷除去に携わりました。このような歴史を踏まえながらも、憲法9条という歯止めが自衛隊を最前線に立たせていない「特別さ」や効用があることを私自身は提起しているつもりです。

それに対し、bareさんは「日本特別掃海隊は朝鮮戦争に直接参加した事例です」と指摘し、憲法9条を神聖化したいがために日本特別掃海隊に言及しながらもあくまで直接参加していないとするのは、やはり歴史に対する冒涜です、という批判に繋げていました。日本特別掃海隊が朝鮮戦争に後方支援として参加していることを認めた上で、憲法9条の役割について記しているのにも関わらず、「歴史に対する冒涜」とまで批判されてしまうことに違和感がありました。

他にも「報道の自由度、日本は72位」の中で取り上げた「言論の自由に対する重大な挑戦であり、民主主義の否定です」というbareさんからの批判も、しっかりお読みいただければ…、という思いが残った一例でした。そもそも私自身、数多くのブログ等をブックマークし、定期的に訪問しています。しかし、記事本文の内容を必ず熟読している訳ではありません。サラッと目を通し、何が書いてあるのか分かったつもりになっていることも珍しくありません。

誤解を受けないためにも念のため、このブログにコメント投稿する際、記事本文を熟読くださるよう要請するものではありません。記事本文とは無関係な内容の投稿をはじめ、個々の意見表明や知り得た情報提供の場として活用いただくことも歓迎しています。もちろん直接的な批判コメントはその意図や趣旨を斟酌し、自分自身の考えが正しいのかどうか思いを巡らす機会に繋げています。ただbareさんのコメントの場合、なぜ、そのような見方になってしまうのか驚く時が多かったため、たいへん恐縮ながら前述したような一言を添えてしまっていました。

実はbareさんに限らず、私自身の提起している問題意識や論点が適切に伝えられないまま、不本意な批判を受けてしまう時は頻繁にあります。以前、「議論の3要素」や「願望」という調味料の話を取り上げたことがあります。事実(データや根拠)があって、人それぞれの推論があり、人それぞれの主張に繋がります。事実の一例として、このブログの記述内容があります。ブログの管理人は自治労に所属する組合の委員長です。自治労はいわゆる左に位置する団体だと見られがちです。ここまでは事実であり、理解のされ方に差異はあまり生じないはずです。しかし、推論の仕方は人それぞれ枝分かれしていきます。

自治労のような運動を進める団体に嫌悪感を持たれている方にとって、このブログに綴られている内容はハナから批判の対象になりがちで「憲法9条を神聖化したいのだろう」という推論が働き、「歴史に対する冒涜」という主張に繋がってしまうのかも知れません。このような記述も私自身の推論から導き出しているため、絶対正しいと主張するつもりは毛頭ありません。さらに自分の立ち位置に好都合な解釈を付与させがちになることを「願望」という調味料と表現しています。要するに人それぞれの主張に隔たりが生じる原因は推論の相違だと言えます。

先週日曜に投開票された参院選挙は与党側の圧勝という見方が大勢を占めています。一方で、3年前の獲得議席と比べれば、野党側の一人区での健闘、民進党の巻き返しという見方も成り立ちます。事実は基本的に一つですが、個々人の推論や願望が加わることで導き出す主張や見方も変化していくようです。以前の記事「改めて言葉の重さ」の中で人によってドレスの色が変わるという話を紹介しました。その際、安倍首相に対する評価や見方も人によって本当に大きく変わることを記していました。

参院選挙の開票を伝える各局のテレビ番組に安倍首相が出演しました。LITERAの記事「改憲はもうイエスかノーかの段階じゃない」が詳述していますが、「自民党はそもそも憲法改正しようということをずっと言っている党でありますから、自民党はそういう人たちが集まっている党であります。ですから自民党で出ている以上、党の基本的な考え方、政権公約のなかにも入っていますから、当然、それを前提に票は入れていただいているんだと思います」と安倍首相は発言していました。

このような安倍首相の発言に対し、選挙戦で争点にしなかった点などについて疑問の声を投げかけたアナウンサーも少なくありません。それに対し、ネット上では「安倍総理に論破されてムッとするTBS竹内明アナ」などアナウンサーらを非難する声が上がる一方、次のような辛辣な見方も示されていました。精神科医の片田珠美さんは「安倍首相の歓喜にあふれ、高揚した顔を見て傲慢症候群が一層悪化するのではないかと危惧せずにはいられなかった」と話しています。

参院選挙の3日後、日本会議の田久保忠衛議長は日本外国特派員協会で会見し、安倍首相を「普通の国」実現に着手した、たった一人の政治家だと絶賛していました。このように事実は基本的に一つですが、導き出す評価や結論が人によって大きく分かれがちです。特に安倍首相の言動に対する評価は本当に人によって大きく分かれることを改めて実感する機会に繋がっていました。

冒頭に記したとおり今回の記事はまとまりがなく、思うことを気ままに書き進めています。記事タイトルのとおり参院選挙が終わり、すでに東京都知事選挙が木曜日に告示されています。この話題こそ、事実は一つでも見方や感想は人によって大きく分かれていくような気がしています。気ままに書き進めながらも、たいへん長い記事になっています。都知事選に対しても、いろいろ思うことが頭の中に広がっていますが、今回の記事はここで一区切り付けさせていただきます。

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