2024年4月21日 (日)

残念な与党、されど野党 Part3

違法賭博に関与した可能性を疑われていたドジャースの大谷翔平選手の潔白が明らかになっています。今月最初の記事「二階元幹事長と大谷選手、好対照な記者会見」の中で「大谷選手にウソは絶対似合いません」と記し、 専属通訳だった水原一平氏のほうがウソをついているという見方に変わった経緯を伝えていました。

この問題が報道された当初、私自身も『大谷翔平を〝見誤った〟北村弁護士が謝罪「大嘘つきにだまされた自分を恥じております」』という記事のとおり大谷選手にお詫びしなければならないような認識でした。やはり大谷選手がウソをつくことはなく、信じて良かったと安堵しているところです。

たり前なことですが、日頃からウソをつくような人ではないという信頼感があった大谷選手だからこそ、今回の問題でも正直に話しているという認識に至ったと言えます。逆に普段から疑いをかけられることの多い人物だった場合、誰も大谷選手の言葉を信じることはできなかったのではないでしょうか。

一昨日、児童手当や育児休業給付を拡充する少子化対策関連法案が衆院を通過しました。公的医療保険料に上乗せして徴収する「子ども・子育て支援金」について、岸田総理は「実質負担はない」と繰り返し説明しています。岸田総理や現政権に対し、日頃から強い信頼関係があれば、そのような説明を信じることができるのかも知れません。

しかし、自民党の裏金問題の対応ぶりをはじめ、正直さや誠実さから程遠い現況を目の当たりにしているため、その場だけ取り繕うような無責任な言葉に聞こえてしまいます。たいへん残念なことですが、つまり「ウソをついているのではないか」という疑いの目で見ざるを得ません。

これまで「信頼できる政治のあり方期待したい政治のあり方」などの記事を通し、現在の政権運営を反面教師としながら私自身の問題意識や要望を綴ってきています。一言で言えば「正直であって欲しい」であり、一貫した誠実さが信頼できる政治につながるはずであり、財政面の負担増なども国民から理解を得ていけるのではないかという思いを綴っています。

より望ましい政治の実現のためには、国民からの信頼を失えば政権の座から下りることになるという緊張感が必要です。しかし、政権交代を果たしたことで政治が混乱し、国民生活に悪影響を及ぼしていくようでは本末転倒です。政権交代が目的ではなく、国民の暮らしや安全を維持向上させていくための手段につながっていかなければなりません。

上記は前回記事「残念な与党、されど野党 Part2」の最後のほうに掲げた私自身の問題意識です。念のため、安倍元総理の「悪夢の民主党政権」という見方につながる問題意識ではありません。そもそも「国民のすべてが悪夢だと思っていた訳ではない」という言葉のほうに首肯しています。

ただ民主党政権時代、拙さや至らなさがあったことも確かだろうと思っています。2009年秋の政権交代直後、このブログでは「新政権への期待と要望」という記事を投稿していました。改めて今、下記のような内容を読み返してみると要望はかなわなかったという思いに行き着きます。 

特に今回の総選挙戦の勝敗を分けた鍵は、マニフェストの優劣だった訳ではない見方が強まっています。自民党政治からの「チェンジ」を願った票の積み重ねが地殻変動を起こし、民主党の勝利につながったものと受けとめています。確かに子ども手当や農業の戸別所得補償制度など、具体的な公約が民主党への支持を広げたことも事実だと思います。一方で、直接的なメリットがないどころか、負担増になる可能性を覚悟した多くの人たちも民主党へ1票を投じているはずです。

つまり個別政策への期待よりも、閉塞感を打開するため、政権選択が大きな判断材料になったものと見ています。以前から民主党の公約だった高速道路の無料化など、簡単に下ろせなかった経緯もあったのでしょうが、正直なところ優先順位の高い政策なのかどうか疑問が残っています。それでも必ず公約の大半は実現に向けて、具体的な検討に入ることが民主党の今後の既定路線です。

仮にマニフェストを軽視した場合、国民との約束を破ることとなり、一気に民主党への批判が強まっていくはずです。したがって、まずは政権公約に掲げた政策の実現に向け、全力を尽くしていくのが当たり前な話だと受けとめています。しかし、著しい歪みや将来への大きな禍根が見込まれた時は、勇気ある撤退や大胆な軌道修正も選択肢に加えて欲しいものと望んでいます。

民主党が期待されているのは、総論としての国民生活の向上であり、明るい未来を切り開くことだと思っています。党としての面子や体裁にこだわり、各論の実現を優先しすぎた結果、逆に国民を不幸せにするような事態は本末転倒なことです。公約を修正する際など、真正面から誠意を尽くして説明責任を果たしていく限り、国民からの信頼も簡単に失墜しないのではないでしょうか。

今回の新規記事を書き始めた時、タイトルを決めていませんでした。少し迷いましたが、「残念な与党、されど野党」というタイトルに「Part3」を付けています。自民党の裏金事件をはじめ、資質の問われる国会議員の多さなど様々な残念さが目立つ与党ですが、されど野党に対する支持率も伸び悩んでいます。

「政権交代を望む」という世論調査での国民の意思とのネジレが起きるようでは問題だろうと考えています。民主党が政権を担っていた時、赤字で掲げた上記の内容のとおり「総論としての国民生活の向上」という軸足さえ、しっかりしていれば各論での迷走は最低限にとどめられたように思っています。

いずれにしても民主党政権が国民から一定の支持を維持できていれば、安倍元総理の「悪夢の民主党政権」という揶揄は一笑に付され、常に「支持政党なし」が過半数を占めるような政治状況も少し変わっていたのかも知れません。

ちなみに現在、東京15区、島根1区、長崎3区で衆院補選が行なわれています。それぞれ選挙戦の構図は大きく異なっています。東京15区は与党候補不在で野党と無所属の新人候補9名の争いとなっています。島根1区は自民党と立憲民主党、長崎3区は立憲民主党と日本維新の会との一騎打ちという構図です。

これまで3選挙区とも自民党が議席を得ていたため、不戦敗によって2議席減らすことが確定しています。自民党にとって保守王国での1議席を死守できるかどうかの瀬戸際だと言えます。3選挙区に候補者を擁立している立憲民主党は野党第1党争いをはじめ、今後、躍進できるかどうか試金石の選挙戦となっています。

この選挙戦に絡み様々な声が伝えられています。まず『維新・馬場代表「立憲をたたきつぶす必要ある」 自民党とは将来「お互い切磋琢磨」』という過激な発言です。記者会見の場で「たたきつぶす」という言葉を発する馬場代表の傲慢さに驚きました。考え方や意見の合わない政党の存在を許さない姿勢に恐怖感を覚えます。

さらに自民党に対してはシンパシーを隠さない姿勢に分かりやすさを感じています。もともと「総論としての国民生活の向上」という軸足を考えた時、立憲民主党と日本維新の会は、自民党との距離感よりも大きく離れているものと思っています。そのため、立憲民主党と日本維新の会が手を携えて政権交代をめざす姿はまったく想像できていませんでした。

少し前に野田元総理が「立民は関東、維新は関西」とし、すみ分けを提唱したようですが、違和感のある発想でした。この機会にそのような発想はあり得ないものとし、自民党や日本維新の会との違いを強調すべきです。「政権交代を果たしたことで政治が混乱」という事態を避けるためにも、各党の軸足を大事にした選挙協力であることを願っています。

このブログでは、属性による決め付けた批判は避けるようにしています。具体的な事例を紹介しながら、その言動や振る舞いを批判するように努めています。日本維新の会だから批判し、拒絶感を示すのではなく、このような事例は「問題ではないか」という視点をもとに紹介しています。そのような意味合いで、日本維新の会に絡む問題視すべき事例は後を絶ちません。

参考までに『また維新が…元公設秘書らが党国会議員を“告発”  「陰でパワハラに泣いているスタッフばかり」』『《案内状入手》維新“関東のドン”が「企業団体お抱えパーティ」を開催する!《維新の馬場代表も発起人、特別講演の“お墨付き”》』『大阪・吉村洋文知事らの発言に非難殺到、「犯人を万博反対派と決めつけ…」「誤った印象操作」ミャクミャク像損壊事件で』という最近の報道を紹介します。

属性の問題で考えた時、『連合会長、立民候補への共産支援「容認できぬ」 東京15区補選巡り苦言、自主投票に』という芳野会長の発言が気になっていました。昨年秋に連合と政党との関係性時事の話題から政治に思うこと」という記事の中で、連合の立ち位置について個人的に思うことを記していました。

連合と政党との関係性において「反自民・非共産」という原則が連合結成以来掲げられています。そのような原則も「組合員にとってどうなのか」という視点を重視した際、属性のみを先行して判断するのではなく、状況に応じて柔軟な対応をはかっていくことも欠かせないように感じつつあります。

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